リプレイ
菅原・小梅
◆行動
此方の地方の吟遊詩人が装うであろう羽根つき帽子に外套
それと愛用の笛を手に旅の詩人としてお声掛けしましょう
(【プラチナチケット】を使い)
どうしたのですかお兄さん、随分と浮かない顔をして
まるで片翼をもがれた鳥の様ですよ?
私ですか?
遠い所の楽士ではあるのですが少々天邪鬼でして
花冠のフィオナと雲雀のヒューの歌はしっくりこないのですよね
言葉では表せない……けれど溢れ出る思いというのを表現したい性質なので
此方(ふえ)を使っていますし(軽く龍笛で【演奏】しつつ)
察するにお兄さんも何か抱えてるとお見受けしました
私で良ければ話を聞きますよ?
だって詩人の歌が皆同じようなものばかりではつまらないですしね
アンゼリカ・レンブラント
雲雀のヒューと接触
この子はルーっていうの?可愛いね
最初はルーや羊のお話をしながら、
警戒を解いていった後で
この子に飾られている小花の花冠
吟遊詩人の歌を聞いたよ。フィオナさんからなんだよね
どんな人なの?歌に聞くだけじゃなくって、
良く知る君に聞きたいなってね
聞く事が出来たなら問う
最高の名誉だから
彼女が竜の花嫁として命を捧げること
いいことなのかな?
君のこころを聞きたいよ
名誉でも、使命でもなんでも
愛する人の生を諦めるのはダメと
私自身、そう強く思っている
…なぜだか、他人事に思えないんだ
大丈夫、君が否と思うなら
彼女を必ず私達で思い留まらせてみせる
だから彼女のこと
君の想いを、2人の思い出を
もっと教えて欲しいな
ノスリ・アスターゼイン
どうも
今のは街で噂のフィオナ様かい
綺麗な花冠だねと
屈んでルーを撫でながら
未練があって当然
命が失われることを
永久に逢えなくなることを
いっとう大切なひとの最期を礎に
此れからの路を歩いていくのだということを
嘆かない方が、きっと虚しい
悲しい、寂しい、苦しい
どんな想いが青年の心に最も添うのかは分からない
だから
そっと肩を叩いて
彼の裡に籠る惑いも熱も
隠さぬ本音を
零させてあげたい
どんな風に出逢って
どんな日々を過ごしていたの
一番の思い出は?
彼女が花冠を編み始めた切欠は
あんたが徴す雲雀に倣ったのか
元々得手だったのか
娘の花冠
雲雀の冠羽
どちらも冠を持っているから
二人の絆を見るようだ
絆を諦めずに居られるように尽力したい
竜城・陸
こんにちは、と
穏やかにヒューへ声を掛けるよ
街で、吟遊詩人の歌を耳にして
花嫁と貴方のことを詠っていると聞いたから
よかったら、話を聞かせてほしくて
彼女のこと、どんな風に一緒に過ごしたのか
かけがえのない思い出や、二人の大切なもの
急に、ごめんね
姉も竜の花嫁だったけれど
俺は、……それを祝福できなくて
本当は、嫌で
でも、何も出来なかった
いつも、思うんだ
行かないで、って
あの時伝えられていたら
何か違ったのかなって
――だから
お節介だとわかっているけど
貴方がもし、まだ……諦めたくないのなら
その想いを、彼女に伝える手伝いがしたくて
今は、何も変わらないかも知れなくても
それを形にすることには意味があると
……そう、思うから
シセラ・カドシュ
詩や歌は好きだし、悲しい話も好きだけれど
現実に在る悲劇は好きではなくてね
酒場や劇場の中だけで十分だ
キミもそうではないかな、噂のヒューさん
死が怖くない人はいない、とわたしは思っているよ
死の恐怖より強い感情を持っていてその為に死を選ぶか
怖くても本音を隠したりという事もある
本当の所は、わたしはわからない
でも、恋人なら花嫁が何を大事にする人なのか
よく知っているだろうから
後は、人は初心を忘れがちだからね
二人にとって共通の、幸せで忘れ難い思い出が
花嫁の本音を引き出すきっかけになるかもしれない
命を捧げた後には続きはないけれど
二人での未来には、沢山の幸せが有ると
気付かせる事が出来れば、救う事が出来ると思うよ
標葉・萱
雲雀の、羊飼いのヒューさんのもとへ
こんな最中で気も気ではないだろうけれど
私の言葉は伝えるには拙いかもしれないが
諦めたくは、ないでしょう
吟遊詩人の歌のように
煌びやかに美しく飾られた物語ではなくて
確かに、巡る季節と芽吹く大地のように
一番近くで愛しただろう人から話を聴きたかったから
どんな女性だったのかを
どんな光景を、花をともに愛していたのかを
その未練をまだ捨ててしまってほしくはない
私のように、とそうっと薬指の指輪をなぞる
手袋の下で、叶わなかった約束のようにはならぬように
尽力するから、力を貸していただける
悲劇や宿命で彩らずとも
この物語に先があるのだと、信じたいから
――祈るように、信じているから
●雲雀の片翼
三月は獅子のようにやって来て、仔羊のように去っていく――。
英国の有名なこのことわざはいつからあるものなのだろう。だが、いつのものだとしても『三月は荒々しい気候で始まり、穏やかな気候で終わる』とこの言葉が語るのはきっと真実で、もしかするとこの湖の付近一帯での今年の三月は仔羊のようにやって来たのかもしれない。
だってあまりにも空が綺麗で、あまりにも湖が綺麗で、あまりにも緑が綺麗で、
「うわー! すっごくいいところだー!!」
思わずアンゼリカ・レンブラント(黄金誓姫・g02672)は満面の笑顔になっていた。
竜の花嫁の運命に胸を痛めはしても、眼前に広がる光景には素直な感嘆を咲かせずにはいられない。だって記憶はなくとも少女が人間として揮うパラドクス、ブレイブスマイトが彼女の出身を示している。意識せずともアンゼリカの全身全霊がこの世界の春を歓んでいる。
鮮やかで柔らかな緑は春風が吹くたびにこのなだらかな丘を駆けおりていくようにそよぐ春草、大地から時折覗く石灰岩も草を食む羊達も緑の大地を彩る宝石みたいで、丘から見下ろす深い青を湛えた湖の煌きときたら、時間も呼吸も瞬きも忘れて見入ってしまいそうな美しさ。
立派な巻角を持った古い種の羊達がいる。真白な仔羊達が楽しげに跳ねている。
花冠を首にかけたコリーの先祖みたいな犬が駆けてきた――と思った時にはもう『わふっ!』とアンゼリカは飛びつかれていた。尻尾大回転の大歓迎、
「あはは擽ったい、でも嬉しいな!」
「俺とも遊んでくれる? なんて言ってみたくなっちゃうね、これは」
素直に抱きしめ撫でくり回せばアンゼリカは顔を舐められ、釣られて破顔したノスリ・アスターゼイン(共喰い・g01118)も屈んで撫でてやれば、嬉しそうに瞳を輝かせた犬が彼の手を舐めて、はむっと口許に触れに来る狼みたいな御挨拶。こちらも親愛たっぷりだ。ノスリが眦を緩めたそのとき、犬の飼い主――雲雀のヒューが慌てた様子で駆けてきた。
「っと! うちのルーがすまない、汚れなかったか!?」
「大丈夫だよ! この子はルーっていうの? 可愛いね!!」
「こうやって歓迎してもらえるのは嬉しいね。さっきのは街で噂のフィオナ様かい? ああ、綺麗な花冠だ」
榛色の髪と瞳を持つ青年だった。羊飼いという言葉から連想するよりも野性味を帯びた雰囲気の青年だった。
屈託なくアンゼリカが、楽しげにノスリが笑み返せば、ヒューの顔にも安堵の笑み。蜂蜜色の髪の娘が駆け去った方角――湖畔の街のほうへ眼差しを向けたノスリの問いには一瞬顔を曇らせたものの、彼が牧羊犬の首元を撫でてやれば、榛色の瞳が再び和らいだ。
ルーは誰にでもこうってわけじゃないんだけど、よっぽどあんた達が気に入ったんだな。
苦しい日々の中で思わぬ安らぎを得たような、そんな笑顔でヒューが二人に語る姿を見れば、
――こうやって、相手の懐へ入っていくこともできるんですね……。
菅原・小梅(紅姫・g00596)はそっと羽根つき帽子を被りなおした。
小梅が今そうしたように【プラチナチケット】の効果を活かせば無下に扱われることはないだろう。【友達催眠】の効果があれば気さくに接してもらえるだろう。然れど、たとえ関係者や友人であっても本心を明かしてもらえるとは限らない。
本当の意味で相手の心を開かせるものは、いつだって、こちらの心と、心の発露たる言動であるのだから。
だが、羽根つき帽子に外套というそれらしい装いをしてはいても、弱冠十歳の小梅が旅の詩人を名乗っても特に不審がられなかったのは【プラチナチケット】の恩恵だろう。街に滞在している吟遊詩人の弟子と思われたのかもしれないけれど。
「ところでお兄さん、先程ちらりと苦しげなお顔が見えましたが、何か辛い事情を抱えてらっしゃるのでしょうか?」
――まるで、片翼をもがれた鳥のようでしたよ?
紅玉髄の瞳でひたと彼を見つめた小梅がそう告げれば、ヒューが榛色の目を瞠る。
春空に羽ばたく雲雀が、一声鳴いた。
「吟遊詩人の歌を聞いたよ。ルーのこの花冠、フィオナさんからなんだよね?」
「あんたが、雲雀のヒュー。そうだよな?」
見るだけでも嬉しくなってくる、春の花冠だとアンゼリカは感じた。円環を解けば途端に、想いが溢れてきそうな花冠だとノスリは感じた。ちゃっかり二人の間に陣取っておすわりした牧羊犬の首を飾るのは白い小花の花冠。
愛らしい苺の花が咲き溢れ、その蔓とともにプリムラの原種らしき白花が編み込まれ、間近で見ればローズマリーと思しき小さな小さな青の花が鏤められていることに気づく。これは、
「……湖の雫、でしょうか。まるで、この地の春そのものですね」
「ああ、成程、雫に見えるね。吟遊詩人の歌よりよほど、作り手のひととなりを感じられそうだ」
間違いなく、この地の光景を愛している人が編んだ花冠――。
美しい紺青の湖と柔らかな春緑の輝きに今ひとたび琥珀の眼差しを向け、標葉・萱(儘言・g01730)が春風めいた声音でそう紡げば、湖水より明るく澄んだ双眸を細めたシセラ・カドシュ(Hiraeth・g01516)が微かに口許を綻ばせた。
牧羊犬を撫でるアンゼリカとノスリが自然と犬の左右に腰を下ろしたこともあり、皆も春草や程好い大きさの岩へと座る。訪問者達は竜の花嫁たるフィオナの話を聴きたいのだろうと察したヒューも草の上に腰を落ち着けたから、お邪魔するね、と竜城・陸(蒼海番長・g01002)も皆に倣った。
故郷の春風が頬を、青き髪を撫でていく感触にひととき瞳を閉じて、改めてヒューと眼を合わせて。
「急に、ごめんね。俺の姉も竜の花嫁だったから……吟遊詩人の歌を耳にしたら、他人事とは、思えなくなって」
「え!?」
彼の驚愕に何が含まれているかは解る気がしたが、寂しげで、それでいて如何様にも取れる微笑みだけを陸は返す。
真実は己の胸にあればいい。
「おや。それほど驚くお話でしたでしょうか」
「いや、俺の見聞が狭いってことかもしれないけど……」
耳聡く察した小梅が水を向ければヒューは、水晶めく竜の角、深藍の翼と尾、陸のそれらをちらりと見遣って口を開いた。
湖水地方には今ここから見下ろす湖だけでなく、幾つもの竜の花嫁の湖が存在している。これまでにも各地から数多の竜の花嫁が湖水地方へやって来たが、竜の花嫁としてドラゴニアン女性が来たという話は聴いたことがない――と彼は語る。
これは情報というより、偶然聴くことができた世間話。
勿論、彼が知らないだけだという可能性もある。ドラゴニアンの女性が竜の花嫁に選ばれる事が有るのか無いのか、それを確たる情報として得るには攻略旅団での調査提案が必要になるだろう。今はまず、眼の前の件に尽力すべきとき。
これから口にすることは、この世界にとっての異端。
己の裡に確りそれを刻み込みつつ慎重に話を切り替える。懐から龍笛を取り出した小梅が、
「私が少々天邪鬼だからでしょうか。街で聴く花冠のフィオナと雲雀のヒューの歌がどうにもしっくりこないのですよね」
「高潔な物語に詠い上げられているけれど……現実に在るのは、悲劇だ。少なくともキミにとっては。そうなのだろう?」
言葉を選びつつシセラが語りかければ、先程の陸の件以上に驚いた様子でヒューが息を呑んだ。
「……そんな、こと、言ってくれる人が……いるなんて」
胸が詰まりそうになるのを堪えて、陸が笑みを深めてみせる。
「解るし、言えるよ。……俺も、姉を祝福できなかったから」
「廻る季節と芽吹く大地のように、一番近くで愛しただろうあなたの言葉で――彼女のことを、聴かせてもらえますか」
美しく飾られた物語ではなく、と願う萱の右手が左手の薬指に触れる。白手袋の上からでもわかる、指輪。
「うん。歌に聞くだけじゃなくって、よく知る君に聴きたいんだ。フィオナさんって、どんな人?」
「――どんな風に出逢って、どんな日々を過ごしていたの」
心配そうにくぅんと鼻を鳴らして主を見つめる犬を撫でてやりながらアンゼリカが訊ねれば、叶う限り穏やかな声音で言を継いだノスリがそっとヒューの肩を叩く。
悲しい、寂しい、苦しい。
どんな想いがより彼の心に添えるのだろう。理屈では量れず、けれどその手は確かに、ヒューの心の背を押した。彼の眦が僅かに震える様を見て取って、小梅は龍笛の歌口を唇に寄せ、指孔に指を躍らせ、幻想竜域の春風に遥か東の音色を乗せる。
「吟遊詩人とは言え私の楽器は御覧の通りですから……言葉で表せない、けれど溢れ出る想いを音色で表現するのですよ」
後で他の仲間と情報共有するのはお許しを、と胸の裡で詫びつつ、童女は今告げるべき言の葉を口にした。
――お兄さんのお話を、街で言いふらしたりは、しませんよ。
●雲雀の冠羽
仔羊とともに寝て、雲雀とともに起きよ――。
英国には羊を絡めた言い回しが多い。早寝早起きを奨励するこのことわざもそのひとつで、雲雀のヒューもまさしくそんな日々を送っているのだろうと容易に想像できた。想像と少し違っていたのは、羊達の日々のほう。
「あいつは、フィオナは――……はちゃめちゃに面白いんだよ」
「面白い!?」
予想外の単語にアンゼリカの声が跳ねる。
このあたりでは羊飼い其々の印をつけられた羊の群れが、ほぼ半野生状態で好き勝手に山野や丘陵ですごしているという。羊を集めるのは出産期や毛刈りの時期、市に羊を売りにいく時くらいなのだが、数年前の春、出産期の牝羊達のための小屋に蜜蜂の群れが居座ってしまったという。巣分かれした群れだ。
やばいこいつらここで巣を作る気か、一体どうすりゃいいんだ……と頭を抱えていると。
突如輝くような笑顔で『ここにお宝がいると聴いて!』と現れたフィオナがどうやってか蜜蜂達をお手製の巣箱にすっかり納め、『じゃ、お宝はいただいていくから!』と満開の笑みを咲かせてあっという間に去っていったのだとか。
蜜蜂いっぱいの巣箱抱えてどうやって風のように去っていけたのか今でも判らない、しかも『お宝がいると聴いて!』とか言いつつあいつ巣分かれした群れ自分で追ってきたんだよ聴いてないだろ……などと語りつつヒューは己の立膝に突っ伏してしまった。全く色気のない話だが明らかに惚気だった。
「……そりゃあ、一撃だね」
「……一撃で惚れますよね」
最初ヒューに感じた野性味どこいった、と真っ先に抱いた感想は胸に秘めつつノスリが目許を和ませれば、神妙な面持ちで小梅も頷いた。恐らくその時までは、同じ土地に住む同世代の綺麗な娘、程度の認識だったのだろう。何時の世もギャップは強いらしい。
彼女がキミを想うようになったのもその時だろうね、とシセラが悪戯な笑みを覗かせ、
「こんな物語を知っているよ。女が男に惚れるのは、男に助けられた時か、男の弱味を握った時――ってね」
「え。待ってそれ、何だか俺の胸に刺さる……」
知らず陸が胸を押さえたのは、姉ではなく、陸のことを可愛いと思っていそうな後輩の顔が胸に浮かんだから。
恋仲となった二人の日々は実に楽しい話だった。
丘陵に山野にと気紛れに移動する羊達の群れを見回るヒューとすごすうちに、フィオナの行動範囲も劇的に広がっていく。光が芽吹く春に切ないほど眩い夏、豊かに色づく秋に、時に湖も凍る冬。二人一緒に眺める光景は不思議と飽きずに、日毎に世界への愛おしさは増すばかり。
夏を迎える前、毛刈りされ色とりどりの花冠を飾られた羊達が緑の丘に散る。語られた光景が鮮やかに思い浮かんで、
「彼女は……フィオナさんは、この春の緑のような色の瞳をお持ちなのですね」
「あれ。俺それ話したっけ?」
「いや全然。でも話を聴いてたら思い浮かんだよ。声だけ聴いてもそれが彼女だって、私達絶対に気づくと思う」
眩しい想いで双眸を細めた萱の言葉にヒューが訊き返せば、アンゼリカが一切の迷いなくそう言いきった。
花冠のフィオナはもう知らない人ではなかった。彼の話で確かに息づいて、確かに生きている身近な存在と感じられた。
近くの岩に雲雀が舞い降り、話に相槌を打つよう囀れば、頭の冠羽がほわっと立つ。その様にノスリは小さく笑み、
「彼女が花冠を編み始めたのって、もしかして?」
「編み方を覚えたのは子供の頃だろうけど、沢山編むようになったのは……そう、俺とすごすようになってから」
返る応えに、ああ、と感じ入るように目蓋を伏せた。
瞳に映る光景の愛おしさ、弥増すばかりのそれを指先から溢れさせるように花冠を編む彼女の姿が見える気がした。
彼女の花冠、雲雀の冠羽。
――どちらも冠を持っているから、二人の絆を見るようだ。
「それが最高の名誉でも、彼女が竜の花嫁として命を捧げるのって、いいことなのかな?」
「詩や歌も、悲しい話もわたしは好きだけれど……現実に在る悲劇は好きではなくてね。酒場や劇場の中だけで十分だ」
事の中核へ踏み込むべく口火を切ったのはアンゼリカ、続いたシセラは幾度も血に塗れた二振りの短剣を懐に秘めたまま、
――死が怖くない人はいない、とわたしは思っているよ。
――死の恐怖より強い感情を持っていてその為に死を選ぶか、怖くても本音を隠しているか。
蘇生者たる己の過去も胸に秘めたまま、自己犠牲的精神でフィオナは命を捧げようとしているのではと仄めかしてみたが、あんた達、ほんと変わってるよなと苦笑が返る。
「ドラゴン様のために命を捧げるのは晴れがましいことだろ? 『今のフィオナ』はそれが自分の最上の幸福だと思ってる」
未練がましい俺のほうがおかしいって、分かってはいるんだ。
掠れた声音で紡がれた言葉で、時先案内人がフィオナの現状を語った言葉を思い起こした。
――まるで洗脳でもされちゃってるみたいな感じ……!
同時に強く実感する。
ここは改竄世界史・幻想竜域キングアーサーのグレートブリテン島、ドラゴン勢力の本拠地。
最も強固に『ドラゴン達に都合のよい世界』が織り上げられ、維持されていると思われる地。グレートブリテン島に住まう人々ともなれば当然ドラゴン達の意向に強く影響され、竜の花嫁となることは非常に名誉なことであるという『常識』も深く浸透しているだろう。さながら、何の疑問を抱くこともなく神を崇めるように。
強固な常識に反するのが如何に難しいことか、陸も痛いほどによく識っている。
「俺は、……姉を祝福できなくて、本当は、嫌で。――でも、何も出来なかった」
いつだって思うのだ。何度だって繰り返すのだ。
「行かないで、って、あの時伝えられていたら……何か違ったのかなって」
然れど、ヒューは自嘲の笑みを洩らす。死んでほしくない、一緒に生きたいと何度もみっともなく喚いたんだ。
「あんたのお姉さんがどうかは判らないけど――フィオナはそれでも違わなかった、変わらなかった」
まだ自分が恋をすることさえ想像できなかった、幼い少女だった頃。
誰もに祝福される花嫁になる日が人生の到達点のように感じていた頃なら、フィオナも竜の花嫁に憧れ、自分が竜の花嫁に選ばれるのを夢見た日もあっただろう。
然れど、ヒューと愛し合い、結婚を約束した今のフィオナなら、花嫁となり結婚することは人生の到達点ではなく、新たな始まりだと理解している。彼とルーと羊達と、この地の景色を愛して生きていくことが最上の幸福となった。なのに――。
「まるで、その幸福が心の泉の底に沈んで、代わりに幼い頃の憧れが浮かびあがってきたみたいな感じなんだ」
――竜の花嫁になることが、私の幸せ。
――彼を、ルーを、羊達を、この景色を……私と同じくらい愛してくれる人と一緒になることが、ヒューの幸せ。
何時の間にか彼女の心は歪なモザイクのように想いを入れ替えられ、掏り替えられたように変わってしまったという。
「けど、フィオナのほうが正しいんだ! おかしいのは俺のほうで……っ!!」
「おかしくない。あんたは何もおかしくないんだ、ヒュー」
堪えきれぬ激情を遂に溢れさせた彼を支えるように、その肩をノスリが抱いてやる。痛ましさに眦を歪めるけれど、同時に柔い吐息を密やかに洩らす。
こんな風に、彼の裡に籠る惑いも熱も、隠さぬ本音も零させてあげたかった。
――そう願って、ここへ来た。
●花冠の幸福
死なせたくない、と迸ったヒューの声。
諦めなど簡単につくはずもない。胸に癒えぬ擦り傷のごとき未練を抱くのも当然のこと。
命が失われることを、永久に逢えなくなることを、
「いっとう大切なひとの最期を礎に、此れからの路を歩いていくのだということを――嘆かない方が、きっと虚しい」
だからあんたは何もおかしくないんだ、と熱砂を孕むような声音でノスリは繰り返す。
その嘆きを覆すために、遥かな時空を超えて来た。
「あんたが絆を諦めずに居られるように、俺達に尽力させてくれる?」
「諦めずに居られる、そんなこと、どうやって……」
明日には空と湖が入れ替わる、とでも聴いたような面持ちでヒューが顔を上げる。だが瞳には僅かながら希望が燈る。
「それが名誉でも常識でも、君に愛する人の生を諦めて欲しくない。そんなのダメだって、私自身の心も叫ぶんだ!」
過去は何ひとつ思い出せやしないのに何故かどうしても他人事には思えない。アンゼリカが振り絞るよう想いを迸らせれば牧羊犬が同意するように『わうっ!』と鳴く。何だかもう親友みたいな気分になってきた。
花冠のフィオナが本音を隠しているのではなく、洗脳されているような状態にあるのなら、彼女の意識の表層でなく深層を揺さぶる必要があるのだろうね、と思案気に眉を寄せてシセラが紡ぐ。もっと単純な物語であればどれほど良かっただろう。
然れど、
「二人にとって共通の幸せで忘れ難い思い出が、花嫁の本音を引き出すきっかけに……なんて物語にはならなさそうだ」
「ヒューさんがそれを思いつかないはずもないでしょうしね。ですが、彼で届かなかったのは、絆が浅いからではなく」
絆が深すぎるから。心が深く重なり合っているから。
吐息のごとき声音でそう続け、萱は白手袋の下に誓いを燈す左手を無意識に握る。耳許で白が唄う。誰よりも愛する相手、誰よりも心を寄せ合った人と、最上と望む幸福が完全に重なり合ったと識った時の、魂が眩い光に融け合うような――。
二人の心は近すぎて、深く共鳴しすぎていて、だからこそヒューの言葉ではフィオナの心を変えることはできない。
彼の言葉で胸が震えても、心が揺らいでも、フィオナはそれを己のものとは気づかずに、『自分はヒューの胸の震えや心の揺らぎを感じ取っている』と錯覚してしまうから、と察して萱も思案に暮れる。
だからと言って、自分達が二人の思い出を語ればフィオナに響くというものでもない気がするのだ。
それでも、最もドラゴンの影響が色濃いだろうグレートブリテン島で竜の花嫁の心を揺さぶれる者は自分達ディアボロスを措いて他にはあるまい。悲劇や宿命で彩らずともこの物語には先がある――そう信じたいと、時先案内人の話を聴いた時には祈るように希ったけれど。
違うのだ。物語の先は自分達でなければ紡げない。
「花冠の、フィオナ……」
ぽつりと、ふと思いついたようにアンゼリカが呟いたのはその時だった。
幾度も撫でた牧羊犬の首を改めて撫でる。見るだけでも嬉しくなってくる、春の花冠だと思った。蜜色の眼差しにノスリも花冠を映す。円環を解けば途端に、想いが溢れてきそうな花冠だと感じた。仲間の声に誘われ、萱も顔を上げる。
間違いなく、この地の光景を愛している人が編んだ花冠――。
そう、心に響いた。
花冠のコンテスト。
竜の花嫁たるフィオナに接触する機会を得るために出場するそれで作る花冠。
その花冠こそが彼女の心を揺さぶるための大きな武器になるのかもしれない――と、誰もが直感する。
この地で自分達が紡ぎだす物語が、花冠のフィオナと雲雀のヒューが主役の物語だと思ってはならない。自分達は脇役だと思えば物語はきっと、歴史侵略者が求める結末を迎えてしまう。
何故なら、直接的な戦闘がなくとも、これも全てを取り戻すための戦いのひとつ。
改竄世界史に抗い、歴史侵略者と戦う、復讐者達の物語。
その主役は、いつだって――ディアボロスたち自身であるのだから。
お節介だとわかっているけど……と口に昇らせかけた言の葉を陸は切り捨てる。これは彼らの物語ではなく、既に陸自身の戦いの、陸自身のための物語の一頁。部外者として手を貸すのではなく、当事者として挑まねば改竄世界史に負ける。
心を決めれば靄のごとき何かが晴れ、意識が怜悧さを取り戻す。思考が加速する。
「本来の、真実の幸福を彼女の心の泉に再び浮かび上がらせることができれば、彼女の気持ちも変わるんじゃないかな」
元に戻ると言うべきかも、と思案を続ける陸が解を見出すのは――この後、夕刻に湖畔の街へ赴いた時のこと。
水面を揺さぶれ。
水面に氷が張っているならそれを割れ。
舞台に上がれ、とシセラは己を叱咤した。断頭革命のオーストリアで淫魔フルーティアの撃破を為せたのは己自身で舞台に上がったがゆえ。舞台袖にいては悲劇を覆すことはきっと叶わない。
「浮かび上がらせるための『何か』は借り物ではいけないのだろうね。けれど必ず、わたし達の裡にあるはずだ」
具体的な『何か』はこの時点ではまだ解らなかった。
然れど、夕刻に湖畔の街に赴く仲間達がそれを掴んでくれると迷わず信じて、アンゼリカは黄金の瞳に揺るがぬ光を燈す。事態を動かすのが自分達であること、この件もまた改竄世界史に抗い、歴史侵略者と戦う、自分達自身の物語であることを、初めから誰より確かに理解していた少女は。
励ますようにヒューの両手を握り、まっすぐに断言した。
「大丈夫。君が否と思うなら、彼女を必ず私達で思い留まらせてみせるから!!」
大成功🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
効果1【プラチナチケット】LV2が発生!
【託されし願い】LV1が発生!
【神速反応】LV1が発生!
【植物活性】LV1が発生!
【土壌改良】LV1が発生!
効果2【ダメージアップ】LV3が発生!
【命中アップ】LV1が発生!
【ドレイン】LV1が発生!
【ロストエナジー】LV1が発生!
エレノア・グローア
荊(g05721)と
竜の花嫁になることが名誉、か
夕暮れから逸らすように目を伏せて思う
いつか知らない相手と自分も結婚する
政略結婚は昔から決められていて不満はない
胸の裡を支配しているのは諦めだ
ヒューとフィオナの事を話す人たちに近寄り
少しお話伺っても?
ふたりは幼馴染と聞いてるわ
どんな関係だったのかしら?
仲が良くて何れ結ばれるはずだった、そんなひとたち?
竜の花嫁に選ばれることは名誉あることなのね
例え涙を流すひとがいるとしても
ねえ、荊
幸せになるはずの恋人たちが引き裂かれ
ひとりの命が摘まれようとしている
運命が捻じ曲げられないなら甘受するけど
未来はまだ変えられる
ふふ、もちろん!
素敵な花冠、楽しみにしているわ
逢魔・荊
エレノア(g00058)と
命が落とされるというのに
名誉だなんて痛ましい
これが運命?…んなわけあるか
傍らで泣いている奴がいるのに
世の定めに悲しみ暮れるヒューの立ち位置は
嘗ての己に似ている
ただ己と違うのは
まだ取り返しがつくという事
【情報収集】
エレノアと共に話を聞きに行く
竜の花嫁ってのは尊い存在なんだな
俺達、通りすがりの旅人なんだ
知りてぇんだ
吟遊詩人が詠うヒューとフィオナ…花嫁の事
ヒューってのは恋人はどんな想いで恋人を見送るのか
詩以外の言葉も聞きたかった
エレノア、己の心に目を背けて従う運命は幸せとは言わん
未来が変えられるなら
在るべき絆を必ず雲雀に返そう
その為にはコンテスト、頑張ってもらうぜ?エレノア
ライラ・ロスクヴァ
斜陽の影、美しい陽の光の当らぬ場所
そこにはきっと、哀しみが溜まっている
湖面にきらきら光る蜜色に目を細め、蜂蜜酒を頂きに参りましょう
ごきげんよう、一杯いただけますか?
ミード、気になっておりまして
実は酔いやすいので、最初のひと口だけストレートでいただいて
あとは何かで割って頂きます
ふふ、芳醇なミード、大変美味しいですね
どのような方が作っているのでしょう?
地元の方で蜂蜜酒を飲んでいる方にお話を伺ってみます
フィオナ様のお人柄が分かればいいですね
花冠のモデルの方も探しつつ、色々な方に話しかけてみましょう
●湖畔の夕照
花唇で食めば、きっと優しい甘さでとろり蕩ける光の果実。
そんな杏色に輝く夕陽が湖に蜂蜜色の煌きを躍らせる。夕風に織り成す金の細波に躍る影は深藍で、この湖独特の美しさにライラ・ロスクヴァ(セレーネ・g00843)は虹色の双眸を細めた。耳許にくるり月を廻らせ、賑わいに満ちてゆく街を歩む。
湖水地方の家屋といえば粘板岩(スレート)のミルフィーユめいた外壁が馴染みだが、この地では夕陽に美しく照り映え、蜂蜜色に輝く石灰岩でつくられた街並みが優しい夕暮れのひとときへと皆を誘う。けれど、
――斜陽の影、美しい陽の光の当らぬ場所。
――そこにはきっと、哀しみが溜まっている。
そう感じるのは己がこの改竄世界史を外から俯瞰できるディアボロスであるからなのだろう。街で擦れ違う人の誰も彼もが花嫁への曇りなき祝福に笑みを咲かせている。複雑そうな貌を覗かせていたのは偶然遠目に見かけた春色の天使とその傍らの紅蓮の青年くらいだ。
「……ライラも来ていたのね」
「別、だったみたいだな」
控え目に会釈する彼女に小さく手を振り返し、エレノア・グローア(ソレイユ・g00058)は彼女ではなく夕暮れそのものから瞳を逸らすように視線を落とす。パラドクストレインの別車両、とは口にせず、逢魔・荊(Dusk・g05721)は軽く彼女に会釈して、挑むように街を見渡した。
誰もが竜の花嫁を祝福し、その名誉を讃えている。
眩い言葉の数々がエレノアの心に影を落とすのは、既に己が政略結婚を定められた身であるからだ。皮肉にも刻逆に猶予を与えられたけれど、全てを取り戻した暁には顔も知らぬ相手に嫁ぐのだろう。不満などないと思っているはずなのに、心にはただ諦観が満ちていくばかり。
命が落とされるというのに、名誉だなんて痛ましい。湧きあがる憤りは胸中に抑え込み、荊は街中で声にはできぬ言の葉を憤りに燈す。
――これが運命? ……んなわけあるか。
花冠作りに自信はないから、せめてモデルとしてコンテストに出てみたい。
蜂蜜色の光に溺れゆく街のあちこちでそんな声が聴こえたから、モデル探しは難しくなさそうですねとライラは安堵に眦を緩め、ひときわ甘い煌きと、フィオナ様お手作りの蜂蜜酒だよ! と響いた声に惹かれるまま街角の店に腰をおろす。壺から杯に注がれ踊る、明るく透きとおった金の滴。
唇に触れるだけで陶然となりそうななめらかさ、甘い蜂蜜の香りは酒気とともに不思議と涼やかに広がり、瑞々しい甘味は淡い酸味と花の香を連れてライラの舌の上に踊る。
「まあ! 流石はフィオナ様の造られた蜂蜜酒(ミード)ですね、なんと芳醇な……!」
「だよなあ! フィオナ様のお手作りはほんと素晴らしくて――」
どのような方が作っているのでしょう? なんて尋ねるのは流石に白々しいと思えて、心のままに感嘆を咲かせれば途端に破顔した周囲の人々が口々に彼女のことを語り出す。昨夏結婚した娘が贈られた花冠の華やかさ、薄氷の張る湖に駆け出した羊をめぐる冒険譚。
酔いやすい性質なのでと伝えれば蜂蜜酒に加えてくれた氷は、地下蔵で貯蔵された冬の湖の氷――と聴けばフィオナの話を聴くのもより楽しくなってきたけれど、他に訊かねばならぬことがあった気がして思案をめぐらせた。
蜂蜜色の夕暮れの陽射しを受け、緑の羽根めく常緑の葉が甘い木洩れ日とセピアの影を踊らす櫟の木陰。
恋人らしき男女がそこで交わす言葉にフィオナやヒューの名が聴こえて、少しお話伺っても? と花咲く笑みでエレノアが願えば、勿論、と笑顔で歓迎された。なれど、
――竜の花嫁ってのは尊い存在なんだな。
荊がそう口にするわけにはいかなかった。
花冠のフィオナは偶々この地元の娘であっただけで、竜の花嫁達はこの湖水地方へ『イギリス各地から集められてくる』。これはフィオナだけでなく竜の花嫁に関する案件全体で示されている情報だ。
即ち、竜の花嫁となるのが名誉なことであるというのは世の常識。そして、常識が異なる地からの旅人などありえない。
何しろここは改竄世界史。他の時空とは隔絶された地だ。
「……俺達、竜の花嫁の湖に来るのは初めてなんだ。今回の花嫁とその恋人はこの地元の人間なんだろ?」
言葉は慎重に選ばなきゃな、と荊は己に言い聞かせつつ重ねて問う。
雲雀のヒューって男が、どんな想いで恋人を見送るのか――。
「聴いてみてぇんだ。吟遊詩人が詠う詩以外の言葉で」
彼のことを想えば荊の眼裏には天満月の夜の光景が明滅する。
嘗ての己と酷似した立ち位置にいるだろう雲雀の胸の裡を識りたいと、焦燥めいた衝動が募るけれど、
「と、言われても……吟遊詩人の歌の通りだと思うけど」
「何たって相手はドラゴン様だもの、どれだけ潔く祝福できるかが男の見せ所よね」
彼の想いを知りたいのなら、ヒュー本人に接触すべきだったか。
吟遊詩人の歌は作り事だ綺麗事だと言い出す者が何人もいるのなら、そもそも流行するはずもない。何より竜の花嫁本人が全く否定していない。ヒューには味方がいないのだと気づけば背筋が凍る心地がした。
蜂蜜色の瞳が曇りかけるのを堪え、努めて明るくエレノアが訊ねるのは花冠と雲雀の二人のこと。
「ふたりは幼馴染と聞いてるわ。どんな関係だったのかしら?」
「誰から聴いたの? ん~。あの二人みたいなのも、幼馴染って呼んだりするもの?」
「そりゃ顔と名前くらいは前から知ってただろうけど、親しくなって恋仲になったのはここ数年のことみたいだしなぁ」
昨夜の夫婦喧嘩の内容が翌日の昼には全住民に知れ渡っている――そんな小さな村ならともかく、竜の花嫁の湖の街としてこれほど繁栄している地であれば、そもそも同じ土地に住んでいても全員が知り合いとは限らない。
この恋人達にしても、宿屋の息子である青年が酒の仕入れの関係でフィオナと、牧畜に関わる者達の纏め役を親に持つ娘が羊関連でヒューと付き合いがあるという話で、四人全員が親しいわけではないらしい。
それでも二人から聴くフィオナとヒューの話は楽しかった。
夏の前に毛刈りされた羊が花冠を飾られ緑の丘に散る光景の美しさ、彼と羊の群れを追って辿りついた谷で彼女が出逢った樹の葉で良い香りの麦酒が生まれた話。彼らの睦まじさを知るにはそれだけでも十分すぎるほどだった。
勿論、昼間に直接ヒューから話を聴いた仲間達ほど、花冠と雲雀の日々を鮮やかに思い描くことはできなかったけれど。
――竜の花嫁に選ばれることは名誉あることだと、誰もが思っているのね。
――たとえ、涙を流すひとがいるとしても。
改めてそう認識し、誰もいない小さな路地で吐息を洩らす。雲雀が苦しんでいることすら誰も知らないのだ。
そして、思い返せば予知でも時先案内人からも、幼馴染という単語は一度も出ていなかった。
「なのに幼馴染だと思い込んでしまったのは……わたし自身が幼馴染を大切に想っているから、かしら?」
竜の花嫁の境遇に己を重ね合わせたことで、より深く感情移入してしまったのかもしれない。月光の髪に、虹色の瞳の娘。幼い頃から傍にいてくれた彼女とも――己が嫁ぐ日が別離の日になるのかと思えば、胸が痛くて。
己の心に目を背けて従う運命は幸せとは言わん、と荊が告げる言葉の意味を正確に掬って、それでもエレノアは微笑んで。
「ねえ、荊。運命が捻じ曲げられないなら甘受するけど、二人の未来はまだ変えられる。そうよね?」
「ああ。雲雀に味方がいないなら、俺達が味方になればいい。未来が変えられるなら、在るべき絆を必ず雲雀に返そう」
今は二人のために力を尽くすと決めたらしい彼女の様子に、荊は紅蓮の双眸に強い煌き燈して不敵に笑み返す。悪魔に射ち堕とされた己の大切な存在には最早手が届かずとも、雲雀の手が花冠に届く可能性があるなら――必ずや。
「その為にはコンテスト、頑張ってもらうぜ? エレノア」
「ふふ、もちろん! 素敵な花冠、楽しみにしているわ!」
蜂蜜色の光に溺れるような街にセピアの影を引き、二人は迷わぬ足取りで次の通りへと向かう。
だってまだ帰るには早すぎる。思い込みで動くのは甘すぎる。
時先案内人の言葉によれば、この街で得なければならない最も重要な情報は、花冠のコンテストに関わる情報なのだから。花冠のフィオナと雲雀のヒューの話のみを求めた二人の耳にはコンテスト関連の情報は残っていない。
何も聴かないままでは入賞は――間違いなく、夢のまた夢。
苦戦🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴
歌川・ヤエコ
ン~、なんかなぁ
楽しげな雰囲気なんだけど、なんかなぁ
悲しげな人がひとりでもいんのはやっぱ萎えるわ、ダメダメ!
ちゃちゃっと解決して、み~んなで笑顔になるべき!ウン!
てことで街にやってきたあーしなのでした~
JKだから酒は飲めんけどお肉は大好き!
めっちゃお肉パクつくぜ、屋台飯とかガン上げっしょ
さってと、フィオナっちの生家が代々この地で云々なら飯のこと褒めりゃ屋台の人ら色々教えてくれっかなぁ
コソコソ聞くのもあーしらしくねーし、「コンテストでっからフィオナっちの好み教えて~」と、ズバッと聞いちゃえ!
あとはモデルも探しとくか!
我こそはというヤツでてこいや~!でてきて~!たのむ~!
ソレイユ・クラーヴィア
街の花屋に行き
友情催眠を使用して
花冠のコンテストやフィオナについて聞き込みをします
もしかしたらフィオナが少女の頃から花を通じた交流があったかも
花嫁の門出を祝う、最高の花冠を作りたいのですが
どんな花を使うのがお勧めでしょうか?
フィオナの好きな花も入れたいので、知っていたら是非
勿論、コンテストに使う花はこちらから購入させて頂きます
首尾よく情報が得られたら
モデル探しついでに吟遊詩人の歌を聞きに行きたいです
運命に身を捧げる乙女の戯曲は
太古の昔から定番のテーマですが
それは虚構の物語だからこそ美しく感じるだけ
現実の姿を見てしまうと…難しいです
歌曲の美しさと、花嫁のこの先へと思いを馳せて
暮れる夕日眺めます
神之蛇・幸人
……この街は、おかしい。でも、きっと竜の所為だ
誰かの犠牲を喜ぶような人達じゃないって、言いきれはしないけど
街の人から見た二人のイメージを花冠に活かしたい
吟遊詩人の歌が人気みたいだから聴きに行こう
賑やかなのは慣れないから、隅のほうで
お腹空いたし、なにか軽食も買おうかな
花冠のフィオナと雲雀のヒューの歌のほかにも
この辺りで人気の歌があったら聴いてみたい
コンテストの参考にしたいので、ってお願いしてみよう
流行りの歌でも、昔から馴染みのある歌でも
街の人がどんなものに夢を見て、何を大事にしてるのか知りたいんだ
……そろそろ、モデルさん探さないと
声かけるの、すごく勇気が要りそうだけど……頑張ろう
ノスリ・アスターゼイン
沈む陽の色さえ甘やかな夕景の中
吟遊詩人の歌や
人々の噂に耳を傾けつつ
モデル探しも
花嫁衣裳を手掛けた仕立て屋は
誇らしい気持ちでいるだろうか
どんなドレスか聞けるかな
祝いの場にいっとう似合いの花冠を作れたら最高でしょ、なんて
熟れた果実みたいに蕩けそうな街の賑わい
花嫁は犠牲ではなく
名誉なことだというから
熱に浮かされているのだろうけれど
熟しすぎたものは形のない悪意のように
じくりと苦い
幽かに寄る眉は
麦酒の心地良い苦みの所為にして
現地の人と乾杯を謳い合おう
羊肉の炙り焼きから滴る脂も艶やか
とろり香る蜂蜜酒
ドライフルーツを酒杯に浸し
宝石めいた煌きを楽しむのも良いね
果皮の仄かな苦みと濃厚な甘みは
この夕闇によく似合う
●湖畔の夕影
天国の鍵、妖精の杯、妖精国の扉を開く鍵――。
優しい蜂蜜色の光に満たされていく街を歩めば、街一番の大通りの中心に通された美しい水路が瞳に映った。煌く水面には瀟洒な舟が滑り、水路の岸には数多の愛らしい二つ名が現代にも伝わるカウスリップ、可憐な黄の花々が咲き溢れるけれど、
「これは明日のコンテストの飾りみたいなものだからね、摘んじゃだめだよ」
「ええ、分かりました。街を春の光で満たしてくれるような光景ですものね」
ソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)は仄かな落胆を押し隠し、街の住人に微笑んだ。
時先案内人の言葉は遥か時空を超えた先、改竄世界史を歩むための道しるべ。
――皆様が現地で花を用意するのは困難だと思います。
――新宿島から持ち込む現代の花々は皆様の大きなアドバンテージになるはずです。
「時先案内人のあの言葉を聞き流した結果、私は行き先を見失ってしまったわけですね……」
街の花屋で聞き込みをするつもりであったけれど、正史とは異なる発展を遂げている街ではあっても流石に恒常的な店舗を構える花屋は見つからなかった。花卉の栽培がそこまで必要とされていないか、発達していないのだろう。
この地でも野の花を摘み街の市に売りに来る者ならいるのだろうが、花に造詣の深い者は自身でコンテストに出場するか、裕福な出場者に囲い込まれてしまっているようだった。お勧めの花、フィオナの好きな花――知りたい情報は幾つもあれど、彼の【友達催眠】をもってしても、競争相手となる以上は敵に塩を送る者もいまい。
遠方から訪れて滞在している富裕層は自分の地元から花を運ばせたりもするらしい、と先程の住人に聴いたなら、
「現地と他の出場者の状況を識れただけでも、ひとまず良しとしましょうか」
吟遊詩人と、モデルになってくれる人を探して、街の夕景に融け込んでゆく。
軽快に跳ねる音色に華麗に流れる旋律、夕陽の光を煌かせるような竪琴の演奏が風に乗りはじめれば歓声が咲いて、元より笑顔だった人々が更に楽しげに瞳を輝かせていく様は、歌川・ヤエコ(極彩色の青春を・g01595)の胸をも弾ませた。
いっそう心を躍らせるのは熱くじゅわっと響く油の音色に香ばしい揚げ物の匂い、こんがり焼かれた野菜の香りの甘さ、
「揚げたての魚はどうだい、フィオナ様の御実家謹製の麦酒(エール)もあるよ!」
「こっちは鴨の燻製! ポロネギ巻いて食べると美味しいんだから!」
賑やかな呼び込みの声さえも美味しそう、だけど。
だけれども。
――悲しげな人がひとりでもいんのはやっぱ萎えるわ、ダメダメ!
――ちゃちゃっと解決して、み~んなで笑顔になるべき! ウン!
雲雀の苦しみを知ってしまえばどうにもヤエコの心は乗りきれず、それでも皆を笑顔にするためにまずは鴨肉に突撃を!
飴色艶めく鴨肉の燻製がスライスされれば覗くのは綺麗な薔薇色、じっくり焼かれてこんがりと焼き目のついたポロネギに鴨肉をくるり巻いて頬張れば、口中に弾むのは燻製香が堪らない鴨の脂と肉の旨味、そして熱くとろりと溢れだすのは、
「甘っ! このネギ甘っ!! お肉パクつきに来たけど肉だけじゃなくてネギまで激うまとかもー最強っしょ!!」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの!」
思わぬ美味に心からの称賛を贈れば売り子のお姉さんも満面笑顔。これならズバッと訊けそうと意気込んで、
「ところでさ、あーしコンテストでっからフィオナっちの好み教えて~!」
「好みって、好きな花とか? それなら簡単、フィオナ様はどんな花でもお好きよ。初めて見る花もきっとね!」
「そう来たか……!!」
「でもだからこそ、出場者自身が想うものが大事って誰かに聴いたような――」
真っ向勝負をかければ返るのは中々に悩ましい答え。だが少なくともNGな花は無さそうというのもひとつの収穫だろう。仲間が掴んでくれる情報にも期待、と切り替えたならヤエコはひときわ溌剌とした声を咲かせ、
「そんじゃ今度はモデル探し! 我こそはというヤツでてこいや~! でてきて~!!」
いざとなれば雨乞いのごとく天にも祈るつもりだったけれど、呼びかけてみれば希望者で押すな押すなの大盛況。これなら確りばっちり選び放題の選りどり見どり!!
――良かった、モデルになってくれる人を見つけるのは難しくないみたいですね。
胸を撫で下ろす想いでソレイユが口許を綻ばせれば、何処までも澄みきった竪琴の音色が一音、夕風を渡る。
斯くも麗しき春を連れて
竜の栄誉は花冠の乙女の頭上に輝く
「――!!」
息を呑んだ。
運命に身を捧げる乙女は幻想竜域よりも遥かな古来より数多の芸術作品で定番の主題。なれど虚構の物語だからこそ美しく感じるだけ、と思っていたのに、いざ花冠のフィオナと雲雀のヒューの歌を耳にすればソレイユの瞳の奥が熱を帯びた。
感動したわけでもなく、詩句そのものや吟遊詩人の技巧が取り立てて優れているわけでもない。
最初にこの歌を詠った詩人も広めた詩人も、聞き惚れている人々も、花冠のフィオナが幸福になると心から信じている事が伝わってきたからだ。だからこそ雲雀のヒューを除く誰もが彼女を祝福するのだと、痛いほど魂に沁みたから。
「……みんな、本当に……善良な人達なんだ……」
半ば茫然としつつ呟いたのは、神之蛇・幸人(黎明・g00182)。
何もかも竜のせいで、街の人々が誰かの犠牲を喜ぶような人達なわけじゃないと信じたいと思ってはいたけれど、真実その通りだった。そもそも誰も竜の花嫁を犠牲だと感じていない。至高の名誉を享ける幸福な女性だと心から祝福しているのだ。
治安の良さも街の豊かさばかりが理由ではなく、最後の穏やかなひとときを送る竜の花嫁のための街で悪事を働こうなどと思いつく者がまずいないかららしいと思えば、幸人も少しだけ泣きたくなった。花嫁の運命にさえ目を瞑れば理想郷だ。
近くの店で買った、蜂蜜とチーズを乗せただけのパンも吃驚するほど美味しい。
西暦501年の英国とは思えぬ美味も、チーズではなく蜂蜜の方を燻製するなんて発想も、すべてこの街の料理人達が竜の花嫁を楽しませるために創意工夫と研鑽を重ねた結果だ。
時代や国によって美の基準が異なるように、幸人の基準では犠牲と思える竜の花嫁が、ここの基準では名誉であり幸福。
――この街を、じゃなくて、この世界を、ドラゴン達がそんな風に改竄したってことなのかな……。
なら、おれはここで、どんな花冠を作ろうか。
思いめぐらすうちに、花冠のフィオナと雲雀のヒューの歌は透明な眩ささえ覚える高潔な結末を迎えた。湧きあがる人々の喝采、煌きも音も華やかに躍る銅貨や銀貨。モデル探しは後回しにして、たちまち生まれた山に幸人もそっと銀貨を乗せ、
「えっと、他にもこの辺りで人気の歌があればお願いできますか? コンテストの参考にしたいので……」
「ああ、そういうことなら君を優先させていただきましょう。皆様よろしいでしょうか、明日の出場者の御依頼なので!」
吟遊詩人の声が朗と響けば、勿論、と揃って返る声。彼が歌い始めたのはこの地よりも北の、海辺を詠う曲。
荒々しい断崖へ咬みつくように吹きつける海の風、霏霏として降る雨、深く揺蕩う濃霧。
然れど、雨や濃霧が稀に晴れた時に出逢える、アザミの花咲く景色の、どうしようもない愛おしさ――。
花冠のフィオナも聞き惚れたという触れ込みの歌に、幸人も目蓋を伏せて聴き入った。眼裏に描く、その景色。
ああ、確かに、花冠のフィオナならきっと。
誰かが何処かの景色をどうしようもなく愛おしいと感じる想い、彼女ならば間違いなくそれに深く共感するだろう。自然と胸に浮かび上がったその感覚に、ノスリ・アスターゼイン(共喰い・g01118)は蜜色の双眸をひとつ瞬いた。
今、何かが掴めそうな、気がした。
春の陽は懐かしい甘味と切ない酸味を抱く果実のように優しく熟れて、甘やかな夕景を世界に燈す。異国で感じる不思議に懐かしいひととき、賑わいに耳を傾けているうちに先の何かが確と掴めるよう期待して、
「やっぱりさ、花嫁衣裳を手掛けた仕立て屋は『竜の花嫁御用達』なんて看板を掲げたりするのかな?」
「いやいや、晴れの衣装は母君や親族の針自慢達がこぞって仕立てるだろうさ。他人まかせにはしないと思うよ」
彼方の店先、此方の酒場、とモデル探しも兼ねつつゆうるり泳いで、酒杯や言の葉を様々な人々と交わす。
「残念。衣装に合わせて祝いの場にいっとう似合いの花冠を作れたら最高でしょ、なんて思ったんだけど」
「ああ、成程。でもフィオナ様への祝いの花冠ってのはコンテストじゃ目立たん気もするが」
軽く肩を竦めてみせれば相手の女がからりと笑って、成程確かに祝福の花冠は多そうだと得心した。誰も彼もが竜の花嫁を祝福し、幾重にも共鳴して膨らむそれに酔うかのよう。犠牲ではなく名誉だと心から思う人々に悪意はないと思えるのに、蕩けるような街の賑わいに、熟れすぎた果実が時に孕む苦味を感じるのは。
己が改竄世界史の歪な在りようを外から俯瞰できるからか、それとも、雲雀の慟哭を受けとめたからか。
巧い具合に麦酒(エール)の杯が届けば、微かに寄る眉の理由は清しく上品に香る苦味に託し、屈託なく笑って乾杯を。
跳ねる琥珀の滴にホップは使われていないけれど、花冠が雲雀と一緒に出逢った西洋ヤチヤナギで風味づけしたと聴けば、芳醇で奥深い香りと豊かなコクが重なる美味を味わい、景気づけのようにノスリは呷った。
蜂蜜酒がハネムーンの、蜜月の語源であるように。
麦酒(エール)もまた、ブライド・エールからブライダルという言葉を派生させた酒。
熱く滴る脂も焼き目に乗せた蜂蜜漬けのグースベリーも宝石めいて艶めく羊の炙り焼き、香ばしさも旨味も弾けるそれと、花冠の麦酒が、雲雀との結婚の祝宴で振舞われる未来を拓くために。
――力を、尽くす。
成功🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
効果1【強運の加護】LV1が発生!
【友達催眠】LV1が発生!
【操作会得】LV1が発生!
【神速反応】がLV2になった!
効果2【アヴォイド】LV1が発生!
【ダメージアップ】がLV4になった!
【能力値アップ】LV1が発生!
【命中アップ】がLV2になった!
竜城・陸
賑わう街の彩に、眩暈がするような心地がした
竜の花嫁――その宿命に殉じた姉を見て
違う、と心の底から叫んだことが、その怒りが
復讐者としてのはじまりだったから
噂を聞いて訪れた者だと告げ
吟遊詩人の歌には称賛と共に金貨をひとつ
諸方を遍歴し詩歌を編む彼らは人の世の噂に敏い
この土地で仕入れた話を少し聞かせて貰えないかと問おう
コンテストについても知っていることがあるだろう
誰が主催し、誰が審査するのかも聞ければいいな
花選びも、込める思いも考えやすいだろう
花冠の乙女と雲雀の青年の歌についても詳しく聞いておきたい
少しだけ昔を思い出す
――姉上
名誉なこと、と笑って受け入れたあなたは
真実、心の底から、そう思っていましたか
シル・ウィンディア
花冠かぁ。きれいで素敵なものだよね。
それのコンテストって、ワクワク、でもドキドキしちゃうよね。
といっても、どうするかなぁ…
どんな想い、か…
ねぇ、この花冠のコンテストって
竜の花嫁さんへの想いを伝えたらいいのかな?
それとも、愛する人を思って伝えたらいいのかな?
気になるから聞いてみたいなーって。
情報を取ったら、せっかくのお祭りだしね。ちょっとは楽しまないと怪しまれそうだしね。
わわ、おいしそうなのが一杯…。
えーと、お肉もいいけど、ちょっと甘いもの食べたいなー。何かあるかな?
やっぱり、こういう所で食べるものはおいしいよねー。楽しい雰囲気で…
でも、犠牲がある楽しさなんて…
だから、目いっぱい頑張らないとねっ
四葩・ショウ
観光客の旅人を装い
賑わいの中、出店へと
"観察"し
噂好きやお喋り好きへ声をかけ
やあ、隣いいかな?
羊肉の炙り焼きを
それから
未成年だから、蜂蜜を使ったお勧めも
花冠のフィオナ、だっけ
彼女は選ばれたんだね
そうして春を呼んできた
ああ、なんてよろこばしいことだろう
"演技"で覆い隠す、真反対の胸の内
ねえ、コンテストって
どんなものなの?
想いを籠めるらしいけど
すごいな、物識りなんだね
フィオナのこともしりたいな
あの蜂蜜酒も彼女が?
お礼と別れを告げ
モデル捜しに歩く
わらいあう人たち
幸せそうな家族
でも、
この幸福は
誰かの犠牲のうえに作られたものだ
だから、変えたい
蝶がはばたくみたいに、いつか
誰の犠牲もなく、わらいあえるよう
永辿・ヤコウ
街中が「名誉」というヴェールに包まれているよう
花屋さん酒屋さんなど
彼女が懇意にしていた店や
ご友人方から
また
夕陽や湖水を眺められる丘で
どんな想いで花冠を編んでいたのか
この街や風景を如何に愛しているのか
彼女のひととなりを感じることはできるかな
コンテストに活かす案と情報、モデル探し
美しい夕景を落とし込んだような蜂蜜酒
ひかりを弾く湖面を思い出す
フィオナさんのお酒を味わうのも
これで最後でしょうか
呟き微笑む
仄かな酒精の苦味に溶け込ませつつも
何処かにほつれは無いか
然り気無く耳も意識も欹てて
現地の方々と酒杯を交わしながら
審査員さん達のことや
この街や湖に纏わる歴史や逸話を聞き
吟遊詩人さんの歌声にも耳を傾けたいな
●湖畔の夕暉
彼方の山々を褥にせんとする夕陽が、紺青の湖を抱く世界をひときわ柔く甘やかな蜂蜜色の光で満たす。
夕空にたなびく雲の縁は金色に輝き、雲の影は鳩羽色と呼ぶべき灰色がかった淡い青紫を孕むけれど、ふとした折に雲雀の羽の色にも見えて永辿・ヤコウ(繕い屋・g04118)は吐息で笑んだ。
満ちる愛おしさを指先から溢れさせるように、花冠のフィオナは花を編むのだろうか。針なき彼女のそれと、針と糸を操る己の指先から溢れる何かは、響き合うものだろうか。
「そう想えば、彼女に親近感を覚えてきた気がしてきたかも」
微笑を残して、繕い屋は昼に仲間と雲雀が語らった丘を降りて湖畔の街へと向かう。優しい蜂蜜色に街並みを輝かせ、光に溺れていく街はさながら名誉というヴェールに包まれているかのよう。湖の香りに潤んだ夕風が絹の紗のごとくヤコウの頬を撫でれば、吟遊詩人の歌も流れてきた。
斯くも嫋やかな手を離し
雲雀の青年は花冠の乙女に跪く
貴女と在れた日々に感謝を
貴女が享ける名誉に祝福を
――違う……!!
胸の裡で迸った叫びは、竜城・陸(蒼海番長・g01002)が嘗て姉が宿命に殉じた時に迸らせたもの。然れど今日はいつもより鮮やかな彩と怒りで陸の胸を染めたのは、己が逢った雲雀のヒューとまるで違う姿が吟遊詩人に詠い上げられているから。
嘗て己を覚醒させた怒りを此度の戦いの糧に燈しつつ、それをおくびにも出さずに陸は微笑んだ。吟遊詩人には罪も悪気も無いのだろうし、諸方を遍歴し詩歌を編む彼らが噂に敏いことは、幻想竜域出身の己もよく識るところ。
湖畔の街で得るべき情報を、最も的確に把握していたのが彼だった。
素晴らしかった、と贈る称賛とともに金貨を弾み、この地で仕入れた話を聴かせて欲しいと望む。
「花冠のコンテストは、誰が主催し、誰が審査するものなのか……もし知っているのなら」
「ええ、聴いています。街の名士の方々の主催で、観客の反応も考慮しつつ、その名士の方々が審査されるそうですよ」
麗しき金貨の輝きゆえか吟遊詩人の言葉はこの上なくなめらかで、様々なことを語ってくれそうだった。
「――ここで、パレード? ああ、舟なんだ」
天国の鍵、妖精の杯、妖精国の扉を開く鍵。
明るい春の光を鮮やかに咲かせたような黄色の花々、可憐なカウスリップが両岸に咲き溢れる水路。蜂蜜色の光そのものが流れるようなそれは街一番の大通りの中心を通され、美しい街並みから見ても際立って豪奢な館へ向かう。
瀟洒な舟が滑る水路へ眼差しを向け、四葩・ショウ(Leaden heart・g00878)は教えてくれた少女の言葉を唇に乗せる。
屋台ともフードスタンドとも思える出店で行き合い、この子はきっとお喋り好き、と見抜いたショウの観察眼は実に確か。やあ、隣いいかな? と声を掛ければ「歓んで!」と弾む声で迎えてくれた少女は、
「ねえ、花冠のコンテストって、どんなものなの?」
「花冠の作者と花冠を被ったモデルが、水路でパレードをするの! もちろん舟で優雅にね!」
訊けば立て板に水のごとく語り出してくれた。
花冠にこめられた想いは吟遊詩人が詠いあげてくれるが、自信があるならば当然作り手やモデルが歌ってもいいのだとか。仲間が既に【操作会得】を燈してくれているから、自分で自在に舟を操舵することも可能だ。
美しい花冠であるほど、情感たっぷりな想いがこめられているほど水路沿いの通りの観客達は盛り上がるし、観客の反応は審査にも反映されるという。
「で、入賞者はフィオナ様の昼餐会に招待されるの! ほら、あの館よ!!」
「ああ、あの館なんだね。竜の花嫁がいらっしゃるのは」
複雑な想いをショウは眩しげに目を細める所作にすり替えて、
「花冠のフィオナ――彼女は選ばれたんだね、そうして春を呼んできた。ああ、なんてよろこばしいことだろう……!!」
「ええ、本当に! 貴方も乾杯してくれる!?」
真逆の胸裡を演技で覆い隠し、晴れやかな笑顔で朗と紡いでみせれば、傍らの少女は嬉しげに頬を紅潮させ、周囲の人々もいっそう好意的な眼差しを若き旅人へ向けてくれた。
観客の反応が審査に反映されるなら、当然彼らに悪印象を持たれるわけにはいかない。
勿論、と笑って杯を掲げれば、弾むのは冷たい滴。
蜂蜜漬けの野苺を澄んだ水に落として、貯蔵されていた冬の湖の氷を加えた杯はさながら妖精の杯とも思える可愛らしさ、野苺を軽く潰して味わえば冷たく澄んだ水がほんのり甘酸っぱさを孕む様が何とも心地好い。
羊肉の炙り焼きを奢らせてもらうから、とショウは夕暮れの艶やかさを重ねた笑みを少女へ向けた。
――もう少し、話を聴かせてくれる?
優美な持ち手と注ぎ口を備えた壺から、蜂蜜色の光が躍る。
杯に注がれる蜂蜜酒は金色に透きとおる絹のようになめらかで、けれどヤコウがそっと杯の縁を指先で弾けば、柔い光と影の細波揺れる、夕暮れの湖そのものを杯に汲んだ心地がした。
甘い蜂蜜の香りが不思議に涼やかな酒気と融け合い、瑞々しい甘味が咲けばほのかな酸味と花の香も咲く甘露を傾けて、
「フイオナさんのお酒を味わうのも、これで最後でしょうか」
「……っ!! ダメね、そう言われると寂しいって思っちゃう。でもおめでたいことだもの、笑って祝福しなきゃね」
寂しげに微笑したなら、一緒に乾杯してくれた娘が眦の煌きを誤魔化すように瞬いた。昔からのフィオナの友人だという、織物工房の娘と相席できたのは幸いだった。
今見つけた『ほつれ』は、改竄世界史の力にすぐさま繕われてしまうかもしけないけれど。
彼女、明日を楽しんでくれるといいけれど、と続いた言葉を逃さず掬えば、
「コンテストで審査する方は、フィオナさんではないのですよね?」
「そうなの。フィオナを楽しませるためにって言っても、大勢が押しかけたら彼女の時間を無駄にさせてしまうだけだもの」
だからまずコンテストで街の名士が選りすぐるわけ、と真面目な面持ちで彼女が語ってくれる。竜の花嫁にあやかりつつ、竜の花嫁も楽しませようというわけらしい。
あなた、コンテストに出るの? 何処か遠くから来た人よね? と訊かれたヤコウが頷けば、それなら是非あなたの花冠を見せてあげてねと微笑まれ、まずはモデル探しからですね、と悪戯っぽく笑み返した。
花はどのように選ぶべきだろう。花冠にはどのような想いをこめればより良いのだろう。
唯ひたすらに美しさを追求するのも有りでしょうが、と吟遊詩人は竪琴に指を躍らせ、懐かしい余韻を引く音色を紡ぐ。
「審査員がより高い評価をするのは、ここではない地、こことは異なる景色を連想させる花冠と聴きます」
「こことは異なる景色……ああ、そうか。花冠の彼女はここの地元の出身だものね」
黎明の眼差しに確信を乗せて頷いたのは陸。
各地から集められる竜の花嫁は、湖水地方の景勝に驚嘆し、感嘆し、感動する者が多いのだろう。だがこの地の出身である花冠のフィオナは心からこの地を愛しているが、他の花嫁と同じ感動は味わえない。それで、この地とは異なる景色を彼女の愛する花冠に託して楽しませる者がいれば、と街の名士達は思ったのだろう。
花冠にこめる想いも重要であるというなら、
自分の思い入れのある景色を、思い入れのある光景を思わせる花冠を編むべきだ。
例えば、大切な思い出の光景。
例えば、ずっと憧れて、ずっと焦がれている光景。
例えば、どうしようもなく愛おしい、己の故郷の光景。
「あれ? それって……」
――フィオナの、花冠だ。
花冠のコンテストで入賞すれば竜の花嫁フィオナの昼餐会に招かれる。
勿論彼女に間近で花冠を見てもらうためで、コンテストでは吟遊詩人が詠う花冠にこめた想いも、昼餐会では作り手自身の口でフィオナに語ることになるだろう。もしもそこで、
雨や濃霧が稀に晴れた時に出逢える、アザミの花咲く景色の、どうしようもない愛おしさ。
桜花爛漫、春を満開に咲き誇らせる桜の園へ足を踏み入れるときの、心まで春一色に染まりそうな歓喜。
荒涼たる乾いた荒野へ夏の終わりに一気に咲き溢れる、桃や紫のヒースやエリカの花々がくれる、胸の震え。
自分達ディアボロスでそんな様々な光景を思わせる花冠を幾つもフィオナへと見せて、借り物ではない、自分自身の、その光景への心からの想いを語ることができたなら。そうして、
――あなたもこんな風に、愛しい景色を想うことはありますか?
そう訊ねることができたなら。
雲雀のヒューでは叶わなかった、花冠のフィオナの心を揺さぶることができるかもしれない。彼とルーと羊達と、この地の景色を愛して生きていく最上の幸福を、フィオナの心の泉の底から浮かび上がらせることができるかもしれない。
天を仰いで瞑目し、陸は胸の裡に抑え込んでいた想いを、短い声音で溢れさせた。
「――姉上」
雲雀から聴いた花冠の心の変容を思えば胸に爪を立てられる心地がする。
名誉なこと、と笑って受け入れたあなたは、
真実、心の底から、そう思っていましたか。
花冠という言葉を想うだけで幸せな心地がした。
素朴な野の花の花冠も可愛いだろうけれど、品種改良の結晶たる飛びきり豪華な花で贅沢に作ってみるのもきっと素敵。
過去の記憶が白紙のままでも今眼の前にあることを全力で楽しみたいから、任務であることは確りと心得つつも弾むような足取りでシル・ウィンディア(虹色の精霊術士・g01415)は蜂蜜色に輝く街並みを、蜂蜜色の光に溺れる世界をゆく。
明日の観客のことを思えば顰めっ面で街を歩くのは非推奨、でもそれを識らずとも本能的に笑顔で歩けるのが彼女の強み。小麦生地に蜂蜜とチーズを包んで揚げた菓子、現代よりも勿論荒いけれど、貯蔵された冬の氷をがりがりと削って蜂蜜漬けの野苺を乗せてくれた氷菓子、眼につく端から楽しんで。
天国の鍵、妖精の杯、妖精国の扉を開く鍵。
可憐なカウスリップの花々を両岸に咲かせた水路へ出れば、わあ、と瞳を輝かせた。ここで花冠のコンテストが行われると聴けば、是非聴いてみたいと思っていたことを訊ねてみた。
「ねぇ、花冠のコンテストって、竜の花嫁さんへの想いを伝えたらいいのかな?」
――それとも、愛する人を思って伝えたらいいのかな?
「基本的には勿論、作り手のお好きにどうぞって感じだけど、入賞を狙うのなら……」
甘い物を幾つも食べた身には嬉しい氷入りの水、それを買った店先で訊いてみれば、返る応えは。
例えば、大切な思い出の光景。
例えば、ずっと憧れて、ずっと焦がれている光景。
例えば、どうしようもなく愛おしい、己の故郷の光景。
そういった、思い入れのある光景を思わせる花冠へ、その光景への心からの想いをこめるのだという話。
「う~ん。愛する人への想いとかならばっちりなんだけど……故郷、かぁ……」
懸命に手繰ってみても過去の記憶は真っ白なまま。
花冠と雲雀を思えばめいっぱい頑張りたい気持ちはあるけれど、
「……あ! 憧れの光景とかでもいけそうなら……!!」
例えば、恋人と一緒に見てみたい光景。
こんな感じならいけるかも、と思えばシルに満開の笑みが咲いた。
勿論、考えているうちに別の良案が思い浮かぶかもしれない。案外色んな感じでいけるのかもしれない。
明るい春の光を愛らしく咲かせたミモザアカシア、遥か東の春を彩る桜や藤、品種改良の結晶たるモダン・ローズ。
新宿島からなら、あらゆる季節の様々な花々を、リボンなどの花冠に使える小物を持ち込むことができる。西暦501年の英国には存在しない花々も、ディアボロスの存在が改竄世界史の排斥力から護り抜く。
花冠のコンテストのために注力すべきは勿論、どんな花冠を作り、どんな想いをこめるかだ。
もしも余裕があるのなら、異国の光景を思わせる花冠を被ったモデルに、その異国の民族衣装を着てもらうといった、他の演出を加えてみるのもいい。仮に実物が手に入らずとも、新宿島ならそれらしいレプリカが手に入るだろう。
――さあ、どんな花冠にしようか。
お喋り好きの少女に礼を告げて手を振り合って、ショウは再び蜂蜜色の夕映えに彩られた街をゆく。モデルになってくれる人を探して歩めば、行き合う人々の笑顔ひとつひとつを胸に燈していく心地。
愛らしい女の子が両親と手を繋ぎ、ブランコみたいに揺らしてもらってきゃあきゃあとはしゃいでいる。
幸せそうなその様子に思わず笑みが綻ぶけれど。
花色の眼差しで捉えるこの幸福が、誰かの命を礎にした上に作られたものであるのなら。
変えにいこう。今すぐには無理でも、
蝶の羽ばたきがいつか遠くで、大きな変化を齎すみたいに。
――誰の命をも礎とすることもなく、わらいあえるように。
大成功🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
効果1【プラチナチケット】がLV3になった!
【エアライド】LV1が発生!
【託されし願い】がLV2になった!
【傀儡】LV1が発生!
効果2【ダメージアップ】がLV6になった!
【命中アップ】がLV3になった!
【反撃アップ】LV1が発生!
●雲雀の幕間
夕焼けは羊飼いの喜び、朝焼けは羊飼いの悲しみ――。
美しい夕焼けは翌日の晴天のきざしで、美しい朝焼けは当日の雨天のきざしだと語る英国のことわざのとおり、昨日美しい夕暮れに恵まれた湖畔の街は、心まで澄み渡るような晴天に恵まれた。
然れど――雲雀のヒューがことわざそのものの日々を取り戻せるかどうかは、今の段階ではまだ判らぬまま。
四葩・ショウ
【操作会得】でボート操り
大丈夫?
こわくはない?
ホワイトブロンドの髪の少女
年頃は10歳前後かな?
笑う彼女に花冠を
"歌唱"でうたう
蓮華草ーー家の近くに揺れてた
一枝の桜ーーサヨナラと出逢いの花
青と紫と白はーー折り紙の、紫陽花
桜と折り紙の花は
リボン使って編込んで
本当はほんものの紫陽花がよかった
わたし達家族の、花だから
でも毒があるし
故郷にはこういう文化があって
……ちいさい頃、妹と一緒に作った
故郷は
帰る家は
……海に、沈んだ
家族にも会えない
もしかしたら、二度とーー
溺れたみたいに息ができなくて
でも
花をみると浮かぶんだ
思い出が、今も
だからわたしは『旅』をする
(変えるために)
もう一度この腕に
家族を抱きしめる為に
シル・ウィンディア
うーん、聞いて考えて…
でも、やっぱり答えは出なくて…
…わからないなら、思った通りにやってみるっ!!
モデルの方は、銀髪と青目の16歳くらいの女の人にお願いするよ。
メインに選ぶお花はブルースターの小花。
そして、淡い桜の花もちりばめて、ピンクと青の二重奏だね
ブルースターに桜はどっちも小さいけど
でも、なんか惹かれて…
想い描くは先の未来のお話
見てみたいと、心から願った景色
淡い恋心から始まったこの想い。
どんどん胸に広がっていって、見てみたい先の未来は
…大切な人とのウェディング
純真な青が淡いピンクに染まる、そんな気持ちをたくさん込めて作るよ
わたしの恋心をあなたに…
そんな光景にあなたを連れていけたらいいな
ソレイユ・クラーヴィア
歌好きな老婦人にモデルを頼み
花冠に込めるは
故郷パリの中心部にある聖なる礼拝堂の光景
宝石箱とも称される
美しいステンドグラスで彩られ
朝夕の陽で眩く輝く
父に連れられ見た時は
正に神の降臨を錯覚するかの如く
そして思った
一目で感動できる光景があるなら
一旋律で心揺さぶる音楽もあるのではないかと
その夢は未だ途絶えていない
青のトルコ桔梗を中心に
橙のバラに淡桃のガーベラ
光を表すカスミソウを散らして
華やかなステンドグラス風に
パイプオルガン調に調整した鍵盤で
春を寿ぐ聖歌を演奏し
老婦人と合唱します
世界には美しい光景も音楽もある
そして老いても人は美しい
フィオナにも美しい物を見て聞いて
幸せに歳とる未来が欲しいと
願いを込めて
ノスリ・アスターゼイン
記憶を失くした己に
還る故郷は無いけれど
どうしようもなく焦がれてしまう
初めてまみえる光景でさえ
懐かしく胸に迫る想いがあるから
淡紫、薄紅、白のスイートピー
射す朝陽を、萌す夕を、明星を燈すように
杏とオレンジの蜜色ドライフルーツを添えて
夜明と暮れの薄明の空を
どこまでも透明なひかりの彩りを描いた花冠
初めてだのに懐かしい、なんて
矛盾しているように思う?
モデルの老婦人をエスコート
操作会得で舵を取りながら
悪戯な笑み
けれど返るのは
深みのある茶目っ気の笑みだったから
面白いと称されたフィオナも
こんな風に素敵に歳を重ねるだろうにとは胸の裡
流石年の功!
船頭はいったい何方だろ
重なる笑い声
パレードの拍手と響き合うハーモニー
神之蛇・幸人
歌の景色に憧れるけど、故郷を想うほうがやりやすいかも
自然の荒々しさと、その間に見える景色が好きなのは変わらない
山間にある村。裏山は子供の頃から遊び場だった
木の根に躓きながら、緑の中に咲く花を探すんだ
虫の声や鳥のさえずりを聴いてると
小さな冒険を応援されてる気になって
命の全部が愛おしかった
樹々を想いながら緩く編む雲竜柳とコデマリ
洋種山牛蒡はよく目立ってたな。実の扱いに気をつける
白い皇帝ダリアを一輪、むかし見つけたカザグルマの代わりに
モデルさんは淡い金の髪に緑の眼。歳はおれより少し下
華やかだけど賑やかな子
歌うのが楽しみだって笑ってる
おれは舟の操舵に専念するから、パレードを楽しんでほしいな【操作会得】
アンゼリカ・レンブラント
記憶が無いゆえ
思い出ではなく
焦がれている光景への想いを込めよう
メインの花は、端正な星形の
清らかな白き花色:アングレカム
桜の花も散りばめ使い華やかに飾る
モデルは私より少し幼い女の子
両親と手を繋ぎ、仲の良い友達との会話も
眩しい笑顔で飾る彼女にお願い
操作会得でボートを操りつつ問う
お父さんお母さんのこと好き?
友達のあの子のことも
だよね、あんな素敵な笑顔だものっ
微笑ましい幸せの中にいて
其れを意識してもいない少女に笑みを返す
君のような日常に、きっと私は辿り着きたいんだ
「故郷」では祈りという意味がある
白き花に想いを込める
好きな人と一緒にいる当たり前の幸せが
どうかいつまでも
この子もフィオナさんも
みんなもと願う
竜城・陸
身体が弱く、家から出ることのなかった俺に
姉が歌い聞かせてくれた、海を臨む故郷の景色
それに憧れて一度だけ、部屋を抜け出したことがあった
初めて直に見た、外の世界
咲く花々が、深い青の海が
朝陽に照らされる様は本当に美しくて
――もう戻れない今も
もしもあの場所で幸福に過ごせていたらと
ふと、想うことがある
モデルをお願いしたのは白金色の髪の女性
夜明けのひかりを思わせるドレスで装って戴いて
花冠は、マリンブルーのデルフィニウムをメインに
共に編むのはプリムローズと紫菫――初夏の頃、海岸沿いの草原を彩る花々
淡紫と淡紅の勿忘草は、薄雲かかる明け空の色
込める想いはいとおしさと――今も消えない憧れ
それを、詩歌に乗せて歌うよ
永辿・ヤコウ
綻びを共有してくれた
フィオナさんの御友人をモデルに
過去も故郷も記憶の彼方
けれど
鮮やかに想い浮かぶ、四季の移ろい
大切な人と今在る場所
共に過ごす時間
僕の最も愛おしい日々
これから迎える季節へも焦がれる想いがするのは
未来を信じ、願っているから
花は薔薇
八重も一重も織り交ぜて
薄紅色は春
黄は眩い夏
琥珀と朱は秋
淡い翠が差す白は冬
色の境を
葉と露に見立てた霞草で馴染ませ
グラデで表した四季の廻り
纏める深紫のリボンは蝶が留まっている如く
でも
長く下ろしたリボンの足は
風に泳がせたまま
心のままに自由であれ
そして
大切なひとの許へ羽撃いて行けるように
一段と大きく手を振ってくださったのは
あなたの想い人?
擽ったく愛しい揶揄で祝福を
シセラ・カドシュ
わたしの身に着けている赤いユリの花はね
元は白くて、生きている花だった
幼い頃に連れていってもらった
王家の広い庭園に沢山咲いていてね
本当はいけない事だけれど
父が幼いわたしの為に手折ってくれた
数少ない、父との思い出だ
時折、父もわたしも、使命に殉じなければ
あの庭園にまた一緒に行く事が出来たのかもしれないと
この花は、白いままだったのかもしれないと
そう思う事がある
だから、白いユリの花で冠を編んで贈ろう
土台にはエルダーフラワーとシロツメグサを
モデルは澄んだ空色の瞳の幼い女の子に
わたしが、花冠を載せてあげよう
この花冠が白いまま自然と枯れる事を祈り
過去に想いを届ける事は出来ないけれど
今や未来には、届くだろうから
標葉・萱
どこへと出掛けても好きな白ばかり贈ったのは
私があなたの気を惹きたい素振り
白の月下香、イベリス
木香薔薇にペンタス、零れる鈴蘭
たった一人へ
いつかの木漏れ日の裡、煉瓦の上、星空の下
翻る真白の裾のように
小さな花弁はレェスのように
歪な輪に花を挿して覆って編み込むのは白のリボン
花に触れる手に浮かぶのは一人だから君のため
この光景に君がいたなら、似合いだっただろうに
息が詰まる心地は噎せ返るよな花の香りか、
被せるのは花嫁に憧れるまだちいさな少女へ
似た人に贈って、妬かれては困るでしょう、なんて
贈るのも、踊るのも、叶わなかった夢のかわりに
願わくば栄誉ではなく自由に描く先へと、ゆけるように
●花冠の開幕
明るく輝く青空を、紺青の湖が鏡のように映しとる。
湖面は緑の丘を、春彩に染まる山々を、花冠のコンテスト当日を迎えて華やぐ湖畔の街並みを映して煌いて、湖を渡る風は瑞々しい潤いを抱いて街を撫でていく。街一番の大通りに軒を連ねる店々は清麗な光沢をほんのり孕む真白なリネンで窓辺を飾り、風に翻るそれらを眩しげに細めた琥珀の双眸で標葉・萱(儘言・g01730)が追った、そのとき。
春空の彼方に、複数の竜が舞った。
「ドラゴン様だ!」「ドラゴン様が祝福してくださるぞ!!」
途端に街の人々に湧きあがったのは純粋な歓びの声。竜達が街の上空まで来る様子はなかったが、演舞めいた飛翔は確かに花冠のコンテストへの祝福にも見えた。
ここは幻想竜域キングアーサーのグレートブリテン島。この地に君臨する王は、
――断片の王、アーサー・ペンドラゴン。
「あのね、お姉ちゃん、アーサー王陛下って呼ばなきゃなのよ」
「勿論、分かっているよ。全ての頂点に立たれる王であらせられるのだからね」
微かな唇の動きを見て取ったらしい幼い女の子に軽く袖を引かれて、シセラ・カドシュ(Hiraeth・g01516)はさらりと話を合わせて微笑んだ。同時に一度は鼓動をとめた心の臓が生前の律動を刻みはじめるかのごとき感覚で改めて胸に刻む。これは敵地への潜入作戦だ。
同郷ゆえに幾許かを察したらしいソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)の小さな目配せに頷き返す。断頭革命グランダルメを故郷とする二人にとって、王と言われて真っ先に連想するのは百合の紋章(フルール・ド・リス)に象徴される人物だ。けれど、今は。
「……わたしのこの赤いユリの花はね、元は白くて、生きている花だった」
一瞬だけ瞳を伏せてそう語りだし、シセラの白き指先が触れるは左胸の上を彩る二輪の百合。深みを帯びたその赤は彼女の髪と同じく鮮やかな血の色にも思え、こっちのお花みたいに真白だったの!? と純白の百合と見比べた女の子が目を瞠る。
花冠の主役に選んだのは、輝くような純白の百合の花。
胸に浮かぶ光景は王家の庭園、いずれの宮殿であったか離宮であったかまでは幼いシセラの記憶では定かではないけれど、そのまま『王家の庭園』と語るのは躊躇われた。花冠にこめられた想いを詠い上げる吟遊詩人達が歌へと織り込んで、まかり間違ってアーサー王の関係者だと竜の花嫁に伝わってしまったなら、己と対面した時に彼女は畏縮してしまうだろう。
花冠のフィオナの心を畏縮させることが、好ましい結果を招くとは思えない。
「――……わたしには王のようにも思える、高貴な方々のための庭園。幼い頃に連れていってもらったそこにね」
地上を光で満たすよう数多咲き溢れていたこの花を、幼いシセラのために禁を犯してそっと手折ってくれた父。
悪戯っぽく微笑む父と秘密を共有した、父娘としての数少ない幸せの記憶。
時折、波のごとく胸に押し寄せるのは、父も己も使命に殉じなければ、またあの庭園をともに訪れることが叶ったろうか、赤く胸に咲く百合も白いままだったろうかという想い。これは吟遊詩人達に託すべきだろうか、託せば彼らはどのように詠うだろうか。そして、花冠のフィオナの心を揺さぶるのは、この想いではなく、
シセラがあの光景を、淡い寂寥や切なさとともに懐かしく愛おしむのか。
あるいは、あの頃に還ることができるならと、痛いほどに希うのか――。
そういった想いなのだろうけれど。
幾度もめぐらせた想いを咲かせるようにシセラは、輝くような純白の大輪に手を伸ばした。
春の優しさの象徴のような、そしておそらくは最も花冠を編みやすい花のひとつであろう白詰草と、初夏の光の滴を無数に咲かせたようなエルダーフラワー、それらを編んだ土台に穢れなき純白の百合の花々をめぐらせた花冠を仕上げれば、傍らの女の子が澄んだ空色の瞳を輝かせる。
幼き日のシセラ自身に何処か似た女の子。彼女に手ずから花冠を載せれば、女の子が飛びきりの笑みと歓声を咲かせた。
――この花冠が、どうか、白いまま自然と枯れていくように。
己が生きて死んだ断頭革命の時代が、今いる幻想竜域の時代から見れば未来であると思えば不思議な心地。
なれど敢えてこう想う。
――過去に想いを届けることはできずとも、
――今や未来には、届くだろうから。
陽が高くなり始めた春の青空へ、壮麗な歌声が響き渡った。
大勢の吟遊詩人達が竪琴の音色と歌声を響き合わせれば、僅かな乱れもない旋律が共鳴し合うよう高らかに開幕を詠う。
花冠のコンテストの舞台となるのは街一番の大通りに通された水路。昨日の夕刻には蜂蜜色の光そのものが流れているとも思えたそこは今、空より深く湖より明るく透きとおった青の流れでせせらぎを唄っている。街の名士らしい恰幅の良い男性が誇らしげに開幕を宣言すれば、水路に高く組まれた門に掛けられた真白な紗幕が鮮やかに開かれた。
瀟洒な舟が次々と滑り出していく。
水路の岸へ等間隔に並ぶ吟遊詩人達が、花冠にこめられた想いを次々と歌い継いでいく。
当日に聴いた話をすべて記憶し幾人もが即興で歌い継ぐその技量は、流石は竜の花嫁のための街に集う吟遊詩人達よと皆を感嘆させるもの。早咲きのブルーベル、可憐な桃色のベルのごときジギタリス、現地の美しい花の冠を戴く者とその作り手を乗せた舟が一艘、また一艘と人々の歓声に迎えられる中、輝くような純白の大輪が目を惹く百合の花冠を戴いた女の子とシセラの舟がひときわ大きな歓声に迎えられる様に眦を緩め、萱は己が手にある花冠へ眼差しを注いだ。
――何処へと出掛けても好きな白ばかり贈ったのは、
――私があなたの気を惹きたい素振り。
唯ひとりの最愛のひとの面影を追うよう花冠を編んだ花は、清麗な白花が官能的に香る月下香、香りも姿も砂糖菓子めいた愛らしさのイベリスに、純潔を思わす白と仄甘い香りを咲かせる木香薔薇。
過ぎさりし日々の木漏れ日の裡に、煉瓦の上に、星空の下に。
軽やかに翻った真白な裾を想う。純白の星屑めいたペンタスを繊細なレェスのように飾って、花の環が多少歪に想えたなら涼やかに香る鈴蘭を挿して咲き零れさせ、白きリボンも編み込んで。
君のため、と唯ひとりの面影を胸に咲かす。
この光景に君がいたなら似合いだっただろうに、と想い馳せれば、
息が詰まる心地は噎せ返るような花の香りか、それとも――。
胸に万感迫る想いで遥か水路の彼方を見霽かしたけれど、萱自身か、モデルを引き受けてくれた少女が歌うのでなければ、花冠にこめた想いを詠いあげるのは吟遊詩人達。然れど、当人ですらも言の葉にできぬ胸の裡を詩句に紡ぐのはさしもの吟遊詩人達でも至難であったろう。彼らはそれを言の葉でなく抒情的な余韻のごとく仕立ててくれるだろうけれど、
花冠に編んだ光景に己が如何なる想いを抱くのか、竜の花嫁には萱自身の言の葉で語らねばならない。
「これでは、吟遊詩人の方々を困らせてしまったでしょうね」
「頑張って、お兄ちゃん! こんなに素敵な花冠なんだもの、きっと大丈夫!」
激励してくれる小さな少女に柔く笑み返し、香る花冠を彼女へと載せる。
――似た人に贈ったなら、あなたは妬いてしまうでしょう?
なんて、と胸の裡で語りかけ、白手袋で覆われた己の左手薬指にそっと視線を落とす。叶わなかった夢のかわりに、と託す想いは、願わくば。
栄誉ではなく自由に描く先へと、ゆけるように。
瑞々しい水辺の風が萱の花冠の香りを水路の岸へ届けるたびに、歓声や喝采に湧く観客達の間に感嘆の吐息が細波のごとく広がってゆく。我がことのように微笑みつつ、ソレイユは己自身の船出に備えた。
花冠に編み込んだ光景は、故郷パリの中心、シテ島に建つゴシック建築の極みたる傑作。
数多のステンドグラスの美しさから、パリの宝石、あるいは宝石箱と讃えられる礼拝堂。
――サント・シャペル。
朝夕の陽で眩く輝く様は息を呑むほど壮麗で、父に連れられ初めて足を踏み入れた時には神の降臨に居合わせたと錯覚するほどに魂を震わせた、忘れえぬ光景。
一目で感動できる光景があるなら、一旋律で心揺さぶる音楽もあるのではないか――。
あのとき抱いた夢は、刻逆に幾多のものを奪われてなお、己の裡で確かに息づいている。
正史ではイングランドでの本格的なキリスト教の布教は六世紀末からのこと。幻想竜域の人々には華麗なステンドグラスや荘厳なパイプオルガンの音色に彩られた礼拝堂は勿論縁遠く、ソレイユが合唱したいと望む聖歌も初めて聴くもの。
然れど、
「あなたは、とても美しいところからいらしたのね」
「ええ、とても」
穏やかにそう微笑んでくれる歌好きな老婦人がすぐ覚えてくれたのに胸を撫で下ろし、彼女の頭上へ恭しく載せた花冠は、冴える青を優雅に咲かせるトルコキキョウに夢見るような橙色の薔薇と春らしい淡桃のガーベラを合わせて、光の煌きめいた霞草の花を鏤めた華やかなステンドグラスを意識したもの。
真白な紗幕を開かれた先、透きとおる青を湛えた水路へ舟が滑り出せば、春の光と人々の歓声に迎えられた。
瑞々しい風を撫でれば瞬時にソレイユの手許に展開されるのは光の鍵盤、
迷わぬ指先が躍ればパイプオルガンのそれに調整された音色が、豊かな余韻を連れて春空に響く。
傍らの老婦人が、素敵な魔法ね、と少女のように笑うだけで深く詮索してこないのは、復讐者が己やその所持品に違和感を抱かせにくい力を持つがゆえ。なれどそれが効くのは一般人にのみ。万一ドラゴンに間近で見られれば一目でそれがクロノ・オブジェクトだと識れるはず。
そして、クロノ・オブジェクトを操る『クロノヴェーダではない者』の正体など、考えるまでもないことだ。
背筋を冷たい何かが伝うが、憂いなど何ひとつないような笑顔でソレイユは、春を言祝ぐ聖歌を老婦人とともに合唱する。観客達がいっそう笑顔になる様に胸は躍ったけれども、この聖歌であの時の感動を、光の路のごとく拓けた夢を、詠い上げることはできているだろうか。
――世界には美しい光景も音楽もある。
――そして、老いても人は美しい。
聖歌に重ねてそう詠い上げればひときわ大きな歓声が咲いたが、続く想いは秘めておかねばならない。
――フィオナにも、美しいものを見て聞いて、幸せに歳を重ねる未来が欲しい。
胸に抱く心からの願いを今歌に乗せれば、大勢の観客が贈ってくれている歓声も喝采も、竜の花嫁の名誉を穢す慮外者への罵声と石礫に変わるだろう。危うい綱渡りをしているのだと自覚する。
直接的な戦闘がなくとも、これも全てを取り戻すための戦いのひとつ。
改竄世界史に抗い、歴史侵略者と戦う、復讐者達の物語。
●花冠の祭典
天国の鍵、妖精の杯、妖精国の扉を開く鍵。
明るい春の光を鮮やかに咲かせたような黄色の花々、可憐なカウスリップが両岸に咲き溢れる水路。真白な紗幕を開かれた先にその光景と春陽に輝く街並みを見れば、神之蛇・幸人(黎明・g00182)は改めて胸を衝かれる想いがした。
誰もが笑顔で迎えてくれる。誰もが歓声で迎えてくれる。
――花嫁の運命にさえ目を瞑れば、善良な人々が暮らす理想郷なんだ。本当に。
然れど、真実がどうあれ、幸人が惹かれるのは調えられた街並みよりも自然の荒々しさ。昨夕に吟遊詩人が聴かせてくれた歌の光景にも憧れるけれど、編んだ花冠は、恋しさに胸を焦がす故郷を想ったものだ。
春の芽吹きを迎えた雲竜柳、独特の捩れやうねりが趣深い枝を緩く編めば緑深い山の樹々に再会できたよう。数多の真白な花をまぁるく咲き溢れさせる小手毬は山を彩る名もなき草花の象徴で、鮮やかな彩りを添えるのは故郷でも秋には誰もの目を惹いた洋種山牛蒡。
薔薇色の細枝に黒葡萄めいて艶めく実をつけるそれは華やかなれども口にすれば毒となるから、万一にも実が割れて果汁が口に入ることのないよう、花材コーティング用の透明なレジンを新宿島で使っておいた。これも自分達ならではの特権だ。
最期に――昔見つけたカザグルマの花の代わりにと挿した一輪は、テッセンでもクレマチスでもなく。
花の女王たるダリアの中の王、真白き花弁を雄大に花開かせた、皇帝ダリア。
幸人渾身の花冠を戴くのは、春の陽射しめいた金の髪と芽吹きを思わす緑の瞳を持つ、十四、五歳と思える少女だ。
「おれは舟の操舵に専念するから、めいっぱい楽しんで欲しいな」
「うん、こんな機会をくれてほんとありがとね! めいっぱい楽しんで、めいっぱいあなたの想いを歌うよ!」
華やかな笑みを屈託なく咲かせる彼女に幸人は雀斑の散る頬を緩めて笑み返す。舵櫂を握れば昨夕に己が燈して、今朝には仲間が重ねてくれた【操作会得】の恩恵を感じとる。
絹で水面を撫でるよう、なめらかに舟が滑り出せば、明るく高く澄んだ少女の声が彼の想いを歌いだした。
山間の村に生まれた少年には裏山が絶好の遊び場で。
木の根に躓くのにも心躍らせ、緑の中に咲く花を探す日々。小鳥の囀りも虫の声も小さな冒険を応援してくれるようで。
命のすべてが『愛おしかった』――。
過去形で歌われた言の葉の意味に幸人の来し方を察した観客達が思わず涙ぐむ。人々の歓声が熱い声援に変わっていく。
――ああ、奪われても愛おしさを捨てられないから。
――すべてを取り戻すために、わたし達は進むんだ。
自身の胸にも熱い何かが改めて燈る様を感じつつ、四葩・ショウ(Leaden heart・g00878)は花色の双眸を細めた。
舵櫂を握れば己が重ねた【操作会得】が違和感なく手に馴染ませてくれて、
「大丈夫? こわくはない?」
「平気!! 心から、しんよう? しんらい? してるもの!!」
訊ねてみれば花冠を戴く少女が一片の曇りもない笑顔で振り返る。大人びた物言いをしてみたいらしい十歳前後の少女は、何処かショウと似通ったホワイトブロンドの髪の持ち主だ。並べば姉妹にも見えるだろうか。
瑞々しい風に乗るように、瀟洒な舟が水面へ滑り出す。
光と水に潤う風を胸に満たし、この場の同胞達の誰よりも高みに至った歌唱の技量を惜しみなく活かせば、最初のフレーズひとつで誰もが聞き惚れる。
春に花色の絨毯を見せる蓮華草は、春がめぐるたび家の近くで春風にそよいだ花。
一枝に幾つも幾つも春を咲かせる桜は、幾度も繰り返したサヨナラと出逢いの花。
――花冠作りの親しみやすさでは白詰草と並ぶ蓮華草で編み上げた花冠。そこにリボンで編み込んだのは桜と、折り紙の、紫陽花。四葩という二つ名を冠された紫陽花はショウにとっては家族の象徴とも言える何より慕わしい花なれど、その毒性を思えば本物を使うのは躊躇われたから。
正史の英国ではこの数百年先、見方によっては千年先まで羊皮紙の時代。
優しい青に紫、白の彩を見せる折り紙は、幻想竜域の人々の目には花々と変わらぬ美しさに映り、宛らスターチスのように元より水分量の少ない花と見えていたらしく、故郷では子供も親しむ伝統細工なのだと語れば、花冠を戴く少女には思いきり驚かれた。
折り紙の紫陽花は、ちいさい頃に妹と一緒に作った、思い出の花。
故郷は、帰る家は、
……海に、沈んだ。
家族にも逢えない。
もしかしたら、もう二度と――。
「ああ、そんな……!!」
歌に感極まって水路の岸で泣き出したのは昨夕に幾つもの話を語り聞かせてくれた少女、他の観客からも熱く潤んだ声援が幾つも幾つも贈られれば、己の歌声も潤みかけるのを堪えてショウは笑み返す。
溺れたみたいに息ができなくなることもあるけれど、
それでも、花をみると浮かぶんだ。
思い出が、今も。
――だからわたしは『旅』をする。
変えるために。
そう挟んだフレーズは胸の裡にのみ響かせて。
――もう一度この腕に、
――家族を抱きしめるために。
歓声と喝采が大きく湧きあがる。
何時の日か、大切なものを思いきり抱きしめたいとアンゼリカ・レンブラント(黄金誓姫・g02672)も希う。
然れどショウと異なるのは、過去の記憶が真白であるがゆえに、時に己が天涯孤独であるような錯覚に陥ってしまうこと。だが、それでも心折れることなく駆け続けているのはアンゼリカも同じ。この地でも望む結末をめざして駆けてゆくために、思い出ではなく焦がれている光景へと手を伸ばす。
花冠の主役に選んだのは、清らな白に輝く星のごとき花、アングレカム。
大きく白く輝く星の花で編む冠は壮観で、淡桃に色づく桜の花も鏤めれば華やかで、モデルをお願いした十歳程の女の子が嬉しげな歓声を咲かせる様に胸に歓びの光が射すのを感じつつ、彼女の頭にふわりと花冠を載せた。
街角で見かけた彼女は両親と手を繋いで笑顔で通りをゆき、日頃からの仲の良さが窺える友達と行き合えば弾む声音で話に花を咲かせて。両親と歩む時にも友達と出逢った時にも見せた眩しいほどの笑顔にアンゼリカは強く惹かれたから、
「お父さんお母さんのこと好き? 友達のあの子のことも」
「好き! 大好き!!」
光降る世界へ漕ぎ出す心地で舵櫂を操って、仲間の【操作会得】が澱みない操舵を叶えてくれるままに水路へ滑り出しつつ訊ねれば、輝く笑みが当たり前のように咲き誇る。
「だよね、あんな素敵な笑顔だったものっ!!」
どうしようもなく募る憧憬を胸に燈しながら、アンゼリカも心からの笑みを咲かせた。
微笑ましい幸せのさなかにありながら、それが掛け替えないものだと意識したことも、意識する必要さえもないのだろう、光に満ちた日々を重ねてゆく少女が眩しい。羨望を抱くよりも、唯、ひたすらに焦がれて憧れる。
――君のような日常に、きっと私は辿り着きたいんだ。
それが涯なき路の遥か先にあるのだとしても、駆けて翔けて、何時の日にか辿り着きたい。
黄金誓姫の憧憬を詠い上げる吟遊詩人達が重ねて歌うのは、アングレカムにこめられた祈り。この時代に花言葉たる概念は存在しない。それゆえ、自分の『故郷』では祈りという意味が、いつまでもあなたと一緒にという意味があるとアンゼリカが語れば吟遊詩人達は、白く輝く星の花が抱く言の葉に彼女のまっすぐな憧憬の響きを乗せて詠い上げてくれた。
――好きな人と一緒にいる当たり前の幸せが、
――どうか、どうか、いつまでも。
歓声が咲く。喝采が湧く。華々しさに包まれながら、花冠を戴く少女にも、人々すべて皆にもそうあって欲しいと希う。
花冠のフィオナにも、との願いは胸に秘めているしかなかったけれど。
今は、まだ。
記憶を失くしているからこそ、より強く焦がれるのだろうか――。
黄金誓姫の憧憬にひそやかな共感を覚えつつ、ノスリ・アスターゼイン(共喰い・g01118)は吐息で笑んだ。
己が記憶は砂塵に浚われたかのごとく失せ、還る故郷を想うすべもない。然れど、胸にはどうしようもなく焦がれてしまう光景が褪せずに燈る。初めてまみえるのに懐かしさに胸が塞がれそうなほど迫る想い。息苦しいほどなのにどうしても手離せない光景と、想いだから。
美しい蝶のごとく羽ばたいていってしまわぬよう、匂やかな淡紫に、甘やかな薄紅に、清らかな白に息づくスイートピーを花冠に編んだ。春に咲く蝶のかたちの花々が柔らかにとけあうよう重なる花冠へ、射す朝陽を、萌す夕を、明星を燈す心地で添えたのは、杏とオレンジ。蜜色に煌くドライフルーツ達。
――夜明と暮れの薄明の空を、
――どこまでも透明なひかりの彩りを描いた花冠。
芝居がかった所作で恭しく頭上に捧げて、ノスリがエスコートするのは豊麗な印象の老婦人。舵櫂を取れば【操作会得】がそれが己の水中での翼であるかのように感じさせてくれる。野ではなく水面を擦って舞い上がる猛禽を思わす解放感とともに舟を滑らせる。真白な紗幕が開かれた先の水路へと。
蜜色の眼差しで花冠を示し、
「初めてだのに懐かしい、なんて、矛盾しているように思う?」
「あらあら、そうねぇ。でも良いのよ、貴方くらいの歳の殿方なら矛盾も色気だもの。幾らでも抱えなさいな」
悪戯な笑みを覗かせたなら、重ねた歳月の深みに茶目っ気のスパイスたっぷり効かせた笑みが返って、世界の誰よりも己を愛してくれている男に『面白い』と評された花冠のフィオナも、
――こんな風に、素敵に歳を重ねるだろうに。
口にも顔にも出さぬまま胸の裡だけでそう想えば、
初めてだのに懐かしいを、初めてだのに心が還りたくなると言いかえれば、矛盾ではなくなるかもしれないわ。
花冠を戴く老婦人が楽しげに紡いだ、そんな言葉が続いたから。
「流石は年の功! 船頭は一体どちらだろ」
思わず満面の笑顔になって声を上げて笑う。老婦人の豊かな笑い声も重なって、瑞々しい水辺の風に擽られた花冠が薄明の空の彩をふわり踊らせ、蜜色の果実達がきらり煌きを振りまけば、観客達の歓声が咲いた。
吟遊詩人達がどうしようもなく焦がれる想いを詠い上げる。初めてまみえる光景なのに懐かしく胸に迫る想いに固唾を呑んで聴き入る人々がいる。確かに、矛盾めく想いは時に強く人を惹きつけるのだろう。花冠のフィオナもそうだろうか。
彼女の心を、揺さぶることができるだろうか。
唯、眼差しのみに胸の裡を重ね――ノスリが見霽かす水路の遥か先には、竜の花嫁が待つ館。
●花冠の栄光
空の青さに、水の青さに、心躍らせずにはいられない。
街一番の大通りの中心に通された水路、そこからは美しい紺青の湖は見えないけれど、それでも真白な紗幕が開かれた先の空と水の青にシル・ウィンディア(虹色の精霊術士・g01415)の裡では高揚が咲き誇る。
花冠の主役に選んだのは、明るく鮮やかな空色の星を咲かせるブルースター。
空の青ひとつひとつ集めて咲かせる心地で編み、淡い桃色に息づく桜の花々を鏤めた花冠が奏でるのは、春らしいピンクと青の心弾む二重奏。大輪の花のほうが見栄えしそうだとも思うのに、
「何でだろ。どっちも小さい花なのに、どうしてもこれでなきゃって思ったんだよね」
「分かるわ、小さくても存在感がある花だもの。強く惹きつけられちゃうって言うか」
知らずそう呟けば傍らの少女が頷いてくれて、顔を見合わせて弾けるように笑い合う。シルとよく似た青の瞳、この花冠が間違いなく映える銀の髪の持ち主が屈んでくれたから、胸に抱く光景も想いもたっぷりこめた花冠を彼女に載せる。
他にも同じ色合いの人はいたけれど、十六歳とも十八歳とも思える彼女にモデルをお願いしたのは、まだ十三歳のシルの、未来への想いを表現したいがゆえ。
花冠に託した光景は、今はまだ届かぬ未来の話。
見てみたいと、心から願った光景。憧れの結晶。
真白な紗幕が開かれた先の水の青へ舟が滑り出す。ひとつひとつの花こそ小振りではあっても、銀の髪にその美しい彩りの二重奏と存在感を引き立てられた花冠は観客達の大きな歓声を咲かせた。
宛らそれを合図にしたかのように、吟遊詩人達が歌い出す。
淡い想いから始まったシルの恋、想いを通わせたならいっそう加速するように胸に広がり膨らんで、溢れだしそうにシルのすべてを満たす。見てみたいと希うようになった未来、憧れの結晶は。
大切な人との、ウェディング。
明るく自由で純真な青が淡いピンクに染まっていく、己の心の変化を花の彩に託し、募る想いをこめて編んだ花冠をシルは笑顔で誇る。吟遊詩人達が詠い上げる。
――わたしの恋心を、あなたに……。
奇を衒ったわけでなく、それでいて絶妙だった。『あなた』という言葉は。
シル自身の最愛のひとへ向けられた言葉だと感じ取った観客はきっと初恋であろう少女の想いに心を馳せ、この場の皆へ、自分達へ向けられた言葉だと感じ取った観客達は、いっそうシルの花冠とその想いに惹きつけられた。
歓声が咲く。喝采が湧く。声援が上がる。
――そんな光景に、あなたを連れていけたらいいな。
こう続いた想いが仮に、花冠のフィオナを未来へ連れていきたいという意味であったとしても。
街の誰もが、気づきはしない。
「巧い言葉選びだね。計算してのものなのかな、それとも本能的なものなのかな」
「恐らくは後者でしょうね。花冠作りの前にこう仰ってましたから」
感嘆まじりの竜城・陸(蒼海番長・g01002)の呟きに、永辿・ヤコウ(繕い屋・g04118)が微笑する。
――うーん、聞いて考えて……でも、やっぱり答えは出なくて……。
――わからないなら、思った通りにやってみるっ!!
思い返せばヤコウの笑みは深まって、聴いた陸も成程ねと眦を緩めた。時が至れば陸の舟も、真白な紗幕が開かれた先へと滑り出す。歌い手は陸自身、律動の整った魔術の詠唱を思わせ、それでいて情感豊かな旋律と歌声で、
魂へ鮮やかに灼きついたまま忘れえぬ、初夏の光景と、想いを詠い上げる。
嘗て外出さえ叶わぬほど身体が弱かった少年は、姉が歌い聴かせてくれた海を臨む故郷の景色に憧れた。憧れを募らせて、唯一度だけ、部屋を抜け出した。きっと遅い歩みだっだろう。けれど心には飛ぶように翔けた感覚が今も残る。
黎明の眼差しで初めて直に見た、外の世界。夜明けの世界。
清冽な朝の光に照らされる花々、深い青の海、鮮やかにして深い色彩に胸を震わせ、明けゆく世界の美しさと光の輝きを、まっさらにも等しかった魂で受けとめた。朝凪が波の音さえ呑み込んでいくかに思える様を、肌身に刻み込んだ。
花冠の主役に選んだのは、あの海のように深く鮮やかなマリンブルーのデルフィニウム。
合わせて編むのは白きプリムローズと紫菫、初夏の頃に海岸沿いの草原を彩る花々で、優しく霞むような淡紫と淡紅を燈す勿忘草は、蕩けるような薄雲がほんのりかかる、明け空の彩。
初夏の黎明、海を臨む夜明けの花冠を戴くのは白金色の髪の女性、花冠の鮮やかさを際立たせる彼女がその身に纏うのは、真珠色に透きとおる金色をあえかに重ねたような、夜明けのひかりを思わせる光沢を孕むドレスで、瑞々しい風に揺れるたび春の世界に初夏の曙光を躍らせる。花冠が柔い光を受けとめるたびに人々の歓声が咲く。
――もう戻れない今も、
――もしもあの場所で幸福に過ごせていたら、と、ふと想うことがある。
想えば胸に募るのは愛おしさと、今も鮮やかなまま消えない憧れ。
姉への思慕も綯い交ぜになっているのか陸には判らない。なれどあの光景を瞳にしたとき、確かに陸は己自身の足で大地に立ち、姉の歌を通してではなく、己自身の瞳で世界を向き合った。それは揺るがぬ事実だから、曖昧な想いの境を切り分けることはせず、心が、魂が震えるままに詠い、歌い上げる。
愛おしい、憧れ。
両岸から贈られる喝采の中を潜りゆく陸の舟、それを追っていた眼差しを傍らに向け、ヤコウは悪戯っぽく微笑みかけた。
「僕達も負けていられませんね。さあ、行きましょうか」
「勿論。あなたの花冠、絶対フィオナに見せてあげてね」
昨夕には是非だった言の葉が絶対に変わった。彼の花冠を戴くのは昨夕に出逢った織物工房の娘、花冠のフィオナの友人。あの時の『ほつれ』は改竄世界史の力に繕われてしまったように思えたけれど、共犯者めく連帯感は不思議と残ったまま。
瀟洒な舟が水面へ滑り出す。吟遊詩人がヤコウの花冠にこめられた想いを詠い上げる。
過去も故郷も記憶の彼方。
なれど、胸には鮮やかに、四季の移ろいが思い浮かぶ。
何もかもが薔薇に結晶するかに思える日々。
大切な人と今在る場所で共に過ごす時間、失った記憶の中にもこれほどのものはなかったろうと確信できる、
――僕の最も、愛おしい日々。
出逢ってからの日々はまだひととせにも満たぬ。なのにこれから迎える季節、二人で初めて迎える季節をも愛おしく想い、焦がれるように想い馳せるのは、未来を信じているから。願って、いるから。
花冠の主役に選んだのは迷うまでもなく薔薇の花、一重も八重も心のままに織り交ぜて。
雅やかな薄紅色で春を萌して、輝く黄色で眩い夏を描いて、落ち着いた琥珀と朱で秋を燈し、淡い翠がほのかに息づく白で冬を彩る花冠を編んだ。色の境界は緑葉と朝露めいた霞草で馴染ませて、華やかで柔らかな、薔薇のグラデーションで四季のめぐりを表した。
愛おしむ日々、四季のめぐりに焦がれる想い。
吟遊詩人達が詠い上げるヤコウの心と、際立って優雅で見応えのある花冠に観客達の喝采が湧く。歓声が咲く。
天国の鍵、妖精の杯、妖精国の扉を開く鍵。
明るい春の光を鮮やかに咲かせたような黄色の花々、可憐なカウスリップが両岸に咲き溢れる水路。舟とともに両岸を波のごとく渡る歓声や喝采の中から、ひときわ大きな声援が耳に届く。見遣れば激励するよう思いきり手を振る青年の姿。
狐耳がぴこりと揺れたのは、擽ったい心地になったからだけではなく、
「一段と大きく手を振ってくださったのは、あなたの想い人?」
「ええそうよ、世界で一番大好きな人!!」
ふと察した事柄の微笑ましさゆえ。愛しさも揶揄も綯い交ぜの祝福が、期せずして絶好の演出となった。
眩く輝かんばかりの、飛びきりの笑みが満開に咲く。勿論それは花冠をいっそう映えさせる笑顔で、世界で一番大切な人と共に在る日々への想いをこめた花冠との相乗効果を齎した。観客からも祝福まじりの歓声や喝采が降りそそぐ。
花冠を纏め、蝶が留まるよう結ばれた深紫のリボンの、長く下ろした端が、瑞々しい風に大きく翻れば、更に大きな歓声が咲き溢れた。リボンは気侭に翻る。自由に風と泳ぐ。
――心のままに自由であれ、
――そして、大切なひとの許へ羽ばたいていけるように。
明るく透きとおる青の水面を滑る舟が、竜の花嫁の館へ至る。
花冠のコンテストの審査を担うのは花嫁ではなく街の名士達。館の前庭で審査を行う彼らの許へ向かうけれど。
観客の反応も審査に反映されるのなら、結果はもう見えたようなものだ。
優勝を勝ち得たヤコウ、準優勝を手にした陸、三位に跳び込んだシル。
上位三名をはじめ、入賞者十名すべてをディアボロスで占めることが叶った最高の結果とともに、皆で昼餐会に臨む。
昼餐会の主催こそが、竜の花嫁こと花冠のフィオナ。
彼女と相対し、心を揺さぶる機会は、これを措いて他にはないだろう。
正確に言うならば、昼餐を終えた後の歓談のひとときが彼女の心に触れる好機。復讐者のみで入賞を独占して、余人を一切交えぬ状況を築くことが出来た意義は限りなく大きなものだ。
この地の美しさを心ゆくまで眺められるテラスで、格式ばった食卓を囲む昼餐よりいっそう和やかに、昼餐よりもいっそう近しい距離で花冠のフィオナと語らうことが叶うこのひとときに、
雨や濃霧が稀に晴れた時に出逢える、アザミの花咲く景色の、どうしようもない愛おしさ。
桜花爛漫、春を満開に咲き誇らせる桜の園へ足を踏み入れるときの、心まで春一色に染まりそうな歓喜。
荒涼たる乾いた荒野へ夏の終わりに一気に咲き溢れる、桃や紫のヒースやエリカの花々がくれる、胸の震え。
自分達ディアボロスでそんな様々な光景を思わせる花冠を、この花冠のコンテストのために創り上げた花冠をフィオナへ見せて、借り物ではない、自分自身の、その光景への心からの想いを語ることができたなら。そうして、
――あなたもこんな風に、愛しい景色を想うことはありますか?
そう訊ねることができたなら。あるいは、他の言葉で促すことができたなら。
雲雀のヒューでは叶わなかった、花冠のフィオナの心を揺さぶることができるかもしれない。彼とルーと羊達と、この地の景色を愛して生きていく最上の幸福を、フィオナの心の泉の底から浮かび上がらせることができるかもしれない。
時先案内人は一度も『説得』という言葉を口にしなかった。説得は必要ないのだろう。
本来の、真実の、最上の幸福を浮かび上がらせることが叶えば、後はそっと寄り添い背を押すような言の葉で。
花冠のフィオナの裡に、竜の花嫁として命を捧げることへの疑問を、あるいは拒否感を芽吹かせることも叶うはずだ。
大成功🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
効果1【操作会得】がLV2になった!
【クリーニング】LV1が発生!
【光学迷彩】LV1が発生!
【土壌改良】がLV3になった!
【照明】LV1が発生!
【プラチナチケット】がLV4になった!
【完全視界】LV1が発生!
【モブオーラ】LV1が発生!
【壁歩き】LV1が発生!
効果2【能力値アップ】がLV3になった!
【先行率アップ】LV1が発生!
【アヴォイド】がLV2になった!
【ロストエナジー】がLV3になった!
【ガードアップ】LV1が発生!
【ダメージアップ】がLV7になった!
【フィニッシュ】LV1が発生!
【命中アップ】がLV4になった!
シル・ウィンディア
フィオナさん、初めましてっ!
そして、お招きありがとうございます。
まずは挨拶から。
そして、この花冠に託した、わたしの想いを全部伝えるよ
わたしにとっての初めての恋…
淡い片思いから始まった恋なんだけど
その恋の行きつく先を、わたしはやっぱり見てみたい
それは…
大好きな、愛する人と一緒になれるウェディング。
わたし全てを、あなたに捧げる…
そんなことを思って、この花冠を作ったの
ま、まぁ、ちょっと恥ずかしいけど、わたしの心の底からの想いだね
この想いが、花冠を見る人に伝わるといいなーってね。
ね、聞いていい?
フィオナさんのあこがれる、未来の光景ってどんなものなんだろ?
大好きな、かけがえのない人と一緒になりたい?
ソレイユ・クラーヴィア
まずは昼餐会への招待に感謝を伝え自己紹介を
花冠はここに、と差出して
私には夢があります
世界中の人を演奏で笑顔にする、なんて
たわいのない子供の夢
今はまだ、道半ばなれど
決して消えることの無いともしび
この花冠はそんな幼い夢を心に灯した場所を想いながら作りました
宝石箱のような眩い高みには、まだまだ遠いですが
練習に行き詰まった時や、どうしたら良いのか分からなくなった時に
ふと思い出す場所
私の出発点であり、おそらく終着点
人も景色も音楽も
時と共に変わりゆく儚いものですが
いつまでも色褪せないものもあるはず
貴方もこんな、大切な景色を想うことはありますか?
貴方の中に眠る色褪せない景色を、夢を
良ければ聴かせて下さい
ノスリ・アスターゼイン
招待の御礼と挨拶の後
愛しさも
切なさも
懐かしさも
心のままに編み込んだ花冠
野原に寝転んで見上げる遥かなる蒼穹
手を伸ばせば指先から青に染まりそうに心が真っ新になった
星の子守歌を聴かせてくれる紺青の天蓋の下では
幾度安らいだ眠りに就いただろう
花冠に編んだのは
そんな朝と夜を、何気ない日常を導く、薄明の彩り
空を見上げる度に懐かしい――心が還りたくなるような想いがする
老婦人のウィンクを脳裏に浮かべ
柔らかに綻びつつ
ね、
フィオナもこんな風に
心が還りたくなる想いを、知っているかい
やがて彼女の瞳に輝きが燈ったなら
決して翳らせない為に
俺達は此処に居るのだと
空に舞う花弁へ
花冠の明星へ誓おう
新しい明日を
自由な空を
信じている
四葩・ショウ
ああ、フィオナ様
おめでとうございます
彼女の様子を観察しながら
皆の想いが心に生む波紋に
想い重ねて
蓮華草の花冠をねだる妹に
わたしはいつも
しょうがないなって大人ぶったけど
出来上がった花冠を戴いたあの子は
すごく嬉しそうにわらうから
ほんとは…それが楽しみだった
折紙の紫陽花
故郷に咲く、雨の花
この地方にも
雨がよく降りますよね
葉に落ちる音
雫に煌めく花
雨上りのいっそう強いみどりの香り
ずぶ濡れで立ち尽くすわたしの頬に
優しく触れた手はーー
ありふれて
あたりまえだと信じていた
ひどく懐かしい景色の中には
かけがえのない人達がいて
フィオナさん
瞳を、とじて
いちばんの景色を描いたなら
愛おしい情景の中で
ーーねえ、誰がわらっていた?
竜城・陸
この度はお招きに感謝を
リク、と言うよ
お会いできる機会を得られて、光栄に思う
花冠を見せて、語るのは故郷のこと
海岸線に咲く花々、どこまでも広がる深い青の海
そこに射した夜明けの光がほんとうに美しかったこと
それを歌い聞かせてくれた、愛おしい家族
今でも、忘れられない
優しかった姉のことも
彼女が歌い聴かせてくれた景色も
それを初めて自分の目で、心で
感じた、あの日のことも
もう戻れない今でも
それは俺にとって、大切な、消えない憧れで
――思うんだ
あの場所で、大切な人と幸福に過ごせていたらと
今も、……ううん
きっと、どれくらい時が経ったとしても
――あなたにも、あるかな
心に焼き付いて離れない憧憬
帰りたいと願う、場所が
アンゼリカ・レンブラント
アンゼリカです、初めまして
お招きありがとね、フィオナさん
会えて嬉しいよ
花冠に託したのは、焦がれる光景
微笑ましい幸せのさなかにいて
掛け替えないものだと意識する必要さえもない
あの少女のいるそんな場所に強く憧れたんだ
――私にもきっと
手を取り合った友達がいたよ
いつまでも一緒と笑い合ったひとが、確かにいたよ
大切な存在だってことは
記憶じゃなく、違うどこかに刻まれている
ひとの体は永遠じゃない
大人になることもそれぞれの道を選び
別れは常にある――でも
それでもこころに刻まれた絆に
永遠に続くものはあるって信じてる
ね、フィオナさんにも
「いつまでも」と願った人、いるかな?
その人もきっとそう願っているよ
ありのままの貴女と
永辿・ヤコウ
お招き有難うございます
大切な人と過ごす日々を描いた四季の廻りの花冠
見詰める眼差しも撫でる手も愛おし気
出逢いの日
熱々の好物をくれたのです
…熱々ということは何と揚げたて!(力説
こんなささやかな出来事で
どうしようもなく惹かれてしまったの
しみじみ
フィオナさんへ内緒話
そう
この花冠は恋文なのです
花冠の蝶が風に踊る様へ
眦を和らげて
僕も羽搏きたくなってきました
お話ししていたら
居ても立っても居られなくて
でもね
恋文を差し出しながらも
結局
直接告げてしまうのですよね
想いを編み込んで結んでも
どうしたって愛しさは溢れてしまうから
心のまま自由に駆けて行きたくなるような
愛おしい風景や日々を想うこと
フィオナさんにもありますか?
標葉・萱
用意される場の一等美しく
祝う歌声たちの優しいこと
夜のうちに沈んだように思えても
臨む景色は世界はうつくしくまま
それを抜けぬ棘のように思う日もあるけれど
白い花を編むうちに浮かんだのは
愛しいひとの咲みであったから
柔く、真白な花弁のように
僕の一番柔いところを明け渡した人
その愛しさはたしかに、今も
――枯れずあるからこそ世界は愛しいままだと
嘗てばかりを思う視線を、漸くあげられた
忘れずとも、片時も離れずとも
どうして忘れてしまうのでしょうね
幾つもの花冠も紡がれる思いも
それらを気づかせてくれたからお礼を
――代わりにしてしまった少女にも後程
それから、どうぞ、祈りを
映る景色がうつくしいまま
侵されず傍にあるように
●花冠の歓待
天国の鍵、妖精の杯、妖精国の扉を開く鍵――。
明るい春の光を鮮やかに咲かせたような黄色の花々、可憐なカウスリップが両岸に咲き溢れる水路。明るい青に透きとおる流れを瀟洒な舟で進んだ先に建つ豪奢な館、竜の花嫁のための別荘へと招かれて、『そのひと』に出迎えられた瞬間に、昨日雲雀のヒューと直接語らった面々は彼女が誰であるのかを理解できた。紹介されるまでも、名乗られるまでもなかった。
蜂蜜色の髪と、春緑の瞳を持つ娘。
知らない人ではなかった。ヒューの話を聴いた折に胸の裡に息づいた面影そのままの相手と対面すれば、不意に心の奥から熱いものが込み上げてきたけれど、アンゼリカ・レンブラント(黄金誓姫・g02672)は屈託ない笑顔を咲かせてみせる。
「アンゼリカです、初めまして。お招きありがとね、フィオナさん」
逢えて嬉しいよ――と続けた言葉まで、すべてが心からのもの。
「フィオナさん、初めましてっ! そして、お招きありがとうございます」
「この度はお招きに感謝を。リク、と言うよ。お会いできる機会を得られて、光栄に思う」
溌剌たる笑顔でシル・ウィンディア(虹色の精霊術士・g01415)も明るく声を弾ませ、花嫁たる存在に姉を重ねた胸の痛みは一切覗かせず、柔く微笑した竜城・陸(蒼海番長・g01002)が胸に手を当て一礼すれば、
「こちらこそ、素晴らしい花冠の作り手達をお招きできてとても嬉しく思います。昼餐会へようこそ、皆さん!」
破顔した竜の花嫁、花冠のフィオナが純白の衣装の裾を摘まんで、入賞者達――ディアボロス達へと礼をとった。挨拶を、招待への礼を、自己紹介を、復讐者達は次々に口にするけれど、今はまだ踏み込んだ話をするわけにはいかない。
ゆえに四葩・ショウ(Leaden heart・g00878)は持ち前の演技力を活かし、感激に瞳を潤ませ頬を紅潮させる態で、
「ああ、フィオナ様、おめでとうございます」
「ありがとう! 皆さんにもドラゴン様の祝福がありますように!」
見事に『竜の花嫁を祝福する、グレートブリテン島の模範的な一般人』を装ったなら、花嫁たるフィオナが曇りなき満開の笑みでそう応え、周囲から感じられる気配もいっそうの喜色に染まった。
昼餐会へ招かれたコンテスト入賞者はその全員が復讐者。なれど、
――後世ほど洗練された昼餐会ではないとしても、
――やはり、給仕を担う方々などはいるのでしょうしね。
昼餐を終えた後の歓談のひとときが本番とソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)は襟を正す想いで、ごく自然に周囲の様子を観察していた永辿・ヤコウ(繕い屋・g04118)と密やかに眼差しを交わし、
――焦りは禁物、ってね。
――ええ。急いては事を仕損じる……とは、何時の世でも至言ですから。
軽く肩を竦めてみせたノスリ・アスターゼイン(共喰い・g01118)に、標葉・萱(儘言・g01730)は小さな微笑を返す。
改竄世界史に抗い、歴史侵略者と戦う、復讐者達の物語。
その新たな一頁が、改めてここに開かれた。
美しい昼餐会だった。
水晶細工のシャンデリアは窓から射す陽光をより華やかな煌きとして輝かせ、純白のリネンのクロスと金の燭台で飾られたテーブルには色とりどりの料理が次々と運ばれてくる。
芳醇に香るヘーゼルナッツオイルでこんがりソテーされた湖の魚、アークティックチャーの切り身は桃色の小花と緑の葉が清しく香るローズマリーで彩られ、空豆とパースニップを合わせた優しい春緑のマッシュを敷かれた皿に載せられて。
苺のビネガーでほんのり薔薇色に染まった白蕪のスライスに、瑞々しいクレソンと可憐なカウスリップの花、そして羊肉の炙り焼きを自身で包んで食べる料理には思わず心が弾み、街では粗削りだった氷菓子もここでは鮮やかな甘酸っぱさと冷たくなめらかな舌触りが心地好い、上質な苺ソルベのごとき菓子として饗された。
然れど。
「わ、あ……! 最っ高の眺めだー!!」
「ほんと、綺麗だね……!!」
昼餐を終え、この地の絶景を一望できるテラスへ出た瞬間の解放感が、昼餐会で味わった美味のすべてに勝る。
偽りなき歓声を咲かせたアンゼリカとシルの瞳に映ったのは、明るく輝く青空と、青空を鏡のごとく映しとった紺青の湖。美しい緑の丘も春の彩り萌ゆる山々も、湖畔の街並みも鮮明に映しとってなお深い紺青に澄み渡る水面だと判る湖の美しさときたら――それはもう!!
遥か対岸の緑の丘、その春草をそよがせた光風が湖を撫でて生まれる風波の煌きも美しく、細波の音色は先のコンテストを彩った仲間達や吟遊詩人達の歌にも劣らぬほどに萱の胸裡へ染み入って、波の唄もまた優しいこと、と彼の顔を綻ばす。
湖の息吹を孕んだ風が吹き抜けるテラスに設えられていたのは、昼餐の食卓とは打って変わって簡素な白木のテーブルで、けれど此方のほうが好ましくてノスリが眦を緩めれば、食後の歓談のための冷たい飲み物と菓子代わりのチーズの準備を調えた給仕達が深々と礼をして館内へ戻っていった。
ここからは竜の花嫁と入賞者だけの時間――と過たずに読みとって、ショウが杯を手にとり掲げてみせる。
「それでは、この素晴らしきひとときに……」
――乾杯!!
透きとおった金色に気泡が弾ける杯は、春林檎の果汁が発泡した段階で発酵を止めた酒精ゼロのアップルサイダー。純白のフレッシュチーズはヨーグルトを思わす爽やかな酸味を持つシェーブルチーズ、すなわち山羊乳のチーズで、蜂蜜を落として味わえば思わず目を瞠るほどの美味。
この時にはもうすっかり打ち解けた竜の花嫁フィオナが、ヘーゼルの樹に登った牝山羊を追いかけ樹上で搾った乳で作ってもらった品だと語るから、思い描いた彼女のアクロバティックな乳搾りの光景に皆の笑みが春の青空に弾けて響いた。
新鮮な作りたて、純白のそれを改めて味わえば、ヤコウの笑みがひときわ緩む。
「いいですよね、作りたて……」
愛おしげに撫でるのは薔薇の彩で四季を廻らせた花冠、共に過ごすこの掛け替えのない日々をくれる彼の大切な人は。
「出逢いの日に、熱々の好物をくれたのです。……熱々ということは何と揚げたて!!」
「揚げたて熱々の揚げ物!? それは強い……!!」
優しい幸福に彩られた声音へ不意に力を込め、ヤコウが熱弁を揮えばその背後でふっさふさの狐尻尾がぱったんぱったんと揺れて、揚げたて熱々に瞳を輝かせた花冠のフィオナ以外の全員が、
――油揚げだ!
――油揚げですよね!
――うん、間違いない……!!
敢えて秘された好物の正体に絶対の確信をもって頷き合う。皆の様子には気づかぬまま彼が花冠に眼差しを落とせば、
「こんなささやかな出来事で、どうしようもなく惹かれてしまったのですよね」
いっそうの愛おしさが菫の瞳に燈って、それが自然と皆が自身の花冠と想いを語り出すきっかけとなった。花冠の心の底で不自然に凪いだ水面に、ひとつ、ひとつ波紋を生んでいく、言の葉を。
嘗て恋に落ちたあの瞬間は、劇的な一瞬だったろうか、ささやかなひとときだったろうか。
最愛のひとを喪ったこの心は底無しの夜に沈んだとも思えるのに、それでも臨む世界を美しいと感じるたびに、抜けぬ棘のごとき痛みが萱の胸を刺す。なれど、過ぎさりし日々を追うよう、幸福な光景に翻る真白の裾へ手を伸ばすよう、夜にも香る白き花々を編むうちに胸に咲いたのは、愛しいひとの笑み。
「柔く、真白な花弁のように、僕の一番柔いところを明け渡した人です」
口にしてみれば、抜けぬ棘がほろりと零れ落ちた気がした。
彼女への愛しさは確かに今も萱の胸に光る。
――枯れずあるからこそ、世界は愛しいままだと。世界を美しいと感じるのだと。
花冠を編むうちに思い至れば、嘗ての日々ばかりを想って想い出の海に沈んでいた眼差しを、漸く水面へ浮かび上がらせ、前へ、この先へと向けられた心地がして。
「忘れずとも、片時も離れずとも、どうして忘れてしまうのでしょうね」
幾つもの花冠、幾つもの想いで、それらを気づかせてくれた仲間達へ、花冠と想いを紡ぐきっかけとなったフィオナへと、心からの礼を述べた。萱の言の葉を受けとりながら、
「……分かるよ、それ。――けれど、どうしてって思うことこそが、忘れてない証なんだよね」
彼の琥珀の眼差しにそっと黎明の眼差しを重ね、陸が柔い吐息の笑みを零す。行かないで、と、あのとき姉に言えなかった言葉が幾重にも谺して痛いほどに胸を満たしたのに、刻逆で多くを喪いながら得た数多の彩が光を燈していく。萱とは決して方向性は同じではないけれど、何処か相通ずるものを感じてそう語る。
忘れたりは、しないのだ。
「どうして……忘れて……」
無意識に零れたらしい花冠のフィオナの声、当人が「私、今なにを?」と言いたげに瞬きする様に微笑み、然れどむやみに刺激はせずに、ソレイユは自身の花冠を彼女へと差し出した。
「この花はいずれ朽ちますが、いつまでも色褪せないものもあるのですよね。どうぞ、お手に取ってみてください」
「綺麗! 何て鮮やかなの……!」
春の陽射しを、湖の煌きを受け、冴える青と夢見る橙、春らしい淡桃色の花々が鮮やかな彩りを咲かす。ソレイユの胸には幼き日に故郷の宝石箱と謳われる礼拝堂で燈した夢が咲く。
――世界中の人を演奏で笑顔にする。
他愛のない子供の夢です、と語りはするけれど、夢物語で終わらせはしない。今はまだ道半ばなれど、決して消えはしないともしび。光の路のごとく拓けた夢を齎した忘れえぬ光景を想って編んだ花冠です、と続けて、ごく僅かな苦笑を挟む。
「勿論、迷うときだってあるんです」
あの眩い感動を己が手で奏でるにはまだ遠く、行き詰まることも袋小路から抜け出せぬように思えることもあるけれども、そのたびに魂を震わせたあの光景をふと思い起こしては光の路に立ち返る。再び歩き出す。
――私の出発点であり、おそらく終着点。
人も景色も音楽も時と共に変わりゆく儚いものだと識っている。ソレイユも、皆も、フィオナも。なれどいつまでも色褪せないものもあるはずだと揺るぎなく信じて彼は、優しく射す光のような笑みでこう告げる。
「貴方もこんな、大切な景色を想うことはありますか?」
「私、は……」
青と金、恐らく彼女には神秘的に思えるだろう双眸でまっすぐ見つめれば、気圧された様に、けれど焦がれる何かを求める様に花冠のフィオナの眼差しが湖へ向けられた。見霽かす先は深く澄んだ紺青の湖と、その先の景色。
緑の丘に映える幾つもの柔らかな白。
何故だか一目で察せられた。昨日は此方側にいたはずなのに、自由気侭な群れは昨夕か今朝の内に湖をぐるり廻ったのかと思えば知らずノスリの笑みが零れた。見知らぬ羊飼いのそれではない。
――雲雀のヒューの、羊達だ。
●花冠の水面
驚くほど鮮やかに滑らかに竜の花嫁が変化を見せたのはきっと、今ここに集う入賞者がすべてディアボロスであるがゆえ。
仮に一般人の入賞者がいたならば、何らかの手段でその人物を遠ざけるなり花嫁を別の場所へ連れ出すなりの手間が必要になったはず。舞台を調えるために労力を割くことなく、全力で花冠のフィオナと向き合える意義の大きさを改めて感じとる。
――そして、ヤコウさんの最初の話が、かなり大きく彼女の心を揺らしたんだ。
柔らかな微笑みで仲間達の話に聴き入りながら、花の色のショウの眼差しは絶えず竜の花嫁の様子を観察しつづけた。あの揚げたての熱弁で笑いに紛らせたからこそ、洗脳めいた何かをすりぬけ、ほんの僅かでもフィオナは己の大切な人との幸福に触れたのかもしれない。
だが揺らぎを覗かせながらも、花嫁は不意に何事もなかったように輝く笑みを咲かせる。誰もの心に揺り戻しという言葉が浮かぶ。然れど、確かな動きがあったからこそ、揺り戻しが来るのだ。
「さあ、皆さん飲んで飲んで! お酒じゃないけどこの瑞々しさもなかなかのものでしょ!」
「あ、わたしに注がせてください。欲しいひとはどうぞ杯を!」
全く曇りなき笑顔で花嫁が勧める林檎の発泡水、流麗な銀器のピッチャーをさりげなくショウが手に取ったのは、花嫁へと内緒話めいた態で花冠を語る機会をヤコウが望んでいることを察したがゆえ。
「はーい! これ爽やかで美味しいよね、おかわり欲しいな!」
「お酒も良いけどこれも良いね。俺にもぜひ」
「美味しいですよね。ありがとうございます、私にもください」
臨機応変な振舞いに長けたアンゼリカが真っ先に杯を掲げれば、仲間の意を汲んだノスリが賑やかしとばかりに続き、萱も杯を手に取って――愛しいひとの代わりにしてしまったモデルの少女に礼を告げる機を逸したことに気づいて胸を軋ませた。
今こそが初戦の本番。
そして、為すべきことを為せば、程無く帰還のパラドクストレインが発車する。街で少女を探す時間は、きっとない。
瑞々しさはそのままに軽やかに弾ける気泡で皆の舌も心も擽る林檎の滴、次々と杯に注がれるそれに仲間達の声も賑やかに弾ける中でそっと席を立ったヤコウは花嫁の傍らで身を屈め、間近で薔薇の花冠を披露しつつ悪戯な笑みを覗かせる。
秘密の共有は相手の心を開く鍵のひとつ、
「そう、この花冠は恋文なのです」
「分かる、凄くよく分かる……!」
皆には聴こえぬよう囁けば、限りなく花冠作りに馴染むフィオナは彼が花の環に綴った四季を、大切な人と過ごす日々への愛おしさをより鮮明に感じ取ったのだろう。返るのは小声ながら明らかに弾む声音、確かな手応えを感じるのは、きっと心が響き合い始めているからだ。
湖からの風が流れて渡る。
花冠へ蝶のごとく結んだ深紫のリボンが柔らかに踊る。
僕も羽ばたきたくなってきました、と眦を和らげてみせる。居ても立っても居られない心地になったのは偽りなき本音で、でもねと微かな照れ混じりに覗く笑みも心からのもの。何せ、恋文を差し出しながらも結局は己の口から直接告げてしまうに違いないのだ。
「想いを編み込んで結んでも、どうしたって愛しさは溢れてしまうから」
「指から溢れるままに花を編むのに、編んでも編んでも結局はそれで収まらないのよね!」
秘密を通じ合わせたように内緒話の距離で笑み交わす。共鳴を感じてヤコウは彼女の心の水面へ手でなく言の葉を伸ばす。
心のまま自由に駆けて行きたくなるような、愛おしい風景や日々を想うこと、
「フィオナさんにも、ありますか?」
「――あるの。……え? 違う、違わない。ある、はずなのに……?」
花冠のフィオナの唇から確かに零れた短い言の葉。
だが即座に否定の言葉が零れる。それでも瞳や声音が惑う。惑いが掻き消されぬうちに機を繋いだのはアンゼリカ、
「今度は私の花冠を見てもらえるかな? 花冠を編むのって幸せな心地になれるんだね!」
「そう、想いだけじゃなく、心の底から幸せが溢れてくる感じ! ……心の底、から……」
大きく白く輝く星の花、真白な花々に桜を鏤めた花冠を差し出すアンゼリカの満開の笑顔にフィオナも曇りなき笑みを返すけれど、声音に惑いが残る。その様に、雲雀のヒューでは確かに無理なのだと実感する。
初対面の自分達だからこそ、花冠のフィオナは先入観なくその言葉を受けとめる。
改竄世界史の力に抗える自分達だからこそ、彼女の心の水面に浮かぶ偽りの幸福の奥へ斬り込んでいける。
眩い光を感じて黄金の双眸を細め、アンゼリカは花冠に託した焦がれる光景を語る。それもまた眩いもの。
焦がれ、唯ひたすらに憧れた、街の少女の日常の幸福。大好きな両親、大好きな友達。
微笑ましい幸せのさなかにありながら、それが掛け替えないものだと意識する必要さえもない、あの少女のいるそんな光に満ちた場所に、強く焦がれて憧れるのは、
「――私にもきっと、手を取り合った友達がいたよ。いつまでも一緒と笑い合ったひとが、確かにいたよ」
「いつまでも……」
真白になった記憶ではなく、心の、魂の芯に、大切な存在が刻まれているからだ。
顔さえも思い出せないのに笑顔の眩さは間違いなく感じ取れるのは何故だろう。ひとの身体が永遠ではないと識っている。理不尽なものでなくとも、大人になって其々の道を選んでゆくような、自然な流れの別れがあることも識っている。
――それでも、こころに刻まれた絆に、永遠に続くものはあるって信じてる。
「ね、フィオナさんにも『いつまでも』と願った人、いるかな?」
「……っ!!」
揺るぎなく信じる心はいつだってアンゼリカの強力な武器だ。
絶対に本当の幸福を掬えると信じて彼女の心の水面に挿し入れたその言の葉に、目に見えて竜の花嫁が、花冠のフィオナが動揺する。洗脳めいた何かが働こうとしていると直感したシルが即断即決、花嫁の唇が否定を紡ぐ前に畳みかけ、
「いるんだよねっ!? わたしにもいるんだよ、いつまでもと願う、掛け替えのない人が」
「あなたが……いつまでもと願う、掛け替えのない人?」
巧みにそれをすりぬける。
花冠に編み込んだ光景を、その光景への想いを語り、花嫁に問いかけるだけ。
なれど、借り物でない、剥きだしの己の心を武器に挑む今このときは間違いなく戦いなのだと痛感する。
だからこそ笑みを咲かす。自身の恋を、その道程を、未来への希望を込めた花冠を両手に載せて、正面から見せて。
空色の青き星々の花に春色の桜を鏤めて奏でた光景を語る。淡い片思いから始まり、想いを通わせ合ったなら、どうしても見てみたくなった光景、恋の行きつく先。憧れの結晶。
大好きな、愛する人と一緒になれるウェディング。
「わたしの全てを、あなたに捧げる……そんなことを思って、この花冠を作ったの」
「本当、きらきらしてる気持ちがいっぱい溢れてくるみたい」
ほのかな気恥ずかしさも隠さない。今この胸に咲く想いを花冠を見る人すべてに伝えたいと思ったから。
「ね、訊いていい? フィオナさんが憧れる、未来の光景ってどんなものなんだろ?」
「それは……私が命を捧げて、その卵から生まれる竜鱗兵が――」
捧げるという言葉が呼び水となったのか花嫁の唇からそんな言葉が紡がれたが、被せるようにシルが問いを重ねる。だって花冠のフィオナにも間違いなく愛する人がいるのだから。
――大好きな、掛け替えのない人と一緒になりたい?
それは先の問いよりも静かな声音だった。
なのに竜の花嫁が大きく目を瞠る。花冠のフィオナの唇が震える。救いの手を差し伸べるように、陸が言を継ぐ。
「掛け替えのない、大切な人と、今も幸福に過ごせていたら……と、俺は繰り返し繰り返し、思っているよ」
彼女の手許、白木のテーブルへと載せたのは、眼前に広がる紺青の湖より深く、同じくらい鮮やかな海の青を主役に据えた花冠。遥か彼方、何処までも広がる深い青の海、海岸に咲く初夏の花々、そこ射す夜明けの光の、明けゆく世界の美しさと輝きを、花冠と己が言の葉で語る。
それを歌い聞かせてくれた、愛おしい家族のことも。
忘れられない。ひととき胸の奥へ大切に仕舞い込むことはあっても、忘れられるはずがない。
優しかった姉、熱を出した幼い陸の額を撫でてくれた手、子守歌のように柔らかに、けれども鮮やかに歌い聞かせてくれた景色も、故郷たる光景を、初めて自分の目で、心で感じた、あの日の、
朝凪が波の音さえ呑み込んでいくかのような、初夏の黎明も。
「もう戻れない今でも、それは俺にとって、大切な、消えない憧れで」
思わずにはいられない。
あの場所で、大切な人と幸福に過ごせていたらと。
今も、と口にしかけて緩くかぶりを振る。きっと繰り返し繰り返し思うのだ。どれほどの時が経ったとしても。
胸に燈る光景への憧憬も愛おしさも、それらを齎し導きとなってくれた姉への思慕も綯い交ぜに、陸は彼女へと微笑んだ。綯い交ぜだからこそ募る想いも切なさも偽りなき己の心。それが花冠のフィオナの心の泉を揺らすことを願って問う。
「――あなたにも、あるかな」
心に灼きついて離れない憧憬。帰りたいと願う、場所が。
小さな光が生まれた。涙がひとしずく、花冠のフィオナの頬を伝って落ちる。
「……ある、の。でもきっと戻れない、帰れない。戻れなくなるの、だって、私は……」
「大丈夫。あんたの心は、本当の自由を取り戻せるから」
零れた煌きが砕けはじめた竜の軛のかけらに思えて、目許を和ませながらノスリは己の花冠を彼女の手に取らせた。誰かの花冠に触れるたびフィオナの眼差しが緩む様に、編み込まれた心を彼女が感じ取っているのだと察して小さく笑む。
愛しさも、切なさも、懐かしさも、
心のままに編み込んだ己の花冠からも、きっと。
野原に寝転べば、見上げる先には遥かなる蒼穹。
天涯の淡い青も好ましいけれど、天頂の鮮やかな青へと手を伸ばす。純粋な青に指先から染まりそうだと感じたなら、心がまっさらになった気がして。
星の瞬きが子守歌を聴かせてくれるかに思える紺青の天蓋の下では、心ほどけていくような安らぎとともに眠りについた。幾度も、幾度も。
「夏は特に心地好いのよね、虫除けの香草で花冠いくつも作っておかなきゃだけど」
「確かに! 虫との逢瀬は御免蒙りたいな」
ごく自然に打たれた相槌に相好を崩す。春に咲く蝶のかたちの花々と果実の宝石で編んだのは、そんな朝と夜を、何気ない日常を導く薄明の彩り。柔らかに重なる花々のように愛しさも切なさもとけあわせ、空を見上げるたび胸に迫る懐かしさを、
――心が還りたくなるような、想いを。
脳裏に思い浮かべるのは先程の老婦人が片目を瞑ってくれた様、倣うように、誘われるように、ノスリはひときわ柔らかに笑みを綻ばせ、
「ね、フィオナもこんな風に、心が還りたくなる想いを――知っているよね?」
仲間達が幾重にも彼女の心の泉を揺らしてくれたから、知っているかいと紡ぐつもりだった言の葉をそう言い替える。彼の花冠に触れていたフィオナの手が緩く自身の喉に触れる。辿るように下りた手が胸を押さえれば、
「……知ってる。識ってるの。いつも想うの、ずっとずっと、眺めるたびに想い、たいの……」
言の葉が溢れだした。ほろり、ほろりと涙の滴が零れて落ちる。
花冠のフィオナの眼差しが自然と求めるのは美しい紺青の湖と、そして――。
●水底の明星
揺れる、揺らぐ。揺さぶられる。
花冠のフィオナの表情や様子のみならず、その心の泉まで見通せるように思えるのは、己が高めた観察の技量を活かすべくショウが努め続けたがゆえ。皆の想いが、言の葉が、彼女の心に生んだ波紋の奥に確かな光が見えたから、それを掬い上げる心地で両手に掬うのはショウ自身の花冠。
「わたしの花冠の……」
蜜色のノスリの眼差しに花の色の眼差しで応え、フィオナにも掬うよう触れてもらう。蓮華草の花の柔らかさが彼女の眦を緩ませたと見れば、花と同じ柔らかさの声音で語り出す。
「この、花。蓮華草の花冠を妹にねだられるたびに――」
いつも、しょうがないなって大人ぶってみせたけれど。
編み上げた花冠を戴くあの子が咲かせる嬉しげな笑みが眩しくて、ショウのほうが子供みたいに笑み崩れてしまいそうで、本当は、春が来るたびにおねだりを楽しみにしていた。
折り紙で咲かせた紫陽花は、雨に彩られる初夏の花。
「この地方にも、雨がよく降りますよね」
「そうなの、よく降るの」
なめらかに彼女の言の葉を引き出して言を継ぐ。
葉に落ちる音、
雫に煌めく花、
雨上りのいっそう強いみどりの香り。
髪を、衣服を通した雨が肌を伝って流れて、ずぶ濡れになって立ち尽くす、わたしの頬に優しく触れた手は――。
敢えてその続きを暈して、アンゼリカの花冠を瞳に映して笑んだ。あの頃はあたりまえだと信じていた、どうしようもなく懐かしい景色の中には、ショウの掛け替えのない人達がいて。
「フィオナさん」
湖の水の香りは容易く雨の香りに結びつくだろう。
花だけでなく緑も使った仲間の花冠があるここでなら、雨上がりの緑の香りにも。そして。
香りが記憶を呼び覚ます、プルースト効果の名で知られる現象は決して気のせいなどではない。脳の構造上、香りは確かに感情を直接的に揺さぶるものなのだ。目を瞑れば、きっと、なおさら。
「瞳を、とじて、いちばんの景色を描いたなら、愛おしいその情景の中で」
――ねえ、誰がわらっていた?
言の葉に導かれるまま閉じられた目蓋が開く。柔く綻ぶ花のごとくショウが笑んだなら、フィオナが笑み返す。彼女が思い描いた光景は雨上がりのこの地だったろうか。それとも朝露が春の曙光に煌くこの地だったろうか。泉の水底から掬い上げた光からショウは柔く手を離す。当人に任せて、浮かび上がらせる。
訊かれた問いに、花冠のフィオナが答えた。
「……ヒューと、ルー」
「ルーもっ!?」
彼女の恋人の名に牧羊犬の名が続けば、今日もまたアンゼリカの声が跳ねた。ルーを知ってるの? と瞬くフィオナに泣き出しそうな顔で、知ってるよ、と明るく笑み返す。彼女の口から彼らの名が出たなら、逢ったことを隠す必要もない。
己にも浮かび上がった光が見えた気がして、ソレイユも青と金の双眸を細めて微笑んだ。掴んだ機も逃さずに。
「貴方の中に眠る色褪せない景色を、夢を――私達に、聴かせてもらえますか?」
「ええ、勿論それは」
彼の言の葉に応えて花冠のフィオナが溢れさせるのは堪らない愛おしさ。深い青を湛えた紺青の湖、青く霞む山々も冬色の大地も柔らかに覆っていく春緑が、泣きたくなるほどの美しさで湖も世界も彩っていって。
大地から覗く石灰岩も、草を食む羊達も、春緑の世界を彩る宝石のよう。
「私達が結婚したならルーのお嫁さんも探して、いつか子供達と仔犬達が羊の合間を駆けまわるところを……」
見たいね、と雲雀と花冠で笑い合った。
眩い幸福、最上の幸福。なのに、
「どうして、私は……竜の花嫁になって命を捧げるのが至福だなんて、思ってしまったの……?」
限りない甘さで包まれた毒、そんな夢から醒めたような面持ちで呟けば、彼女は無意識の所作で己自身を抱きしめた。
竜の花嫁、至高の名誉を享ける立場。
花嫁の側からそれを辞せるものであるのか知る者は、少なくともこの場にはいない。竜の花嫁となることを拒んだ女性に、どのような未来が待ち受けているのかを知る者も。
けれどアンゼリカが迷わぬ笑みを咲かせてみせる。
「大丈夫っ! フィオナさんにはヒューもルーも、私達もついてるよ! 絶対何とかしてみせるっ!!」
力強く頷いたシルが、笑みを深めたソレイユが、更にフィオナを勇気づける言葉で続く。
「だよねっ! フィオナさんは独りじゃないよ、他にも『生きていたい』って言った竜の花嫁がいるんだからっ!!」
「ええ、私も――僕も識っています。この眼の前で『生きたい』と叫んでくれた、竜の花嫁を」
湖水地方のあちこちで、ディアボロス達が齎した種が芽吹きはじめている。
俺の花冠、陽に翳してみて? とノスリがあくまで軽く促せば、流れのまま薄明の花冠を翳したフィオナが、星、と小さく呟いた。夜明と暮れを彩る花々の合間で煌く明星。果実の星。
水底で明星のごとく煌いて、水面に浮かび上がって彼女が取り戻した、真実の幸福の光を。
「決して翳らせない為に、俺達は此処に居る。――誓うよ。その花冠の明星に」
あんた達に新しい明日を、自由な空を、と笑みで続けた言の葉でそっとノスリが背を押せば、
「――ありがとう。私も、命を捧げたりせずに……生きて、いきたい」
強く目を瞑って大粒の涙を零し、濡れた瞳に改めてディアボロス達を映した花冠のフィオナが微笑んだ。口にしたのは竜の花嫁たることを自らの意志で拒む言の葉。
まずは一歩。そして、その先を――。
「必ず、繋ぐよ」
怒りよりも熱い何かが胸に燈る。胸に光る。
熱が輝くままに紡いだ言の葉で、陸は己のそれも誓いと呼ばれるものであることを理解した。
大成功🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
効果1【クリーニング】がLV2になった!
【飛翔】LV2が発生!
【託されし願い】がLV4になった!
【エイティーン】LV1が発生!
【傀儡】がLV2になった!
【建物復元】LV1が発生!
効果2【ドレイン】がLV2になった!
【グロリアス】LV1が発生!
【アヴォイド】がLV3になった!
【ダメージアップ】がLV10(最大)になった!
【リザレクション】LV1が発生!
【反撃アップ】がLV2になった!