リプレイ
フライング・ダッチ号は境界の霧を越え、再び未知のディヴィジョンへと船首を進める。
空気が変わった、と誰しもが思うのは恐らく気のせいでもないだろう。
天売島――本来の歴史であれば、苫前郡羽幌町に属する二つの離島の片方。東に位置する焼尻島と並ぶ様に浮かぶ、小さな小さな島。このディヴィジョンにおける蝦夷共和国の本土からは30kmと離れており、隣の焼尻島からも5kmの隔たりを持つのは史実と変わらない。
刻逆の時点では人口も300人を切っていた筈であるその島は、大きさも周囲12km、同じ縮尺の地図で重ねてみると新宿区の三分の一くらいの面積・大きさである。
この島の二つ名は『海鳥の楽園』……オロロン鳥とも呼ばれるウミカラス達の日本唯一の繁殖地であり、緑覆われる島であった筈なのだが。
――海鳥の声が全く聞こえない。風光明媚で自然豊かな島の面影が微塵も感じられない。
大きな壁こそ無いものの、開発され尽くした島の地面を覆って見えるのはコンクリートとアスファルトの無機質な色。
遠くからでも、天売が酷く寂しく殺風景な島になっているのを見て取れた。
夜を待ち、船をそこに残したままディアボロス達は島に向かう。
まずは夜明けを迎える前に上陸し、島の管理棟を探し目指す為に。
エトヴァ・ヒンメルグリッツァ
再びの蝦夷へ……ダッチマン号は大忙しだな
蝦夷共和国への光明に期待をかけて
今回も、よろしく頼む
完全視界を使用
仲間と残留効果、得意を活かしあい協力を
蝦夷への突入地点と、方位磁石、周辺地図を参考に
船で天売島までの距離を確認しながら接近し、視認されない位置で海へ
水中適応を借り
ドライスーツにフィン、マスクを着用し潜水だ
ここから、合図はハンドサインで行おう
波立てず、ある程度の深さを保ち島へ泳いで接近
潜望鏡で周囲を確認し、遠目に、施設の配置を確認
管理棟は5階建て雑居ビル程度で特徴的だし、窓があれば灯がついているだろう
管理棟や建物の窓、屋上から死角となる場所へ静かに上陸だ
潜水スーツは防水バッグへ収納
暗色の迷彩コートを羽織る
さあ、管理棟を目指そう
忍び足で音を立てぬように
人影や物音に注意し、周囲に目を配り偵察と観察
特に、監視カメラに映らぬよう気をつけないとな
死角を伝って移動だ
この時間まで仕事とは
ブラック企業っぽい……暗黒世界だけに
管理体制も休みなしか。既に非人道的な匂いがするな
さて、夜勤を切り上げて頂こうか
イツカ・ユメ
…以前来た時には、上陸することは出来なかったけれども。
いつか、きっと。
この地を取り戻すと、あの時に歌ったから。
もう一度蝦夷に連れていってね、フライング・ダッチマン号♪
潜水用の装備等、泳ぐ準備をしっかり整えて。
【水中適応】のご加護で島まで頑張って泳ぐよ!
モーラットのキットは、濡れないように防水鞄に入っててね。
…狭い?ちょっとだけだから、我慢して?
【完全視界】も活用して、念の為海中にも異変が無いか警戒しつつ。
明かりが少ない、警備が薄そう等、
目立たなそうな場所を探して上陸するね。
【クリーニング】もお借りして、泳いで上陸した痕跡を消したら、管理棟を目指して、抜き足差し足忍び足でレッツゴー!
管理棟に向かう途中にあるものにも、念の為注意は向けておくね。
畑、運動場、工場……これも幸福矯正の為に必要なものなの?
それとも別の目的が?
人々を『幸福』で支配して、管理して、不都合があったら矯正する為の施設、なのかな?
彼らにとって、都合が悪いものって何かしら……もしかして、ここにディアボロスが居たりしてね?
荒田・誠司
【心情】
なんだか無機質だ。機械化されていた故国を思い出す
あんな場所にいて幸福なんて感じるのかねぇ
幸せなんて人それぞれだが俺はそう思わない
今後にために色々と調べてくるとしますか
【行動】
俺はパラドクス通信を発動させてから島へ向かう
基本的に水中適応や完全視界を借りて行動する
他にも使用できる効果があれば借りさせてもらおう
暗い海の中だから大丈夫だとは思うがあまり目立たないように黒い布を被って少し深めの場所を泳いで行く
その間も周囲の警戒を怠らず
敵影や何か気がついたことがあればすぐに皆と共有する
陸地に上がればクリーニングを借りて
衣服を綺麗にしよう
上陸場所も目立つようなら水気を拭き取っておけば
侵入が見破られる可能性も減るはずだ
管理棟に行く間までも周囲の様子や施設を確認し見つからないように注意しながら前進
機械知識があれば監視装置の位置や仕組みが予想できるかもしれない
使えるものは全て使おう
必要なら臨機応変に対処する
八雲・譲二
天売島か…
元道民としてはこんな小さな島までがっつり開発の手が伸びているのを見て早速気分を凹まされたぜ
だがそういう嘆きも力に変えるのがディアボロスだ。元の北海道を奪還するため精一杯やるとしよう
さて俺は平穏結界を使用
水中適応を借りつつダイバースーツ等の水中用装備も使って島に渡ろう
完全視界があるなら海中の様子にも気を配る
海鳥は駆逐されてるようだが魚はいるか?
海上兵器が浮かんでないかも注意だな
上陸したらクリーニングを借り状態を整え、引き続き平穏結界しつつ仲間と共に前進
ぱっと見目立つあの建物が管理棟かな、畑や工場に見えるのは被収容者の労働場所か?
細かく調べる時間はないが、他の建物の外観や畑の様子も可能な範囲で確認しておきたい
本来の歴史にも存在してたような見た目かそれとも…?
考えるのは後だが、撤退時に備えて上陸地点と建物の位置関係は頭に叩き込んでおこう
慎重にスニーキングミッションして管理棟へ潜入。苦手分野だが頑張るよ
あれば光学迷彩で隠れつつ敵の詰め所を探そう
固まってくれてりゃ僥倖だが、どうだろうな?
ソレイユ・クラーヴィア
成程、広大な北海道全てで小樽と同様の警備を敷いているわけではないのですね
以前出会った隊士は付け入る隙は無いと豪語しておりましたが
見つけてみせますよ、必ず
水中適応・完全視界をお借りします
光学迷彩を発動
暗色のドライスーツを着用し魔力翼も同色の外套で隠します
ダッチマン号から静かに入水して海底を歩き上陸を目指しましょう
海底の岩場に身を隠すように動き
機雷や探知機のようなものが仕掛けられていないかも警戒
念のために赤外線ゴーグルも装着して肉眼で見えないものが設置されていないか周囲を見渡しておきます
仲間と手分けして上下左右前後に異常が無いかを警戒
何か気づいた事があればハンドサインやパラドクス通信で共有します
最終人類史の天売島周辺の海底地図も防水加工の上で持参し
周囲の状況と合わせ島までのルートの目安とします
あまり灯が付いていないエリアから上陸しドライスーツは重石をつけ水中に投棄
管理棟は一番大きな建物でしょうか
双眼鏡で方角を確認したら
監視カメラの視界内に入らぬよう路地や障害物の影を経由して施設まで移動します
九重・古安
矯正施設……ということは、新選組にとって何かしら不都合があった者に対しての矯正とみるべきか。
その不都合の正体や奴らがどう対策するかが分かれば攻略の糸口になるはず。
まずは海中からの侵入だな。逸れないように水中適応を使って味方との意思疎通はしっかりと。
上陸地点として都合の良い目立たない場所を探して、慎重に行くぞ。
上陸したら濡れた足跡等の痕跡で気づかれるのを避けるため、クリーニングで自分と味方の服や持ち物、上陸地点付近を清潔にしておこう。
狙いの管理棟とやらは……なるほど分かりやすいな。管理する側とされる側の違いを見せつけているというわけか。
前回蝦夷共和国に侵入したときには手荒い歓迎を受けたが、あの時と比べれば警備は手薄だな。
だが主だった道路に監視カメラの類が仕掛けてある可能性もあるので注意を。光学迷彩や平穏結界を生かしつつ、移動は慎重に。
念のため上陸地点からの道程や管理棟制圧後に行くであろう施設との位置関係を覚えておこう。
時間が限られる以上、スムーズに事が進むに越したことはない。
クィト・メリトモナカアイス
ふんむー。
攻略旅団で提案するときにそれなりには下調べをしたのだけれど。
前に見た小樽と同じように、とてもへんなことになっていそう。
んむ。まずはみっしょん1。気付かれないように潜入すべし。
【完全視界】を借りて夜でも遠くが見えるように。なくても建物に明かりがついていたら方向は分かるかな?
フライングダッチマン号から島の位置を確かめたら【水中適応】を借りて水中を進む。
んむー、どういう方法で侵入者への警戒をしているのかは不明だけど。
とりあえず目視を避けられるぶんだけ水面よりも水中が良い……はず。
上から見つけられないように水中を進み島に上陸。
上陸は【壁歩き】を使って崖をこっそり登るのを提案する。
上陸に適した海岸は監視カメラ的なものとか警報装置的なものが多くあってもおかしくないと思う。
上陸後は警報装置や監視カメラに気を付け、怪しいものには近寄らず、触らず、壁際をこっそり進もう。
管理棟は5階建ての雑居ビルくらいの大きさで、近代的な建物はそれだけという話。たぶんあれかな……?
こっそり速やかにとつげきー。
暗黒蝦夷共和国への再突入は前回と比べれば随分と呆気なく。ヤ・ウマトと然程変わらぬ波の音。しかしどこか不思議な静寂と空気が世界を覆っていた。
「成程、広大な北海道全てで小樽と同様の警備を敷いているわけではないのですね」
ソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)は早速の敵襲と言う手荒な歓迎が無かった事に、予知された通りとは言えど安堵の息を吐いた。
日が暮れていく間、波間に揺れる船の上でエトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は夕陽に照らされる島を見やる。突入地点から方位磁石や最終人類史の周辺地図を確認しても、天売島があるとされる位置には間違い無くそれらしき島が存在していた。
「再びの蝦夷へ……か。ダッチマン号は大忙しだな」
しみじみとエトヴァは呟いた。アルタン・ウルク、リグ・ヴェーダ海域、蝦夷共和国、再びのアルタン……そして南極付近まで赤道を跨いでまた戻って、再び蝦夷。危険を伴い長い距離を航行してきた船は、それでも沈む事も無く――ディアボロス達の冒険にこうして文字通りの助け船となっていると言えるのだろう。
「……以前来た時には。上陸する事は出来なかったけれども」
いつか、きっと。この地を取り戻すと、あの時に歌ったから。イツカ・ユメ(いつかかなうゆめ・g02834)はそう思い起こしながらも、ここまで再び蝦夷の地に連れてきてくれたフライング・ダッチマン号に向けて甲板上で礼を述べる。
そしてエトヴァもまた、帆柱をそっと撫でて船を労る様に言葉を紡いだ。
「蝦夷共和国への光明に期待をかけて――今回も、よろしく頼む」
帰りもまた頼りにしている、と。そう、調査は無事に戻ってこそなのだから。
「ふんむー。それにしても……いや、攻略旅団で提案するときに、それなりには下調べをしたのだけれど……」
クィト・メリトモナカアイス(モナカアイスに愛されし守護者・g00885)は首を傾げていた。図書館や書店の本、データで残された島や近海の映像や画像などの資料、そして最終人類史本来の地図。場所が正しいのは確かなのだが、それ以外の違いがどうにも目に付く。
「前に見た小樽と同じように、とてもへんなことになっていそう」
「ああ……なんだか無機質だ」
機械化されていた故国を思い出す、と双眼鏡で島の様子を見ながらぼやいたのは荒田・誠司(雑草・g00115)であった。手付かず自然のままの筈である緑は随分と刈り取られ整備され、島の土地全てに開発の手が入っているのが遠くからでも充分解る。
「あれが……このディヴィジョンの天売島かぁ……」
八雲・譲二(武闘派カフェマスター・g08603)は見てられぬと舷縁を背凭れにして甲板に座り込み、やるせない気持ちを紛らわせるかの様に頭をガシガシと掻き毟っていた。
「大丈夫か、顔色悪いぞ」
「ああ、平気――でもねぇか」
心配して顔を覗きこんだ誠司に、譲二は苦笑いしながら応える。
「元道民としてはな、こんな小さな島までこうがっつりと開発の手が伸びているのを見せつけられるとなぁ……」
早速気分を凹まされたぜ、と吐き出す息は重い。最終人類史出身の彼である。変わり果てた故郷の姿に衝撃を覚えるのは仕方の無い事なのだろう。譲二は気を取り直す様にゆっくり立ち上がる。
「だが……うむ、そういう嘆きも力に変えるのがディアボロスだ。元の北海道を奪還するため精一杯やるとしよう」
「だな。にしても、あんな場所にいて幸福なんて感じるのかねぇ」
誠司は改めて遠くに見える天売島の様子を眺める。本来の有るべき風光明媚で豊かな自然は人の心を癒す効果があるだろうが、どうもそう言ったベクトルの幸福を提供している訳では無さそうだ。
「矯正施設……ということは、新選組にとって何かしら不都合があった者に対しての矯正とみるべきか」
九重・古安(巻き戻り路逸れる針・g02347)はこれから向かう先の名称を思い出し、思案する。その不都合の正体が解れば、そして新選組がそれに対してどう対策をしているのか。それを知る事で暗黒世界蝦夷共和国の感情搾取の手段を把握し、攻略の糸口にする事が出来る筈だ、と。
「幸せなんて人それぞれだが、管理されたそれを俺はそう思わない」
ゴーグルで茶色の瞳を遮りながら誠司は独り言の様に呟く。恐らくその思いに異を唱える者などこの場にはいない。
「さて、今後の為に色々と調べてくるとしますか」
「以前出会った隊士は付け入る隙は無いと豪語しておりましたが……」
前回の蝦夷共和曲への突入はまだに記憶に新しい。ソレイユはその時に出会い、言葉と攻撃を交わした隊士の自信たっぷりな様子を思い出しながら、暗くなる海に浮かぶ島を見つめて決意を固めるのだ。
「見つけてみせますよ、必ず」
付け入る隙を。攻略の手立てを――。
夜も更け。完全視界を用いて夜闇でも皆の視界を確保したエトヴァは遠く見える天売島からの距離を確認する。
「この辺りなら向こうからも視認はされない、かな」
双眼鏡を用いて島の建物がハッキリ見えるどうかの距離。向こうから海原の中にこの船を見出すには余程目を凝らさぬ限りは難しいだろうと判断した位置に停泊させた。
「んむ。まずはみっしょん1。気付かれないように潜入すべし」
クィトは暗闇の向こうにある島に向けてビシッと指を差して作戦行動開始を告げる。昼間のうちにフライング・ダッチマン号から島の位置や距離は目視でしっかり確認してある。それにほんのりと島の上に帯びる光がそこにある施設の灯りなのは間違いないだろう。
ディアボロス達は各々、潜水用の装備に身を包む。イツカの用いた水中適応は水温や水圧の影響を受けないとは言え、水に濡れない訳では無い。
「だからキットは紡錘鞄の中に入っててね」
もきゅ、と良い返事をしたモーラットを優しく鞄の中に入れてやるイツカ。狭くてキツそうだが、ちょっとだけだから我慢して?と声を掛ければフルフルと頭(?)を横に振ったキット。問題無いと言う事らしい。
暗色のドライスーツに身を包むソレイユは同じ色の外套を纏い、デーモンの証したる魔力の翼を隠す。エトヴァも同じくドライスーツに身を包み、泳ぎやすい様にフィンを足に付け、口元をマスクで覆った。
「海鳥は駆逐されてる様だが……魚はいるか?」
ダイバースーツを着込みながら、譲二は海の中を覗きこむ。ちらほらと魚の群れが見える辺り、海の生物を全滅させる様な真似はされてなさそうだ。心配していた海上兵器も見当たらない。
「んむー、どういう方法で侵入者への警戒をしているのかは不明だけど」
クィトは水に飛び込み海面から顔を覗かせてから島の方を見つめて呟く。とりあえず目視を避けられる分、接近は水面よりも水中を進む方が良いだろう、と。エトヴァもそれに頷き、トポンと音は小さく水の中に入った。
「ああ、波立てない様に……ある程度の深さを保って進むとしよう。合図はハンドサインで?」
「離れた時の為にパラドクス通信も用意して来た。大声を出さなければ感知される事は無いと思いたいが……」
誠司は黒い布を被って身を暗い海に投じながら告げる。波音より大きな声さえ出さねば大丈夫だろう。譲二の展開した平穏結界もある。多少の会話は気付かれにくくはなってくれる筈だ。
入念に残留効果を重ねた上でディアボロス達は海中を泳ぎ、海底を歩み、島へと向かう。
「機雷や探知機の類いも無さそうですね……」
海底の岩場に身を隠しつつ進んでいたソレイユは仲間と共に上下左右に前後を警戒しながらも、余りに何も無い事に驚きながら首を傾げた。念の為に装着した赤外線ゴーグルにも特に何も見えず。敵影も見当たらない辺り、天売島については外洋に対する警備は薄いと見える。
(「それに対クロノヴェーダやディアボロスを想定すると、クロノ・オブジェクトでも無ければ機雷は意味は無い、か」)
そして天売島にあるのは『幸福矯正施設』。一般人を集めているだけならば敵にとっては重要拠点では無く、守りに力を入れる必要も薄いのかも知れない。
(「――こちらの島はどうなのだろうな」)
防水加工した最終人類史における天売島周辺の海底地図でルートを確認しつつソレイユはふと思う。地図では東隣に描かれたもう一つの小さな離島も同じなのか、違うのか。だが今は目標に定めた天売島の事だけを考えるべきかと頭を振った。
「そろそろ近付いて来たな……あの西岸なら目立たないか?」
古安が指を差したのは島の西側にある絶壁の下。崖っぷちに建物は見えず死角になっている事から、上陸するには充分な地点であった。
海中より潜望鏡でエトヴァは周囲を見回す。崖の下の僅かな陸地は荒波に削られた岩場そのもので監視カメラの様な近代的な設備は見当たらない。管理棟は崖の向こう側……東側の低地だろうか。この真上には五階建てもある高さの建物は見えなかった。上陸地点としては目立たず申し分無い。
「むしろ上陸に適した海岸は、監視カメラ的なものとか警報装置的なものが多くあってもおかしくないと思う」
そう告げたのはクィトであった。この西海岸……『上陸』だけなら可能だが、その先に進むとなると狭く荒波打ち寄せる海岸沿いの岩場を歩く羽目となり、まともに歩ける場所に出れば目に付く可能性もあっただろう。――が。
「我らには壁歩きと言う手がある。この崖をこっそり登っていこー」
でこぼこした岩壁だが、平らな箇所を選んで進めば登れなくは無い。ましてやここをわざわざ登って来るなんて思いも寄らないだろう。
「海水の臭いも、上陸の痕跡も消していこうか」
古安の用いたクリーニングは海水で汚れた皆の衣服を清浄にし、染み付いた潮の香りを全て消し去った。
「海水ってそのまま乾かすとベタベタするものね」
キットを鞄の中から出してやりながら、ニッコリ笑み見せるイツカ。誠司も濡れた地面の痕跡も残さず拭き取り消し去る事で、侵入が見つからない様にと念には念を入れておく。
「予知だと管理棟にいるトループス級を片付ければ島に新選組がいなくなるとは言え、な」
「本当、一般人管理だけの島らしいと言え……」
「拍子抜けしますよね、これは」
脱ぎ捨てた潜水スーツをバッグに押し込み、重石をつけて水中に投げ入れながら。エトヴァとソレイユは互いに顔を見合わせた。だがこの先に向かう監視棟は確実に敵が――新選組がいる。気は抜けないと迷彩コートで身を闇に溶け込ませ、壁歩きで一路崖の上を目指す。
「抜き足差し足忍び足でレッツゴー!」
「ああ、それと静かに、な」
音を立てず声を潜めながらディアボロス達は崖を上り詰めると、そこは島の中でも高い位置であった。
崖の間近まで何らかの建物が建ち並ぶも、東側の低地を見渡せる高所は島の全景を見渡すには充分であり、ディアボロス達は夜闇の向こうに目的の建物を探す。
「管理棟とやらは……」
「たぶんあれかな……?」
「なるほど、分かりやすいな」
古安は双眼鏡など無くても明確に分かる建築物を見て呟いた。クィトも五階建ての雑居ビルくらいの大きさで近代的な建物はそれだけだと言う予知の話を思い返し頷いた。低層の建物並ぶ中、飛び出て建つそれは深夜であっても煌々と灯りを点して夜の島でも目立って見えていたのだから。
「管理する側とされる側の違いを見せつけているというわけか」
そう古安が評するのも無理は無かった。見る限り、眼下に見える島の施設群はどう捉えても『刑務所』のそれであったのだから。違いと言えばそこを取り囲む様な高い壁が存在しないと言うくらいか。
「畑、運動場、工場……これも幸福矯正の為に必要なものなの?」
見える範囲――管理棟に向かう途中に見える施設に、イツカは怪訝な表情を浮かべていた。この施設群と幸福と言うのがどうにも結びつかない。何か別の目的でもあるでのは無いかと勘ぐらざるを得ないのだ。譲二も視認可能範囲で見たままの感想は似た様なものであった。
「畑や工場に見えるのは被収容者の労働場所か? 俺等の時代にあるムショのイメージと大差無い様に見えるが……」
特に未来的にも古い時代のものにも思えない。現代的――最終人類史と然程変わらぬイメージを譲二は感じていた。詳しく考えるのは後の話になるだろうが、調査や撤退時に備えて上陸地点から建物の位置関係だけは頭に叩き込んでおく。
「人々を『幸福』で支配して、管理して、不都合があったら矯正する為の施設、なのかな?」
それでもイツカは目に見える施設の様子に色々考えを巡らせずにはいられない。
「彼らにとって、都合が悪いものって何かしら……もしかして、ここにディアボロスが居たりしてね?」
「そうだとしたら……これ程警備が手薄と言う事はないだろう」
古安はゆるりと首を横に振る。前回の小樽での手荒い歓迎と比べると出迎えすら無いのだ。ディアボロスを捕らえているなら脱走防止の罠くらいあっても可笑しくないし見張りだってもっといても良い筈だ。
「監視カメラの存在を隠す様でも無いし、な……」
誠司は進む先に設置されていると予想される場所を示しながら、そう口にする。主だった道にある監視カメラも施設内部――畑や工場の方を向いているものが多く。ディアボロスの出入りを完全に防ぐには心許ない。
建物の影から影へ。光学迷彩を用いながらも慎重に進み――隠密にかなり力を入れて行動したのもあり、スムーズ過ぎる程スムーズに、ディアボロス達は監視棟の近くに到達した。
煌々と明るい光が灯る窓。見える人型の影がトループス級新選組だろうか。室内を忙しなく動く様子はこんな深夜でも彼らが起きて活動している証左であるが。
「この時間まで仕事とは、管理体制も休みなしか。ブラック企業っぽい……暗黒世界だけに」
「上手いコト言ってる場合じゃ無いぜエトヴァ。さぁて、固まってくれてるのか、ありゃあ……」
譲二がツッコミ入れつつも窓から見える様子を見る。管理棟の一室を除いて人影は見えない。
「ん……鍵すらかかってないのか」
「どれだけ不用心なんだ……」
誠司がドアの鍵を確認したところ、施錠すらされておらず。古安は呆れた声を漏らした。
――少なくともこの天売島に限っては最低限の警備しか為されてない。
「こっそり速やかにとつげきー」
「さて――夜勤を切り上げて頂こうか」
クィトが合図し、エトヴァも音を立てずに入口のドアを開く。さぁ、スーパー奇襲タイムの始まりだ。
大成功🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
効果1【完全視界】LV1が発生!
【水中適応】LV1が発生!
【パラドクス通信】LV1が発生!
【平穏結界】LV1が発生!
【光学迷彩】LV1が発生!
【クリーニング】LV1が発生!
【壁歩き】LV1が発生!
効果2【能力値アップ】LV2が発生!
【ガードアップ】LV1が発生!
【命中アップ】LV2が発生!
【アヴォイド】LV1が発生!
【グロリアス】LV1が発生!
カタカタとキーを叩く音が深夜の事務室に響く。
『あー、この二人全然幸福度回復してないな……』
『明日の予定表、出来たので確認して貰えるか?』
『待ってくれ、こっちの労務表がもう少しで終わる。それからにして欲しい』
『なぁ、この一週間スケジュールだけどもう少し変えてみたらどうだろう』
コンピューターを利用して施設にいる一般人のデータを細かく管理する業務にあたっているトループス級新選組エアロブレイダー達は、昼夜関係無く事務仕事に注力していた。
監視カメラで時折確認するのも就寝する一般人達の宿舎のみでどうにも周囲の警戒などは行っていないらしい。
――故に。彼らは気が付かない。
いつの間にか監視棟の建物に侵入し、事務室の扉の向こう廊下にディアボロス達が潜んでいる事など。
自分達が奇襲を受けるだなど全く以て夢にも思っていないのだ……。
==========
れっつボコりタイム。
敵の数は少数。両手の指で数えられるだけ。そしてこれで島にいる新選組全部です。
室内は戦うのに充分な広さはあります。
建物そのものを破壊しない限りは【平穏結界】も作用している事だし施設に収容されている一般人達に戦闘の様子が気付かれる事はありませんので気にせず遠慮無く戦って下さいませ。
数も少ないので殲滅させるのに必要な人数での採用となります、ご了承下さい。
なお、戦闘後の調査選択肢では【プラチナチケット】が必須となります。
お持ちの方は今の内に使用しておけば以降の選択肢で全員確実に使えてハッピー💞
クィト・メリトモナカアイス
カチコミだー!とりゃー!
扉をべしーんと開けて奇襲攻撃を仕掛ける。
みっしょん2かいしー!
浮遊球形ガジェット「モナカ」反撃型の音響兵器起動、「反撃のカオマニー」で意識を混濁させる音を響かせる。
に゙ゃ゙~~~~~。
【ダメージアップ】と【命中アップ】を乗せた攻撃であっちが対応する前に大きな打撃を与えよう。
歌なら猫の鳴き声がおすすめ。にゃーにゃー聞こえると皆幸せだぞ。にゃー。
浮遊して死角からの攻撃も数が多くなく、いにしあちぶをこっちが握った状況では怖くない。回り込んでの攻撃を黄金猫拳打棒で受け止め、接近してきた相手の耳元で「反撃のカオマニー」の音を鳴らして意識を奪う。
他にこの島に新選組はいないらしいし、困ることがあるとすれば本島に援軍要請されるとか……?
我らではなく機械に向かって怪しげな動きをするやつがいたらそいつから順に狙って撃破していこう。
んむ!
みっしょん2達成。
これで邪魔する者はなし。
いよいよ暗黒世界蝦夷共和国の民との初接触が待っている。
九重・古安
今のところ潜入は順調だな。こうも戦力が手薄なのは支配体制に自信があるからこそか。
だがそのおかげで、ここの敵を排除できれば次の巡回が来るまでは調査に専念できる。確実に仕留めよう。
……しかし、トループス級たちの働きっぷりが幸福とは程遠いものに見えるのは皮肉だな。
味方とタイミングを合わせて管理棟へ突入、短期決戦狙いで一気に畳みかける。
敵がこちらを排除すべく応戦してくるなら良し、ここで窓を破って脱出されたり施設内や外部に警報を鳴らされては困る。そういった敵は優先して狙うぞ。
敵の背後に防衛ラインで線引きすることで退路を断ち、否が応でもこちらと向き合うように仕向けよう。
強引にラインを越えて逃げようとするならその隙を狙うまでだ。
強襲の利は初手にこそあり。衝打の繋装でフルスインガーを投げつけて敵の出鼻を挫くぞ。
室内戦であれば機動力にものを言わせての回避にも限度があるはず。
宙に飛んで避けるなら、鎖を引き戻しての二撃目をこちらに切り込んでくる無防備な背後にぶち当ててやろう。
ソレイユ・クラーヴィア
これ程までに警戒が緩いということは
施設に収容された一般人は逃げ出す程の気力は無い者ばかりという事なのでしょうね…
侵入する分には助かりますが
人々がどんな心境で此処にいるのかというのは、少し不安です
とはいえ、まずは隊士の排除から
ささっと終わらせましょう
仲間と機を揃えて扉を開け、奇襲を仕掛けます
宙に展開した鍵盤でヒロイックシンフォニーを演奏
本来ならこの地に居たであろう、アイヌの英雄の幻想を喚び
ダメージ・命中アップの加護も纏わせ、隊士へ切りかかるよう指揮します
仲間と攻撃対象を揃え、体力の低い者から速やかに各個撃破
警報装置や通信機器に向かおうとする者が居れば最優先で攻撃し、異変を外部へ漏らしはしません
後で調査もできるよう、室内の設備には被弾させぬよう注意
深夜までお仕事お疲れ様です
機械の身体に睡眠が必要かは分かりませんが、そろそろ休まれては如何ですか
永遠の眠りにご案内しますよ
反撃には魔力障壁とガードアップを展開して凌ぎます
まずは速やかな排除が第一
多少の負傷は必要経費と割り切り、演奏を続けましょう
月鏡・サヨコ
「全然幸福度回復してない」……
新選組にも、問答無用で人間に幸福を感じさせる技術は無いのか
脳に電極を突き刺して信号を送れば、状況と無関係に幸福、なんて予想もしていたのだけれど
……実情はこれから探るとして、今は迅速に敵を殲滅しよう
扉を開けて押し入ると同時に『閃電・月虹』を起動
コンピューターに向かって作業中の敵に背後から急接近し、≪対艦軍刀『銀鉤』≫の一撃を見舞う
最初の敵が奇襲で倒れた隙に事務室の様子を一瞥し、北海道本島との連絡に使えそうな電話等の装置の有無を確認
もし連絡手段の近くに敵が居れば優先的に撃破しよう
敵が連絡実行者のディフェンスなどの妨害を駆使してくるなら、懐に忍ばせた≪トンファー≫を手斧のように構えて装置に投げつけ、故障させてしまう手も考えられるか
反撃に対しては≪電磁投擲鞘『斗號』≫を左手で持ち、右手に握った軍刀と合わせて二刀を払い受け流す
太刀筋を逸らされた敵の隙を突いて再び『閃電・月虹』を放ち、殲滅するまで応酬を繰り返そう
ここからが本題だな
民間人は一体どんな扱いを受けている……?
「(今のところ潜入は順調だな。こうも戦力が手薄なのは支配体制に自信があるからこそ、か)」
音を立てぬ様に管理棟に忍び込んだディアボロス達は、新選組が詰める部屋の前まで難無く辿り着き。九重・古安(巻き戻り路逸れる針・g02347)はパラドクス通信を介し仲間と言葉を交わし、視線を合わせた。
「(これ程までに警戒が緩いと言う事は……施設に収容された一般人は逃げ出す程の気力も無い者ばかり、と言う事なのでしょうかね……)」
ソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)は推測を伝えてみるものの。答え合わせはこれからになるだろうが、少なくともこの島の施設が脱走を阻止する造りになっていないのは確かだ。そしてディアボロス達が幾ら残留効果を重ねて念入りに潜んできたとは言え、ここの新選組は外部の敵を迎え撃つ体勢に無い。
「(侵入する分には助かりますが)」
「(ああ……そのおかげで、ここの敵を排除できれば次の巡回が来るまでは調査に専念できる。確実に仕留めよう)」
古安はこくりと頷いた。しかし……と彼は眉を潜めて思う。ここのトループス級達の働きっぷりと言うと深夜に至るデスクワーク。まるで社畜――人権無視でブラックな存在の如し。幸福と程遠いものに見えるのは何とも皮肉に思えて仕方無い。
そしてソレイユもまた思う。人々がどんな心境でこの島のこの施設に居るのだろうかと。過るのは幾ばくかの不安。
「(先程、全然幸福度回復してない……と言っていた様だが、聞こえたか?)」
月鏡・サヨコ(水面に揺らぐ月影・g09883)が扉の向こうを視線で示しながら皆に問えば、同意の頷きが返る。即ち、新選組にも問答無用で人間を幸福に感じさせると言う技術は無いと言う話。
(「脳に電極を突き刺して信号を送れば、状況と無関係に幸福、なんて予想もしていたのだけれど……」)
奴等――新選組は人間の感情を自発的に引き出す為のノウハウを編み出した、と言う事なのだろうか。
「(……実情はこれから探るとして、今は迅速に敵を殲滅しよう)」
「(ええ、まずは隊士の排除から。ささっと終わらせましょう)」
ディアボロス達は各々得物を手にし、扉の前にて身構えた。
「「(せーの!!)」」
クィト・メリトモナカアイス(モナカアイスに愛されし守護者・g00885)の掛け声を合図に扉をべしーん!と勢い良く開ければ他の皆が一斉に室内に雪崩れ込む!
「カチコミだー! とりゃー! みっしょん2かいしー!」
『え?』『は!?』
全く無警戒であった新選組エアロブレイダー達は突然開いた扉に目を向けるのがやっとの様で、状況を呑み込めていないのは明確であった。
その隙に、最初の先制攻撃を加えたのはサヨコと古安、それぞれの強烈な一撃。
「電力充填完了。閃電、起動……!」
『がはっ!?』
モニターに向かって作業中であったエアロブレイダーが受けたのはサヨコの放つ一太刀。対艦軍刀『銀鉤』の刀身を覆うプラズマの刃は、敵の無防備な背中に向けて一気に急接近し距離を詰めた上で容赦無く叩き込まれていた。
「強襲の利は初手にこそ有り――!」
同時に別のエアロブレイダーの脳天を砕いたのは古安が投げつけた鉄槌フルスィンガー。衝打の繋装により鎖と共に放たれたそれは遠心力を伴って一撃で新選組一体を葬り去り、その後ろに接続されたモニター諸共ぶち抜いた。
反撃の暇も、避ける間も与えず。短期決戦狙いの攻撃は早速二体ものトループス級を撃破するに至る。
更にソレイユとクィトの攻撃は複数の新選組エアロブレイダーを標的として同時に放たれる。
宙に展開した鍵盤、ソレイユの指先が優雅に動き奏でる曲は――本来ならばこの地に居たであろうアイヌの英雄の幻影を喚ぶ。ユカラの様なヒロイックシンフォニーの楽曲より現れた幻影達に残留効果の加護を纏わせた上で彼は旋律にて指揮をするのだ。悪しき侵略者を討て、と。
そしてクィトの浮遊球形ガジェット「モナカ」反撃型が放つ攻撃もまた奇遇な事に音響兵器であった。
に゛ゃ゛~~~~~。
『ひぎっ!?』
身構えようとした所で聞こえる、その猫の鳴き声に似た奇妙な音は新選組エアロブレイダー達の意識を混濁させる効果を発揮し。聴覚から響くダメージに大きくフラついた所に、ソレイユが放った英霊達が手にしたアイヌ刀にて次々斬り付けていく。
「歌なら猫の鳴き声がおすすめ。にゃーにゃー聞こえると皆幸せだぞ。にゃー」
「確かに猫の歌は幸せになれそうですね。にゃー」
クィトがビシッと倒れた新選組隊士達に指を向けて言うと、ソレイユも思わずクスリと笑って同意した。
その間、サヨコは最初の一体目を奇襲にて斬り伏せた直後にこの事務室内の様子を一瞥する。北海道本島との間に何かしらの連絡手段が無いとは限らない。電話や通信機器の様なものが設置されて無いかをまず確認するも。
(「――無い? いや……」)
そんな筈は無いだろうとサヨコは思考する。クィトやソレイユも同じくそれらしき機械を室内に求めたが、どう見てもこの室内はまるで普通の事務オフィスの様で仰々しい機械は見当たらなかった。
後で調査する事も考えていたソレイユは先程壊れたモニターも単なる外部出力機器でしか無いと見遣り、そこで気が付く。彼らの用いていたコンピュータ本体は?と。
『矯正中の人間ではない、ぞ?』
『まさか、噂のディアボロス……!? 何でこんな辺鄙な島に??』
エアロブレイダー達は各々専用の端末機器をその身に装備しているのが見て取れ、それが答えであるとディアボロス達は察した。小型のノートパソコンやタブレットパソコンにも見えるそれから大きなサイズのモニターに接続し出力した上でデスクワークに励んでいたらしい。
そして一番奥に見えるエアロブレイダーが急いで手元の端末に何かを入力しようとし出す。ソレイユとクィトはその動きに不穏な気配を感じ、声を上げた。
「もしかして援軍要請しようとしてる……?」
「異変を外部へ漏らしはしません……!!」
恐らくメールの様な連絡手段だろう。二人が攻撃を放つも他の個体が間に入り、反撃の浮草双影剣――音も無く浮き上がりながら刀と一体化させた両手にて斬り付けてきた。ソレイユは魔力障壁を展開して刃を弾き、クィトも回り込んで来るその攻撃を黄金猫拳打棒で受け止めて受けるダメージを抑え凌ぐ。
「そのノートパソコンが通信機器であるなら、致し方ない」
サヨコは懐に忍ばせたトンファーを手斧の様に構えると、奥で通信を試みようとするエアロブレイダーの装備するコンピュータ目掛けて投げつけた。
『ぐっ!』
その投擲は見事に的中するも、破壊に至らない。と言う事はあれも普通のノーパソなどではなくクロノ・オブジェクト――敵の装備品に含まれていると言う事か。
『本土に通信出来たか!?』
『ダメだ、間に合わなかった!』
脚部バーニアでサヨコの頭上を取りながら、通信に失敗した隊士は反撃の山攻撃破剣を突き込もうとするも。彼女はその二刀に対して鞘と軍刀の両手持ちにて受け流す。
「性能や仕様は違う様だけど……私達のパラドクス通信みたいなものか」
今度は確実に。サヨコの閃電・月虹が迸り、エアロブレイダーは装備した端末諸共、一刀の内に粉砕された。
『此処は脱出……!』
「っと、そうは問屋が卸さない」
既に古安は部屋の窓側とエアロブレイダー達の間に、狭い室内を二分するに充分な長さの防衛ラインを出現させていた。
隊士達はその脚部と背部の装置で空中を浮遊移動する身体の作りをしている――窓を破り逃げる手段もあっただろうが、ラインを越える前に討たれるのは確実。そして通路への扉側にはディアボロス達。完全に退路を断たれたと言っても間違いない。
「否が応でも俺達の相手をして頂けるかな?」
『おのれ……!』
強引にラインを越えようと脚部バーニアの出力を全開にするエアロブレイダーだが。その隙を突く様に古安の振り回した鎖の先、フルスィンガーが強かにその脚を身を撃ち砕いた。
「まずは速やかな排除が第一、と……!」
多少の負傷は気にしないとソレイユは再び鍵盤に指を滑らせる。この程度必要経費と思えば安いものだ。彼の奏でる音色に合わせる様にクィトの携える『モナカ』反撃型がニ゛ャーニ゛ャー唄う様に音を鳴らして隊士達の意識を飛ばし、その間にも英雄の幻影の斬撃が、サヨコの轟剣が、古安の鉄槌が着実にトループス級を仕留めて行く――。
「んむ! みっしょん2達成。これで邪魔する者はなし」
モナカは机や椅子が引っくり返った室内を見回し、最早この部屋にトループス級がいなくなった事を確認した。
「彼らが用いていたコンピュータは全て、このトループス級が各個装備したクロノ・オブジェクト……の様ですね」
ソレイユは隊士達の亡骸より調べてみようとしたものの。無傷に見えても起動すらしない。彼らと連動しているのか、撃破と同時に破壊され、完全に使用不能になっている様子であった。
「さて、ここからが本題だな」
サヨコは別室より新選組の象徴である、だんだら模様の羽織を見つけて来た。プラチナチケットを用いた上でこれを羽織れば、一般人達にディアボロス達が新選組だと思わせる事も充分可能だと時先案内人は示しており。
「此方は倉庫……か。この衣類は一般人用、か?」
古安もまた、違う部屋にて箱に入った衣服を見つけていた。一般人達に紛れての行動をする際に使えそうだ。
「んむんむ。いよいよ暗黒世界蝦夷共和国の民との初接触が待っている」
「民間人は一体どんな扱いを受けている……?」
間も無く近付く夜明け。この施設に集められた一般人の生活を知る為の潜入調査もいよいよ本番を迎える時が来た。
大成功🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
効果1【プラチナチケット】LV3が発生!
【防衛ライン】LV1が発生!
効果2【ダメージアップ】LV2が発生!
【命中アップ】がLV3になった!
【リザレクション】LV1が発生!
朝日が昇るのはどこのディヴィジョンでも変わる事は無い。敢えて言えば、この時期の天売島は北海道だけあってそれなりに冷え込むと言った所だろうか。
一般人の宿舎から人の気配が徐々に感じられる。恐らく起床して活動を開始したのだろう。
施設には宿舎の他に、食堂や運動場などの生活施設、畑・家畜小屋・工場などの労働施設など、色々な建物が建ち並んでいる事は時先案内人の予知から示されており、実際管理棟への侵入時に遠目で見てはいた。そしてそれらを囲う壁や柵の様な脱走を妨げるものが設置されていないのも確認してきている。
施設には一般人のみとなる。残留効果【プラチナチケット】を用いれば関係者を装う事は容易い。
新選組の服装――浅葱色のだんだら模様をした羽織さえ身に着けていれば、『交代で赴任した新選組』であると思わせる事が充分可能である。
また、新選組のフリをした者が上手く立ち回る事で他のディアボロスを『別の場所から連れて来られた新たな一般人』として誤認させれば、彼らの一日の生活を実際に体験すると言う事も出来る筈だ。無論、周囲に合わせて振る舞う事で怪しまれない様にする必要はあるだろう。
一般人に気付かれずに施設の様子を探る事も無論可能。見つかったとしても新選組の羽織さえ纏えば誤魔化せるだろう。
普段の一般人がどんな生活をしているか。ここに集められた彼らを知る事で暗黒蝦夷共和国の人々の暮らしを――そこから新選組が幸福という感情エネルギーをどう得ているのか、その一端を知る術となるのは間違いないだろうから。
==========
調査パート前半です。朝から夜まで、一般人の一日を観察する形となります。
残留効果【プラチナチケット】がありますので種族特徴は気にされません。服装や態度で新選組や一般人の素振りをすればそうだと認識されます。
「新選組」「一般人」「隠れて観察」……どの手段で調査するかを明記して下さい。
施設の中でも特に調べたい場所や生活行動があればプレイングにて示して下さい。その辺りを中心に情報を得られます。
なお、妙に目立つ行動は非推奨となりますのでご注意下さい。
月鏡・サヨコ
★新選組のフリ
調査開始までの時間が許す範囲で管理棟の卓上や棚、キャビネットを確認
マニュアル・労務表・スケジュールが紙出しされていれば情報共有
予定を事前に把握できれば調査観点が定まり、潜入時の演技もしやすい
敵がペーパーレスなら仕方ない、出たとこ勝負だ
【プラチナチケット】を発動し一般人偽装組を新入所者として紹介
挨拶に一般人を集めた時、予知で言及があった監督生を探す
新入りの教育に関する指示を行おう
マニュアルを見れたなら参考にしつつ、調査を邪魔されぬよう「初日は過度でない休憩は許可してやれ」等と命令
新選組が全てを直接制御するのではなく、人々の中に指導者を設ける発想と、その意義は興味深い
監督生の言動や所持品に不審・異質なものが見受けられないか、この機会を利用してよく見ておく
それと、入所者の中に「暗黒世界蝦夷共和国に固有の種族」がいるかも確認しよう
固有の種族は支配体制に絡んでいるかもしれない
挨拶の後は巡回を装って施設の偵察を
日中に人々が生活する場所を巡り、幸福のため具体的に何をしているか概観を掴もう
ソレイユ・クラーヴィア
「新選組」
プラチナチケット・友情催眠使用
まずはこの施設の状況を見て回りたいです
動き回っても怪しまれないよう新選組の羽織を着て
人々の生活の様子や、新選組に対する態度を見ましょう
まずは食堂から
巡回の新選組を装い訪問
何か聞かれれば、今日はここを巡回せよとの局長命令です、と答えておきます
畑や家畜小屋があるわけですし、美味な食事は幸福度に高く貢献する筈ですから
所謂ディストピア飯では無いのでしょうか
食事風景を観察し、無気力なのか活気があるのか
新選組を恐れたり避ける風なのか
それとも幸せそうに話しかけてくるのか
一般人にも各作業にリーダー格がいるのか
幸福度によって待遇が違うのか
普段の新選組と一般人の距離感を測ります
それと予知で新選組隊士が歌について発言していたのも気になります
食事中に歌は流れているでしょうか
食後は適度な運動、作業が空腹感を促す筈
一般人の食後行動も監視を装い追跡します
もし一般人を装う仲間がいるなら途中まで一緒に行き
新入りを連れてきたので、ここの生活を説明するように
と施設の一般人に話をつけます
九重・古安
さて、ここからが今回の仕事の本番だ。
他の皆とは別行動を。こちらは一般人に気づかれないように調査を進めたい。
モブオーラと光学迷彩を使い、隠密行動に徹しよう。気づかれて騒ぎになりそうなときはプラチナチケットで誤魔化してやり過ごす。
矯正施設という以上、ここに送られた者は何かしらの問題を抱えているはず。
漏れ聞こえたトループス級の会話からして、何かしらの方法で幸福の度合いを計測しつつ綿密なスケジュールを組んでいる様子だったな。
潜入時に見えた刑務所のような施設のどこかにそんな仕組みがあるということか。
注目すべきは新選組……として振舞っている仲間たちに見られていない状態の者の反応だ。
監視カメラや人目に付きやすい場所から離れたところにいる者がいれば、気づかれないように様子を探る。
それぞれの表情に注目しつつ、幸福そうな者とそうでない者との行動の違いを見極めよう。
特に、急に様子が変化した者がいれば注目を。
一通り探り終えたらパラドクス通信で仲間と連絡を取り合い、合流と情報共有をしてこの後の調査に備えよう。
イツカ・ユメ
皆の奇襲のおかげで、いよいよ調査が出来そうだね。
わたしは倉庫にあった服を着て「一般人」として行動するよ。
【プラチナチケット】で新入りとして接して、施設の先輩達に話を聞いてみたいな。
はじめまして、今日からここでお世話になるイツカだよ。
あなた達は、いつからいつまでここにいるの?
わたしは小樽の近くから来たのだけれど、あなた達はどこから来て、どんな暮らしをしていたの?
なんて、友好的に世間話をしつつ。
施設に人が来る周期や条件、施設以外の場所での暮らしの様子とかを聞けたら良いな。
周りの皆に合わせて怪しまれないよう生活しつつ、労働系の施設も見学したいな。
特に気になるのは、工場で何を作っているのか、だね。
作ったものは、この島で使うの?それとも、島じゃないところで使われるのかな?
何かマニュアルみたいな本があったら【書物解読】で内容を詳しく調べてみるね。
他にも書物があったら、積極的に活用していくよ。
…ふと、予知のことを思い出して、歌を口遊んでみる。
歌はわたしの幸せだけれども、皆にとってはどうなのかしら?
八雲・譲二
一般人用の衣服もあったか。助かるな
それじゃ俺は「一般人」目線の調査をしよう
新選組として調査に入る仲間に「新入りだ、色々教えてやれ」って感じで他の一般人の所へ放り込んでもらう
で、遠慮なく「何もわからないから何をしてどう過ごしたらいいのか教えてくれ」って教えを乞うぜ
一般人は新選組の事をどう思ってるのかな
生活ルーチンや会話内容もおかしな部分がないか注目しとこう
幸福度が具体的に何なのか、複数人と話してみたら掴めるだろうか
元道民としては畑や家畜小屋にどうしても故郷の面影を探してしまうのでそこで労働するチームに紛れ込む
流石に農業スローライフやアニマルセラピーで幸福度回復!ってやってるわけじゃないと思うが労働内容も普通なのかな
収穫物は工場で加工したり本土に出荷したりするのか?
あとは歌についてか
ディストピア的には生活空間や作業場にずっと流れてたりする?
聴こえてきたタイミングで「あの歌何なんすか」って聞いてみるか
これも一般人達はどう思ってるか知りたいし、聴き入る前後の表情も見比べたい
洗脳や催眠の類なのか?
クィト・メリトモナカアイス
「隠れて観察」
いい感じの模様! これは持って帰っていいやつだろうか。
はろうぃんの時に着る服。ダメ? ダメかー。
んむ、それでは民とお話は皆に任せた。我は隠れて様子を見てみよう。
コウモリ変身ならバレない可能性あるのでは……とも思ったけど。
我が見つからなければリスクを冒す必要はなし。
【光学迷彩】を使って隠密行動。
他の復讐者と【パラドクス通信】で適宜小声で連絡を取り、次に行く場所を共有。
新選組が来る前、来ている間、どっかに行った後で民の動きに違いがあるかを観察。
常に真面目なのか、新選組が居ない時は私語をしてたりサボってたりするかとか。
食堂は特に気になる。
他での行動は労働中だったり訓練中だったりするだろうけど。食堂で食事中もそういう時と同じ雰囲気だろうか。
ついでにこっそりつまみ食いできるならつまみ食いする。モナカアイスはあるかな……?
畑や家畜小屋もあるのだし、謎ペーストを作らずともちゃんとした美味しい料理は提供できるはず。
美味しい料理で皆を幸福にするディヴィジョンということはないと思うのだけど。
エトヴァ・ヒンメルグリッツァ
・隠れて観察
平穏結界、光学迷彩、モブオーラ、PD通信を活用
羽織を纏い、見つかったらプラチナチケットで堂々と新選組と振舞う
隠密行動し、物陰や障害物を見つけて潜み、一般人の行動を観察
小型カメラや単眼鏡も使い、遠方や詳細を見られるように
人間の三大欲求や、衣食住満ち足りて……というけれど
幸福を自発的に感じさせる仕組みを探りたい
彼らには、本来の蝦夷のシステムに適合していない箇所がある……
すなわち「幸福ではない要素」がある
1集団に朝から夜まで付き従い
定時行動から遅れる・他の人と違う行動をする人の様子と、その時の周囲の対応を観察
何かを聞いている素振りや、よく繰り返す仕草はないか
幸福ではない感情を露わにしていないか
もう一つ、「発信」「受信」するものがその場にないか探る
施設か、人の身体にありそうだ
電磁波探知機も使い、稼働している機械を探す
矯正的な幸福と聞けば、洗脳ソング、サブリミナル効果……と想像してしまう
幸福度を計測する装置もあるのかな
可能なら、一度人気が引いたタイミングで宿舎にも入り、部屋を捜索したい
浅葱色のだんだら模様。プラチナチケットを発動させてその羽織を衣服の上より身に着ければ、一般人から関係者――つまり新選組であるかの様に扱われる。
「いい感じの模様!」
手に取り、キラキラした目で一頻り眺めたクィト・メリトモナカアイス(モナカアイスに愛されし守護者・g00885)は一言。
「これは持って帰っていいやつだろうか。はろうぃんの時に着る服」
しれっとそんな事を仲間達に聞くも。生憎と皆の首は横に振られた。
「ダメ? ダメかー。それでは民とお話は皆に任せた。我は隠れて様子を見てみよう」
残念そうに無表情のまま言うも、いそいそと羽織ってみる辺り気に入ったのかも知れない。
そんなクィトの様子を微笑ましく見つめていたソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)は、隠れず堂々と浅葱色の羽織を着た上で調査する予定である。
「まずはこの施設の状況を見て回りたいですね。人々の生活の様子に、新選組に対する態度に……」
「ああ、人間の三大欲求や衣食住満ち足りて……と言うけれど」
エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)も羽織を手にしながら小さく頷いた。一応羽織を纏って行くが、基本的には一般人達に直に接する事無く観察に徹するつもりらしい。
「新選組が、一般人達に幸福を自発的に感じさせるその仕組みを探らないとな」
「それじゃ俺は一般人目線の調査をしようか」
八雲・譲二(武闘派カフェマスター・g08603)は倉庫の在庫と思しき一般人用の衣服を着ながら言う。
「彼ら用の衣服もあったのは助かるが……何と言うか網走っぽさを感じるな」
「刑務所みたいだとは思ったけど、服もそうだといよいよそうとしか思えないね。施設の先輩方、どんな人達だろう」
着替え終わったイツカ・ユメ(いつかかなうゆめ・g02834)もまた別室から姿を現した。まるで囚人の作業着な服装。彼女もまた一般人のふりをしての接触調査をする心積リである。
「皆の奇襲も上手くいった事だし、ね」
「あんな紙の様な警備、奇襲が上手く行かない方がどうかしている。だがここからが今回の仕事の本番だ」
九重・古安(巻き戻り路逸れる針・g02347)は肩を竦めて言う。彼は仲間と別行動を取り、隠密行動による調査を行うつもりらしい。重ねに重ねた光学迷彩があれば建物の影などに隠れている限り見つかる可能性は低くなる。モブオーラもあれば、潜入組も余程目立つ行動を取らない限りは注目を浴びる事も無いだろう。
「でも一応、はい」
「……念には念を入れろ、と?」
「いざって時に使えるかもだし?」
イツカは古安に羽織を手渡した。万が一の誤魔化しや、一般人に声を掛ける必要が生じた時の為に……と半ば押しつける様にも見えたけれども。
皆が準備を整えた所で、羽織纏った月鏡・サヨコ(水面に揺らぐ月影・g09883)は大きく溜息をつきながら戻って来た。
「何か紙出しされているマニュアルやスケジュール等があればと思ったが。殆どパソコン管理だったらしい」
サヨコが見つけたのは、この数日分の手書きレポートだった。
『――は手先が器用なので作業の難易度を上げた方が良いかもしれません』
『――は虫が苦手のようです。慣れさせるか、或いは室内作業を割り振るかの対応が必要かと思われます』
……どうやら監督生と言われる存在が新選組に日々の報告をしていたのだろう。あったのはこれだけ。前の分は既に処分されたと思われる。
「シュレッダーもあったし、入力が済んだら不要って事なのかも」
後はもう出たとこ勝負。監督生がある程度知っているものと願うしかない……とサヨコは腹を括るのであった。
●
既に朝食を終えた一般人達は作業前の朝礼を行っており、班ごとに整列して広場に集まっていた。
「以上で朝礼を――っと?」
そこにだんだら模様の羽織を翻して現れたのはサヨコとソレイユ。その後ろより一般人と同じ服装をしたイツカと譲二が付いて行く。
「新入りを連れてきました。ここでの生活を説明してあげるように」
「承知しました」
ソレイユが二人を紹介する様に言えば、並ぶ人々の前に向かって立っていた者が即座に返事をした。サヨコは探すまでもなく、彼が監督生なのだと察する。
「かく言う私も赴任したばかりだ。教育に関する指示など、慣れないかも知れないが宜しく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
監督生が一礼すると、他の一般人達も続けて一礼した。ちらと目を向ければ殆どが比較的若い世代に見える。
(「俺、浮いてないか? 何か居たたまれない様な……」)
(「大丈夫だよ譲二さん! プラチナチケットの効果で年齢の違和感も消し飛ばせてると思う!」)
多分、と列に並んだ譲二にイツカはパラドクス通信越しに言う。どうも10代半ばから20代半ばの者が殆どで、譲二の様な中年の者は見受けられない。ヒゲ剃れば良かったかなぁ……と思いつつ、せめて心は二十歳の頃を思い出して動こうと決意を固めた。
(「んむむ、こっちもあっちもみんな若者。男女比は2:1ってところかな……?」)
別の場所から見ているクィトからの通信。続けて古安からの通信も入る。
(「恐らくそうだ。しかし誰も彼も、良い方は悪いが冴えぬ風貌と言うか……」)
(「あー、なんつーか……クラスに一人や二人いた、どっか暗くて目立たないヤツっぽいと言うか」)
譲二は若者達を見て感じた印象を伝える。漫画で言うとクラスのカースト最下位でパシリにされたりイジメられたりする系統。そのニュアンスは近世や古代出身の仲間達にも何とか伝わっただろうか。
(「しかし……建物と言い服装と言い、やはりまるで囚人の様だ」)
エトヴァもまた一般人達を見て感想を抱く。先程仲間が着替えた服を見ているとはいえ、男性は青がかった灰色で女性は赤っぽい灰色の作業着に統一され、規律正しく整列している姿。彼らの風貌もあって幸福とは確かに程遠く見えた。
皆の観察結果を統合すると。この施設にいる一般人の数は全部で300人程。男女比は2:1で、年齢的には学生――中学生から大学生くらいの者ばかりであった。
監督生と呼ばれている者は一般人達のリーダーの役割を与えられているらしく、冴えない雰囲気の者達と違ってしっかり者の様子であり、その服装も軍服の様な飾りが付いていて一目でそうだと解るものだった。
他の一般人達はその監督生の指示に従ってそれぞれ畑仕事や工場労働へと向かい。イツカと譲二も合わせて移動する。
「はじめまして、今日からここでお世話になるイツカだよ」
移動しながらイツカは横を歩く一般人の少年に声をかけた。少し驚いた様でもあったが、少年は小さく笑みを浮かべ会釈一つ。
「は、はじめまして。どうぞよろしく」
「わたしは小樽の近くから来たのだけれど。あなた達はどこから来て、どんな暮らしをしていたの?」
友好的に話しかけられ、少年も安堵したのか。ええと、と口籠もりながらも応える。
「僕は北見の方です。住んでた所はみな幸福で良い人ばかりでしたが……僕は落ちこぼれだったので」
浮かべたその笑みはどこか自嘲気味にも見えた。が、すぐに気を取り直す様に表情を明るく見せて彼は言う。
「でも。ここでは、そんな僕でも皆の役に立って幸福になれるんですっ」
「そうだね、僕もここに来て幸福になれることが出来た」
「君も、一緒に頑張りましょう」
口々に言う少年少女達。その様子から、ただひたすらに前向きに思考を傾けているのが解る。
「俺もここに来たばかりで何もわからないからな。何をどうしてどう過ごしたらいいのか、教えてくれるか?」
譲二が彼らにそう問いかけると。頼りにされたと思ったのか少年達は嬉しそうに大きく頷いた。
「任せてください!」
「基本的に監督生の指示に従えば大丈夫ですけど、解らない事があったら何でも聞いて下さいね!」
そう応える彼らは、純粋に……幸せそうに笑みを浮かべて見えた。
●
イツカが向かった先は工場であった。果たしてこの施設では何が作られているのか、特に気になっていた彼女は興味津々で一般人達と共に赴いたのだが。
着いた建物は工場と言うよりは軽作業場。木工や服飾の簡単な工作を行う道具や材料が用意されており、各々割り当てられた作業を開始する。
「君はこれなどどうだろう」
とイツカが監督生に示されたのは白いハンカチと刺繍糸。見ると女子達は刺繍やら簡単な編み物やら布小物やらの製作に懸命に取り組んでいた。
向こうを見ると男子達は手作りの椅子を作る者や、木を彫って食器や人形を作る者もいる。そちらもまた、真剣に作業しているのが見てとれた。
そして作業開始と同時にイツカの耳に聞こえて来たのは……歌。
「……え?」
確かに歌についての言及は予知の中にあった。だがそれはディアボロス達の予想とは違う形で聞こえて来た。
『♪みんなのためにはたらける~ ああ、なんてしあわせなんだ~』
『♪みんなでなかよく協力だ~ ああ、とってもしあわせだ~』
『♪しあわせのために~ はたらこう~』
……歌っているのだ。一般人達が。作業しながらの大合唱。
見たら向こうではお手製の楽器で歌に伴奏を付けているのもいるし。
「あれ、歌わないの?」
「え、ええ……」
「そっか、来たばかりだからここの歌は慣れてないのかな」
起きた事に一瞬呆気に取られていたイツカへ、隣に座っていた少女が声を掛けてきた。こくりと頷いて返せば小さく少女は笑みを浮かべ、優しく促す様に告げる。
「はやく覚えると良いよ。一緒に歌おう」
「そうそう、歌を一緒に歌うとね、幸せな気分になれるからね」
それは知ってる。知ってる……けど。イツカはそれ以上なにも言えず。何とか周りに合わせる様に歌いながらも刺繍針を何とか動かしていた。
「ねぇ、ここで作られるものってこの島で使うの? それとも本土?」
それでもイツカは隣の子にそっと尋ねると。少女はああ、と頷いて答える。
「自分達で使う分。本土の工場生産で配給されたものの方が良いものに決まってるけど、こうして自分の手で作り出す事で感謝と幸福を感じられるのよ」
「そうそう、実際に自分で作ったからこそ解るよね。こんなに大変なものを配給して頂けるなんて幸せなんだなって」
彼ら彼女らの説明はとても前向きなもの――そうイツカの目には映っていた。
「……あの歌何なんすか」
畑に連れられてきた譲二は、やはり作業開始と共に始まった一般人の大合唱に思わずそう尋ねていた。鰊漁で歌うソーラン節じゃあねぇんだぞ、と心の片隅に思いながら。答えはイツカ同様にお誘いが返ってくる。作業中はずっとこの調子で歌っているらしい。
(「本人達はこれで幸福だって思っているのかね……」)
これもある種の洗脳や催眠なんだろうかと譲二は思わず首を傾げていた。
周りに合わせてどうにか口ずさみながらも譲二は畑や家畜小屋を軽く見回す。元々道民である彼としてはどうしても故郷の面影を探してしまう所だが。
作物はトマトやキュウリ、ニンジンにジャガイモ。ただし家庭菜園レベル。家畜小屋も動物園のふれあいパークに毛が生えた程度。酪農と言う雰囲気でもない。そして作業をするその手付きは明らかに素人なのが見て取れる。
(「流石に農業スローライフやアニマルセラピーで幸福度回復!ってやってるわけじゃないと思うが……」)
丁寧にジャガイモを掘り出し、籠に入れながら譲二は近くに来た少年達に声を掛ける。
「なぁ、この収穫物はどうするんだ?」
「ここで育てた植物は、僕たちが食べる栄養バーの材料になるんだ」
……栄養バー。今、物凄くディストピア感溢れるワードが炸裂したような。
「自分で作った野菜が使われた栄養バーは格別だよ。なんて幸福なんだ」
とても満足そうに幸せそうに言う少年達に対してそれ以上野暮な事は言えなかった。
「……あとでメシの時に出て来るのか……?」
掘ったイモを見つめて譲二はボソリと呟くしかないのだった。
●
一般人の中に潜入した二人から状況を聞きつつ外から様子を見ていたクィトは軽く首を傾げていた。
「成る程。歌は聞かせるじゃなくて歌わせる。新選組がいなくても常に真面目、サボりもしないのかー」
彼らは純粋に頑張っている様にも見えるし、監督生や周囲に常に見られている状態でもあった。
「んむー、サヨコの方、見に行っても良い?」
パラドクス通信で行き先を告げ、サヨコが見ている別の場所の元に向かうクィト。工場や畑での作業は幸福度を高めるのが目的で生産物はオマケなのだろうと思案しつつ。
「本土の工場とか配給とか言ってたし。たぶん、作業そのものが目的、と」
さてクィトが別の作業場に着くと、サヨコが一般人から少し離れた所でその行動を観察しているのが見えた。
(「新選組が全てを直接制御するのではなく――人々の中に指導者を設ける発想と、その意義は興味深い」)
サヨコは一般人の中からリーダー=監督生を置いて作業させるその仕組みをそう評する。暗黒世界蝦夷共和国全てがそうなのか、この施設だけの話なのかはまだ解らないが…・・またと無い機会、と特に監督生の言動に注視していた。
「あ、おつかれさまです!!」
「見てください! 上手に作れました!!」
だんだら模様の羽織が通りすがるのを見た少年少女達は元気に挨拶一つ。張り切って作品を見せたり、心なしか作業中の歌声も大きくなった気がした。
(「んむ、あきらかにボリュームアップしてた」)
(「だな。特に恐れたり警戒したりする様子も無い」)
監督生より更に格上に見ていそうだが、まるで幼稚園児が先生に見せる態度に近いような気もする。
流石にこの施設には何もなさそうだが、監視や測定の為の機械を探している仲間もいる――と思い。サヨコは近くにいた監督生に声を掛けた。
「今日が初日の者もいる。過度では無い休憩は許可してやれ」
「はい、丁度そろそろ自由時間に入りますので早めに切り上げさせましょう」
その返答にサヨコは軽く驚いた。労働だけでは無く自由な時間もここの一般人には与えられているのか、と。
しかし、その自由時間とはディアボロス達の思う『自由』と大きくかけ離れていた。
「よし、君は背が高いのでジャンプボールで遊ぶのがいいだろう」
「はい!」
「君は足が速いからかけっこだ。向こうからあちらの建物の辺りまで走ってみよう」
「やってみます!」
監督官の指示に従い、一般人はそれぞれ『遊び』を割り振られていき、それを一生懸命に真面目に遊び――そして些細な事で笑顔を見せる。何とも奇妙な光景がそこにはあったのだ。
「……自由時間……なのだよな、これ。……ん?」
(「んむ?」)
自由とは、と考えあぐねていたサヨコはふと彼らの様子にどこか違和感を覚え、クィトも遊ぶ彼らを更に注視する。
「はは、あはは……」
どうにも表情が引き攣った者がいる。その遊び方も自信なさげでどこか遠慮した様子で――まるで頑張って遊んでいるフリをしているだけに見えたのだ。
声を掛けたものか。そう思案したサヨコだったが、その前に監督生が上手く笑えなかった少女の元に近づいて行く。
「あ、その……わたし……」
「今の君のプレーは素晴らしかった。誇るべきことだ」
「え……?」
鈍い動きだったし、笑えなかったにも関わらず、監督生は少女を叱るどころか褒め称えていくのだ。
「このプレーができた君は幸せな気分になったはずだ。幸せな気分になれば、自然と笑顔になる筈だ」
「自然、に……」
「次からは、自然な笑顔が出せるように気を付けてごらん。そうすれば、君は、より幸福になる事ができるだろう」
「はい、ありがとうございます……!」
アドバイスを受けた少女は、礼を述べながら今度は引き攣ってなどいない笑みを不器用ながらも浮かべていたのだった。
「今の、どう思った?」
「んーむ……我は自由の定義が解らなくなってきた」
広場の外れでサヨコは建物の影に身を潜めるクィトへ背中越しに問いかける。あの少女が笑えなかった理由は解らない。本心からの笑みでは無いからか、落ちこぼれを自称するだけあって自分に自信が無いせいだったのか。
だが、監督生は一般人を責める事を絶対言わないのだ。基本的に自信を持たせる言葉を投げかけている様にも思える。
「奇妙と言えば……あれもだ」
「ん?」
向こうの通路を左右から一般人が数人づつ歩いている。収穫した作物を運ぶ者達とゴミを片付けに行く者達。
「こんにちわ!」
「こんにちわ!」
二つの集団はすれ違う際にまず大きな声で挨拶をし、そして片方が更に言葉を続けて行く。
「何か手伝えることがありますか?」
「私は問題ありません。こちらこそ何か手伝えることはありませんか?」
「僕も問題ありません。ところで今日も可愛いですね」
「ありがとう。貴方も格好良いですよ」
「ありがとう。それではまた」
一通りの定型文の様な会話をしたあと、二つの集団は再び歩いていったのだ。
「なんというか……てんぷれ?」
「一般人同士が出会うと全てあの調子だった。異性が相手だと褒める言葉が必ず付随する」
「それってつまり……」
挨拶がルールとなっているのだろう、とサヨコは肩を竦めた。大きな声で挨拶をする、気遣って貰う、相手を気遣う、異性から褒められる――そう言った言葉が齎す幸福をも彼らが得る為に。つまりは新選組がそのエネルギーを得る為に。
●
「……矯正施設という以上、ここに送られた者は何かしらの問題を抱えているはず」
ここまで観察し、共有した情報を照らし合わせながら古安は改めて周囲の施設を見回した。刑務所の様に見える施設。囚人の様な服装に簡単すぎる労働。幸福を謳う歌を口ずさみ、互いの言葉で幸福度を高める。
「彼らには本来の蝦夷のシステムに適合していない箇所がある……すなわち『幸福でない要素』がある……いや、あったんだろうな」
朝からずっと一つの集団を追って観察していたエトヴァは呟く。他の者より遅れたり劣ったりしている者はいないかと。だが、集められた者は皆、同じレベルでどこか大人しすぎたり鈍かったりと、お世辞にも優秀な人々では無い。
「落ちこぼれ、と言っていたな……」
エトヴァは、イツカや譲二と会話していた一般人達があの後に話していた他の言葉を思い出す。
『ここで幸福になれれば、本土に戻って幸福になれるんだよ』
『それに、もし落ちこぼれても、また戻ってやり直すこともできるんだ』
『だから、私は、絶対に幸福になってみせる』
イツカが他にも何人かの一般人に声を掛けてみた所。落ちこぼれだったと己を称する者ばかりであり、口々に言うのはこの島の生活を経て幸福になるのだと言う話。
「変だな? 完全に管理社会ならば、同じ能力の人間を集める事も出来る。彼らの様な落ちこぼれを発生させる様な事は無い筈だが……」
古安は離れて見える一般人達に視線を向けた。そこにエトヴァは僅かに思案し、一つの推察を口にする。
「敢えて……そうしていないのであれば? わざと集団に落ちこぼれを所属させて、いる……?」
「――まさか」
「ああ。自分より劣った者がいれば優越感を覚える……そんな人間の残酷な一面を新選組は利用している可能性、だな」
一つ一つの集団における総幸福量を上げる、ただその為に『落ちこぼれ』を仕立て上げているのでは無いだろうか。反対に幸福度が下がった『落ちこぼれ』の幸福度を回復させる為の場所が、この様な『幸福矯正施設』なのではなかろうか。
「あまり……考えたくない仮説、だけど」
「いや、数値で管理をする連中だ。やりかねんだろう」
悲しげに首を振るエトヴァだが、古安はその可能性は高いと思えた。多くのクロノヴェーダは人間や一般人を使い捨ての生物として扱っているのは今までの戦いの中でも明確だ。
「そうだ、数値と言えば……何か幸福度を計測している装置らしきものは見つかったかな」
「いいや。トループス級の会話からして、何かしらの方法で幸福の度合いを計測した上で綿密なスケジュールを組んでいる様子だったがなぁ……」
二人がもう一つ、気にして探していたものは『幸福度』を数値化する手段であった。施設に何かしらの測定機械があるのではと一般人を観察しながら探していたが、それらしきものは見つからない。
(「ああ、それについてちょいと聞いてみたぜ」)
耳に届いたのはパラドクス通信を介した譲二の声。
(「幸福度が具体的に何なのか、どうやったら解るんだ?ってな。何でも週一の健康診断があるらしい」)
その際に、病気や怪我、疲労状態まで全部診てくれるらしく。一般人達は『安心して生活出来るよね。なんて幸福なんだ』――と喜んで語っていたとの事で。
どこか腹立たしそうに告げる譲二の声。彼は前の蝦夷突入時にこの世界をこう評していた――このディヴィジョンは『両脚羊』の牧場だ――と。
●
夕暮れ時。集まって来た一般人達を迎える様にソレイユは食堂に足を運んでいた。
「おつかれさまです!」
「珍しいですね、こちらにいらっしゃるなんて」
一般人達より大きな声で挨拶がされ、監督生はそんな事を口にする。怪しんでいるのではなく単に珍しいだけだとはその口振りより伝わって来たが。
「今日はここを巡回せよとの上からの命令ですよ。食事の邪魔はしません」
無論、それを疑問に思われる事は無い。プラチナチケットに加えて友達催眠の効果で友好的に感じてくれている筈だ。
(「畑や家畜部屋もある訳ですし、美味な食事は幸福度に高く貢献する筈ですから……」)
そう思ってた――過去形だ。流石に所謂ディストピア飯では無いと思いたかった。
でもパラドクス通信でガッツリと不穏なワードが聞こえていた。『栄養バー』っていかにもなディストピアな単語が。
「謎ペーストを作らずとも、ちゃんとした美味しい料理を提供できるはずなのにー」
そうぼやいたのは食堂の隣にある準備室で色々物色していたクィト。流石に美味しい料理だけで幸福にすると言う事は無いだろうが、冷蔵庫すら見当たらない。
「これは……モナカアイスは無い予感」
(『流石にそれは無いと思う』)
パラドクス通信で聞こえたツッコミは複数人からであった。残念無念。
さて、この広い食堂に集まっているのは男性ばかりであった。人数にして全体の三分の一だろう。ソレイユはそれを踏まえ、残りの三分の二の行方を調べる様に仲間達に伝達し。彼はこの食事の様子を見届ける事に徹する。食事時間は30分とのこと。
結論から言うと、一般人達に供された食事はやはり栄養バーが数本。それとコップ一杯の水に謎の粉末。
食事開始の合図と共に、彼らはその謎の粉末を水に溶かす。するとコップの中は何やら堅めで噛み応えのありそうなゼリーに変化した。
「今日も食事を食べられて幸せだな」
「ああ、良く噛んで食事をすれば、心が幸せになる」
彼らはそんな事を言いながら栄養バーを少しづつ少しづつ食べ、ゼリーを良く噛んでは飲み込んで……と食事を進めて行く。その食事風景はソレイユから見て何とも異様であった。無気力と言う訳でも、だからと言って活気がある訳でも無い。雑談を交わす事も無く、ただただ生きる事食べる事に幸せを感じると謳う言葉が吐き出されているのだ。
(「流石に食べながら歌う事は無いとは言え、これは……」)
BGMで歌でも流れている方がマシか。いや、あの歌であれば大差無いのだろう。
良く見ると栄養バーには少し色合いの違うものが混ざっており、特に大事そうに食べているかに見受けられた。
「そちらのバーは何か違うのですか?」
「あ、これは僕たちが育てた食材が使われているんです」
「自分の手で作ったものを自分で食べることが出来るなんて、素晴らしく幸福ですよね」
ソレイユの問いかけに、一般人達はまるで自慢するように嬉しそうに応えた。
(「……あじは、びみょー」)
別室でつまみ食いしたクィトの食レポ。ちなみに後で食す事になった一般人潜入組からも味はほぼ同じか少し落ちる、との感想があった。
●
ソレイユとクィトが食堂の調査をしている間、エトヴァは一般人が寝泊まりする宿舎に足を運んでいた。
綺麗に整頓された室内。別棟に人の気配を感じ、そっと見に行くと食事中以外の残り三分の一の者が各々の部屋の清掃と就寝準備を行っているのが確認出来た。
一つの部屋は二段ベッドが2つの4人部屋。余計な装飾や家具は無く、無駄は一切省いた様相だった。
『幸福とは、清潔な環境で暮らす事である』
『部屋の掃除とともに、心の掃除をしよう』
――そんな標語がどの部屋にも掲げられ、塵一つ落ちてはいない。
「確かに、綺麗で清潔な環境は人の望むものだな……」
窓も綺麗に磨かれ、小姑っぽく窓枠に指を滑らせても埃すら無い。
部屋の片隅には幾つかの遊び道具らしきものが入った棚。エトヴァはその内容を確認する。
「いわゆるアナログゲーム、か。ボドゲって言うのかな」
どの部屋も置いてあるゲームは同じ。コミュニケーションを楽しみ、互いにいいねを出し合い褒め合うようなもの。ここでも互いの承認欲求を高める系か、とエトヴァは苦笑を禁じ得ない。
他にあったのはオセロにカルタといった知育玩具的なゲーム。あまり複雑なものは置かれてなかった。
そこに入ったパラドクス通信。イツカと譲二からだった。二人はグループ毎にそれぞれ部屋の清掃と風呂に行っていたが、次は風呂と食事なのだと言う。
「三つのグループに分けてローテーションを組んでいる感じか……?」
==========
部屋の清掃(就寝準備)→ 風呂 → 食事 男子1グループ
食事 → 部屋の清掃(就寝準備)→ 風呂 男子2グループ
風呂 → 食事 → 部屋の清掃(就寝準備)女子グループ
==========
メモに書き出すとこんな具合だろうか。となると間も無く食事を終えたグループが戻ってくるだろう。エトヴァは見つからぬ内にと宿舎を後にした。
●
食事を摂ると言う事は、生き物である以上無くてはならぬ設備がある。
「ここは……トイレ、か」
古安は宿舎の回りを探索していたら辿り着いたそこを見て顔を顰めた。流石にトイレなど現代もこのディヴィジョンもさほど変わるものでは無い……そう思ったのは大きな間違いだった。
「……臭く、ない……だと?」
何と言う事か。水洗式で一般的なものと見た目は何も違わないのに。トイレ特有の悪臭が全く感じられないのだ。
いわゆるアンモニア臭や湿った匂いも何も感じられず、まるで新築のトイレの様だが使用感は確かにあった。
「食い物、か……」
排泄物の臭いは食べたものに影響されると聞くが。もしかしたら一般人が食べていた栄養バーには臭いを抑える効果があるのかも知れない。
「確かに……汚い便所じゃ幸福とは言えないだろうしな」
衛生面からも新選組は徹底管理しているのか……と古安はただ苦笑を漏らすしか無かった。
もう一つの水回り事情と言えば風呂である。
女性グループが上がった浴場には男性グループが順番に来ていた。
「1グループごとの入浴時間は30分程度……食事と同じだし、ローテーションで間違い無いと思う」
サヨコは風呂に入る一般人達を観察しながらその様子を皆に伝えていた。彼女が気になっていたのは、この暗黒世界蝦夷共和国に固有の種族がいるかどうか。脇腹にエラがあるとか服で見えない可能性を考えると、裸の状態で確認するのが最適だと判断し此処にいたのだ。
「しかし風呂の入り方まで決まっているとは……」
呆れるのも仕方無い。大きな浴槽には50人程が一度に詰め込まれ、その間にもう半分の組が洗い場で体と髪を洗い。15分で交代、と言うルールらしい。効率追求にも程がある。
入浴前には謎の粉末を湯に入れていた。何かと問うと後から入る組が清潔なお湯に入る事が出来る様にする薬剤らしい。ほんのり良い香りがして害はなさそうだった、と言うのは最初の風呂に入ったイツカの談である。
『♪きょうもいちにちはたらいた~ ああ、なんてこうふくだ~』
『♪いっしょうけんめいはたらいた~ ああ、とってもこうふくだ~』
そしてここでも大合唱。風呂に入ると歌いたくなる気持ちは解るが、これは何か違う気がする。
「お風呂に入ると幸福度が急上昇するんですって」
「だから毎日必ず入れさせて貰えるんだ。これって幸福だよね」
こうも皆が皆、幸福だと口にしているのを聞いていると。ディアボロス達とて流石にうんざりしてきた事だろう。
●
食事を摂り、風呂に入り、就寝の準備を整えた所で。一般人達はぞろぞろとどこかに向かい出す。
「なんだ、どこに行くんだ、寝る前だってのに」
「その前に今日の総括を行うんだよ」
「さぁ、集会所に向かおう」
大きな体育館みたいな場所があったが恐らくそこの事だろう。譲二はパラドクス通信を通して新選組のフリをしている仲間や潜伏している仲間に先に行っていると伝えると、同じく召集されたイツカと合流して一般人達の中に紛れる様にして移動を開始した。
ふと。イツカは予知で語られていた歌の話を思い出した。
トループス級新選組が言っていた歌を実際聞いてみて、一緒に唄ってみて。
(「歌はわたしの幸せだけれども、此処の皆にとってはどうなのかしら?」)
口遊もうと思ったけれども――嗚呼、今はそんな気にはとてもなれなかった。
大成功🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
効果1【光学迷彩】がLV4になった!
【友達催眠】LV1が発生!
【モブオーラ】LV1が発生!
【書物解読】LV1が発生!
【パラドクス通信】がLV2になった!
効果2【命中アップ】がLV5(最大)になった!
【ダメージアップ】がLV3になった!
【フィニッシュ】LV1が発生!
【アヴォイド】がLV3になった!
集会場に集まった天売島施設の一般人達。その中にはプラチナチケットで潜入していた譲二やイツカの姿もあった。
「新選組の皆さんはまだ遅れているようなので、先に始めようか」
何が始まるんだろうか。二人は緊張した面持ちで監督生の様子を見つめていた。
「今日の統括を。自分が今日、幸せであった事をを発表して貰おう」
――この幸福矯正施設では『自分が幸福であった』を発表する統括が行われるようだ。
「今朝、少し早く目が覚めて……掃除を始める事が出来て、とても気分が良かったです」
最初に名指しされた青年は、そんな些細な幸福の話を皆の前で発表する。
だが、彼の周りの皆は大袈裟なほどの大きな拍手を彼に贈るのだ。
「それは、とても幸せだ」
「君は幸福だ」
「おめでとう、おめでとう」
多くの祝福を受け、褒められて。発表した青年は嬉しそうな顔で座り、次の者が発表してはまた大きな拍手の渦と大袈裟な程の祝福が贈られていく。
「そういえば……」
時折、監督生は発表する者の顔を見ては思い出した様に告げる。
「君は仲間が重たい荷物を運ぶのを手伝ってあげていたね。それはとても良い事だ。それをなした君は幸福だったのではないかな?」
そう問いかけられた少年は、一瞬目を瞬いて、こくりと頷き答える。
「はい、幸福でした。自分がどれほど幸福であるかを指摘いただきありがとうございます。自分の幸福を気にかけていただける事は、とても幸福です」
再度巻き起こる拍手。それが何度も何度も繰り返されていき。
「さて次は」
監督生は潜入していたディアボロス達に視線を向け。
「今日から新たに仲間になった人の話を聞こうか」
と、発表を促す様に話を向けたのだ――。
==========
調査パート後半です。前半で採用された方々はその時取った行動によってスタート地点が異なります。
一般人潜入組は、指名された所からになります。演説なり反論なり質問なりお好きにどうぞ。
新選組偽装組は、遅れて済まない――とばかりに登場して総括に参加する事が出来ます。後は上記に同じく。
潜伏組は、一応羽織り持っているので新選組(追加)も出来ますし、割と自由。
飛び込みさんは、潜伏組と同じく。
いずれにしても会話によっての更なる情報収集をして頂く形には間違いないかと。
ある程度有効で意味のあるプレイングのみの採用となるかと思います。
恐らく全員採用は難しいですので了承と覚悟を宜しくお願いします。
情報を得た後は撤収。フライング・ダッチマン号まで戻ってヤ・ウマト領域に戻る形。戻る際は邪魔など入りませんのでこの辺りの警戒などは不要です(残留効果が来る時以上に重ねられてますし)。
九重・古安
新選組の羽織を着て遅れてきた形で合流しよう。
脱走や反乱への備えがほぼ無い時点で想像はついていたが、こうも徹底的な管理とは。
決められたままに生活を続ける目の前の彼らに言いたいことは色々ある。少なくとも幸福の在り方を他者の定められるなど、俺は御免被るな。
ここで説き伏せたり感情に訴えることもできるだろうが、調査の残り時間や排斥力のことを考えれば一時的なものにしかなるまい。
まずは目の前の目標を果たさねば。
この状況なら新選組の偽装がバレても問題はあるまい。俺から聞きたいことは簡潔に。今は西暦何年か、だ。
以前小樽に突入したときに敵指揮官が口を滑らせたことが気になっている。奴は「数百年にわたる管理の果てに」と言った。
それが誇張ではないとすれば、最終人類史で新選組が存在した幕末よりもっと以前にこの管理体制は確立されたことになる。
そして小樽や函館の異常なまでに近未来的な都市。最終人類史との年代差からこのディヴィジョンの仕組みに迫れるのでは、と見ている。
さて、このディヴィジョンの「今」は西暦何年だ?
八雲・譲二
…ひとまず最初は怪しまれないよう今日やった事を普通に発表しようとする
畑仕事をしたのは久しぶりだ。俺の実家の庭にも畑があって、そこで採れた芋や人参でお袋が手料理を拵えてくれた
それと比べて…
栄養バーは不味くて不味くて、俺は幸福とは思えませんでした
幸福じゃないアピールしたらどう反応が来るのか見つつ
ここで色々と限界が来た俺はアイテムポケットからフライパン、バター、カセットコンロを取り出す
うるせぇ黙って見てろこちとら特級厨師じゃ
即席で輪切りジャガイモのバター焼きを拵える
バターたっぷりで!
ささやかな事に幸せを感じる、それ自体は悪い事ではないが
大して幸せでもない事を幸せと思い込むよう仕込まれてるのは不幸の極みだ
ホクホクの焼きジャガバタが完成したら遠慮なく監督生や周囲の一般人達の口に突っ込む
バターが効いてて美味いだろ?
なあ、さっき栄養バー食ってた時、本当に幸福だったか?
俺はトレイン発生の事件に繋がる手掛かりが欲しい
故に質問はこうだ
「こんな世の中は幸福じゃないと主張する奴はこの世界にいないのか、本当に?」
クィト・メリトモナカアイス
ふんむー、もっとこう……洗脳装置ピーガーガーみたいなのを想像していたけれど。
感情をエネルギーにする以上、こういう方法が必要……ということだろうか。
ともかく。ここには意志がない。
幸福である状態が定義され、定義された幸福に沿って幸福を押し付けられる。
あとモナカアイスもない。とてもよろしくない。
せっかくなので新選組の羽織りを着て合流。
【プラチナチケット】は使っておこう。らしくないことを言っても新選組ではないのではと疑われぬように。
んむ、ここの矯正施設では問題がある。
それは汝らの幸福度の回復がとても遅いこと。非常によろしくない。
何か手を打つ必要があるのだけれど……
民のうち一人を指し、問いかける。
「幸福になるために。何かやりたいことはあるか?
これができれば幸福とかそういうの」
たぶん、生まれたときからそういう「何をしたい」というのを考えさせない、概念として存在しない生活を送っているのではないかなとは思う。
なので答えはなさそうなのだけど確認。
一人だけに聞かず他の人も指して同じことを聞こう。
エトヴァ・ヒンメルグリッツァ
一般人の服を取りに行くか、似たものを持ち込み着用しプラチナチケット
一般人側に紛れ込む
年齢層には強い違和感があるな。まるで学校や教育機関のようだ
服装に男女差を設けるのはある意味未来に逆行しているんだろうか……管理のしやすさ優先かもしれないが
異性差を残すのは『繁殖』のためなのか
まるで養殖の途上のような、違和感を覚える
友達催眠で、合間に私語のように一般人に話しかけ
ああ、早く本土に帰りたいな
皆に会いたいし
……あなた達の親はどうしてる?
恋愛もしたいよな
そうだ、ここで好きな子ができたらどうするんだい?
将来は幸福な家庭を築きたいよな
反応から
本土の生活や特に『繁殖』『家族』、年齢別役割について手がかりを得たい
仲間が一般人へ働きかける段階で、妨げがあればPD通信等で新選組役に合図し
集会場から退出して頂くかを判断
インパクトのある行動を仲間がした後は
最後に【現の夢】を使い、皆を就寝させてから去ろう
いまだこの地に復讐者は継続的に踏み入れられない
今は…彼らの身の安全も大事だろう
きっと印象は残る
そろそろ、帰還しよう
荒田・誠司
【心情】
話だけ聞いていると本当にディストピアだな
幸福になることが義務って感じだ
難しい状況だとは思うがやってみるしかないな
【行動】
仲間とはパラドクス通信で連絡を取り合いながら行動する
プラチナチケットを借り
服は倉庫にあった一般人の物を着て一般人として紛れ込む
光学迷彩とモブオーラ、それから平穏結界も発動させて気づかれないように集会場にやってきて
気づかれずに着いたら光学迷彩と平穏結界は解除
俺が聞きたいのは「幸福とは何か」と「もしも幸福と感じる人がいたらどんな反応をするのか」かな
話を聞いていると定義が曖昧な気がしてならない
発表の順番が来たらオドオドとした演技をしつつ友達催眠を発動
「自分はあまり大きな幸福と感じられませんでした。どのようにすれば皆様と同じように幸福を感じることができるでしょうか?」
と聞いてみよう
果たして怒るのか、彼らが思う幸福を諭されるのか
そこのところが分かれば本土に行って一般人と接触する時の取っ掛かりになるかもしれない
必要なら臨機応変に対処しよう
月鏡・サヨコ
本来の明治初期から隔絶した技術水準とはいえ、表面上は現代と大差がない
一般人に対する管理の手法も、思いの外アナログだ
それにしても、ここで一番負担が大きいのは監督生ではないか
人数で言えば入所者より孤独な立場なのだから
入所者は本当に元の住所にいるより幸福かもしれないけれど、彼は一体どう思っている?
新撰組のフリを継続
仲間が発表を通じて周りを動揺させた所で、監督生のフォローを装って声をかけよう
彼らは本土で幸福度が低下した状態だ。精神が安定せず、放言が目立つのは仕方がない
既存の入所者との距離を調整しながら指導を行えば、いずれ馴染める
混乱した状況をよく取りまとめてくれたのは称賛に値するが、あなたの幸福度が心配だ
地元はどこだ?
故郷を離れて離島の仕事を任され、時々はトラブルも起きるのだから不安な時もあるだろう
正直に言うといい。実はな、私も函館に戻りたいんだ
それとも……新選組に選ばれるまで、何も言わないと決めているか?
彼自身の内心と、「監督生は新選組への覚醒を見込んだ候補生ではないか」という仮説を確かめよう
イツカ・ユメ
引き続き、一般人に紛れ込んで集会に参加。
…そうね。わたしは今日、この島に来られたことが幸福だったわ。
刺繍もちょっとだけ上手くなったし。
でもね。
わたしは、この島のやり方では、絶対に幸福にはなれないわ。
何もかも誰かに決められて、自由時間に何をするのかすら自分で選べなくて、お風呂にもゆっくり入れないし、ご飯も美味しくないし。
それにわたしは、わたしの好きな歌を歌いたいの。
いつものわたしの、いつかの歌を、皆の前で歌ってみるよ。
夢を、希望を、愛を込めて。
当たり前の日常を奪われても、過去の記憶を失くしても、たったひとつ残っていた歌は、わたしの全てで、わたしの幸せで、
心から湧きあがる自由な歌で、皆を笑顔にしたいって。
歌はわたしの、『いつか叶えたい夢』なの。
あなた達の夢は、何?
自分の意思で、何かやりたいと思うことは無いの?
このままずっと、あなた達も、あなた達の子孫も、誰かに幸福を強制させられる生活でいいの?
…想いが、言葉が、今すぐには届かなくても。
幸福について、自分達で考えるきっかけになれたら嬉しいな。
まず最初に監督生に発表を促されたのはイツカ・ユメ(いつかかなうゆめ・g02834)であった。
それまで聞いていた他の一般人達の発表はパラドクス通信で外の仲間には伝達済み。この状況も伝えた為か、気が付けば潜伏調査に回っていた仲間も集会にこっそり忍び込んで来ている。
イツカはゆっくり立ち上がり、周りを見回して小さく咳払いを一つ。誰しもが彼女の口から幸福だったと語られる……そう思い見守っていた。
「……そうね。わたしは今日、この島に来られたことが幸福だったわ。刺繍もちょっとだけ上手くなったし」
その言葉におめでとう、と皆は口々に讃え、拍手が一斉に贈られる。
「でもね」
祝福を遮る様にイツカは言葉を続ける。その表情は険しく、むしろ怒りと悲しみに満ちているかの様であった。
「わたしは、この島のやり方では、絶対に幸福にはなれないわ」
ざわざわと。一般人達が顔を見合わせ響めく声が聞こえる。
「な、なんで……突然そんな変な事を言い出すの?」
隣の少女が驚いた表情でイツカに問うも、彼女は構わず己の主張をぶちまける。
「何もかも誰かに決められて、自由時間に何をするのかすら自分で選べなくて、お風呂にもゆっくり入れないし、ご飯も美味しくないし。それにわたしは、わたしの好きな歌を歌いたいの」
そうキッパリと言ってのけたイツカは高らかに歌い出す。不安そうな表情で見つめてくる少年少女達の目の前で。
それは彼らが聞いた事も無い旋律。彼らが作業をしながら幸福を謳う歌とは全く異質であった。
(「これは、いつものわたしの、いつもの歌」)
夢を、希望を、愛を篭めた歌。
当たり前の日常を奪われても。過去の記憶を失くしても。たったひとつ残っていた歌。
これはイツカの全て、イツカの幸せ。
心から湧き上がる自由な歌で、皆を笑顔にしたい――だって。
(「歌はわたしの、『いつか叶えたい夢』なの――だから」)
歌い終えたイツカはそのまま問いかけた。側に居た少年達に、少女達に。
「あなた達の夢は、何?」
「……ひっ!?」
引き攣った顔で、一般人達は彼女から距離を置く様にズザッと身を退いた。
「自分の意思で、何かやりたいと思うことは無いの?」
それでもイツカは尋ねる。だが一般人達が見せるその様子は――怯えだ。
「このままずっと、あなた達も、あなた達の子孫も、誰かに幸福を強制させられる生活でいいの?」
「あ、当たり前の事じゃない……あなた変よっ!!」
青白い顔をした少女が耐えかねたのか、口を開いた。
「何をすれば良いのか決めて貰わないと、私達どうしたら良いかわからないもの!」
「そうだよ、決めて貰わなきゃ不安すぎて……自分で考えるだなんて、うう……吐きそう……」
えずく音が聞こえる。彼らにとっては些細なストレスですらこうも身体症状を伴うものなのか。
「君はこれ以上発言を控えて頂けないだろうか。君の行動で皆の幸福度が低下しているのは計らなくとも解るだろう?」
監督生は叱る訳でも無いが、イツカに着席を促してそう注意を告げた。
――現代の日本でも、確かにある程度決まったレールはある。中学校までの義務教育、その後も高校大学専門学校と進学して就職して、と言う大人への階段。その道が一般的なものだと進む者が殆どで、普通だと認識されている。
例えばの話。そんな普通の学生さんに「教育が義務だと強制されるなんて有り得ない、自分の意思で好きな事をすべき!」と訴えたところで。それで違う道を進もうと受け入れる者なぞ、極々稀な話。
彼らにとっての『普通』は『一から十まで決められ与えられた生活』。現代日本に置ける一般的な人生のレールを更に事細かく決めたようなもの。ああ、彼らはそれを疑問に思っていない。そもそもの生き方の基準が、価値観が現代とは全く違うのだ。
そしてここにいる一般人は『周囲と比較して能力が不足している劣等感などから、幸福度が下がってしまった』人達――だから敢えて彼らの幸福を、今の願いを定義するならば『元の場所で正しく過ごす』事……なのだろう。
(「わたしの想いが……言葉が、今すぐには届かなくても」)
イツカは着席し、ここまでを他の仲間と共に考察しながらも願うのだ。例え排斥力で忘れられるのだとしても、彼らが幸福について、自分達で考えるきっかけになれたら嬉しい……な、と。
「何事だ? 何の騒ぎだ」
未だどよめきや動揺の収まらない中、集会場の扉が開く。そこから現れたのは浅葱色のだんだら模様――新選組の羽織を纏ったディアボロス達。
「新入りが妙な事を言い出したものでして。今、諫めていた所でした」
監督生は一礼しながら報告し、一般人達も新選組が来てくれた事に幾ばくか安堵を覚えた様相であった。
新選組の羽織を着て合流した一人、九重・古安(巻き戻り路逸れる針・g02347)はちらっとイツカに目配せする。先程の状況からの考察を経たとしても、やはり彼も言いたい事は色々あった。
(「少なくとも……幸福の在り方を他者に定められるなど、俺は御免被るな」)
(「やっぱり。古安くんはそう言うと思ってたのだわ」)
しかし、ここで説き伏せたり感情に訴える事は恐らく悪手だろうとも彼は思っていた。調査の残り時間に排斥力による忘却を考えると、あくまで一時的なものに過ぎない。彼らの考え方を根底から覆す事は今は難しい。
まずは目の前の目標を果たす事が先決。自分達の働きかけにどう反応するか、どう答えるのか。それを見る事で、先程の様な考察に――この世界を識る事に繋がるのだから。
(「にしても、脱走や反乱への備えがほぼ無い時点で想像はついていたが、こうも徹底的な管理とは」)
(「だが――本来の明治初期から隔絶した技術水準とはいえ、表面上は現代と大差がない」)
月鏡・サヨコ(水面に揺らぐ月影・g09883)は改めてこの施設や人々の様子を見て思う。細かいデータ作業は新選組が各々配備されたコンピューターを使用していたとは言え、実際の一般人に対する管理の手法は思いの外アナログだと言う事がどこか気になっていた。
何より。ここで一番負担が大きいのは直に矯正対象と接する監督生ではなかろうか、とサヨコは思う。人数で言えば入所者よりも孤独な立場なのだから。
(「入所者は本当に元の住所にいるより幸福かもしれないけれど……彼は一体どう思っている?」)
観察する様に見つめるサヨコの視線に気が付いたのか。監督生は軽く首を傾げて問いかけた。
「如何致しましたか。何かまだ……」
「ああ、いや。彼らは本土で幸福度が低下した状態だ。精神が安定せす、放言が目立つのは仕方ない」
フォローを入れる様にサヨコは告げる。仲間が不審に思われるのを防ぎ、この監督生も自責の念に囚われぬ様に。
「既存の入所者との距離を調整しながら指導を行えば、いずれ馴染めるだろう」
「ありがとうございます」
その間も、こっそり一般人の服を着込んでモブオーラを使いながらそっと一般人の集団に紛れ込んでいた荒田・誠司(雑草・g00115)は内心大きな溜息をつく。
(「話だけ聞いていると本当にディストピアだな……幸福になることが義務って感じだ」)
一般人の心理も自分達とは随分違う。この管理体制の綻びを探す事は難しいのだろうか。
だが彼は思う。幸福とは何なのか、と。その定義がどうにも曖昧な気がしてならないのだ。
「さて、総括の続きを始めよう。そちらの君はまだだったかな」
そう思う内に監督生は次の発表に誠司を指名する。彼はオドオドとした演技をし、恐る恐る声を出した。
「自分は……あまり大きな幸福と感じられませんでした。その……どのようにすれば、皆様と同じように幸福を感じる事が出来るのでしょう?」
友達催眠も発動させて友好的に思わせたのも功を奏したのだろうか。周囲の一般人も「そうだよね」「悩んじゃうよね」と親身になって頷き、監督生もまた大きくうんうんと話を聞いてくれた。
「確かに、自分がどのくらい幸福であるかと自分自身で知る事は難しい。そちらの君も頷いているな」
「ええ、幸福でなければいけない……そんな焦りから、自分が幸福だと思い込んでしまう事もあると思います」
隣にいた少年はリーダーからの指名に頷いてから、にこっと誠司に向けて微笑を見せる。
「その為に幸福度の測定が重要なんだ。幸いこの施設では、最低でも月に一度の幸福度測定をして貰えるし……最初のうちはね、活動ごとの幸福度の上昇などを見て、最も幸福度の上がる作業を振り分けてくれるんだ」
「そうそう。僕も最初は畑仕事から始めたけど、工作の方が楽しいし実際幸福度も上がったし」
別の少年もまた口々に誠司に向けて自分の体験を語り、親身になって話しかけてくる。
「大丈夫だよ。この施設の皆さんは幸福になる為の手助けをしてくれるから」
「まずはここの仲間に心を開くと良いよ。心から仲間と思えるようにね」
「統計的にもね。心からの仲間がいれば、幸福度が上昇する比率が高いんだって」
そして口々に彼らは言ってくるのだ。心からの友達になろう、と。
誠司は曖昧に微笑み、頷いて着席しながらも思う。彼らが言っている事は正しい。嬉しいとか楽しいなどのプラス感情やストレスと無縁の状態を幸福、と呼ぶのなら。
(「これが人間を幸福な状態で維持する為のクロノヴェーダの手法と言う事か――」)
感心するしか無い。だがとても肯定出来る話ではない。
(「こんなもの、クラシック音楽を聴かせて育てた牛肉の味が良い……と言っているのと変わらないのでは?」)
家畜や作物のストレスを減らし、優しく大事に管理して品質を向上させるのと同じ。一般人を家畜として世話しているだけの話では無いか。所詮クロノヴェーダにとって一般人とは感情エネルギーを得る為の消費物でしか無いのか。
(「本土に行っても一般人はこの感じなのかも知れない、な……」)
取っ掛かりになれば――そう思っていた誠司はそこまで思案しながらも表情に出ぬよう圧し殺すのが精一杯であった。
「幸福度、と言えば」
サヨコは思い出したかの様に監督生に向けて話を振る。
「先程も混乱した状況をよく取りまとめてくれたのは称賛に値するが、あなたの幸福度が心配だ」
「いえ、ご心配頂ける事が何より幸福です。私は、監督生としての活動に誇りと生き甲斐を感じています」
「……地元はどこだ? 故郷を離れて離島の仕事を任され、時々はトラブルも起きるのだから不安な時もあるだろう」
かしこまる監督生に、サヨコは相手の肩を軽く叩きながら労り、親身に寄り添う様に言葉をかけると。僅かに驚いた顔を見せながらも彼はすぐに笑みを取り戻して返答した。
「幸福度が低くなってしまった人々の幸福度を取り戻す事は、世界を幸福で満たす為にも必要不可欠です。そんな大事な仕事に従事出来る……その事に、私はとても幸福を感じているのです」
「正直に言うといい。実はな、私も函館に戻りたいんだ」
模範解答過ぎる。そう感じ、サヨコは彼自身の内心を得る為、共感を誘発する言葉から投げてみる。
「それとも……新選組に選ばれるまで、何も言わないと決めているか?」
「本当です。私の夢は――新選組となって、より多くの人々を幸せに導く事なのですから」
やはり、か。そう彼女は思った。『監督生は新選組への覚醒を見込んだ候補生』――と言うサヨコの仮説が正解だと、その回答を以て立証されたのだ。
(「そうなると、心からそう思っているのかも知れないが……監督生の評価の為の思想チェックだと思われたか?」)
しかし。今の返答のような言葉を常日頃から口にしていれば『その内容が正しい事であるかに見える』以上は、己が本当にそう思っていると自分自身で思い込んでしまうだろう。
(「歌にしてもそうだが……口に出させる事で思想を刷り込む、つまりは洗脳の一種か」)
良く出来ている。敵の遣り口ながら、呆れる程に。
「畑仕事をしたのは久しぶりだ」
次の発表に指名されたのは八雲・譲二(武闘派カフェマスター・g08603)。ひとまず最初は怪しまれない様に、今日やった事を普通に発表する。そのつもりだったのに。
「俺の実家の庭にも畑があって、そこで採れた芋や人参でお袋が手料理を拵えてくれた」
周囲の一般人が驚き引き攣った表情を見せた。困惑が明らかで、信じられないものを見る目をしていた。先程のイツカの発表の時の様に。『栄養バーはそれと比べて不味くて幸福に思えない』……そう発表してやろうとも思っていたが。
「ねぇ、君は正気で言ってるの? 料理だなんて野蛮なものを食べたことあるの??」
「気持ち悪い……それにとても勿体無い話……」
「いや、この人怖い……!!」
譲二の側にいた者達は悲鳴を上げながら離れ、周りの者に助けを求める様にしがみつく。
(「え……? 俺が料理の話をしただけで何なんだこれは……?」)
ドン引きされた中心にいた譲二もまた困惑の表情を浮かべるが、監督生は新選組のふりをしたディアボロス達を一瞬ちらと見てから告げる。
「君……ゲテモノ食いの自慢話は皆の幸福度を大幅に下げる行いだ。今後、その様な冗談は謹んで頂きたい」
「ゲテ……冗談って……」
「だってそうだろう。芋も人参も加工すれば数十人の栄養になる。それを料理で無駄に栄養を消費するなど。もし日常的に行っていたのであれば、幸福に反する犯罪行為に値するのだからね」
そして監督生は新選組を演ずる者達に再び視線を向けて告げる。
「そう言う事で……この自白は聞かなかった事にしては頂けないものでしょうか?」
これ以上、この場の幸福度を下げない為に。冗談と言う事にしてくれと監督生は暗に告げているのだ。
一方、譲二は愕然としていた。この世界では料理を美味いものと、幸福なものとされてないのかと。あんな栄養バーだけが彼らの食の基準で全てなのか、と。
「ああ、畜生、くそったれっ……!!」
「あ、君……!?」
譲二は思わず駆け出し、集会場を飛び出して行った。サヨコは呼び止める監督生を制し、他の仲間に目を向けてからその場にいるもの全てに告げる。
「私が彼の様子を見てこよう。この場は任せる」
そう言ってサヨコは譲二の後を追って集会場を出る。イツカは心配そうに見送り、パラドクス通信で古安に告げる。
(「譲二さん大丈夫かな……」)
(「料理人である彼には酷な話だが――この世界で料理をして食べたと言う話は、現代の我々基準で言うと生のままで芋や肉を食った、に等しいのかも知れないな」)
普通ならしない事をした、と自慢したならば――ヤバい人扱いされるのは致し方ないのかもしれない、と。
再びどよめきに包まれ、軽く混乱している一般人達。隣で怯える少女の背中をさすってやりながら、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)もまた一般人に紛れ込み、彼らの様子を間近で観察していた。
彼がずっと気になっているのはこの年齢層に対する違和感。まるで学校や教育機関の様にも思えて仕方無く。服装に男女差を設けていると言う事も、どうにも気になっていた。
(「ある意味、未来の時代に逆行していると言うか……いや、管理のしやすさ優先なのかも知れない」)
流石に男女で風呂やトイレは分けられていたが。色で瞬時に区別が付く方が確かに彼らも管理側も把握はしやすいか。となると男女の差を残すのは『繁殖』の為なのかとエトヴァは考察していた。家畜の様に扱われているのならば、彼らは養殖の途上――そんな違和感を彼は感じる。
そうなると知りたい事は、本土での生活だ。繁殖……即ち家族の在り方や年齢別の役割について知れば、一般人社会の一端を垣間見る事が出来る筈なのだから。
「何か……今日は色々大変だな」
「うん、変わった人がいて驚いてるよ僕」
友達催眠を用いた上で、エトヴァは側に居る一般人に声を掛け。わざと大きく溜息をついて愚痴の様に言う。
「ああ、早く本土に帰りたいな。皆に会いたいし……なぁ、あなた達の親はどうしてる?」
「え、親……?」
その言葉に少年は目をパチクリさせて首を傾げた。
「『親』に会いたいの? 普通、親を恋しがるのは7歳までだよね」
「え?」
「ふふ、もしかして君、おかしな性癖でもあるのかな。リーダーにカウンセリングをお願いすると良いよ」
違う意味でのヤバい奴だと思われかけている。いや、そうじゃなく。この世界では7歳で親離れを強いられているのか?とエトヴァは驚きを顔に出さぬようにしながら更に尋ねた。
「そう言う訳じゃないけども……7歳?」
「親が子供と共に居て、双方ともに幸福度が高くなるのは統計的にも7歳まででしょ? 成長してからも一緒に居たって、子供は親に反抗するし、親も子供を疎ましく思うもの。幸福度が下がるだけだよ」
(「そんな……理由で……?」)
これが効率を求め幸福を追求した結果なのだと言うのか。胸に沸く怒りを抑えながらエトヴァは平静を装い、更にその先を知る為に会話を続けてみる。
「あ、ああ、そうだった。……恋愛もしたいよな、そうだ、ここで好きな子ができたらどうするんだい?」
将来は幸福な家庭を築きたい、と言う次の言葉は流石に喉につかえて吐き出せなかった。親子の縁が早々に絶たれるそれを家庭だなんて、幸福だなんて思えなかったから。
「7歳までは親と暮らして、その後は友達と暮らして……恋人と暮らすのはその後だよね」
「ああ……」
「恋人と子供ができたら、親としてその子供が7歳になるまで一緒に暮らしてさぁ。子供達が全員7歳を越えて巣立っていったら、あとは成熟した社会人として社会に貢献する。それが一番幸福だよねぇ」
そう一般的な社会システムを語りながら少年は将来の幸福を夢見て微笑む。
幸福度を最大化する為の理屈としては間違っていないのだろう。だとしても余りにもディストピアが過ぎる――エトヴァはその少年の笑顔を見てやるせない気持ちに襲われていた。
「ふんむー……」
新選組の羽織を身に着けて堂々と集会場に侵入していたクィト・メリトモナカアイス(モナカアイスに愛されし守護者・g00885)は改めてここまで得た情報をパラドクス通信や己自身で見聞きした事を含めて整理していた。
(「もっとこう……洗脳装置で『ピーガーガー』みたいなのを想像していたけれど」)
感情をエネルギーにする以上、こういう方法が必要……ということだろうか。
ともかく。ここには意志がない――とクィトは思う。
幸福である状態が定義され、定義された幸福に沿って幸福を押し付けられているだけだ、と。
(「あとモナカアイスもない。とてもよろしくない」)
(「「「 そ れ は 絶 対 な い 」」」)
ほぼ全員からの総ツッコミ。クィトは冗談なのに、とテヘペロしてるが半分本気な気がする。
「んむ、ここの矯正施設では問題がある」
コホンと咳払いしてからクィトは新選組としてぐるりと一般人達を見回した。
「それは汝らの幸福度の回復がとても遅いこと。非常によろしくない。何か手を打つ必要があるのだけれど……」
そう言って、適当に目が合った少女を指し示し問いかけてみる。
「幸福になるために。何かやりたいことはあるか? これができれば幸福とかそういうの」
「やりたいことって言われても……」
答えに窮する少女。先程のイツカとのやり取りを見ても、一般人達は何をすれば良いか決めて貰わねば自分で考えて動く事が出来ない。クィトも元々それを推測していた――恐らく、生まれた時からそういう「何をしたい」と言うのを考えさせられず、概念としても存在しない生活を送っているのではないかと。それは大まかに当たっていた。
「答えられぬか。ふむ、こっちの汝は? そっちのも」
やはりすぐに答えられない一般人の少年少女達。その代わりに監督生が口を開いた。
「各自の希望などは週末に取りまとめて報告を行いますので、お待ちください」
「ほむ?」
「現在担当している活動による幸福度の上昇度などのデータを踏まえて、再配置などを行いましょう」
そのフォローの言葉に指名されていた少年少女はホッとした表情を浮かべていた。成る程、恐らく一人一人面談などを行い、案を示しながら各々の希望をある程度反映させるシステムなのだろうと推測する。
(「本人の希望が叶えば、幸福度も上昇する。抑圧だけでは確かに無理」)
この蝦夷共和国では市民の幸福が最大化されている――それが家畜の幸せである事を除けば。
(「それ抜きに考えれば、住人にとっては理想的な社会なのかも」)
淡々とクィトが感想を脳裏で纏める間。古安は監督生を手招きして近くに呼び寄せていた。
「ど忘れしたので尋ねたい事があるのだが」
「はい、なんでしょう」
「今日の日付を正確に教えてはくれないか?」
それは彼が前回の小樽への突入時から気になっていた事。
あの時、敵の指揮官は『数百年にわたる管理の果てに』と口を滑らせていた。それが誇張では無いとすれば、最終人類史で新選組が存在した江戸末期より更に以前にこの管理体制は確立された事になる。
小樽や函館の海岸線に見た、異常なまでの近未来的な都市。果たして最終人類史との年代差は? そこからこのディヴィジョンの仕組みの迫れるのでは?と言うのが彼の考えであった。
(「さて――この『今』は『西暦』何年だ?」)
そう思いながら待った答えは、僅かながらに彼の望む答えと外れていたかも知れない。
「今日は……慶長277年10月――日ですね」
その返答は『西暦』ではなく『和暦』で返ってきた。つまり、この蝦夷共和国で西暦は使っていないと言う事。
(「慶長……確か関ヶ原の戦いが1600年で慶長年間だったな?」)
(「んむ、天正の次の次。確か西暦で言うと1596年から」)
古安の問いにクィトが答えた。戦国時代が終わり、安土桃山時代と呼ばれる時期だ。更にエトヴァも告げる。
(「そこから計算すると、慶長277年は西暦に換算すると1872年――」)
刻逆が発生し、このディヴィジョンが成立したのは1869年からと言う計算。即ち。
(「明治維新が1868年、つまり本来の歴史においては榎本武揚を始めとした旧幕臣による蝦夷共和国成立と同じだ」)
流石にここで断片の王の名を聞き出すのは無理だろう。新選組なら知ってて当然だろうから。
つまり、この暗黒世界蝦夷共和国は改元もされぬままに最短でも『250年以上』に渡って管理され続けた……と言う歴史改竄をされたと言う事だろうか。西暦だと『1872年(最終人類史-152年)』――……。
「数百年、と奴が言っていたのは誇張でも何でも無かった、と言う話だな」
思わず古安は口に出した。監督生は何の事かと首を傾げたが。そろそろ調査から引き上げる時間だ。もう疑われた所で問題は無いだろう。
撤収する頃合いか?とディアボロス達が目配せ交わした所で、彼らの元にサヨコからパラドクス通信が届く。
(「譲二さんがそちらにっ……」)
彼女らしくなく、どこか焦った様な声。先程、無念と怒りを胸に飛び出した彼だ。嫌な予感しかしない。
「そんなに言うなら試しに食ってみろぉっ!!!」
ッバァン!!と集会場の扉が開き。そこにはフライパン片手に立つ譲二の姿。
「戻って来たな……君、それは一体……??」
「うるせぇ黙ってろ! こちとら特級厨師じゃ!!」
監督生が何か言うのを遮る様に、彼はジュージュー音を立てるフライパンを手に集会場の中に猛速で入ってくる。
ディアボロス達は察した。恐らくアイテムポケットから取り出したガスコンロと調理具、材料で彼は調理を実践して来たのだと。だって凄く美味しそうなバターの焼ける匂いが漂ってるのだから。
「即席だが食えば分かる。輪切りジャガイモのバター焼き拵えてやったぜ! バターたっぷりで!!」
だが、そのバターの香りを美味しそうと感じるのはディアボロス達だけであった。一般人達は初めて嗅ぐ得体の知れない臭いに怯え、譲二から逃げる様に後ずさりを始めたのである。
「なにこのにおい!?」
「きもちわるい……!!」
だが一般人達に迫る譲二の食への情熱はそんな悲鳴では止まらない。
「ささやかな事に幸せを感じる……それ自体は悪い事ではない。が、大して幸せでもない事を幸せと思い込むよう仕込まれてるのは不幸の極みだ!」
逃げる一般人の少年少女達に追いすがり、彼はホクホクの焼きジャガバタを彼らの口の中に無理矢理突っ込んでいく。
「ほら、バターが効いてて美味いだろ? なあ、さっき栄養バー食ってた時、本当に幸福だったか?」
「グェェェッッ!!!」
「げえぇぇぇッッ!!!」
だが、彼らは口に入れられたそれを味わう事も咀嚼する事も飲み込む事もせず。その場で必死に吐き出そうと、嘔吐しつづけるのみであった。
「んんむ、これこそ本当の食テロ」
「クィトちゃん、そんなこと言ってる場合じゃ無いのだわよ!?」
どうしたものかと見つめるクィトに対し、イツカはどうにかしなきゃと近くの一般人を介抱し。
それでも譲二は叫び、吼えて訴えるのだ。
「なして吐き出すんだ!? 食えよ、美味いんだから!!」
気が付けば彼を追ってきたサヨコも息を切らせながら開いた扉の所に立ち、小さく首を横に振る。
「――済まない、彼を止めはしたのだが」
宗教的に文化的に、食べる習慣の無いものを無理矢理食べさせられればこうなるのは見えていた。
それが本当は美味しいものだとしても美味しいと感じず吐き出すのは仕方無い事のだろう。
「現代の日本人とてハチノコやコオロギを美味いから食えと言われて口に放り込まれても大体吐き出す……それと理屈としては一緒、か」
「本場のチーズの匂いがダメ、に近い状態なのかも知れないな。彼らにとっては」
誠司はどうする?と仲間に問う。この大騒ぎのまま離脱する訳には行かないだろう。
「皆は譲二さんを。一般人は俺に任せてくれ」
エトヴァはそう告げると――現の夢を発動させる。流れる歌声は人々を眠りに誘うもの。吐いていた者も、怯えていた者も、逃げ惑って腰を抜かした者も、そして監督生の男も。全ての一般人達は夢現の状態へと落ちていく。
「そう、これは夢だ。ちょっとした悪夢だ」
丁度総括の集会が行われて一時間に満たない。妙な質問や会話も全部夢だと思わせていき。
仲間に取り押さえられた譲二は眼鏡を外し、目に浮かぶ雫を乱暴に拭いながら、夢現に沈んだ一般人達に最後に問うた。
「こんな世の中は幸福じゃないと主張する奴はこの世界にいないのか、本当に?」
無論――その問いに答えられる者は、誰一人と存在しなかった。
次の巡回が来る前に、とディアボロス達は島の西岸へと急ぎ駆ける。潜入した道を再び逆に通り、断崖絶壁を壁登りを使って一気に駆け下り、海に飛び込んで一目散に海上に浮かぶフライング・ダッチマン号まで泳ぎ切った。
「俺はトレイン発生に繋がる手掛かりが欲しかった」
見るからに落ち込んでいる譲二はスマンと一言告げた。
「調査は無事に済んだわけだしね。一般人の食生活の詳細を知ることができたと思えば」
元気出して、とイツカは慰める様に隣にしゃがみ込んだ。故郷への、料理への彼の思いの強さは理解していたから。
「いまだこの地に復讐者は継続的に踏み入れられないし、今は……彼らの身の安全も大事だろう」
けど、とエトヴァは目を瞑る。きっと印象は残る――夢だったと思うにせよ、そう信じたい。
「そろそろ、帰還――だな」
境界の霧を抜け、再びヤ・ウマトの時代へと戻って来たフライング・ダッチマン号。
お迎えの列車も間も無く来るだろうから。
大成功🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
効果1【腐食】LV1が発生!
【アイテムポケット】LV1が発生!
【プラチナチケット】がLV5になった!
【現の夢】LV1が発生!
【友達催眠】がLV2になった!
【照明】LV1が発生!
効果2【ダメージアップ】がLV5になった!
【ロストエナジー】LV1が発生!
【ドレイン】LV1が発生!
【アクティベイト】LV1が発生!
【リザレクション】がLV2になった!
【反撃アップ】LV1が発生!