天まで轟け、勝利の凱歌（作者 砂浦俊一）

7

リプレイ

●奪還された品川区
『第一次東京奪還戦』に勝利したことで、複数の東京の区が奪還された。
　この品川区も、そのひとつだ。
　しかし奪還された地域の時間は2021年8月15日で止まっている。
　何もかもが動かずに静止している景観は、まるで巨大なジオラマだ。
　そこには自然や建造物がある、動植物もある。
　地上には走行中の車両や電車が、2021年8月15日の状況のまま静止している。
　地下でも走行中の地下鉄が静止しているだろう。
　人間の姿だけが、ここにない。
　人々が最終人類史に『帰還』するには、ディアボロスたちが【勝利の凱歌】を歌わねばならない。
　さあ、人々を安全に『帰還』させるための準備の始まりだ。

●品川駅上空
　飛翔するネリリ・ラヴラン（★クソザコちゃーむ★・g04086）は、時間の静止した品川駅を空から眺めていた。
「品川駅は何だかんだで最近で一番印象深いかな……」
　この品川を、そして品川駅を舞台にした数々の激戦を、彼女は思い出す。
　しかし2021年のこの場所は、当然ながら景観は少々異なる。
　戦いながら感じた懐かしさが遠のいているようで、彼女には少しだけ寂しく感じられた。
　とはいえ感傷に浸ってばかりもいられない。
　奪還に成功した他の区と同様に、この品川区でも多くのディアボロスが人々の『帰還』を迎える準備を行っている。
　安全な『帰還』になるよう、奪還後の初仕事をきっちりやらなければならない。
　早速ネリリは駅前から運河沿いの道路を見て回る。
　予想通り車両は多い。その全てが道路上で静止しているが、時間が動き出した時に、状況の変化に驚いてハンドル操作を誤って道を外れでもしたら大事故に繋がりかねない。
「ひとまずブレーキを押し込んでおいて、一応道を外れないように簡易的な防壁をたてておけば大丈夫かな？」
　乗用車を窓から覗き込んだネリリは、あることに気づいた。
　2021年8月15日で時間が静止しているなら季節は真夏のままだ。
「今は真冬……正反対だね」
　このままでは車内の人々は『帰還』した際に寒さで凍えてしまう。
「真夏の車内なら冷房を使っているだろうし、暖房に切り替えよっと」
　それならば東京に何が起きたのか知ろうと車外に出て、外の寒さに慌てて車内に戻ったとしても、暖かな空気が出迎えてくれるだろう。
「『帰還』した早々に風邪なんてひきたくないもんね」
　ネリリは車両への対処を１台ずつ丁寧に行っていく。




●品川駅構内
　同じ頃、カイ・ハイデッガー（ユーバーシュライベン・g03134）は品川駅構内のエスカレーターを停止させていた。
「混乱した人を乗せたまま動き出すのは良くないからな」
　戦いが終わっても人々の『帰還』が為されないのでは意味がない。
　無事な『帰還』にするためにもカイは駅構内を入念に見て回る。
　時間が静止し、静寂に包まれた駅構内に、カイの靴音だけが響き渡る。
　無人の駅構内を歩くのは不思議な感覚がした。
　かつてはこの駅を多くの人が利用し、多くの駅員が働いていた。それらはクロノヴェーダによって奪われたが、自分たちディアボロスが取り戻した。人々が『帰還』すれば、かつての品川駅のような賑わいを取り戻すだろう。
　エレベーターも開いているものについては点検用の停止ボタンを押し、次にカイが目を向けたのはプラットホームだ。
　山手線に京浜東北線、上野東京ライン、東海道線、総武線、横須賀線、そして新幹線。
　品川駅は数々の路線が走るターミナル駅だ。
　駅に入ってくる電車もあれば、当然出ていく電車もある。
　入ってくる方は既に充分に減速されているだろうから、停車するのに問題はないはずだ。
　出ていく方は、念のために停車させておきたい。
「ふむ。急ブレーキだと乗客が大変なことになりそうだから、モーターがゆっくり止まるように制御を弄るか」
　奔り絶やす雷のパラドクスに、ハッキングや電撃使いの技能を用いれば、やってやれないことはない。
　だが壊すのではないから力加減が必要だ。
　掌から迸る、オーラから変換した電流を調整しつつ、カイはまず山手線の車両から作業に取り掛かる。
　各路線の車両への対処を終えたら、次は駅ビル内のエレベーターやエスカレーターも見て回りたいところだ。
「時間があれば工事現場の機械も止めたいが……さすがに手が回らんか」
　その時、カイのところへパラドクス通信による連絡が入った。

●ビル建設現場にて
「オーケーっす。工事現場の方はアタシにおまかせっすよ！」
　カイ・ハイデッガー（ユーバーシュライベン・g03134）とパラドクス通信で連絡を取り合った今城・姫愛（スピリットギア装者・g00800）は、工事現場のチェックを二つ返事で請け負った。
　工事現場となると、工事用の重機を始めとした危険物が何かと多い。
　時間が動き出した瞬間に悲劇が起きぬよう、重機のエンジンや電源は落とす、可燃物は火事の火元にならぬように遠ざける、高所で作業中の現場があれば念のため下にマットを引いておく、思いつくのはそんなところだ。
「って、言ってるそばから見つけたっす！」
　彼女が見上げたのはビルの建設現場。
　その屋上では大型クレーンが鉄骨を吊り上げたままだ。
　もしも時間が動き出した際にクレーンの操作を誤り、鉄骨が地面に落下したなら大惨事になりかねない。
「あそこまで駆け上がるのは時間がかかりそうっすね……だったら、あれを使うっすよ！」
　スピリットブースターにより全力で空中に飛び上がる、スーパースピリットキック。その上昇力を用いて姫愛は一気に大型クレーンと同じ高さまで飛び上がる。
　あとは鉄骨を安全そうな場所へ下ろし、大型クレーンの電源も落としておけばいい。
　この調子で姫愛は工事現場や建設現場を中心に見て回る。
　できれば穏便に済ませたいところだったが、時には技能を用いて臨機応変に、ちょっと強引な手段で対処していく。
　無論、仲間たちと作業の進捗具合をパラドクス通信で連絡することも怠らない。
　全ては人々の安全な『帰還』のためだ。
『帰還』する人々は、瞬間転移したように2021年の8月15日に居た場所へ現れるか、関係の深いディアボロスの近くに現れるという。
　また2013年のTOKYOエゼキエル戦争時の記憶を保持する者もいる可能性がある。
　そうした人物から情報を聞き取れたなら、今後の戦いに活かせるかもしれない。
●轟く凱歌
　安全のための対処が終わり、ディアボロスたちは勝利の凱歌を歌う。
　それは『第一次東京奪還戦』に勝利したことを祝う喜びの歌であり、これからの戦いにも必ず勝利し続けることを誓う決意表明でもある。
　クロノヴェーダとの戦いはこの先も長く続くだろう、それでもディアボロスは決して折れない。
　東京を取り戻す。
　世界を取り戻す。
　歴史の全てを人類の手に取り戻す。
　そのためにディアボロスは戦い続ける。
　ディアボロスは牙なき者の牙となり、剣なき者の剣となる。
　全ての人が静かに眠れる夜のために、そして希望の朝を迎えるために。
　クロノヴェーダを討滅するその日まで、復讐者の刃が砕けることはない。
　凱歌よ、天まで轟け。
　大空に響き渡れ。
　そして人々を最終人類史へ『帰還』させよ。


●天王洲アイルの帰還者たち
　時間が動き出したことで、天王洲アイルのビル群のオフィスは軽い混乱状態にあった。
「私たちは生きているけど……家族や友達は？」
「電話は繋がるか？　インターネットは？　えっ、どっちもダメ？」
　周囲のビルも同様だ。オフィス内では人々が慌てて電話をかけようとしたり、パソコンやスマホでネットに繋ごうとしている。たまたまビルの窓の清掃中だった清掃業者の男性は、宙吊りのリフトの中でどうすることもできずにいた。
「何が起きたのか……誰か説明してくれよぉ！」
　オフィス内が騒然とし、1人がパニックを起こそうとしたその時。
「皆さま、どうか落ち着いてください」
　人々の頭の中に、アンネローゼ・ディマンシュ（『楽士大公』ディマンシュ大公・g03631）の声が響き渡った。
　最終人類史に『帰還』した人々は、無意識に『自分達の歴史を奪還してくれたディアボロスを信頼』する。
　とても恐ろしい『何か』が起きたが、自分たちを救ってくれた存在がいる。
　この声は、そうした存在の1人だ。
　アンネローゼの声を聞いた人々は、それを理解して受け入れた。
　飛翔するアンネローゼはビルの谷間へゆっくりと降りていく。
　その姿を一目見ようと、『帰還』した人々は窓へと張り付いていた。
「あの日、人類は新宿を残して消滅し……遺された人類も死に逝く筈でした。ですが、それを赦さなかった者たちがいたのです。かの者たちは奪われたものを取り戻す戦いを始めたのです……」
　彼女が厳かに語るのは、戦いを開始した復讐者たちの物語。
　すなわち人々を最終人類史に復帰させるための物語だ。
「12月19日。港区、千代田区、江東区、渋谷区、大田区、そして品川区の奪還に、侵略者への完全な勝利という形で勝ち取ることができたのです」
　話が終わり、『帰還』した人々の間には安心感が広がっていた。
「あなたが俺たちを救ってくれたの……か？　あなたは一体？」
　清掃業者の男性がアンネローゼに問いかけた。
「ああ、言い忘れていましたね。わたくしたちの名は復讐者、ディアボロス。喪われた人類の歴史を奪い返す怒りの体現者。そして皆さまの怒りを代行する者ですわ」
　まだ若い男性に、アンネローゼが優しい笑みを向けた。
「ありがとう……」
　後は言葉にならず、彼は泣き崩れた。
　微笑むアンネローゼは彼を抱えて、地上へと下ろしてやる。
　周囲のオフィス内では歓声が広がっていた。


●駅前ロータリーの光景
「品川品川品川区～♪　今日も今日とて賑やかで～♪　刻を戻してさあしゅっぱーつ♪」
　天夜・理星（復讐の王・g02264）の歌が、品川駅前のロータリーに響き渡っていた。
　そんな彼女の姿を、『帰還』した人々は呆然と見ていた。
　会社員風の男性は駅構内に向かう足を止め、誰かと待ち合わせ中らしき女性はスマホを落としそうになり、タクシーの運転手は窓から顔を出した。
「あ、今の？ 勝利の凱歌だよ。これくらい明るい方が、みんなも笑って戻ってこれるでしょ、って思ったんだけど……ダメだったかな？」
　理星に問われ、そこで初めて人々は自分たちに何か重大なことが起きたことに気づいた。
「え？　待ってくれ、あれ？」
「私ここで友達と待ち合わせをしてて……ええっ？」
「い、一体何が起きて……家族は？　会社は？」
　駅前ロータリーへ『帰還』した人々は、軽い混乱状態に陥りそうになる。
「刻は黎明、友に朝日を！　みんな、落ち着いてアタシの話を聞いて！」
　友人想。
　それは理星の中に眠る感情の波を、他人の感情へ作用させるパラドクス。
　魔法のように流れ込むそれは、他者の善意を増幅させる。『帰還』した人々は無意識に『自分たちの歴史を奪還してくれたディアボロスを信頼』してくれるから、その効果も大きい。
　そして理星は語りかける。
　自分が世界を救う力を持ったディアボロスの１人であること。
　クロノヴェーダがやらかした刻逆のこと。
　しかしディアボロスたちが品川区と、他の複数の区を取り戻したこと。
　これからの新宿島での暮らし方のこと。
　それらを理星は『帰還』した人々に伝えていった。
「ざっとこんなところだけど、納得して友達になってくれたら嬉しいな。……で、アタシを知ってる友達いるー？」
　時として、関係の深いディアボロスの近くへ『帰還』する者もいる。
　ここに理星を知る者はいるだろうか？
　だが人々は互いに顔を見合わせると、それから申し訳なさそうに理星を見た。
「いないんかーい……」
　全員、初見。
　見事に空振りだが、そう都合良く現れるものでもないのかもしれない。
（いいや、きっとまだ寝ぼけてる、何かの拍子に思い出すかもしれない、そういうことにしておこう）
　理星は気を取り直し、『帰還』した人々を寒空の下から駅構内へと案内する。
　駅構内に『帰還』した人々の待機所を用意してもらうよう、仲間が段取りをつけているはずだ。


●品川駅、駅長室
　見慣れた駅長室の風景であるのに、どこか違和感。
　そこで品川駅の駅長は、世界に何か恐ろしい異変が起きたことに気づいた。
「い、いかん、全ての電車を緊急停車させなければ！」
　まずは各路線の電車を止めて、乗客の安全第一で動く、その指示を出すのが自分の仕事。
　駅長はそう考え、動こうとした。
「電車の方は大丈夫、私の仲間たちが安全のための処置をしてくれたわ」
　背後からの声に駅長が振り向くと、そこには１人の少女の姿。
「私はディアボロスの箱庭・のぞみ（サンドボックス・g00611）といいます。勝手に駅長室に入ってしまって、すみません。でも大切なお話があるの」
　のぞみの口から語られる、クロノヴェーダ、刻逆、ディアボロスの話。
　どれも駅長には衝撃的な内容だったが、この場では己の職責を果たすことが最良と思えた。
「……それで、私はどうすればいい？」
「放送を使わせてほしいの。混乱を収めるために、ここへ『帰還』した人たちに同じ話をするわ」
　駅構内に『帰還』した乗客は軽い混乱状態にあった。駅員たちも同様だったが、やはり乗客の安全が第一と考え、列車から離れてください、黄色い線の内側までお下がりくださいと声を張り上げていた。
「皆さん、落ち着いて私の話を聞いてほしいの」
　駅構内にのぞみの声が響き渡る。
　彼女は先程の話に加え、『第一次東京奪還戦』の勝利で東京の複数の区が人類の手に奪還されたことを伝える。
「今はまだ以前のような生活が出来る部分は少ないわ。だけど私たちは、この土地を、皆さんを取り戻すことが出来た。だから、どうかもう少し時間を下さい。その時間で私たちはこの世界と人々を取り戻していくわ！」
　それは彼女自身の決意表明も兼ねたアナウンスだった。
　話が終わり、駅構内は静まり返っていた。
　不意に『帰還』した人間の１人が拍手をした。
　それは周囲へさざ波のように広がり、やがて万雷の拍手となる。
「ちょっと照れ臭い、かな……」
　人々の拍手を聞くのぞみの頬は、ほのかな朱色に染まっていた。
「駅長さん、まだ電車内にいる人たちを降してあげないとね。それと乗客や近隣の皆さんが、一時的に駅構内で待機できる場所があれば助かるわ」
　ディアボロス側の対処により各路線の電車は安全に停車していたが、人々はまだ車内だ。
　車掌も乗員も駅からの指示を待っている。
　自分の職責を果たすため、駅長は早速各部署への指示に取り掛かる。


●鮫洲運動公園に降る花
　鮫洲運動公園で、草薙・理人（暁闇を継ぐ者・g03374）は勝利の凱歌を高らかに歌う。
『第一次東京奪還戦』の勝利は、ディアボロスの手で東京と世界を取り戻すことができると確信させる、大きな成果だった。
（昔はアイツとよく品川駅で待ち合わせして水族館とか行ってたな……帰ってきた時は、また誘うか）
　理人は刻逆によって消失した親友を想う。
　歌い終えた理人は、オラトリオの金糸雀に聖花光臨を使わせた。
　聖なる光の花が空から降る中、公園内に人々が『帰還』する。
「なかなかに荘厳な光景だ。出迎えには上々かな？　みんな、おかえり」
　眠たげに微笑む彼は、『帰還』した人々の顔を見回した。
　人々は空から降ってくる光の花を、不思議そうに見ていた。
「これかい？　綺麗だろう？　パラドクスっていう、不思議な力によるものさ。そして世界を救うための力でもある。まずは俺の話を聞いてくれるかい？」
　人々が理人を恐れたり、不気味に思うような様子はない。
　事前の情報通り、『帰還』した人々は無意識にディアボロスを信頼してくれている。
「少し言い難いが、この地球は2021年の8月15日に新宿区を残して全て消滅しているんだ……人類史そのものを改竄する術式、刻逆によってな」
　辛い話もしなければならないのが、少々気の重いところだった。
　だが悪い話ばかりではない。
　人類にはディアボロスという存在がいることも、理人は伝えていく。
　もちろんディアボロスのこれまでの戦いについても。
「ディアボロスが今回クロノヴェーダとの戦争に勝利したことで、ここを含めた６区の奪還に成功した。そうして、君たちが今ここにいるってわけさ。人々は誰もが前と似ても似つかない大変な生活の中、君たちの帰りをずっと待っていた、落ち着いたら会いに行ってやってくれ。待っていた人たちに『ただいま』と伝えてやってくれ。それが俺からの願いだ」
　それは理人自身が、いつの日か友から聞きたい言葉でもある。
　そんな彼のもとに１人の幼女がやってくる。
　どうやら家族と一緒に『帰還』したようだ。肩を寄せ合う夫婦の姿が、幼女の向こうに見える。
「でぃあぼろすのおじちゃん。たすけてくれて、ありがとうございました」
　幼女が差し出した両手の掌には、空から降り注いだ光の花。
「素敵なお嬢さん。こちらこそ、ありがとな」
　花を受け取った理人は、自分の胸にそれを挿した。

最終結果:成功
完成日	2021年12月26日