リプレイ
●感謝をこめて
森の中の小さな村で、今日はささやかなパーティーが開かれていた。
屋外にはアベルが森の木で作ったテーブルに丸太の椅子が準備され、テーブルの上には森で採れたきのこや果実などを使ってティナが作った料理が並ぶ。
「おばあちゃんに教えてもらった料理なの」
村の人々へと優しい笑顔を向けながらティナはそう口にした。この村で年老いたイネスを優しく受け入れてくれたことも本当にありがたかった。
ティナが腕によりをかけて作ったのは、きのこを包んだパイのような料理に、きのこと野菜たっぷりのシチュー。かまどで焼いたパンは焼き立てで、料理にも合うだろう。
テーブルの上には、森で摘んだ花を飾って。デザートには森になっていたりんごのような果実で作ったパイ。
楽しい宴も森の木々が遮り、空を飛ぶドラゴンからは見えないだろう。
「たくさんの人に支えられて……わたしたちが今ここにいられることに感謝しています」
隣にいるアベルを見つめ、そうして関わった大切な人たちを思う。顔や名前を思い出せなくても、感謝の気持ちは忘れたくないから。
「ささやかですが、どうか楽しんでくださいね」
嬉しい来客がやって来ることをティナたちはまだ知らない。
龍音・炎華
へえ、ティナさんね。
竜の花嫁に選ばれただけあって素敵な女性みたいね。
べ、別に連れ去りに来たわけじゃないわよ!
ティナさんとアベルさんをお祝いに来たんだから。
初対面になるしちゃんと挨拶もしないといけないわね。
食事も楽しませてもらうわ。
限られた食材を使っての心が込められた料理なのだから
美味しく食べないわけにはいかないわ。
うん、見事な物よね。
でも食べてばかりなのも悪いし、出来るだけ手伝わせてもらうわ。
そうね火を操るのは得意だし、料理を煮込むのに役立てればいいかしらね。
「うん、料理から温かい思いが伝わってくるわね」
「火加減は間違えないわよ」
相原・相真
早めに吉報を届けられそうで何よりです
さて、ティナさんたちはどうしているかな…?
ティナさんたちのいる村へ向かい、彼女たちへ挨拶
「先日はどうも。お元気そうでよかったですよ」
避難についてはひとまず後から
まずはパーティーのお相伴に与かるとしましょう
せっかくのパーティー、俺も一品作ります
パン窯を借りてピザでも焼きましょうか
【アイテムポケット】で食材を持っていき色んな具材で作ったら皆さん楽しんでもらえますかね?
もちろんティナさんの料理もいただきます
最近の様子とか聞きながらゆっくりいただきましょう
ティナさんたちがこうやって過ごすことができるようになったなら、
頑張った甲斐があったというものですね
アウグスト・フェルニール
ティナさん達、あの後幸せにやれてるといいんですが。
正直すぐ名乗り出る必要はない気がするので、最初は何でもない一参加者を装いつつ
遠くからティナさん達を観察します
恋人とお祖母様と、つまりは家族と幸福に過ごせているようなら何よりです。
そういう姿が見られれば嬉しいな……
で、このディヴィジョンの時代は特に平民は肉や魚を食べる機会が少ない筈っていう話を
新宿島で世話になってる店のマスターにぼやいたら
「持ってけ」って下拵え済みの肉をめちゃくちゃ持たされたんですけどどうしようコレ
調理場を借りるとなると……流石に名乗り出た方がいいよね
お久しぶりです、お肉持ってきたので焼かせてもらっていいですか?
皆で食べましょう。
エトヴァ・ヒンメルグリッツァ
ラズ(g01587)と
連携アドリブ歓迎
……やあ、久しぶり
お祝いに、と紅い花束差し出して
ティナさん、アベルさん、婚約おめでとう!
ラズと心から祝福を
約束通り、迎えに来たよ
二人なら、どこでもやっていける
どうか末永く幸せに
出会った頃の昔話もしようか
ラズと宴を盛り上げよう
二人のいた村の祭り、豊穣を祝う舞の曲をチェロで奏でる
ラズの余興に合わせて、楽し気に演奏
皆で楽しく踊ろう
詩の弾き語りを贈る
それは慕いあう娘と青年の物語
娘が手ずから染めた糸、愛に駆ける青年の献身
紅い運命の糸は固く結ばれ
海を越えて絆を育むだろう
ラズのお手を受けとめたら
手を引いて、ラズと一緒に踊ろう
(こそっと【口福の伝道者】で料理増やしておく)
ラズロル・ロンド
アドリブ歓迎
エトヴァ(g05705)と並んで参加
ティナ君~、アベル君~!
また会えたと再会を喜ぶ
結婚したの!?それはおめでとう!
僕等もそうなってくれたらなって
ずーっと思ってたからすっごく嬉しいよ
お似合いだねと二人を元気付けて
出会った時の昔話しをしたりして…
ここは余興でも
ある時は華を咲かせるマジシャン
またある時は麗しき赤いドレスの花嫁
その実態は…従順で賢いお狐様!
クルっとバク転すると狐変身で白狐姿になりドヤッと得意げ
駆け回って飛び跳ねて会場を楽しませる
楽しい音楽が流れれば曲に合わせて踊るように
エトヴァの所へ行くとタシッとお手すると
人に戻ってそこからはエトヴァと踊ろう
美味しい料理も頂いて楽しい一時を
備傘・鍬助
こっそりと様子を窺うとするかな
治療後の経過観察も医者としての責務だと思うのだよ
無病息災ならば、問題ないだろうしな
私の様な恐怖の記憶を思い浮かばせるような人間は、余り姿をみせない方が心身の健康に良いというものだよ
しかし、因果というか、なんというべきか…
こうやって、見守れるのも、復讐者になったからなのだろうかなぁ…
さて、ご飯を食べさせてもらうだけというのも、医者としてのプライドにかかわるし、何か芸ができるわけでもない
と言うわけで、こっそりと健康相談に乗りつつ、軽く整体など施してみよう
さっきも言ったが、心身の健康はとても大切なのだよ
私、ワーカホリックなのかなぁ?
アドリブ、絡み、好きにしてくれ
●感謝と幸福の祝宴
「あそこね、パーティーをやっているのは」
パラドクストレインで目的の村までやって来た龍音・炎華(龍炎華・g08596)は、ささやかなパーティーの様子に目を細める。
亜麻色の髪をした優し気な眼差しの娘が、率先して料理の給仕をしたり、村人へと笑顔を振りまき談笑している。そのそばには彼女を優しく見守る婚約者であろう若者の姿。
「あの人がティナさんね」
面識はないが、その様子を見れば竜の花嫁に選ばれただけあって素敵な女性なのだと炎華にもわかる。
「初めまして、ティナさん。私は龍音炎華って言うの」
丁寧に名を告げ、炎華は微笑みながら挨拶をする。
「初めまして……あ、あなたはもしかしてわたしたちを助けてくれた方の……」
「そ、仲間よ」
排斥力によって失くしていたディアボロスに関する記憶が蘇ったティナたちは、嬉しそうに炎華に微笑むと、だがふと思い直して心配そうな表情を浮かべた。
「もしかして……また、何か危険が迫っていたり?」
「ち、違うわ! ドラゴンがまた連れ去りにきたわけじゃないし!」
今まで二度ほど危機を救われているのだから、不安になるのも仕方がない。
「それなら安心しました」
ティナの婚約者アベルがほっとしたように胸を撫でおろせば、仲良さそうな二人を見て炎華も笑顔を見せる。
「私はティナさんとアベルさんをお祝いに来たんだから」
「まあ、ありがとうございます!」
「ええ、すぐに他の仲間も……」
「ティナさん、アベルさん。先日はどうも。お元気そうでよかったですよ」
そこへタイミングよく相原・相真(人間のガジェッティア・g01549)もやって来ては、二人へ挨拶する。
「相真さんも来て下さったのですね!」
キャメロットでの脱出で大変世話になった二人は感激した様子で再会を喜ぶ。
「あの時、約束しましたから」
「アイルランドに向かう船の話ですね」
ティナとアベルは顔を見合わせ頷きあう。やはりあれは夢でも幻でもなかったのだ。
「はい、その話はまたあとでゆっくりしましょうか。皆さんもパーティーを楽しんでいるようですし」
村人たちは来訪者を珍しそうに見ていたが、ティナが親しげな様子にパーティーを楽しむ客が増えたのだと寛容に受け入れていた。
「はい、お二人もお料理食べていってくださいね。お口に合うといいのですけれど……」
「ええ、食事も楽しませてもらうわ」
ティナが器に盛りつけてくれたシチューとパンを受け取り、炎華はありがたくいただく。この時代、この場所で得られる限られた食材を使って、心を込めて作った料理なのだ。美味しくいただかないわけにはいかないだろう。
「うん、料理から温かい思いが伝わってくるわね」
「お口に合いましたか? それなら嬉しいです」
幸せそうに微笑むティナの様子に相真は心から安堵する。
(「早めに吉報を届けられたようで何よりです」)
ドラゴンに見つからずこうして無事な姿を見ることができて嬉しく思う。相真が関わった竜の花嫁の数はたくさんで、彼女たち全てが無事にベルファストへと旅立つのはもう少しかかるだろうが、こうして少しずつでも迎えに来ることができるのなら、頑張った甲斐があったというものだ。
「ティナさんの料理とても美味しいです」
きのこを包んだパイを口に運んで頷くと、相真は二人に最近の様子などを訊ねる。
「その後はいかがですか?」
「信頼できる知人を頼って、この村に身を隠すことになりました。とてもよくしてもらっています」
「おばあちゃんも元気です。それから……アベルと正式に婚約して」
頬を染めながら、ティナは幸せそうにそう告げた。
「本当に皆さんのおかげです」
「うん、幸せそうな様子が伝わってくるよ」
「それはおめでとうございます」
炎華と相真の祝福に二人は照れながらも幸せそうに見つめ合って。
「それじゃあ、お祝いも兼ねて私も何かさせてもらおうかな」
「俺も一品作らせてもらえますか」
「それじゃあ、料理の手伝いにするわ」
そう言ってしばらくすると二人は調理場へと向かうのだった。
(「ティナさん達、あの後幸せにやれてるといいんですが」)
同じ頃、森の村へと向かいながら、アウグスト・フェルニール(膝カックンで死にそう系呪術師・g08441)は、キャメロットでの冒険を思い返していた。
新宿島に流れ着きディアボロスとなって初めての依頼は、頼もしい仲間たちのおかげもあって無事ドラゴンから花嫁を救い出すことができた。そのことに確かな手応えを感じたものだ。
村では既にパーティーが始まり、村の人々が楽しそうにティナの料理を口にしている。
ティナとアベルの姿もすぐに目に入ったが、アウグストは敢えて名乗り出ずに、二人を遠くから眺めることにした。祖母のイネスに料理を給仕しては楽しそうな家族のひと時に目隠しの布の下の目を細める。
声をかけなくていいのかと問うように、スフィンクスの『マダム』がにゃあと鳴いた。
「……いいんですよ。呪われた杖や呪詛を扱う僕はこれぐらいで。恋人とお祖母様と……つまりは家族と幸福に過ごせている姿が見れて何よりです」
ほぼ全てを奪われた中、アウグストは残った僅かな記憶を思い出す。父と母がいて、けれど愛された双子の兄と違って自分は必要とされなくて。それでもそんな自分を愛してくれた兄のことだけは、奪われた記憶の残滓として残っているのだ。
家族が幸せに過ごしてほしい。だからこそ、そう無意識に願ってしまうのかもしれない。
パーティーには他のディアボロスも参加していたので、村の人々は見知らぬ客がいても気にせず、飲み物を勧めたりと歓迎してくれた。そうしてしばらくは遠くからティナたちの様子を眺めつつ、料理をいただいていたアウグストだが、新宿島から持ってきた手土産へとそっと視線をやる。
幻想竜域キングアーサーのディヴィジョンは西暦501年。この時代の、特に平民は肉や魚を食べる機会が少ないのだという話を世話になっている店のマスターの前でぼやいていたら、きっぷのいい武闘派カフェマスターはこの機会に「持ってけ」と下拵えの済んだ肉を山ほど渡してくれたのだ。
「このまま渡すより、やっぱり調理してからの方がいいに決まってるか……」
マダムも背中を押すようににゃあと鳴くので、調理場を借りるべく、アウグストはようやく名乗り出る決意をするのだった。
「あ、アウグストさんも来てくださってたのですね!」
だが、その前にティナに声をかけられたアウグストは嬉しそうにこちらに駆け寄るティナへと挨拶をして。
「お久しぶりです。皆さんお元気そうで何よりです。あの、お肉持ってきたので焼かせてもらっていいですか?」
「まあ、お肉ですか。そんな貴重なものを……ええ、調理場は自由に使ってください」
「ありがとうございます。たくさんあるので、村の方々も、皆で一緒に食べましょう」
調理場へ向かえば、炎華と相真が既に調理を開始していた。
「皆さんも料理中だったんですね」
「あら、あなたも? 火を操るのは得意だから、火加減は任せて!」
ちょうどパン窯を使って、相真が【アイテムポケット】で持ってきた食材でピザを焼いているところだった。火加減は炎華がパラドクスで調整し、いい焼き加減で焼きあがっている。
「せっかくなのでいろいろな具材で焼いてみました」
以前ベルファストの復興を手伝った時も相真は現地で豚汁やおにぎりを作って振舞った。料理が上手なのはいつも愛情たっぷりの料理を作ってくれた母の姿を見ていたのも大きいだろう。
マルゲリータにペスカトーレ、ビスマルクなど種類も豊富に用意して。
アウグストも下拵えを済ませた肉を順番に焼いていき、火加減も炎華が調整してくれたので、レアやミディアムなどいろいろと用意できた。
「これでパーティーがもっと賑わいますね」
喜んでくれるだろうティナや村人の様子を想像し、調理にも力が入るのだった。
同じ頃、パーティー会場を訪れたのは、紅い花束を携えたエトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)と、その隣に並んだラズロル・ロンド(デザートフォックス・g01587)。
「おや、今日は本当に嬉しい顔がいっぱいだねえ」
二人を見つけたティナの祖母のイネスが顔をくしゃくしゃにして喜べば、エトヴァとラズロルも懐かしそうに微笑むと挨拶する。
「イネスおばあちゃんお久しぶりだね!」
「その後身体の方はいかがだろうか?」
おかげさまでと頷くイネスは、本当に助けてくれた皆に感謝しているのだとしみじみと述べる。
「おかげでティナとアベルもようやく一緒になるみたいでね……婚約したんだよ」
「それはおめでとうございます」
「結婚するの? お祝いしなくちゃね」
ぜひ本人にも言ってやってとイネスはパーティー会場の中心にいるティナとアベルを指差した。
「ティナ君~、アベル君~!」
ぶんぶんと手と尻尾を振りながら、ラズロルが声をかければ二人は振り返り、ぱあっと輝いた笑顔を見せる。
「ラズロルさん、エトヴァさん!」
「……やあ、久しぶり」
元気なラズロルと対照的に落ち着いた調子で紡がれたエトヴァの言葉だが、同時に差し出された紅い花束と共に、春先に初めて出会った頃から築いた信頼と友情を感じさせる温かいものだった。
「イネスさんから聞いたよ。ティナさん、アベルさん、婚約おめでとう!」
「結婚するんだってね。おめでとう! 僕等もそうなってくれたらなってずーっと思ってたからすっごく嬉しいよ」
二人の心からの祝福に感激した様子のティナは瞳を潤ませながら花束を受け取る。
「ありがとうございます……この花に何度も勇気づけられました。ドライフラワーもちゃんとまだ手元にあるんです。故郷に置いてあったのをリタがここまで届けてくれて……」
「はい。本当に皆さんのおかげです。何度も諦めかけたのに、その度に救ってくださって……必ずティナと幸せになります」
「うん、二人はお似合いだしね。新しい場所に行ってもきっと大丈夫!」
ラズロルの言葉にエトヴァは頷き、最後に交わした約束を果たす。
「約束通り、迎えに来たよ。二人なら、どこでもやっていける。どうか末永く幸せに」
「はい。アイルランドに行く心づもりは出来ています。せっかくですから、ぜひパーティーも楽しんでくださいね」
ティナが差し出してくれた料理を受け取り、それらを楽しみながら出会った頃の話をすれば、この短い間にいろいろとあったのだとしみじみ思い出す。
「まだ一年経ってないけど、いろいろ懐かしいねぇ……あ、パーティーといえば余興だね」
「なら、俺は演奏で盛り上げよう」
昔話にも出たのは、ティナとアベルを運命の糸で結んだという豊穣を祝う祭り。その後同じ糸を持つ男女が祝いの舞を共にするのだが、エトヴァが演奏するのは、その豊穣を祝う舞で奏でられていた曲。
「本当に懐かしいわ……アベル、踊りましょう?」
「ああ、ティナ。あの頃のように」
二人が手を繋ぎ踊り始めれば、村の人々も続くようにその輪に加わって。
「さあ、みんな楽しく踊ろう!」
会場の人々に声をかけつつ、ラズロルは皆の注目を集めると、とっておきの余興を披露する。
「さあさあ、お立ち合い! ある時は華を咲かせるマジシャン。またある時は麗しき赤いドレスの花嫁……」
竜の花嫁の前で手品を見せ、あるいはその身代わりを買って出た何でも器用にこなすラズロル。
「その実態は……従順で賢いお狐様!」
その場でくるっとバク転をするや、見ている者にはわからない速さで白狐の姿に変身したラズロルは、狐姿でもわかるぐらい得意げに胸を張っていた。
「わあ、すごい! おにいちゃん消えちゃった!」
「大道芸でもこんなすごいのは見たことないなあ」
まさか変身したとは思わない村人は驚きと共に拍手を送る。拍手を受け得意げな白狐は、ぴょんと飛び跳ねては会場中を駆け回る。
「わたしにはわかりますよ。ラズロルさんですね」
ティナが微笑んでくれたので、尻尾を振って応えると、エトヴァの演奏で楽しそうに踊る人々の間を盛り上げるように走り回るのだった。
皆が踊り始める少し前。同じく村へとやってきた備傘・鍬助(戦闘医・g01748)は、遠くからティナやアベルの姿を窺うのだった。
思えば初めは竜の花嫁というものを受け入れる花嫁や家族の価値観をおかしいと教えてあげるところからの出発だった。新宿島でも古びた医院を立て直している鍬助であるので、医者として出来ることは何かと考えながら関わっていく依頼でもあった。
(「治療後の経過観察も医者としての責務だと思うのだよ」)
どうやらティナも竜の花嫁としての誇りや責務などから解放され、歪んだ価値観などは消えてなくなったようだ。
(「無病息災ならば、問題ないだろうしな」)
彼女たちは今幸せのようだ。鍬助を見たら恐怖の記憶が思い浮かぶのではという懸念から敢えて姿を見せないことにした。その方が、心身の健康に良いと思うから。
それでもそっとパーティーへと参加しては、ティナが作った料理をいただく。美味しい料理が作れるということも彼女が健康な証だろう。
ティナとアベルは、見知った仲間と楽しそうに談笑している。
(「しかし、因果というか、なんというべきか……」)
傍観者のような立場に立つ自分にしみじみと鍬助は思いを馳せる。
(「こうやって、見守れるのも、復讐者になったからなのだろうかなぁ……」)
「鍬助さんも来てくださってたんですね」
そんなことを考えているうちに、どうやらアベルに見つかったらしい。
「息災のようだな」
「はい。皆さんのおかげです。鍬助さんにはいろいろと背中を押してもらい……ようやくティナと婚約することができました」
「それはおめでとう」
そうして見つかってしまったので、アベルやティナと話していれば、辺りにはエトヴァが奏でる音楽が流れ、人々は踊り始める。
(「鍬助君、発見! さあさあ踊って!」)
「いや、私は医者だから躍るより他にするべきことがあるだろう」
狐姿で駆けてきたラズロルが踊りの輪に加わるよう身振り手振りで誘ってくるので、柄でもないので断ることにして。
気が向いたら踊ってねというように尻尾を振って駆けて行った白狐は、エトヴァのもとに辿り着けば、タシッとお手をして顔を見上げる。それを受け止めたエトヴァはその愛らしさに微笑む。
「俺たちも踊ろうか」
「うん!」
人の姿に戻ればラズロルも満面の笑みで頷いて。そうして二人は手を取り合い踊るのだった。
「さて、ご飯を食べさせてもらうだけというのも、医者としてのプライドにかかわるわけだが……」
かといってあの二人のように芸が出来るわけでもない。ならばやはり医者として健康相談に乗ったり整体で身体をほぐしたりするのがいいだろうか。
「鍬助さん、来てくださって嬉しいです」
「息災そうで何よりだ。この村で治療は必要だろうか?」
嬉しそうに近づいてきたティナにも挨拶を返せば、ティナはその言葉を待っていたように顔を輝かせて。
「おばあちゃんを診てくださいますか? 腰が悪いので鍬助さんに診ていただければ嬉しいです」
「ああ、もちろんだ。心身の健康はとても大切なのだから」
その後も村の人々の健康の悩みを聞いたり整体を施したりと時間は過ぎて。
(「私、ワーカホリックなのかなぁ?」)
パーティーに来たはずが、ついつい仕事をしてしまう。だがそれが自分なのだと納得もするのだった。
そうして皆が踊りを充分に楽しんだ頃。
「お料理できたわよ!」
追加の料理を持って炎華と相真、アウグストたちが戻れば、美味しそうな匂いにたくさんの人々がテーブルに集まって。
「まあ、皆さんでこんな素敵な料理を」
ティナが驚きつつも嬉しそうに微笑む。
「珍しいかもしれませんが、気に入ってもらえると嬉しいです」
相真が切り分けたピザを口に運ぶ人々は初めて食べる料理に感動しているようで。
「おにくおいしい!」
小さな子どもが貴重なお肉を幸せそうに食べているのをアウグストも嬉しくなって眺めるのだった。
料理は豊富にあったが、それでも食べ盛りの子どもたちが好きなものを我慢せずに食べられるようにと、エトヴァはこっそりと【口福の伝道者】で料理を増やしておいたので、誰もが好きなものを遠慮なく食べることが出来た。
「それでは二人の門出を祝って……」
そうしてエトヴァは詩の弾き語りを贈る。
チェロが奏でる美しい旋律に朗々と紡がれるのは運命に揺れた二人の話。
それは慕いあう娘と青年の物語
娘が手ずから染めた糸、愛に駆ける青年の献身
紅い運命の糸は固く結ばれ
海を越えて絆を育むだろう
幸せそうに弾き語りに耳を傾けるティナとアベルの瞳には、確かに未来への希望が輝いていたのだった。
大成功🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
効果1【熱波の支配者】LV1が発生!
【アイテムポケット】LV2が発生!
【口福の伝道者】LV1が発生!
【狐変身】LV1が発生!
【活性治癒】LV1が発生!
効果2【反撃アップ】LV1が発生!
【先行率アップ】LV2が発生!
【凌駕率アップ】LV1が発生!
【ダメージアップ】LV1が発生!
【ドレイン】LV1が発生!
●船出の前に
楽しいパーティーの時間は過ぎ、ティナたちが村人にも恩返しが出来たところで、ディアボロスたちはアイルランドに向かう手はずを説明した。
この村からグレイスブリンガーが停泊している沖合の近くまで、ティナとアベル、イネスに馬車で向かってもらい、現地でディアボロスが合流し、船に乗るという流れだ。
ティナたちが移動している間、ディアボロスはパラドクストレインでマンチェスターへと向かう。
もう一つの目的、小麦の回収である。もとはアイルランドへと輸送するはずの小麦だ。腐らせるくらいなら必要とされる場所で有効活用するまでだ。ディアボロスがその輸送を手伝うというだけ。
どの農家でも大量の小麦を余らせているが、直接交渉するよりは、彼らが気づかないうちにこそっと運び出してしまうのがいいだろう。農作業をしている時間か、寝静まった夜中なら気がつかないだろう。後日小麦が減っていることに気づいても、ドラゴンが何かの理由で持って行ったと思うので問題もないようだ。
大量に運ぶことは難しいが、【アイテムポケット】を利用すればある程度の量が確保できるだろう。
マンチェスターに到着したディアボロスたちは、それぞれ小麦の回収に向かうのだった。
アウグスト・フェルニール
良いパーティーでしたね、あんなに楽しかったのは久しぶり…な気がします
さて、次はマンチェスターですか…
アグラヴェイン卿もいずれ斃さねばなりません。が、今日ではない…
夜間を狙って倉庫にお邪魔します
積み上がる小麦から、申し訳ないけど腐っていない物を選んで
【アイテムポケット】に詰め込めるだけ詰め込みましょう
ついでに手紙でも残して、腐った物の処分を促すとか、麦の活用手段を伝授しておくとか
…いや、この近くのクロノヴェーダを倒していく暇が今は無い以上、余計な事はすべきでないか…
せめて病気の発生が遅れるように【クリーニング】をかけていきましょう。というわけで【アイテムポケット】は残留効果の方を利用します。
相原・相真
ティナさんたちの無事も確認できたし、
今度はお土産の準備といきましょうか
夜中にこっそりと倉庫へ侵入
農家の皆さんに気づかれないように気を付けながら小麦の運び出しを行います
【アイテムポケット】の他にも背負子を準備していき、
そちらにも出来るだけ小麦を積んでいきましょう
それと、俺の【アイテムポケット】の1つか2つ分は倉庫内の悪くなってしまっている小麦を入れていき、
村から離れたところで捨てるなどして処分します
村の人たちは処分もしづらいようですし、
綺麗な物だけ持ち出すのではちょっと悪い気もしますからね
使ってもらう【クリーニング】と合わせて、
清掃分で小麦の代金とでもさせてもらうということで
エトヴァ・ヒンメルグリッツァ
連携アドリブ歓迎
……勿体ないことをするものだ
せっかく育った作物、食べてもらう方がよかろうに……
夜中にフード付きの外套に翼を隠し
周囲を偵察し、忍び足で小麦の保管場所に忍び込む
複数の箇所から持っていくのがいいかな
植物知識で、状態の良い小麦を【アイテムポケット】へ詰める
持参の紐付き麻袋にも詰めて、持てるだけ背負う
ラズ、袋開けといてくれる?
小麦を掴んでは詰めて
腐った小麦は選り分けて積んでおく
「廃棄しなさい」と一筆添えよう
時間の許す間は選別をやって
お代の代わりに、戸口にドライフルーツとナッツを入れた袋を吊っておこう
これで栄養状態の改善になればと
皆の御礼の心遣いが微笑ましく
農民たちの気持ちが晴れるといいな
ラズロル・ロンド
マンチェスターの小麦を運ぶんだね
忍び足で気づかれないよう静かに
話しても小声でささっと拝借してこよう
【アイテムポケット】ドサドサ入れて
ええっと、ポケットは…3、4、5個?
一人5個なら沢山運べそうだ
エトヴァに呼ばれれば
おっけーと紐付き麻袋の口を広げよう
麻袋はズボンや胸の服にポケットを作って入れて行く
あと手で持てる分も持ってね
これは、お礼しときたいな
食料は一杯あるわけだから…何が嬉しいかな~?
食料が減って嬉しいのと…害獣とか居そうかな?ネズミとか
小さな落とし穴で良いらしいので
食料に続く道に小さな落とし穴掘っておこう土坑っていうらしい
はは、みんな考える事は一緒だね~
メンバーのお礼の数々にニコニコする
備傘・鍬助
食の問題は、健康問題一番の問題なのだよ
ならば、こういうべきだ
「できるだけ、持っていく」とな…
とはいえ、衛生的に持っていくのが命題でもあるのならば、命危機を使い、中に入ってる医療用の傷薬や包帯を倉庫に物々交換代わりにおいて、空いたスペースにできるだけ詰め込もう
カノポッ君にもできるだけ持たせておく
そして、種籾用に発芽に問題なさそうな綺麗な小麦の種も別でもらっておこう
食用だけではなく、作物を作れる用にしておかないと、一時しのぎになってしまうからな
それにしても、なんかもったいないな…
…これだけあるんだったら、酒作って、パン作って…
…シュトーレンも作れるんじゃないか?
保存食としては優秀なのだよ、あれ
龍音・炎華
パーティーは本当に盛り上がったわね。
次はお仕事に取り掛からないとね。
余っている小麦の輸送ね。
念の為、パーティの時とは違う目立たない服装に着替えるわ。
こっそりと持っていくのは盗人みたいで気が引けるけれど、
迷惑は掛からないみたいだし輸送の手伝いよね。
アイテムポケットに比較的長持ちしそうな
小麦を格納して運び出すわ。
徒歩では見つかりそうなら夜空に紛れる形で
飛翔して迅速に届けるわ。
もし見つかってもドラゴンに見えたりしないかしらね。
代金とかも置いておきたいけれど、
痕跡を残したくもないから、
感謝の気持ちだけは残しておくわ。
「食料が余り過ぎるのも問題よね」
「何だか怪盗にでもなった気分だわ」
●真夜中の運び手たち
ティナたちの滞在していた村を出て、ディアボロスたちがパラドクストレインでやって来たのは、現在潜入作戦が進行しているマンチェスター。
「良いパーティーでしたね、あんなに楽しかったのは久しぶり……な気がします」
ティナたちや村人たちの笑顔を思い出しながら、アウグスト・フェルニール(膝カックンで死にそう系呪術師・g08441)はしみじみと呟く。
「ええ、パーティーは本当に盛り上がったわね。みんなの料理も美味しかったしね」
アウグストの言葉に同意すると、龍音・炎華(龍炎華・g08596)も朗らかに頷く。炎を操り、美味しい料理を作る手伝いが出来たことも炎華にとってはやりがいのあることだった。
「はい。ティナさんたちの無事も確認できたし、今度はお土産の準備といきましょうか」
ドラゴンに見つからず、無事でいてくれたこと。再会を喜び、アイルランド行きを楽しみにしていてくれたことがわかって安心した相原・相真(人間のガジェッティア・g01549)は、人々が寝静まった夜のマンチェスターの街を見つめる。
「ええ、次はお仕事に取り掛からないとね。余っている小麦の輸送ね」
「はい、アイルランドの人のため、そしてマンチェスターの人のためにもなるようですし」
ディアボロスたちの活躍で、ドラゴンによるアイルランドへの支援が断たれ、こうしてマンチェスターでは行き場のない小麦が大量に余っているのだ。
「マンチェスター……アグラヴェイン卿もいずれ斃さねばなりません」
ここマンチェスターは円卓の騎士であるジェネラル級ドラゴン『アグラヴェイン卿』に統治されている。かのドラゴンは農家に溢れる農作物など気にすることなく、普段通りの生活をさせることで人々は感謝すると思っているようだ。そこで人の心を理解できないドラゴンにつけこみ、ディアボロスによるアグラヴェイン卿への信仰心を失わせる作戦が進んでいるところだ。
先日別のパラドクストレインでマンチェスターに向かったアウグストとしては気になるところではあるが、スフィンクスの『マダム』がにゃあと鳴いて首を振ったのを見ては頷く。
「気にはなるが、それをすべきは今日ではない、か……」
「今日はしっかり小麦を運ぶお仕事をしましょ」
それもまたこの地において必要なこと。
そうして三人は目立たないように、それぞれ別の家の小麦を運び出すべく動き出すのだった。
(「夜間にお邪魔します……」)
目についた農家の倉庫に忍び込んだアウグストは心の中でそう声をかけ、積み上げられた小麦を見上げる。
黄金色に実った小麦が無造作に積み上げられるばかりで、奥の方のものは傷んで腐りかけているようだ。
「アイルランドへ届けるためです。申し訳ないですが、腐っていないものを選ばせてもらいます」
小さなポケットに見えるが、しっかりと小麦を収納することが出来るアイテムポケットへとせっせと詰め込んで。みんなで高めた残留効果分、たくさんのポケットへと詰め込めるだけ詰め込んだ。
しかし気にかかるのは腐った小麦の方だ。せめて腐った物の処分を促すか、腐る前に小麦の活用方法を伝授しておけば健康被害も防げると思うのだが。
(「……いや、この近くのクロノヴェーダを倒していく暇が今は無い以上、余計な事はすべきでないか……」)
そう思い直したアウグストは、せめて病気の発生が遅れるようにと、マダムに浄化の風をお願いする。
スフィンクスの翼を広げて飛び上がったマダムが起こした浄化の魔力を乗せた風が、優しく小麦を包み込む。
「いずれここに暮らす人も安全安心に暮らせるように。今は出来ることをやりましょう」
そうして倉庫を後にするのだった。
相真が向かった農家は、家の中にまで農作物を置いているようで、少し開いた窓からも小麦が山と積まれているのが見えた。
(「農家の方々はドラゴンに言われたように過ごしているだけ……せめて健康被害は防ぎたいところですね」)
そうして小麦でいっぱいになった倉庫から傷んでいない小麦をアイテムポケットに詰め込み、それ以外にも準備しておいた背負子へと小麦を積んでいく。
アイテムポケットでもかなりたくさんの小麦を運べるが、相真が背負子を用意したのには理由があった。
(「腐った小麦を村の人たちは処分もしづらいようですし……」)
ならばとたくさんあるアイテムポケットの二つ分に腐った小麦を入れて、そちらは処分することにしたのだ。
仲間たちの協力もあってアイルランドへ持ち出す小麦の量は潤沢。ならば、綺麗なものを持ち出すだけでは悪い気がして、相真は処分役を買って出ることにしたのだ。
アウグストがもたらした【クリーニング】の効果もあって、少しは衛生的な環境になるだろう。
「清掃分で小麦の代金とでもさせてもらうということで」
今はそれで勘弁してもらおうと、相真はたくさんの小麦を回収し、その場を後にした。
パーティーの時と違った目立たない服に着替えた炎華もまた、寝静まってひっそりとした農家の倉庫のひとつに忍び込む。
(「こっそりと持っていくのは盗人みたいで気が引けるけれど」)
けれど余っている小麦に、村人も頭を痛めているようだ。これがアイルランドの人にとって喜ばれる物資となるのなら、この小麦の移動はお互いにとって利益となるだろう。ディアボロスはそれを繋ぐ架け橋となるだけだ。
積み上げられた小麦は見上げるほど大量で。一体この小麦でどれほどのパンが焼けるのだろうか。しかしここに積み上げられるだけで、一向に小麦はパンになることはない。
(「食料が余り過ぎるのも問題よね」)
足りないのはもちろん問題だが、余剰もまた腐敗を伴って健康被害をもたらす。
しんと静まり返った夜の倉庫で、炎華はアイテムポケットに小麦を詰め込めるだけ詰め込んでいく。
(「何だか怪盗にでもなった気分だわ」)
目立たない服を着て、辺りを気にして物を運び出す自分にふとそんな感想が漏れる。
(「できれば、代金とかも置いておきたいけれど……」)
せめて何か代わりになるものをと思うのだが。村人たちはドラゴンが勝手に持って行ってくれたと思うようなので、下手に痕跡を残すのも良くないだろう。だから感謝の気持ちを残しておくことにした。
仲間がもたらしたクリーニングの効果でせめて倉庫内を清潔に保つことにして。
そうして炎華もまた、たくさんの小麦を回収しては、倉庫を後にした。
同じ頃、夜のマンチェスターへとやってきたラズロル・ロンド(デザートフォックス・g01587)は辺りを見渡した。
「ここの小麦を運ぶんだね」
ドラゴンの恵みの雨により生育の良い農作物がどの農家にも山積みになっているという。農家もたくさんあるので、どこか一つに偏らないよう手分けして持ち出すのがいいだろうと、他の仲間もそれぞれ別の場所に向かったようだ。
「あそこの倉庫も扉が閉まらないくらい溢れてるね」
「ああ、ドラゴンは余った農作物のことなど考えず、農家にそのままの暮らしを続けるよう命じているという。全く……勿体ないことをするものだ」
農作物が育つのは当たり前のことではない。このように無事に収穫できた作物は、人々に食べてもらう方がいいに決まっているとエトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は思うのだ。
「どこかでは余らせ、どこかでは飢えている……食の問題は、健康問題一番の問題なのだよ」
充分な栄養が行き渡らなければ健康とは呼べないと、医者らしく備傘・鍬助(戦闘医・g01748)はそう語るのだった。
「必要としている場所があるなら持って行かないとね。幸いポケットはいっぱいあるし」
皆で協力して準備したアイテムポケットの数があれば、かなりたくさんの小麦を運ぶことができるだろう。
「ああ、できるだけ持っていく。それじゃあ、私はあそこの倉庫に行ってこよう」
「では、俺とラズはあちらの方へ」
小声で言葉を交わし、鍬助の背中を見送った二人は忍び足で倉庫へと向かう。フード付きの外套に天使の翼を隠したエトヴァは人目につかないよう周囲を偵察しながら近寄っていく。
どうやら農民たちは夜中に出歩いたりすることもなく、ドラゴンの言いつけを守る素直で真面目な性格のようだ。
「エトヴァ、こっちも大丈夫そうだよ」
逆方向を警戒してたラズロルの言葉に頷いたエトヴァは、早速倉庫内の小麦の回収に取り掛かる。
「……どうやらこちらが新しく収穫されたもののようだな。こちらから詰めていくか」
状態の良い小麦を見抜いたエトヴァはラズロルと一緒にまずはアイテムポケットへと詰め込んでいく。
「これだけあればどれだけのパンが焼けるのかな」
「家族で食べても1年分にはなるだろうな」
アイテムポケットひとつでそれだけになれば、複数個、しかも六人で運び出せば、ティナたちの当座の資金としてもアイルランドの人たちの食料としても潤沢だ。
それでもここで余らせておくのはもったいないと、エトヴァはさらに持参した紐付きの麻袋にも小麦を詰めていく。
「ラズ、袋開けといてくれる?」
「おっけー」
麻袋の口を広げ、入れやすくしてはさらに小麦を詰めこんで。
「これだけもらったんだから、何かお礼しときたいな」
ラズロルはふむと考え込む。食料は食べきれないほどいっぱいあるのだから、他に何が嬉しいだろうか。
「有り余る食料が減って嬉しいのと……あ、食料がたくさんあるなら、害獣とか居そうかな?」
ネズミなどがいなくなればきっと喜ばれると思い、ラズロルは土坑という小さな落とし穴を掘っておく。
「ラズがここに残って狩るわけにもいかないからな」
狐姿の相棒が元気にネズミを追いかける姿を想像し、くすりと笑ったエトヴァは、奥の方に積まれた腐りかけた小麦の方へと視線を遣る。
「さて、問題はこっちだな」
収穫したまま加工せずに積んだままになっている小麦は変色し、カビが生えているのか異臭もする。それらを大丈夫な小麦から離して選り分けておく。
廃棄するように一筆添えておいたエトヴァだが、ラズロルがうーんと首を傾げて。
「この時代の人ってみんな字が読めるかな?」
「そうか。ではこっちの方がわかりやすいだろうか」
画家でもあったエトヴァがさらさらと絵を描けば、腐った小麦を捨てることがわかりやすく伝わるだろう。ドラゴン様の指示とでも思ってもらえれば幸いだ。
あとはひとつの倉庫からではなく、複数から拝借することにして、同じように小麦を詰めこみ、ちょっとした「お礼」を置いていく。
お代の代わりにエトヴァが用意したのはドライフルーツやナッツだ。それらを袋に入れ戸口に吊るしておく。これならば排斥力の影響も受けないだろうし、健康被害が出かねない農民の栄養状態の改善にもなるだろう。
「ドラゴンの仕業って思ってもいいから、役に立つといいよね」
一仕事終えた二人は、そうして倉庫を後にするのだった。
二人と別れた鍬助もまた、倉庫のひとつにやって来ては小麦の詰め込み作業を始めていた。
この村で余り過ぎた農作物を腐らせているというので、この手のものをいかに衛生的に運ぶかというのが鍬助にとって命題でもあった。
「ならば、無菌状態のこれを使おう」
普段は緊急用の医療器具や薬を保管しておくことにも使用しているパラドクス。衛生的な空間でもあるので、ここに保管するのもいいだろう。とはいえ、中には鍬助の仕事道具が入っているので、医療用の傷薬や包帯などを出して、それを物々交換代わりに置いておく。現代の薬などは排斥力の影響でディアボロスが去ったあとは使えなくなりそうなので、包帯やガーゼなど問題がなさそうなもの中心に置いておくことにして。
アイテムポケットだけでなく、 山犬カノポス壺型医療サポート用ロボ【カノポッ君】にも持たせたりと、なるべくたくさんを運び出す。
「これなら大丈夫そうか」
そうして種籾用にと、発芽に問題がなさそうな小麦の種も選り分けておいて。
(「食用だけではなく、作物を作れる用にしておかないと、一時しのぎになってしまうからな……」)
もちろんこのままでも充分役に立つが、後々のことを考えればアイルランドで栽培して自給自足できるようになるのが望ましい。たくさんの人があちらに渡り住むのなら、農業は仕事としても悪くないだろう。
そうしてある程度詰め込み作業を終えてもまだ余りある小麦を前に鍬助はため息を漏らす。
「それにしても、なんかもったいないな……」
もちろんいくらかは食料になっているのだろうが、豊作のせいで大量に余らせている小麦。
(「……これだけあるんだったら、酒作って、パン作って……シュトーレンも作れるんじゃないか?」)
これからの季節にぴったりなクリスマス菓子を思い浮かべる。クリスマスの日までに薄くスライスして食べていくシュトーレンは保存食としても優れているのだ。
ここで作ることは出来ないが、失敬した小麦はアイルランドで様々な食べ物へと変わることだろう。
倉庫を後にして戻ろうとした鍬助は、エトヴァとラズロルが農家の戸口に袋を吊るしているのを目撃する。
「せめてのものお礼代わりに」
「私も包帯なんかを置いてきた。物々交換ってやつだな」
「はは、みんな考える事は一緒だね~」
何かしら感謝の気持ちを伝えたい気持ちは皆同じようだ。
「少しでも農民たちの気持ちが晴れるといいな」
せめて、そう願わずにはいられない。
マンチェスターの憂鬱な雨が止む日もそう遠くないだろう。
大成功🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
効果1【クリーニング】LV1が発生!
【アイテムポケット】がLV6になった!
【飛翔】LV1が発生!
効果2【先行率アップ】がLV5になった!
【ダメージアップ】がLV3になった!
【反撃アップ】がLV2になった!
●祖母の願い
マンチェスターでたくさんの小麦を回収したディアボロスたちは、再びパラドクストレインで移動し、グレースブリンガーが現在停泊している沖合の近くの街でティナたちと落ち合う。
「またお会いできて嬉しいです。……あら、みなさんたくさん荷物をお持ちで……まあ、アイルランドまで小麦を運ぶんですか?」
アイテムポケット以外でも運び出した小麦を見てティナは驚いた様子だが、食料の支援まで行うディアボロスたちの様子にますます信頼を深めるのだった。
「ちょっといいかい?」
さて、沖合に停泊しているグレースブリンガーへとティナたちをどうやって運ぼうか考えているディアボロスたちに、イネスが声をかけた。ティナやアベルたちに気づかれないように離れたところで小声でこう囁く。
「あんたたちにお願いがあるんだ。あの子たちが婚約したっていうのに、大したお祝いもしてやれなくてね。大切なものはリタが少しは持ってきてくれたけど、荷物もほとんどない状態でね。何か贈り物をしてやりたいんだ」
イネスの頼みは、ディアボロスたちにアイルランドへ行く前に何か良さそうなものを見繕って欲しいということだ。イネスが身につけていた指輪を売っていくらか資金を作ったので、そのお金で買ってきて欲しいとのことだった。
この辺りにはちょっとしたものを買える場所はいくつかありそうだ。
「大した額じゃないけど、これで何か買ってきてもらえないかい。何でもいいんだよ、あんたたちからもらえばきっと喜ぶからね。私からお金をもらったのは内緒だよ」
ティナやアベルはドラゴンから追われている身でもあるので、街で買い物をするのも難しいだろう。そしてほとんど荷物を持たずに逃亡した二人にとっては何をもらってもありがたいに違いない。
もちろんイネスの要望を必ず聞く必要もなければ、自分たちで用意しても構わない。
一番の目的はドラゴンに見つからないように三人をグレースブリンガーに乗せること。
乗船するまでの間に何をするかはディアボロス次第である。
相原・相真
お祝い、してあげたいですよね。やっぱり
であれば、せっかくなら盛大にやってあげましょうか!
ティナさんとアベルさんのため、お祝いの船上パーティーを計画
ティナさんたちを連れてくるのは他の皆さんにお願いし、
俺は船に先に向かって準備をしたいです
【アイテムポケット】で新宿島から飾りや料理など準備してきて持ち込み
出来る範囲で飾りつけとか進めておきます
…ティナさんたちの乗船を暗くなってからにすれば安全だし、気づかれづらいかな?
ティナさんたちが到着したら接舷艇で迎えに行きましょう
乗船してもらったら個室に案内し、
その間に飾りつけの仕上げをしてしまいます
これで最後ですからね
しっかりサプライズで仕上げとしましょう
アウグスト・フェルニール
確かジュリオ君は「アイルランドでの生活について相談に乗るのも良い」っていう話もしてましたね…
マンチェスターから改めて移動する際、排斥力で消えなさそうな生活用品を見繕って新宿島からいくつか持ち込みます
木の食器とか手拭いとか…鍬やスコップも柄を現場調達する事にして、先端だけなら【アイテムポケット】に入るかな
持ち込んだ麦からアイルランドに小麦畑を芽吹かせるまで出来れば理想的ですけどね
その後はティナさん一行と再合流して状況確認後、【平穏結界】を張りつつ船へ先行し
船上パーティの準備が行われているのを手伝います。掃除とか。
文字通りティナさん達の新たな船出になるわけですね
…頼みましたよ、グレースブリンガー。
エトヴァ・ヒンメルグリッツァ
ラズ(g01587)と
買い物へ
イネスさんに、指輪をどこで売ったかそれとなく尋ねて
可能なら買い戻しに行き、ティナさんへの贈り物にしたい
代わりに持参の宝石を売り資金に
婚約と門出を祝う品を求めよう
指輪が買い戻せたら、綺麗に磨いて
(なければ新しい指輪を調達へ)
宝飾屋や装身具の店へ
アベルさんにも、ティナさんと対になるような指輪を探す
紅い花の色やモチーフがあるといいな
俺は裁縫道具を購入
向こうでも、きっと糸に縁がありそうだしな
アイテムポケットの隙間へ
ティナさん達を迎えに馬車へ
イネスさんに目配せを
移動時は平穏結界、周囲を偵察し警戒
ラズと皆と手を繋ぎ【水面歩行】
接舷艇まで移動し
ラズと顔見合わせて、にっこり笑おう
ラズロル・ロンド
サプライズ水上婚約祝い面白そう
エトヴァ(g05705)と
イネスさんの指輪は一部でも買い戻したい
持参の金装飾品を換金し足しに
古代エジプトの結婚は結納品に金の装飾品を贈るんだよ
お金に困らないようにね
用意された金額より多額過ぎず僕等の気持ちも+αで
生活に困らない範囲で日用品を買う
結婚式のヴェールや装飾品は紅色を探しプレゼントに
空きがあればアイテムポケットに詰め無ければ背負う
次はティナ君達のお迎えだ
日が暮れた頃【完全視界】で手を繋ぎ案内しよう
見えるだろうけど足元気を付けてね
【平穏結界】も併用し見つからないように
頭上を警戒し接舷艇へグレースブリンガーへご案内だ
サプライズはヒミツだけどついニコニコしてそう
備傘・鍬助
そうしっかり見張ってないのなら、こそこそするのは、逆に怪しまれる可能性が高いな
かといって、何もしないでは、な
こっそりと、第一麻酔を空撃ちして、平穏結界を広げておくかな
遠目から見られて、騒がれるのも嫌だしな
それに、新婚夫婦に騒動と心労は似合わないのだよ
心の乱れは体の乱れにつながると昔からいうし、医者としては、たとえ敵であっても無駄な怪我をさせるのは、避けたいところがあるのだよ
まぁ、説得は…、どうしたものかな?
村々の様子からすると、ドラゴンに反意を持ってる奴も多いと思うし、食料もってなれば、向こうを故郷とする人間なら、強く反対はしまい
私が医者という事もちゃんと言うしな
アドリブ、絡み、好きにしてくれ
龍音・炎華
ここで見つかったらこれまでの行動が
台無しになってしまうものね
【壁歩き】を利用して気付かれずに先行して
見張りがいない事を確認してから
皆と協力してティナさん一行を
グレースブリンガーにへと案内するわ
プレゼントには本を用意するわね
退屈な時に読んで幸せになれるような娯楽本とか
アイルランドでの生活や緊急時の対策とかに役立てそうな
実用的な知識が書かれた本を運ぶのに
支障のない範囲で集めて【アイテムポケット】に格納しておくわね
長旅で読めなくなったりしないよう
それなりに丈夫そうな本を選ぶわ
無事に辿りつけたら明るい未来に向けて出航ね
パーティの準備は私も手伝うわよ
暗い気分で旅立たせるわけにはいかないわ
●船出と贈り物
マンチェスターでたくさんの小麦を運び出すことに成功したディアボロスたち。
次はいよいよティナたちをグレースブリンガーに乗船させ、アイルランドへ向かうことになる。
「お祝い、してあげたいですよね。やっぱり」
新宿島とディヴィジョンを行き来するパラドクストレインの中で、相原・相真(人間のガジェッティア・g01549)がそう呟いたのは、ティナとアベルが困難を乗り越えながらも婚約し、未来へと希望を抱きながらアイルランド行きを楽しみにしてくれた姿を見たからだろう。
「はい、ティナさん達にとっての旅立ち……文字通り新たな船出になるわけですから。僕達に出来ることならしてあげたいですね」
相真の言葉にアウグスト・フェルニール(膝カックンで死にそう系呪術師・g08441)も頷く。ティナたちが旅立つ前にパーティーも盛り上げたし、おめでとうは伝えたが、あれはティナたちがお世話になった人々へと用意したもの。ならば今度こそ二人のためのお祝いをディアボロスたちでしてあげるのもありではないかと思うのだ。
「ああ、いいと思う。なら、場所はグレースブリンガー……船上で、というところだろうか」
「サプライズ水上婚約祝い面白そう! プレゼントとかも用意したいね」
これまでずっと二人を見守り、手助けしてきたエトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)とラズロル・ロンド(デザートフォックス・g01587)も、同感だと頷いて。
「みなさんありがとうございます。……であれば、せっかくなら盛大にやってあげましょうか!」
その後はそれぞれ意見を出し合いどう盛り上げるか準備と分担を相談して。小麦でいっぱいになった【アイテムポケット】だが、相真は傷んだ小麦を処分した分の空きスペースがあるので、それぞれがいくらか空きができるように調整して。
そうしてティナとアベルのための船上パーティーが計画され、準備が着々と進んでいくのだった。
そんな風にマンチェスターで小麦を回収した後も準備を進めつつ、グレースブリンガーが停泊している沖合の近くの街でティナたちと落ち合ったディアボロスたちはイネスから二人に何かプレゼントして欲しいとお願いされるのだった。
「うん、わかったよ! 生活に必要そうなものとか探してくるね」
ちょうど二人への贈り物を手配しようとしていたラズロルとエトヴァはその願いを受け止め、そして叶うことならイネスの指輪も買い戻したいと思うのだった。
「ところでイネスさん、指輪を売ったのはこの辺りでだろうか?」
「ああ、この街にある骨董屋でね。いい値段で買ってくれるって言うから売ってきたんだ」
エトヴァとラズロルは目線だけで会話し、頷き合う。
「骨董屋なら何か良いものを知っているだろうし、俺達も訪ねてみようと思う」
不自然に思われることなく場所を聞き出すと、出立まで馬車で休むようにとイネスに言い置いて、二人は街へと繰り出すのだった。
「出立は日が沈んでからみたいね。その間に出来ることはないかしら」
仲間たちが船上パーティーを開くためにそれぞれ動いていると聞いた龍音・炎華(龍炎華・g08596)は、仲間たちを見送りつつティナたちが見つからないようにと馬車の近くで護衛役を兼ねて残っていた。
「見たところ、ドラゴンが頻繁に空を飛んでいるわけでもないようだ。そうしっかり見張ってないのなら、こそこそするのは、逆に怪しまれる可能性が高いな」
炎華と同じくティナたちの傍に残る形となった備傘・鍬助(戦闘医・g01748)が空を見上げそう分析する。
「そうね、こそこそして街の人に通報されたりしたら……ここで見つかったら、これまでの行動が台無しになってしまうものね」
「かといって、何もしないでは、な」
そう、ディアボロスには出来ることがいろいろとあるのだから。
ならばと鍬助はパラドクスを用いて、この辺りの空間を外から把握されにくい空間に変化させる。
「遠目から見られて、騒がれるのも嫌だしな」
【平穏結界】があれば、その心配もないだろう。
「確かにそれなら安心ね。あとは、念のためこの辺りも見回っておくわね」
そうして炎華は見張りの竜鱗兵がいないか周囲を偵察に行くのだった。
「……それに、新婚夫婦に騒動と心労は似合わないのだよ」
炎華の後ろ姿を見送り、鍬助はぽつりと零す。
「心の乱れは体の乱れにつながると昔からいうし、医者としては、たとえ敵であっても無駄な怪我をさせるのは、避けたいところがあるのだよ」
鍬助もディアボロスであるので、クロノヴェーダへの怒りがないわけではない。だが、敵全てを傷つけたいわけでもない。それは、どうして新宿島で倒れていて、なぜ医術の知識があるかわからないながらも、廃病院を立て直すべく歩み出した鍬助が持つ医師としての矜持なのかもしれない。
「鍬助さん、この度はいろいろとありがとうございます」
馬車の中からティナが顔を出して、鍬助へと頭を下げた。
「ここへ来るまでどこか不調はなかったかね?」
「はい、出立前におばあちゃんの腰も見てもらいましたし。ただ、アイルランドはわたしたちにとって未知の場所です。新生活に期待はありますが……皆さん、受け入れてくれるでしょうか?」
「そうだな……不安はあるだろうが、ドラゴンの支援を受けられずにいる土地だ。ドラゴンに反意を持ってる奴も多いだろう」
マンチェスターの様子からも、ドラゴンへの信仰心はあらゆる場所で揺らいでいることだろう。
「食糧不足のアイルランドに農作物を手土産に持っていけば、向こうを故郷とする人間なら、強く反対はしまい」
「皆さんが持っていた荷物ですね。わたしたちを運んでもらうのだけでは申し訳ない気がしましたが、船が着くことでアイルランドの方にも喜んでもらえるなら嬉しいです」
「同じ境遇の人間も既に向かっているはずだ。説明が必要ならしよう。私が医者だという事も告げれば少しは役に立てるだろうしな」
「はい、頼りにしています。あの……もし時間があればおばあちゃんの腰をまた診てくれませんか?」
「もちろんだ」
そうして鍬助は馬車の外でイネスの診療を開始する。
「竜鱗兵は何人かいるけど、そんなに警戒してる感じじゃないみたいね」
偵察から帰って来た炎華がそう報告する。目立つ動きをしなければきっと大丈夫だろう。
「そうだわ、ティナさん。待ち時間もあるみたいだから、本を用意してきたの。私からのちょっとしたプレゼントよ」
そう言って炎華は馬車に乗り込み、ティナとアベルへと何冊かの本をアイテムポケットから取り出して渡した。
これからのアイルランドでの生活や、緊急時の対策に役立てそうな実用的な知識がいいだろうと炎華は考えた。ただ、この時代にある本は希少価値が高く手に入らない。ならばと新宿島から、イラストや写真が多い本を選んで持ってきたのだ。
「まあ、炎華さんありがとうございます!」
この時代にはない技術で作られたしっかりと装丁された丈夫な本を前に、ティナは驚きながらもページを捲る。
「アイルランドでは農業が盛んだって言うから、これは農作物の育て方。こっちはロープワークの基本。他にもいろいろとあるわ。何か気になるのがあれば、私が読んで説明するわね」
字は読めないだろうから、と炎華がそう二人に伝えて。
ディアボロスがいる間、その書物から二人はたくさんの知識を吸収することだろう。
一方、買い物に出たエトヴァとラズロルは、先ほど聞いた骨董屋へとやってきていた。
「ここに、今日指輪を売りに来た老婦人がいたと思うのだが……」
「ああ、いたよ。孫娘に祝いの品を贈りたいからって……ちょっと泣けてきて高値で買い取らせてもらったよ。もちろん、指輪も古いが価値があるものだったというのもあるがね」
どうやら目利きは出来るが、少し情に脆い店主のようだ。
「僕達はその売ったお金を託されたんだ。何か贈り物をってね」
「だが出来ることならその指輪を孫娘に贈ってあげたい……買い戻すことは出来るだろうか?」
「もちろん、必要な代金は払うからね」
「なんとまあ、そうだったのか!」
多少の脚色を交えてドラマティックに二人の愛の物語の顛末を語れば、主人はそれならと快く承諾してくれた。
「それから、これらを買い取ってもらえないだろうか」
エトヴァとラズロルが持参した宝石と金装飾を見せれば、店主は目を輝かせた。
「おお、これはこれは」
店主が鑑定している間にラズロルはエトヴァを見上げて訊ねる。
「エトヴァ知ってる? 古代エジプトの結婚は結納品に金の装飾品を贈るんだよ。……お金に困らないようにね」
「この時代では何が定番なのだろうな」
そう考えを巡らせるが、イネスが言ったように、きっと祝う気持ちがあればなんだっていいのだろう。
骨董屋でついでに指輪を綺麗に磨いてもらい、そうして宝飾屋で対になるような指輪を探して。
「あ、これは? 赤い宝石つき」
アベルの指に合いそうな大きさの指輪にはルビーのような赤い宝石がついていて。
「紅は二人にとって特別な色だからな」
良さそうだとそれを選んで、その他にもいろいろと買い物を済ませていく。
きっと必要だからとヴェールや装飾品はなるべく紅い色のものを探して。そうしてあまり多額になりすぎない程度に日用品なども買っていき、アイテムポケットに収めていく。
「エトヴァは何を選んだの?」
「俺は裁縫道具を……向こうでも、きっと糸に縁がありそうだしな」
「そうだね!」
きっと喜んでくれると嬉しくなって、二人が買い物を済ませた頃には夕暮れが近づいていた。
少し時間は遡る。
仲間たちがそれぞれの準備を進めている間、相真とアウグストは先に沖合で停泊しているグレースブリンガーへと向かっていた。
「これがグレースブリンガーですか……」
ディアボロスたちが知恵を絞って現地の職人と共同で作り上げた大型帆船に初めて乗ったアウグストは、この時代にはないはずの照明などに目を丸くしていた。
「俺達が定期的に乗ることで、この時代にない技術でも排斥力の影響を受けず搭載することができました。速度も結構出ますよ」
アイテムポケットで持ち込んだガーランドやバルーン、花などを、相真は勝手知ったる様子でグレースブリンガーの船内に飾り付けていく。
「そうなんですね。贈り物は排斥力で消えたりしないような生活用品を見繕ってきました」
アウグストが新宿島から持ち込んだのは、木でできた食器や手拭いなど、この時代にもありそうなもの。あとは農具などもあれば便利かと鍬やスコップの先端を持ち込むことにした。柄の方は現地でも調達できるだろう。
「持ち込んだ麦からアイルランドに小麦畑を芽吹かせるまで出来れば理想的ですけどね」
「きっとこれからベルファストも賑やかになります」
今後もグレースブリンガーは、竜の花嫁とその関係者を安全な場所へと運んでくれるだろうから。
「ティナさん達喜んでくれるかな……あ、掃除とかやりますよ」
「では、こちらの飾り付けと、料理はあっちの部屋に準備しておいて……」
二人だけで準備を進めるが、グレースブリンガーの建設に関わった相真は船内の設備や内装などにも詳しく、最後の仕上げを残して手早く終えることができた。
「進水式の日には花火も上げて……あ、これが接舷艇です。これでティナさん達を迎えに行きましょう」
そうして日没を迎える頃、二人は接舷艇をティナたちのいる街の方へと向かわせるのだった。
「あら、そろそろ時間ね。もう一度安全か確認してくるわ。それから案内するわね」
ティナやアベルと一緒に本を読んでいた炎華がそう言って、最後の確認を終えると、同じように辺りを見回っていた鍬助も大丈夫だと頷いて。
「さあ、ティナ君達、お迎えに来たよ!」
ラズロルとエトヴァも合流し、目立たないように数人ずつ分かれて移動する。
イネスと目が合ったエトヴァはしっかり頷き、仕事を果たしたことを無言のうちに告げる。
日が沈み、辺りが夕闇に包まれるが、【完全視界】のおかげで、ディアボロスたちには海に浮かぶ接舷艇の姿がはっきりと見えた。
「見えるかな? あそこまで海の上を歩いて行くよ」
手を繋げば、ティナたちにもその姿がはっきり見えて。
「まずはあそこまで。そのあと、グレースブリンガーへと乗船する段取りだ」
そう言って、エトヴァが凪いだ海面を歩いて手本を見せる。
「海の上を歩けるんですか?」
アベルが驚いた声を上げるが、鍬助の手を借り恐る恐る降り立つと沈まないで歩けることに気づく。
「こんな経験できるなんて長生きするもんだねえ」
炎華に手を引かれたイネスがしみじみ呟く。
「あ、相真さんにアウグストさん!」
接舷艇で待っている二人に気づいたティナが嬉しそうに手を振って。
「手を離したら海に落ちちゃうから気をつけてね」
思わずラズロルがエトヴァと繋いでいない方の手を伸ばす。
そうしてドラゴンに見つかることなく無事接舷艇からグレースブリンガーへの移動を完了したのだった。
「お疲れ様です。ほっとしたところでしょうから、ひとまず部屋で休んでくださいね」
相真が三人を個室へと案内するのをラズロルはにこにこと見守っていた。これから起こるサプライズは秘密。けれど、それを考えると思わず笑みがこぼれてしまうのだ。
その姿にエトヴァも思わず微笑を浮かべ、そうして二人は顔を見合わせるとにっこりと笑い合うのだった。
「大体の準備は終わりました。あとは仕上げだけです」
「私も手伝うわよ。ここを明るくして……暗い気分で旅立たせるわけにはいかないものね」
炎華も微笑みながらそう申し出て、ベルファストに向けて出航したグレースブリンガーの船上で、彼方を見つめる。
「いよいよ明るい未来に向けて出航ね」
「ええ、新たな船出です。……頼みましたよ、グレースブリンガー」
そうしてパーティーの準備は滞りなく進む。
しばらくして個室から出たティナたちは、驚くことになるだろう。
ディアボロスたちが用意してくれたとびきりのサプライズプレゼントに。
大成功🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
効果1【寒冷適応】LV1が発生!
【平穏結界】LV2が発生!
【水面歩行】LV1が発生!
【完全視界】LV1が発生!
【壁歩き】LV1が発生!
効果2【命中アップ】LV1が発生!
【能力値アップ】LV2が発生!
【ダブル】LV1が発生!
【ガードアップ】LV2が発生!
●パーティーの始まり
かくしてパーティーの準備は整った。
アイルランドに着くまでの間、船上で催される一夜の祝宴。
ティナとアベルの婚約を、新たな門出を祝うもよし、これからのアイルランドでの生活にアドバイスをしてあげるのもいいだろう。
ティナたちはその全てをありがたく受け入れることだろう。
大切な恩人――ディアボロスたちの温かく優しい心遣いに感謝しながら。
相原・相真
さて、準備も整えましたしサプライズパーティーといきましょうか
俺も【平穏結界】を重ねたうえでティナさんたちを甲板へご案内
新宿島から持ってきたイルミネーションを点灯させて改めてお二人をお祝いです
お二人の新しい門出に、俺たちから改めてお祝いさせてください
一応目立ちすぎないくらいのものにするつもりですが、
甲板でまずそうだったら別の船室でも使ってやるとしましょう
俺からはティナさんとアベルさんにコートなどの上着を、
そしてイネスさんにはひざ掛けなどプレゼント
家族が一緒にいられるってすごく幸せなことですよね
みんな一緒ならこれからの生活もきっと大丈夫
だから皆さん体に気を付けて、どうかお元気でいてくださいね
備傘・鍬助
船旅はいい
が、船酔いとかする人にとっては、ちょっと辛いもんがあるのも事実なのだよ
それにしても、お医者さんが教えられる事って…
うーむ、私が教えられる事となると、家庭の医学と応急処置、そして、薬になる野草を書いた本…ぐらいなもんになってくるな
とはいえ、知識があるのとないのでは、まったく違うと思うし、武整体の家庭でもできる版をこっそり教えてみるかな
…あ、シュトーレンの作り方もこっそり教えておこう
保存食の作り方って知ってると何かの役に立つだろうし
しかし、仕事、かぁ…
手に職っていうが、何かできるってのは、ある意味、安心する事なんだろうなぁ
私も、何か、新しい事、始めて見るかな
アドリブ、絡み、好きにしてくれ
龍音・炎華
ようやくここまで漕ぎ着けるまで、
長いようで短かったわね
空を飛んで移動している私にとっても船旅は珍しくあるわ
正直私の方が教わる事ばかりなぐらいだけど、
出来る限りの事はさせてもらいたいわね
とはいえ、慣れない事ばかりで2人も疲れただろうし
ゆっくりと休んで欲しいかしら
安心してもらう為にも船内を警備するわ
船内なら危険はまずないだろうから程々にだけれどね
アベルさんとティナさんの2人が
姿を見せたら改めてお祝いしたいわね
向こうでも大変な事はあるのだろうけれど、
2人ならきっと乗り越えられると思うわ
それでも助けが必要なら、いつでも呼んで欲しいと伝えるわ
アウグスト・フェルニール
最後まで気を抜かずに【平穏結界】を維持しつつ、竜を警戒して【防空体制】で空を眺めています
…独りで空を見ていると、色々考えてしまいますね
元の歴史にもティナさん達はいたのか、…幸せだったのか
いつかキングアーサーを奪還する日が来たとして…
そのとき僕等との思い出を作った、今ここにいる方の彼等は、……
…いえ、考えても仕方ないですね
僕等の為すべきことは変わりません
しかし彼等に関わって…また少し思い出せた事もありました
マダム、浄化を撒いてくれますか。お祝い演出を兼ねてなるべくキラキラしたやつを。
折角思い出せたので、あの頃…修道院にいた頃に習った祈りと祝福を、
新たな門出を迎えるアベルさんとティナさんのために。
エトヴァ・ヒンメルグリッツァ
船出は緊張と希望に胸踊るもの
祝宴だ
皆でお祝いをしようって準備してたんだ
ヴェールに紅い花を一輪添え
運命の色のリボンに結ばれた二人を見守り
ティナさんには紅の石、アベルさんには祖母の指輪を手渡す
イネスさんと、俺達からのお祝いだ
お互いに嵌めあってみたらどうだろう?
俺達の住んでる所では、これが誓いの証になる
二人の糸が固く結ばれますように
立会人となり祝福を
裁縫道具やお祝い品も贈ろう
これからの二人の旅路が、希望に満ちたものでありますように
祝福の演奏で華を添えよう
ティナさんにアベルさん、イネスさん
皆で幸せな人生を歩んでいけますように
願いを込めて
ティナさん達とは長い付き合いになったな
君達なら大丈夫。幸運を祈るよ
ラズロル・ロンド
この時代の結婚式は…ドレス着て儀式的な事もあったのかな?
サプライズ祝宴の準備を整えお披露目となったら
ティナ君にヴェールを被せ
ハンドファスティングの提案をしよう
ケルト民族の儀式の一つらしいけど
よく解らなくても雰囲気で!
2人にピッタリかなと思ってね~
手を繋いで~紅色のリボンが2人を固く結び合わせるんだ
どんな時も固い絆で結ばれた二人でありますようにと願いを込めてね
指輪はイネスさんから預かってたんだと
イネスさんにはこっそりシーっと人差し指を立てて
僕等が立会人でお祝いだ~
僕達も沢山お礼を貰ったから嬉しかったんだ
2人の婚約も何か形に出来たらなと思ってね
ティナ君、アベル君、それにイネスさんの歴史に幸あれ
●運命は希望の航路に導かれ
竜の花嫁だったティナとその婚約者アベル、祖母のイネスとたくさんの小麦を乗せ、グレースブリンガーはベルファストへと出立した。
三人を個室で休ませている間にサプライズパーティーの準備は進められていた。
「ようやくここまで漕ぎ着けるまで、長いようで短かったわね」
甲板に出て、群青色に染まり、星が瞬きだした空を見上げると、龍音・炎華(龍炎華・g08596)は感慨深そうに呟いた。
森の村でティナたちが催したパーティーを盛り上げ、楽しんで。マンチェスターの小麦を運び出し、グレースブリンガーへと無事に乗船させる。
これだけでも十分な冒険なような気がするが、ティナが竜の花嫁に選ばれた時から見守っていた者たちからすればもっと長い時間をかけたことになるのだろう。
「本当にいろいろありましたね。関わった人たちの想いがあったからこそ、このグレースブリンガーも建造され、こうして今海を渡っているのだと思います」
甲板の上に新宿島から持ち込んだイルミネーションを設置しながら、相原・相真(人間のガジェッティア・g01549)もそう呟く。たくさんの花嫁がこうして救われ、新天地を目指せるのもディアボロスたちの提案があったからだ。
「ええ、船を作って亡命させるアイデアはさすがね。……空を飛んで移動している私にとっても船旅は珍しくあるわ」
だから、正直教わることが多いのは自分の方かもしれないと言いながら、それでも出来ることはしたいと炎華もイルミネーションの装飾を手伝う。
「このまま無事にベルファストまで着けるように、警戒は緩めずにいますね」
炎華と同じくドラゴニアンであるアウグスト・フェルニール(膝カックンで死にそう系呪術師・g08441)もまた、翼あるものの空からの襲撃への警戒に抜かりはない。【防空体制】を活かし、【平穏結界】を重ねることで恐らくは大丈夫だろうが、念には念を入れたいところだ。
「ええ、私もしっかり警備しておくわね」
「お二人ともありがとうございます。それでは、それそろ呼んできてもらいましょうか」
イルミネーションの点灯のテストを済ませると、相真はそう言って頷いた。
三人が休んでいる部屋をノックすれば、既に感激した様子のティナが満面の笑顔で顔を覗かせる。
「船旅は初めてで心配でしたが……お部屋もとても快適で、内装もすごく可愛らしいですね」
グレースブリンガーを建造した時に、ディアボロスたちが案を出し合い内装もこだわったのだが、それもとても喜んでもらえたようだ。
「船酔いとかは大丈夫そうかな?」
医者らしく備傘・鍬助(戦闘医・g01748)が問いかければ、三人とも大丈夫だと返って来て。
「船旅はいい……が、船酔いとかする人にとっては、ちょっと辛いもんがあるのも事実なのだよ」
現代の技術も搭載したグレースブリンガーであるので、その辺りも快適に過ごせるように作られているのだろうと安心するのだった。
「船出は緊張と希望に胸踊るもの……三人とも、こちらに来てもらえないか」
「見せたいものがあるんだ」
個室から出た三人をエスコートするようにエトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)が甲板へと誘導すれば、先ほどから隠しきれないにこにこ顔のまま、ラズロル・ロンド(デザートフォックス・g01587)もそう言って促す。
そうして三人が甲板へとやってきたタイミングを見計らって、相真が準備していたイルミネーションを点灯させる。
星のように、船上で瞬くイルミネーションの輝きにティナは驚き、そしてその美しさに感動する。
「まあ、とても綺麗……」
「お二人の新しい門出に、俺たちから改めてお祝いさせてください」
「お祝い?」
「二人の婚約祝いだよ。もし良かったら、ここで結婚式が出来ないかな?」
「一緒にお祝い出来れば僕達も嬉しいです」
ラズロルとアウグストの言葉に、ティナより先にイネスが嬉しそうに頷いて。
「それはいいね、私も同じ気持ちだよ。それにしてもまあ、ここまでしてくれるなんて……」
贈り物を頼んだだけのつもりだったけれど、こんな素敵な演出まで用意してくれているとは思いもせず、イネスは嬉しそうな申し訳なさそうな顔でエトヴァとラズロルを見上げる。
「皆でお祝いをしようって準備してたんだ」
「せっかくなら驚かせてしまおうと……」
「本当に何から何までありがとうございます。でも皆さんの気持ちがとても嬉しいです……!」
「結婚式は出来ないかもしれないと思っていました。けれど皆さんに祝っていただけるのなら、これ以上に嬉しいことはありません」
ティナとアベルが心からの感謝を込めてそう告げる。
「なら、決まりだね。じゃあちょっと準備しようか」
花嫁さんにはもう少し準備が必要だから、とラズロルは笑顔で告げるのだった。
船内に戻り、ティナは持参していたお気に入りの紅いドレス風の服に着替え、ラズロルが街で調達してくれたヴェールを被る。
「私も赤い服は好きよ。……ええ、良く似合ってるわ」
着替えを手伝った炎華がそう微笑めば、まるで夢のようだと鏡を見てティナがため息をもらす。
甲板でのサプライズも驚き嬉しかったが、船内は至る所が賑やかに飾り付けられ、別室には料理の準備までしてあることにさらに驚くティナだった。
「向こうでも大変な事はあるのだろうけれど、2人ならきっと乗り越えられると思うわ」
改めて言葉をかけてくれる炎華にティナは嬉しくなってきゅっと手を握る。
「炎華さん、本当にありがとうございます。たくさんの本を読んでくださって、しっかり役立てますね」
「役に立てたなら嬉しいわ。この先きっと大丈夫だと思うけど……それでも助けが必要なら、いつでも呼んでちょうだい」
また自分は大切な友人たちの記憶を失くしてしまうのかもしれない。そうティナは思いながらも、そうやって自分たちを想ってくれる気持ちが何よりも嬉しかった。
そうしてティナが準備を調えて向かえば、そこには胸元に一輪の紅い花を挿し、礼服に身を包んだアベルの姿が。
「ああ、二人ともよくお似合いだ。ティナさんにもこれを……」
エトヴァがアベルの胸に挿した花と同じものをティナのヴェールにも添えれば、ディアボロスたちに見守られた結婚式の始まり。
「この時代の結婚式のことはわからないけど……二人にピッタリの儀式があってね~。僕達からそれを提案するよ」
ラズロルが挙げたのはハンドファスティングというもの。元はケルト民族の儀式のひとつであり、現代のアイルランドやスコットランドでも、伝統的に行われているという。
「よく解らなくても雰囲気で! あ、せっかくだから立会人のみんなでこれ結んだらどうかな」
ラズロルが用意したのは紅いリボン。長いリボンも用意できたが、せっかくならと何本かのリボンをディアボロスたちで結び合わせることにして。
「二人は手を繋いでくれる? それじゃあ後はイネスさんにお願いしようかな」
そうして結び合わせたリボンを繋いだ手に結ぶようにと説明して、イネスが立会人となって二人の手を結んでいく。
「紅色のリボンが2人を固く結び合わせるんだ……どんな時も固い絆で結ばれた二人でありますようにと願いを込めてね」
「僕たちにぴったりだね、ティナ」
「ええ、アベル。本当にそう!」
紅い糸は二人の絆の証。そのことを知っているのも二人を最初から見守ってくれていたからだ。
幸せそうに微笑むティナとアベル。それを見つめるイネスの目にも微かに光るものがあって。
「では、そのままで……これは、イネスさんと、俺達からのお祝いだ」
ハンドファスティングの儀式を済ませ、エトヴァがそっと二つの指輪を差し出した。
一つはイネスが身につけていた指輪。もう一つは、紅い石が嵌った指輪だ。
「あら、それはおばあちゃんの……?」
「いや、そんなはずは……」
「そう、イネスさんから預かってたんだ」
ラズロルはシーっと人差し指を立ててイネスに合図を送り、不思議そうなティナへとそう説明する。
「お互いに嵌めあってみたらどうだろう? 俺達の住んでる所では、これが誓いの証になる」
ティナには紅い石の指輪を差し出し、エトヴァがそう促す。
「ティナ、やってみようか」
そう言ってアベルは紅いリボンで包まれたままのティナの手を取り、その指にイネスの指輪を嵌める。
「その指輪は私も母から受け継いだものでね。いずれあんたにあげようとは思っていたんだけど……」
ありがとうね、と何かを悟ったイネスはラズロルとエトヴァへ向けて謝辞を口にした。
アベルの指にも紅い石の指輪が嵌れば、会場は大きな拍手に包まれて。
「僕等が立会人になったからね」
「二人の糸が固く結ばれますように」
「ありがとうございます……!」
ディアボロスたちに見守られ、ティナとアベルはこれからは夫婦として歩むことになったのだった。
結婚式の後に披露宴はつきもの。料理も準備しておいたので、それを楽しみながら、新郎新婦たちへはそれぞれ言葉やプレゼントを贈って。
「改めて、おめでとうございます。まだ春は少し先ですから、俺からはこれを」
相真が用意したのはティナとアベルには防寒着にもなるコートなどの上着。イネスには温かく手触りの良いひざ掛けだ。
「相真さんありがとうございます。向こうで何が出来るかわかりませんが、二人手を合わせて頑張って行きますね」
アベルがティナの手を握りしめ、力強く頷く。
「家族が一緒にいられるってすごく幸せなことですよね。みんな一緒ならこれからの生活もきっと大丈夫」
ドラゴンによってかつての日常を失ったとしても、大切な家族がいればきっと困難も乗り越えていける。相真もまた、刻逆により父と母、そして妹を奪われた。家族の大切さを何よりも知っているからこそ、彼らには幸せになって欲しいと思うのだろう。
「だから皆さん体に気を付けて、どうかお元気でいてくださいね」
「はい、相真さんもお元気でいてくださいね」
贈り物を大切そうに抱きしめ、ティナは笑顔でそう告げた。
「いよいよアイルランドでの生活が始まるわけだな」
「はい、どうなるかわかりませんが、馴染めるように努力します」
鍬助の言葉に自分がティナを支えなければと思っている様子のアベルが真剣な様子で頷く。
新天地で生活を始める二人に、医者として知識を贈りたい。医者として教えられることといえば何があるだろうか。
「うーむ、私が教えられる事となると、家庭の医学と応急処置、そして、薬になる野草を書いた本……ぐらいなもんになってくるな」
「鍬助さんに教えていただければ、心強いです」
この時代と現代の医療知識は違うとはいえ、基本的な知識があるのとないのでは全く違うだろう。
「そうだな……簡単な知識と家庭でも出来そうな武整体を教えておくか」
そうしてなるべく理解しやすように、簡潔に知識を伝えて。
「そうだ、小麦がたくさんあるから、保存食の作り方も役に立つだろう」
ティナにはシュトーレンの作り方も教えておいて。現代と全く同じものを作るのは難しくても、似たようなものは作れるはずだ。
「ありがとうございます。わたしも向こうで何か仕事が出来るでしょうか……」
「そうだなあ、仕事、かぁ……」
こういう場合、手に職がある……何か出来ることがあるというのは、ある意味安心することなのだろうかと考えながら、鍬助は思わず呟いていた。
「私も、何か、新しい事、始めてみるかな……」
「え、鍬助さんは立派なお医者様じゃないですか」
びっくりしたようにティナが目を丸くするので、鍬助は頭を掻く。
(「立派どころか、実は自称医者なだけなんだが。まあ、知識はあるから、おそらくは医者だったのだろうが」)
刻逆の影響で記憶は定かではない。廃病院をきちんと機能するようにするのが夢でもあるのだが、意外と行動派の鍬助は新たな目標も探してみようと思ったのだろう。
「まあ、何をするにも遅すぎることはない。新しい土地でも、どうか息災でな」
それが医者としての餞別の言葉だった。
「ほんとにもう、あんたたちったら……あの指輪を取り戻してくれたのかい?」
ラズロルとエトヴァの二人へと呆れたようにそう訊ねるイネスに、黙っててごめんね、とラズロルは舌を出して。
「あの指輪はティナさんが持つのがいいと思って……勝手なことをしてしまったが、俺達からも贈り物をしたくて」
「大切なものだったけど、あれぐらいしか換金できそうなのがなかったからね……古びた指輪より、他のものがいいかと思ったんだけど……あの子も喜んでたよ、ありがとう」
その言葉にほっとした二人は、新郎新婦への贈り物を用意できたとイネスに報告して。
「ティナ君、アベル君、これ新生活に役立ててね」
「まあ、こんなにたくさんありがとうございます」
「僕達も沢山お礼を貰ったから嬉しかったんだ」
「この裁縫道具もきっと役に立つかと選んでみた。糸に縁があるかと思って」
「ふふ、そうですね……でも一番の縁は、皆さんと巡り合えたことです。幾度も助けてくださって……」
「ここにこうしていられるのは、まぎれもなく皆さんのおかげです。こんな素敵な式まで準備してくださって、本当にありがとうございます」
「2人の婚約も何か形に出来たらなと思ってね」
ラズロルがそう言ってエトヴァを見上げる。
「ティナさん達とは長い付き合いになったな。君達なら大丈夫。幸運を祈るよ」
「ティナ君、アベル君、それにイネスさんの歴史に幸あれ!」
そうしてエトヴァは新たな門出に祝福の演奏で華を添える。
二人の思い出の曲を奏でれば、誰もが笑顔になって。
(「ティナさんにアベルさん、イネスさん。皆で幸せな人生を歩んでいけますように」)
これからの生活が幸福なものであるようにと願いを込めて。
二人に贈り物を渡した後そっと祝いの席を抜け出したアウグストは、甲板で空を見上げていた。
大丈夫だとは思うが、この幸せな時間を邪魔されるわけにはいかないので、気を抜くことなく周囲を見張っていたのだ。
「……独りで空を見ていると、色々考えてしまいますね」
アウグストの独白に、スフィンクスの『マダム』がにゃあと応える。
ここは本来の歴史が奪われたディヴィジョン。
「元の歴史にもティナさん達はいたのか。……幸せだったのか」
ドラゴンに支配されていなければ竜の花嫁にも選ばれなかったはずだ。ならばその時の彼女はどんな人生を歩んでいたのだろう。
「いつかキングアーサーを奪還する日が来たとして……そのとき僕等との思い出を作った、今ここにいる方の彼等は……」
どうなるのだろうか。最終人類史と年代が離れているから現代にそのままいるということはないのだろうけれど。ふとそんな疑問が過ぎってしまうのだ。
「……いえ、考えても仕方ないですね」
今はまず歴史と大地を取り戻すことが先決だ。ディアボロスである自分たちが為すべきことは何も変わらない。
(「しかし彼等に関わって……また少し思い出せた事もありました」)
奪われた記憶にわずかに残った残滓。家族のこと。そして最愛の兄のこと。
それ以外にも自分が何者であるか、ほんの少しではあるが、思い出すことが出来たのだ。
「マダム、浄化を撒いてくれますか。なるべくキラキラしたやつを」
にゃあ、と鳴いて応えたマダムが翼を広げては辺りに浄化を振り撒いていく。
(「折角思い出せたので、あの頃……修道院にいた頃に習った祈りと祝福を」)
それに合わせ、アウグストも指を組んで祈りを捧げる。
「新たな門出を迎えるアベルさんとティナさんのために」
その祈りはきっと二人に届くだろう。
やがて夜が明ける。
この世界にも近いうちに本当の夜明けが訪れることを願い、誓って。
空に瞬く星々は、グレースブリンガーが辿る希望の航路を明るく照らし出していた。
大成功🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
効果1【平穏結界】がLV4になった!
【活性治癒】がLV2になった!
【熱波の支配者】がLV2になった!
【防空体制】LV1が発生!
【口福の伝道者】がLV2になった!
効果2【ガードアップ】がLV3になった!
【ドレイン】がLV2になった!
【反撃アップ】がLV3になった!
【命中アップ】がLV2になった!
【ダメージアップ】がLV4になった!
【凌駕率アップ】がLV2になった!