マヨルカ・リゾートヴァカンス（作者 柊透胡）

8

リプレイ

「パパラッチで親近感ねえ……ふーん」
　ジェームズ・クロサワ（遺薫・g10136）の呟きに、思わず20cmより高い目線を仰ぐ八上・霞（閃光・g00118）。
「……ジェームズ、何か企んでる？」
「なんかよく分からんけど皆好きだろ、熱愛報道」
「えー……」
「俺が『彼女』を溺愛しているのを、見せつけていくのはどうだろう」
「えー……恥ずかしい……えー……」
　本当に、『熱愛報道』で、一般人の親近感は湧くものだろうか……。
（「でも、リゾートホテルは楽しみたいし。うーん」）
　――大丈夫。霞はセクシーかつかわいいから最強だし、ジェームズもイケメンだし。美男美女は目を引くに違いない！
　ポジティブ！

　マヨルカ島には、『リェンゴス』という伝統布がある。リネンとコットンを混合した天然糸で織り上げた生地だ。
　染め糸の配分が独特で、派手な柄が多く、織り方や柄によって触り心地が違ってくるのも大きな特徴だ。
　元々、カーテンやクッションに使用されるとても丈夫な生地であり、ジェームズと霞が訪れたリゾートホテルのブティックにも、色とりどりのリェンゴス仕立ての小物や雑貨が並んでいた。
（「かわいいワンピース、買ってもらっちゃった」）
　ジェームズが霞の為に見立てたワンピースは、白地に赤い花柄が可憐。スペインタイルを思わせる鮮やかさだ。
「リゾート感ある～」
「似合ってる。お前に赤を着せると気分がいいな」
　装いが調ったら、次はお腹を満たす時間。ジェームズのエスコートでレストランへ向えば――霞の耳が、微かなシャッター音を捉える。
（「来た！」）
　手を引くジェームズも小さく頷き返す。何食わぬ顔で、案内された席に着く2人。
「お腹空いちゃったね。お昼ご飯～」
　どんな料理が出て来るか、ワクワクと黒い瞳を輝かせる霞。
「ランチのコースと言えど、こういうホテルなら豪勢だろう」
　気だるそうながら、ジェームズも何処か期待の面持ちか。
　まずは、喉越し良いセルベッサ（ビール）で乾杯。料理の際に供されるワインは、マヨルカ島産であるらしい。
　前菜は、熱々ふわふわのトルティージャ。日本では『スパニッシュオムレツ』の方が通りが良いだろう。ジャガイモや玉ネギがぎっしり詰まっていて、食べ応えも抜群。
　スープはアホブランコ。やはりマヨルカ島の特産であるオリーブオイルとアーモンドに、ニンニクを利かせたクリーミーな冷製スープだ。
　メインの肉料理は、チュレータ・デ・コルデロ・アサード――仔羊のあばら肉を使ったオーブン焼きで、臭みなくしっとりと柔らかい。何でも、レチャルと呼ばれる生後20～40日の仔羊の肉であるという。
「わっ、豪華！」
　思わず、歓声を上げる霞。大平鍋で運ばれて来た魚料理は、アロス・コン・ボガバンテ――ロブスターサイズの大きな海老を使った米料理だ。スペイン料理と言えばパエリアだが、もっと海老の味が凝縮された贅沢な味わい。
「映え！」
　一皿一皿が珍しくて、霞が押すシャッター音も止まらない。楽しそうな彼女の様子を眺めながら、ジェームズも又、御馳走に舌鼓を打つ。
　最後のデザートは――ガト・ダ・マトラ。マヨルカ島伝統のケーキだ。材料は小麦粉と砂糖、卵とシナモン、アーモンドだけ。やはり島伝統のアーモンドアイス『グラニザッ・ダ・マトラ』を添えて召し上がれ。
「ほら」
　一口分のケーキを、霞の前に差し出すジェームズ。
「……えっと」
（「これは『あーん』されてるってことでいいの？」）
　パパラッチの手前、ひっこめさせる訳にもいかないし……口を開ければ、表面はカリカリ、中はしっとりの食感。かなり甘い。
「……」
　何度も、霞に手ずから食べさせていく内に、餌付けみたいで楽しくなってくる不思議。
「このままだと君の分、なくなっちゃうよ？」
　漸くジェームズの手を抑え、霞もお返しの「あーん」。
「……おう」
　躊躇いながら、口を開けた恋人に食べさせる霞。ケーキにアイスクリームがしみ込んで、口の中でじゅんわりほろほろと解けていく。
「確かにこれは……ちょっと恥ずかしいかもしれん」
「そうだね。けど、する方は結構楽しい。ふふ」
　微笑み合う2人は、さぞや素敵な被写体だっただろう。

　ボリュームたっぷりの昼食の後は、ホテルのスイートでのんびりと。
「……もしかして、嫌だったか？」
　パパラッチをダシに、人前のいちゃいちゃを満喫したジェームズだったが、霞の肩を抱き寄せる表情に幾許かの不安の色。
「んーん、ちょっと恥ずかしかったけど、嫌ではなかった、かな」
　頭を振る霞の返答に、小さな吐息を零すジェームズ。
「……ん。嫌じゃなかったならいい」
　口付けをひとつ、落とした霞の頬が、うっすらと染まった。




　リゾートホテルから、町の方へ――天使とデーモン、やはり翼のある人影が連れ立てばよく目立つ。
「よく似合ってますわ、織久」
　ベリザリオ・フラムヴィオ（紫炎の翼・g04525）の満面の笑みに、小さく頷き返す西院鬼・織久（西院鬼一門・g04529）
　普段は常に戦闘服の織久。だが、今回はTPOも大事と、ホテルのブティックにてベリザリオにトータルコーディネイトされた。ベリザリオもよく心得たもので、黒がメインだし肌の露出も最低限だから、織久も敢えて反対しなかった。
「ゼウスの雷で、新宿島の結界が消耗しました。地獄変のエネルギーも半減ですね」
「そちらは、日本のイベントで対処しているようですわ。後は……人類応援度の低さも、奪還戦での勝敗にも関わる深刻な問題ですわね」
「この状況で、足並みを揃えられないとあっては……背後から味方に撃たれかねません」
　遠目には談笑している白と黒の2人組。だが、会話の内容は、中々シリアスだ。
「わたくし達が楽しんでいる姿を見て安心してくださるなら、目立つのもやぶさかではありませんわ」
　案の定、2人を遠巻きに追う影が何人か。ディアボロスである2人にはお見通しだが、何れも素知らぬ顔だ。
「まあ、解決できるなら否やはありません、が……」
「まあ、このお店の靴、素敵ですわ！　普段使いにいくつかと……お出かけ用にもいくつかいただきましょう」
（「これで、よいのでしょうか？　兄さんが、ひたすら俺の物を買っているだけに見えるのですが」）
　マヨルカ島は、ショッピングやお土産探しにおすすめのスポットも豊富。早速、最愛の弟の為のお買い物に夢中のベリザリオ。
　ちなみに、マヨルカ島で使用する通貨も「新円」とされているので、ある意味安心だ。
　マヨルカ島で靴と言えばインカだが、並木道が優雅なパルマ・デ・マヨルカは人気のショッピング街。豪奢なジュエリーや洗練されたファッションと、上質な品揃えを誇る。特に、パセイジ・デル・ボルンには、伝統的な建物にヴィンテージのブティックがあり、より寛いだ雰囲気だ。
（「織久は普段戦闘服ばかりですし、服もアクセサリーも……」）
　明らかに背中がルンルンしている兄を、織久も止める気は無い。パパラッチも、セレブなショッピングの光景に食いついてくるだろうし。写真映えとかは……よく判らないから、最初から兄に丸投げしている。
（「ただ……俺のものばかり買わずに、兄さん自身の買い物もするべきでは？」）
　だからと言って、楽しそうなベリザリオに横槍を入れるのも無粋というもの。
「……」
　徐に首を巡らせる織久。
「……兄さん、ガラスの小物は良いのですか？」
「もちろん、そちらも見ます。でも、何よりもまず織久のものですわ！」
（「こう言う機会に織久を全力で……はやりすぎですけど、いっぱい甘やかしたいんですの！」）
　暫く、ベリザリオは革製品の店から動かなさそうだ。さり気なく、向かいのガラス工芸の店に足を向ける織久。
（「兄さん自身のお目当ては、ガラスの小物だった筈なのに……仕方ありません」）
　マヨルカ島のガラスと言えば、地中海のような澄んだブルーの色合いが特徴だ。だが、その店の品揃えは豊富で、暖色系の細工物も並んでいる。何れも繊細で美しい。
「兄さんに似合うと言えば……紫や金、薔薇のモチーフとか」
　ベリザリオと違う意味で、織久も人目を気にしない。マイペースに、じっくりとガラス細工を見て回る。
「このブレスレットとペンダントのセットもいいですね……こちらもお願いします」
　自分の物は必需品でなければ、本や文房具くらいしか買わない織久だが、今回はひとえに兄の為に、アクセサリーや小物、アンティークの細工物を次々と購入を決めていく。
「兄さん、そろそろ休憩しませんか？」
　慎重に包みを抱えながら、ベリザリオに声を掛けた織久の表情も声音も、常と変わらず淡々として。だが、兄の耳は、気遣いの色を聞き逃さない。
「マヨルカではシエスタの伝統が守られていて、多くのお店は、午後2時から5時まで閉店するそうですよ」
「あら、そうなの？　仕方ないわね」
　炎天下を避けて、休憩の間にお互いの戦利品を披露し合う一時も、きっと素敵な夏の思い出となるだろう。




「わわっ！　水上スキーなんだよ」
　音無・サカハ（若き流星・g10149）が用意したランナバウトタイプの水上バイクを前に、柳谷・凪（お気楽極楽あーぱー娘・g00667）は瞳を輝かせる。
「さ、一緒に乗りましょう。まずは俺から運転するから、凪ちゃんは後ろに、しっかりと掴まってね」
　その実、ディアボロスにライフジャケットは不要であろうが、一般人の目がある。模範的な装備をしても、スタイル抜群の凪の笑顔を眩しそうに見上げ、サカハはシートの後ろ側を叩く。
（「凪ちゃんと水上デート♪」）
　メカニックライダーでもある凪だが、水上バイクは勝手が違うのか、操縦はサカハのやり方を見て覚えるつもり。振り落とされないよう、サカハの腰にしがみつき、やはりライフジャケット越しの背中に密着する。
「ちゃんと掴んだ？　……じゃよし、行くぞ～！」
　マヨルカ島の鮮やかな青に白波を立て、2人の水上バイクが動き出す。最初は慣らし運転。スピードを上げるのは段々と。
「どうだ、凪ちゃん、楽しいだろ？」
「うん♪」
　沖でエンジンを止めれば、海の上でのんびりと過ごせるのも水上バイクの魅力の１つ。途中、小休止して肩越しに声を掛けるサカハ。何処か得意げな表情は、凪より7歳上に見えない程屈託ない。
「大体、操縦憶えたんだよ。もっとスピード出して構わないんだよ」
「え、ホント？　じゃあ遠慮なく！」
　加速に備えてか、ギュゥッと抱き着いてくる凪の力加減が心地よい。相好を崩し、サカハは更に水上バイクの速度を上げて海上を駆け抜けていく――。
「ヤァァァッホーー!!」
　やがて、見えて来たのは、パルマ大聖堂――パルマ湾を臨んで聳え立つカテドラルは威風堂々。海の碧と空の蒼を切り抜いたような、建物の白とのコントラストがとても美しい。
（「……そう言えば、パパラッチだっけ？」）
　耳聡くシャッター音を聞きつけて、サカハが首を巡らせれば、周囲の水上バイクからパルマ大聖堂を背景にサカハと凪を撮影する人影が幾つか。
　確かに、水上バイクをタンデムしたデートなんて、如何にもセレブっぽい？
（「記念写真、後で貰えるかな？」）
「サカハちゃん、ボクも操縦していい？」
「……あ、もちろん」
　パルマ大聖堂が見えるポイントからの復路は、凪が運転手。
「サカハちゃん、落とされないようにしっかり捕まっててね」
（「……やばい、このポジションって、ちょっとだけドキドキかも」）
　凪の言葉に応じ、キュッとくびれた腰をライフジャケット越しに掴む……何か違う理由で胸をときめかせるサカハ。
　凪も嬉々として、水上バイクを乗り回す。
　海の上にも守るべきルールやマナーは在るが、陸の道路にあるような車線や信号はない。とても、自由だ。
　爽快に風を切り、水飛沫を上げて海上を走り抜けるのも、水上バイクならではの魅力。
「それじゃ本気で飛ばすんだよ！」
「え、本気って――」
　怒涛の加速！ アクセルを握れば、わずか数秒で時速100㎞!!　忽ちパパラッチらを置き去りにしてかっ飛ばす！
（「……あれ、置いていっちゃ駄目だっけ？」）
　思案も刹那、細かい事は気にしない！
「うぉおぉ!?」
　波に乗った勢いで、水上バイクがふわりと宙を浮く。
「今日も元気にゴーなのだ～♪」


　プラヤ・デ・カン・ペレ・アントニ――マヨルカ島が誇る、美しいビーチの1つ。ヤシの木に囲まれたシティビーチは、パルマ大聖堂から僅か1㎞の所に広がっている。
「お待たせしました！　マヨルカ・ランチバスケットのお届けです！」
　ビーチで日光浴を楽しんでいた観光客は、サンラウンジャーの傍らにふわりと降りて来た人影を見上げ、思わず目をパチクリ。
「マヨルカ島の夏、満喫して下さいね！」
　ビーチの礼装、ビキニ姿も眩いシルシュ・エヌマエリシュ（ドラゴニアンのガジェッティア・g03182）は、マヨルカ島の御馳走を詰め込んだバスケットを、満面の笑みを浮かべて手渡す。
「えーっと、次は……」
　お届けを待つバスケットはもう1つ。マヨルカ島の料理が詰め込まれている。ドラゴニアンであるシルシュが竜翼を広げて、空からデリバリーすればよく目立つ。異種族であるのが明確なディアボロスの証であれば、色々な意味で、格好の宣伝となっている。
（「そろそろ、シエスタの時間ですよね……私も、漸く休憩でしょうか」）
　透き通った青い海を眺めながら、本場のソブラサダとのマヨルカ島のワインを楽しむ……なんてきっと最高だろうけれど。生憎と、シルシュが二十歳になるまで、後半年足らず。
　その代わり、マヨルカ島伝統のお菓子『エンサイマーダ』が待っている！
（「実は、お抹茶とよく合うんですよね♪」）
　抹茶の濃い苦味が、表面はパリッと中はフワフワエアリーな生地にジュワッと染み込んでいく――素敵な和洋混交の味わいは、1度試すと癖になる。このおやつ目当てで、シルシュもデリバリーの手伝いを始めたようなものだ。
「さぁて、もうひと頑張りです！」


　崖から落ちて、額に傷を負ったところまでは覚えている。目を覚ましたら、ディアボロスだった――そして、今、ダナエ・アルジェント（隠れ住む妖精・g11468）は、プラヤ・デ・カン・ペレ・アントニの一隅に佇む海の家のお手伝いをしている。
　マヨルカ島の伝統布『リェンゴス』が、カーテンやクッションなど、あちこちに使われた、カラフルでお洒落な雰囲気の海の家だった。
（「実戦に向かう前に、ちょっと、ざんりゅーこーかの使い方に慣れておきたいしね」）
　例えば――【怪力無双】や【アイテムポケット】を活用して、資材や荷物を運んだり。
　【冷気の支配者】や【温熱適応】を上手く使えば、熱中症知らずの快適な空間をお届けだし、【ハウスキーパー】のお陰で、海の家は観光客の休憩所としても、従業員達の宿としても快適そのものだ。
　賄いついでに、【口福の伝道者】を使って、マヨルカ島の御馳走を詰め込んだバスケットも用意している。この海の家の、看板商品だ。
　そのラインナップの一例を挙げれば――マヨルカ島の名物料理といえば『ソブラサダ』。豚肉、豚の脂身、塩、黒胡椒、パプリカを材料にしたペーストだ。パプリカの赤が特徴的。クリームチーズに混ぜたり、蜂蜜やチーズと一緒にパンに塗るのが一般的な食べ方だ。
　『パンボリ』は、パンにトマトを付け、オリーブオイルと塩を塗った料理だ。非常にシンプルながら、オリーブや塩が特産であるマヨルカ島では、殊更に美味と評判。やはり、チーズや生ハム、ソーセージなどを乗せて食する。
　ちなみに、マヨルカ島のパンは塩を入れない硬めのパン。未精製の小麦が使われ、小麦の味がしっかりと味わえる。
　『トゥンベッ』はラタトュイユにも似て。ジャガイモ、ナス、赤ピーマンをオリーブオイルで煮込み、トマトソースを加える。野菜のみの料理だが、その分、滋味深い味わいだ。
「そろそろ、エンサイマーダが焼き上がるわ。お茶の仕度をお願いね」
「了解」
　この海の家の料理人は、時先案内人らしい。特級厨師ではないそうだが、【おいしくなあれ】という残留効果のお陰で、味付けに心配はない。何だかすごいと思った。
（「【クリーニング】を使えば、ゴミの片付けもやりやすくなるかな？」）
　残留効果【クリーニング】は、周囲が清潔を望む世界となる。自動的に洗浄殺菌され清潔な状態になるので、衛生状態が良くなると言った方が正しいだろう。建物の維持なら、寧ろ【ハウスキーパー】の範疇か。
　実地訓練とばかりに、残留効果を体感していくダナエ。尚……最初から10レベルであるのは、最終人類史ならではなのも、忘れずに。
（「あんまり派手にやるのはいけないから、ちょっとずつ？　加減、難しそう……」）
　目立つのは苦手。だから、今日も裏方として――ダナエの頑張りは、確かにマヨルカ島の人々の笑顔を増やした事だろう。

最終結果:成功
完成日	2024年09月07日