リプレイ

●「復讐者って大胆！」
　大沢池に最初にやって来た復讐者は月見山・伊吹（小春日和・g04125）と月見里・千隼（清風明月・g03438）の夫婦だった。
「広い池の上で屋形船っつー船で静かに月を眺めながら抹茶飲むとか人間は面白い遊びを考えつくなァ。こーゆーのをワビサビとかミヤビとか言うんかね」
　白い布地に桔梗の花が描かれた浴衣姿の伊吹。今日の彼女はデーモンの復讐者になった際に目覚めたもう一つの人格『ティダ』が表に出ている。
　黒い布地に桔梗柄の浴衣を身にまとった千隼は物珍し気な妻の様子に自然と口角を上げた。
（「伊吹との夫婦デートはよくするがティダの人格が出た時は初めてかな」）
「宅呑みみたいに羽目は外さないようにな」
「わかってるって。それにしても、俺様の嫁は浴衣姿でも可愛いなあ！」
「……夫だ」
「おっ、もう出発するってよ。早く乗ろうぜ！」
　ティダに引っ張られて千隼は最初の屋形船に乗船した。
　二人は最初こそ市民の好奇の目に晒されていた。しかし船が進みお茶が振舞われれば皆の注意はそちらへと向けられていった。
　抹茶を飲んで一息ついたティダに千隼が微笑んで言う。
「月見しながら抹茶を飲むのも良いものだろ」
「ああ。飯なんて栄養摂取目的か上の奴らの機嫌伺いながらの食事会ばっかで、味わう事なんてほとんどなかったけど……悪くないな」
　そう言ってティダは屋形船の手すりに肘をかけて月を見上げる。
　時期がずれてしまったため残念ながら今夜は満月ではない。だが夜を照らす優しい月の光はやはり美しかった。
　そしてその光に照らされる妻の姿も非常に美しいと思い千隼は魅入った。彼女の物憂げな青い瞳も夜風になびく琥珀色の髪も美しく蠱惑的だ。普段の伊吹からは感じられない強い色気に千隼の胸は高鳴ってしまう。
（「伊吹の体で顔立ちは変わらないはずなのに！ 表情だけでこうも変わるのか……」）
　ティダに対してこんな感情を抱いていると伊吹が知れば嫉妬されてしまうかもしれない。けれどもその嫉妬する姿すらもきっと愛おしいだろう。
　そう考えながら彼の口から出たのは――。
「ティダ、キスしたいが……いいか？」
　そんな言葉だった。
　すると彼女は熱を持った千隼の顔を見て妖艶に笑う。
「もちろんいいぜ！」
　承諾を得た千隼はティダの両肩を掴むと顔をゆっくりと近づける。唇と唇が触れる寸前。
「でも、これは羽目を外してないのか？ みんな見てるぜ？」
　言われて視線を向ければ確かに市民たちが何事か囁き合いながらこちらをチラチラと見ていた。
　千隼は我に返り慌ててティダから離れる。
「続きは二人きりの時に、な？」
　そう囁いたティダのいたずらっぽい笑みはまさに悪魔の微笑みであった。


●「忍者ってほんまにおったんやね！」
　次の屋形船に乗るのは最近発見された新しいディヴィジョン『天正大戦国』から来た片瀬・斎（忍者・g08456）だ。斎はまだ新宿島に流れ着いて間もない。そのためこういった時にどのような服装をすればいいのかわからなかった。だから普段通りの全身真っ黒の忍び装束でやって来ていた。
「忍者や！ 忍者がおるよ！」
「こら！ 指さしちゃいけません！ ごめんなさいね」
　元気な男の子を叱った母親が申し訳なさそうに笑って彼女に頭を下げた。
　どうやらこの格好は目立つらしい。斎はそう思いつつあいまいに笑って返した。
　池の上に浮かぶ屋形船は適度な数の赤い提灯と月明かりに照らされて何とも優雅な趣だ。華美な装飾などなくともその光景は十二分に美しかった。
（「良き機会。どれ、一度乗ってみましょうか」）
　そうして彼女は市民たちと共に屋形船へと乗り込んだ。
　池の上をゆっくりと周るとても短い船旅は穏やかで心地よかった。クロノヴェーダに人類史を奪われたのが嘘のようだ。
　斎はたてられたばかりのお茶を頂きため息を吐く。そして少し欠けている月を見上げた。
（「世界が失われ分かたれたとしても、どの世も月と星は変わりありませぬな。新宿島の月夜も綺麗なものだ」）
　新しい技術を取り込むことに腐心している斎。そんな彼女でも変わらないものに安心感を抱いていた。
　短い旅を終えて帰路に就こうとしていた時。
「忍者の人ー！」
　振り返れば先程の少年が笑顔で両手を大きく振っていた。
「がんばってなー！ バイバーイ！」
　その姿を見て自然と笑みがこぼれる。
（「人の心も、あまり変わらぬのかもしれませぬ」）
　少年とそのかたわらで頭を下げる母親に斎も手を振り返したのだった。




●「復讐者も普通の女の子やね」
　最後の屋形船に乗る事になったのは藤宮・舞花（花咲フルーティスト・g07548）と如月・莉緒（恋愛至上主義・g04388）の二人だった。
　白地に黒い笹柄の浴衣を着た莉緒は嬉しそうに笑う。
「舞花さんと二人でお出かけは初めて！」
　同じく白地に猫のシルエットが描かれた浴衣姿の舞花も微笑んで返す。
「そうだね。いつも私たちとせんせーと総二さんの四人だから二人でのお出かけは初めてだね」
「女子会だ！」
　くすくすと二人で笑い合いながら市民と共に乗船した。畳の上に座って障子窓から夜空を見上げる。そしてまるで鏡映しのように水面に輝く月と星々にも目を落とす。
「ほんとに綺麗だね」
「綺麗だねー……」
　莉緒はキラキラと光を反射する水面に見入った。
「どうぞ、お茶も楽しんでください」
「有難うございます」
　舞花が二人分のお茶を受け取った時ふと一組の男女が目に入る。仲良く寄り添い合っているためきっと恋人なのだろう。
　一杯を莉緒に手渡しながら口火を切った。
「……ねぇ、今この景色のことを誰に一番に話したい？」
　舞花はずっと莉緒の不器用な恋が気がかりだったのだ。
「えっ？ だ、誰って……！？」
　突然の質問に莉緒は白い肌を紅くした。だって丁度あの人も誘えばよかったかななんて考えていたところだったのだ。
　そんな彼女を見て舞花は微笑んで言う。
「自分が見た素晴らしい景色を一番に教えたい人は好きな人なんだって。きっと今、莉緒さんが思い浮かべた人は莉緒さんの好きな人なんだよ」
（「……そっか。なるほどなぁ」）
　綺麗だったと話したらどんな反応をするだろう。どうせなら一緒に見たかった。そんな風に思うのは好きだから。彼に対して恋心を抱いているから。
　自分のモヤモヤした想いが何かわかって納得できた。それと同時になんだか気恥ずかしくなってしまう。けれどもその想いに気づかなかったふりはできない。
「……舞花さんたちみたいになれたらって思うんだけどね」
　ぽつりとつぶやいた。
　舞花は五年間想い続けた人と結ばれて今は生活を共にしている。そんな二人の仲睦まじい姿を莉緒は知っているから舞花に憧れていたのだ。
　莉緒の言葉を聞いた舞花は頬をバラ色に染めてはにかむ。
「私たちみたいにって言われると恥ずかしいけど嬉しいな。莉緒さんならきっと大丈夫だよ」
　無責任にそう言った訳ではない。莉緒が誰を想っているのか知っていてその人の事もよく知っている。その人ならばきっと莉緒を幸せにしてくれるだろう。そう思うからこそ背中を押したかったのだ。
「ん……ありがとう」
　莉緒は恋愛話が大好きでけれども自分の恋はいつも空回りばかりだった。だから舞花みたいになれる自信はあまりない。それでも応援してくれるのはとても嬉しくて頼もしかった。だから。
　莉緒はいつかそんな風になれる日を夢見て。舞花は莉緒とその想い人が幸せになる未来のために祈りながら。
　共に月を見上げたのだった。

　こうして船上名月鑑賞は静かに幕を下ろした。市民たちは復讐者が自分たちと同じ普通の人間だと理解して安心した。そしてだからこそ人類のために戦う彼らを応援したいと思った。
　無事祭りの目的は果たされついでに復讐者たちも月を愛でるこの祭りを堪能したのだった。

最終結果:成功
完成日	2022年10月08日