蜘蛛の巣の森、魔女の迷宮。（作者 秋津透）

5

リプレイ

（「……俺は蜘蛛が苦手というのもあるけど、何度来ても気持ちの良くない場所だな…」）
　声には出さずに呟きながら、嵐柴・暁翔（ニュートラルヒーロー・g00931）は「蜘蛛の巣の森」へと踏み込む。丈の長いフード付きのパーカーやローブ、雨合羽のような全身を覆えて簡単に脱ぎ捨てられるようなものを何枚か重ね着し、肩から掛けた布鞄には大量の古新聞が入っている。贔屓目に言えば中世の森の隠者っぽく見えなくもないが、どちらかというと年貢や地代が払えず窮して森へ逃げ込んだ逃亡農民だろうか。どう転んでも、クロノヴェーダを討伐に行くディアボロスという風情ではないが、この厄介な森を制圧していくには、この一見珍妙な装備（？）が必要なのだ。
　そして暁翔が森へ踏み込んでいくと、すぐさま外見の珍妙さ（？）では彼と大差ない、中世のイカサマ行商人と豚がごくテキトーに合体したようなトループス級キマイラウィッチ『クール家商人』が姿を現す。
「ひひひひ、どこの誰かは知りませんが、この森はとある高貴なお方の御領地なのですよー。胡乱な者が立ち入っていいところではないのですよー。そういう迂闊で胡乱な者には、高貴なお方にお仕えるわたくしたちがとっ捕まえてお仕置きを…」
「悪いけど、お前さんたちの長口舌に付き合うつもりはないんだ」
　無愛想に言い放つと、暁翔はパラドクス「悪魔合体（フュージョン）」を発動。契約した大天使の姉妹、セレスティアとアリスティアの二人と一時的に合体し、アリスティアが駆使する光魔法の刃を放ってトループス級を両断する。
「ぎゃああああああああああ！　な、なんなんですか、この異常な力はあああああああああああ！」
　大仰な叫びとともに『クール家商人』は両断されて絶命するが、死の寸前に反撃のパラドクス「満たせず尽きぬ金銀財宝」を発動。何もない空間から「魔法の金銀財宝」が雪崩落ち、暁翔を潰そうとする。暁翔は反射的に飛び退いて躱すが、蜘蛛糸に衣服の一部が引っ掛かってしまい、すぐに破って剥がしたものの、雪崩落ちる「金銀財宝」に掠められて小ダメージを負う。
「…ちっ」
　結界を張って防いだ方がよかったかな？　いや、パラドクスの魔法攻撃相手には間に合わない、と、暁翔は渋面で呟いたが、その時、森の右手の方から探るような声が響く。
「おおい！　誰か、来たのか？　この森にはびこるクソ商人と戦ってるのか？」
「頼む！　誰か知らんが、できることなら俺達をこの蜘蛛の巣の牢から出してくれ！　クソ商人を一発ぶん殴らないと気がすまない！」
（「…あれが、牢に入れられている一般人か…」）
　声には出さずに暁翔は呟き、持参した新聞紙を行く手を塞ぐ蜘蛛の巣へと貼り付ける。これでとりあえず、目先の粘着力は封じることができるはずだ。


（「…捕まっているにしては随分と威勢が良い声だな。あんなに大声を出して、そのクソ商人達にも聞かれて後で責めらたりしないものなのかね…？　まあ復讐心を抱かせるなら心が折れない程度にいびられているんだろうし、そこまで身の危険は感じていないのかもしれないけど…」）
　蜘蛛の巣の森の中、捕らわれている一般人とおぼしき声を聞き、嵐柴・暁翔（ニュートラルヒーロー・g00931）は言葉には出さずに呟く。そして、とりあえず声のする森の右手の方へ進み始めるが、誘い込んで奇襲する等なんらかの罠の可能性も考え、様子を窺いながら慎重に行動する。
（「【エアライド】で跳ぶとかは…ダメだな。上の方が蜘蛛の巣の密度が濃い」）
　上方をちらりと仰ぎ、木々の枝から枝へびっしりと天井のように張り巡らされている蜘蛛の巣を一瞥だけして、暁翔は地面へと視線を戻す。上方に比べればずっと薄いとはいえ、こちらにも要所要所に粘つく蜘蛛糸が張られているので、よく観察して進路上の糸には新聞紙を貼り付けて粘つき回避兼目印とする。
　すると、しばらく進んだところで、おそらく…というか当然ながら先刻倒した相手とは別個体なのだろうが、ほとんどそっくり同じ声音と口調で『クール家商人』が一般人たちに告げているのが聞こえる。
「ひひひひ、残念でしたねえー。誰がみなさんを助けに来たのか知りませんが、わたくしたちが駆けつける方が早かったようですよー。まあ、助けの方が先に着いていたとしても、人間にこの牢を破ることなどできませんしー。どんなに強い人間でも、わたくしたちキマイラウィッチに勝てるはずなどありませんけどねー」
（「…こいつらは、森の入口にいた仲間が撃破されたことに気がついてないのかな？　それとも、気がついた上で敢えて囚人に向けて強がっているのか？」）
　まあ、トループス級キマイラウィッチが何を考えているかなんてわからんけどな、と、声には出さずに呟くと、暁翔はパラドクス「悪魔召喚（サモン）」を発動。今度は敢えて合体せずに、セレスティアとアリスティアの大天使姉妹を別途召喚する。
「セレスティア、アリスティア、トループス級クロノヴェーダに魔法攻撃を頼む。たぶん近くに一般人が捕らえられている牢があるから、そっちには影響ないよう、よろしく頼む」
「…………」
　暁翔の依頼を受けた大天使姉妹は無言で前進し、正面に現れた『クール家商人』の群れに対して、まっすぐ魔法攻撃を放つのではなく、上方から下方に向けて光の刃を降らせる。
「ぎゃああああああああああ！　な、なんなんですか、この力はあああああああああああ！」
「天使！？　天使の攻撃！？　ま、まさか、大天使の裏切りですかあああああああ！？」
　絶叫しながら『クール家商人』たちは光の刃でずたずたに切り裂かれる。同時に反撃のパラドクス「欺瞞の金銭交渉」を発動。交渉などはすっ飛ばし、大天使姉妹の生命力（？）を奪って硬貨に変換するが、ほんの僅かの力しか奪えず出現した硬貨もすぐに砕ける。そして大天使姉妹は受けたダメージを、ごく小さいものではあったが、即座に召喚者の暁翔へと跳ね返す。
「いてててて…」
　思わす暁翔は顔を顰めて唸ったが、次の瞬間、少し奥の方にある蜘蛛の巣牢の中の、捕らわれた一般人とおぼしき連中が大歓声をあげる。
「やった！　クソ商人どもが八つ裂きになった！　天使様の裁きだ！」
「天罰覿面！　ざまあ見やがれ！」
「天使様、ありがとうございます！　ありがとうございます！」
　しかし同時に、横手の方から新手の『クール家商人』たちがなだれ込んできて喚き立てる。
「ええええい、黙れ黙れ黙らっしゃい！　殴り込んできたのが天使だか頓死だか知りませんが、こちらはキマイラウィッチですよ！　地元密着、地の利のたっぷりあるクロノヴェーダですよ！　漂着してきた天使なんかに負けるはずがありましょうか、いや、ない！　さあ、やっておしまいなさい！」
（「…やっておしまいなさいって、誰に対して命令してるんだ？　まさか囚人に言ってるわけじゃないだろうし、仲間の商人をけしかけてるのか？」）
　聞いていた暁翔は、声には出さなかったものの、思わず内心でツッコミを入れた。




（「…捕らえられていた方々は目の前でクール家商人達が殺されて喝采するとは、今まで余程耐え難い扱いをされていたのかねぇ…？　感情的には分からなくもないし火刑戦旗ラ・ピュセルの事情もあるんだろうけど、誰かが殺されて喜んでいるというのは、どうにも見ていてあまり気分が良くなるものではないな……俺が甘すぎるというか、この手で屍山血河を築いてきたのに今更何をぬかしているという感じではあるけど…」）
　卜ループス級キマイラウィッチ『クール家商人』が倒されているのを、捕らえられていた蜘蛛の巣の牢内から見た一般人が歓声喝采をあげるのを見て、嵐柴・暁翔（ニュートラルヒーロー・g00931）は声には出さずに呟く。しかしフランスの一般人は、ラ・ピュセルの時代より遥かに後代のフランス革命期にギロチン刑を「娯楽として見物」に行って盛り上がっていたのだから、これはディアボロスとはいえ現代日本人の暁翔が、甘いとか何とか言う以前に「感性が違う」としか言いようがない。
　そして暁翔は、新手の『クール家商人』が猪突猛進的に自分の方へ向かってくるのを見て、パラドクス「融通無碍（シュピーゲル）」を発動。トループス級の反撃パラドクス「尽きぬは偽りの財貨」を先取りして攻撃する。ところが「尽きぬは偽りの財貨」は「大金持ちになる幻想を見せて隠された欲望を解放させる」パラドクスなので、欲望をまったく隠していない『クール家商人』に対しては「ダメージと同時に大金持ちになった幻想を与えて至福の気分で死なせる」という何とも慈悲深い結果になった。
「ゼニー！　オオゼニー！　このゼニーはすべてわたくしのものー！　わたくしとってもしあわせでーすー！」
　満面の笑みを浮かべて『クール家商人』たちはばたばたと倒れる。同時に反撃の「尽きぬは偽りの財貨」も発動し、暁翔の周囲に幻想の金貨が積み上げられるが、暁翔の隠された欲望は何も（？）解放されず、単に小ダメージを受けるだけで終わる。一方、牢内の一般人には幻想は何も見えない上に、トループス級の至福の表情も言葉もはっきりわからないようで、単に倒れたと見てに続けて大きな歓声をあげる。
「死んだ！　クソ商人が死んだ！　豚の悪魔が醜い正体を晒して死んだ！　天罰覿面！」
（「…えーと、これはこれで、とりあえず復讐心は晴らされてると考えていいのか？」）
　暁翔が複雑な表情で声にせず唸る中、戦いの騒音をたどり目印の新聞紙で粘る糸を避けた吉音・宮美（限界ギリギリ狐娘・g06261）が駆けつけ、パラドクス「彼方からの幸福を貴方へ（グラスソング・ハピネス）」を発動させる。
（「少々ヒートアップしているようですね……ここは一度頭を冷やしてもらいましょうか」）
　声には出さずに内心呟き、宮美は聴いたものの心を落ち着ける【演奏】によって相手だけでなく捕らえられた方々の心にある憎悪を和らげ、確かにあったはずの幸福の日常を思い出させようとするが。しかし彼女の意図に反し、幸福な日常を想起させることはそれを破壊した相手への憎悪を増してしまう。キマイラウィッチの『クール家商人』にとってはディアボロスへの、一般人にとっては『クール家商人』の憎悪が募り、双方憎しみの涙を流しながら叫ぶ。
「幸せになりたいのはいけないことですか？　お金を儲けたいのは許されないことですか？　なぜわたくしたちが殺されなければならないのです？」
「ふざけんじゃねえ！　てめえらの金儲けの企みに騙されて、俺たちは何もかも失ったんだ！　返せ！　返せ！　幸せを返せ！　平和を返せ！　俺の金と土地を返せ！」
　宮美の意図に反して脅迫じみた哀願と罵声が飛び交う中、パラドクス「彼方からの幸福を貴方へ（グラスソング・ハピネス）」はその攻撃としての効果を確実に発揮し、生き残っていた『クール家商人』は一人も残すことなく、身勝手な哀願をしながら大量の血を吐き、のたうち回って絶命する。
（「ど、どうしてこうなってしまったんでしょう…？」）
　憎悪に溺れた魔女であってもその最期はせめて穏やかにと思ったのに、と、宮美が内心狼狽する中、反撃のパラドクス「満たせず尽きぬ金銀財宝」が発動。虚空から死に際の魔力と怨念で作られた、もしかすると賄賂のつもりかもしれない金銀財宝が雪崩落ち、宮美を潰そうとする。
「きゃっ！？」
　慌てて宮美は飛び退き、間一髪、直撃圧壊されるのは免れたが、跳ね返った財宝が当たって多少のダメージを受ける。
（「穏やかな音楽を聞いてこんな反応を起こすなんて……クロノヴェーダってわかりません……」）
　たちまち雲散霧消する財宝と、むごたらしく死んだ『クール家商人』の遺骸。そして卜ループス級の無残な死に歓呼歓声をあげる捕われの一般人たちを等分に見やって、宮美は深々と溜息をついた。
　目の前で






「駄目だぜ！　全然駄目だぜ！　私にはわかる……腹減って気が立ってるんだろ！」
　卜ループス級『クール家商人』の無惨な壊滅を見て大盛り上がりに盛り上がる捕われの一般人と、やや当惑気味の嵐柴・暁翔（ニュートラルヒーロー・g00931）と吉音・宮美（限界ギリギリ狐娘・g06261）を尻目に、いきなり飛び込んできた吉音・久美（未来はここから始まる・g09562）が、蜘蛛の巣牢に走り寄る。
「そういうわけで、まずこれを食べなさい。美味しいよ！」
「あ、ありがとうございます…う、うめえ！　めちゃくちゃうめえ！」
　差し入れられた「久美ちゃん印のツナマヨ」を貪り食い、一般人が感涙の声をあげる。そして暁翔が素早く走り寄り、隣の牢へ時先案内人から渡された中華饅頭を差し入れる。
「牢を壊すにはちょっと手間暇かかる。まずこいつを喰ってくれ」
「あ、あ、ありがとうございますぅ！」
　感涙に咽んで暁翔を伏し拝む一般人にはそれ以上言葉をかけず、暁翔は次の牢へ走りながら、少々呆然としている宮美へと声を掛ける。
「対象人数が多い。【口福の伝道者】で増やしたから、食料配布手伝ってくれ」
「わ、わかりました」
　暁翔からどっさりの中華饅頭を渡され、宮美は隣の牢へと走る。久美も牢を壊す等の予定していた行動は中止し、共有した【口福の伝道者】で「久美ちゃん印のツナマヨ」を増やして次々と配り歩く。
　すると宮美がはっとしたような声を出す。
「この牢…こっちに通路みたいなのがあって、奥までずっと続いてます！　大変な人数…百人？　二百人？　しかも、奥にいるのは女の人と子どもたち！？」
「…すまん、女子供を優先させてもらっていいか？」
　饅頭を渡そうとしていた牢の男に暁翔が訊ねると、男は涙を流して即応する。
「お願いします！　お願いします！　たぶん奥にいるのは、村の女衆と子供らだ！　てっきり売られちまったのか、それとも殺されちまったのかと思ってたが…ここにいたのか！」
「わかった！」
　女性や子供さんは弱ってる可能性が高い、と、暁翔は手控えていた【活性治癒】を意識的に発動。牢の奥へと走る。宮美と久美も暁翔に続き、奥側の牢に押し込められていた女性や子供たちの救助に回る。
「助けに来たぞ！　身体は大丈夫か？」
　声をかけながら暁翔は注意深く刀で蜘蛛の巣を切り破り、牢の中でぐったりしている子供に声をかける。
「た…助けに……ホントに？」
「ああ、本当だ！　しっかりしろ！」
　そう言って暁翔は子供に持参の水を飲ませ、饅頭を渡す。おそらく【活性治癒】の効果もあり、子供はすぐに身を起こし饅頭に食らいつく。
「う、うま…うまいよぉ…」
「良かったな。慌てて喉に詰まらせるなよ」
　そして宮美と久美も、子供たちと女性を解放し、食べ物を渡して介抱する。戦闘を目の当たりにして興奮していた男性陣と異なり、女性たち、子供たちは、ただただディアボロスたちに感謝し、感涙に咽び、伏し拝み、それぞれ自分の家族と巡り合って抱き合い、わんわんと大泣きする。
　そしてディアボロスたちは戻って男性陣を解放。渡された食料を食べる間も惜しい感じで、男性たちは自分の家族へと走りより、無事を確認して号泣する。
（「…どうやら、村一つ全員残らず捕らわれてたみたいだな。一人ずつ牢に捕らわれて絶望で衰弱死とかいう悲劇がなかったのは、中世フランス人の逞しさか…考えようによっては『クール家商人』たちが、手にした獲物は一人たりとも絶対に手放さないドケチだったのが幸いしたのかもな…」）
　声には出さずに暁翔は呟き、ついでに【クリーニング】で村人たちを身綺麗にする。
（「…さて、女性や子供さんも含めてこの数で逃げるとなると、それぞれ勝手に逃げてくれというわけにもいかないな。少なくとも、森を出るところまでは護衛するか」）
　復讐心が激しいようなら説得するとか事情を聞くとかして沈静化するつもりだったが、家族と無事に再会できた村人たちは、もう復讐とかどうでもいい、いち早くここから逃げて自分たちの村へ帰りたい、という様子がありありだった。三人のディアボロスは村人たちを森から連れ出すことを優先し、その道々で雑談っぽく話す。
「やられたらやりかえすのは構わないと思うよ、でも心まで同じに堕ちちゃあいけないよね。相手、悪魔だし。関わらないのがいちばん、いちばん」
　気分の落ち着く「プリズムキャンドル」を掲げ、久美が人々を先導する。列の中程に宮美が付き添い、女性や子供に気を配りながら告げる。
「ええ、赦せとかそういう話でなくて、気にしないのが一番だと思うんです。皆さんは生きています、何かをすることができます、失ったものを取り戻すことも、失った事でできた傷を癒すこともきっとできます、それを手伝える私達が居ます…ええ、悪魔と戦う役目は私達が担います。皆さんは悪魔なんかと関わらず、頑張って元気に生きてください」
　そして殿を暁翔が務める。
「騙されたって話だったけど、何をされたんだ？　え？　作物を買い取った代金として渡された金貨が土塊に変わったのか？　それで買い取った作物が酷い出来だから返金しろと言われて、土塊に変わったと言ったらいい加減なことを抜かすなと捕らわれた？　そりゃ酷い…魔術を使う悪魔相手じゃ、用心してもどうしようもないなあ…できるだけ関わらずにいるしかないな」
　しかし『クール家商人』連中、力づくで村人を拉致することだって出来ただろうに、わざわざ偽金貨を使って詐欺をするとはね、と、暁翔は内心首を傾げる。村人の口惜しさと復讐心を煽るためだったのか、それとも詐術を使わずにはいられないのか。
　とにもかくにも、村人たちは無事に森から出て、無人境と化して荒れてしまった…それでもクロノヴェーダや他所の人々が居座ってないだけ始末は良かった、と、暁翔は思った…自分たちの村へ戻って復興に励み、ディアボロスたちは改めて蜘蛛の巣の森へ引き返して攻略を開始するのだった。




「時先案内人さんのお話では、この奥にいる防衛隊の隊長は記憶喪失で正体不明のイケメンアヴァタール級で、隊員の卜ループス級は隊長がイケメンだから正体不明でも忠誠を誓ってるとか…顔が理由で忠誠を誓うクロノヴェーダって初めて聞きました」
　なんか、この森のクロノヴェーダって俗っぽい人しかいませんね、と吉音・宮美（限界ギリギリ狐娘・g06261）が溜息混じりに告げると、嵐柴・暁翔（ニュートラルヒーロー・g00931）は軽く肩をすくめて淡々と応じる。
「まあ勿論人によるとはいえ、復讐者もクロノヴェーダも程度の差や求めるものの違いこそあっても、大抵は俗物というか欲望塗れだと思うんだけどな…クロノヴェーダはそういう存在として作られたという面もあるのかもしれないけど、復讐者も人間ならそういうのと無縁ではいられないだろうしな…」
「はあ…」
　あまり納得いかないような表情で宮美が小首をかしげ、更に何か言おうとした時。
「侵入者だ！　侵入者だ！　撃退せよ！」
　鋭い叫びとともに、分厚い蜘蛛の巣に覆われた森の上方からトループス級アークデーモン（魔女化？）『アラストルの乙女』たちが飛来する。そして、遠慮会釈なくばりばりと雷電を放ち、蜘蛛の巣を破り大穴を開けて急降下してくる。
「そっちが蜘蛛の巣を破ってくれるなら、余計なことは考えなくていいな」
　言い放つと、暁翔はパラドクス「落ちる男再現（リライト）」を発動。パラドクス名とは逆に、急降下してくる敵に地上から飛び上がって体当たりをする形になるが、とにかく『アラストルの乙女』たちの豊かな胸に向かって一直線に突撃する。
「俺の道はおっぱいダイブ、そして落下と共にある！　今回はおっぱいジャンプ、そして突撃上昇になっているが細かいことは気にしない！」
「あ、あのお……」
　さすがに宮美が呆れた声を出したが、暁翔は委細構わず『アラストルの乙女』たちに強力なパラドクス攻撃としての体当たりをぶちかます。アヴァタール級ならともかく、トループス級ではとうてい耐えられる衝撃ではなく、哀れ『アラストルの乙女』たちは一撃で粉微塵にされて吹っ飛ぶ。しかし、その怨念は反撃のパラドクス「復讐乙女」として残り、宙を跳ぶ暁翔の影から炎の鞭が飛び出してその背をばしりと打つ。致命的ではないにせよ、相応のダメージを受けた暁翔は着地して呟く。
「復讐者も復讐されることはある…まあ、復讐されて当然のことはしているからな」
「……うーん、言いたいことは多々ありますが、とりあえず今はやめておきます」
　複雑な表情で告げると、宮美はパラドクス「この歌は全ての祈りを憎しみから解き放つために！（ソングプロミス・ベフライエンオーディオ）」を発動する。
「燃え上がる憎しみも、始まりは平和への願いと信じているから……！」
　本来は、どんなに悪い人でもその根底には幸せになりたいという当たり前の願いがあるという宮美の性善説的考えからなる解放の歌にして、その眠りを穏やかなものに変える鎮魂歌であり、その歌声は聴いた者の心から憎しみや呪いを引き剥がしその根底にある純粋な祈りを思い出させるパラドクスだが、復讐に生きるキマイラウィッチ（化したアークデーモン）の心を溶かすことは難しい、と、宮美自身もある程度は気づいてはいる。そのため、平穏を与えるのが無理ならばせめてその憎悪を受け止めましょう、これは貴女方の憎しみを正面から受け止め忘れることはないという決意表明です、という強い意志を籠めて、憎悪や怒りを表現する激しい旋律を敢えて奏でる。
「くあっ！」
　先鋒を暁翔に砕かれ、怯まず後に続こうとした『アラストルの乙女』を宮美の楽曲パラドクス攻撃が捉える。もしかするとその演奏は相手の精神から憎しみや呪いを引き剥がしたのかもしれないが、キマイラウィッチ化した卜ループス級アークデーモンにとって、それは精神崩壊と存在消滅を意味する。妙に虚ろな表情になった数体の『アラストルの乙女』が空に溶けるように消えるが、反撃のパラドクス「復讐乙女」はしっかりと発動。暁翔が受けたのと同様に、宮美の影から炎の鞭が飛び出しその肩を打ってダメージを与える。
「…ええ、この痛みとともに覚えておきますとも…」
　呟いて、宮美は上方を見上げる。隊列の後方にいた数体の『アラストルの乙女』が、当初よりは勢いを減じて慎重に、しかし引くことはなく蜘蛛の巣の裂け目を通って前に出てくる。
　


（「…イケメン野郎に気に入られたいというのはまだ分からなくもないけど、この状況で引かずに戦おうとするというのは理解に苦しむな……たんにそういうもの、というだけの話なのかもしれないけどな…」）
　前衛、中衛が死骸も残さず消滅したというのに、それでも前進してくる生き残り後衛のトループス級アークデーモン（魔女化）『アラストルの乙女』たちを見やって、嵐柴・暁翔（ニュートラルヒーロー・g00931）は声には出さずに呟く。
　そしてパラドクス「殺戮者の慈悲（ヒュポクリシス）」を発動。一切苦痛を与えることなく、トループス級にダメージのみを与えて斃す。
（「…こう見えても、女性を殊更に怯えさせたり弄るような趣味はない……吉音の歌とは違い、精神に作用するような効果はないが…せめて楽に終わらせてやるよ…たとえそれがどれだけ身勝手で傲慢な考えであったとしてもな…」）
　暁翔は、先刻、おっぱい逆ダイブ突撃の体当たりで『アラストルの乙女』を無惨に粉砕した男と同一人物なのか少々疑われるような殊勝な述懐を内心で唱える。
　しかし、ふっと虚無の表情になって墜落する『アラストルの乙女』たちは、明らかに生命のない遺骸になりながら反撃のパラドクス「地獄の刑執行長官の名の下に」を発動させ、四肢に炎と雷を纏わりつかせた状態で急速に落下軌道を変化させ暁翔へと突っ込んでくる。
「……やれやれ」
　死に際に苦痛を感じさせない程度では、魔女化アークデーモンの積み重なる怨念を抑えられるのは無理だったか、と、溜息混じりに呟きながら、暁翔は投げつけられた壊れた人形のように飛んでくる『アラストルの乙女』の遺骸を躱す。まともに衝突はしなかったものの、死屍が四肢（シャレではない…たぶん）にまとう炎と雷の余波で多少のダメージを受けた。




「おや。アークデーモンの女戦士たちは、もう一掃されてしまったのか？　ずいぶんとまた、強力な敵が押しかけてきたものだな」
　淡々とした口調で告げながら、アヴァタール級クロノヴェーダ『緑雷の貴公子』とおぼしき敵が、破れた蜘蛛の巣の向こう側から姿を見せる。
「おそらくお前たちは、この奥にいるキマイラウィッチに用があるのだろう。しかし、ここを通すわけにはいかない。それが俺の現在の使命だ」
「なるほど」
　どうやら『アラストルの乙女』たちの方に一方通行の想いがあったかどうかはともかく、このイケメンクロノヴェーダ野郎の方には、そういう感情はなかったようだな、と、嵐柴・暁翔（ニュートラルヒーロー・g00931）は内心呟く。
（「……だが、それはそれで鈍感系優柔不断ラブコメ主人公のようなものだし、うらやまし…いや、爆破しない理由にはならないな」）
　リア充死すべし、イケメンハーレム野郎に天誅を、と、たぶん『緑雷の貴公子』が耳にしても何のことだかさっぱり理解できないであろう内心の呟きとともに、暁翔はパラドクス「魂の咆哮（ダイナマイトパンチ）」を発動する。
「RB！」
「ほう？　それは何の呪文だ？」
　暁翔が胸の奥に滾る熱い何かを拳に充填し全力で叩き込む一撃を、アヴァタール級は躱しもせずに受け止める。無駄に（？）整った容貌に拳がぶちあたって爆発が起きるが『緑雷の貴公子』の顔面は多少煤けただけで特に変形したりがしない。
（「……ずいぶんとまあ堅い面の皮をしてるな…こいつ、もしかして人型ドラゴンか？」）
　尻尾もそんな感じだし、と暁翔が内心唸った刹那、アヴァタール級は反撃のパラドクス「城砕雷撃」を発動する。
「では、こちらからもいくぞ。我が雷電の蹴りを受けて砕けるがいい！」
「悪いが、そんなもんを素直に受ける気はない！」
　言い放ちながら、暁翔は『緑雷の貴公子』が放つ雷電を帯びた強烈な蹴りを躱す。まともに喰らったら正直なところ一撃で戦闘不能の可能性もあったが、前置きが長いので余裕を持って躱せる。とはいえ、帯びた雷の威力は想定以上で、蹴りそのものはきちんと躱したにもかかわらず相応のダメージが生じ、更に周囲の蜘蛛の巣が大きく裂けて吹っ飛ぶ。
（「…やれやれ。しかし、これだけ蜘蛛糸が密集している場所でやたらと動き回るパラドクスを使ったり、広範囲に雷電を放ったり、さっきから蜘蛛の巣を破っているのは殆どがクロノヴェーダ側だな…」）
　言葉に出さずに呟きながら、暁翔はアヴァタール級を見据えて慎重に間合いを取る。そこへ吉音・宮美（限界ギリギリ狐娘・g06261）が、パラドクス「心を込めて歌います（ハートキャッチ・リリック）」を発動する。
（「先程から見てもらっている通り、精神に作用するといってもそれが良い方向にかたむくかはわかりません……ですがだからこそ、私は一曲一曲を全力で奏でるのです！」）
　直接声には出さない魂の叫びを歌唱に籠め、宮美は全力でロックを歌う。記憶を失っている相手なら下手にややこしいことを考えず、力も頭も何もかも足りないけど自分のできる全てで持って理不尽に抗う反抗の歌を叩きつける。欠けていることで悩むのならばその悩みをそのままリリックに乗せてしまえば良い、何も知らない覚えていない馬鹿な私はただ歌うだけ！
「む……？」
　宮美の放つ全力ロックを耳にして『緑雷の貴公子』の表情がわずかに変わる。
「これは…何か…何かが、どこかで…」
　呟くアヴァタール級が、おそらく無意識に反撃のパラドクス「疾雷」を発動。本来は雷を纏って一撃離脱の攻撃を行い、相手に雷を移して痺れさせる技だが、本人が動かないので無制限広範囲に雷だけが大放出される。
（「うわ…こっち狙ってないのに、よ、余波だけでもキツイ…でも、私は歌います！　止めません！」）
　声には出さない魂の叫びとともに、宮美は【吉音式レコードシールド】や【吉音式グレイプニル改】で可能な限り身を守りながら、ダメージは受けても麻痺することなく全力ロックを歌い続ける。どこまでがパラドクスで、どこまでが歌か。魂を揺るがしているのはどちらなのか。不分明なまま、闘い（？）は続く。


（「雷とのセッションは経験済み、痺れがないならこのまま継続しましょう！　しかし、少し反応がありましたね？　であれば音を調整して……アンコールの時間と行きましょう！」）
　声には出さず、アヴァタール級クロノヴェーダ『緑雷の貴公子』を見据え、吉音・宮美（限界ギリギリ狐娘・g06261）は音響演奏歌唱パラドクス攻撃を続行する。音を調整して発動するパラドクスは「ややこしい事は考えず、思いっきり歌ってみる！（ソング・オブ・マイハート）」を選択。自らの魂と全力を込めた演奏を行い、演奏を聴き心を動かされた相手は自らの胸のうちから止めどなく溢れ出す感情の激流によって戦闘行動を行う事ができなくなる、という感情操作パラドクスで、アヴァタール級の戦闘行動を止めるところまで行けるかどうかはわからないが、とにかくここはやるしかない。
（「やってみますよ、やりたいことを……全力で！」）
　声には出さず内心で決意表明し、宮美は自身の声も楽器の一つとして「歌詞のない歌」を演奏する。記憶喪失の相手には、単語のイメージに引っ張られないこちらの曲の方が何か引っかかるものがあるかもしれない。
（「曲調は雷鳴に負けず、ついでに味方から感じる邪念を貫くように強く鋭く！　まだ一回もオーディエンスを満足させていませんからね、全力を込めましょう！」）
　思いを籠めて宮美はパラドクス演奏を続行。対する『緑雷の貴公子』は、相変わらずダメージを受けているかどうかはさっぱりわからないが、戦闘に転じず自分の内面をずっと見ているような様子で、おそらく無意識のパラドクス「疾雷」を放出し続ける。
（「…今度は盾に鎖を巻き付け鎖を地面に突き立てることで地面に雷を逃す避雷針とします。これで余波の放電もある程度防げるはず……ぎゃっ！」）
　避雷防御を精一杯工夫してみた宮美だが、残念なことにパラドクスの雷は自然現象の雷（物理的な超高圧放電）とは似て非なるものなので避雷針で逃がすことはできず、麻痺はまぬがれたものの、再びダメージを受けてしまった。


（「……竜の尻尾が生えている女の子、ならよく分からない既視感があるけど男には無い……だけど、何故かそういう存在を相手に無謀な戦いを挑むならこれを使えと、大宇宙の意志的ななにかが囁いているような気がする……」）
　声には出さずに呟くと、嵐柴・暁翔（ニュートラルヒーロー・g00931）はパラドクス「伝承顕現（レジェンダリーウェポン）」を発動し、剣と斧とを組み合わせたような奇妙な武器「斧剣（アクスォード）」を作成する。…伝承？　いやまあ長柄剣斧（ハルバード）と違って歴史上に現存する武器では（たぶん）ないが、いったいどこの伝承に…あ、そういう変な武器が使える並行世界（大宇宙の意志的ななにか？）があることはあったような気も……。
　まあ、そんなことはさておいて、斧と剣を強引に組み合わせたクソ重い短武器を手にした暁翔は、端然と佇むアヴァタール級『緑雷の貴公子』に対し、腹の底から湧き上がる少々意味不明の気合声を浴びせた。
「気合だぁ！　気合が違うのだぁ！　ゆくぞ、こーむーすーめー…ではない、やーさーおーとーこー！」
「…何の話だ？」
　クールに、かつ当然のように『緑雷の貴公子』は問い返すが、どこぞの無謀戦士だか海蛮人だかが乗り移ったかの如く、暁翔は野太い咆哮とともに真っ向突撃を敢行する。
「うおおおおおおおおおおおおおお、くーだーけーちーれーっ！」
「！！」
　芸も何も無い真っ向突撃を華麗にあしらおうとした瞬間、『緑雷の貴公子』の全身に、ここまでの戦闘で蓄積していたダメージがいきなり襲いかかる。それに加えて、ディアボロスとしても常識外れのパワーとスピードで委細構わず襲いかかった暁翔は、完全な力技で斧剣を問答無用で振り下ろす。
「どおおおおおおおお、りゃああああああああ！」
「！！！！」
　信じられない、なぜ、という驚愕の表情を整った容貌に浮かべ『緑雷の貴公子』は力任せの斧剣の一撃で袈裟懸けに身体を両断される。同時に反撃のパラドクス「城砕雷撃」が発動。城をも砕く凄まじい雷撃が暁翔を襲い、危うく戦闘不能になりそうなダメージを与えるが、そこはぎりぎり「気合」で持ちこたえる。
「たとえここで果てようとも、ネタに走る我が人生に一片の意味なし…じゃない、悔いなし！」
　十年一昔という言葉もありますのでと誰にともなく言い訳をしつつ、暁翔はネタをまじえて堂々の見得をきる。そして、アヴァタール級の消失に伴って強大な排斥力が発動。作戦に参加したディアボロス全員が、新宿島へ帰還するパラドクストレインへと強制移送された。
　

最終結果:成功
完成日	2024年08月11日