リプレイ
魏・鋼
妖魔を撃退する助けになるのであればこの長沙の魏鋼、槍を振るいましょう
それが大戦の勝敗に繋がるとなれば猶更です
戦場は首都高速道路ですか
どうやら馬は車両扱いだときいております
速い乗り物ですから当然ですな
であれば騎兵が輝く戦場、不可思議な彫像を砕いてくれましょう
どうやら高速道路は一定以上の速度で走らねばならぬと法により定められていると伺っております
故に我が愛馬よ、疾駆の時だ
高速道路の直線を利用して加速し、妖魔共めへ痛烈な槍で一撃を加えたら青龍偃月刀で周囲を薙ぎ払います
その後は周囲を囲まれる前に迅速に離脱する戦法を取ります
歩兵に囲まれれば騎兵にとっての死地ですからな
長居をするわけにはいきません
ラト・ラ
美しい、と思う
繊細な羽の曲線や、
今にもたおやかに靡き出すような布地も
世界の音が遠ざかり、静寂の中でたった一人だったなら
この場にかしづき祈りを捧げたかもしれない
――似ていた 嘗ていつも傍に在った天使像に
だけど決定的に違うのは、一身に纏う血の色
音が戻る 声が聞こえる
復讐者たち<仲間>の声
……ああ、しっかりしなくちゃ
これ以上何かを失うつもりなんてない
一歩踏み出し、息を吐く
内なる熱情が白い炎となり、風に乗る
燃やし尽くしてあげるわ
美しい灰になるまで
宙の空気に溶け【浄化】を果たすまで
この小さな世界を必ず守ってみせる
今のわたしはひとりじゃないのだから
/
【飛翔】
感情に任せきりにならず
引き際はしっかり見極めて
フルルズン・イスルーン
動く彫像が集団で来てるだって?
うーん、ゴーレムくんを作るボクとしては気になる。気になるのだ。
それだけを動かす信仰心の源はどこから来たんだろうね?
解き明かそう、ハングドマン・ゴーレム。
槍を投擲して群れから逸れたのを一つ一つ撃ち落としてゆこうか。
お、投げ槍仲間がいる。負けてられないねぇ。
堕ちてきたのは、召喚で更に作り出した槍で打って強打だ!
あとは、周囲の警戒かな?
魔術知識と伝承知識を兼ねて観察して、キューピッドを呼び出す手品の核を見出して槍で破壊さ。
実際、彫像が嘆いてるのは形だけ。
本当に嘆く人々の信仰を略奪して貼り付けてるだけだろう?
ま、その信仰を集めるアートは素直に評価したいけどね。
ルル・ムル
戦ですか。ルルはルルのやるべきことをやるまでです。
まもるべきものがあるならば、ルルはみなを守り切るのみです。
てはじめに、そのいのちをルルの元へ。
「砂よ。ふきあれろ」
嘆き悲しむ天使のなみだを砂がうばってくれるでしょう。
いいえ。なみだだけではありません。
水という水を全てうばってしまうのです。
女王の証のひとつ。さかまきの砂時計をあやつりましょう。
時をまきもどすといわれた砂時計です。
こちらの砂をあやつり、全てをうばってしまうのです。
ルルからは以上です。いまのうちに早く天使を刈り取ってください。
砂がすべてを奪い去る前に。この地を制するのです。
鳴海・龍彦
昔の俺も、こんなふうに大群を迎え討ってたんですかね。まあいいか、やることなんて一つだ。
それにしても港区を狙ってこんなにわらわらと…餌に群がる鯉か何かですか。嘆いてるような格好してるとこすいませんが、一番泣きたいのは港区の皆さんですよ。一難去ってまた一難なんてものじゃ済まされませんし。だから、まぁ吹っ飛んでどうぞ。
味方が前に出るようなら、後方から援護します。強襲するところを横あいから砲撃で吹き飛ばして動きを妨害します。あわよくば注意を引いて味方が攻撃する機会を作ります。
撤退の合図がでたらそれに従います。前哨戦でぶっ倒れるなんて嫌ですし。
追撃しそうな敵がいたらバズーカ一発かましてから撤退します。
凪沙・悠璃
総合的な物量で劣るのならば、先制攻撃や遊撃で突き崩す。
正しく戦術の基本だ。
地の利は一見して敵が得ているようだが、それは違う。
元はといえば人類の地、故にこその奪還戦だ。
心掛けるは臨機応変と当意即妙。
研ぎ澄まされた合理性と先見を以て、不確定要素を見極め排除する。
この戦場で重視するのは一撃の威力よりも手数と速度。
一体の強者を相手取るならばいざ知らず、多数の敵を短時間で処理しなければならない。
故に使用する武装は短剣と拳銃。
敵のパラドクスは総数を増やすもの。
ならば此方のパラドクスは"黙する咆哮"。
滞空時間という概念の無いそれは、精密さと処理速度において極めて優れている。
テラ・ウィンディア
天使達も本来は人を救う存在だよな
なのに未来を奪ってる…
おれからすれば此奴らも悪魔だよ
【精神集中】
敵陣の動きとパターン
攻撃動作を集中して把握
重撃破発動
重力波砲で薙ぎ払うぞ!
対POW
【空中戦・飛翔】
空中戦が得意なのは天使だけじゃないぞ!
天を舞い可能な限り敵の急襲を回避
【連続魔法・誘導弾】
更に火炎弾を乱射してその動きを牽制するぞ
何度だって薙ぎ払ってやる!
お前らの好きにはさせない!
この世界は今を生きる人達のものなんだ!
お前達が好き勝手していい物じゃないんだからなっ!!
【勇気】
恐怖を超えて全霊を以て立ち向かう
うん、怖い
だけど…それで立ち止まるわけにはいかないからなっ!
剣と槍でも切り裂いて
リューロボロス・リンドラゴ
港区、か。
聞けば日本人以外の者達も多く住んでいたそうだな。
正しく、世界を取り戻す大戦の初戦に相応しかろう。
さあ、どこかの誰かの思い出を、帰る場所を――返してもらうぞ。
ふん、空から襲い来る天使像達を蹴り飛ばしてくれようぞ。
竜の蹂躙、その身に受けよ。
薙ぎ払い、吹き飛ばした天使像で他の天使像も巻き込みたいところよな。
ああ、いっそ八艘飛びだったか?
飛んでくる天使像達を足場に、蹴り飛ばして加速しながら空中戦というのも悪くはない!
ドラゴンに空で勝てると思うなよ!
そら、連撃と一撃離脱にて飛び移りながら千切っては投げてくれるわ!
大群を蹴散らす、これぞ竜の本懐よ!
我は龍、我こそはドラゴン、我らディアボロス!
●
東京湾の沿岸をなぞり、埋立地を抜けて走る首都高速一号線。
よく晴れた日には遥かに霞んで見えるはずの房総半島も今はなく、ただ一点の影もない海原からは強い潮風が吹きつけている。都心へと続くその路面に沿って、今、冷たい彫像の天使達が夥しい数で列を成し、北上しつつあった。
「港区、か」
迎え撃つ路上で来た道を振り返り、リューロボロス・リンドラゴ(ただ一匹の竜・g00654)は呟くように言った。
「日本人以外の者達も多く住んでいたそうだな」
「うーん、多分、そうだったかな」
今ひとつ曖昧な記憶を手繰りながら、鳴海・龍彦(紫陽花憑き・g01183)が応じた。であれば、と視線を南方へ戻して、リューロボロスは続ける。
「正しく、世界を取り戻す大戦の初戦に相応しかろう」
「かもですね。にしても、こんなワラワラと……餌に群がる鯉じゃないんですから」
遥かに見ゆる彫像の群れと衝突するまで、もう幾ばくもない。辟易したように言って、龍彦は口を噤んだ。朧げな記憶の向こう側に立つ自分がこの東京でいかに生き、戦ったのかは定かでないが、あれこれ言ったところで結局やるべきことは一つしかない。複雑な思いを胸に前を見据えていると、隣から朗らかな声が上がる。
「いやあ、動く彫像が集団で来るなんてねー」
どこかうきうきとした声色で片手を目の上に翳し、前方を望むのはフルルズン・イスルーン(ザ・ゴーレムクラフター・g00240)である。その隣には彼女が生み出した、異形のゴーレムが佇んでいた。
「うーん、ゴーレムくんを作るボクとしては気になるのだ。あれだけの数を動かす信仰心が、いったいどこから来たのだか」
冷たい石の翼を広げ、空を滑るように近づいてくる『彼女達』が、どうやって生み出されたのかは分からない。滑らかに磨かれた彫刻の表面が陽の光を照り返すのか、近づくにつれて天使の群れは夏の川面のようにキラキラとした輝きを返す。焔の色をした瞳を挑むように細めて、凪沙・悠璃(束の間の運命・g00522)が言った。
「地の利は一見して敵が得ているようだが、それは違う。元はといえばここは人類の地、故にこその奪還戦だ」
「そうだよ――天使って、本当は人を救う存在のはずなのに」
力強い言葉に頷いて、テラ・ウィンディア(炎玉の撃竜騎士・g05848)は怒りに震え拳を握り締める。
「なのに、あいつらは未来を奪ってる」
ここではない遥かな地に生まれ育ち、そして奪われたテラであっても分かる。この地に暮らす大勢の無辜の人々にとっては、天使も、悪魔も関係ない――どちらも憎むべき敵なのだ。
迫りくる石の翼が、次第にはっきりとした輪郭を取り始める。泣き叫ぶ天使達のディテールが次第に明らかになっていくのを見つめて、ラト・ラ(*☽・g00020)はぽつりと言った。
「美しい――けれど」
それは、この街の空を飛び回るのに相応しい翼ではない。
黒竜の双翼を大きく一つはためかせ、色褪せた娘はアスファルトの路面を蹴り、飛び立った。白馬の背よりその後姿を見送って、魏・鋼(一臂之力・g05688)は好々爺然とした白い眉の下に武人の瞳を光らせる。
「妖魔を撃退する助けになるのであればこの長沙の魏鋼、槍を振るいましょう」
これなるは、来たるべき大戦の勝敗を左右するともしれぬ戦いなれば――。並走する車線を塞ぐように肩を並べ、ディアボロス達は前を見据えて得物を取る。花桃色に透けて輝く蟲の翅を広げて、ルル・ムル(花頭蓋・g02918)は言った。
「では、まいりましょう」
多かれ少なかれ誰もが何かを失った、この世界で成すべきことはただ一つ。
迫り来る翼の軍勢に向けて、復讐者達は一斉に走り出した。
●
「さあ――どこかの誰かの思い出を、返してもらうぞ!」
この空と海の輝きに、聳え立つビルの壮観に、いつか誰かが歓声を上げたかもしれないこの場所。そこにあったはずの時間と世界を、人類の手に取り戻す。
道路の真中に堂々と立ちはだかり、リューロボロスは急降下してくる天使達を睨んだ。身の丈をも凌ぐ竜翼を一つ打てば、巻き起こる風に路面の砂塵が舞い上がる。誇り高い竜の娘はそして、彫像の群れを目がけ高らかに跳び上がった。
「竜の蹂躙、その身に受けよ!」
か細く幼い脚の先に、ぎらりと光るは竜の爪。そのいとけない外見とは裏腹の怪力で一体の彫像を蹴り飛ばし、跳ね返った先でもう一体、また一体――八艘飛びの要領で天使達を踏みつけて、リューロボロスは空を駆け上がる。乱れた戦列に戸惑う石の翼を不敵な笑みで見下ろして、少女は言った。
「ドラゴンに空で勝てると思うなよ!」
大群を蹴散らし空を征く。それぞ、英雄としての竜を自負する彼女の本懐だ。竜として、ディアボロスとして、この空で無様は晒せない。
「ア――アアア――!」
掠れた金属音にも、弦の錆びたヴァイオリンにも似た慟哭が、白昼の首都高に響き渡る。その声に呼び寄せられるように現れるのは、弓矢を手にした天使達だ。
(「ただでさえ数が多いのに」)
厄介な相手だと、悠璃は内心舌を巻いた。しかし、そんな時こそ基本に立ち返ることが肝要だ。総合的な物量で敵に劣るのならば、こちらは先制攻撃や遊撃で突き崩せばいい。降り注ぐ矢を左手の短剣で斬り払うや反対の手で拳銃を構え、少年は精神を研ぎ澄ませる。
(「そっちが数を増やすなら、こうだ」)
その手の銃から撃ち出す弾丸には、滞空という概念がない。引き金を引いた瞬間、バレルから放出された弾は時間と距離を飛び越えて、天使の頭蓋に命中する。ぐらりと傾いだ彫像は浮力を失って墜落し、アスファルトの上で砕け散った。
よし、と唇の裏で呟いて、悠璃はすぐさま次の敵に向き直る。敵味方入り乱れて激突するこの戦場で、何よりもものを言うのは手数と速度だ。心がけるのは当意即妙――敵の居場所を瞬時に見極め引き金を引くその疾さが、一分一秒を争う場を制するのである。
「空中戦が得意なのは、天使だけじゃないぞ……!」
携えた槍を痛いほどに握り締め、テラは混戦を窮める空を仰ぐ。理不尽にも故郷を滅ぼされたあの日から、それでもどこかに希望があると信じて彼女は一人、戦ってきた。けれど今日、東京の空を飛び交う無機質な天使達の数は夥しく、手足は彼女の意志に関係なく震えてしまう。
(「――怖い」)
元々、気の強い性質ではない。本当にこの数を相手に勝てるのかと、自問すれば心の深淵から込み上げる不安と恐怖で息が詰まりそうになる。今すぐこの地面を蹴って飛び立ちたいのに、脚はまるで身体と心が切り離されたかのように動かない。悔しさに思わず、涙ぐんでいると――だいじょうぶ、と囁く声が、背後で鈴音の如くに鳴った。
「ルルは、ルルのやるべきことをやるまで。ルルは、みなを守り切るのみです」
稲穂のような金色の触角の下、ルルは一点の曇りもない瞳で上空の敵を見据えていた。下から上へ、逆巻く碧い砂時計の周りに渦を巻く塵が、やがて一つの大きなうねりとなって天使の群れへと殺到する。
「砂よ。ふきあれろ」
守るために必要な行為であるのなら、命さえ奪うことに迷いはない。厭わない――それが、女王の証と謳われたこの時計の持ち主たる、彼女の使命なれば。
唸る砂嵐は上空に飛び交う天使の一体を包み込み、嘆き悲しむその涙ごと石の身体を削っていく。結合を維持できなくなった彫像はやがて砂へと還り、淡い空へと吹き散っていった。
「……ルルからは、以上です」
さあ早く、今のうちに。
見つめる夕焼け色の眼差しに、テラは弾かれたように肩を跳ね上げた。
(「そうだ――」)
痛くても、怖くても、立ち止まっている暇などない。潤みかけた目尻をぐいと拭って、エルフの娘は槍を握り直す。戦場は、泣き虫な彼女にとっては過酷な場所かもしれない――けれど恐怖に打ち勝ち、全霊を以て乗り越えてこそ、すべてを取り戻す日はやって来る。
キッと上空の天使達を睨みつけたその時、少女は既に翔んでいた。空へ突き抜けるその背中を見送って、ルルは茫洋と、けれどいつもより強い口ぶりで言った。
「この地を、制するのです」
この手で。その手で。他人任せにしてはいられない。勿論、と力を込めて、テラは二体の天使達の間隙に割って入る。
「この世界は今を生きる人達のものなんだ――」
奪われた故郷への想いをこの地に生きる人々の想いに重ねれば、自然と語気が強くなる。星の魔力を身に纏って、少女は吼えた。
「お前達が好き勝手していい物じゃないんだからなっ!!」
惑い、泣き濡れて、それでも歩みを止めずに来たのはきっと今日、この時のため。修練の果てに編み出した魔法は極大の重力波を生み、彫像の天使達を打ち砕く。この腕に戦う力のある限り、彼らの好きにはさせないのだ。
●
「当世では、馬は車両扱いだそうですな」
「おお、そうなんだ? ゴーレムはどうかな、まあ、乗らなきゃ平気か」
鬚を弄って首を捻る魏鋼の隣で、フルルズンが笑った。片や群雄割拠する三国時代に生まれ落ち、五十五年の長きにわたって戦場に身を置いた歴戦の武人、もう片やこの世に舞い戻って幾多の時代を駆け巡る、魔法のゴーレムクラフター。雑兵といえどこの大軍を前にして、余裕のある立ち居振る舞いは堂々としたものだ。墜としても墜としてもなお湧いて出る敵の姿は蟻の隊列が如く、南へ延びる道の先まで続いている。
「さて――それじゃあ一つ、解き明かそうか? ハングドマン・ゴーレム」
隣に立つゴーレムの背とも腰ともつかぬところをフルルズンがぽんと叩くと、絡み合うトネリコの枝で形作られた人形が動き出す。ようしと空飛ぶ天使の群れを指差して、ゴーレムクラフターは意気揚々と言った。
「群れからはぐれたのを一つ一つ、撃ち落とすよ!」
主の命に応えるように咆哮し、巨樹のゴーレムは身体を大きく捻るとその手に携える一振りの槍を一体の天使目がけて投擲する。誰もが待ちわびた、最終人類史の最初の反撃だ――他の復讐者達に遅れを取ってはいられない。
「面白い術を使いなさる――では、こちらも」
愛馬の鞍上、甲冑の踵で軽くその腹を蹴って、魏鋼は言った。的になることを恐れたのか、道の先には彫像の天使達が複数、路面に降りて行軍を続けている。
「不可思議な彫像、我が刃で砕いてご覧に入れましょう」
は、と一声、手綱を引けば、白く逞しい無双馬がアスファルトを疾駆する。その速さは、なるほど乗り物扱いされるのも無理はない。敵の喉元へ迫る長い直線を、白馬はどんどん加速していく。
「高速道路は一定以上の速度で走らねばならぬと法により定められているのだとか。故に我が愛馬よ、疾駆の時だ」
右手には槍。背には青龍偃月刀。手綱を握る左手で愛馬のたてがみをくしゃりと掻き、白髪の武人は一路、敵陣へと突進する。乱戦、混戦の白兵戦こそは、騎兵である彼が最も得意とするところだ。襲い来る石の翼が鎧を穿ち、裂かれた腕が血を流しても関係ない――その手の刃で敵を薙ぎ払い、魏鋼は縦横無尽に戦場を駆ける。その首を狙う彫像が一体、上空で大きく弧を描き、後背に回るが――。
ドン、ドンと立て続けに砲撃音が響き渡り、ばらばらになった彫像の破片が混戦の路上に降り注ぐ。瞬時に巡らせた視線はすぐさま、後方で砲を構えた少年にぶつかり、魏鋼は槍持つ手を掲げた。
「恩に着ますぞ!」
「どーいたしまして」
気があるような、ないような声で応えて、龍彦は再びバズーカのスコープを覗き込んだ。復讐者達の隙を狙う彫像達は依然として多く、彼らの頭上をぐるぐると旋回している。無意識に苦く眉を寄せて、少年は言った。
「嘆いてるような格好してるとこすいませんけど、一番泣きたいのは港区の皆さんですよ」
住み慣れた街が踏み荒らされ、あまつさえ戦場となるなんて、一難去ってまた一難、という程度では表しきれない受難だ。まったくと鼻を鳴らして、少年は片目を瞑って照準を合わせ、冷たい引き金に指を掛ける。
「だからまぁ――吹っ飛んで、どうぞ」
告げたその瞬間、少年の左右には勇ましき砲兵達の幻影が並んでいた。腹の底に響く砲撃音は先ほどよりも数を増して、物言わぬ彫像を射ち落としていく。
敵味方、入り乱れての混戦は苛烈を極めていた。敵の一体一体には大した力はないものの、数に押される復讐者達も全くの無傷ではいられない。血を浴びて嘆く彫像の天使達を、ラトはどこか虚ろな瞳で見つめていた。
(「――やっぱり、似ている」)
繊細な羽の曲線。風が吹けばたおやかに靡くのではないかと思うような、柔らかな布の質感。それはいつかどこかの修道院で、いつも彼女を見つめていた天使の像によく似ていた。もし今、この耳に届く怒号と剣戟が遠ざかり、静けさの中にたった一人取り残されたなら、かしずき、胸の前に手を組んで祈りを捧げたかもしれないと、そう思うほどに。
(「でも――、違う」)
白く滑らかな石の肌を転がるように伝い落ちる血の紅。そんな色を、ラトは知らない。くすんだ緑色の瞳が鮮やかな紅を映したその瞬間、音が、声が、戻って来る。
「大丈夫かい」
呼ぶ声に、ラトは弾かれたように顔を上げた。大丈夫そうだな、と笑って、声の主――フルルズンは敵に向き直る。
「あの彫像の嘆きは形だけさ。本当に嘆く人々の信仰を、略奪して貼り付けてるだけ。ま、その信仰を集めるだけのアート性は、素直に評価したいけどね」
それいけと相棒のゴーレムを駆り、女は再び敵の只中へ飛び込んでいく。彫像の造り手として、彼女は思ったことを口にしただけなのだろうけれど――その言葉は妙に胸に響いて、ラトは深く息を吸い込んだ。
(「……しっかりしなくちゃ」)
これ以上何かを失わないためには、ぼんやりしている暇はない。マーメイドラインの白い裾を翻して踏み出すと、竜の娘は彫像達を静かに睨み、一気に息を吐きだした。
「燃やし尽くしてあげるわ」
秘めた熱情は白く耀く炎となって、風に乗り偽りの天使達を包んでいく。その身体が美しい灰となり、穢れなき空に融けるまで――何度でも、ラトは炎を吐き続ける。
(「必ず、守ってみせる」)
星の数ほどの命がひしめくこの小さく儚い世界を、必ず。それは途方もない挑戦かもしれないけれど、彼女は決して独りではないのだから。
●
「……まっしろ、です」
それから、どれほどの時間が経っただろう。足元の地面を見下ろして、ルルが言った。もはやそれが何体分かも分からないが、アスファルトの黒に降り積もる雪のような彫像の欠片達は、復讐者達の確かな戦果を示している。けれども、空を飛び回る天使のような悪魔の数は依然として多い。
「頃合いかな」
「ああ、そのようだ」
隙なく拳銃を構えたまま、悠璃が呟き、その隣へリューロボロスが舞い降りる。撤退を促す誰かの声が、ここではないどこか遠くから聞こえていた。姿は見えないが、恐らくはこの付近で他にも誰かが戦っているのだろう。
槍を手に肩で息を切りながら、テラがその隣に並んだ。
「まだ、戦えないわけじゃないけど――」
「そうだね。だけどほら、あっちはまだゾロゾロ来そうだよ?」
ゴーレムの肩に体重を預けて、フルルズンが前方を指差した。道の先には、彼女達が砕いたのと同じかそれ以上の彫像達が整然と列を成し、なおもこちらへ向かってくるのが見える。
ふう、と小さな吐息を燃やして、ラトが言った。
「今日のところは、これまでね……」
余力はある、けれど引き際は見極めなければなるまい。手近な彫像を一体、蹴散らして駆け戻り、魏鋼もまた同意する。
「囲まれればここが死地ですからな。長居をするわけにはいきません」
「えー……まあ、しょうがないですね。前哨戦でぶっ倒れるなんて嫌ですし」
向かってくる敵へ事もなげに砲弾を見舞いながら、龍彦も渋々頷いた。敵はすべて打ち砕く――けれどもそれは、今日ではない。
決戦は十二月十九日。この地の命運を懸けた戦いに望むべく、復讐者達は不気味に蠢く彫像達を心ならずもその場に残し、帰還の途に就くのであった。
大成功🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
効果1【士気高揚】LV1が発生!
【隔離眼】LV2が発生!
【書物解読】LV1が発生!
【土壌改良】LV1が発生!
【平穏結界】LV1が発生!
【飛翔】LV1が発生!
【建物復元】LV1が発生!
効果2【能力値アップ】LV1が発生!
【命中アップ】LV2が発生!
【ロストエナジー】LV1が発生!
【先行率アップ】LV1が発生!
【ガードアップ】LV2が発生!
【ダメージアップ】LV1が発生!