パルマ公国継続支援計画

 攻略旅団の提案に従い、パルマ公国の支援を継続して行います。
 パルマ公国は、交易の中継地として栄えた自治都市国家なので、クロノヴェーダから解放され周囲から孤立した現在は、都市の運営が成り立たない状態にあります。

 このパルマ公国をクロノヴェーダの支配下に戻さないまま維持するには、ディアボロスによる支援で、都市運営を軌道に乗せる必要があります。
 ディアボロスが支援を継続すれば、パルマ公国は存続し、人々はディアボロスに一層協力的になります。
 強い協力を得られていれば、北イタリア方面で軍が動くような大きな変化があれば、それを察知する事が容易になる筈です。

星の航路(作者 藍鳶カナン
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#断頭革命グランダルメ  #パルマ公国継続支援計画  #パルマ公国  #星の航路 


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●星の旅路
 ――旅立ちのときがやってくる。
 ――星を見上げ、星を追って、星を目指して。あるいは心に、星を抱いて、星を燈して。

 星に手を伸ばすように、星の導を抱きしめるように、それぞれの路へ歩きはじめるときがやってくる。
「ね、そうしてこの先も、人生という航路を渡っていくのですよね。パルマのひとびとも、そして、私達も」
 昨年のパルマ公国拠点化計画に始まり、パルマ公国継続支援計画へとディアボロス達が紡ぎ、辿りきた軌跡。
 皆がここまで紡いだ軌跡を抱きしめる想いで、紡ぎ、辿りきた軌跡が織り成した奇跡を、抱きしめる想いで、
 クレメンティア・オランジュリー(オランジェット・g03616)が旅立ちを語りはじめた。
 多くのディアボロス達が力を、心を尽くしてきた軌跡と奇跡の先に、パルマ公国が皆の支援の手を離れ、パルマのひとびと自身の力で立ち、拓かれた未来へ、数多のひとびとがそれぞれの路へ歩きだすための、光がもう、見えている。
 暗く、重く垂れ込めていた幾重もの鉛色の雲が晴れて、美しく澄んだ空に、一番星がきらめいたように。
 数多のディアボロスの数多の力がパルマのひとびとの援けになってきた。中でもやはり直接的にひとびとの命を繋いだ力の筆頭は【口福の伝道者】だが、【液体錬成】も忘れてはならない。ワインや蜂蜜にオリーブオイル、塩を増やすための塩水といった命を繋ぐために活躍した力であるのは勿論だが、
「ね、私はこんな風に感じたんです。【液体錬成】は命だけでなく、文化をも繋ぐ力じゃないかしら……って!」
 飲食に関わるものだけではなく、液状の日用品、照明のための油も増やしたことによってパルマの街並みはオイルランプの街灯という夜の光の祝福を取り戻し、香料や染料を増やしたことで材料不足ゆえに腕を封印していた調香師達やマーブル紙の職人達も息を吹き返した。
「そして、皮革のための鞣し液を増やしてくださったことで、革細工職人の方々も息を吹き返しましたっ!!」
 現代でも世界三大レザーとして世界中で愛されているイタリアンレザー。勿論この時代でも皮革の質の良さや革細工職人の腕は折り紙付きで、これまで【液体錬成】の支援で染料を絶やさぬようにしてきた甲斐あって、色合いの美しさも格別だ。
 名立たるイタリアンレザー、それもこの時代のものとなれば最も特筆すべき存在は、
「花や鳥などの美しい模様を革に浮き出しや型押し模様にして、金箔や銀箔などで彩った『クオイドーロ』ですっ!!」
 ルネサンス期に誕生したクオイドーロ。正史ではナポレオンの時代の到来とともに消えていく品だが、改竄世界史たる断頭革命グランダルメのパルマ公国には今もクオイドーロを創ることができる職人達がいる。華やかなクオイドーロを好む淫魔がいたのだろうが、淫魔も好む華麗な特産品となれば今後の交易で大いにパルマ公国を潤してくれるに違いない。
 勿論、調香師が調香する麗しき香水も、マーブル紙職人が創りだす美しいマーブル紙も。
「これらはすべて皆様が力を尽くし、心を尽くしてくださったことで甦ったもの。……ね、折角ですし、どうぞどうぞ皆様も皆様が齎した軌跡が繋いだ奇跡の結晶を手にとってあげてください! だって皆様が手に取って」
 ――これまでパルマの力になってくれたディアボロス達が自分達の作品を気に入って、歓んでくれたなら、
 ――調香師達や職人達のいっそうの自信に繋がって、この先も素晴らしい品々で交易を盛り上げてくれるはずだから。
 たとえディアボロス達の帰還によって排斥力が働こうとも、
 生まれた歓びは、歓びに支えられた誇りは、ずっとパルマのひとびとの胸に輝き続けていくから。

 ――とは言え。
「でもでも! 皆様が長い間支援に力も心も尽くしてこられ、パルマのひとびととの交流も深めてくださったこともあって、実を言えばパルマのひとびとのなかには、朧気ながら『ちょくちょく支援に来てくれる恩人さん達』を覚えてらっしゃる方が結構いたりしますっ!!」
 排斥力の影響で顔や名前などの詳細は忘れてしまっているが、勿論再会すればその瞬間に思い出してくれる。
 そんなひとびとの筆頭としてクレメンティアが思い浮かべるのは、これまでの支援でディアボロス達が関わった恰幅の良い商人、ジャンマリオ・ヴィヴァリーニだ。息を吹き返した革細工職人達の後援者ともなったジャンマリオは、このたび彼らが完成させた美麗にして特大のクオイドーロを、パルマ中心部のファルネーゼ劇場に緞帳として寄贈したという。
 更には寄贈の記念として歌劇の公演が決定したのだとか。
 演目の内容は、淫魔宰相『夜奏のルドヴィカ』撃破以降の流通の途絶から、今この時に至るまでのパルマの軌跡。
 勿論『ちょくちょく支援に来てくれる恩人さん達』の活躍を、恩人さん達への感謝を、歌劇として花開かせたものだ。
 なおジャンマリオ当人は、
『ち、違うんだからねっ! これはパルマにちょくちょく支援に来てくれる恩人さん達への親愛とか感謝とかが溢れちゃったとかじゃなくて、パルマの誰もに大人気間違いなしの演目で興行を打って名士としての名を上げつつ、がっぽり大儲けしちゃおうっていう、狡猾な商売人としての芸術的な投資活動であるのだからねっ!!』
 などと供述もとい主張しているという大変わかりやすい話だが、
「いずれにせよ皆様が観にいってあげたなら大喜び間違いなし! 歌劇に出演して歌ったり演奏したりしてあげたなら大感激間違いなし!! なのでぜひぜひ、観劇するなり出演するなりしてあげちゃってくださいっ!!」
 歌劇の終幕後には、美酒を楽しみながら歌劇の感想を語り合うジャンマリオ主催のサロンが開かれる。
 天然微発泡の赤ワイン・ランブルスコは甘口から辛口までよりどりみどり、葡萄の蒸留酒・グラッパも無色透明の若々しい味わいのものから樽での長期熟成で金から琥珀に色づいた芳醇な味わいのものまで揃い、陰干しで糖度をぎゅっと凝縮された葡萄で造られる極甘口ワイン・パッシートもジャンマリオ一推しの逸品が振舞われるのだとか。
 勿論、お酒を嗜めない者たちには桜桃やメロンや柑橘などの果実水やスカッシュに、この夜には薔薇のシロップをソーダで割ったローズ・スプリッツァも!!
「美味しいドリンクと軽食を手にしつつ会話や交流を楽しむカクテルパーティー的なイメージでどうぞ! とはいえこの時代は現代でお馴染みの冷たいカクテルは存在しませんから、新宿島から色々持ち込んでカクテルを作って、パルマのひとびとに振舞っちゃうってのも楽しいかもしれませんっ!!」
 歌劇の開幕は夕刻、そして観劇後のサロンは宵をすぎる頃まで。そうして夜を迎えたら、

「――ね、素敵な品を皆様の手にもうひとつ、なんてどうかしら?」
 ショコラの瞳を煌かせ、クレメンティアが秘密を明かすように言を継ぐ。
「十六世紀に考え出されたと言われる、星を観測することでおおよその時刻を知ることのできる――星時計を」
 星を観て時刻を測る星時計、ノクターナル・ダイアルとも呼ばれるそれが最も活躍したのは大航海時代だろうか。
 だが、断頭革命のパルマ公国にも美しい星時計を創る職人達がいるという。自分達の創った星時計をディアボロス達が手に取ってくれるなら勿論彼らも歓んで、その歓びに支えられた誇りを抱いていくだろう。彼らが創る星時計も、交易でパルマを潤してくれるはずだ。
 外観は懐中時計や羅針盤のような品。金細工や銀細工、黄銅細工などで創られ、彫金や宝石で彩られた美しい品。
 もしも星時計に心を惹かれたなら、南の夜空に天の川が輝く頃合に、星時計を手に星空を眺めにいこう。
 パルマの街から、あるいは、
「パルマ中心部郊外の、星空のもとに広がる草原から」
 現在のパルマ公国継続支援計画の前身、パルマ公国拠点化計画の、ある意味、はじまりの地。
 ――そう感じてくれているひとは、いるだろうか。

「ね、一度もパルマに降り立ったことのない私も、こんな気持ちになっちゃうんです。実際にパルマへと赴いて、力を、心を尽くしてきた皆様ならきっと、言い尽くせない想いで胸がいっぱいになっているんじゃないかしら」
 こんな気持ちがどんな気持ちであるのか彼女は明言しなかった。言葉にしなければわからない想いはたくさんあるけれど、これは言葉にしなくてもきっと、心に響くものがあるから。
「皆様どうぞどうぞ、私の分までいっぱい愛を、想いを馳せてきてくださいね、泣かない! 泣きませんから……!!」
 ファルネーゼ劇場で歌劇! 香水にマーブル紙にクオイドーロに星時計! そして、そして……!!
 ぷるぷるそう身を震わせつつも思いっきり万感溢れているらしいガジェッティア魂やリアライズペインター魂を、そして、彼女を彼女たらしめる魂を何とか抑え込んで立ち直り、クレメンティアは話を結んだ。
 ――どうぞどうぞ、よろしくね!!

●星の航路
 Astra inclinant, sed non obligant――。
 訳するならば『星は私たちの気を惹くが、私たちを束縛することはない』。
 この言葉の星は占星術を指しており、ひいては、『運命は占いではなく、自らの意志で切り拓くもの』という意味だとか。
 パルマの街から仰ぐ星々も、きっとその想いを胸に燈してくれるだろう。
 然れど、郊外の草原で、何物にも遮られず、街のあかりに霞むこともなく、夜空に圧倒的なまでに鏤められた満天の星々を仰げば、訳された言葉そのものを痛いほどに実感できるはず。
 時を、瞬きを、呼吸を忘れるほどに見入る。惹かれる。なれど――心は何処までも解き放たれていく。
 パルマのひとびとの、ディアボロス達の旅立ちのときがやってくる、夏の夜のひとときに。
 純粋に夜を楽しむのも、仲間とのひとときを楽しむのも、星空観賞や星空散歩を楽しむのもいいだろう。
 流れ星に願いをかけたっていい。星を見つめて、己の心を見つめ直すひとときにすることだってできる。
 そうして、それぞれの旅立ちへ。

 ――すべてのパルマ公国のひとびとに、そして、すべてのディボロス達に、
 ――Buon viaggio! よい旅を!!


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●残留効果

 残留効果は、このシナリオに参加する全てのディアボロスが活用できます。
効果1
効果LV
解説
【士気高揚】
1
ディアボロスの強い熱意が周囲に伝播しやすくなる。ディアボロスから「効果LV×10m半径内」の一般人が、勇気のある行動を取るようになる。
【飛翔】
1
周囲が、ディアボロスが飛行できる世界に変わる。飛行時は「効果LV×50m」までの高さを、最高時速「効果LV×90km」で移動できる。【怪力無双】3LVまで併用可能。
※飛行中は非常に目立つ為、多数のクロノヴェーダが警戒中の地域では、集中攻撃される危険がある。
【強運の加護】
1
幸運の加護により、周囲が黄金に輝きだす。運以外の要素が絡まない行動において、ディアボロスに悪い結果が出る可能性が「効果LVごとに半減」する。
【託されし願い】
1
周囲に、ディアボロスに願いを託した人々の現在の様子が映像として映し出される。「効果LV×1回」、願いの強さに応じて判定が有利になる。
【勝利の凱歌】
3
周囲に、勇気を奮い起こす歌声が響き渡り、ディアボロスと一般人の心に勇気と希望が湧き上がる。効果LVが高ければ高い程、歌声は多くの人に届く。
【壁歩き】
2
周囲が、ディアボロスが平らな壁や天井を地上と変わらない速度で歩行できる世界に変わる。手をつないだ「効果LV×1人」までの対象にも効果を及ぼせる。
【活性治癒】
2
周囲が生命力溢れる世界に変わる。通常の生物の回復に必要な時間が「効果LV1ごとに半減」し、24時間内に回復する負傷は一瞬で完治するようになる。
【修復加速】
1
周囲が、破壊された建造物や物品の修復が容易に行える世界に変わる。修復に必要な時間が「効果LV1ごとに半減」する。
【液体錬成】
4
周囲の通常の液体が、ディアボロスが望めば、8時間冷暗所で安置すると「効果LV×10倍」の量に増殖するようになる。
【口福の伝道者】
12
周囲が、ディアボロスが食事を摂ると、同じ食事が食器と共に最大「効果LV×400人前」まで出現する世界に変わる。
【建物復元】
6
周囲が破壊を拒む世界となり、ディアボロスから「効果LV×10m半径内」の建造物が破壊されにくくなり、「効果LV日」以内に破壊された建物は家財なども含め破壊される前の状態に戻る。
【アイテムポケット】
1
周囲が、ディアボロスが2m×2m×2mまでの物体を収納できる「小さなポケット」を、「効果LV個」だけ所持できる世界に変わる。
【アイスクラフト】
1
周囲が、ディアボロスが、一辺が3mの「氷の立方体」を最大「効果LV×3個」まで組み合わせた壁を出現させられる世界に変わる。出現させた氷は通常の氷と同様に溶ける。

効果2

【能力値アップ】LV7 / 【命中アップ】LV2 / 【ダメージアップ】LV3 / 【ガードアップ】LV6 / 【凌駕率アップ】LV3(最大) / 【フィニッシュ】LV1 / 【反撃アップ】LV4 / 【ドレイン】LV2 / 【ダブル】LV1 / 【グロリアス】LV1

●マスターより

藍鳶カナン
 こんにちは、藍鳶カナンです。皆様のお力添えあってここまで来ました。
 これから自分自身の力で歩んでいくことになるパルマのひとびとへ、歓びを贈ってあげてください。
 また、皆様御自身のこれまでの軌跡や、これから歩んでいく軌跡へ想いを馳せる機会ともなれば幸いです。

 ※おひとり様か、お二人様でどうぞ!
 ※全面的に禁煙でお願いします。お酒は、実年齢と外見の双方が20歳以上の方のみOK。

●運営予定
 選択肢2→1の順にリプレイ執筆予定。
 進行状況については、マスターページも合わせてご確認いただければ幸いです。

 両方参加でもどちらか片方のみの参加でも、お好みでどうぞ!

 今回は【採用宣言を行わずに書ける分だけ書く】方針で運営させていただきます。
 判定やリプレイ形式は藍鳶の通常運転(纏めて採用・纏めてリプレイ)ですが、描写量や採用人数はいつもより少なめになるかもしれません。あらかじめ御了承くださいませ。

●当シナリオで入手可能なものについて
 御希望があれば下記の品々の入手が可能です。選択肢ひとつにつき一品か二品でお願いいたします。

 ・お好みのデザインの革細工製品(クオイドーロでも、クオイドーロでないイタリアンレザーでもお好みで)
 ・お好みのデザインの星時計(懐中時計型は共通ですが、金や銀に黄銅などの素材、彫金・宝石等での装飾はお好みで)
 ・ご自身のためだけに調香されたオリジナル香水。
 ・マーブル紙(裁断されていないもの)やマーブル紙を使った文具や小物。

 ※香水やマーブル紙(マーブル紙を使った品)は、シナリオ『戦舞の祭典』の調香師やマーブル紙職人が作成します。リプレイ未読でも大丈夫ですが、どんな感じか確認しておきたいという場合はリプレイ後半を御覧いただければ幸いです。

 ※入手希望の方は、必ず次のような大まかな指定をお願いします。『クオイドーロを使ったブックカバー』『黄色系の色のレザーポーチ』『銀細工に青色系の宝石をあしらった星時計』『柑橘系の爽やかな香り』『フローラル系のロマンティックな香り』『表紙の装丁に赤色系のマーブル紙を使った日記帳』『桜色のマーブル紙を貼った扇』など。
 全てお任せは【不可】です。『自分に似合うもの』という指定も全てお任せとほぼ同義なので、ご遠慮いただければ幸いです(喜んでいただけそうなものを思いつかなかったという理由で不採用になってしまう可能性があります)。

 ※シナリオで入手した品物を確実に持ち帰りたいという方は、リプレイ公開後にアイテム作成での御申請をお願いします。トミーウォーカーで承認されれば、持ち帰ることができたという判定になります。

●選択肢2:観劇後のカクテルパーティー(住民との交流)
 リプレイは【歌劇の後のカクテルパーティーの場面】となります。
 観劇の様子や歌劇出演の様子は、パーティーで感想を語り合ったり歌劇の最中のことを回想したりする形で描写させていただく予定。革細工や香水、マーブル紙など、入手した品物についても、パーティーで使用している様子や入手時の回想などで描写予定です。
 カクテルは『ディアボロスのうちの誰かが新宿島から色々持ち込んで作っている』ものとしますが、勿論『自分でカクテルを作って皆に振舞いたい!』というプレイングも大歓迎です!

 ※ジャンマリオや、調香師や職人(マーブル紙職人、革細工職人、星時計職人)達と交流したい方はこの選択肢でどうぞ!

●選択肢1:星の航路(パルマ公国継続支援計画)
 星時計を入手された方も、入手されていない方も、星空を眺めつつのんびりしたり色々想いを馳せたりしておすごしください。パルマの街中で星空を眺めるのでも、パルマ郊外の星空のもとに広がる草原(シナリオ『星よ、星よ』で訪れた草原)で星空を眺めるのでも、お好みでどうぞ。草原でならキャンプも可能です。

 ※ディアボロス=ジャンマリオ記念学園で知り合った子供達と交流したい方はこの選択肢でどうぞ! 親御さん達も皆様のこれまでの支援によってディアボロスに深い信頼を抱いていますので、安心して子供達を預けてくれます。街中で一緒にすごすこともできますし、草原なら一緒にキャンプもOKです。

 それでは、皆様の御参加をお待ちしております。
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このシナリオは完結しました。


『相談所』のルール
 このシナリオについて相談するための掲示板です。
 既にプレイングを採用されたか、挑戦中の人だけ発言できます。
 相談所は、シナリオの完成から3日後の朝8:30まで利用できます。


発言期間は終了しました。


リプレイ


●L'introduzione
 ――淫魔宰相『夜奏のルドヴィカ』は撃破され、パルマ公国はクロノヴェーダの支配から解放されました。
 ――そうして二度と、クロノヴェーダに脅かされることはなかったのです。

 めでたし、めでたし――。
 昨年の初夏。淫魔宰相『夜奏のルドヴィカ』の撃破によってクロノヴェーダの支配から解放されたパルマ公国は、御伽噺の終わりに明るい光が射すような、そんな幸福な結末を迎えたのだと、きっと誰もが思っていた、誰もが信じていた。
 だからこそ、昨年の7月14日の朝。
 新宿駅グランドターミナルで時先案内人が開口一番に告げた言葉は、多くのディアボロス達にとって青天の霹靂であったに違いない。誰もの予想外の事態であったはずだ。

『パルマ公国では、遠からず市民達の困窮が始まると予測されています……!!』

 然れど、この報が齎されたことこそ、攻略旅団で採択された『パルマ公国拠点化計画』の最大の成果であった。この計画が採択されていたからこそ、計画の実行にあたってパルマ公国の状況を把握することが叶ったのだから。
 もしもこの提案が採択されていなければ、もしも夜奏のルドヴィカ撃破後のパルマ公国の状況を把握することのないまま、当時遂行中であった作戦『ミュラ元帥の軍勢を叩け』の攻略中止が採択されていたなら――パルマ公国の続報が齎されるのは最悪の事態を迎えてからのことであったかもしれない。
 仮にそうなっていれば、耳にする続報はこのようなものであったろう。
 ――物資不足によってパルマ公国の人々が暴徒化し、
 ――その混乱に乗じてクロノヴェーダがパルマ公国を再制圧した。
 最悪の事態を迎えていれば、多くの人命が失われていた可能性が高い。
 同じパルマ市民同士で争い、傷つけ合った上に、暴徒鎮圧の大義名分を掲げて介入した大陸軍、おそらくはナポリ王国軍の武力制圧によって、眼を覆いたくなるような惨状が生じていたかもしれないのだ。

 だが、最悪の事態など起きなかった。
 困窮が始まる前にパルマ公国へと救いの手を伸べた『パルマ公国拠点化計画』、それに続く『パルマ公国継続支援計画』が攻略旅団で採択され、数多のディアボロスたちが力を尽くし、心を尽くしてきたことによって、今度こそパルマ公国は幸福な結末を、幸福な旅立ちを迎えることができるようになったのだ。
 無論、クロノヴェーダの脅威が皆無になったわけではないが、長きに渡って支援を継続し、交流を深め、友好関係を築いたことで、パルマ公国のひとびとはいっそうディアボロスに協力的になっている。彼らの協力によって、北イタリアで軍が動くなどの大きな変化があった際に、それを察知することは以前よりも容易になっているはずだ。
 知らない間に惨劇が起きていた――なんて事態は、きっと生じないだろうから。

 ――嘗てのパルマ公国の繁栄は、淫魔宰相『夜奏のルドヴィカ』の威光によるものだった。
 ――然れどこれからは、パルマ公国のひとびと自身の手で、未来を拓き、自身の手で幸福を掴むために、歩いていく。
 
ノスリ・アスターゼイン
パッシートもグラッパもランブルスコも
存分に味わうとも

再会で肩や背を叩き合った馴染みの職人達や
初対面とも気負いなく
乾杯

涙を見せまいと必死な子を泣かせられるような
星時計を作って貰える?
俺の導きの女神だよ

柑橘風の金時計が良いのかな
果汁めいた宝石もあしらう等
クレメンティアへの土産になるよう彼女の特徴を話し
出来た時計が胸ポケットで温もりを燈す

悪魔の所為で腹は満ちないままだけど
心は満たされるから

全く
ジャンマリオ氏の狡猾さには敵わないな

片目を閉じた後は
真摯に
ありがとうと伝えたい

舞台で観客へ向かって差し伸べた掌を
今度は氏へ
職人達へ
感謝を籠めて差し出し、握手

先にあんた達を泣かせてしまったな
なんて
笑って抱き合おう


レイ・シャルダン
【FK】
星空の様な青のドレス姿でサロンに
職人の方達やジャンマリオさんに挨拶を

お酒を共にするにはまだ時間が必要で。
少しもどかしいけど、雰囲気だけでも一緒に…果実水で乾杯。

パルマでの交流は自分にとってかけがえが無く
目を閉じれば瞼の裏にその情景が…

ああ、でも今は…
先程までの歌劇にジャックされている

エトヴァさんから頂いた大切な青のギター
歌劇の熱気にあてられて思わずステージに躍り出る
彼の音色にボクの音色重ね、歌も、演奏も
観客の手拍子に音を弾ませ共に楽しんだ。

何で、こんなに…心が熱いのだろう

この思い出を形に残したい。
銀色細工に青色の宝石、星空みたいに飾られた星時計。
このパルマで過ごした日々全てを詰め込んで


エトヴァ・ヒンメルグリッツァ
【FK】
もう一年近く続けた支援……長い軌跡であったな
星が天を旅するように、その先は………

正装でサロンへ
ジャンマリオ氏やパルマの皆へ挨拶し、感謝を述べ
クオイドーロの緞帳……非常に美しいな
彼一推しのパッシートで乾杯だ

蘇るのは、歌劇の場面の数々
俺もチェロを手に舞台へ……
音色を、軌跡を慈しむように演奏
レイさんのギターに合わせ、軽快なテンポで掛け合いをかわし
歌声に、未来へ羽搏く人々の背を押した

拍手を浴びれば
胸がいっぱいだよ
高揚の笑み交わして
客席へ見入る

パルマで、心通う交流を、重ねてきたのだな

手にした星時計は、黄金細工に漆黒の彩と青空の宝石
二つめは同じ細工に赤紫の宝石
描いた星の軌跡を、大切にするよ、ずっと


永辿・ヤコウ
お酒は勿論
ローズスプリッツァも外せない
全て味わえば解決!なんて剛胆さは
パルマの人々の明朗ぶりから学んだこと

乾杯して回りながら
ジャンマリオさんや市民の方々とも会話が途切れず
時間がちっとも足りやしない

いっそ時が止まって欲しい、と
星時計を握りしめて願ってしまうくらい
この国は
人々は
僕に多くの喜びを齎してくれたのだな、と改めて感じる

だけど
盤面に咲かせて貰った薔薇の花めく宝石達が
帰るべき場所を温かく示してくれるから
劇の衣装作りが楽しかったことも土産話に聞かせたい

クオイドーロに香水、マーブル紙、星時計
職人さんから文化や伝統を学び語り合い
技や歴史に誇りを持つ彼らの姿に
嬉しい気持ちが
ほら
また心を温かくしてくれる


アンゼリカ・レンブラント
【約束】

果実水を片手に乾杯だよ!
「ルーチェ・ソラーレ」の1翼として
名を馳せたかもしれない私は
今日はミアと「Promiss」として歌劇で歌ったよ

手を取り未来への希望を歌った咽喉を潤すのは、
ローズ・スプリッツァ。
本当に美味しい飲み物は命の潤いだよね
みんなで命を、希望を繋いでこれたのならそれは誇らしい

ミアから香るのは、
「彼女のためだけに調香されたオリジナル香水」の匂い

以前腕を揮って香水の世界を案内してくれた調香師
再び会うことが出来、調香をお願い出来てよかった
彼女へ素敵なプレゼントになるかな

でもフローラル系のロマンティックな香りは、
なんだかドキドキしちゃうよ
眩しいドレス姿に、それだけじゃないかなと想う


ソレイユ・クラーヴィア
正装にて宴に参加

市民主催による歌劇の上演が叶う程に、復興が円熟を迎えたのは心から喜ばしく
相変わらずの狡猾な心意気を聞けば
演奏家としては力添えしたくなるというもの
チェンバロの伴奏にて歌劇に多少の彩りを添えさせて下さい

サロンではローズ・スプリッツァ片手に、まずは主催者にご挨拶
興行成功の祝辞と感謝を
でも、少し内容を盛りすぎではありませんか?
なんて冗談めかしつつ
この地を巡る思い出を肴に会話の花を咲かせましょう

もし良ければ星時計職人に腕を振るって頂けますか?
金細工に、藍色の宝石をあしらった星時計を

奪還が叶えば、正しい歴史へと還るのがディヴィジョンの定め
星時計を見れば、いつでも今夜の事を思い出せるから


ユーフェミア・フロンティア
【約束】
歌劇なら少し正装したほうがいいですよね。
淡い桃色のドレスを着ていきますね。
赤だとちょっと派手かなっていうのもあるし。

こういう場で歌うのは初めてで緊張しましたけど
すっごく楽しかったですっ!
はい、乾杯ですねっ!!
そういって、手に持ったのは蜜柑の果実水
さっぱりした甘みがいいですよね。

アンゼリカからプレゼントされたのは香水…
フローラル系のロマンテックな香りのする香水ですね。
せっかくなのでつけてみますよ。
ん、いい匂い。
アンゼリカどうかな?
そういって、アンゼリカの手を取ってみます。

あれ?顔が赤いけどどうしたの?
熱とかない?
心配そうに声をかけて顔を覗き込みますね
大丈夫ならいいんだけどね…。


シル・ウィンディア
せっかくのパーティだしちょっと正装していこうかな?
Aラインドレスで淡い青色のものを選択

ジャンマリオさんにご挨拶。
ジャンマリオさん、さすがの狡猾さだね。
こんな素敵な催し物とか、ときめいちゃうよねっ!
え?ルーチェ・ソラーレ?
ええと、相方さん今日は別で出ているけど…。
それでもいいならいくらでもっ!!
しかし、いくらライブとか舞台の場数を踏んでも緊張はしちゃうよね。

のどが渇いちゃったからなにか…
へー、メロンの果実水ってあるんだ
せっかくだからそれを頂きますっ!

星時計?
想い出に欲しいかも…
銀の懐中時計をベースに
青の宝石の周りに黄色い小さな宝石をちりばめてもらいたいな
青空と星のコラボレーションっていいよねっ!


如月・莉緒
総二さん(g06384)と
夜空色のドレスワンピース姿で参加

ほんとだね。こんな風に皆からは見えてるって知ることが出来るのは嬉しいね

歌劇の感想を話しながら、飲み物を

パッシートって言うのを飲んでみたいな

この時代の物を、という言葉に同意して甘口のワインを選ぶ

あ、あそこにいる調香師さんに作ってもらったんだよ
総二さんに渡した香水!

お願いしたのは爽やかさと優しさを併せ持つ男性用の香水
それに合うように自分用の香水も爽やかで甘いイメージで作ってもらっていて

香りを纏い、調香師さんにお礼を言った後
総二さんから星時計のプレゼントを貰って

ラピスラズリが星空みたい!

星とバラのイメージも嬉しくて
満面の笑みでありがとう!を


伏見・逸
【秋逸】(アドリブ歓迎)
香水なんぞ、つけた事ねえな
(捌碁の香水を試して、どこかで嗅いだよう気がする、と首を傾げる)

自分に馴染みのある匂いっつったら…血とか火薬とか、酒とか煙草とか…我ながらろくでもねえ

(香水に縁はない。見よう見真似で香りを試させて貰ったり
捌碁が自分に対してどんなイメージをもっているのかに少し興味があって誘いに乗ったので
どんな香りが良いかの判断は捌碁と調香師に任せる)
スパイスの香りなんてのもあるのか。…なるほど、花だのなんだのより馴染む感じはあるかもな

これが…俺っぽい匂い…
強面で厳しそうに見えて、甘い…甘いのか…そうか…(「甘い」のところで複雑な顔。自覚はあるんだかないんだか)


テクトラム・ギベリオ
【ヒラール】
クオイドーロに香水、そして星時計か。素晴らしい文化の結晶たち。
街を散策しながらそれらに触れて、メインは歌劇だ。

散策と観劇の後はサロンで一日を振り返ろう。
そうだな…しっかり観劇したのは初めてだ。
我々の事を題材にしていたのもあってか、いまだ興奮が止まん。
緞帳も見事だったし、特にあの場面などは―…

酒を飲んでいるせいか、いつもより口数が多い自覚がある。
ナディアからはふわりといつもとは違う香水の香りがして、それにも浮かれてしまう。

彼女の視線を追うと星時計が。
見事な彫金技術だ。嵌め込まれた宝石も質がいい。
どれか気に入ったのを一つ買っていこうか?


捌碁・秋果
【秋逸】
前にパリ大学で香水を作ってもらったんですけど、それがすごく良かったんです
これがその香水です…いい香りでしょ?
伏見さんも作ってもらいませんか

物騒な香りばっかり!
なおのこと作ってもらいましょう

(出来るなら、調香師さんにお願いして精油の香りを試させてもらいます)
伏見さん、何かピンとくるようなのありますか?
うーん…伏見さんのイメージに合わせるなら、甘い香りが全面に出ないほうがいいな
でもミントとかローズマリーだと爽やかすぎるし…

あっ、スパイス系の香りはどうです!?
少し刺激的な香り
そこに何か少し甘い香りを足してもらって、香りに広がりがあるような…

強面で厳しそう見えて甘い伏見さんを表現できたかな?


ナディア・ベズヴィルド
【ヒラール】
来る度に華やかな活気が溢れている
私たちの事を歌劇にするなんて想像もつかなかったわね
テクトラムさんは歌劇、如何でしたか?

カクテルグラスを傾けて
今日の楽しい工房巡りの事や歌劇の事を思い返し

マーブル紙の模様の美しさ、クオイドーロの見事な細工、自分だけに調香された香水
たくさん見て来たけどやはり一番目を惹いたのは星時計だ

数多くある時計の中から一際目を引いた時計に目が行く
まるで時計が呼んでいるような気がして、惹かれるままにそれを手に取る
細工が細かく青い宝石が星のように瞬いているようで

今日の記念に買った星時計を手に
いつもより口数の多い彼を見上げ
こんなに喋る彼は滅多に見れないのだからと楽し気に笑む


神刀・総二
莉緒(g04388)と同伴
ブラックタイ、タキシードを着て参加

ディアボロスの話が歌劇になるのも不思議な気持ちだな

莉緒に飲み物を何にするか聞いて
色々あるみたいだが、どうせならこの時代の物を飲んでみるか

じゃあ、俺も激甘のパッシートに挑戦してみるか

飲み物を片手に会場を眺め
そういえば色々な職人も来てるみたいだな

その中に莉緒へのプレゼントを選ぶ時に出会った星時計の職人も居て

その職人に莉緒のイメージを伝えて
裏面に銀細工とラピスラズリで輝く青いバラが刻まれた星時計を作って貰って

その時のお礼を職人へ伝えてから
莉緒に星時計を渡して

気に入って貰えて凄く嬉しい
俺も香水ありがとう、凄く好きな香りだと満面の笑みを返して


ウルリク・ノルドクヴィスト
舞台は客席から観劇
此の国の演者にも
復讐者の出演にも拍手を

職人には星時計を頼もう
今日の星辰の導の後に
贈り物、とする心算だから
己が身には選ばぬ色を指して
金の装飾、青の宝石を基調にと依頼を

慣れぬなりに正装を
人の妨げには成らぬようにと歩みつつ
サロンでは是非とも酒――
折角なら一推しと聞くパッシートを

ジャンマリオに会えたなら
最近の活動や
或いは復讐者達との思い出を
記憶の限り聞けたなら嬉しい

変わらず、狡猾に精が出るようで何より
…自身の商業の軌跡を
劇とする気は無いのだろうかと
本来の性分も感じる気がして微笑ましくなる

歌と星と美食と
世の輝きをひとところに集めたようで
蟒蛇なれど、栄華に満ちた景色には快く酔えそうだ


ルクス・アクアボトル
陸(g01002)と

戦舞の祭典で世話になった調香師さんを探したいわね、なんて
陸の腕を取って、会場を回り

歌劇出演と聞いて振り返ったのは、やっぱりあの剣舞。
改まった場所でリバイバル……というのも珍しいけれど。たまにはアンコールもいいんじゃない、って。
付き合ってくれるわよね?

目当てのあなたを見つけても、はっきりとは覚えていないんだったっけ。
船乗りの出としては、一期一会を寂しいとも思わないけれど。

「ねえ、調香師さん。彼の隣の私には、どんな香りが似合いそう?」

触れていた陸の腕に腕を絡めて、からかうように見上げて。
前よりきっと自然に近付いた距離、どういう違いが出るかを楽しみにするくらいは、ね。


竜城・陸
ルクス(g00274)と

二人分のローズ・スプリッツァを手に、会場内を巡る
見知った方々にご挨拶もしつつ
いつか祭典でお会いした調香師の方にめぐり会えたらと

付き合ってくれるわよね、なんて言われて
共に出演した歌劇での剣舞は
いつか夜空で魅せた舞の再演にも似た趣で
けれど夜空でなく舞台の上では彼女の魅せ方も違うから
あの時とはまた違う顔を垣間見た気分

腕を絡めるルクスの言葉に、瞬くのは一瞬
軽く彼女に身を寄せて
俺も気になるな、なんて彼女の言葉に乗ってみたりして

お会いすればあの日のことも思い出してもらえるだろうか
前より近付いた彼女との距離
あの日の香りにも背を押された心地だったよ、と
いつかの礼をあらためて告げたいな


●L'apertura
 ――時がめぐる、四季がめぐる。あの日から紡ぎ続けてきた軌跡で奇跡を織り成して。
 ――星が天を旅するように、その先は……。

 眩い劇場だった。
 壮麗な劇場だった。
 欧州最古の劇場のひとつたるファルネーゼ劇場はパルマ市街のピロッタ宮殿三階に造られた木造ルネサンス様式の傑作で、暖かみのある木材と美しいフレスコ画に彩られた客席から額装されたかのごとき舞台を鑑賞できる額縁舞台型の宮廷劇場。
 芸術の街が誇る宮廷劇場はディアボロス達が【液体錬成】で齎した奇跡のひとつ、オイルランプのシャンデリアという光の祝福の煌きに満ちて、眩いほどの幸福に彩られていた。劇場の照明が蝋燭からオイルランプへ変わり、更にガス灯へと変わるまでの僅か数十年、そのさなかに断頭革命があるからこそ齎せた光の祝福が照らし出していたのは、
 天鵞絨のごとく艶めく深紅の革地に華麗な金でパルマ公国の紋章が描かれ、
『Dedicato agli eroi e ai benefattori di Parma』
 パルマの英雄にして恩人達に捧ぐ――。
 華麗な金、そして流麗でありつつも力強い筆致でそう綴られたクオイドーロの緞帳だった。
 排斥力でディアボロスに関する詳細な記憶を失ってもなお職人達やジャンマリオはこの一文を綴ってくれた。それが長きに渡る支援と交流の軌跡と奇跡の結晶なのだと思えばエトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)の胸奥に生まれた熱が蒼穹の瞳まで昇りくる心地。
 美食の街にして芸術の街、学問の街にして公国の都。数多の美称に彩られた、パルマ・エ・ピアチェンツァ公国の首都。
 Ducato di Parma e Piacenza――その首都たるパルマは数多の麗しき美称に相応しい輝きを取り戻した。当然ながらパルマ中心部のみならず、パルマ公国のすべてが、自分達自身の力で未来を拓き、歩んでいくことができる力を、ディアボロス達の長きに渡る支援で手にすることが叶ったのだ。
 その軌跡と奇跡を描いた歌劇。
 絢爛たる光の祝福に彩られ、眩さと輝きに満ちた舞台が開幕を迎え、万雷の拍手と喝采とともに閉幕を迎えたなら、
「最高でした! また一段と貴方の歌と演奏を好きになったよ、エトヴァさん!!」
「何という感動、何という感激、エトヴァ君もそちらのお嬢さんも素晴らしく狡猾に輝いていたよ……!!」
 こちらも光の祝福と観劇の興奮さめやらぬ皆の高揚に満ちたサロンでの再会は、昨秋にマーブリングの実演を見せてくれた職人とジャンマリオとのもの。狡猾はジャンマリオの純粋にして最高の褒め言葉だと予めエトヴァが教えてくれていたから、擽ったい心地でレイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)も心からの笑みを咲かせ、
「御二人にまたお逢いできて嬉しいよ。歓んでいただけたなら俺達にとっても何よりの歓びだ。――ありがとう」
「ですよね! そんな風に言ってもらえると照れちゃいますけど、とっても嬉しいです!」
 何故かジャンマリオとは初めて逢った気がしないのが不思議だったけれど、報告書を読んだりエトヴァさんから以前の話を聴いたりしてたからかな、と納得しつつ、皆の顔が歓びと幸せに輝いている様子に目許を和ませる。もうすぐ高らかに乾杯の声が響き渡るだろう。一緒に酒杯を掲げるにはまだ数年の時を要するのが少しもどかしいけれど、
 ほんの少し、ほんのちょっぴりだけ寂しげなレイの様子に気づいて、蒼穹の天使は己の蜂蜜色の葡萄酒とともに薔薇の杯を手に取り、少女へ差し出した。明るい薔薇色に透きとおり、繊細な気泡を躍らせる杯。
 今宵振舞われるローズ・スプリッツァは薔薇のシロップを炭酸水に落とした酒精とは無縁のものだが、スプリッツァという響きで真っ先にエトヴァの胸に思い浮かぶのは白ワインを炭酸水で割ったザルツブルグ生まれのカクテルだ。
「そんなわけだから、名前だけでもお酒の気分――というのはどうだろう、レイさん」
「わあ、素敵ですね! それじゃあ是非、名前だけでもお酒の気分で!!」
 翠玉の瞳を輝かせたレイが手に取るのは勿論酒精なき薔薇の甘露、然れどスプリッツァという響きに少しだけ大人になれた心地で、エトヴァや仲間達と、ジャンマリオや職人達と、今宵ここに集ったパルマのひとびと皆と杯を掲げ合い、

 ――乾杯!!

 光の祝福に満ちた広間で数多弾けた煌きは、
 深紅に琥珀に蜂蜜に薔薇、そして色とりどりの果実水の彩と滴たち。
「いたいたノスリ! 相変わらずのコミュ力お化けだな、さっき星時計職人さんとも仲良くなってただろ!」
「あっは、なんでその呼び方確り定着しちゃってんのさ! ってか皆と仲良くなれたら楽しいじゃないの!」
 数ヶ月ぶりの再会でも全く空白を感じない気安さで、馴染みの職人とノスリ・アスターゼイン(共喰い・g01118)がお互い弾けるよう笑って肩を叩き合えるのもこれまでの軌跡と奇跡の結晶、成程コミュ力お化けと己の語彙を密かに豊かにしつつ、ウルリク・ノルドクヴィスト(永訣・g00605)が傾けるのは陰干しで糖度をぎゅっと凝縮された葡萄から生まれた天の美禄、麗しき蜂蜜色に透きとおって煌くパッシート。
 皆が【液体錬成】で齎し甦らせた光の祝福、オイルランプの輝きによく似た彩に煌く美酒は、
 ――先程の歌劇の絢爛と高揚、そして感動を改めて味わうようだ。
 劇場に満ち溢れた万雷の拍手、形容にまったく誇張のないそれに自身も惜しみない拍手を添えたウルリクが、
「地中海の太陽の恵みに満ちたコマンダリアも素晴らしかったが……こちらも紛うことなき極上の美酒だな」
「異議なし! 好いねぇ、陽と陰のどちらからも美酒が生まれるってのはさ」
 戦場での鮮血のごとき光は窺えぬ柔い緋の彩を双眸に燈して微笑すれば、最終人類史の聖夜に天日干しの葡萄から生まれるこちらも極甘口のワイン・コマンダリアを味わった者同士、機嫌も上々に相好を崩したノスリも蜂蜜色きらめくパッシートの杯を掲げてみせた。
 眩い陽の恵みは感じずとも、
 樽の眠りからめざめた秘密の宝物めく甘味とコクは独り占めしたくなるほど魅惑的で、それでいて確かな酸味を孕む美酒は決してくどさを感じさせない。酸味が喉に齎す悪戯な刺激、軽快でキレの良い喉越し、喉を滑り落ちたあとに花開く、芳醇な熟成感を華やかに解き放つ余韻。そんな三重の幸福を齎してくれる逸品だ。
 慣れぬ正装の背と腰で予想以上の美味に思わず揺れた竜翼と尾、それらが他人の邪魔にならぬよう気遣うウルリクの様子に蜜色の眼差しを緩めながら、物慣れた様子で正装の背から光も影も耀く翼を悠然と咲かせるノスリは今宵出逢った天の美禄をもう一口。すっかり馴染みのランブルスコもグラッパも存分に楽しむ予定だが、まずはパッシートを心ゆくまでと思えば、
 想起したのは、コマンダリアは酌み交わせずとも罪深きスノウホワイトをともに味わった共犯者。
 花冠の折に嬉し泣きをさせてしまったのだけれど、刻逆以降の世界で彼女の涙を目にしたことがある者は唯ひとり己のみ。あの時そう識ったから、
「涙を見せまいと必死な子を泣かせられるような星時計を作ってもらえる?」
 ――俺の導きの女神だよ。
 先刻、星時計職人にそう望めば五十路すぎと思しき相手は、おやおや、女神を泣かせたいとは隅に置けないね――なんて、茶目っ気を覗かせた息子に応えるようにノスリを榛色の瞳に映し、大らかに笑ってくれた。
 瑞々しい断面を見せる柑橘風の金時計に果汁めいた宝石をあしらって、と流れるよう意匠が具体化していったのは、職人にクレメンティアの特徴を語りつつイメージを膨らませていったがゆえ。彼女の羽根ペンの軸は黄銅ではないかなと彼の推測を聴けば思い起こすのは甘いキャンディの煌き秘めた万華鏡、だが宝石をあしらうなら金時計がおすすめだとも聴いて。
 宝石は君が選ぶといい、と眼前に広げられたのは赤に金に橙に、そして水滴のごとき無色透明といった数多の煌き。
 華やかな彩煌く琥珀や蛍石に黄玉に、金色ならヘリオドールと呼ばれる緑柱石、現代ならパパラチアサファイアと呼ばれるだろう橙の鋼玉に、名前からもうそれらしいマンダリンガーネット、シトリンやタンジェリンクォーツなどの水晶達。他にも数多溢れる煌き達から選んで仕上げてもらった星時計は今、ノスリの胸ポケットで掌に乗る星のごとく優しくひかる。
「そうか……職人に贈る相手のことを伝えて意匠を相談するという手があったか」
「あははぁ、あんたも誰かへのお土産にするんだ?」
 星時計職人とも仲良くなってた――と先程のマーブル紙職人の言葉から猛禽が星時計を依頼した折のことを察して槍騎士が呟けば、帰るのは悪戯な笑み。そのつもりだと笑み返してウルリクは、己が纏うものとは異なる彩と彼にも察せられるだろう星時計を改めて手に取った。今夜の星辰の導の後には、己が物でなく贈り物となる金と青の煌き。
 Buon viaggio――華やかで曇りなき煌き燈した金には相手のこれからの軌跡の幸いを祈る言葉を彫金し、あしらった宝石は一目で惹かれた、外界と行き来できぬ改竄世界史にあることが奇跡とも思える、潔いまでに鮮やかな青の宝石。
 新宿島に流れ着いてから識ったのは、星の海に浮かぶこの世界が青き星であること。
 その青さは海の青でなく、大気の青さであること。
 大地から星空へ向かう間の、成層圏で見られる空恐ろしいほど美しい青を孕んで煌くアウイナイトをあしらった星時計は、贈る相手に気に入ってもらえるだろうか。
「あっあっ、わたしもアウイナイト嵌めこんでもらったのっ! すっごく綺麗だよね!!」
 槍騎士の手に煌く青を眼にしたならシル・ウィンディア(虹霓の砂時計を携えし精霊術師・g01415)の青空の瞳も煌いた。華奢ながら今日も元気いっぱいのその身を彩るのは美しく広がる淡い青、なれど思い出にと創ってもらった星時計には鮮やかな青が眩く小さな数多の黄の煌きを連れて輝いている。
 銀細工には勿論翼の意匠を咲かせ、ウルリクが選んだものより明るい色合いの、青空そのものの輝きを抱くアウイナイトをあしらって、青空の周りに鏤めてもらった極小の宝石達は明るく眩い黄色に煌くクリソベリルキャッツアイ。猫の眼みたいな煌きを躍らすそれらは星のように煌きを瞬かせるから、
「青空と星のコラボレーションっていいよねっ!」
「ふむふむ、実にシル君らしい狡猾な煌き……! ルーチェ・ソラーレの君なら太陽の光も似合うのではないかな?」
「そっか、パルマの思い出ならそっちも良かったかもっ!!」
 早くもお気に入りになった星時計にそう声を弾ませたなら、歌劇で盛大な拍手を贈ってくれたジャンマリオがそう笑んだ。狡猾が彼の最高の褒め言葉であるのは勿論シルも承知、星の煌きでも陽の煌きでもいいかもなんて思いつつ、胸の裡から再び咲き誇った舞台での高揚に至福の心地で笑みを咲かせた。
 自分達の軌跡の奇跡、光の祝福に満ちた舞台に上がれば何処までも胸が高鳴っていきそうな心地。
 今までもライブなどで場数は踏んできたけれど、流石のシルも宮廷劇場で歌う機会は滅多にないから緊張はひとしおで。
 けれど、それでも、

 ――太陽も飛び起きるほど声を上げて、
 ――見たことのない朝を奏でるよ!!

 花唇を開けば咲き誇ったのは、満開の笑顔と何処までも明るく伸びやかな歌声。
 歌詞そのままに輝く歌声に更なる煌きを添えて響く音色はソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)が鍵盤に十指を躍らせ奏でる伴奏、シルが仲間とパルマでこの歌を披露したあの日にソレイユもこの街で演奏したチェンバロ、頼んでみれば酒場のひとびとが歓んで劇場へと運び入れてくれた思い出の撥弦楽器から華やかな音色を溢れさせるたびに心が翔けるのは、ソレイユもシル達ルーチェ・ソラーレと同様に、
 淫魔宰相『夜奏のルドヴィカ』との決戦の日に、パルマのひとびとを勇気づけるために音色を翔けさせたからだ。
 勿論あのとき自らも弓を手にチェロを友に夜想曲を奏で、希望を導く曲を歌い奏でたエトヴァも客席にて聴き手に回ってはいられない。深く豊かに唄う、艶やかな飴色を想起させる彼のチェロの音色は、聴衆の魂を震わせて、炎を熾すかのごとくに情熱を呼び覚ますもの。青空と蒼穹と黄昏と、三者の眼差しが重なれば、
 ルーチェ・ソラーレの曲から澱みなく流れるよう自然に繋がれた曲は、
 決戦に際してパルマの街とひとびとの心に咲き溢れた、ディアボロス達の太陽と希望の曲。
 最初から最後まで徹頭徹尾、紛うことなき敵であった淫魔宰相『夜奏のルドヴィカ』でさえ、最期に彼女自身の手で奏でるほど心惹かれたこの曲なしに、あの決戦のあとから今日この日までのパルマの軌跡と奇跡を花開かせた歌劇の幕を開けることなんて、出来るはずもない!!
 爆ぜる、花開く、咲き誇る。
 観客達の歓声と喝采が宮廷劇場に満ちて木造ルネサンス様式の傑作を震わせ、決戦には居合わせずとも仲間達からこの曲を聴き覚えたレイも光の祝福あふれる舞台を呑み込む幸福な震動に跳び込む心地で舞台へと躍り出た。抱くのは蒼穹の天使から贈られた彼方の光、優しい青に星が煌くアコースティックギター。仲間の歌声も演奏もいっそう華やがせる音色を溢れさせ、
 ここで使わないのは勿体ない気がして【勝利の凱歌】の力も花開かせれば、誰もの心にひときわ輝く希望が咲き溢れた。
 弾む、跳ねる、弾けて光る。
 明るい薔薇色に煌き透きとおり、官能的とさえ思えるあでやかな香りを咲かせるローズ・スプリッツァ、しゅわりと弾けて歌う気泡達の舞ごとひとくち味わえばひときわ優艶な薔薇の香りと甘味が舌に喉に跳ねて躍るから、藍と紅の双眸を愉しげにひとつ瞬いたルクス・アクアボトル(片翼の白鯨・g00274)は、薔薇の甘露よりなお甘い蠱惑の笑みで恋人を覗き込んだ。
「ふふ。さっきの舞台も、このくらい甘美だった?」
「さあ、どうかな? 俺がどう感じたかなんて、誰より君がよく識っているに決まってる」
 黎明の眼差しで蠱惑を受けとめたなら竜城・陸(蒼海番長・g01002)のかんばせに浮かぶのは彼らしい柔和な微笑、以前の強い痛みのごとき鼓動の早鐘の代わりに今は、眩い光のごとく彼女を希う気持ちと、深い海のごとき愛しさが増していく。
 然れど互いを恋人と呼ぶようになる以前の、真っ向から相対し挑み合う愉悦は今も二人ともに変わらない。
 澄んだ響きに薔薇の煌きと香りが跳ねる杯に酒精は一切ないけれど、胸の裡から甦り、甘やかな痺れを全身に染ませていく舞台の高揚に暫し再び二人して酔いしれる。昨秋にパルマ市街の上空、星々と花火の煌きに満ちた夜空での互いに挑み合った戦舞の祭典、それを宮廷劇場でリバイバルなんて面白そうとルクスが悪戯に瞳を煌かせ、

 ――付き合ってくれるわよね?
 ――君の舞いなら無論、誰にも相手は譲れないからね。

 偶にはアンコールもいいんじゃない、と銀の煌き踊る髪に赤きラナンキュラスを飾ってみせる恋人に招かれれば陸にも断る理由などなくて、先刻刃を閃かせて二人して躍り出たのは光の祝福に満ちる宮廷劇場の額縁型舞台。潮騒の娘と蒼海の竜が舞台に現れた途端、
 心得たようにソレイユが二段鍵盤を力強く弾ませ、ひときわ劇的で華やかな音色で海原に爆ぜる荒波を奏であげた。
 勇壮な帆船さえも翻弄するかのごとき波のうねりをエトヴァが己が手に情感こめた弓でチェロに歌わせれば、波に空に戯れ気侭に翔ける潮風の奔放さを星の煌きを波の煌きに変えたレイが青きギターで心躍るままに掻き鳴らす。
 奔る眼差し、交わす笑み。
 舞い手達と演奏者達の視線が絡んだのは一瞬のこと、然れどそれだけで舞台に新たな世界が解き放たれた。
「空中戦ならあなたが上だけど、この劇場の舞台が今宵の戦場なら――自在に舞うのは、私のほうよ」
「だろうね。けれどそれでも、俺も無様な姿を見せる気はないよ。パルマの方々にも、勿論、君にも」
 あの夜の戦舞と異なるのは【飛翔】での空中戦でないこと、そして、ルクスが揮う二振りの曲刀と切り結ぶのが陸の凛冽と灼熱の双剣でなく、彼の聖なる剣と赤熱の刀であることだ。自由に空を舞うのは不慣れだとあの夜に自覚していた少女は今宵劇場を自由に舞う。
 海賊船育ちの潮騒の娘にとって木造の舞台は帆船の甲板も同じ、即ち庭の如きもの。軽やかに舞台を蹴れば【飛翔】でなく撓やかな己自身の発条を活かして跳躍し、
 旋律と音色の波濤に乗る、潮流に乗る、海風に乗って、心のままに舞い踊る。
「やっぱりね。あの夜も魅力的だったけど、今宵の君はまた違う美しさで魅せてくれる」
「ふふ、演奏がここを海にしてくれるんだもの。そんなの当然、よね!?」
 壮麗に舞台を縁取る巨大な額縁さえもルクスにとっては帆柱代わり、波間を甲板を海風を、帆と帆の間を自在に翔けて襲い来る彼女の刃、双子の三日月めく煌きを聖なる剣で受け赤熱の刀で弾いて陸は、鋭くも眩く、華やかな火花を波飛沫のように星々のように散らせ煌かせ、舞台に数多鏤めて。
 光の祝福たるオイルランプの輝き、蜜色のそれに甘いキャラメル色の肌をいっそう艶めかせる美しい恋人が、容易く狙いを読ませぬ気紛れな剣舞でこちらを翻弄しにかかるけれど、臨機応変が蒼海の竜の信条だ。それに、
 ――彼女との剣舞なら、
 ――その一挙手一投足のすべて、見逃すことなく相手を務めてみせるとも。
 彼の胸裡の響きを感じて潮騒の娘が笑む。高い跳躍から流れる星ならぬ三日月が撓やかな奇跡を描いて振り落とされるのを青き髪と深藍の竜翼を翻し、舞のごとく撓らせた腕で操る聖剣と赤刀で受け流した。光の軌跡に香る、鈴蘭の涼やかさ。
 訪れるたびに華やぎを増していたこの街が、この国が、
 己自身の力で羽ばたける翼を花開かせたことが、こんなにもナディア・ベズヴィルド(黄昏のグランデヴィナ・g00246)の胸を躍らせる。こんなにも心を浮き立たせてくれる。
 麗しき菫の香と彩を写し取り、この上なき愛の名を冠されたリキュールはこの時代には既に生まれていたというけれど、
 澄んだジンやキュラソー、檸檬果汁などとシェイクされて菫がほんのり桃色がかったカクテルは、新宿島から持ち込まれた数多の品を活かした仲間が作ってくれたもの。美しい夏の暁とも宵とも思えるカクテルを二人で掲げれば、観劇後のサロンの人波をゆるり泳ぐ蒼海の竜と潮騒の娘が黄昏の双眸に映ったから、
「テクトラムさんは歌劇、如何でしたか?」
「何もかも素晴らしかったな、あの緞帳も、開幕した歌劇も。特に戦舞の祭典の場面ときたら……いまだ興奮が止まん」
 歌劇の一幕を思い起こしてナディアが訊ねてみれば、テクトラム・ギベリオ(砂漠の少数民族・g01318)は黄金の眼差しを眩しげに細めて饒舌にそう語る。常より口数が多いのは暁とも宵とも見えるカクテルの前に重ねたランブルスコやグラッパが彼の舌を滑らかにしていたがゆえ。
 戦舞の祭典には自分達も参加していた身なれば、あの夜の高揚を再現した歌劇の一幕には自身の裡にも高揚を甦らせずにはおれなくて、酒精が燈した柔い熱と歌劇が燈した強い熱に心をゆだねれば、ふと視界に煌いた薔薇の彩。
「ふふ、ナディアとテクトラムが戦舞の場面に出演する姿も観たかったのですけれどもね」
 明るい薔薇の彩に気泡の煌きを躍らせるローズ・スプリッツァの杯を掲げた少年演奏家が語る言葉に、二人は顔を見合わせ相好を崩した。そういえばあの夜に彼を見かけたのは祭典の後の祝宴になってからだった。
 鮮烈にして優美な二人の真剣勝負と、まんまるにゃんこの大活躍。
 報告書を読んで胸に思い描くしかなかったそれを、この眼で観たかったです――と悪戯っぽい笑みで続けた少年に、
「出演も楽しそうだが、確り観劇する機会は初めてだったからな。客席でソレイユの演奏に聴き惚れるのも楽しかった」
「そうよね、ソレイユの演奏を聴く機会には事欠かないけれど、宮廷劇場で聴ける機会なんてそうそうないもの」
 大人の眼差しと笑みでそう応えて、テクトラムとナディアは夏の暁にして宵の杯をソレイユに掲げ返した。
 涼やかな硝子の音色とともに跳ねる菫の滴、薔薇の滴、華やかな煌きと香り。
 額縁型舞台の裡から外から観た光景、聴いた音色。この宮廷劇場で見聞きしたもの全てが三人ともに新鮮で、軌跡と奇跡の結晶のひとつたる比類なき今宵の歌劇を語らえば、幾重にも、幾重にも、笑みと会話の花が咲く。
 ――語らうたびに胸に改めて燈る高揚、歓喜。
 ――それらもきっと、忘れ得ぬ想い出のひとつになっていく。

●Momenti Splendente!
 光の祝福をすべて受けとめる心地で、初めは磨いた水のように透きとおった蒸留酒から。
 眩い蜜色に輝き数多の煌きで宴の広間を満たすオイルランプのシャンデリア、鏤められる煌きすべて掬う心地で掲げた杯に花唇で触れて傾けたなら、瑞々しくも若々しい味わいを花開かせる無色透明のグラッパが永辿・ヤコウ(繕い屋・g04118)の裡に強い酒気を荒々しく跳ねて躍らせる。
 暴れ馬を手懐けるよう優艶に笑んだ妖狐は蜂蜜色に透きとおるパッシートが齎す三重の幸福をも堪能して、豊かな秋の夜を想起させる深紅の美酒を手に取った。硝子杯をくるり回せば花開いた香りは薔薇やカシスを思わせて、甘いベリーをそのまま頬張るような心弾む風味をヤコウの裡に花開かせる、
 ランブルスコ・アマービレ――!!
 優しい、愛らしいという意味の言の葉でやや甘口を表すアマービレ、その官能的な響きが戦舞の祭典の甘美な高揚をも呼び覚ませば勿論、ローズ・スプリッツァにも手を伸ばさずにはいられない。
 明るい薔薇色に煌き透きとおり、繊細な気泡の唄に弾ける花の香が官能的であでやかな薔薇の甘露。
 数多の美酒や甘露に目移りしてしまうなんて悩みごととはもう無縁、何故ならここが美食の街パルマであるからだ。
「全て味わえば解決! なんて豪胆さは、パルマのひとびとの明朗ぶりから学ばせてもらいましたから」
「ふふっ。なら私達はヤコウさんから学ばせてもらおうね、アンゼリカ!!」
「あはは、それじゃ私達は果実水とスカッシュを全制覇しちゃおう! 勿論ローズ・スプリッツァもね、ミア!!」
 悪戯っぽく笑ってみせたヤコウが明るい薔薇色きらめく杯を掲げればユーフェミア・フロンティア(光彩聖姫・g09068)とアンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)も明るい陽光のごとき笑み咲かせ、全制覇のさきがけにと掲げたのは風味が蜜柑に近いタンジェリンの果実水。
 魂の芯にいつだって光る眩い歓喜、輝く約束、希望の未来。
 眩さも輝きも希望もすべて宮廷劇場いっぱいに解き放つよう歌いあげてきた少女達には、喉を潤し身体を潤し、魂に新たな煌きを満たす瑞々しい甘露がたっぷり必要なもの!

 ――交わした約束 貴方の笑顔忘れない
 ――空の彼方へどこまでも この翼広げて飛び立っていくよ

 仲間達の音色が奏でてくれる春の希望、春の歓喜。
 春花に彩られた街道に現れた野盗を二人が紅蓮の神焔で、紅蓮の神火で、派手に大岩を破壊して懲らしめたのは、パルマの未来に、野盗に身を落としてしまった若者達の未来に、光り輝く路を開くため。
 決戦の日に、戦舞の夜に、雪の聖夜に、ルーチェ・ソラーレの一翼としてパルマのひとびとに笑顔を咲かせた光彩誓騎は、雪の聖夜に子供達に約束したとおり、光彩聖姫と手を取り合った『Promiss』として歌劇の舞台で未来への希望を明るく輝ける歌声で咲き誇らせた。
 光の祝福に金の髪を煌かせ、真朱のドレスに身を包むアンゼリカの胸に咲くのは純白のコサージュ、光の祝福で優しく輝く淡桃のドレスで装うユーフェミアの紅色の髪に咲くのは純白のヘッドドレス。勿論どちらも美貌の繕い屋がリネンシフォンで咲かせた揃いの花、純白の星を咲かせる約束の花の名前は――アングレカム!!
 宮廷劇場の舞台を眩く照らし出す光の祝福が純白のリネンシフォンで咲く花をひときわ明るく華やかに煌かせれば、二人の歌声も輝きを増していくかのよう。絶え間なく湧きいずる泉のごとくに魂の芯から高揚が溢れてきたなら、開幕を迎える前に天へ一吹き、優しいミストシャワーのようにふわりユーフェミアが纏った香水が、主役となる香りを花開かせた。
 天からの優しいミストシャワーを纏ったときに感じたのは、林檎めいた可憐な香りを咲かせるカモミール、そうっと聖性を添えるアンジェリカ。歌劇の舞台へ上がり、未来への希望を咲かせる歌が最高潮に至ったところで花開いた香りは、
 透明な光を思わせる甘さのオレンジブロッサム、
 そして、純白のオレンジの花の裡から更なる純白を咲かせる、光彩聖姫のためだけに調香された香水の主役たる香りは。
「アンゼリカ、これって……!!」
「えへへ、これがミアへの贈り物のクライマックスだよ!!」
 眼差しだけで言葉を交わす。涙が溢れそうなほどの歓びをいっそう輝く笑顔に変える。
 光の祝福に満ちた舞台で、甘やかにして清らかな――アングレカムの香りが花開いた。
 香水の主役、ミドルノートにしてハートノートたる香りは歌劇が終幕を迎えた今もユーフェミアを彩っているから、
「お似合いの花はきっと幾つもあるでしょうけど、アンゼリカさんがミアさんに贈る香りなら、これ以上ない花ですよね」
「だよね! 何よりミアを彩って欲しい香りっ!!」
「とっても嬉しい、とびきりのプレゼントだよ。――ありがとね、アンゼリカ」
 花冠の縁に導かれ、少女達に眩い歓喜と輝く約束を取り戻すべく天空の戦場を翔けたヤコウも、二人の約束を咲かせる花の香りが己にも幸せを咲かせてくれる心地で柔らかに笑む。約束を未来へ花開かせる二人が手を取り合い微笑み合ったなら、
 純白の星を髪と胸に咲かせ、少女達と妖狐とで改めて掲げ合う杯は、ローズ・スプリッツァ!!

 ――暖かなシチューで、薔薇のかたちのマドレーヌで、クローバーのかたちのクッキーで、
 ――子供達の笑顔を咲かせ、祝福の花を舞台に贈ってひとびと皆にも笑顔を咲かせたあの日から、

 いつかこんな日が、きっと来るって信じてた。
 昨年からずっと信じて夢見て、今こうして、パルマのひとびとが自分自身の力で羽ばたくための翼を咲かせた姿を、改めて目の当たりにしたなら。自分達ディアボロスがこれまで力と心を尽くしてきた軌跡と奇跡を花開かせた歌劇を観たなら、
「思ってた以上に嬉しくなっちゃったね、総二さん!」
「観劇したらもっと不思議な気持ちになるかと思ってたけど……楽しかったな、楽しくて、幸せで」
 歌劇の終幕を迎え祝宴の開幕を迎えた今も如月・莉緒(恋愛至上主義・g04388)の胸の高鳴りはやまぬまま。夜空を映して優しく揺れるドレスの裾を柔らかに揺らして振り返った彼女に笑み返したのは、夜空を纏う愛しいひとを艶やかな夏の夜闇で受けとめるような黒きタキシードに身を包み、ブラックタイで決めた神刀・総二(闘神・g06384)。
 軌跡と奇跡の結晶たる歌劇は華やかで劇的で、然れど幾人ものディアボロス達が出演していたこともあって、莉緒も総二も歌劇に感情移入たっぷり舞台との一体感もたっぷり、時間を忘れて夢中になってしまうほどに楽しめた。堪能できた。きっと自分達ばかりでなく、パルマのひとびと皆がそうだったに決まってる!
 歌劇を思い返せば幾らだって感想を語ってしまえそう。
 純白のアングレカムを咲かせ未来への希望を歌い上げた少女達を見かければ途切れぬ感想が口をつきそうになったから、
「その前に何か一杯もらっておこうか。折角ならこの時代のものがいいかな」
「あ! それじゃあね、パッシートを飲んでみたいな」
 新宿島から持ち込んだ品々で仲間が作ってくれるカクテルもいいけれど、今この時代、今このときのパルマそのものの滴と思える美酒を、と総二が端的な言葉に想いをこめれば、彼の心をしっかり受けとめた莉緒に輝く笑みが咲いた。
 天然微発泡の赤ワイン・ランブルスコも、葡萄の蒸留酒・グラッパも、陰干しで糖度をぎゅっと凝縮された葡萄で造られる極甘口ワイン・パッシートも現代で造り続けられているし、刻逆を経て世界が分断された今も百貨店のリカーショップなどに並んでいた品が【液体錬成】で増やされているだろうから、新宿島で味わうことも叶うのだけれど。
 断頭革命グランダルメのパルマ・エ・ピアチェンツァ公国で、
 今この時代に、今この大地で造られた美酒を、今このときにぜひ飲んでみたいと思うから。
 透きとおる硝子杯に躍ったのは蜂蜜色に光を透かしてきらめく天の美禄、華やかな煌きに二人して双眸を細め、掲げ合った酒杯を傾けたなら、胡桃色の双眸を、青玉色の双眸を、それぞれに大きく瞠って総二と莉緒は顔を見合わせて、
 弾けるように笑い合った。
「極甘口っていうから激甘かと思ったら――ただ甘いだけじゃないんだな、成程、一推しの逸品って言われるわけだ」
「ね! ほんとに美味しいね、今日のパルマはびっくりな嬉しさがいっぱい……!!」
 樽の眠りからめざめた秘密の宝物めく豊かな甘味とコクと、何処か懐かしいアーモンドを思わす香りをも咲かせる美酒。
 甘さは極上、然れど悪戯な刺激と確かなキレを齎す酸味をも孕む甘露は喉越し軽やかで、軽快に喉を滑り落ちた後には驚くほどに芳醇な余韻を花開かせる、三重の幸福を堪能させてくれる逸品だ。
 何度でも味わいたくなる。飽きの来ない三重の幸福。
 二人で笑みを交わして歌劇の幸福も語り合えば三重の幸福は更にいっそう、十重にも二十重にも花開くから、
 さあ、美酒も語らいも楽しみながら、宴の人波を泳ぎにいこうか。調香師に、星時計職人に御礼を告げ、そして――。

 ――戦舞の祭典でお世話になった調香師さんに再会できても、排斥力のせいではっきり覚えてもらえてないんだっけ。
 ――船乗り達の間で生まれ育った身としちゃ、一期一会を寂しいとも思わないけれど。

 花唇から零れる声音はあくまで気侭で軽やか。なれど自然と陸の腕を取って宴の人波を泳ぐルクスの、色違いの宝玉めいた瞳にほんの僅かな翳りがよぎるのに気づかぬ彼ではないから、大丈夫だよ、と黎明の眼差しを緩めて囁きかける。
 何せ先程二人で挨拶した折に大歓迎してくれたジャンマリオも、
『ふっふっふ。実は先日リク君お手製のドルチェを御馳走になってね』
『な、何だってー!!??』
 彼のそんな狡猾自慢話に熱い羨望を募らせた知己の職人達も再会したその瞬間に陸を思い出してくれた。それがこれまでの自分達の軌跡と奇跡の結晶なのだと時先案内人も語っていたから、あの夜の調香師もきっと、と思えば、
 華やぐ賑わいと皆の幸せそうな笑顔の波間にふと見えた、銀細工に真珠色のエマーユで咲く鈴蘭の花。
 恋人達は顔を見合わせて笑み咲かせ、あの夜に調香のスタンドを彩っていた鈴蘭と同じ意匠の銀細工を胸に飾った男性に、あの夜に香りを調香してくれた調香師に歩み寄れば、こちらから声を掛ける前に眩しげに双眸を細めた彼が破顔した。
「御久しぶりです、御二方とも。歌劇での戦舞も拝見しておりましたよ。――あの頃より一段と睦まじくなられたようで」
 お幸せそうで何よりです、と微笑まれれば、ルクスも陸も己の笑みがいっそう柔らかくなるのを感じ取った。友達以上恋人未満な関係も楽しかったけれど、迷わず互いを恋人と呼べる今の関係を祝福してもらえるのはやはり嬉しくて。
 ふふ、と微風を擽るような笑みを零したルクスがするりと腕を絡めれば、ひとつ瞬きはするけれど呼吸するよう自然に陸は己からも蠱惑的な恋人に軽く身を寄せる。以前のような戸惑いの日々は、もう超えることができたから。
 華やぐベルガモットに始まり、優美なアイリスと甘美なジャスミンを咲かせ、ラストにあえかなバニラを咲かせたあの夜の香り。微かにバニラを香らす彼女の、キャラメル色に艶めく肢体を抱き寄せたなら……なんて香りの魔法に心揺らされて、
「こうして今、誰よりも彼女の間近にいるから。あの日の香りにも背を押された心地がしたからね」
「ええ。香りってやっぱり、感情にダイレクトに作用しちゃうのね」
 ありがとう、と調香師に改めての礼を陸が告げれば、嬉しげに笑みを深めてルクスが彼にいっそう身を寄せて。
 然れど、
 ――ねえ、調香師さん。彼の隣の私には、どんな香りが似合いそう?
 蒼海の竜をからかうように見上げつつ調香師に訊ねようとした言葉を、潮騒の娘はふと呑み込んだ。
 たとえば『私に香水を調香して欲しい。如何なる香りにするかはすべてお任せする』と望まれたとしたら、多くの調香師は相手に似合うと思える香りを調香するはずだ。こう望まれて、相手に合わない香りを創る調香師などいるはずもない。
 即ち『全てお任せ』と『自分に似合うもの』という希望はほぼ同義。相手の手間と負担はどちらも殆ど変わりない。仲間達皆が『自分に似合うもの』という希望を控えている今宵は、訊ねるだけの戯れとはいえそれを望むのは流石に気が引けて。
 だが何かを察したように調香師は、若き恋人達へ年の功とばかりに片目を瞑ってみせた。
「もしも御入用でしたら、星空のもとへ出向かれるまでには調えてみせましょう」
 勿論お代はいりません。ですがお題をいただきたい。
 たとえば、柑橘系で個性的な香り。
 たとえば、官能的でフローラルな香り。
 たとえば、あの夜の香りをこの夜に相応しく変化させた香り。
 ――若き恋人達のためにぜひ腕を揮いたいと調香師が意気込むような、そんなお題を。

 瑞々しく香る花やフルーツからは必ず天然香料が抽出できるようにも思えるけれど、実のところそれは夢物語だ。
 たとえばダフネ、たとえばガーデニア。たとえば林檎、たとえばラズベリー。
 精油の抽出が困難あるいは不可能なため、フレグランスとして用いるには現代の合成香料が必要になる香りは意外に多い。
 1793年のパリ大学、最早訪れることの叶わぬあの時空で夏夜の夢幻をすごした折、革命淫魔の調香師は当時のパリでは手に入らぬはずの香料を魔法的な何かで調えていたけれど、パルマでは調香師に世界で唯ひとつの香水を望むディアボロスのために、この時代のパルマに存在しない香料は新宿島から持ち込まれたと戦舞の祭典の折の報告書で読んだから、
 今回もきっと同じ。
「だからきっと伏見さんにぴったりな香りも調香してもらえると思ったんですけど、どうですか!?」
「俺っぽい匂い……これがそうなのか……いや、自分ではよくわからんが、まあ――……悪く、ない」
 先刻調香師に依頼した折のことを思い返せば捌碁・秋果(見果てぬ秋・g06403)に咲くのは満面の笑み。
 歌劇が終幕を迎えれば祝宴が開幕を迎えて、宴の間につどう同胞達やパルマのひとびとに混じって酒杯を傾けながら、眉を寄せつつ伏見・逸(死にぞこないの禍竜・g00248)はそう応えた。香水など縁のない人生を送ってきはしたが、ふとした折に世界で唯ひとり己のためだけに生まれた香りが、酒の味わいを決して邪魔せぬ程度に、瞬きほどの微かさで感じられるのは、
 想像していたよりも、悪くない。
 観劇後に振舞われるという美酒は小洒落たものばかりかと思っていたが、葡萄の蒸留酒・グラッパのうち磨いた水のように無色透明なものは瑞々しく若々しい味わいの奥から荒々しい酒精がその強さで喉を灼く様が逸の性に合った。樽で熟成された琥珀色のものもきっと楽しませてくれるだろう。
 深い夜色からしゅわりしゅわり気泡の唄を咲かせる葡萄のスカッシュに唇を寄せつつ秋果はそっと彼の様子を窺って、
 ――甘いって表現に複雑そうな顔してたから、
 ――別の言葉を使ってたら、もっと素直に気に入ってもらえたかな?
 調香師の手で彼のためだけに生まれた香水、それを『強面で厳しそうに見えて甘い、伏見さんらしい香り!』と感じたまま秋果が口にしたときの逸の顔を思い起こしてくすりと笑んだ。
 夏夜の夢幻に革命淫魔の調香師が調香してくれた香りは、今でも秋果の飛びきりのお気に入り。
 朝露めいた瑞々しさで咲く白葡萄の香りがやがて花開かせる黒葡萄の香りが、ほんの僅かな月下香の花の香りでより豊かに香る、世界で唯ひとり秋果のためだけに生まれた香り。特別なそれを自慢しつつ、彼にもそんな特別を持ってもらえたらと、
「自分に馴染みのある匂いっつったら……血とか火薬とか、酒とか煙草とか……我ながらろくでもねえな」
「物騒な香りばっかり! なおのこと作ってもらいましょうよ、伏見さんだけの香り!!」
 勧めてみればそれってどうなのと思わずにはいられぬ言葉が返ってきたから秋果は燃えた。俄然燃え上がった。
 実のところ血はともかく、煙草の香りやコニャックの香りは現代の香水ではそう珍しくなく、火薬の香りを咲かせる香水も存在するのだけれど、そのものずばり硝煙の香りを咲かせる香水も存在するのだけれど。
 ――今回は!!
 ――そういうのは抜きで!!
 密かに拳を握りつつ彼を連れ出した調香師のもと、
 秋果は勇んで色々な精油の香りを試させてもらって、精油を落とした試香紙を逸にも差し出しながら、むむむと眉を寄せて悩み顔。甘さが前面に出ないように、けれどミントやローズマリーは爽やかすぎる気がするから、
「あっ、スパイス系の香りはどうです!? 少し刺激的な香り!!」
「スパイスの香りなんてのもあるのか。……なるほど、花だのなんだのより馴染む感じはあるかもな」
 清涼と爽快を咲かせる香草達の香りに馴染んだ感覚を珈琲の香りで一旦リセットして、ナツメグの香りを勧めてみたなら、温かみがありつつも鋭い刺激を覗かす香りに逸が興味深げに瞬いた。香水そのものよりも秋果が己に対してどんなイメージを持っているのかに興味があるから『そこに何か少し甘い香りを足してもらって、香りに広がりがあるような……』と呟かれる彼女の言葉に耳を傾けつつ、彼は小さく笑って、
「そっからはプロに任せたほうがいいんじゃねえか?」
「はっ! 確かに!!」
 促してやれば我に返った秋果が歳相応の素直さで眼を瞬かせる様に笑みを深めた。調香に関する知識はさっぱりだが、ただ香りを足していけば良いというものでもないのだろうとは逸にも想像がついたから。
 先日パルマで絵具と戯れた記憶を思い起こして、
「誰だって絵は描けるが、誰だって画家になれるわけじゃねえ。そういうこったろ?」
「全然反論できない……!!」
 彼がそう続ければ、愛する絵画に喩えられた言葉は秋果の胸を直撃。秒で理解できた。
 芸術は芸術家に、と彼のための香りをゆだねれば、二人のやりとりを微笑ましく見守ってくれていた調香師は秋果の望みを確り聴きとって、微笑ましく見守る間に逸のひととなりや雰囲気を掴んでくれていたらしく。やがて生まれて来た香りは。
 西洋杜松――ジュニパーベリーが鋭さの裡に苦さを覗かせて、
 やがて花開くのは温かみある芳香にスパイシーな刺激を孕むナツメグの香り、その奥からシナモンの甘さが仄かにくゆり、最後に柔くほんのり持続するのは乾いた革のレザーノートに、大地と樹を感じるベチバーのウッディーノート。
 西洋杜松の香りがジンを想起させれば何だやっぱり酒に戻るんじゃねえかと逸は密かに忍び笑いを洩らしたけれど、
 十七歳の秋果には、まだ秘密だ。

 琥珀色した林檎の蒸留酒にレモンジュースとシロップ、ソーダを合わせ、
 軽快にシェイクされたそれがクラッシュアイス満ちる硝子杯に躍ったなら、淡い月のひかりのカクテルが生まれ来る。
 瑞々しいスライスレモンの月を飾られた杯を改めて掲げ合ったなら、
「美しい月だ。さっきの月も美しかった……あの星時計も含め、素晴らしき文化の結晶達に触れられる、好い街だな」
「きっと交易で潤ってこれから更に活気づいていくのよね。こんなに素敵な品々があるんだもの」
 黄金と黄昏の眼差しを優しい月の光を映すよう互いに和らげて、テクトラムとナディアは穏やかに微笑み合った。
 芸術の街たる美称を持つパルマ、皆が歓びと幸せを笑顔に咲かせる街を二人で散策した先刻のことを思い起こせば、美しい彩が胸の芯から数多溢れてくるかのよう。とめどなく溢れて華やかに舞って、幾重にもあでやかに花開く。
 瞬間の美、一期一会の芸術。
 明るい翡翠が流れ、花緑青と水浅葱が舞って、指揮棒めいた尖筆が色彩の水面へ軽やかに躍れば大きな櫛が波紋を梳いて、夢幻の羽ばたきが生まれくる。羽根よりも軽やかに色彩を抱擁した紙が写しとれば、幻想に孔雀の羽根が花開くよう。
 彩が流れて自由に羽ばたき花開く瞬間の美、一期一会の芸術を写しとるマーブリングも、
 深く艶めく真紅の革に華麗な金の蔓薔薇を躍らせる、あるいは夏空のごとく鮮やかな青の革に涼やかな銀の羽根を舞わせる革細工最高の芸術、クオイドーロも瞬きを忘れて見入るほどに魅力的だったけれど、何よりも強くナディアの瞳を惹きつけた芸術は、流麗な彫金細工に彩られた星時計。
 遥かなる星の空。
 北天に輝ける星を観測して時を識るという、己が生まれ育った時空には存在そのものが生まれていなかった美しき工芸品に呼ばれた気がしたのは何故だろう。細やかな彫金細工が夜空に弧を描く月を煌かせていたからか、それとも、手に取れば息を呑むほどに美しい青の宝石が、星のような煌きを瞬かせたからか。
 美しい青に眼差しも心も呑まれてしまいそうなアズライト。
 この断頭革命から遥かな時空を隔てたいにしえの時代、古代エジプトの時代から青の美しさを愛されていた石。
「……だが、これほど純粋な青のものは希少だな。滅多にお目に掛かれぬほどの質の良さだ」
「ええ、呼ばれてしまったのだもの。もう、手放さない」
 覗き込むテクトラムの眼差しがひときわ柔らかな光を燈したような気がすれば、ナディアの心はふわり星空へと羽ばたいていく心地。何処までも連れていこう、この先の私の、私達の航路へ――と街で手に入れた星時計を改めて己が手に取り、もう片手で彼女が淡い月のひかりのカクテルを傾けたなら、ふとテクトラムが思案気に眼差しを揺らした。
 己が故郷たる時空では花や香油の香りを楽しむことこそあったが、香りの芸術、香りの交響曲とまで呼ばれるほどに技術の粋を高められた香水という存在は、新宿島に流れ着いてから識ったものだ。これもまた文化の結晶と思えば興味もあったし、彼女も興味を持っていたとテクトラムには見えたのだけれど。
「そういえば、調香師のところでは香水を頼んでいたように思ったのだが……」
「ふふ。世界で唯ひとり、私だけのために生まれた香水がどんな香りなのかは」
 ――この後のお楽しみです、なんて言ったなら。
 ――あなたは、どうします?
 悪戯に瞳を煌かせたナディアがこちらの反応を楽しむように見上げて来るけれど、
「それはもう、大いに期待させてもらうしかないだろうな」
 彼もまた淡い月のひかりのカクテルを傾けているから、先程からずっと舌はなめらかなまま。
 硝子杯で唄うソーダの気泡を擽るようにナディアは笑んだ。
 望んでくれるなら、星空のもとで香りを花開かせてあげる。

●Possa prosperare il Parma!
 眩い煌きを溢れさせる、光の祝福。
 照明の歴史のあわいのうたかた、過渡期の時代であるからこそ【液体錬成】で祝福を齎せたオイルランプのシャンデリア。劇場でもサロンでも蜜色のあかりで皆を祝福する光に改めて硝子杯を掲げれば、蜂蜜色に透きとおる天の美禄が舞台の高揚を甦らせてくれるかのよう。蒼穹の眼差しを緩めてエトヴァが酒杯を傾ければ、
 樽の眠りからめざめた秘密の宝物めいた極上の甘味が花開く。
 華やぐ酸味が喉に跳ねてキレの良い喉越しを生み、美酒が喉を滑り落ちていったなら芳醇な夢が咲くような余韻が花開く。
「不思議だな……このパッシートが歌劇での何もかもを改めて呼び覚ましてくれるようだ」
「ふふ、このローズ・スプリッツァもです。明るく華やかに煌いて、口をつければ気泡が楽しげに弾けて、そして」
 官能的と思えるほど甘美な幸せが花開く。
 夏夜を映したような漆黒の正装に身を包み、こうしてサロンで微笑む今もともすればエトヴァの心は舞台へと翔けるよう。軌跡と奇跡を辿る歌劇を思い起こせばレイの胸にはたっぷり増やしたカリーヴルストを振舞ったあの日から始まるパルマでの日々、孤児院で子供達の笑顔を咲かせ、絵本の世界みたいな農村でニワトリとアヒルの仲裁をして、初売りに挑んで御雑煮を振舞って――と、目蓋を閉じれば眼裏に掛け替えのない数多の交流とその情景が次々と思い浮かぶはずなのに、
 今は目蓋を閉じれば眩い光が視界に満ちる。
 歌劇の舞台を照らした光の祝福、眩い輝きとともに胸の奥から高揚とともに歌声も演奏も甦って胸を満たして。
 淫魔宰相『夜奏のルドヴィカ』との決戦を彩った歌声と旋律で幕を開けた歌劇は続く戦舞の祭典でいっそう劇的で華やかな演奏を求めたから、レイとエトヴァが想像していた以上に楽しい絢爛に彩られたものとなった。チェンバロから華麗な音色を溢れさせるソレイユの旋律とも響かせ合って、
 軌跡を慈しむようにエトヴァがチェロの音色を歌わせ、奇跡を煌かせるようにレイがギターの音色を翔けさせ、戦舞を彩り仲間の歌を輝かせ、笑顔を花開かせては自らも歌声を咲き誇らせた。
 舞台を縁取る額縁から溢れて劇場を満たし、天井を越え天上から透明な光を呼ぶかのごときエトヴァの歌、未来へ羽ばたくひとびとの背を押す、深みも音域も豊かな彼の声に導かれるよう、レイの歌声も明るい光のごとく響き渡って。やがて万雷の拍手と喝采とともに終幕を迎えれば、胸も喉も詰まるような幸福感に満たされた。
 深い青に数多の星が瞬くような、星空のごときドレスの裡で、レイの胸に、心に、あのときの熱が甦る。
 ――何で、こんなに……、
 ――心が、熱いのだろう。
 皆とひとつになれたからだ。歌劇の舞台に上った者も客席で歌劇に酔いしれた者も誰もが皆、胸も喉も、息も詰まるような幸福感に満たされて。万雷の拍手と喝采を贈ってくれる観客達は歓喜と感動に顔を輝かせ、舞台に上った者達とは同じく輝く笑顔で、ディアボロスとパルマ市民の別なく抱き合った。
 ――愛している。愛されている。
 ――深い親愛を、限りない親愛を、お互いに抱き合っている。
 確かにそう感じられるほどに、
「パルマで俺達は……これほどまでに心通う交流を、重ねてきたのだな」
 吐息の笑みでそう言の葉にしてみれば、エトヴァの胸の奥から改めて込み上げて来るのは溢れんばかりの、愛おしさ。

 光の祝福を受けて煌く金の髪に弾むのは鈴蘭の花が四つ葉のクローバーと白詰草の髪飾り。
 然れど莉緒からふわり瑞々しく咲いた鈴蘭の香りは先程調香してもらったばかりの香水、世界で唯ひとり莉緒のためだけに生まれ来たそれは鈴蘭の裡から甘やかな薔薇の香りを花開かせて、薔薇の甘さをピオニーが透きとおらせたかと思えば、
 初摘みレモンの香りが爽やかな風みたいに心を攫って、夏の陽射しに緑がきらきらと煌く草原へ連れていってくれる。
「これプリモフィオーレレモンって呼ぶんだって、可愛いよね!」
「響きも香りも可愛いな、莉緒にぴったりだ」
 自身から咲いた香りに莉緒が飛びっきりの笑みを咲かせたのは、屈託なく笑ってそう言ってくれる総二が、莉緒が調香師へ彼の分も調香をお願いした香水を纏ってくれているから。透明で爽快なローズマリーの香りがきりりと立てば香草の清しさと薔薇の華やかさを併せ持つゼラニウムの香りが優しく咲き、軽やかに跳ねるライムの香りが莉緒の香りと同じ、夏の陽射しに緑がきらきらと煌く草原へ連れていってくれる。
 二人の香りがまるでひとつになっていくかのような香りの変化に弾けるように笑い合った。
 宴の人波を泳げば淡い淡い澪を引くよう仄かな香りが描く軌跡、それを見つけてくれたのは調香師のほうで、
「透明感ある森みたいな樅の木の香りに柑橘系を合わせるとこうなっちゃうの、面白いわよね。気に入ってもらえた?」
「すっごく気に入っちゃった、ありがとう! あのね総二さん、総二さんの香水もこの調香師さんにお願いしたんだよ!!」
「樅の木の香りがこんなに明るい草原みたいになるなんて、楽しいな。俺の香りも莉緒の香りもとても素敵だ、ありがとう」
 悪戯っぽい笑みでそう訊いてくれた彼女に莉緒も総二も心からの笑顔で応えれば、調香師は本当に嬉しそうに笑み崩れた。
 軌跡と奇跡を描いた歌劇を観た今なら二人にも解る。
 自分達ディアボロスの【液体錬成】で息を吹き返した調香師達が当時どれほど歓んだか。今もどれほどディアボロス達に、篤い感謝を抱いているか。今日調香してもらった自分達の歓びも感謝もきっと、これから未来へと歩んでいく彼女の、大切な支えのひとつとなるのだろう。
「よし、そうと来れば俺もしっかり御礼を伝えないとな」
 ありがとう、と感謝を言葉にするのはいつだって気持ちのいいものだけれど、今宵のパルマではいっそう『ありがとう』の言葉の魔法が強い力を持っている気がして、ひとびとの波間に先程莉緒への贈り物を仕上げてくれた星時計職人を見つければ総二は迷わず彼のもとへ歩み寄った。
「さっきは星時計をありがとう。今から彼女に贈るところだ、きっと歓んでくれる」
「え? え? 総二さんが私に??」
「どういたしまして! そうそう実はそうなんだよお嬢さん。ささ、受け取って受け取って!」
 笑顔で真摯に総二が星時計職人に礼を告げれば、突然のプレゼント宣言に莉緒は何度も瞬きをして。朗らかに笑った職人に促されて総二と向き合ったなら、彼の手から莉緒の手に渡るのは、銀細工に彩られたラピスラズリが咲かせる青い薔薇。
 深い青に輝く宝石には微細な金の煌きが数多瞬いて、
「わ、あ……! ラピスラズリが星空みたい!!」
 掌に星空そのものを乗せるような星時計、
 胸を高鳴らせずにはいられないその浪漫と、星空と薔薇で彩ってくれた彼の想いが嬉しくて。
「ありがとう、総二さん!!」
「気に入ってもらえて凄く嬉しい。俺も香水ありがとう、凄く好きな香りだ、莉緒」
 今宵いっとう輝いて咲き溢れる莉緒の笑み、己の裡からも歓びが咲き溢れる心地で総二も満面の笑みで応えたなら、二人に燈った優しく甘やかな熱が、互いの香りをひときわ輝くひかりのように花開かせた。
 初摘みレモンの香りが、
 軽やかに跳ねるライムの香りが、
 夏の陽射しに緑がきらきらと煌く草原へ連れていってくれる。
 ――ありがとう!!
 ――戦舞の祭典のときも、今日お願いした調香も!!
 光の祝福に溢れる宴の広間、蜜色のあかりと皆の笑顔に満ちるその中で見かけた莉緒と総二の姿に感化され、アンゼリカが探し出したのは、黄銅細工の月桂樹の冠、優しい金色の太陽みたいにも見えるそれを飾った工房で、先程自分を迎えてくれた調香師。柑橘の中でもひときわ『美味しい』タンジェリン、蜂蜜めく甘さと爽やかさを咲かせるハニーサックルに、きらきら跳ねる光のように遊ぶアニスの刺激。そして、眩い陽の輝きを思わせるサフランを戦舞の祭典の夜に咲かせてくれたひとに。
「改めて御礼を言えてよかった! ミアへのプレゼントの分もっ!!」
「歌劇の時間もあったし、慌ただしかったもんね。私も一緒に御礼を言えて嬉しかったよっ!!」
 歓んでいただけてよかったとアンゼリカに微笑み返し、お気に召したのなら嬉しいですとユーフェミアが纏う香りに笑みを深めた調香師と語らえたなら光彩誓騎の気持ちもいっそう晴れやか、光彩聖姫と屈託なく笑い合って、今ここで掲げ合う杯はこれもまた明るい薔薇色の、けれど甘酸っぱい果実を香らせる桜桃スカッシュ!!
 華やかに弾ける滴に気泡に甘酸っぱさ、
 けれど瑞々しさも甘酸っぱさも鮮やかなそれを爽快な心地でしゅわりと呷ったなら、その先から柔らかな香りがふんわりと花開いた。ユーフェミアが纏った香りが甘やかで清らかなアングレカムの香りの裡から最後に咲かせたのは、
 優しく甘く、儚くて、ほわりとパウダリーに香る様が粉雪みたいな、ホワイトアイリス。
 光の祝福のなかに粉雪がふわり舞う様が見えた気がして、ユーフェミアの髪に咲く純白のアングレカムも彼女の身体を包む淡桃のドレスも、ユーフェミア自身も、ふんわり柔らかに光り輝くように見えた気がして、
 思わずアンゼリカが瞬きをすれば、胸の鼓動が大きく跳ねる。
「あれ? 顔が赤いけどどうしたの? 熱とかない? ちょっと屈んでくれる?」
「え。あ、大丈夫、だと思う、けど……、――――!!」
 言われるままに身を屈めれば、軽く小首を傾げたユーフェミアのおでこがアンゼリカのおでこにこつり。
 心配そうに覗き込んでくる紅樺色の瞳に、
 優しく甘く、儚い粉雪が降り積もる世界に、吸い込まれてしまいそう。

 純白のリネンシフォンで咲かせた約束の花。
 光の祝福に煌く大輪の純白、揃いの星の花で彩られた少女達の微笑ましい姿にひときわ柔らかな笑み燈し、美貌の繕い屋は調香師達の話に、マーブル紙職人達の話に聴き入った。
 調香の世界へ一歩足を踏み入れるだけではきっと『分からない』。
 けれど奥深い調香の世界へ二歩、三歩と踏み入っていくほどに『解ってくる』のだ。
 識らぬ者には好い香りを感覚的に合わせているだけと思える調香には、実のところ確固たる理論が存在する。
 夢と空想だけに見えたおとぎばなしの魔法が、実際には学術的に体系立てられた魔術理論だと気づかされるような、新たな視界が開かれ冴え渡るがごとき心地にさせられる世界。それが香りの芸術にして香りの交響曲たる香水の、調香の世界だ。
「――面白いですね、夏の陽射しに緑がきらきらと煌く草原の香り」
「日々勉強、日々探究よ。ほんと奥深いったらないわ!」
「分かる分かる果てがないんだよな、こっちとそっちじゃ全然違うけど!」
 深く感じ入るようにヤコウが語れば我が意を得たりとばかりに頷く調香師に大いに同調するマーブル紙職人。だがこちらは瞬間の美、一期一会の芸術。たとえ同じ彩の染料を同じように舞わせて羽ばたかせようと全く同じ模様を再び創りだすことは叶わない、理論とは無縁の感覚勝負であるからこその果てのなさ。
 自身も職人であるからこそ彼らの話から得る学びは尽きなくて、
「ところで、歌劇でヤコウ君の仕立ての腕は存分に堪能させてもらったが、革細工もお手の物であるのかな?」
「革製の衣服や小物を仕立てることなら。でも、皮革を鞣して染めて……となると専門の方には到底及ばないでしょうか」
 ふと思い立ったようにジャンマリオに訊ねられたなら、まだまだ僕も学ばなければとはにかむように笑み返して、ヤコウは革細工職人達にも教えを請うて語らって。
 ――ああ、分かってはいたけれど、
 ――時間がちっとも足りやしない!!
 茜の夕暮れ思わす彩の革地に華やかな金が躍らす葡萄の蔓葉と果実、優しい萌黄に革地に金とも銀とも見える明るい煌きが一斉に芽吹く春を描き出して、
『ふっふっふ。実は先日ヤコウ君お手製の東洋の神秘を御馳走になってね』
『な、何だってー!!??』
 挟まれるジャンマリオの狡猾自慢話に皆と笑い合いながら、彼らの手が創りだした芸術に見入る。
 断頭革命の時代の一般人なら東洋の存在も知っている。ただ、ディヴィジョンの外との行き来が叶わない現状について深く考えたり疑問を持ったりすることはない。それは改竄世界史すべての一般人に共通する事象だ。
 だからこそ、最終人類史の知識を持つヤコウが語った話に革細工職人達は遥かな世界の夢を見る。
 彼らは知らぬことだが、正史ではナポレオンの時代の到来とともに消えてゆくクオイドーロ、なれどもこの革細工の芸術に金唐革という名を冠し、伝統工芸として発展させた国がある。オランダ経由でクオイドーロが伝来した極東の島国だ。
 ――革細工最高の芸術・クオイドーロに衝撃を受けた極東の島国、日本では、その美しさに多くの者が魅了されたこと。
 ――金唐革と呼ばれた革細工のみならず、和紙にもこの技術を活かして、金唐革紙という工芸品もが生み出されたこと。
 勿論これは自分達の帰還とともに職人達が忘れてしまう話。然れど、遥かなる東洋でもクオイドーロの美しさはひとびとを魅了したのだと聴いたときに覚えた感動と誇らしさは、きっと彼らの胸の裡で輝き続けていくから。
 夢を見て、希望を抱いて、自分自身の足で歩いていくひとびと。
 語らいは楽しくて、語れば語るほどに話題は花開いていくから、
 いっそ時が止まって欲しい、と知らず星時計を握りしめてしまうけれど、
「大切に、連れていきますね。大切に、持ちかえりますね」
 薔薇柘榴石――ロードライトガーネット。
 和名の美しさと深く豊かなワインレッドに紫の煌きが躍る様に心を奪われて、新宿島から持ち込んだそれを銀細工の盤面に鏤めて咲かせてもらった薔薇が、ヤコウの帰るべきところを示してくれるから。心ごと持ち帰ろう。歌劇の絢爛、美酒の味わい、薔薇の甘露の味わい、皆の笑顔と語らいと。
 歌劇の舞台のための晴れの衣装、繕い屋の心尽くしを纏った、子供達の嬉しさ誇らしさに輝く笑顔。
 ――ああ。この国は、この国のひとびとは、
 ――なんて多くの喜びを僕に齎してくれたのだろう。

 欧州最古の劇場のひとつ。
 芸術の街が誇る額縁型舞台劇場、ピロッタ宮殿を彩る木造ルネサンス様式の傑作たるファルネーゼ劇場。
 光の祝福でそこを満たして、観客席をパルマのひとびとで満たして、舞台にパルマのひとびとが上って。彼ら自身の主催で歌劇の上演が叶う程の軌跡を歩んできたこと、自分達が力を尽くし、心を尽くして幾つも咲かせてきた奇跡が、円熟の実りを迎えたこと。それらを思えば先程歌劇の終幕に舞台で感じた、胸も喉も、息も詰まるような幸福感がソレイユを再び満たす。
「興行成功、おめでとうございます。ジャンマリオ」
 ――そして、
 ――ありがとうございます。
 艶やかな黒。常に気後れすることなく着こなす正装で優雅に一礼して。
 軌跡と奇跡を描いた歌劇がジャンマリオの親愛と感謝の発露だと、パルマのひとびとの溢れんばかりのディアボロス達への親愛と感謝が花開いたものだと、眩い光をまっすぐ浴びるように感じられたから、心からの祝辞と感謝を口にしてソレイユは薔薇の甘露の杯を掲げ、冗談めかしてこう続けてみれば、
「でも、少し内容を盛りすぎではありませんか?」
「成程成程、前編と後編に分けて夏と秋の上演で更に大儲け! という話であるね? 流石はソレイユ君、何たる狡猾!」
 狡猾認定いただきました。なれどこんな他愛ないやりとりこそが愛おしい。
 弾けるように笑い合って鳴らした硝子杯、明るく煌く薔薇色の滴と気泡、官能的なまでに甘美なローズ・スプリッツァを歓びとともに呷ったなら、次から次へと尽きず溢れる思い出話に花を咲かそうか。英雄の帰還、あるいは凱旋のごとく皆に迎えられた昨夏のことからと声音が弾めば、皆の軌跡の奇跡に興味を惹かれずにはおれないウルリクも環に加わって。
「相変わらず狡猾に精が出るようで何より。折角だ、記憶の限り皆との思い出を聴かせてもらえれば嬉しいのだが」
 眦を緩め、蜂蜜色のパッシートを軽く掲げて願えば、ジャンマリオの瞳がきらり。
「ふっふっふ、ならば私のとっておきの狡猾思い出話を聴いてくれるかねウルリク君!」
「ああ、是非とも」
 狡猾思い出話。騎士たる己が人生において初めて聴いた言葉をまたひとつ胸に刻みつつ、ウルリクが促してみれば彼の話もまた、昨夏にディアボロス達が英雄の帰還、あるいは凱旋のごとくパルマに迎え入れられた日のことから始まった。英雄達が不思議な力で食事を増やしてくれるのだと、その際には食事とともに食器も増えるのだと聴きつけたジャンマリオが、

『これが私の今日の昼食です! 必ずや、食べきってみせます!!』

「高々とプロシュット・ディ・パルマの原木を掲げてそう誓ってくれた少女に私はこう、銀の大皿を捧げ持ってだね!」
 熱くそう語りながら彼が聖女に供物を捧げるかのごときポーズを再現してみせた、その瞬間。
 あの日パルマを訪れていた三人が思わずグラスを取り落としかけた。騒然となった。
「……!! 言われてみれば確かに、あのとき銀の大皿を恭しく捧げ持ってたの、ジャンマリオでしたね!!」
「ホントだ……!! 何だか初めて逢った気がしないと思ってましたが、道理でそう感じるはずです……!!」
「そうか――……初めから御縁があったのだな。知らないうちに、本当に長い御付き合いをさせていただいていたのだな」
 同様もあらわに真っ先に声を上げたのはソレイユで、思わぬ再会にレイの声音も衝撃に跳ねずにはいられない。驚愕に一瞬双眸を瞠りつつもすぐさま目許を和ませ、長き縁を噛みしめるようにエトヴァは吐息で笑んでそう語った。
 あの時は皆パルマを救わねばという焦燥が強く、パルマのひとびと個人個人を記憶する余裕はなかったし、交流自体が今程深まっていなかった。けれど今ならあの折に見た恰幅の良い商人が彼なのだと解る。
 ジャンマリオの私財は彼のみならずパルマそのものを潤す私財だ。
 ディアボロス=ジャンマリオ記念学園の運営資金となり、野盗達の被害者への賠償を肩代わりし、心を入れ替え罪を償った元野盗の若者達を雇用する交易の資金となり、サルソマッジョーレの製塩事業で公国内への塩の安定供給をも図る私財。
 当然ながらそのすべてが、ディアボロス達の支援あってこそ叶ったもの。
 学園開校の支援やサルソマッジョーレへの街道に出没する野盗の対処は勿論、あの始まりの日たっぷり増えた銀の大皿も、間違いなくディアボロス達がパルマ公国に齎した支援にして、今こうして花開いた幸福の基(もとい)なのだから。
「あは、あははは! もうすっごくジャンマリオさんらしいですね、とっても狡猾!!」
「なるほど……こりゃ確かに『おもしれー奴』って感じだな」
 銀の大皿の話が聴こえたなら秋果も弾けるような笑みを咲かせずにはいられなくて、彼の肖像画をフレスコ画にするために撮らせてもらったという秋果のスマホの画像、前もってそれを見せてもらいつつ話を聴いていた逸も楽しげに喉を鳴らす。
「おお! また逢えて嬉しいよシュウカ君! お連れの方も、素晴らしく狡猾なこの夜へようこそ!!」
 勿論ジャンマリオは両腕を広げて二人も大歓迎で、
「……彼はもしや、自分で言うとおり本当に狡猾……というわけでもない、のだな?」
 軌跡の奇跡、ディアボロス達が紡いだそれを歌劇に花開かせても、己の軌跡を歌劇にする発想はない辺り、ジャンマリオは狡猾と口にはしつつも並外れて善良な人物なのでは――と思いかけていたところでウルリクは少々困惑してしまったけれど、大丈夫っと明るい声音と笑みを咲かせてシルが、彼の背をぽんっと叩く。
「ふふっ。ジャンマリオさんは悪人とか聖人君子とかじゃなくて、すっごく普通のひと! だもんねっ!?」
「そそ。すごく、すごく普通のひとなんだよな。けれど、だからこそ」
 ねっ!? と掲げる少女の硝子杯には蕩けるメロンの甘さを冷たい清水ですっきりと仕上げた果実水、ハイタッチ代わりに今は深紅のランブルスコが揺れる硝子杯をノスリはシルの果実水と鳴らして、上機嫌に笑う。だからこそ、愛おしい。
 銀の大皿を増やしてもらえるかもと思えばいそいそ持ってくる、誰かの優しさに触れれば自ずと己も優しくなる。
 利己的なところも、利他的なところも持ち合わせたひとなのだ。世界の大多数の人間がそうであるように。
 だからこそ、パルマ公国の支援に心を尽くしたディアボロス達の想いが、優しさが、まるで柔らかな呼び水となるように、彼の善い部分をふうわり浮かび上がらせたのだろう。そう感じるのは学園の開校準備を手伝ったあの日と変わらない。
 彼の善性の発露が、その呼び水となったディアボロス達の想いが、優しさが、連鎖していく様が、
 逆説連鎖戦ならずとも確かに存在する、数多の連鎖が愛おしいと、そう思えば。

 ――悪魔の所為で腹は満ちないままだけど、
 ――心は満たされるから。

「全く、ジャンマリオ氏の狡猾さには敵わないな」
 茶目っ気を乗せて片目を瞑り、酒杯をテーブルに置いたなら、蜜色の双眸に真摯な光を燈して穏やかに笑んだ。心から。
「――ありがとう」
 歌劇の舞台で、美貌の繕い屋に晴れの衣装を着せてもらって顔を輝かせた子供達と一緒に。
 雪降るナターレの夜に歌った、題名に星が輝く、現代のイタリアのクリスマスでも愛されている歌を光の祝福に照らされる舞台で歌って、観客達へと差し伸べた掌を、今度は観客ではなく友へと、ノスリは差し出した。ジャンマリオへ、職人達へ、優しいひかりのように胸に燈る感謝をそのまま掌に乗せて、確りと手渡すように固く握手を交わしていって。
「ち、違うんだからねっ! これは君達が甦らせてくれたオイルランプのあかりが目に沁み――……」
 この夜もそう言いかけたところで友の強がりも涙腺も決壊したものだから、号泣するジャンマリオの肩を抱く。
 瞳を潤ませる職人達の肩も抱いて、先にあんた達を泣かせてしまったな、と吐息の笑みで紡いで、抱き合って。
 まほろばを、もうひとつ。
「何という、何という狡猾ぶりなのだ、ノスリ君も、ディボロスさん達みんなも……!!」
 大好きだと、言葉ではなく声音の響きで雄弁に語りながらジャンマリオは泣きじゃくり、
「いつでも、いつでもパルマに来てくれたまえ! 私達はいつだって皆を『おかえり』と迎えてみせるんだからね!!」
 彼の個人的な想いを声高に宣言したけれど、パルマ公国の誰もがきっと、同じことを言うに決まっている。
 自分達が帰還すればまた影響を及ぼす排斥力。然れどもう、排斥力も決して奪いきれない絆が、パルマにあるから。
「ああ、そのときには是非、おかえりと聴かせて欲しい」
「ええ、是非とも! そのときを楽しみにしてますね!」
 軌跡の奇跡。掌にそれを包み込むよう大切に星時計を手にしてエトヴァが微笑んだ。掌に燈した奇跡の煌きは、黄金細工を漆黒で彩り、輝くような青空の美しさをそのまま結晶させたような宝石をあしらった星の導。揃いの細工の星時計には暁とも宵とも見えて煌く、赤紫の宝石が輝いて。その宝石の名を識るのは、今は、彼だけ。
 翠玉の瞳が潤みかけるのを瞬きで堪えて溌剌と笑みを咲かせ、明るい声音で応えてレイは、己がこのパルマで過ごした日々すべてをぎゅっと凝らせた結晶を抱きしめた。焦燥感に駆られたこともあったけれど、気づけばたくさん、笑っていた日々。
 銀細工に青の宝石鏤めた星時計は、宝石達を青空の滴のようにも青き星々のようにも煌かせ、少女に星空を抱かせて。
「私達もいつだって、パルマと、パルマの皆さんのことを想っています」
 願わくば、ただいまと言える日が来るように。微笑みのみで最後は言葉にせず、ソレイユは蒼穹と黄昏の双眸を細めた。
 掌に抱く金の星時計には五線譜の彫金、旋律は綴らてはいない。ソレイユが星を仰げはそのたびきっと、異なる旋律が心に花開くのだろう。藍色に煌くのはアズライトだろうか、アイオライトだろうか、それとも別の宝石か。
 後でゆっくり眺めて、確かめて。
 断頭革命グランダルメの奪還が叶えば、軌跡の奇跡を結晶させたこのパルマも正しい歴史へ還るのが定め。
 それでも、この星時計を見るたびきっと、この宵を、この夜を思い出すから。

 正しい歴史へ還ってゆく定めは識っているけれど、恐らく皆こころは同じ。
 理解してはいても、それでも希わずにはいられない。心から、この言葉を。

 ――Possa prosperare il Parma!!
 ――パルマに栄あれ!!

 星の導を手にしたまま、エトヴァは眩い光の祝福に笑みと言の葉をとかした。きっと、とけて、パルマへひろがっていく。
 描いた星の軌跡を、大切にするよ、ずっと。
 
大成功🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​
効果1【口福の伝道者】LV8が発生!
【勝利の凱歌】LV1が発生!
【建物復元】LV3が発生!
【液体錬成】LV3が発生!
【託されし願い】LV1が発生!
【士気高揚】LV1が発生!
効果2【凌駕率アップ】LV3(最大)が発生!
【ガードアップ】LV2が発生!
【能力値アップ】LV4が発生!
【フィニッシュ】LV1が発生!
【反撃アップ】LV2が発生!
【ダメージアップ】LV2が発生!

●L'intermezzo
 世界は繋がっている。
 絶海の孤島のように物理的に隔絶している地域を除いて、その地域のみで情勢の変化が完結する地域は存在しない。
 言うまでも無く刻逆以降の世界は数多のディヴィジョンにより時空が分断されているが、同一ディヴィジョン内であるなら『その地域のみで情勢の変化が完結する地域は存在しない』。

 当然ながら、Ducato di Parma e Piacenza――通称パルマ公国とて同じことだ。

 昨年の7月14日の朝。時先案内人が、
『ぶっちゃけ今回の『パルマ公国拠点化計画』の提案がとってもクリティカルなタイミングだったと思います!』
 と告げたとおり、この提案タイミングは絶妙なものだった。
 このタイミングでなければ、たとえ最悪の事態は免れたとしても、子供や老人、病人や貧困層などの弱者に死者が出ていた可能性がある。淫魔宰相『夜奏のルドヴィカ』の撃破後すぐに支援に向かえるタイミングであったからこそ、

 ――ディアボロス達は『困窮が始まる前』に支援を開始することができたのだ。

 以降も『パルマ公国拠点化計画』に続く『パルマ公国継続支援計画』により途切れることなく継続的に支援が行われた為、パルマ公国は『一度も困窮することがなかった』。
 ね、皆様。
 誇ってください。
 胸を張ってください。
 時先案内人は拳を握ってそう力説する。
 多くのひとびとが自分のことで精一杯になったため、近隣住民の善意に支えられていた孤児院などが困窮するような事態は散見されたが、パルマ公国全体が困窮する事態には一度も陥らなかった。
 この先が不安だと漠然と未来を憂うことはあっても、明日にも餓死者が出そうだといった切迫した事態が訪れたことなど、一度たりとも無かったのだ。

 昨秋の『戦舞の祭典』の祝宴の際、パルマ市民達からは『支援のおかげで冬を越すことはできそう』といった話が聴けた。この時点でもう飢餓という危機をかなり遠いものと成せていたのは喜ばしいことであった。そしてこの祝宴で聴けた話のうち更に喜ばしいことであったのが、

『細々とだけど、北部との交流も復活してきているんだよね』

 北を見遣るよう微笑んだ市民の、この言葉だ。
 公国外との流通も交易も途絶していたパルマのひとびとは無論、交流が復活してきていた北部の一般人達も、自分達の住む地域の外の情勢の詳細など知る由もない。当然、ディヴィジョンの趨勢に関わる情報など得られるはずもない。
 だが、断頭革命グランダルメそのものの情勢に通じているディアボロスなら、この市民の話で察したはずだ。

 ――此の地より北方のオーストリア、
 ――ウィーンでの情勢の変動が、イタリア北部にも影響を齎したのかもしれない、と。

 淫魔宰相『夜奏のルドヴィカ』の撃破により、彼女の威光によってパルマ公国に流入していた物資は途絶えた。
 だが、パルマ公国の周辺地域にはパルマとの商売で生活を成り立たせていた者もいたはずだ。勿論、為政者が消えた公国を見限った者、自発的に取引先を変えた者もいただろう。然れど、為政者のみと取引していた者ばかりではあるまい。為政者に納入していた物資を市民と直接取引しようと思い立つ者もいたはずだ。
 なのに何故、流通や交易が完全に途絶してしまったのか。
 恐らくそれは、ひとびとが自分達が決して逆らえぬ存在に遠慮したか、決して逆らえぬ存在から圧力が掛かっていたか。
 今となっては確かめようのない事柄であるし、確かめることに意味もない。
 揺るがぬ事実は、重要な意味を持つ事実は、

 ――ディアボロス達のウィーン解放、及び、オーストリア主要都市の淫魔掃討作戦と時を同じくして、
 ――パルマ公国とイタリア北部、もしかするとオーストリアを含む『北部』との交流が復活し始めたということだ。

 世界は繋がっている。
 絶海の孤島のように物理的に隔絶している地域を除いて、その地域のみで情勢の変化が完結する地域は存在しない。
 言うまでも無く刻逆以降の世界は数多のディヴィジョンにより時空が分断されているが、同一ディヴィジョン内であるなら『その地域のみで情勢の変化が完結する地域は存在しない』。

 もしもディアボロス達がオーストリアを解放していなければ、
 もしもディアボロス達が断頭革命グランダルメそのものの攻略を進めていなければ、
 もしもディアボロス達が上記のように、クロノヴェーダ達がパルマに眼を向けてなどいられぬ状況にしていなければ、
 そして――攻略旅団で『七曜の戦に備え、パルマとオーストリアの交易促進・連携強化し支援計画を加速完遂する』という提案が採択されていなければ、

 以前の『交易によって栄えたパルマ公国』の復活は、成らなかった。

 長きに渡る『パルマ公国継続支援計画』を完遂しても、自給自足で飢えずにやっていける程度に留まったかもしれない。
 然れど、今。
 パルマ公国は『交易によって栄えたパルマ公国』の姿を取り戻しつつある。
 淫魔宰相『夜奏のルドヴィカ』の威光によるものではなく、パルマのひとびと自身の手で交易品を生みだし、皆で公国を、ひとびとの暮らしを潤していく未来へ、彼ら自身の力で、足で歩いて行ける。
 誇って欲しい。
 胸を張って欲しい。

 パルマのひとびとにその路を拓いたのは、ディアボロス達だ。

 継続的な支援が行われていなければ、
 オーストリアが解放されていなければ、
 攻略旅団での提案が採択されていなければ、
 長きに渡る『パルマ公国継続支援計画』がこれほどまでに幸福な結末を、これほどまでに素晴らしい終幕を迎えることは、なかったはずなのだから。
 すべては、ディアボロス達が力を尽くし、心をも尽くしてきたからこそ。

 だからこそ、ディアボロス達ばかりでなく、
 パルマ公国のひとびともこう思っているに違いない。

 ――すべてのパルマ公国のひとびとに、そして、すべてのディボロス達に、
 ――Buon viaggio! よい旅を!!
 
ノスリ・アスターゼイン
草原で子供達とキャンプ
ひとりひとりの名を覚えているよ

炙ったパンにチーズ、蜂蜜
始まりの食事が今や懐かしく、

クオイドーロの腕輪は鳥の紋様
自分用の星時計は明け星が輝く逸品
新たに手にした工芸の品々は誇らしい

人見知りのミリアムが駆け寄ってくれる様に笑み
抱き上げて
同じ目線で満天を見上げたら
空に包まれる感覚に歓声もそこそこ
星に魅入る少女の眼差しが
横顔が
美しく耀いている

僕も私もとせがまれたなら順番に
ぐんと背の伸びた子も居るだろうか
傍らに立って背をたたく

成長を見守ることはできないけれど
この温もりが
日々歩いていく為の
ささやかな後押しになれば良い

だから
さよならではなく
Buon viaggio!

果てなき未来へ
旅立とう


マリアラーラ・シルヴァ
シャルロット(g00467)と

凄く素敵な歌劇だったね!
けど1つだけ言いたい事があるの

設えた月相時計を新月へ廻らせ
歌劇場にプラネタリウムじみた幻を被せるよ

最初は暗闇だけど
星よと手をさしのべるとまずは1つ光が流れ星が灯るの

そこからはパルマ復興の出来事を語る毎に1つ
演奏を交代してシャルロットが街の人と想い出を語る毎に1つ
モラさんがちっちゃい子達と微笑み合う毎に1つと星が灯っていって
そしてあんな事もあったねこんな事もねってしてるうちに
パルマ座が完成するよ

この星座は…パルマは恩人の力だけでできてない
パルマの皆の復興したいって気持ちが一番大切だったよって言いたかったの
恩人なのは皆も一緒
だからありがとうって


永辿・ヤコウ
学園で知り合った子供達と
キャンプをしたいな

始まりの草原で作ったクラッカーを今度は皆で
小麦を練るのを手伝って貰ったり
焚火の木を組んで貰ったり
一緒に食事の準備

器用でおしゃまなヴィルジニアさんと飾り付けた品々は
滋味沁み渡るだけでなく
心弾む華やかさ

乾杯、と皆で果実水を天に掲げたところで

そのまま
目を瞑ってください

と茶目っ気の提案
其々の器にドライフルーツをイン
果物の数々は
まるで星々が降り注いだよう

良いですよ、の合図で瞳を開いた皆々の
喜ぶ顔が見れたら嬉しいな

食後は
うとうとする子を尻尾の褥に寝かしつけながら
子供達に将来の夢を聞くひと時
大工に学園の教師…きっと星の数ほど沢山の希望で溢れているから

皆の未来に祝福を


ユーフェミア・フロンティア
【約束】
アンゼリカと一緒に草原へ。

ん?どうしたの?
いつになく真剣な表情だけど…
でも、だからこそいつもと同じ微笑を浮かべて話を聞くよ。

変わらずに?
そうだね。
だって、何が変わったの?
陽菜は陽菜でしょ?
アンゼリカになったとしても、私にとってはそこは変わらない事。
言葉を告げながら、そっと包み込むように手を取ります。

それにね…。
例え憎悪があるとしても、それは奪われたことに対して…
私が悪魔に寄生され、囚われていたからというのもあるんじゃないかな?
だから、きっと今は乗り越えていると思うんだ。

自分をそんな風に言っちゃだめだよ?
あなたに助けてもらったのは、私だけじゃないはずでしょ?
だから、誇ってほしいな。


エトヴァ・ヒンメルグリッツァ
【FK】
草原でキャンプを張る

俺たちの歩みの、始まりの地
あれから一年
パルマに絆の花を咲かせていく心地がした

満天の星空を仰いで、レイさんに星時計の道標を伝えていこう
北極星や星々の位置……
ここにこんな星座があるんだ

俺は、人との出会いは、いつも星のようだと感じるんだ
輝く星に出会い、織り成して星座を描く……
星々の光は
俺自身の軌跡とも重なって
――この街を、もう故郷のように感じている

ああ、俺も、レイさんの一等星も輝いているよ
言葉に耳を傾け
そうなら、とても素敵なことだな

夜空に、ほしの歌を響かせよう
この日、この場所で、俺たちが
パルマの人々が、紡いでいく航路を描いて……

旅立ち、また歩んでいく
この軌跡を、忘れないよ


シル・ウィンディア
青空と星の星時計を手に草原へ。

ん-、気持ちいい風…。
そして、空にはとっても綺麗な星たちが煌いて…。
そういえば、初めて来たときは飛翔で空に舞い上がって星を掴もうとしたっけ。
掴めないとわかっていても、でも、手を伸ばさずにはいられなかったから。

でも、この手につかめたものは…。
こうやって、パルマの人達が喜んでくれていることが何よりの証拠かもね。

今、わたしの手には星時計がある。
本物のお星さまとは違うけど、でも、人の温かさが込められた星があるんだ。
このぬくもりを胸に、わたしは歩いていくんだ。
いつかきっと…。
またみんなと笑って出会えることを願って…。

あとは寝転がって手を空に伸ばしてみるよ。
いつか届くと信じて


アンゼリカ・レンブラント
【約束】
草原でミアと共に過ごすよ
手を取り歩いたら星を見上げなら腰を下ろし

ねぇ
ひとつずつ

言わなければいけないこと
聞きたいことがあるんだ


人々を護ると、未来を取り戻すと
アンゼリカとしていつもそう言っているけど
心の中は侵略者への憎悪と汚い心でいっぱい

ミアはどうしてずっと変わらず接してくれるの
今の私の瞳、名前、想い、信念
もう、君と過ごしていた陽菜とは全然違うよ
なのに

答えを聞いて
彼女の手に、自分のそれを重ねるよ

友に無い力に恵まれつつ
一度は彼女を守れなかった私は
まだ誇れない

けれど今誓える確かなこともある
彼女の温もりと心が
このパルマの日々のように
人々からの想いがある限り
私は止まらない

星はきっといつも私の傍に


シャルロット・アミ
マリアさん(g02935)と

街で星を眺めるの
でも、ただ眺めるのではなくて

ジャンマリオさんにお願いして劇場をお借りし
色んな人たちをお誘いするわ
小さい子はモラさんがあやしてあげてね「もきゅ!」

マリアさんとのオンステージ
それは劇場に星空を、パルマ座を作ること

バイオリンを弾きながら、星空の映像を
重ねるように今までのパルマが歩いてきた歴史を
色々なことがあったけれども
いつだってパルマの人たちの笑顔があったわ

マリアさんと歌と演奏を代わる代わる
此処までこれたのは皆さんのおかげ
歌劇は素晴らしかったけれども本当の主役はパルマの方々
どうかそれを忘れないで
いつまでもあの星を胸に抱いて歩き続けましょう


レイ・シャルダン
【FK】
手には星時計
いつか四人で星を眺めた草原。

導きの先に輝く星の姿を想像する、
次から次と道標を追えば本当に星空が見えた様に思えて
1つ1つが煌いて掴みたくて手を伸ばす。
待っていて。必ず取り戻すから。

ロマンチック…でも
もし、そうだったら嬉しいな。
この空にエトヴァさんの星、ボクの星も輝いて居るのかな

ボクと貴方と、共に戦う仲間達
この戦いが終わった後、皆はどうするのかな。
星の様に輝く出会いを果たし、同じ星座になって。
そして…共にいつまでも輝ければいいのに…。

先の事なんて誰にも分からない、だからこそ今を懸命に生きていく。
この瞬間を何よりも大切なものにするために

だから今はほしの歌をこの空に響かせよう


ソレイユ・クラーヴィア
しゃら(g07788)と

学園の子供たちと共にキャンプと星見に

焚き火を囲み
溶かしたチーズはパンや芋と共にラクレットにして
持ち込んだマシュマロはとろりと焼き
アイスには熱々のチョコを掛け

しゃらの陥落する速さに思わず吹き出して
いっぱい食べてくださいね、とお代わりの皿を差し出す

歳近い友人は、しゃらの近くには居なかったのですか?
私も練習ばかりの日々でしたから、同じですね

会話を弾ませ
腹が満ちれば
星時計を手に星を探す

忘れてしまっても
心に幸せで満たされた欠片が残っていれば
暗闇を導く星となる
ここで過ごした綺羅星の様な思い出も、きっと

またね、と子供達に手を振って
彼らの未来にも星の加護がありますようにと
小さな祈りを


色葉・しゃら
ソレイユさま(g06482)と

きゃんぷ、とあらば
私もしかと子どもらを引率し…
何でしょう、この良き香り
おお、焚き火でこんな調理が!
ちーずもましゅまろもとろとろにございます!

ほくほく顔で口に含み、皆と笑み交わし
アイスクラフトで用意した氷菓で感動を分け合う
友と遊ぶとはこんな心地なのでしょうか

星も笑顔もきらめいて
彼らと…それを見つめるソレイユさまを見れば
皆さまが積み重ねてきた縁のあたたかさが
私にも感じられまする

私は…よく覚えておりませんが
屋敷の奥で休むばかりの身でした

手を当てた懐に抱くのは香水
甘く爽やかに
書にあった沙羅双樹の花を真似て頼んだ
この香に相応しくなれるよう
私も誰かの導きになれるよう
祈りを込め


葵・虹介
ウルリクさん(g00605)と
かれのことは「ルーク」と呼ぶ

腰をおろして空を見上げたら
星時計を羅針盤に旅してる気分
宝石は遠い空の色
景色も時計も、きれい

くれるの?
あなたが作ってもらった物なのに
いいのかな

ぼくのため――
青い宝石も、お祈りの言葉も?
改めて贈り物を眺めてから
いつもより近い目線で
あなたの目をみて
ありがとう、って

ね、ルーク
また星を観ようね
次もこの星時計を連れて

ぼくが知ってる星をあなたに教えたい
いつかぼくが辿る星を、航路を
沢山知ってもらいたい
そしたら旅立ちもさびしくない

それは
ルークはさびしいってこと?
そうだったら意外だなあ、…えへへ

きっとぼく
いつか窓から地球を見るたびに
あなたのことを思い出すね


ウルリク・ノルドクヴィスト
虹介(g00128)と

草原で星見
時計を手にしても
時を忘れそうなくらいに
美しい空を仰ぐ

星時計は、気に召したなら
其の儘持っていればいい
もう君の物だ

君が持つ方が良いと言うべきか
その――
虹介に合う意匠に仕立てて貰ったのだから
受け取ってほしい、というか

誘いには一拍置いて瞬く
空の先の世界なんて
嘗ては在ることすらも想像出来なかった
眩しい夢を引き留めはしないが

…別れを惜しむ気は無いのか、君は
彼に対してだけ無駄に張る意地は
今日は限りなく緩めた方で

問われると言葉を返せず
空に視線を戻す
…詰まらない拗ね方をするんじゃなかった

良い旅を祈る心は勿論変わらない
ただ、
去りゆくものを此れ程に惜しむことも
昔は、無かった筈なのに


テクトラム・ギベリオ
【ヒラール】
夜風が心地いい。天気も良くて星がよく見える。
光か…ふふ、どうかな。どちらも途方もないくらい遠いから。
だが、そうであるといいな。

ナディアの手に収まる星時計を改めて見る。
彼女が心を奪われるのも納得の精緻な工芸品、アズライトも見事。
この青色は星の光であってもそうそうお目にかかれない。

ふと風にのって彼女とシトラスの香り…。
いつもと違う香りも星空も特別な気持ちにさせてくれる。
視線が合えば微笑んで……。
甘い雰囲気は咳払いで少し霧散させる。…これ以上は色々保たせる自信がない。

意味もなくサーヴァントの毛玉を喚んで抱きかかえる。
眼下に広がる街並みと星空を忘れないよう静かに彼女と一緒に寄り添う。


ナディア・ベズヴィルド
【ヒラール】
嗚呼、楽しかったわね
先ほどとは違い此処は静かな、幾星霜の星の光が届く場所
この瞬きは私たちが生きていた時代の光かしら

手の中の星時計を翳して極星となる星を見上げ
ねえテクトラムさん
エジプトだったらあの星じゃなかったのよね
あの時代は「トゥバン」…これは…「ポラリス」
まさか星が変わるだなんて夢にも思わなかった

サラリとシトラスベースの香りが立つ
世界に一つだけの香り、気に入ってくれたかな?と彼に微笑もう
毛玉ちゃんを抱えるのを見ると、いいなーと羨望の眼差し
私も抱っこしたい
そう言いながらも寄り添い
草原を走る風を目いっぱい吸い込んで
此処から見えるパルマの光を目に焼き付けよう
これからの未来に幸あらん事を


神刀・総二
莉緒(g04388)と同伴

星時計…ノクターナルダイアル、夜の時計か。
月じゃなくて星というのが凄いな
これだけ数がある星の中からというのが

莉緒がさっきプレゼントした星時計を片手に
使っているのを傍で眺めて

そうだな、と二人の思い出を振り返りながら

周りでキャンプしている賑やかな声を聞きながら
草原の真ん中で寝転がって空を眺めながら

今までにパルマ公国で出会った人たちもこうして
同じ様に幸せな気持ちで星空を眺めているのかな
と、思いを馳せて

ふと莉緒の方を見れば目が合って
莉緒が微笑むのを見てこちらも微笑み返して

出来ればこれからずっと莉緒と二人で、
この星の数ほど沢山の思い出を紡いでいけるように願って


如月・莉緒
総二さん(g06384)と

星を見て時間を知ることが出来るってすごく素敵だよね

貰った星時計を手に草原へとやってきて
実際に星時計を使ってみる

それにしてもこんないっぱいの星空を見ることが出来るようになるなんて、ね

重ねてきた戦いの数と同じくらい、重ねて来たたくさんの人との縁を感じて
もちろん、総二さんとの縁もとても大切で

キャンプをしている賑やかな声に
前に会った子達は元気かな、なんて思い出して
どうかたくさんの人達にこの星の数と同じくらいの幸せが訪れますように、と星に願いを込める

総二さんの方を見れば、タイミング良く目が合って
そんな偶然が嬉しくて、幸せで
そんな毎日がこれからも続くといいな、と願いながら微笑んで


ルクス・アクアボトル
陸(g01002)と

いつかの草原
いつかのように焚火の前
違いは、貴方にもたれて腕の中。ちゃんと支えていてね?

纏う香り
不自然に飲み込んでしまった会場のやりとりを、少しだけ気恥ずかしく思い出す
口にしたリクエストは、遠い国から吹いて、また吹き抜けていく海風のイメージ
船乗りなの、私。こういう日には丁度良いでしょう?

マリンノートなんて言うけど、どういう風に表現するのかしら
ね、どう? 合っている? なんて、陸に頭を寄せて

オカの景色もたまには良い、なんてあの日は言ったっけ
香りが違うと、気分も変わるものね

あら、分からない? なんて微笑んで

あとは……どんな星空が好き、なんて
この星空は、きっと、胸に残るのでしょうね


竜城・陸
ルクス(g00274)と

いつかの草原で、いつかと同じように焚火の傍
きみの背を支えるように寄り添って
仄かな香りに目を細める

指先が触れるだけで動揺するようなことこそなくなっても
頭を寄せて傍で囁かれれば、やはり少し鼓動が跳ねて
吹き抜ける風を思わす香りを感じれば
とても君に似合っているよ、と微笑んで

おや、それなら今日はどんな気分?
なんて、きみの顔を覗き込むように首を傾げてみせてから
目線の高さを合わせるようにして空を見上げる
見立ててもらった香りも、そうすればきみに届くだろうか
アルメリアを使った、波打ち寄せる浜辺を思わす香り

そうだね、きっとこれから何度星空を見上げても
この日の空は、ずっと胸に残るんだろうな


●Polvere di stelle
 夜空に輝く星々さえも、今日この日を祝福してくれているようだった。
 南天を彩るのは星彩が輝き流れる光の河、
 天涯は何処までも深い漆黒の夜闇、それが天頂に向けて紺青に、瑠璃に、時には美しい青紫に光で霞んでいくと見えるのは夜空に湧き立つような天の川が皓々と輝いているからだ。夏草の草原から、宇宙の星雲に呑まれてしまいそうなほど。
 振り仰ぐ星々の姿は一年前と変わらず、然れどその輝きは魂に沁み入るほど美しくエトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)の蒼穹の瞳に映る。目印など何もないのに不思議と迷わず見つけ出せた昨年と同じ場所、
 ――俺達の歩みの、始まりの地。
 ――ボク達の歩みの、始まりの地ですね。
 翠玉の煌き燈すレイ・シャルダン(SKYRAIDER・g00999)の瞳と眼差し交わして頷き合った場所を今年もキャンプサイトと決めて準備を調えたなら、星の河から溢れるかのごとき星々の煌きを掬ったようなレモネードで――乾杯!!
「あれから一年……パルマに絆の花を咲かせていく心地がしていたよ」
「ホントにいっぱい咲きましたよね! 次から次へと数えきれなくなるくらい、胸から溢れそうになるくらい……!!」
 夏夜の草原にて【液体錬成】に必要な冷暗所を確保するための肉体労働、砂漠の狐の青年や自称アメリカ帝国皇帝な少女と一緒に深い深い穴を掘った後に乾杯した昨夏のレモネードも本当に美味だったけれど、この夜のレモネードも格別な美味。
 何故なら使われている蜂蜜が、
『ディアボロスさん達が来てると聴いて!!』
 なんて輝く笑顔で飛んできてくれた絵本の世界みたいな農村のひと達からの贈り物たるローズマリー蜂蜜で、その上仲間が燈してくれた【アイスクラフト】を活かしてレモネードをキンキンに冷やしておいたからだ。
 夏夜に絶対の幸福を齎してくれる飛びっきり冷たいレモネード、鮮やかなレモンの香りと酸味に香草らしい爽やかな風味をほんのり添え、深みのある甘さを咲かせるそれを呷れば心地好い清涼感がエトヴァの裡もレイの裡もすすいでいくけれども、それでも目蓋を閉じれば今も眩い光が視界に満ちた。心に甦るのは舞台も客席も皆でひとつになった熱。
 何度だってこの熱を思い返すたびにきっと、胸も喉も、息も詰まるような幸福感に満たされる。

 優しい銀色煌く錫のタンブラーに星々の煌き掬ったようなレモネードを満たせば、その冷たさで透明な滴が生まれきて。
「好いねぇ、タンブラーに水滴纏わせるくらいに冷えたレモネード!」
「ふふふ。夏の夜には【アイスクラフト】が大活躍と見た私の読み、大当たりにございますね……!」
 振舞われたレモネードは勿論ディアボロス達ばかりでなく学園の子供達にも確り行き渡り、つめたーい!! と煌く声音ではしゃぐ子供達が腰へと纏わりついてくるままノスリ・アスターゼイン(共喰い・g01118)が、宴と同様、機嫌も上々に杯を掲げたなら、氷菓の記憶を芽吹かせ凍れる恵みを燈した色葉・しゃら(言の葉あつめ・g07788)がえっへんと胸を張る。
 一足先に弾ける乾杯の声、跳ねる滴とともに仔狐の少年の笑顔も無邪気に弾け、
「しゃらが元気になってよかったです。子供達を引率させていただきますると大張りきりでしたから……」
「子供とはいえ、しゃらさんと同じ年頃の子やひとつふたつ上の子もいますし、そして人種の関係で……ですからね」
 最早すっかり可愛い弟を案じる兄の気持ちでソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)は密かに胸を撫で下ろす。何せ今夜はじめてディアボロス=ジャンマリオ記念学園の子供達に逢ったしゃらは大きな衝撃を受けたのだ。
 同じく子供達を星空の草原へ招かんとした永辿・ヤコウ(繕い屋・g04118)もその時は思わず見なかったことにした。
 幼児がいっぱいなのだと想像していたらしいが、学園には十歳のしゃらと同じ年や年上の子供達も通っている上、東洋系と西洋系の違いゆえか年下でも彼より背の高い子供達も多かったのだ。仔狐の少年が受けた衝撃たるやいかに。
 同じ東洋系妖狐でも己の身長に心の余裕が持てる派閥に属するヤコウは極めて自然かつそっと小さな同族から眼を逸らし、特に己に懐いてくれている子供達に微笑みかけた。今夜は特別な夜ですから、と改めて前置きして、
「皆で夜食の準備といきましょうか。お手伝いしてもらえますか?」
「はーい! お安い御用よ、ヤコウ!」
「ここで火を焚くんだよね? 小さい子達は触らないよう気をつけておくよ、ヤコウ兄ちゃん」
 おしゃまなヴィルジニアの手先の器用さはレース職人の母親ゆずり、面倒見の良いメルクリオが星空に歓声あげてあちこち駆けまわる幼い子達をあっという間に纏める様も頼もしく、笑みを深めてヤコウは在庫に事欠かない麻糸を粗く解したものと絵本の世界みたいな農村から届けられた乾燥ローズマリーを焚きつけとして仕込み、大切に熾した火を燈す。
 枕木の上で放射状に組まれた薪のなか、
 眩い赤橙の焔が産声をあげた。

 ――あ。
 ――ローズマリーの香り。

 眩い赤橙の輝き纏って黒く炭化し世界へ還っていく乾燥ローズマリーの姿こそ距離があるため見えなかったけれど、夜にも夏草を瑞々しく香らす風にふと混じった火と香草の匂いにシル・ウィンディア(虹霓の砂時計を携えし精霊術師・g01415)がふふっと笑みを零せば、やがて針葉樹の薪が燃える匂いを運んできた夜風がふわり気紛れに行き先を変える。
 深く澄んだ夜気に、瑞々しく香る夏草の緑。
 大地で夏草の細波を描く夜風が涼やかに流れ、シルの青き髪も青空の眼差しも星空へ舞い上げていくかのよう。
「んー、気持ちいい風……。今年の夏もやっぱり綺麗な星だね」
 誘われるままに仰げば無窮の夜闇が広がるはずの空には光の帯とも雲とも見紛うばかりに輝く星の河。漆黒の夜闇を美しい青紫に霞ませるほどの星々の輝きに跳び込む勢いで、あの夏の夜は【飛翔】で夜空を翔けて星々を掴もうとしたけれど、勿論、力の限りに手を伸ばしても届かずに。
 星に手を伸ばしても掴めないことなんて初めから解っていたけれど、
 それでも手を伸ばさずにはいられなかった一年前の夏。
 然れど今年の夏は、妖精の翼咲く靴で夏草の草原を心のままに歩んで、
「あっボク【飛翔】もってきましたよシルさん!」
「レイさんがわたしを誘惑するー!!??」
「まあ、シルさんと言えば……だからな?」
「エトヴァさんまでっ!? どっちともお互いさまなのにー!!??」
 行こうとしたところで届いた声に、思いきり弾ける笑みを咲かせた。
 戦場を翔けるなら地よりも空を――それが三人それぞれの、己が己自身であるための信条ではあるけれど、今夜は不思議と三人ともが、この夏草の草原を離れぬままに星空を振り仰ぎたい心地でいた。
 きっと、ひとつ、ひとつ。
 これまでの歩みを、これからの歩みを、確かめるため。
 それじゃ、また後でねっ! 溌剌たる笑みをそう咲かせたシルが夏夜の風と遊ぶように草原へ軽やかな足取り弾ませていく姿を見送って、風の妖精みたいだ、ですよね、とエトヴァとレイは笑み交わす。宿縁に導かれて時空を超え、宿敵との戦いを経て時間を操る力を手にしたシルは、代わりに妖精との絆を手離したけれども。
 それでも、彼女が歩んだ軌跡は今もシル自身をかたちづくっている。
 皆にそれぞれ、それぞれの軌跡があるのだよな。
 改めて胸にその実感が燈ればエトヴァは柔く吐息の笑みを零して、掌に燈すのは黄金細工を漆黒が彩る星時計。
 軽快ながらも快い重みで廻らす円盤は煌く黄金、艶めく漆黒、そして輝く青空の宝石に彩られ、流麗な神聖語を彫金された暦のダイアルが今この夏、この月日を示せば、蒼穹の眼差しが辿る空は青紫と白銀の虹とも思える星の河が輝く南天でなく、遥か古より数多のひとびとを導いてきた極星が輝く北天の星の空。
 星時計――ノクターナル・ダイアルを北天に翳し、中心の穴を冴え冴えと輝く北極星と重ねて、
「俺の指の遥かまっすぐ先が北極星だ、レイさん。そう、そのくらいの角度で」
「はい。ダイヤルを回すのも楽しいですけど、こうして空に翳すのは更に楽しいですね……!」
 時計の長針が文字盤の外まで伸びたような指針をくるりと合わせるのは、今宵手にした星時計の場合、
 おおぐま座の腰から先、北斗七星を構成するうちの、アルファとベータを結ぶライン。
「北斗七星が今こうだから……うん。それで指針もぴったりだ」
「わ! こうやって星を読んで時刻を読むんですね! 考案されたのは十六世紀だっていうのに、ホントすごい……!!」
 撓やかなエトヴァの指が夜空を辿るたび、彼の指先を道しるべに辿るレイの瞳にも心にも星が映り込んで輝く心地。誓いを彫金してもらった銀細工の星時計を彩る宝石が青空の滴のようにも青き星々のようにも煌く様にも胸を弾ませながら、銀色の円盤を廻らせ指針をくるり回転させればガジェッティアたる魂もが跳ねて躍るよう。機械仕掛けに疎いはずもなく、空も星も愛する少女が、北天に輝く星の位置をエトヴァに示してもらわなければ星時計を使えないのは、
 幾度見上げても、目を凝らしても、レイの瞳に星の姿は映らないから。
 それが刻逆によって天体観測の趣味を奪われたことを直接の原因とするのか、あるいは刻逆で奪われたことによる精神的な影響に起因するものなのかは、一年前の夏と変わらず、レイ自身にも判らないままだけれども。
 瞳は映らずとも、心に映った夜空の星々を掴みたくて、手を伸ばした。

 ――待っていて。
 ――必ず取り戻すから。

 無窮の夜闇に数多の煌き鏤めた星空は、想像を遥かに越えていく美しさ。
 満天の星々だけでも魂が呑まれてしまいそうなのに、漆黒のはずの夜闇を澄んだ青紫に光で霞ませるほどの星の河、星彩の輝きが皓々と流れる光の河に神刀・総二(闘神・g06384)は知らず瞬きも忘れて息を呑む。
 一年前の夏、始まりの夜にこの星空の草原を訪れた仲間達にとっては還ってきた心地で振り仰ぐ星空だけれど、
「圧倒されちゃうような、無限の星の彼方に攫われちゃうような、こんな星空を見上げる日が来るなんて……」
「想像もしてなかったよな。そうか、街あかりのない星空って、こんんな星空なんだな」
 満天の星々、無数の星屑。
 綴られた文字でなら良く見かける言葉のほんとうの意味を始めて識った気がして、如月・莉緒(恋愛至上主義・g04388)が微かに身を震わせれば、総二が柔くその肩を抱いた。畏怖なのか感動なのか分からない。夏草をそよがせる風が流れれば、
 眼に見えない大きな手に掬い上げられて、
 満天の星々の世界に、星彩の輝き流れる光の河に放り出されるような心地さえ覚えて。
 遥かなる星の世界、遥かなる宇宙の透明な静寂が、莉緒自身をも透きとおらせていく気が、して。
 然れど、掌中に銀細工にラピスラズリの青薔薇咲く星時計を抱く彼女の手にそっと己が手を重ね、
「星時計……ノクターナル・ダイアル、夜の時計か。月じゃなくて星というのが凄いな。こんなに沢山の星があるのに」
「うん、どんな星でも時間が判るわけじゃなくて、観測する星はちゃんと決まってるんだって! ほら、北の星だよ!」
 暖かな声音で紡がれた総二の声音と手に重ねらた彼のぬくもりで己を取り戻した莉緒は、夏夜にも輝くような笑み咲かせ、明るく弾む声音とともに北天に輝く星を振り返った。
 瑠璃色の蝋をとろり融かして封筒に滴らせ、星時計を意匠した印章を捺された封蝋で閉じられた書簡を開けば、その中から現れるのは先程の星時計職人が丁寧に綴ってくれた説明書。もちろん伊語だがディアボロスならばさらり読みこなせたから、あらかじめ確り読み込んできた莉緒から総二へ語られる、銀の円盤、指針のめぐり。
 銀細工の星時計、その裏面に咲く青薔薇を北の星空へと向けて、銀細工の暦のダイアルを今この夏この月日に合わせれば、円盤の芯、青薔薇の芯に空いた穴に重ねるのは北極星。
 指針をくるり廻らせた先の夜空で北斗七星のアルファとベータを捉えれば、指針が銀細工の文字盤に示す時刻は。
「あ……! そっか、今こんな時間なんだね。星を見て時間を知ることが出来るって、すごくロマンティック……!!」
「時間がゆったりしてるように感じられるよな。あの孤児院だと、小さな子達はもう夢の世界に旅立った頃合だろうか」
 夏空めいて輝く青の瞳、莉緒が飛びきり嬉しげに咲かせる笑みに胡桃色の瞳をひときわ暖かに和ませた総二が、昨秋訪れた孤児院のことをふと思い起こしたのは、夏草の緑を瑞々しく香らせる夜風が楽しげな子供達の声を運んできたから。
 優しく綻んだのは互いの笑み。星空の草原で二人微笑み合って、幸せそうな子供達の声に、そっと耳を傾ける。

 時には贅を凝らした豪奢な晩餐も思うさま堪能するけれど、
 己の生命そのものを呼び覚ますような簡素な食事をも心から楽しめるのなら、それは生きる楽しみそのものを広げること。
 だからこそ、一年前の夏、始まりの夜と同じく、余計なものは加えない。
 ただ、小麦粉と水に塩と油を練り込んで、焚き火にかけた一人用のグリルプレート――だけでは勿論足りないので、昨夏と同じく新宿島から持ち込んだ鋳鉄のそれだけではなく、熱く焼いた灰銀色の平らな石の上にも薄く伸ばして切り分けた生地を乗せたなら、淡い淡い鳥の子色をしていた生地がたちまち香ばしい狐色のクラッカーに焼き上がっていく。
「あはは、こっちのちょっと捻じれちゃった!」
「見て見て、こっちのはぷくーって膨らんだ!」
 昨年はヤコウ自身で手際よく仕上げたクラッカーは全て綺麗に形の揃った仕上がりになったけれども、子供達にも手伝ってもらったクラッカーは歪で不揃いでちょっぴり焦げたりもして、けれどだからこそ楽しい笑声が幾つも弾けて星空に咲いた。繕い屋たるヤコウも眼を瞠るほどのヴィルジニアお手製レース、皆がランチョンマット代わりに各々の膝に乗せた麻糸の白花に焼き立てクラッカーを並べたなら、柔いクリーム色を覗かせるチーズと滋味も風味も豊かなナッツで彩って。
 優しい銀色煌く錫のタンブラーに飛びきり冷たいレモネードを満たし、皆の手に行き渡ったなら、
「皆さん、そのまま目を瞑ってください」
 乾杯すべく冷たい甘露を掲げたところで、黒狐の耳ぴこりな茶目っ気を覗かせた妖狐からお願いひとつ。
 皆が目蓋を閉じてくれたならその間に宝石めくカラフルな星の贈り物を、と思ったところで、足音を立てぬよう【飛翔】でふわりこちらへ向かってきたソレイユが抱えた錫製アイスペールを見せてくれた。数多の氷に抱かれて鎮座する器には、
 ――何と、こんなに素敵なものが! そんなわけでこれもどうですか? ヤコウ。
 ――!! 素晴らしすぎますソレイユさん、是非お願いします……!!
 優しいクリーム色を湛えて甘くひんやり香る、バニラアイスがたっぷりと!!
 最早眼差しだけでここまで意を交わせる花冠の絆ホントすごいとお互い改めて思いながら、匙で掬ったバニラアイスを皆のレモネードに浮かべ、アイスにも焼き立てクラッカーに乗せたチーズにも妖狐の繕い屋が降らせていくのは、甘くカラフルに煌く果実の星々、ドライフルーツの流星雨。
「もう良いですよ。さあ、目を開けて――乾杯!!」
「乾杯!! ……って、わあ! キラキラがいっぱいー!!」
「宝石みたい! すっごく甘くて美味しそうな匂いもする……!!」
 促されて目蓋を開けた子供達の瞳がまず映したのは悪戯っぽいヤコウの笑み、倣って乾杯と唱和して、レモネードの煌きが揺れているはずのタンブラーや、チーズやナッツで彩られていたクラッカーが並ぶ己の膝に眼差しを移した途端、無垢な瞳が数多の甘い煌きの彩と滅多にお目に掛かれぬだろうバニラアイスを映して飛びきりの歓喜を咲かせた。
 弾ける笑声が星の空へと花開き、
 弾ける火花が焚き火へと花開く。
 輝く火花から乾燥ローズマリーへ燈った炎はこちらでも枕木の上で放射状に組まれた薪に赤橙の焔を燃え上がらせ、今年は最初から開き直ったソレイユが新宿島から持ち込んだ立派なホールサイズのサヴォワ産ラクレットチーズ、その断面をとろりやわらかに蕩かした。まるで満月を半分に切って、そこから月のひかりがとろりと零れ落ちてきたかのよう。
「何でございましょう、この素敵なちーずとろとろ料理は……!!」
「ラクレットだよー! うちはアルプスのほうに親戚がいるから知ってるー!!」
「ふふ、パルマのあたりならそういう方も多そうですね」
 子供達を引率するつもりだったしゃらは何時の間にか子供達に教わる側になっていたが、何せ断頭革命出身のソレイユとは違って仔狐の少年にとってここパルマ公国は完全なる異文化圏。薄切りにして焚き火で炙ったバゲットやホクホクに蒸かしたジャガイモで蕩けるチーズを受けとめ頬張るたび、未知なる美味との遭遇にもふもふ耳がぴこり、ふわふわ尻尾がぱたり。
 街育ちゆえに焚き火の経験はあまりなさそうな子供達の楽しげな様子ばかりでなく、年若い仲間のそんな様子も見られるとあっては皆に美味を振舞うソレイユの腕にも更に熱が籠もろうというものだ。
 細枝に刺すのは甘い純白、赤橙に金の輝き躍らす焚き火に翳せばたちまち香ばしい焦げ目を纏い、
「焚き火で食べるラクレットも御馳走ですが、デザートも御馳走ですよ。さあ、召し上がれ」
「……!! ましゅまろとは、ましゅまろとは、炙るとこんなにも美味になるものでございましたか……!!」
 差し出されたそれを頬張れば、焦げ目から昇る焚き火の匂いも美味にカリッと弾けた裡からとろり溢れる炙りマシュマロの熱い甘さに一口でしゃらは夢中になって、続けて饗された至高の氷菓に狐耳も尻尾もしゃきーんと跳ねた。
 絵本の国みたいな農村から届けられた新鮮なミルクと卵に、ローズマリーの蜂蜜。そして新宿島のバニラビーンズ。
 極上の素材と【アイスクラフト】の氷を活かして作られたバニラアイスは、ソレイユにとっても報告書で見ただけの憧れの逸品で、優しいクリーム色を湛えて甘くひんやり香るそれに、熱く蕩かしたチョコレートソースを回しかけたなら、既に確と銀葉の匙を構えた仔狐の少年がふるふるふるり。子供達の瞳も期待にきらきらきらり。
 柔らかで優しくて冷たいひかり、熱くて甘くてほろ苦く蕩ける夜闇。
 楓葉を意匠した銀の匙で熱々チョコレートソースを纏ったひんやりバニラアイスを掬って頬張ったなら、
 それはもう……!!
 ――後でこっちにもバニラアイス分けてもらおう。
 ――ソレイユならきっと、俺達の分も用意してくれているに決まってる……!!
 一片たりとも疑う余地なくそう信じられる花冠の絆ホントすごいと改めて強く実感しながら、星空へと咲いた仔狐の少年の歓喜の声に相好を崩したノスリもまた、赤橙から黄金の輝きを躍らせる焚き火を蜜色の瞳に映して、一年前と同じそれを今や懐かしく思える始まりの食事に舌鼓。
 堅パンを炙って蜂蜜とチーズをとろりと落とし、燻製ハムを薄く削いで。
 だが一年前と違うのは、蜂蜜とチーズが絵本の世界みたいな農村から届けられたローズマリー蜂蜜とグラナ・パダーノで、燻製ハムがあのときノスリが仕留めた猪のプロシュットであること。そして、膝には人見知りのはずがすっかり懐いた少女が座り、周りにも子供達の笑顔が幾つも咲いていることだ。
「……美味しい! 美味しいね、ノスリお兄、ちゃん!」
「これが兄ちゃんが仕留めた猪……! やっぱりかっこいいな、俺達のノスリ兄ちゃんは!!」
 星空の草原へ招くべく迎えにいってみればノスリの姿を見た途端に駆け寄ってきた小さなミリアムに、歌劇の大道具作りを俺も手伝わせてもらったんだと誇らしげに教えてくれたパルミロ。一、二を争うほど懐いてくれたこの二人ばかりでなく、
「この腕輪クオイドーロ!? ノスリ兄ちゃん似合いすぎる……!?」
「ねえノスリ兄様、この宝石なんて宝石!? すっごく綺麗……!!」
 学園の中庭でノスリの猛禽オーラに真っ先に反応したヴァレンテに、ツリーハウスで見つけた鉱石標本めいた神秘的な石に瞳を輝かせていたロレッタに……と、あの冬に仲良くなった子供達の、小さな友になってくれた子供達の名をすべて、すべて覚えている。これからも決して、忘れはしない。
 魔法と呼ばれるものは数多存在するけれど、ひとの名前こそは最も根源的にして誰もが使える特別な魔法だから。
「そりゃあもう、世界で唯ひとり俺のためだけに作ってもらった腕輪だからね。で、この星時計のは――明け星の、宝石」
 なんてね、と悪戯に笑ってみせて、ひとりひとりの名前を呼んで、興味も好奇心もいっぱいに瞳を輝かせる子供達に腕輪も宝石もよく見せてやる。鮮麗な明け空の彩に染まる革地を彩るのは金の煌き、猛禽の紋様が雄々しく羽ばたくクオイドーロは子供達の眼から見ても世界で唯ひとりノスリのためだけに生まれたものと一目で判る逸品で、赤橙に燃え立つ焚き火の輝きに華やかな金に照り映える星時計は、流麗な彫金にも煌き躍らせ、ひときわ輝く明け星を戴く、こちらもまた逸品だ。
 子供達の感嘆の声に、これからの己が旅の連れとなってくれる品に、柔らかな笑みを燈さずにはいられない。
 殊にクオイドーロは、戦舞の祭典の祝宴でマーブル紙職人と酒を酌み交わしていなければ、
 彼らと親しくなったがゆえに、学園の開校準備の際に彼らとも再会したいと思い立っていなければ、
 あのとき仲間が燈していた【液体錬成】で、彼らに託されていた革細工職人達の願いを叶えていなければ、
 自分達の知らぬ間に潰えてしまっていただろう品。
 ――芸術の街で、想いの連鎖によって息を吹き返した工芸品。
 ――その息吹を肌で感じれば、胸に咲くのは勿論、誇らしさ。

 優しい銀色煌く錫のタンブラーに、星々の煌きを掬いとる。
 仲間に振舞われた飛びきり冷たくて飛びきり美味なレモネードは、そんな風にも思える素敵な甘露だった。
 檸檬の香りも酸味も、冷たさも鮮やかで、ローズマリー蜂蜜の爽やかさも深みのある甘さもすべて、極上の清涼感となって少女達の喉をすべりおちていく。どちらからともなく顔を見合わせ笑みを咲かせたなら、金の少女は紅の少女の手を取って、星空の草原をゆるやかに歩む。
 一年前の夏、アンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)は真っ向から星空の美しさを受けとめた。
 無窮の暗黒、漆黒の夜闇をあっさりと覆してしまうほどの、圧倒的な星々の美しさ。満天の星、星彩の輝きが皓々と流れる光の河、目を奪われるだけでなく魂まで奪われてしまいそうなほどの美しさにも揺るがずに、
 運命を拓くのはいつだって自分だからと、まっすぐにそう心に燈せた。
 ――然れど、それは、
 ――あの頃はまだ新宿島に流れ着く以前の記憶が、真白に霞んでいたままだったから。
 夏草の緑を瑞々しく香らす夜風にふと心を震わせる。
 大切なユーフェミア・フロンティア(光彩聖姫・g09068)に今宵贈った香水が咲かせた約束の花、アングレカムの甘やかで清らかな香りが、最後に花開いたほわりと優しい粉雪を思わすホワイトアイリスの香りとともに夜風に浚われそうで、
 今確かに手を握っている、ユーフェミアまでも攫われてしまいそうで、
「ねぇ、ミア」
「ん? どうしたの?」
 強く手を握り直して、ここに座って話したいなと願う。
 いいよ、座ろう? 迷いなく咲いたユーフェミアの笑みに安堵して、夏草の草原に並んで腰を下ろせば、歩いていた時より近くに感じる彼女の温もりと香りに、彼女が夜風に攫われずちゃんと大地にいてくれるのだと感じられる夏草の匂いに小さな笑みを洩らして、アンゼリカは傍らで優しい煌きを燈す紅樺色の瞳をまっすぐに見つめた。
 ――ねぇ、ミア。
「ひとつずつ、言わなければいけないこと、訊きたいことがあるんだ」
 改めて呼びかけを重ねた大切な友の、天の光映した瞳も声音も、いつにない真剣な光と響きを帯びたから、ユーフェミアはだからこそ、いつもと変わらぬ微笑みを咲かせて応えた。あなたの言葉をみんな受けとめるよ。微笑みでそう証して、
「大丈夫。私はここにいるよ。私はここで、あなたの言葉を、ひとつ残らず聴くから、話してみて?」
 優しい光を柔らかな呼び水とするように、そっとアンゼリカの心へそそぐ心地で彼女の言葉を待った。
 きっと彼女は、まだ識らない。
 あなたが取り戻してくれた眩い歓喜、輝く約束、それらがどれだけ、私の心で強く光り続けているのかを。

 暖かな赤橙から眩い金を輝かせ、焚き火の炎が夜闇に踊る。
 穏やかな夜の静寂を彩るのは焚き火の薪が爆ぜる音。炎から生まれた熱は天に昇る風を生み、熱く輝く吹雪みたいな火花を夜空へ飾るのだと言うわんばかりに舞い上げた。黎明の眼差しを緩め、柔い煙とともに舞い上がる煌きを追えば、
 魂に沁み入るほどに美しい、星の空。
 遥か彼方に輝く無数の宝石、振り仰ぐそれらは竜城・陸(蒼海番長・g01002)が一年前に今と同じく焚き火の傍で見上げた時と変わらぬ美しさ。然れど前の夏と今の夏で違うのは、先程二人で喉を潤したレモネードがルクス・アクアボトル(片翼の白鯨・g00274)の発明品たる『魔法瓶』から注がれたものでなく、仲間が振舞ってくれたものであること。そして、
「――ちゃんと支えていてね?」
「きみを離したいと思っているように、感じる?」
 焚き火から生まれた風が柔く踊らすルクスの月光めいた銀の髪も、焚き火の輝きがひときわ甘く艶めかせるキャラメル色の肌も、陸の腕の中にあることだ。
 ふふ、ちっとも。焚き火から爆ぜて舞う火花を擽るような笑みで応える潮騒の娘、心を預けるように背からもたれかかった恋人の柔い重みもぬくもりも確と受けとめる今の蒼海の竜は、ただ指先が触れただけで動揺することこそなくなったものの、そっと頭をめぐらせた彼女に耳許で囁かれれば、鼓動はやはり跳ねずにはいられない。
 以前よりは多少なりとも、鼓動も大人しくはなったのだけれど。
 夏草の草原を吹き渡る夜風、飛びきり冷たいレモネード。夏夜にもそれらが清涼を齎すけれど、焚き火が齎す熱が、誰より傍で感じる互いの体温が、星空のもとへ出向かれるまでには――との約束通り調香師が調えてくれた香りを、そっと柔らかに花開かせてくれる。
「――…………」
「気にしてる? 大丈夫だよ、きっともう忘れてくれてる」
 先刻のやりとりを思い起こせばルクスの胸の裡に燈るのはほんのりとした気恥ずかしさ。然れど陸がそう言ってくれるのは確かに真実だろう。恐らくは嘗て淫魔達をも顧客に持っていただろう百戦錬磨の調香師、彼は可愛らしい少女の戯れと鷹揚に受けとめ、ふわり記憶から解き放ってくれているに違いない。
 私もまだ修業がたりないかしらね、柔い苦笑でそう零した彼女が先刻望んだのは、遠い国から吹いて、また吹き抜けていく海風のイメージ。
 ――船乗りなの、私。こういう日には丁度良いでしょう?
 ――宴でそう語った潮騒の娘に調香師が応えて創り出した、世界で唯ひとりルクスのためだけに生まれた、香りは。
 夏草の緑を瑞々しく香らせる夜風に心を、眼差しを誘われる。
 砂漠の夜とは異なる夜闇と緑の息吹の風、砂塵に馴染む身には優しい水の流れのようにも感じる心地好い風に誘われるまま浚われるまま、遥か無窮の夜空を仰ぎ見れば、
 原初の星空を識るテクトラム・ギベリオ(砂漠の少数民族・g01318)すらも息を呑む。
 天に湧き立つ光の河、漆黒のはずの夜闇を美しい青紫に光で霞ませるほどに輝く星の河、数多の星々の輝きを濃密に集めて湧き立ち、青紫から白銀へ揺らめく虹で夜空を横切るそれに、ナディア・ベズヴィルド(黄昏のグランデヴィナ・g00246)も黄昏の双眸を軽く瞠るけれど、
 遥かなる宇宙の透明な静寂が大地にまで触れに来るようにも思える草原で、ふわり至福の吐息を溢した。
「嗚呼、楽しかったわね」
「存分に堪能させてもらったな」
 思い返せば胸の裡から溢れて指先まで満たしそうな歌劇と祝宴の高揚、然れど先刻とはまるで異なる星空の草原の解放感と静寂を同じくらいに楽しみながら、ナディアは星の河のみならず満天に鏤められた星々にめぐらせた眼差しを緩めて笑む。
 新宿島に流れ着いてから識ったのは、星の光は幾星霜もの彼方から届く輝きであること。
「この瞬きは、私達が生きていた時代の光かしら」
「ふふ、どうかな。どちらも途方もないくらい遠いから。……だが、そうであるといいな」
 輝きを震わすよう瞬く星を仰いで語れば、遥か彼方を懐かしむようにテクトラムも黄金の双眸を細め、南天の星の河でなく北天を振り仰いだナディアが星時計を翳したなら、何度見ても感嘆の吐息を洩らさずにおれぬ精緻な工芸品と、眼差しも心も呑まれてしまいそうなほど美しい青を湛えたアズライトに彼もまた見入って。
 ――この青色は星の光であっても、
 ――そうそうお目にかかれない。
 何処か満足気に淡く微笑めば、星時計の中心に開いた穴と北極星と重ねたナディアが花唇を開いた。
「ねえテクトラムさん、エジプトだったらあの星じゃなかったのよね」
「そうか……。極天に鎮まったまま輝き続けるはずの星も、遥かなる時の流れのうちに移ろうのだったな……」
 二人が語るエジプトは勿論この断頭革命の時代のものではなく、最終人類史たる現代のものでもなく、紀元前を二千五百年以上も遡る遥かなる時の彼方、獣神王朝エジプトの時代の話だ。
 星時計の中心に重ねた断頭革命の北極星は、現代にも変わらず輝くポラリス。
 なれど、二人が故郷とする時代に北天の極星として輝いていたのは、現代では竜座のアルファと呼ばれる星。アラビア語で龍を意味する『トゥバン』という名を冠された星。
 現代の知識を得た今では、自分達の生まれ育った時代にはまだアラビア語は成立していなかったはずだと理解できる。だがそれでも『トゥバン』という響きが何処か己に馴染むように思えるのは、故郷の時空に基準時間軸とは更に異なる、何らかの改竄があったからなのだろうかとふと想いを馳せた。
 嘗て愛したひとと、永遠の別離を迎えた時空。
「……まさか星が変わるだなんて、夢にも思わなかった」
「夢にも思わなかった――そんな出来事の連続だな、私達がそれぞれに歩み来た道程は」
 ほんの僅かな追憶を星への言の葉に融かせば、ナディアの辿りきた軌跡も今の追憶もすべて受けとめるよう目許を和ませ、テクトラムは彼女の隣で『新たな』北極星を見霽かす。
 それぞれの軌跡を辿りきた二人が、これからともに辿る軌跡の導となってくれる星。
 夜風にさざめく夏草の上に腰をおろして星空を仰ぎ見れば、一瞬すべてが己の裡から消えた。
 遥かなる無窮の夜空、満天に鏤められた星。
 星彩輝く光の河が天涯から天涯へと夜空を横切って、夜闇を澄んだ青紫に、瑠璃に、紺青に光で透かして、数多煌く星々を溢れさせるような星空そのものが消えたすべての代わりに己が裡へ広がっていくかのよう。
「……こんなに綺麗だなんて、思ってなかった」
「――正直、俺も驚いている」
 数多の輝きが濃密に寄り添い流れる星の河、その輝きが漆黒のはずの夜闇を美しい青紫に光で霞ませる様は、大気の底から見上げるからこその鮮麗な色彩で、葵・虹介(Voyager・g00128)が知らずそう呟けば、少年と並んで夏草へと腰をおろしたウルリク・ノルドクヴィスト(永訣・g00605)も暫し忘れていた呼吸を取り戻し、半ば星に圧倒されつつ声を絞り出した。
 星時計を手にしていても、星を測り時を測ることさえ忘れてしまうほどに美しいのだろうかと思っていたが、それどころか己の魂が今この草原の大地にあることさえ忘れてしまいそうだ。
 然れど傍らの少年はそうでもないらしい。
 華やかで曇りなく煌く金の星時計、これからの軌跡の幸いを祈る言葉が彫金された星の導を手にした虹介は大地から星空を仰ぎ見て、星時計を彩る宝石が煌かす潔いまでに鮮やかな青、大地から星空へ向かう間の、成層圏で見られる空恐ろしいほど美しい青に星空への旅を夢見て笑みを綻ばす。
 星時計を羅針盤に旅してる気分、と彼の声音が楽しげな響きを帯びるから、
「その星時計が君の気に召したなら、其の儘持っていればいい」
「くれるの? あなたが作ってもらった物なのに」
 時には苛烈な鮮血の彩に強く煌くウルリクの双眸も、この夜は穏やかな緋の彩を燈したまま。贈り物とするつもりであった心づもりそのままを口にすれば、ひととき貸してもらった気分だったらしい虹介が空色の瞳を大きく瞬いて、
 ――いいのかな……。
 ――もう、君の物だ。
 ちいさな声音でそう続けるから、落ち着いた声音で応え、
「その……。虹介に合う意匠に仕立ててもらったのだから、受け取ってほしい、というか」
 語るうちに胸の奥から気恥ずかしさが浮かび上がって来たが、気概で呑み込みなかなか素直になれない相手にそう願う。
 実際には贈る相手のことを星時計職人に語った記憶がまるでないのだが、それでも己がいま口にしていることは紛れもない真実だとウルリクは確信していた。一体どういうことだそれこそ職人魂が為せる技なのか、と動揺したことは隠しておく。
「ぼくのため――……青い宝石も、お祈りの言葉も?」
「そう、君のためだ。その星時計のすべてが」
 流石に照れが勝ってきたか僅かに眼を逸らしつつも迷わずウルリクが肯定してくれたから、改めて贈り物を眺めて虹介は、確かにルーク自身のものとして作ってもらったものじゃないみたいと納得心地で星時計を大切に握り込む。
 ひっそり逃げようとする彼の眼差しを追って、並んで腰をおろしているがゆえの目線の近さで相手の眼を見て、屈託のない笑みを咲かせて、心のままを言の葉にした。
 ――ルーク、
 ――星の導を、ありがとう。

●La costellazione
 光の祝福が咲き溢れた宮廷劇場に、
 星の祝福が次なる輝きを描き出す。
 万雷の拍手と喝采と共に迎えた歌劇の終幕、歌劇の舞台に上った者も客席で歌劇に酔いしれた者も誰もが皆ひとつになり、胸も喉も、息も詰まるような幸福感に満たされた眩い世界。あの舞台と客席の輝ける一体感をパルマのひとびととともに体感叶ったのは、歌劇のためにパラドクストレインに乗車し、無事その時その場で降車することが叶ったディアボロス達のみ。
 然れど、報告書を読むだけでも軌跡と奇跡の結晶たる歌劇の響きも輝きも皆の高揚も鮮明に胸に描き出されたから、
「とっても素晴らしい歌劇だったのね……! ああ、出演も観劇も叶わなかったのが残念だわ。だけど――」
「うん、すごく素敵だったみたいだね! マリア達もはりきっていっちゃおう、シャルロット! モラさんもっ!!」
『もきゅっ!!』
 欧州最古の劇場のひとつにして芸術の街が誇る額縁舞台型の宮廷劇場、ファルネーゼ劇場に先刻響いただろう歌劇の音色や歌声にシャルロット・アミ(金糸雀の夢・g00467)がひととき想いを馳せたなら、気合満点で揮う真珠のタクトからきらきら煌く軌跡を描きだすのはマリアラーラ・シルヴァ(コキュバス・g02935)。負けじと気合たっぷりにお返事したモーラット・コミュがバイオリンケースをぱかんっと開けば、愛器と弓を手に取り流れるように構えたシャルロットは悪戯っぽく煌く瞳をマリアラーラと見交わし光が咲くような笑みをも交わす。
 パルマのひとびととの交流の機会でもあったジャンマリオ主催のサロンは既にお開きとなっていたが、歌劇の公演期間中の劇場使用権を得ている彼にひととき劇場を使わせて欲しいと願う機会があったのは幸いで、
『おお、君にも再会できるとは何と素晴らしく狡猾な夜……! シャルロット君のお願いなら勿論叶えてみせるとも!!』
 彼が先程満面の笑顔で快諾してくれたから、今夜の宮廷劇場は可憐なサキュバス達のオンステージ!
「見ててねみんな! 今からこの劇場を夜空に変えちゃうよ!」
「ええ、街から眺める星空も素敵だけれど、今夜は私達から皆への特別な星の贈り物を受けとってくれると嬉しいわ!」
 事前情報の通り今夜星空へ御誘いできるのはシャルロットがディアボロス=ジャンマリオ記念学園で仲良くなった子供達。
 歌劇の舞台に上った時の晴れの衣装のまま再び劇場へと戻ってきた子供達が『はーい!!』と元気いっぱい期待いっぱいにお返事したなら、マリアラーラは星時計ならぬ自前の月相時計をかちりと新月へめぐらせる。その途端、
 ――夢の世界では影も光もおんなじなんだよ。
 無窮の宙の闇が宮廷劇場の空間すべてを満たした。
 限りなく純粋に澄み渡った闇はマリアラーラが揮う夢魔の未来技術(シンデレラシルエット)が劇場へと被せた幻、突然の暗闇に子供達が驚いた声を上げるけれど、大丈夫だよ、と夢魔の少女は闇にも優しく響く声音で語りかけ、
「――星よ」
 柔らかな白の小さな手を無窮の闇へ伸べて呼びかけたなら、きらりと流れる星ひとつ。
 わあと歓声をあげる子供達にあれが淫魔宰相『夜奏のルドヴィカ』との決戦ね、と軌跡の始まりを告げればシャルロットは琥珀色艶めくバイオリンを己が弓で歌わせて奏でる音色は、夜空に尾を引く流れ星の煌きめいた響き。
 あの夏、星空の草原でマリアラーラが虹色の流れ星を夜空に生み出した折の『パルマ公国拠点化計画』の始まりに、続けて始まった『パルマ公国継続支援計画』、語られる軌跡がひとつ、またひとつと進むたびに闇に輝く星もひとつ、またひとつと闇に星の煌きが流れて燈り、昨秋の戦舞の祭典に至れば、
「それじゃあここで選手交代! だね!!」
「ええ! あのお祭りでこれを観てくれた子はいるかしら!?」
 ――奏で求めるは、像を結ぶ影 宙に浮かびて自在に変幻し給え。
 真珠のタクトをひらりマリアラーラが揮えば魔法のプラネタリウムめいたこの空間の支配権はシャルロットのもの。新緑の瞳にあの夜の高揚を燈した娘が愛おしい余韻を引きながら華やかに踊る音色を奏でたなら、祭典のフィナーレを飾った巨大な竜が今夜は映像となって劇場に燈る。
 躍る影は宙に映る(オドルカゲハチュウニウツル)――シャルロットが燈した勇壮な竜の羽ばたきに『観たー!!』と歓声咲けばシャルロットも笑み咲かせ、竜を星空の彼方へ向かわせればまたひとつ新たに流れて燈る星。
 砂糖菓子みたいに甘くて愛らしいマリアラーラの歌声が焚き火で炙られたマシュマロの甘さや縦笛の音色が花開いた新年の初売りを歌い上げれば、学園に遊びに来た子供達と一緒に、そして遅れてきた雪降るナターレの夜に織り上げた旋律を今夜もシャルロットが奏で上げ、幾つもの、幾つもの軌跡を辿るたびに無窮の闇に星が燈っていく。星の煌きが増えていく。
「わあ、わあ……!」
「いっぱいになっていくね、お星様!」
 子供達の歓声に混じって『もきゅっ!?』とか『きゅもっ!?』なんて聴こえてくるのは、一番小さな女の子のお守り役を仰せつかったモーラットが、彼女が流れ星にきゃあと歓声をあげるたびにぎゅむっと強く抱きしめられているからだ。
 華やかに煌く星々をマリアラーラが降り注がせたのは、この六月パルマに数多花開いた結婚式の幸せを表す軌跡。幾つもの輝く笑顔をマリアラーラもシャルロットも、パルマのひとびともきっと生涯忘れないだろう軌跡の奇跡の星を燈して、やがて今日この日の星もが燈れば、魔法のプラネタリウムめいたマリアラーラの幻で満ちた空間に彼女の真珠色のタクトが踊る。
 真珠色の煌きは燈した星と星とを繋いでパルマ公国の紋章を描き出せば、
「ほら、パルマ座の出来上がりだよ!」
「これが私達からの、特別な星の贈り物!」
 先刻歌劇が上演された劇場に、マリアラーラとシャルロットからの贈り物が煌いた。
 元々パルマのひとびとのみで演じられる歌劇だ。今宵出演したディアボロス達は飛び入りのスペシャルゲスト。
 学園開校や雪降るナターレの夜の場面で出演した子供達、妖狐の青年が誂えた衣装を纏ったこの子達が猛禽の青年と一緒に題名に星が輝く歌を歌った場面を羨望と共に思い描きつつ、皆があの舞台に立ったように――とシャルロットは言を継ぐ。
「今日この日を迎えられたのは、パルマの皆さんのおかげ。この軌跡の主役は誰であろう、パルマの方々なのよ」
「うん! マリア達はみんなにそれを伝えたかったの。この星座は……パルマはディアボロスの力だけではできてない」
 ――パルマの皆の、復興したいって気持ちが一番大切だったんだよ。
 星々が描き出すパルマ座に歓声をあげた子供達は、二人の言葉にも嬉しげに笑みを咲かせたけれど、
「あのね、みんなが頑張ろうって気持ちになれたのは、おねえちゃん達が、ディアボロスさん達がきてくれたからだよ」
「大人達がよく言ってるよ。『恩人さん達がいなけりゃ俺達は市民同士でなけなしの物資を奪い合って争ってたろう』って」
「「――……!!」」
 子供達の言葉に、二人は胸を衝かれた。
 淫魔宰相『夜奏のルドヴィカ』の撃破によるパルマ公国の解放。
 だが当時、解放するだけしてそのままパルマ公国を放置していた場合、『物資不足によってパルマ公国の人々が暴徒化し、その混乱に乗じてクロノヴェーダがパルマ公国を再制圧していた可能性があった』と複数の報告書に記載されている。
 勿論これは現地へと支援に赴いたディアボロスの所感と見解であり、暴徒化の可能性そのものを『パルマ公国拠点化計画』及び『パルマ公国継続支援計画』で摘みとった以上、その見解が現実となるものであったか否かを確かめる術はないが、
 複数の時先案内人が『報告書に書き記しておくべき見解』だと判断した、極めて確実性の高い推測であったことは確かだ。

 パルマのひとびとは決して夢物語の登場人物ではない。
 全く予期せぬ物資の途絶。状況打開の方策すら思いつかぬ状況で、自力のみで前を向けるほど強いひとびとではない。
 この子供達のように無垢で無邪気で、木洩れ日や水面の煌きめいたキラキラしたものだけを胸に抱いているわけではない。ごく普通のひとびとなのだ。
 変わらぬ日常にあれば他人を思いやり、理性的であれる者も、物資が途絶え先の見えぬ困窮に見舞われれば、募る苛立ちを暴力として爆発させてしまうこともある。状況が不安定であればあるほど苛立ちは伝染し、感情の爆発も連鎖していくもの。
 ――然れど、ごく普通のひとびとであるからこそ、
 ――不安なときに手を差し伸べられれば、心から相手に感謝する。
 安堵すれば自然と笑みが咲き綻んで。手を差し伸べてくれたばかりでなく、見返りを求めることすらなく、心からこちらの笑顔を歓んでくれるディアボロス達にいっそうの感謝と好意を抱く。心を動かされる。本当に、ごく普通のひとびとなのだ。

 だからこそ、支援のためパルマを訪れるたびにシャルロットやマリアラーラが出逢うのはひとびとの笑顔だった。
 パルマのひとびとが如何なる困難にも自力で立ち向かえる、特別に心映えの優れたひとびとであるわけではない。
 淫魔宰相『夜奏のルドヴィカ』決戦の折の蜂起も、ディアボロス達が勇気を贈ったからこそのもの。そのあとも、
 二人を含め、パルマのために力と心を尽くしてきたディアボロス達こそが、彼らに笑顔と前を向く心を贈ったのだ。
 勿論ひとびとはディアボロス達に頼りきっているわけではない。
 マリアラーラやシャルロットが感じたとおり、彼ら自身も自分達で立ち上がり、だからこそ未来へ歩き出せるのだけど、
「私のおうちは宿屋なの! 去年はお客さんが来なくなっちゃったけど、今はまた来てくれるようになったんだよ!」
「俺の父ちゃん兄ちゃんもずっと仕事なくなったままだったけど、今は交易のための馬車を仕立てるので大忙しだって!」
 ただパルマ公国で支援を続けているだけでは今二人の眼前に咲く笑顔はなかった。公国外との流通や交易が復活しなければたとえ『パルマ公国継続支援計画』を完遂しても、自給自足で飢えずにやっていける程度に留まったはずだ。
 流通や交易が復活したからこそ、以前のような交易による繁栄も望めるパルマ公国に『復興』できた。
 自分達の功績を謙遜する必要はない。過小評価する必要もない。
 この地での支援のみならず、オーストリアで、パリで、シャルロットもマリアラーラも仲間達とともに己が血を流すことも厭わず戦い続けてきたからこそ、クロノヴェーダ達がパルマや北イタリア、オーストリアに眼を向ける余裕を削いできたからこそ、今眼の前で子供達の輝くような笑顔が咲いている。
 自分達がパルマの皆に齎した笑顔で、自分達も笑顔になれるなら、
「それじゃあ、おあいこかしら?」
「うん! おあいこだね!!」
『もっきゅもきゅー!!』
 皆で瞳を見交わせば、花開いて咲き溢れるのは満開の笑顔。
 ――パルマに来てくれてありがとう、おねえちゃん達!!
 ――いつもたくさんの笑顔をありがとう、パルマのみんな!!

●Buon viaggio!
 夏草の草原から北天を望み、暦を廻らせた星時計の中心から北極星を覗いて指針の先で北斗七星を指せば、
 星を観測する時計は時を航る羅針盤に変わる。遥かな旅へと心を攫う。
 彼からの贈り物、世界で唯ひとり、ぼくのためだけに生まれて来た星時計。
 華やかで曇りなく煌く金の星時計、大地から星空へと向かう間の成層圏を彩る美しい青に輝く宝石を抱いた、星と時の導。それが間違いなく自分の物なのだと肌身で実感すれば虹介の胸の裡からは天涯から湧き立つ星の河のごとく歓びが花開き、
「ね、ルーク。また星を観ようね、次もこの星時計を連れて」
「――ああ、君が望むのなら、吝かでも無い」
 星空を希う旅心が改めて鮮やかに息づいた心地で少年は、無邪気に声音を弾ませウルリクを誘う。彼は純粋な星空観賞だと思ったのだけれども、虹介にとってそれは宇宙への旅立ちの始まりで。
 ぼくが知ってる星をあなたに教えたい。
 いつかぼくが辿る星を、航路を、沢山知ってもらいたい。
「そしたら、旅立ちもさびしくない」
「……別れを惜しむ気は無いのか、君は」
 何ひとつ迷う気配すらなく明るく言い切る少年のめざす旅がこの星から飛び立つ旅なのだと改めて思い至れば、ウルリクは思っていた以上に動揺している己自身に気づいた。嘗て主へ誓った忠義のまま生きていた頃、記憶は欠けていてもあの頃は、青空の、星空の先に更なる世界があることさえも想像がつかなかったことは憶えている。
 現代の知識を得ても、肌身で実感するにはまだ遠く。
 ゆえに少年の夢が己には決して手の届かぬ眩しい夢だと感じられて。
 引きとめはしないけれど心が疼く。何故か虹介にだけは無駄に張ってしまう意地を己なりに必死で緩めて告げた言葉が先のそれになったのだけれど。やはりどうにも素直でない、と感じたウルリクよりもどうやら上手らしい虹介が、瞬きひとつしてほにゃりと笑み崩れた。彼に訊ねてみる声音も何処か、柔くて。
 それは、ルークはさびしいってこと?
「そうだったら意外だなあ、……えへへ」
「……、…………」
 嗚呼、何故ここで気の利いた台詞のひとつも口にすることができないのか。後悔に胸を灼かれつつ眼差しを星空へ戻せば、あまりの美しさがいっそうウルリクの胸を灼いた。虹介を攫っていく、美しさだと思えて。
 詰まらない拗ね方をするんじゃなかった、と己の大人げなさを省みる彼の胸の裡を知ってか知らずか虹介は、隣の槍騎士に倣うよう自分も星空を仰いで、ひときわ柔らかに笑んだ。
 ――きっとぼく、いつか窓から地球を見るたびに、
 ――あなたのことを思い出すね。
 耳に届いた声音にウルリクは、星空を仰いだまま眼を閉じた。
 Buon viaggio、良い旅をと祈る心は勿論変わらない。
 ――ただ、去りゆくものを此れ程に惜しむことも、
 ――昔は、無かったはずなのに。

 天涯から湧き立ち夜空を横切る、星彩が輝き流れる光の河。
 嗚呼、私の魂の奥底から湧き立つものも、この夜空に輝く星の河みたいに綺麗なものばかりだったら、どんなにか。
 思いつめてきたものを魂の奥底から解き放つように、堰を切ってアンゼリカの言の葉が溢れだす。
 私は、『アンゼリカ』は何時だって、
 ひとびとを護ると、未来を取り戻すとまっすぐ口にしてきたけれど、ほんとうは。
「――心の中は、クロノヴェーダへの憎悪と汚い心でいっぱいなんだ」
 怖い。ユーフェミアの瞳をまっすぐ見つめたまま真実を明かすのが、胃の腑に氷の槍を押し込まれる心地になるほど怖い。だけど彼女の瞳は一切揺らがない。それは彼女の揺らがぬ心をも表しているようで。
 ミアはどうしてずっと変わらず接してくれるの。
「今の私の瞳、名前、想い、信念――……もう、君と過ごしていた陽菜とは全然違うよ。なのに」
 胸が詰まる。だから言葉も詰まる。
 然れど、そのとき初めてユーフェミアの微笑みが変化した。
 瞬きをひとつした少女は、ひときわ柔らかな笑みを咲かせ、
「変わらずに? そうだね。だって、何が変わったの?」
 何も変わっていないと言い切った。
 己の裡に密やかに寄生していたクロノス級アークデーモンが覚醒したときに駆けつけてくれた大切な友は何故か、つい先程『また明日!』と笑って手を振り合い別れたばかりだったのに、瞳の彩が変わっていた。制服を纏っていたはずが戦姫の鎧を纏い、通学鞄ではなく黄金の大剣を携えていた。
 幾つもの戦場を翔け、数多の死線を潜ってきたかのように大人びて、顔つきも以前より凛々しさ勇ましさを帯びて。それが一度クロノス級アークデーモンに敗北して新宿島へと流れ着いた彼女が、時空を超えて戻ってきたからだと識ったのは、件の悪魔との戦いが終わったあとになってからのこと。
 ――けれど、そんなことを何も識らなくとも、
 ――駆けつけてきてくれた彼女が彼女だと、大切な親友の陽菜なのだと、ユーフェミアは一目で気づいた。
 疑問さえ抱かなかった。だって、
「何が変わったの? 陽菜は陽菜でしょ? アンゼリカになったとしても、私にとってはそこは変わらないこと」
「ミア――……」
 膝の上で微かに震えるアンゼリカの手が迷子になった彼女の心みたいに思えたから、私はここにいるよと伝えるようにその手を取る。両の手で柔らかく包み込む。彼女の憎悪は彼女が傷ついた証。
 陽菜(ひな)であった頃、雛(ひな)であった頃。
 羽ばたくことに憧れながらもまだ羽ばたけなかった頃に、私という存在を、いつまでも一緒と約束したユーフェミアという存在を奪われた傷が、こうして時空を超えて自分を取り戻してくれた今も痛みを齎すのだろうけれど、
「陽菜の、アンゼリカの憎悪は、私に寄生していた悪魔に対して生まれたものだよね?」
 ――それなら、傷は癒えるはず。まだ癒えていなくても、いつかきっと癒えるもの。
 ――痛みを感じるとしても、それは幻肢痛のようなものだから。
「本当はもう、今は乗り越えていると思うんだ」
「けど、けれど、ミア……」
 柔らかな光によく似たユーフェミアの声音と言葉が優しく胸に沁み入るけれど、アンゼリカは微かに唇を震わせる。だって私は負けたんだ。あの頃ミアはまだ覚醒していなくて、けれど私は君より先にディアボロスとしての力に恵まれて、
「なのに一度は、ミアを護れずに散り果てたんだ」
「自分をそんな風に言っちゃだめだよ? あなたに助けてもらったのは、私だけじゃないはずでしょ?」
 ――だから、
 ――誇ってほしいな。
 柔らかく包み込んだ彼女の手を、心を確り伝えるよう、力を込めてユーフェミアは包み込む。躊躇いつつもアンゼリカが、己の右の手を両の手で包み込んでくれる親友の手に己が左の手を重ねれば、ユーフェミアを救い出すべくともに翔けてくれた仲間達、その皆と数多の時空で翔けた戦場と、そこで救ったひとびとの笑顔が胸の芯から次から次へと咲き溢れて。
 花冠が咲いた。私の希望の明星達と呼んでくれる声。
 涙が零れそうになってぎゅっと眼を瞑れば、眩い光が視界に満ちる。
 先刻の歌劇の、万雷の拍手と喝采とともに迎えた終幕で、胸も喉も、息も詰まるような幸福感に満たされた熱が胸に甦ってアンゼリカの心に、魂に満ちるから。目蓋を開いてユーフェミアを見つめ返して、気力を振り絞って微笑んだ。
 まだ誇れない。けれど、
「誓うよ。ミアの温もりと心が、ひとぴとからの想いがある限り、私は、止まらない」
 ――星はきっといつも私の傍にあるから、
 ――私は立ち止まることなく、翔け続けていくよ。
 ほっと小さく零れた安堵の吐息が、
 夏草をそよがせる夜風にとけて、世界へ還る。
「大丈夫みたいだね。……ふふっ、よかった」
 振り仰ぐは満天の星々、漆黒のはずの夜闇をも美しい青紫に光で霞ませる星の河。一年前の夏、ともにあの星空へと翔けた相棒とその大切なひとが手を取り合う姿を遠目に見たなら小さく笑って、シルは再び星空へ心を解き放つ。
 然れど妖精の翼咲く靴は変わらず、夏草の草原を歩んで辿る。
 一年前の夏、始まりの夜に夜空へ伸ばした手はいまだ星を掴めぬまま。
 それでもこの手に確かに掴めたものがある。
 今シルの掌中に銀の翼咲かせる星時計、青空の煌きに星々の煌きをも鏤めた、皆とともに辿り来た軌跡、軌跡で織り成した奇跡の結晶。パルマのひとびとの笑顔と歓喜とディアボロス達への感謝がそのまま結晶したかのような、
 ――自分達がパルマに燈した奇跡の証。
 ――自分達がパルマに燈した、数多の幸福の証。
 銀細工に鏤められた星々は宝石で、本物のお星さまではないけれど。ひとつひとつ、感謝を込めて。ひとつひとつ、親愛を込めて鏤められた星々は、パルマのひとびとがシル達に抱いてくれた親愛そのままにあたたかく、やさしくひかるから。
「このぬくもりを胸に、わたしは歩いていくんだ」
 青空の瞳が自然とやわらかな光を燈したのは、胸の裡で優しく息づく大切なひと達の面影に語りかけたから。
 いつかきっと……。
 またみんなと、笑って出逢えることを願って……。
 これからも頑張るっ!! と元気いっぱいに笑みを咲かせて気持ちを切り替えたなら、大きく伸びをしてシルは、ぽふんと背から夏草の草原へと倒れ込んだ。優しく受けとめてくれた夏草の褥から、緑の匂いが昇って星空へとけていく。それじゃあわたしもと満天の星々へ手を伸ばした。
 ――いつかきっと、
 ――この手は本物のお星さまに届くと、信じて、いるから。

 夏草の緑の匂いを夏夜が香る風が掻き混ぜていく。
 暖かな赤橙から眩い金を輝かせる焚き火の炎の匂い、爆ぜる薪の匂い。
 星空の草原で原初の息吹に包まれて、華やかに咲いた香りは南国の甘さをエキゾチックに香らせるプルメリアの花の香り、だが南国の楽園の花の香りは軽やかに弾けたレモンの瑞々しさで一気にルクスがつけた香水の香りを透きとおらせて。
 ――マリンノートなんて言うけど、
 ――どういう風に表現するのかしら。
 海風をイメージした香りを願ったルクスがふと小首を傾げたように、マリンノートたる香調を構成する代表的な香料はほぼ現代の合成香料で占められている。戦舞の祭典の折のことをあの調香師が思い出しているなら、新宿島から持ち込まれた合成香料も使わないようにするだろうから、実のところかなり無茶振りしちゃったんじゃないかしらと思えてきた。
 然れど。
 明るい光に一気に透きとおったように思える香りが、透明な水の匂いでたちまち潤い、淡い潮の香りを透かして夏の夜風に翔けた。夜風に乗って心も翔ける心地になって、ルクスの声音が弾めば間近でその響きを感じた陸の鼓動も僅かに翔ける。
「……あら。――ね、どう? 合っている?」
「とても君に似合っているよ。何故なのかな、地中海の、光を感じる」
 微笑んで応えればまた彼女の香りがふわり鼻先を擽って、眩い心地で黎明の双眸を細めた。
 楽園の花とレモンの香りの名残を透明な水の匂いで潤したのはウォーターメロンの香り、その裡から淡く透けるよう咲いた香りはポシドニア、碧き地中海の水中に広がる海藻の、海の匂い。花開いて翔ける香りは一度たりとも重くなることはなく、あくまでも軽やかで、
 ――オカの景色もたまには良い、なんてあの日は言ったっけ。
 ――香りが違うと、気分も変わるものね。
 潮騒の娘の御機嫌が加速度的に上向いていくのが声音の響きからでも分かったから、彼女の色違いの宝石めく藍と紅の瞳がどんな風に煌くかを見てみたくて、
「おや、それなら今日はどんな気分?」
「あら、分からない?」
 恋人の顔を覗き込むように首を傾げた陸は、いつもの蠱惑的な煌きが少女らしい楽しさをも帯びている様に、悪戯っぽさを覗かせた己の笑みを和らげた。蒼海の竜も己の身長に心の余裕が持てる派閥に属するがゆえに、小柄な彼女と目線の高さを合わせるようにしながら一緒に星空を見上げれば、ほのかに香り立つのは陸自身が調香を願った香水のそれ。
 薔薇色に咲いて海辺を彩るアルメリア、ともすればきつくなりがちな花の香りをあくまでも優しく柔らかに調え咲かせて、こちらも海辺を緑と海の雫めく小花で彩るローズマリーが仄かな苦さと清涼を添え、感じるか感じないか程度のポシドニアがゆうるり濃淡を覗かせる様が、まるで寄せては返す波のよう。
 一年前は夏草の草原から仰ぎ見た星空を、
 この夏は南国の楽園に停泊した帆船の上から仰ぎ見る心地。
 海の風のように、海の波のように、恋人達を彩った香りがやがて終わりに花開かせる香りは、去りがたい南国の楽園を振り返りながら船出する淡く甘やかな切なさを思わせるような、優しくパウダリーな甘さの裡にほんのりと潮の香りを感じさせる龍涎香――アンバーグリス。鯨から生まれる香り。
 だが勿論、それは鯨を傷つけて採取したものではなく、
 海辺に自然と流れ着いた龍涎香から抽出した香りに違いない。
「……うん、大丈夫。あの調香師さんなら信じられるわ」
「そうだね、きっとその辺りにもちゃんとした矜持を持っているひとだと思う」
 海の懐にひときわ深く抱かれる心地で二人微笑み合って、
 柔らかな笑みのまま改めて見上げた星空は、きっとずっと、胸に残って煌き続けていくのだろう。
 撓やかな指先が星時計の円盤と指針に躍り、
 精緻な彫金に青きアズライトを煌かせた星の導が今夜の役目を終えれば、夏草をさざめかせる夜風がナディアの髪を煽る。
 艶めく肌からふわりと立つ香りは、柑橘の瑞々しさに仄かに大人のスパイス感を忍ばせたセドラの香り。軽く明るく跳ねるタンジェリンの香りをも感じれば、日頃から彼女がよく纏っている蘭の香油とは異なる香りにテクトラムは興味深げにひとつ瞬きをしたけれど、夜が深まるにつれて咲く香りに、思わず黄金の双眸を瞠った。
 深く艶やかな夜闇の裡に花開くような香りはシトラスの爽やかさの裡から咲く、儚くも官能的な香り。
 知っているようで識らないようにも思える花の香りは、甘美なジャスミンの香りに気高さを添えた、月下美人の花の香り。月下に咲く花なれど今夜頭上に広がる夜空は圧倒的な星の空、だが今夜の夜空に月は必要ない。
 甘くきらめく瞳にこそ月の輝き燈してナディアが微笑んでみせたなら、
「世界に唯ひとつだけの香り、気に入ってくれた?」
「――……気に入らない、わけがない」
 喉が鳴るのを自覚しつつも出来る限り押し殺し、自然と甘やかに絡む眼差しを逸らさずテクトラムも微笑み返した。然れど夜空には天涯から湧き立つ星彩輝く光の河、あの輝きに、眼前の恋人の香りと艶やかさに理性が呑まれそうな気がして、
「――……出番だ、毛玉」
『ぶみゃあんっ!?』
 押し流されそうになるところを咳払いで断ち切れば、唐突に呼び寄せるのはまんまるふわふわスフィンクス。今夜はずっと留守番だからなとたっぷり言い聞かされていたまんまるにゃんこは突然の召喚に身体同様に眼もまんまるにして、ぎゅうっと力強く抱きかかえてくる主の腕の中でじたばたもがく。
「いいなー、私も抱っこしたい。おいで、毛玉ちゃん」
『みゃみゃあ~ん♪』
「またか毛玉!?」
 羨ましさに思わず指を咥えそうになったナディアが明るい笑み咲かせて自然と恋人に寄り添って、両手を広げてみせれば、主の腕からまるっと抜け出したまんまるにゃんこが彼女の胸にぽふっと跳び込んできた。
 小さく噴き出し弾けるように笑い合い、思い出したように見つめ合ってはあたたかに微笑み交わす。
 街のあかりに霞むこともなく――と語られていたのは、街のあかりに負けないほどの星の輝きという意味でなく、草原には街のあかりが届かず、街あかりが星の輝きを妨げることがないという意味であったのだとここに来てみて判ったから、
「街中の星空観賞も楽しかったかもね。【飛翔】を持ち込んでもらえてるみたいだから、さくっと往復もできそうだけど」
「ふむ。それもなかなか楽しそうではあるな」
 あったかふわふわにゃんこを抱っこしつつナディアが誘えば、吐息の笑みを洩らしてテクトラムも同意して。二人と一匹は夏草の草原からふわり解き放たれた。少し翔ければパルマの街の夜に燈る光の祝福が見えて来るはず。未来に幸あらんことを願って瞳に灼きつけたならその頃には、
 世界で唯ひとりナディアのためだけに生まれた香水の、最後の香りが花開く。
 名残のように柔らかで甘く、仄かにスモーキーな没薬――ミルラ。
 砂漠の風を、思わす香り。

 夏夜の風にさざめく夏草の緑の波間にぽふんと背を預ければ、
 瑞々しい夏草の匂いとともに自分達が纏う、夏の陽射しに緑がきらきらと煌く草原の香りもぱっと夜風に咲いたから、二人思わず弾ける笑みを咲かせたら、遥か彼方で星彩が輝き流れる光の河の星々も応えるように瞬いた。
「いっぱい戦いを重ねてきたね、たくさんのひととの縁を重ねてきたね」
「ああ、思い出もいっぱいだな」
 夏草の褥に埋もれれば先刻までよりも数段濃い緑の匂い、それがふと四つ葉のクローバーを思い起こさせたから、白詰草や鈴蘭に彩られたあの日のことを莉緒が思い起こせば、勿論総二の胸に広がるのも四つ葉のクローバーを贈り合った日、二人で初めてパルマ公国を訪れたときのこと。
 決戦はまだ先の話、断頭台での処刑を阻止するために皆が奮闘していた頃で、次にパルマ公国を訪れた日の記憶は温かなシチューの匂いと祝福の花々に彩られていた。星空の草原を流れる風に乗って子供達の楽しげな声が聴こえてきたなら、胸に甦ったのは型抜きで人参に花を咲かせたときの、孤児院の子供達の嬉しげなはしゃぎ声。
 あの子達はもう夢の中だろうか。それとも自分達と同じように、星を観ているだろうか。
「ねぇ総二さん、私達たくさんのひとと縁を重ねてきたけど、この空の星はもっとたくさんで、もっといっぱいだよね」
「だよなぁ。数えてみようとかさえ思いつかないほど圧倒的だよな、この星の数は」
 きっと同じ孤児院のことを思い出していたのだろう莉緒、あのときの彼女は保育士みたいで頼もしくも可愛かった、なんて思い起こせば総二の目許は和らいで、彼の傍らで夏草に背を預けたまま、莉緒は星空へと手を伸ばす。
 ――どうかたくさんの人達に、
 ――この星の数と同じくらいの幸せが訪れますように。
 訪れるといいな、と総二が柔らかに笑ったのは、声音にせずとも莉緒の願いごとが感じとれたから。あの孤児院の子供達も【動物の友】で仲良くなって困りごとを手助けをしてあげた動物達も、夏至のお祭りの夜にすれ違ったひと達も、六月に幸せいっぱい咲かせた新郎新婦達も。
 みんなみんな幸せになって、みんなみんな幸せな気持ちで星空を眺めていてくれるといい。
 誰かの幸せを願えば胸にはこのうえなく優しいひかりの花が咲く。ふわり咲くひかりを分かち合いたくて、誰より傍にいる大切なひとに眼差しを向ければ、互いの瞳に映ったのは、愛おしい、ひかり。
「――莉緒」
「総二さん」
 心に同じひかりが咲くからこそ同じタイミングで胡桃色と青玉色の眼差しが重なった。微笑み合えばどちらからともなく手を伸ばし、夏草の上で大切に指を絡め合う。夏の夜風がいっそう楽しげな子供達の声を運んできたから、笑みも深めて。
 ――どうかたくさんの人達に、この星の数と同じくらいの幸せを。
 ――そして、これから自分達も、この星の数ほどたくさんの、思い出を紡ぎ合っていけるように。

「謎は全て、食べた……!」
「「謎は全て、食べた!!」」
 星空へひときわ楽しげに咲いたのは、手に汗握る冒険活劇を朗読するしゃらが読み上げた主人公の決め台詞と、朗読に聴き入っていた子供達が高らかに決め台詞を唱和する声。新展開のたびに弾けるきらきら煌くような声、謎が生じれば皆でむむと眉を寄せ、愛用のVR楽器で展開した光の鍵盤でBGMを奏でていたソレイユは子供達の熱中ぶりにひっそり戦慄した。
 偶々持って来ていた愛読書『名探偵こあらの事件簿~青いユーカリの秘密~』がまさかこれほど受けるとは。
 いややはり子供にこそ受ける物語とキャラでしょうかとユーカリを齧れば事件解決な有袋類探偵の姿を思い浮かべてみる。間違いない。ソレイユは力強い確信を得て頷いた。
 まあ子供達と仔狐の少年がばっちり打ち解けて楽しんでいるなら、それでよし!
 やがて物語が終幕を迎えれば、
「楽しゅうございました……! 友と遊ぶとはこんな心地なのですね……!!」
 有袋類探偵の活躍の余韻に頬を紅潮させたしゃらは一休みとばかりにソレイユの隣へぽふり。腰をおろせばほんわりと香り立つのは甘い肉桂、すなわちシナモン。その甘さをすっきりとさせるのがユーカリであることを教えるべきか悩みつつ、
「歳近い友人は、しゃらの近くには居なかったのですか?」
「私は……よく覚えておりませんが、屋敷の奥で休むばかりの身でした」
 懊悩など全く覗かぬ微笑みで訊けば、病がちであったらしい仔狐の少年が寂し気に微笑み返すから、
「私も練習ばかりの日々でしたから、同じですね」
「そうだったのですか! ソレイユさまと同じ……!!」
 子供らしい遊びなど識らなかったと改めて己の幼き日々を思い返したソレイユが過去の日々を語れば、お揃いの歓びに狐の尻尾をぴこんと立てたしゃらから、茉莉花に似た花の香りがふわりと咲いた。彼が香水の主役に望んだ、沙羅双樹の花の香り。
 最初は大切に香水瓶を懐に仕舞い込むつもりだったらしい仔狐の少年に、香水は実際に身に着けてみなければ本当の香りは分かりませんよ、と教えたのはソレイユで、
「そうだ、次はお兄ちゃんが朗読して!」
「弾き語りってのやってみせてやってみせてー!」
「私がですか……!? 分かりました、演奏家の名にかけて、名探偵こあらの名にかけて、見事こなしてみせましょう!」
「わわ、流石にございます、ソレイユ様……!!」
 期待に瞳を輝かせた子供達の願いに見事応えたソレイユと、物語の頁を捲る役割を務めたしゃらが一仕事終えた頃、最後に落ち着いた白檀がほんのりくゆる。ほんの少しだけ淡くバニラが香る様が、先程のバニラアイスを思わせるのが嬉しくて、
「私もいつか誰かの導きになれますよう……」
 香水のことも教えてくれた憧れの先達たるソレイユを見上げれば、彼の手で金の星時計が暦をくるりとめぐらせる。
 夜空はまだ漆黒の闇に彩られたまま。星彩が輝き流れる光の河が夜闇を美しい青紫に光で霞ませる様も美しいけれど、彼は北天を仰いで星時計の芯に北極星を重ねた。指針で北斗七星を追えば、今の時刻も示される。
 刻一刻と、皆の旅立ちの時が近づいている。
 ――たとえ忘れてしまっても、心に幸せで満たされた欠片が残っていれば、
 ――その煌きが、暗闇を導く星となるから。
 ここですごした、数多きらめく星々のごとき思い出も、きっと。
 夜が明けたら確りと、自分達ディアボロスを信頼して子供達を預けてくれた親達の許へ彼らを送っていって。
 別れの時には、またね、と笑顔で子供達に手を振るのだ。
 彼らの未来にも星の加護がありますようにと、星の祈りをそっと、込めながら。

 何処かの盤上世界での聖句と同じくらい印象的な名台詞というか迷台詞、
 夏草香る夜風に乗って耳に届いたそれが途轍もなく気になってしまうけれど。
 眠たげな眼をこすった小さな子供達が、ぽふり、ぽふり、と自慢のふっさふさな狐尻尾に埋もれていけば、ヤコウはそっと宵紫の瞳に春の菫の優しさを燈し、子供達の頭を柔らかに撫でた。任せて、と口の動きだけで請け合ったメルクリオが、薄い掛け布でふわっと子供達を覆って寝かしつけていく。私じゃもう尻尾で眠るのは難しいかしらと眉を寄せ、
「そうだ! 私が眠る時はヤコウに腕枕してもらっちゃおうかな!」
「えっ」
「あはは大丈夫、冗談よ! 腕枕して寝たら翌朝腕が死ぬってパパが言ってたもの、腕は職人の宝物! だもんね?」
 大人をからかってみたい年頃のおしゃまなヴィルジニアがくるり回れば、ふわり翻るはヤコウが腕を揮った職人技の結晶。
 歌劇の舞台衣装としてのみではなく、現実の晴れ着としても使える衣装は妖狐の繕い屋から子供達みんなへの贈り物。勿論揃って育ち盛りだからすぐに着られなくなってしまうだろうけれど、子供達が未来へ歩んでいく証と思えばそれさえ幸福で。
「ええ、宝物ですとも。ヴィルジニアさんもですよね? 折角ですし、御二人の将来の夢を聴いてみたいな」
「勿論ママの技術を受け継ぐレース職人! この国にもオーストリアにも私のレースを大流行させてみせるんだから!」
 訊ねてみればヴィルジニアからは打てば響くように返る答え、
 だが一拍遅れて口を開いたメルクリオの声音は、遠慮がちにも迷いに揺れるようにも聴こえた。
「大人になったらさ、学園の先生になりたいんだ。……だけどやっぱり、大学とかにいかなきゃ難しいのかな、って」
 庶民には高等教育など夢のまた夢であるこの時代、彼や彼の家族にとって大学へ進むことなど途方もない贅沢なのだろう。然れど少年の路は閉ざされてはいないと識っているから、ヤコウは片目を瞑って年若い友へとアドバイス。
「大丈夫ですよ、ジャンマリオさんに相談すれば、彼は必ずメルクリオさんの力になってくれるはずですから」
 確りメルクリオの心の拠り所となっているのだろう学園で教壇に立ちたいという夢も、その向学心もきっと大いに歓んで、ジャンマリオは惜しみない援助を約束してくれるだろう。何しろそれは彼にとって、
『狡猾な商売人としての遠大なる投資活動であるのだからね~』
 実にタイミングよく聴こえてきた小さな子供の寝言で、三人は声を殺して爆笑するという技能を会得した。勿論小さな子を起こしてしまわないため。妖狐のふっさふさの尾に埋もれて遊ぶ夢の国でジャンマリオの物真似でもしているのか、その子の寝顔は彼そっくりの狡猾顔で、それもまた三人の笑みを誘う。ひそやかながらもたくさん笑いつつ、願わずにはいられない。
 ――未来への路を開かれたパルマでは、誰もが希望を胸に咲かせて歩いていけるから。
 ――皆の未来に、祝福を。
 思い返せば本当に、皆と、パルマのひとびとと、たくさん笑った日々だった。
 最初の一報こそ強い焦燥がエトヴァの胸の裡を灼いたけれども、心許せる仲間が一緒にこの地へと翔けてくれたから、この始まりの地での夜は楽しい想い出として今もこの胸にひかる。翌日に出向いた支援での出来事も、ジャンマリオの件もあって楽しく語らえるひとときに変わって。
 当時の『パルマ公国拠点化計画』が『パルマ公国継続支援計画』へと発展してからはなおのこと――と思い馳せたところで偶々ジャンマリオの物真似な寝言が聴こえてきたものだから、
「だ、駄目だレイさん、声あげて笑っちゃ……」
「が、頑張ります、ボク達もあの声を殺して爆笑する技能を会得しなきゃですね……!」
 肩を震わせながらエトヴァとレイは、夢の国に遊ぶ子供達の眠りを護るために再び夏草の草原へと歩き出した。歩くという行動は不思議なもので、思考が健やかに活性化されていくものだ。提案を纏めるために頭を悩ませた日々も、提案そのものを行うべきかで頭を悩ませた日々も、今はゆったり柔らかなひかりの流れみたいにエトヴァの胸の裡をやさしくめぐる。
 提案した彼自身も、彼の提案を支持してくれた皆も。
 葛藤と一切無縁であったはずもない。一度も思い悩まなかったはずもない。
 この提案とは別の、グランダルメ全体の攻略に関わる提案を通すべきなのでは、と、思い悩んで眠れぬ夜をすごしたことが一度もなかったはずもない。
「だが、ほんとうに……提案してよかったと、そう思っているよ」
「ボクもそう思いますよ。パルマのひとびとは勿論、ボク自身もたくさん救われましたし、他のみんなも、きっと」
 眼差しを緩めればエトヴァの蒼穹の瞳に星を思わす銀の煌きが優しく揺れる。穏やかに笑みを咲かせて応えるレイの声音が星のひかりのように優しくこころにともる。
 パルマのひとびとの支えと、援けとなれたことは疑いようもない。
 それだけでなく、戦いの日々に疲れたディアボロス達の癒しとなったこともあるだろう。明日へと歩んでいくための、力となれたこともあったろう。数多の幸せが生まれたのだな、と吐息で笑む。
「俺は、ひととの出逢いは、いつも星のようだと感じるんだ」
 輝く星に出逢い、織り成して星座を描き、星々の光は、俺自身の軌跡とも重なって。
 ――この街を、もう故郷のように感じている。

 口にしてみればそれは、とても、とても幸せな言の葉だった。

 ひときわ柔らかな笑みを咲かせ、ロマンティックですねとレイが夜空を仰ぐ。自身の瞳で星を観ることは叶わずとも、皆の幸せそうな笑顔が、子供達の幸せそうな笑顔が、素敵な星空なのだと教えてくれる空。
「この空にエトヴァさんの星、ボクの星も輝いて居るのかな」
「ああ、俺も、レイさんの一等星も輝いているよ」
 迷わず彼がそう応えてくれたなら、旅立ちのときがいっそうレイの胸に万感となって迫る。
 今ここパルマからのみならず、いずれは戦いの日々そのものからも旅立つときが来るのだろうか。
 ――ボクと貴方と、ともに戦う仲間達。
 ――この戦いが終わった後、皆はどうするのかな。
「星の様に輝く出逢いを果たし、同じ星座になって。そして……いつまでも輝ければいいのに……」
「ああ。それが叶うなら、とても素敵なことだな」
 望んで跳び込んだはずではなかった戦いの日々も、大切な仲間達のおかげで掛け替えのない日々へと変わった。
 刻逆という未曽有の災禍のただなかにありながら、世界は《七曜の戦》というまたもや未曽有の展開を迎えつつあるから、先のことなど誰にも判らない、だからこそ今を懸命に生きていこう。
 この瞬間を、何よりも大切なものにするために。
「ねぇ、エトヴァさん」
「ああ。夜空に、ほしの歌を響かせよう」
 始まりの夜と同じにと望めば、彼の望みも同じであったと思える微笑みが返った。
 夏草の草原に立って、胸を開く。ゆったり星空まで歌声を届けて暮れそうな夜の風に大きな深呼吸をして。
 蒼穹と翠玉の眼差し交わし、花開く唇から咲かせる歌声が織り上げるのは、優しい優しい、ほしの歌。
 星のきらめき、祈り。
 何処までも優しく、それでいて明るくテンポよくアレンジされた、ほしの歌が、星空の草原のあちこちに燈された焚き火の暖かさを、焚き火のまわりに咲いた笑顔を、歓びを、幸せを、星空まで連れていく。歌声で、航路を描きだす。
 胸に溢れんばかりの想いをすべてエトヴァは、何処までも音域が広がるかに想える己が歌声に乗せた。
 この日、この場所で、俺達が、
 パルマのひとびとが、紡いでいく航路を描いて。

 旅立ち、また歩んでいく、
 この軌跡を、忘れないよ。

 星のうたに誘われれば勿論自然と蜜色の瞳は、天に広がる星々の輝きを映し出した。北天を仰ぎ見ればノスリの手で煌きを廻らせるのは、明け星輝く星時計。暦の円盤を廻らせ中心を北極星と重ねたなら、己と星時計職人だけが識るやりとりを思い起こした。先刻ショコラの瞳から零れて明星に跳ねた涙も、零れた声音も、己だけが識っている。
 指針で北斗七星を捉え、文字盤の時刻を読んだなら、聴こえてきたのは小さな足音。
「ノスリお兄、ちゃん……!」
「おいで。星を見せてあげる」
 焚き火の傍でうとうとしはじめたミリアムをテントで寝かせてやったのだけれど、どうやらノスリの気配が傍に無いことに気づいて目を覚ましたらしい。少女が駆け寄ってくる様に目許を和ませ、抱きあげてやれば、わあ、と歓声が咲いた。
 彼もまた己の身長に心の余裕が持てる派閥に属する者、高い肩に乗せてやれば星空に呑まれる心地もしただろうか。星々に見入るミリアムの眼差しも横顔も耀く様に笑んだなら、
「あっ! ノスリお兄様、私も私も……!!」
「僕も僕も! って、いけるかな?」
「大丈夫だ、ノスリ兄ちゃんだったら俺らだって楽勝に決まってる……!!」
「あははぁ、随分信頼されてるなぁ。でも大丈夫、勿論信頼には応えるとも!!」
 絶品バニラアイスを堪能していた子供達も目敏く駆け寄ってくるから、代わる代わる抱きあげてやる。少年達は冬から大分背が伸びたけれど、彼らの父親にはもう難しくとも、大きな猛禽なら難なく抱きあげてやれるから。
 星のうたが廻って二周目に入ったなら、
「……ノスリお兄、ちゃん……。あのね、あたし、おおきくなったらね」
 おうたをうたうひとになりたいの。小さな少女がぎゅっと首に抱きついたままそう語ったから、
「あっは! 素敵じゃないの、ミリアムの夢!」
 歌唱技能LV105とかいうとんでもなく歌の上手いお兄サンがいるよ、なんて弾ける笑みで夏草の彼方のエトヴァ達へと蜜色の眼差し向け、ミリアムを抱きあげたままパルミロ達も促して、きっと子供達に歓んで歌を教えてくれるだろう仲間達の許へとノスリは歩きだす。
 小さな少女はこれから歌の練習に励み、頑張って人見知りも克服して、瑞々しく花開いていくのだろう。
 成長を見守ることはできないけれど、子供達をこうして抱きあげ背を押して、くしゃりと髪を撫でたこの手のぬくもりが、これからの日々を、未来への路を歩いていくための、ささやかな後押しになればと願う。
 たとえただいまをいう機会が、二度と逢うことがないのだとしても、最終人類史への奪還が叶ったパルマの地で、この地の友人達の子孫と出逢える希望は強く消えずに煌くから、別れはきっと次の再会、あるいは次の出逢いの始まりで。
 ――だから、きっと夜明けに迎えるそのときには、
 ――さよならではなく、Buon viaggio!
 皆それぞれに、果てなき未来へ旅立とう。
大成功🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​
効果1【口福の伝道者】がLV12になった!
【強運の加護】LV1が発生!
【勝利の凱歌】がLV3になった!
【液体錬成】がLV4になった!
【活性治癒】LV2が発生!
【飛翔】LV1が発生!
【アイテムポケット】LV1が発生!
【アイスクラフト】LV1が発生!
【建物復元】がLV6になった!
【壁歩き】LV2が発生!
【修復加速】LV1が発生!
効果2【グロリアス】LV1が発生!
【ガードアップ】がLV6になった!
【反撃アップ】がLV4になった!
【能力値アップ】がLV7になった!
【ドレイン】LV2が発生!
【ダメージアップ】がLV3になった!
【ダブル】LV1が発生!
【命中アップ】LV2が発生!

最終結果:成功

完成日2023年07月05日