リプレイ

●恵比寿ハロウィンパレード
　渋谷区恵比寿――パレードの出発地点にジャックオランタンがずらりと並ぶ光景は、圧巻の一言。
「ああ、やはりハロウィンはこうじゃないとな」
「うんうん、ハロウィンは盛り上がるのが1番だよ」
　表情も千差万別なジャックオランタンの数々に目移り仕切り。近衛・悠（黄昏のフラメント・g02300）の楽しげな呟きに、ミシェル・ラークリーズ（彩光のグレイス・g03431）も笑顔で肯く。
「全部、恵比寿の人達の手作りなんだよな……」
　参加者はそれぞれ、『ジャックオランタン』を手にパレードするというのが主旨ながら。悠は些か残念そうな面持ち。
「俺達、狛犬だからなぁ」
　片や、悠は『阿形の獅子』の扮装。耳や尻尾は勿論、タテガミもしっかり整えている。
　一方、ミシェルは『吽形の狛犬』の仮装。付け耳・付け尻尾に加え、特徴的な角も忘れずに。
　対となる仮装は、純和風。ジャックオランタンにはちょっと合わない？
「……あれ」
　その時、ミシェルは橙色の中にポツンと混じる、白いジャックオランタンを見付ける。
「これ、カブだね……」
　今でこそ、アメリカ式『カボチャのランタン』が主流だが、ハロウィンの起源である古代ケルトの万聖節では、魔除けとして『カブ』をくり抜いて飾ったという。
「これなら、リーリエに合うかも」
　ミシェルのオラトリオ、リーリエは雪娘に扮している。カブのランタンならサイズも小さめだし、色合いもお似合いだ。
「よし、折角のハロウィンだ。存分に盛り上げないとな、ミシェル！」
「うん、頑張る！！」
　各々ジャックオランタンを手にパレードに参加する恵比寿の人々に混じり、道路を歩き始める悠とミシェル。
　ミシェル愛用の楽器はリュートだが、今回の扮装にはやはり合わない。だから、琵琶を一生懸命練習してきた。
　――――♪
　透明感のある澄んだ音色は、余韻の深い響きが何処か物悲しい。だけど、明るいメロディーも勿論弾けるし、楽しい演奏だって出来るのだ。
　弾き語りは吟遊詩人の十八番。ご機嫌な調子を奏でながら、ミシェルは明朗に歌う。少年の視線に頷いて、オラトリオの少女が聖花を――百合の花を降らせれば。
「ハロウィンおめでとう！」
　悠は『アイテムポケット』からハロウィンクッキーを取り出しては、景気よく配って回っている。ミシェルが奏でる和楽に合わせて、軽やかに飛翔からの宙返りしたり、花の紙吹雪を派手に振り撒いたり。
　サプライズ満載の演出に、観客だけでなく、パレード参加者からもわぁっと歓声が沸いた。


　事件を追い、奪取して、調査して――奮闘に奮闘を重ねて、いよいよ地獄変を活用する時が来た。
　漸くここまで辿り着いた事が、文月・雪人（着ぐるみ探偵は陰陽師・g02850）は何よりも嬉しい。
　雪人の仮装は、もっふもふな黒猫の着ぐるみ。クダギツネのクダ吉も一緒だ。
　軽やかな歩みで宙を往く。残留効果『浮遊』を使っての移動速度は、歩く程度が精々だ。軽快に、とは言えないけれど、時に緩やかにターンしながら、まるで踊るような足取りだ。
　――――♪
　皆に馴染みの深い曲を竜笛で演奏してみたり、『アイテムポケット』から、手品の如き手付きでお菓子を取り出しは子供達に配ってみたり。
　ディアボロスとしてパレードを盛り上げようと、雪人は一生懸命だ。
「折角のお祭り騒ぎ、皆も見てるだけなんて勿体ないよね？」
　大きく目を見開いて、浮遊する雪人を見上げる子供達に、にこやかに手を差し出した。
「さあ、お手をどうぞ。一緒に空の散歩はいかがかな♪」
　好奇心旺盛な少年の手が、まず雪人の掌中に滑り込めば――ふわりと浮かんでおっかなびっくりの面持ちが、すぐに笑み満面となる。
「大丈夫。安全第一は忘れてないから」
　順々に、子供達が手を繋いでいけば、ふわふわと空中に数珠繋ぎ。きゃあきゃあと、愉しげにはしゃいだ声が通りに響き渡る。
（「皆で、楽しい時間にしていくんだ」）
　これからの地獄変に綴られるのは、きっと恐怖ではなく希望の物語――勿論、ディアボロスだけじゃなく、最終人類史の皆と一緒に、笑顔溢れる楽しい思い出を。




「準備はいいです？　跨ぐのでも座るのでも、やり易い方で大丈夫ですからね」
グスタフ・カツラギ（城郭・g00055）が用意したのは、箒型のフライトドローン――残留効果の『フライトドローン』自体の改造は、喩え魔創機士であろうと出来ないが、見た目だけならある程度の融通は効く。
「では、お邪魔しますね。ボク、こんな形で空を飛ぶのは初めて♪」
　楽しそうに、ちょっとはしゃいだ様子で、レイ・シャルダン（SKYRAIDER・g00999）はフライトドローンに乗る。修道服のウィンプルの裏地は、鮮やかなパンプキン色。上品な仕立てのトゥニカはくるぶし丈だ。畢竟、レイの乗り方は乗馬の横乗りに似ている。
（「抱えて、は流石に無理でしたね」）
　フライトドローンの定員は1名だし、ディアボロスが命令を下せるのも1機だけだ。それで、箒型フライトドローンを並べて飛行する2人。
　やがて、ビルの向こうに、陽は落ちて――恵比寿の街並に、夜が訪れる。
　パレードの参加者達は、手に提げたジャックオランタンに灯を灯す。1つ、又1つと、光が軌跡を描いていく。
　――――！！
　突如、火薬の爆ぜる音も無く、花火が鮮やかに、夜空を彩る。
　Damen und Herren！
　ガラガラした機械音声は、寧ろハロウィンのおどろおどろしさに相応しく。
「それでは皆様方、夜のパレードを始めましょうか！」
　ビルの夜陰より出でたのは、『空飛ぶ箒』に乗った魔法使いと修道女。それぞれ、ソーサラーハットやウィンプルに結ばれた黒いリボンのドクロとジャックオランタンのチャームが目を引いた。
　逸早く、地上に降りた魔法使い――グスタフは、修道女のレイに手を差し伸べる。支える手が硬い機械化部位なのは、ご愛敬。
「ふふ、グスタフさん。ノリノリですね」
「わかります？　1度、開会宣言のようなものやってみたかったんですよ」
　レイのパラドクスを使った花火を目くらましに、残留効果『光学迷彩』も併用して、魔法めいた唐突な出現を演出した訳だ。
「折角の、お祭りですからね」
「ちょっと意外だったかも……もちろん、いい意味でネ」
　グスタフと囁き合うのも束の間。地上に降りたレイは、人々に綺麗なカーテシー。わぁっと歓声が上がると、再びパレードが動き出す。
「さて、手作りのお菓子をお忘れなく。レイさんも、持ってきてますよね？」
「もちろん！」
　トリックの次はトリートだ。子供達にお菓子を配ったり、1人ずつ箒型ドローンに低空で乗せてあげたり。
　存分にパレードを愉しむレイの笑顔に、グスタフも我知らず、シェードの向こうの眦を和ませた。




●ハロウィン・カービング！
「ふむ。カービング……ミシェルもこういう作業好きだろう？　やっていくか？」
「うん、細かい手作業は大好き。作っていこう！！」
　楽しいパレードの後は、パーティーの時間だ――カービング教室は、恵比寿のあちこちに。
　イベントスタッフから手渡された「カービング・マップ」を手に、近衛・悠（黄昏のフラメント・g02300）とミシェル・ラークリーズ（彩光のグレイス・g03431）は目星を付けた会場に向かう。
「カービング……彫刻って解釈でいいのかな？」
　一般的に木工芸彫刻を指すカービングだが、彫る素材や対象によって名称が異なる。今回は、石鹸や蝋燭を素材としたソープ・カービング、或いはカービング・キャンドルの催しだ。
（「折角だから……蝋燭でやってみよう」）
　大きめの白いアロマキャンドルを手に取る悠。脳裏に浮かぶのは、白く美しいオオカミだ。
　一方、ミシェルが白い石鹸を見て閃いたのは、白百合の花。
「リーリエの花だ！」
　常に一緒のオラトリオの髪を飾る純白は、ミシェルにとって身近であり特別。
「……」
「……」
　早速、カービング・ナイフを手に、素材を削り始める2人。
　今回のモチーフのテーマは「ハロウィン」ではあったが、そこは各自彫りたい物を彫ればいいと、講師も鷹揚に構えている。
「……」
「……」
　テーブルに差し向かいながら、沈黙の作業が暫し続く。
「……うん、上手く出来た」
　目元を細やかに彫り上げ、悠の面に漸く会心の笑みが広がる。卓上に鎮座するのは、雄々しいオオカミの胸像だ。
「へぇ、ミシェルのは、石鹸の百合か？　いつもリーリエを見てるからか、本物のように綺麗だな」
　時同じくして、ミシェルの方も完成した様子。ずっと覗き込んでいたオラトリオの少女は、キョトンと小首を傾げている。
「ふふ、流石にこの材質の百合は、リーリエもびっくりしたみたいだね」
　ミシェルが彫り上げたのは、清らな百合の花籠。同じく白い蝋燭で出来た悠の白狼を並べると、不思議な統一感が生まれる。
「うん、いい記念になった」
　卓上のオオカミをそっと掌で包み込んで。
「こういう催しが開催出来る様に守ることが、俺達の使命なんだろうな」
　悠の呟きに、ミシェルも力強く肯く。
「そうだね。平和に、皆で楽しめるように」




　『花のソープカービング』『初心者歓迎』とマップに記されていたその教室に、訪れた2人連れは――アリスとハートの女王、に見えた。
「不器用なのに、できっかな俺……こういうのって、女の子が好きなもんじゃねェんかね？」
　不安そうに材料の石鹸を眺めるアリスも、薔薇の香りの紅い石鹸を選んで悠然と着席したミイラめいたハートの女王も、その体格の良さ故に、性別を間違えられようも無かったが……今日はハロウィンだ。野暮を言う者はいない。
（「色……はどうしよ、オレンジとかにするか。したら、香りもさっぱり柑橘系……いける、のか？」）
「決まったなら、さっさと来い」
　うんうんと悩むアリスな瀬良・要（死は我が踊り手・g00797）に声を掛けながら、シャナオウ・ナラシャ（『-紗那皇-』・g02191）は女王然としてカービング・ナイフに手を伸ばす。
「ふむ……」
　暫し、デモンストレーション中の講師の手付きをじっと観察して。
「嗚呼、問題無いぞ。基本的な事は……今、見て覚えたからな」
　軽くやって見せれば、講師も感心した風情で頷いてくれた。
「先生ェ！ 何か俺でも作れそうなの教えてださーい！」
　一方、要は、思い切りよくヘルプを出す。オレンジ色の石鹸を選んだは良いが……真っ新の石鹸をどう彫り始めればいいのか、見当もつかない。
　円形の花を彫るならば、便利なのは等分スケール。石鹸の上にピンで中心を固定し、溝に沿って竹串で印を付けていく。花弁の先端を連ねた円を描くなら、コンパスの要領でクルリとスケールを回せば良い。
「おおー」
　最初に中心を六等分の雫状に彫るだけで、感動したように目を瞠る要。
（「うぉ……紗那、よくあんな彫れんな……結構細かいぜ……？」）
　次いで、隣を見やって更に目を見開いた。
「これで、いいんだよな？」
　花弁を彫り上げる度、講師に確認するように見せてはいるが、その手付きは馴れた風。傍から見ていても判る。あれはきっと『薔薇』だ。
　ちなみに、「薔薇が彫りたい！」が、ソープカービングを始める理由1位であるとかないとか。
「あっやべ、下手こいた！」
　シャナオウの方に気が散って、うっかり、花弁の先端部分が欠けてしまった……。
「……つ、使えば一緒！ 一緒！」
　焦る要だが、講師のフォローで事なきを得てホッと一息。
　折角の初めての作品だ。石鹸として使ってしまうのではなく、ケースに入れて飾れるようにしたい所だ。
「よし、中々の出来じゃないか」
　削りたい所にきちんとナイフの先を入れていけば、ポロポロと綺麗に外れていくのが面白い。薔薇の周りは、レリーフのような仕上がりになるよう彫り上げて、シャナオウは満足そうに自画自賛。
「そっちはどうだ？」
「あー、うん……何とか」
　カービング・ナイフの先を同じ深さと角度で差し込んでは、逆手で石鹼を回しながら横に滑らせていく――そんな基本の動作を繰り返して、要の掌中にも幾何学模様にも似た直線的な花が咲いている。
（「……器用になるように、何か細かいことやろう……」）
　初めてさんにしては、決して悪くは無い出来なのだが……シャナオウの作品と見比べて、要は盛大に溜息を吐く。
　シャナオウがレリーフの中にこっそり入れてみたSとKのイニシャルに、要が気付くのは、もう少し後になりそうだった。




「カービング・キャンドル楽しそうですね」
　物作りの人間としては見逃せないと、レイ・シャルダン（SKYRAIDER・g00999）が笑み零れれば。
「鍛冶木工以外は久々です。たまには、こういうのも面白いかもしれませんね？」
　応じるグスタフ・カツラギ（城郭・g00055）の足取りも軽やかだ。
「……そうそう、グスタフさん」
　イベント会場に向かう途中、くるりと回って修道服の裾を翻すレイ。
「今日のボクはシスターだけど……何か足りないって思いませんか？」
「信仰心と清廉さと敬虔さ、祈りに聖書ですかね。後ついでに自制心、それと宗派教義も」
　真っ向から、鼻っ柱をへし折らん勢いの即答だった。
（「……まぁ、こちらも魔法使いとしては、資質も何もかも足りていないんですけど」）
　魔法使いに扮するグスタフにしても、得手は力技だ。魔法どころか神秘系全部駄目とか、そんな事はおくびにも出さない。
「そう、ロザリオです。このままでは神のご加護を得られません」
　尤も、レイの方も、ぐさぐさ刺さった言葉のナイフなどものともしない。
「だから、ボクはキャンドルでロザリオを作りますね」
「確かに、カービングと言えば……やはり、蝋燭がオーソドックスでしょう」
　親愛全開の会話をほのぼの交わしながら、イベントの受付を済ませて着席する2人。
　礼が選んだキャンドルは、高さ20㎝程の大きめの角柱型。表面はオレンジ色でコーティングされているが、中の色は紫と、ハロウィン仕様となっている。表面の色と彫った時に中の色が覗くので、2層のグラデーションを考えて彫るのも楽しみの1つだろう。
（「どうせなら、美しく精巧な見た目にしましょうね」）
　まずキャンドルの表面に十字架を下書き。まるでレースのように、或いは花のように、十字架の模様を、丁寧に丁寧に彫り上げていく。
　石鹸よりも硬い質感の印象があったが、カービング用のキャンドルだったので、余り力を入れずに彫れて幸いだった。
（「グスタフさんは……いっぱい作ってるなぁ」）
　石鹸でジャック・オ・ランタンを、パレードで貰った南瓜ランタンの端材から蝋燭を、そして、蝋燭で幽霊を。
「ハロウィンですし、何がどう化けているかわからないのも面白そうじゃないですか？」
　レイの視線に顔を上げ、小さく肩を竦めるグスタフ。
「……」
「……」
　それぞれ、作業に没頭する事暫し。
「出来ました！」
　レイのオレンジのキャンドルには、表面に複雑な紋様を描く十字架が精緻に刻まれている。中から覗く紫色が艶やかだ。ロザリオならば数珠が連なっているが、大きめの十字架の方がインパクト大だろう。
「記念撮影しましょう！」
　出来栄えに満足して、意気揚々と十字架キャンドルを掲げるレイ。グスタフは、彼女のウィンプルの形を整えると、スマートフォンで撮影してくれた。
「……ククッ」
「何ですか？」
　その画像を眺め、堪え切れず吹き出すグスタフ。不穏な気配に、レイも横からスマートフォンを覗いてみれば。
「あー！　もう！」
　スマートフォンの画面の中では、笑み満面で十字架キャンドルを掲げるレイのウィンプルの上に――石鹸のジャックオランタンと蝋燭の幽霊が、ちょこんと鎮座していた。








　――そのイベント会場で、一際賑やかなのは、旅団『コンステラション・ヴィラ』の面々だ。
（「アタシたちが楽しめば、それが新宿島の力に繋がるっていうのは嬉しいな」）
　常のアンニュイな風情も影を潜め、沙羅葉・落日（ああ、キミはもういないのか。・g04517）の横顔は、何処か楽しそう。
「さ、満喫しながらお勤めを果たそうか」
　カービングは初めての落日だが、モチーフはもう決めている。クダギツネのムユウだ。
　素材は、使う機会も多そうな蝋燭にしたが……形も色も様々あって、どれにしようか目移り仕切り。
（「和切り絵風のデザインにしたいんだけど……」）
　角型の香水瓶の形なら、広い平面が彫り易そうだ。
「六華は石鹸？」
「蝋燭も気になるけど……どうしても、日用品のイメージがあるし、使わないともったいないもん。でも、蝋燭だと、使ったら折角の彫刻が悲しい事になっちゃうよね」
　一方、橘樹・六華（常葉雪片・g03430）が手に取ったのは、オレンジ色と緑色の石鹸。
（「石鹸なら、置いててもいい香りがするからいいんじゃないかな？」）
　その実、石鹸の香りは数年経つと酸化してしまう。キャンドルの方が香りももっと長持ちするが、何れにしても香りは飛ぶものだ。好みの素材を選んで問題なし。
「カービング……野菜だけでなく、石鹸の彫刻も出来るんですね」
「私は初めてだねぇ。作り方の動画を観て、予習はしたけど……」
　ミシェル・ロメ（とわにひびくうた・g04569）と月見山・伊吹（小春日和・g04125）の選択も、やはり石鹸だ。1つ1つ手に取って吟味した結果、甘い香りの純白の石鹸にするミシェル。伊吹は、小さめのサイズを3つ籠に入れた。
　広めのテーブルを囲んで、それぞれ、カービング・ナイフを手に取る4人。
「う……難しい」
　ナイフ使いは日常的な落日だが、こんな使い方は初めてだ。どうにもこうにも、勝手が違う。多分、性格からして、丁寧な作業に向いていない。
「うー、力の入れ具合が……」
　苦労しているのは六華も同じく。陰陽師でもある所為か、ふと、木片で形代を作った時の事を思い出したりもしたが……うっかり力入れると、石鹸は周りごと割れるように削れてしまう。
（「木と違って、繊維の方向がないから楽かと思ったけど……ちょっとずつちょっとずつ、削っていかないと」）
　それでも、石鹸の方が彫り易いのは確かだ。石鹸の色を活かして、シンプルに南瓜を模る予定だから、2個仕上げるぐらい、大丈夫だと思いたい……多分。
（「石鹸って固いようで、ナイフを入れてみると意外に脆いんですね」）
　ミシェルは、まず花芯の部分から。花弁が互い違いになるように、面取りを慎重に、慎重に……うっかり削り過ぎてしまえば、流石に元には戻せない。薄い花弁を重ねたデザインは複雑だから尚の事。初めてで無謀だったかとちょっぴり後悔しながらも、石鹸に入れる刃の角度と深さに気を付けて。
「……」
「……」
「……」
「……」
　黙々と作業する事暫し。
「そう言えば、誰かに贈るの？」
　強張った肩をぐるりと回しながら、落日が息抜きがてら口を開けば、ラベンダーの香りがする猫の石鹸から顔を上げて、伊吹は快活な笑みを浮かべる。吸血鬼ナースの尖った犬歯がちらりと覗いた。
「これは私用だけど……旦那には金木犀で、兄さんには星と南瓜を彫ろうかなって」
　だから、旦那様の石鹸は、金木犀の香りで選んだ。スパイシーな香りの石鹸は、豪快な兄にお似合いと思う。
「あんまり凝った物は、出来なさそうだけどね」
　苦戦しつつも、力加減に気を付けて、少しずつ少しずつ。
「……」
　ちなみに、氷の女王の仮装は脱いでいる六華は、一彫りする度に顔を顰めたり、安堵の息を吐いたり。百面相は好奇心旺盛猫まっしぐらな六華らしくとも、沈着な雰囲気の扮装には確かにそぐわなかったかもしれない。
（「ミシェルくんも、大変そうね……」）
　没頭している少年の邪魔をするのも忍びなく、落日も作業を再開する。3人のデザインを横目に、マイペースに彫り進めれば。
「ここを削って……できた！」
「よーし、何とか完成したー！」
　落日と伊吹がナイフを置いたのは、ほぼ同時。
「ほら、ムユウ。どう？　可愛く彫れたよ、嬉しい？」
　和風切り絵のような、狐火引き連れたクダギツネの意匠を見下ろし、ムユウは主に身を摺り寄せる。サーヴァントはディアボロスと一心同体であれば、自身がモデルなのも判っているだろう。
「そっかそっか、嬉しいか～。可愛いヤツめ」
　相好を崩し、落日はクダギツネの毛並みをわしゃわしゃと。
「初めてのカービングにしては、上出来かな？」
　猫に金木犀、星と南瓜――伊吹は、3つも頑張った。今回の経験を活かせば、次はもっと複雑なデザインに挑戦出来そうだ。
「……ふぅ」
　橙と緑、二色の南瓜石鹸を前に、六華は大きく伸びをしている。
「僕が最後ですか……お待たせしました」
　果たして、ミシェルの掌中に咲くのは、美しい『石鹸の白薔薇』。
　少しずつ、作品が形になっていく工程は、ドキドキワクワクもしたけれど、やっぱり完成すればその喜びもひとしおだ。
「……上手くできたかな？」
　誇らかな少年の笑顔に、お姉さん達も微笑ましそうに頷いた。

　――渋谷区は恵比寿のあちこちで、ハロウィンの思い出が幾つも形作られる。
　その光景は、きっと地獄変にも数多、描き連ねられただろう。

最終結果:成功
完成日	2022年11月13日