勝利の凱歌「お帰りやす動物園」（作者 荒雲ニンザ）

8

リプレイ

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　夏の京都は灼熱だ。
　まとわりつく湿気は、べたべたと肌と髪にのしかかる。
　湿気が重い。そんなことすら思わせるほど蒸しかえる。
　ここ、京都市動物園の正門に集まった面々も、残暑に汗をかきながら周囲を見回した。
　寺社並ぶ古都の町中に動物園がある。京都とは不思議な町だと思いつつ、最初に黒蝶・貴姫（ファクスランジュ嬢・g07446）が口を開く。
「さて、始めましょうか。効率的に、周囲の状況を確認するわね」
　す、と目をつむり、【悲劇感知】で園内とその周辺を探る。
「うん……鉄板を吊してるクレーンと、餌を運んでいる小型トラック、それに近づいてるフォークリフトなんかが危ないみたい」
　他にも不具合が生じる場所を皆に伝え、この場を解散する。
　貴姫は門の看板に目を移し、『閉園』の文字に安堵した。
　改装工事をするために、一般は入園していなかったらしい。
　いるのは動物園の関係者と、飼育委員、修繕業者、運搬業者といったところだろう。
「良かった。一般客がいないのなら手間が減るわね。でも念のため、駐車場の方から行こうかな」
　念には念を入れ、慎重に視線を投げながら歩いて進む。

　一里塚・燐寧（粉骨砕身リビングデッド・g04979）が【スーパーＧＰＳ】で熱帯動物館を探し、瀧夜盛・五月姫（失つし世《うつしよ》の滝夜叉姫・g00544）と共にやってきた。
「ワニいるぽいよ」
「動いてなければ大丈夫」
　入り口のドアを【無鍵空間】で開錠し、中へ入ると室内の空気は最悪だ。
「あっっっつ……い！」
「大変大変」
　五月姫が【冷気の支配者】と【熱波の支配者】を交互に使いながら、熱帯動物館の内部を適温に近づけていく。
「ううん？　難しいな……このくらいの温度かな……？」
　急に戻ったストレス、そして不快な気温、湿度、その他のパニックになるものを一つずつ排除していく。
「時間が戻れば温度調節は機械がやってくれるだろうから、それまでここの動物が適温で過ごせるようになってれば平気だと思うよぉ。んじゃここは頼んだ！　あたしは外見てくるねぇ」
　裏側に回り込み、ワニやらヘビやらに近い場所を探り出して【セルフクラフト】で壁を出現させる。
「まあ、一応ぅ？　やっといたら安心じゃん？　後でとればいいしぃ」
　それから、室内に戻り、ウキウキと五月姫を呼んだ。
「こっち終わったよぉ！　五月姫ちゃん、象んトコ行こうよぅ！　今が近づくチャンスだよぉ！　象の顔を背景に肩を寄せあって自撮りしちゃおうよぉ！」
「え、写真？　象と？」
「動き出したらこんなことできないからねぇ！！」
「ふふ、じゃあ象さんの檻の周辺も見ながら……ごーしちゃおうっか」
　少女二人は顔を見合わせ、ゾウの森へと向かった。

　風戸・文香（エレクロトニカのタマゴ・g00142）は園内の重機や車輌のエンジンをかたっぱしから停止して歩いている。
「とりあえず止めておきさえすれば、事故は起きないはず」　
　餌を受け渡しに来たのだろうフォークリフトに乗り込み、それを小型トラックから遠ざける。
　これは修了証を持っているだけあり、楽にできた。
　問題はこちら、鉄板を吊り上げているクレーンだ。
　操縦席へ滑り込み、額に伝う汗を一度拭う。
「大丈夫、大丈夫。落ち着いて」
　実習の時、一応触ったことはある。何より、今はLV10の【操作会得】が助けてくれるのだ。
　大きいボタンを押して慎重に鉄板を地面の上へ寝かせ、それからハンドルを持ってクレーン自体を安全な位置まで移動させる。
「ふう……」
　安堵すると、急に暑さが迫ってきた。

　大分他の面々の作業が進んだあたりで、エトワール・ライトハウス（Le cabotin・g00223）がカバを見つけた。
「いた……！！」
　無双馬『レオン』がきょとんとした瞳でエトワールの様子を眺めるその向こうで、カバの水槽にぐいぐい押し入っていく男が一人。
「図鑑で見てずっと気になってたのだ……！　おお、つ、ついにカバが俺の目の前に！」
　こう見えてカバは猛獣である。百獣の王と名高いライオンとタメはれるほどの実力であり、水辺ならばライオンよりも強い。実は最強伝説なのだカバは。
　かなりどう猛なので、当然近づくことはできない。とんでもなく危険。
「この重厚感のあるボディ……ふふ、止まってる内に撫でちゃえ！」
　この男、よく分っている。普段なら絶対できないナンバー１にやりたい放題である。
「ああっ、誰かいないかっ！　写真撮って、俺とレオン（無双馬）とカバで記念撮影がしたい！」
　そこでレオンに鼻息でいなされる。
「くっ……やることをやってから遊べと……」
　後ろ髪引かれる思いでプールから出ると、【泥濘の地】を利用して猛獣たちの足元の地を変化させていく。
　これで時間が戻っても、動物たちは動けない。パニックで暴れることはなくなった。
「安全な帰還ができたらすぐ消すから、許せアニマルズ……！」
　そう言いながら、とりあえずレオンも遠目に入れつつ、カバとショットをキメるのであった。
　後でちゃんと撮ってもらおうと心に誓いながら。

　これで一通り安全が確保された。
　問題なく【勝利の凱歌】が歌えるだろう。
　さあ！　私たちの仲間を、人々を、『帰還』させよう！






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　園内の安全管理も終盤だ。
　赤上・イズル（赤き悪魔・g04960）とツキシロ・フェルドスパー（非日常に迷い込んだ漂流者・g04892）が最終確認をして歩いている。
　アフリカの草原ゾーンは大型が多いので、念には念を入れようと、ツキシロは飛翔で上から動物と建物の位置確認をしていた。
　そんな飛び回る友人を下から眺め、イズルの口元が少し弓なりに上がる。
　長めの前髪で目元を隠しながら、視線だけで彼の姿を追いかけた。
　長いこと自分の形に固められていた黒いものが、ここ最近溶け出した。緩やかに周囲の空気を感じられるようになり、そこに溶け込むようにツキシロがいるのを嬉しく思う時がある。
　情緒が揺れ動くようになれば、照れくささがわき上がり、それに戸惑いつつも苦笑して、友の後を追いかけて自分も飛翔した。
　しばらくして、ツキシロの耳にイズルのはしゃぐ声が届く。
　そちらに顔を向けると、先程まで真剣に【未来予測】で周囲を見回していた少年が、キリンの長い首を見て笑っていた。
「キリンですよキリン！　何でこんな細長くなっちゃったんでしょうね？」
　オイオイ遊んどる場合か、と思いながらも、ツキシロはその彼に声をかけた。
「写真撮る？」
　我に返り、一瞬真顔になったイズルであったが、上目遣いに微笑んだ。
「……いいですね！」
　二人で並んでスマホを構えたが、キリンが縦に長すぎる。手を伸ばしても画面内に入りそうにない。
　斜めになったり、横にしてみたりと、二人で動きまくってみたが、ダメだ。
「マリコさんお願い出来る！？」
　突然ツキシロがイズルのモーラット・コミュである『マリコさん』に頼んだのがおかしくて、一連の流れが胸の内で膨らみ始め、イズルは笑いが止まらない。
　どんどんどんどん、溶けていく、この心地よさ。
　その内、ツキシロが口ずさむ【勝利の凱歌】が、イズルの耳に届く。

　始まった。
　どこからともなく、他のディアボロスたちの歌声も風に乗ってやってくる。
　蝋人形のようだった動物たちに生気が戻り始め、近くにいるディアボロスたちに気づいて視線を投げてきた。
　人が、空間とスライドしたようにその場に姿を現し、目を丸くする。
　高低差に落下した者もいたが、車や重機は別の場所に移してあるので大事故は回避できた。

　何事がおきたかと慌てる人々をディアボロスたちが宥めていると、周囲にアスナ・シュヴェーゲリン（藍血魔女・g07162）の声が響き渡った。
　機械を通した声。放送室から園内放送を利用して、人々に語りかけ始める。
「妾はディアボロスの一人。名は……」
　妾はディアボロスの……ディアボロスの……。
　反響した声を一つずつ落ち着けるように、ゆっくりと説明をしていく。
「アスナ・シュヴェーゲリン。暴虐なる支配者を打倒し、人々に安らぎと安寧を与える魔女です」
　動き出した空気に、葉が通り抜けた。
　人類史改竄術式『刻逆』、クロノヴェーダ、ディヴィジョン、ディアボロスたちが行ってきた戦い、それらを掻い摘まんで語り、一息つく。
　その声に耳を傾けていた人々は落ち着きを取り戻し、隣で支えてくれていたディアボロスたちにやっと視線を向けた。
「ああ、帰ってきたんや……」
　繋がった１本の糸。
　それを必死に手繰り寄せたディアボロス。
「妾達ディアボロスは……人々の怒りという祈りを代行し、実行する復讐者。刻に抗い、全てを取り戻すのがディアボロスの本懐です」
　アスナの声が響き、風に乗って京の都に送られる。
「その復讐の果てに……貴方達の失った全てが取り戻されると、誓いましょう」
　誓いましょう……。
　誓いましょう……。

　その放送を最後まで聞き、ツキシロが隣にイズルを置いて、近くに腰を抜かしていた飼育係に手を伸ばす。
「お帰りなさい！」
　その輝かんばかりの笑みは、物語のあらすじのようであった。

最終結果:成功
完成日	2022年09月04日