【ラ・ピュセル奪還戦】冥府のとりこたち（作者 大丁）

3

リプレイ

　敵軍との距離を一定に保つよう仲間へとお願いをして、エイレーネ・エピケフィシア（都市国家の守護者・g08936）は高台から眺め渡した。
　両手にはすでに、『神護の長槍』と『神護の輝盾』が構えられている。
　いくらもたたないうちに、連絡が来るだろう。
　パラドクス通信機は開きっぱなしにしてある。
　その端末の一方を持つエトヴァ・ヒンメルグリッツァ（韜晦のヘレーティカ・g05705）は迷彩コートを纏い、地形の起伏に隠れて双眼鏡で偵察していた。
　部隊の配置を把握し、なるべく分断しやすい位置や数の敵群を見定める。
「『――絢爛と、咲き誇れ』」
　詠唱と、一斉攻撃の合図が兼ねられていた。
　エトヴァは両手の銃から煙幕弾を発射する。それが着弾し、敵部隊の視野を遮ったところで、高台からは幾つもの幻影の槍が降り注いだ。
　色のついた煙の中へと突撃していく、異形で巨大な腕を持つ人影。
　そして、薄く晴れるとともに身を起こす、一対の足に三つの胴体と合計六つの腕を生やした怪物たち。
　隠れ場所から飛び出したエトヴァも、『Wunderfarber-Φ（ヴンダーファルバー・ファイ）』の花々を咲かせながら銃撃を加えた。女性の金切り声が聞こえてくるが、被弾の悲鳴ではなさそうだ。
「燃えろォ！　燃えろ燃えろォ！」
　恨みのこもった魔女の詠唱。青い炎の狼が、ディアボロスへと襲い掛かってくる。
　タワーシールドで振り払うエトヴァ。
「ヘカテーと名乗る魔女も、結局は弱者の利用という仕打ち……女性達を幸いに導く術とは思えない。ただ、この国でかつて悲劇となった事を再び繰り返してはならない……」
　爪や牙の勢いは削いだ。あとは、強化コートを頼りに、銃撃の手は緩めない。
　炎の狼を召喚した本体、トループス級『星狼の魔女』を討つために。
「復讐がこの国を支配するかぎり、それは起きてしまうのだろう」
「むろん、復讐しようとする者の諦めの悪さや往生際の抵抗の強さはほかならぬディアボロスが分かっておる」
　弾傷に弱った魔女へと、異形の巨椀でトドメをさす、天破星・巴（反逆鬼・g01709）。
　幼い見かけゆえ、『鬼神変』によるアンバランスさはいっそう際立っていた。
「こっちが攻勢を仕掛けることで復讐心を深め、強化されるとは厄介極まりない存在じゃ。ここは復讐心が湧きあがらぬように心を折って倒すしかないかのう」
　周囲からあがる金切り声は、巴にある種の決意を促す。
　ディアボロスたちはつとめて冷静に振る舞い、狙いを合わせ、死角を補い合って立ち回った。エイレーネが前線の距離感に注意してくれている。エトヴァは援護にまわった。祈りと共に狙い撃つ。
　銃弾をうけても狂乱するばかりの相手へと、巴は声をかけた。
「おぬしの未来を占ってあげるのじゃ。……右ストレートでぶっ飛ばされる。真っすぐ行ってぶっ飛ばされるのじゃ」
　鬼の血は、凄まじい膂力でそれを的中させた。
「男尊女卑の時代の犠牲になってしまった境遇は無念じゃろうが、現世に残って加害者になって罪を犯してはだめじゃ。わらわの慈悲の拳で極楽に逝かせてあげるのじゃ」
「占いッ！　ディアボロスの悲惨な最期を見せてッ！」
　撲殺された個体に構わずに、魔女は星の光を放ってくる。
　不吉な未来の映像など、それこそ巴は構わない。
　銀髪の星狼たちは自らで、黒く輝く爪をたててくる。
「『冥府の魔女』ヘカテーの名のもとに断罪を！　罪の重さを知れ、知れ、死ねェッ！」
　その斬撃を、棘の結界が防いだ。
　クロエ・アルニティコス（妖花の魔女・g08917）の『守護の赤薔薇』だ。
「既に滅んだギガントマキアにはその名を騙る者もいたのだろうとは思っていましたが、ここで出くわすことになるとは。女神ヘカテーを奉ずる魔女として、その不遜と存在を許すことなど有り得ません。今この場で殺しに行けないのは残念極まりますが、必ず殺します」
「ええ。事もあろうに、偉大な女神を僭称するキマイラウィッチの将が存在したとは驚きです。その存在と所業を決して許してはなりません。『ヘラス（ギリシャ）』に生を受けた復讐者の一人として、神の名を騙る怪物を討ち果たす一助となりましょう」
　エイレーネは、『神護の長槍』を構え直す。クロエの手は、『ミツマタ』の種入れへと伸びた。
「種子に宿るは我が嘆き、芽吹け『ゲーリュオーン・エッジワーシア』！」
　怪物をかたどった植物が増えた。
　多腕が敵戦列を薙ぎ払い、接近戦を挑んでくる星狼の魔女たちを力づくで叩き潰す。
「聖なる槍よ！　悪しき者どもを一人たりとも逃すことなかれ！　『天翔ける影の槍（ドーリ・スキオン）』！」
　長槍が投擲される。
　本物の槍に加えて、同等の殺傷力を持つ幻影の槍を空中に作り出しては次々と降らせ、居並ぶ敵の体を貫いていく。
「あなた達を偽神から救うには、滅ぼす他に手がありません。かつては人であった女達よ。真なるヘカテー様が待つ冥府へと向かいなさい！」
　エイレーネは叫び、クロエは問うた。
「人の道を外れたとて、魔女には魔女の道があります。何をもって罪というのでしょうか」
「チガウッ！　チガウッ！　チガウ～ッ！」
　残念ながら、冥府のとりこたちに届く言葉はなかった。
　『星詠み』による光を、エイレーネは冷静さを保ったまま『神護の輝盾』で防いだ。
「不吉な予言も神の言葉なら受け入れましょう。ですが怪物の戯言を信じるつもりはありません。……敵戦力は十分削りました。そろそろ撤退しましょう」
　パラドクス通信で呼びかけると、巴から返事がある。
　ジェネラル級が姿をあらわしそうな気配はない、と。エトヴァも同意した。
「もう二度と……」
　下がりながら、奪還戦に思いをはせる。
「二度と悲劇が起きぬよう、ここで終わらせる。復讐の円環を」
　煙幕は完全に晴れ、植物の『ゲーリュオーン』の身体も出現順に崩壊していった。
　前哨戦に参加したディアボロスたちは、無事に撤退を完了させる。ヘカテーの領域を、高台から振り返るクロエ。
「ディヴィジョン出身の復讐者は皆クロノヴェーダに敗北……死んだ者ばかり。私とてそうです。そして殺した者に復讐を誓うこともまた同じ。そういう意味では私とお前たちは似ているのでしょう。ですが……復讐ではなく、偉大な女神への敬意と信仰のため。邪魔だてするならばお前たちも殺します」

最終結果:成功
完成日	2025年04月13日