ヴォーバンを揺り動かせ（作者 ツヅキ）

9

リプレイ

　――ヴォーバン要塞が見えてきた。
　四葩・ショウ（After the Rain・g00878）は体勢を低く保ち、颯爽と駆ける……目指すは鋭く張り出した稜堡。
　草むらの匂いが鼻先を掠める。
　同時に、火薬の匂いも。
「いこうか」
　抜き払ったレイピアで降り注ぐ迎撃を左右に斬り払う。降り注ぐ弾幕からショウを守るように両手を広げた守護人形のテディベアが攻撃の一部を引き受けてくれたおかげでこの攻撃が、届く。
「羽……いや、花か！？」
　逆説連鎖戦によって両者の距離など無いも同然。通常の戦争であれば有効な稜堡からの射撃であっても期待する程の成果は得られまい。なにより意志の強さが違うのだ。傷つくことさえ厭わないショウの戦いぶりを機械の目に捉えたギュダン・ドールは解析するが、理解不能。
「なぜ止まらない！」
「さぁ、どうしてでしょう？」
　ショウの問いかけに呼応するかのように、敵に根付いた白百合が美しい花を咲かせた……満開の花園が稜堡を埋め尽くす。どこからか聞こえるのはマリアラーラ・シルヴァ（コキュバス・g02935）の黄金騎士団による演奏だ。
　主役は鼓笛隊、それに交響楽団。
「せーの！」
　マリアラーラの合図で賑やかしのための演奏が幕を開けた。有り余った予算をつぎ込まれた楽団は黄金色に輝く楽器を吹き鳴らして戦いの雰囲気をがらりと変えてしまう。
（「あっちから突撃はしてこなそうかな？」）
　最優先で要塞を守れという指示が出ているのかもしれない。マリアラーラは対空のための警戒を払いつつ、敵の動きに注目した。
「あれを撃て！」
　ひと際目立つ黄金騎士団が標的にされるまで時間はそれほどかからなかった。
　互いに高火力の部隊同士、戦闘は苛烈を極める。白煙が上がり、爆発によって吹き飛んだ部品の一部が頭上から落ちて来た。
　だが、演奏はやまない。
　それどころか、マリアラーラはさらに注目を集めるためにわざと甲高い歓声を発した。
「どうしたの？　ノリが悪いなぁ。せっかくだからマリアたちと一緒に歌おうよ」
「ふざけるな！」
　激昂して攻撃を集中してくれるのならば、しめたもの。
「真面目過ぎるのも考え物だよね」
　なかなか決定打とならない苛立ちからギュダン・ドールの攻撃に乱れが生じる。マリアラーラはこれを待っていたのだった。敵の統制が乱れ、思わず無駄な攻撃までもが繰り出される、この瞬間を。
「もらったよ」
　マリアラーラの作り出した喧騒を隠れ蓑にして、ショウは大天使の“ちから”を行使する。
　ギュダン・ドールは眼前を舞い散る白羽に視界を奪われると同時に全身を蝕ばむような苦痛を感じたことだろう。
　禁断のマルス・ピュミラに寄せたショウの唇が笑みの形に吊り上がった。舞うがいい、咲くがいい。いつにも増して大胆な身振りでもう片方の手に持つレイピアを掲げて告げる。
「さぁ、今のうちだ」
　演技なのか本心なのかわからないのは当然。
　だって、どちらでもあるから。わたしでありおれでもあるショウは、掲げた剣先をぴたりとヴォーバン要塞の中心部に差し向けた。
「――このまま一気に攻め込もう！」
「あらまあ！　なんということかしら、ギュダン・ドール部隊が全滅ですって？　仇を取ってあげなければならないじゃないの。いやだわ、まあまあまあ！」
　要塞の屋上に姿を現した『いばら姫』シャロンは自らを抱いて身を捩る。すると無彩色の茨があっという間に伸びて周囲の空間を茨の園へと変えてしまった。
「わたしはシャロン。これより先へは進ませませんわ。随分と好き放題してくれたようですけれど、それもここまでですわよ！」




　遠目から見ても、あの茨にやられたらかなり痛い思いをしそうなのがわかる。雪定・千草（霞籠・g03137）は出来るだけ相手に気づかれないように気を付けて距離を詰めることにした。光学迷彩で多少は誤魔化せるとよいのだが……周囲に伸びる茨の影に身を潜め、千草は相手の様子をこっそりと窺う。
（「他のディアボロスとの戦いに夢中のようですね……」）
　シャロンが屋上を満たす茨の園は罠である、と考察したマリアラーラ・シルヴァ（コキュバス・g02935）はパラドクスでそれを塗り替えた。
　天から流星のように降り注いだ星が瞬く間に芽吹いて美しい花を咲かせる。さっきまで無彩色だった花園はいまや絢爛なる輝きの星華が支配する愛の園であった。
「わ、私の茨が……！？」
　マリアラーラの狙い通り、シャロンはショックを受けたように立ち尽くす。自慢の庭園を荒らされたことがよほど気に入らなかったのだろう。
「不届き者！　出てらっしゃい！」
　金切り声で喚き散らす有り様は、マリアラーラの術中に嵌ったも同然。マリアラーラは満面の笑みを浮かべた。まずは目標達成といったところだ。
「ご自慢の庭園もこうなっては形無しだね」
　わざと注意を引くようにマリアラーラはシャロンに言った。
「ここから先へは進ませない、だっけ？　それはもう難しいんじゃないかな」
　人形兵との戦いと同じような挑発だが、さっきとは異なる点もある。攻撃の応酬だった第一戦はディアボロスを迎え撃つ弾幕に対して応戦するという形を取った。けれど今度のは逆説連鎖戦の本質――制界権の奪い合いになるだろうとマリアラーラは考えている。
「こんなもの！」
　シャロンはむきになって輝く華々ごとマリアラーラを切り裂くつもりだった。しかし、両者の間に割り込んだ千草のレーザーに目を焼かれて悲鳴を上げる。
「きゃああッ」
「確かに、美しい花には棘があると言いますがね」
　千草は鞭のように襲いかかる茨を己の武器で受け流し、核心を突かれないように立ち回った。伸びてくるそれを叩き落とし、猛攻を耐え凌ぐ。
「暴れ回る花を、果たして人は美しいと思うでしょうかね？　痛い痛い棘など、光で貫いて消して差し上げましょう」
　すっ、と目を細め。
「……此処で、散るがいい」
「ぎゃッ――」
　あまりの強い光に、シャロンは両手で目を覆い隠した。同時にそれは侵攻を知らしめるための派手な狼煙代わりにもなるはずだ。
「陽動とはいえ、クロノヴェーダを前にすると徹底的に勝ちたくなっちゃうのはディアボロスの性ですね、もはや」
「真剣勝負は望むところ」
　マリアラーラは信じている。
　本質は違えど、結果はさっきと同じなるだろうことを。千草は情勢を見極めるように要塞を眺め渡した。
　無理は禁物。風向きが怪しくなったらすぐに撤退できるように、神経を尖らせる。スイスを舞台とする戦いはまだ始まったばかりなのだから。
「……俺達は全員で、生きて帰らないといけませんからね」


「……やぁ、美しきいばらのプリンセス」
　第二戦の始まりは優雅な一礼から始まった。
　四葩・ショウ（After the Rain・g00878）は姿を現したアヴァタールの前に恭しく跪き、柔らかな微笑みを浮かべる。
「仇を取るだって？　そんな物騒な台詞、貴女には似合わないよ」
　そのまま彼女の手を取り、騎士の接吻を贈るかのような声色で――しかしショウは、ここに至るまでに傷付けられた銃創を指先で拭い取った。
　血潮はローズマリーの花の槍となり、水を滴らせる刃となって閃く。
「まあ！　ディアボロスにも素敵なお方がいたものね」
　シャロンが嬉しそうに頬を染めた。
　だが、こちらも言葉とは裏腹に獰猛な茨が刃を阻んで激しい鍔迫り合いを演じる。鋼鉄の薔薇と花の水刃。剣戟が激しさを増すほどにショウの思惑は現実化する。
　そう、作戦通りに。
「おほほほほ！　あなたのお話を聴かせて頂戴。さぞかし美しい思い出をお持ちと見たわ……！」
　シャロンの茨が作り出した幻影は少なからずショウを動揺させた。
　最も大切な記憶。
　大切な人たち――わたしの家族。
「ママ、すてら……」
　優しく抱きしめるかのように伸びてくる手が、それを取る寸前に闇の彼方へ掻き消える。
　いかないで。
　瞳から零れ落ちた涙の雫が彼女たちを掴めなかった指先に落ちる。花の剣となったその柄を強く握り締め、濡れた瞳でシャロンを見据える。
「ずいぶんと悪趣味なものを、みせてくれたね」
　笑えるものか。
　たとえ幻影とわかっていても……許せないものはある、から。
「！？」
　茨の夢を拒むように、ショウの展開する硝子のいばらがひと際美しく煌めいた。気付けば肩口を貫かれている。あんなものを見せられて、泣き寝入りなんてすると思った？
「く――……」
　傷口を抑えるシャロンの顔が痛みに歪んだ。
「いい気にならないことね。私を倒したって、すぐに次の部隊がやって来るわ……！」
　その通りに、迎撃のための部隊が次々に屋上へ駆けつける。思いの他たくさんのファン――敵――が来てくれたようだ。
「だめだ！　一旦、退くよ！」
　きっとショウの言葉はクロノヴェーダの耳にこう聞こえたに違いない。出直しだ、と。それが演技と知らない者は思うだろう。
　ディアボロスはまた来る、と。
「要塞を守る全軍に伝えよ！　ディアボロスの攻勢に備え、戦闘配置を取るのだ！！」

最終結果:成功
完成日	2024年01月07日