リアル脱出ゲーム――捕まったら処刑、罠にはまっても処刑（作者 柊透胡）

8

リプレイ

●世田谷沖寒中水泳
「ぅううう……！　おれ、寒いの……苦手……」
　パラドクストレインのドアが開いた途端、流れ込んできた寒気に、テラ・ウィンディア（炎玉の撃竜騎士・g05848）は身を竦める。
　まずは寒中水泳との事で、既に水着に着替えているテラだが……東京の気候とは言え、この季節のタンキニは、流石に、無理がある。
「ち、ちゃっぷい……！」
　素足を水に浸けただけで震え上がった。ディアボロスの体力なら、耐えられなくも無かろうが……良い子は、絶対真似しちゃいけない冷たさだ。
（「ううむ、最近はどうにも海を泳ぐのに縁がある」）
　という訳で、ロングスリーブやインナーパンツを用意してきたラキア・ムーン（月夜の残滓・g00195）は、ウェットスーツを着込んでいる。衣服は、濡れないよう防水バッグに詰めて持込む事にして。
「もういっそ、逆に寒中水泳にも慣れた感があるな……」
　呟いた途端、足下から冷気が這い上る――嘘です、寒いです。
「まあ、寒中水泳も修行だと思えば、それほど苦ではあるまい。気持ちの問題だ、気持ちの」
「そ、そうだ！　それに、残酷な劇なんておれは好きじゃないぞ！　新宿でホラー映画……？　そういうの見たけど、バッドエンドばかりで辛かったんだぞ！」
　だから、テラは、パラドクストレインに乗り込んだのだ。世田谷区の残酷処刑ショーを止める為に。
「だから、おれの炎は……冷たい水にも負けないぞ！」
　――ビョオォォォ。
「いや、寒いがな」
　寒風吹き込む中、懸命に己を奮い立たせようとする14歳の少女に、26歳のお姉さんは無情にも現実を突きつける。
「……あの。まだまだ肌寒い季節だし、『寒冷適応』を発動するわ」
　下車する前からわちゃわちゃした感じだったけれど、レイア・パーガトリー（毒棘の竜騎士・g01200）のお陰で、何とかなった。
　結論――残留効果ってすごいね！

　ともあれ、世田谷区上陸を目指し、海中へ身を投じるディアボロス達。
　ラキアが持ち込んだ『水中適応』のお陰で、海底を徒歩で向かうのにもいっそ不自由がない。
（「方向は……」）
　水中でコンパスに目を凝らすラキア。パラドクストレインから上陸地点までの方角を確認する。念の為、海面には出ないよう、気を付ける方が良いだろう。
（「……そういえば、サウナで温まった後に冷たい水風呂に入ると、色々不思議な事があるんだったかな？」）
　テラがそんな取り留めない事を考えて泳げるくらい、上陸迄は平穏だった。
　果たして、断ち切られたような区の境界から上陸したディアボロス達は、各々、身なりを整える。
　着替える際にも、濡れて寒いと感じる事が無かったのは、体力温存の面からも本当にありがたかった。
「目的地の研究施設まで、少し歩くようね」
　幸い、開けた会場でないので、種族の特徴を上手く隠し、騒ぎ立てなければ、移動中に目立つ事も無いだろう。
（「もし、監視役の目があったら……タイミングよく遠くへ石を投げたりして、注意を逸らせば良いかしら」）
「さっさと移動しちゃいましょ」
　レイアの言葉に頷き、ディアボロス達はリアル脱出ゲーム、ならぬ残酷処刑ショーの会場へ急ぐ。




●リアル脱出ゲーム
「あそこ、なのかい？」
　残酷処刑ショー――リアル脱出ゲームの舞台である研究施設は、地図を見ずとも月見山・伊吹（太陽の恵み、日蝕の災禍・g04125）は、何とはなしに判った。
　目の前にあるのは取り立てて特徴のない8階建てのビルながら、残酷に処刑される光景の歌が、伊吹には聞こえている。
　残留効果『悲劇感知』の効果だ。
（「こんな悪趣味デスゲーム風残酷処刑ショー、生中継で配信しやがって……」）
　内心で毒づく言葉遣いは、常より随分と荒っぽい。
「まず、敵に気付かれないように、敷地内部に潜入ね」
　レイア・パーガトリー（毒棘の竜騎士・g01200）の言葉に否やは無い。残留効果『飛翔』は既にあるし、『リアル脱出ゲーム』のスタートは最上階だ。
「窓は……」
　2人揃ってビルを仰ぐが、研究施設故の気密性重視か、8階の窓はどれも嵌め殺しのようだった。
「屋上まで、ひとっ飛びする？」
　『飛翔』自体が目立つ行動だ。それでも、閉め切られた窓をぶち破って侵入するより、余程穏健だろう。
　周囲を窺い、非常階段を伝うように、屋上まで一気に翔け上る2人。
　案の定、屋上の扉もしっかり施錠されていた。
「ぶち破るか？」
　パラドクスを使えば、容易いだろう。だが、囚われた人々との合流前に派手な騒ぎを起こすのも憚られた。
「……仕方ないわ」
　徐に身構えるレイア。初っ端から使い切るのは不本意であるものの、いざという時こそ、パラドクスで血路を拓けば良い。
　――――!!
　残留効果『一刀両断』――少女の王笏にも似た矛は、一撃を以て、屋上の扉を切断する。
「急ごう」
　両断されたドアを取り除くと、静かに迅速に、階段を駆け下りる――引き続き『悲劇感知』で、ビル内の罠の所在等を明らかにしたい伊吹であったが。
（「……よく、判んねぇな」）
　思わず、不満げに眉根を寄せた。『歌』はまだ聞こえ続けているが、その内容に変化はない。
　その実、残留効果『悲劇感知』は、事件が起こる場所を大雑把に探せる程度で、細部を解析出来る精度は無い。残留効果は便利であるが、都合の良い万能使いは難しい。
　ともあれ、1時間以内に『処刑』が為されるのは間違いないだろう。余り時間は掛けていられない。
「いた！」
　幸い、最初の『謎』を解いた一般人が研究室から廊下に出てくるのには間に合った。
「ヒッ!?」
「大丈夫？　この辺りは罠だらけのようだから、不用意に動かない方がいいわ」
　廊下に巡らされていた極細ワイヤートラップを切り払い、レイアは驚愕で硬直した一般人に声を掛ける。
「よーくもやったな！　お仕置きだぜ！」
　一方、強引に研究室のドアをぶち破った伊吹は、謎解きに苦戦中の少女に笑顔を見せながら、太陽光の魔力を爆発させる。研究室の窓ガラスを、残らず吹き飛ばした。
（「これで、『謎解きの時間切れで窒息』はねぇよな」）
　下の階に行けべ行く程、『殺人ロボット』も徘徊しているだろう。一般人は、さっさと非常階段に逃がしてしまうに越した事は無い。
　ちなみに、クロノヴェーダによる一般人の虐殺は『一般法則破壊』に類する。ディアボロスとて『ディフェンス』は不可能。故に、一般人の避難誘導とトループス級の戦闘は、手分けする方が『確実』だ。
「いぇーい！　姉ちゃん、見てるー？」
　先頭は伊吹とレイア、救出した一般人を挟んで、殿はレイアの無双馬に警戒させながら、非常階段へ避難誘導する。
「てめぇの思い通りにはさせねぇから！！」
　廊下の監視カメラを見上げ、これ見よがしと伊吹が煽れば、すかさずレイラの矛がカメラを叩き壊す。
「敵の事態把握を、しにくくしちゃいましょ」
「ああ。ついでに、配信トラブルで評価をガクッと下げてやろうぜ」
　一般人を非常階段まで送ったら、片っ端から、罠とカメラを壊して回るとしよう――大丈夫。ディアボロスなら、クロノ・オブジェクトならぬデストラップなんかに、ヤラレやしない。




「ふむ、ならば救出は任せてしまうか」
「ウェーイ」
　先陣切って研究施設へ突入したディアボロス達とはすぐ別れ、ラキア・ムーン（月夜の残滓・g00195）は、最上階から階段を下っていく。駆け付けた橡・広志（理不尽への叛逆・g05858）も同じく。スタイリッシュな武装制服に身を包み油断ない挙措のラキアと対照的に、ラフなストリートスタイルの広志は鉄パイプで肩をポンポン叩きながら、如何にも気楽そうな風情だ。
　ガシャンガシャンガシャンガシャン――。
　果たして、脅しつけるかのように、廊下に響き渡る機械音。静かに立ち止まったラキアの背中を見やり、広志はオレンジの双眸を細める。
「仕掛ける？」
「ああ」
　一般人の救出は他のディアボロスに任せた分、ラキアと広志は先んじて階下へ降りてきている。
「なるべく騒ぎ立てて、トループス級を此方に引き付ける！」
「りょ～か～い」
　凛々しい言葉に応じるノリは、相も変わらず軽い広志。
（「同じ『組』には属していても……共闘は、今回が初めてね」）
　その捉えどころのない薄笑みを一瞥して、愛槍を構え直すラキア。
　――炎弾、広域掃射。
　戦士の切り替えは早い。思い切りよくコーナーを曲がるや、ラキアはパラドクス『Call:Flame_Bullet』を起動。回転伴う炎の魔弾が、四方からトループス級「アシュタロスの使徒」へ浴びせられる。
　――――!!
　忽ち爆炎が廊下を席巻するのも構わず、アークデーモンの左右二対の砲塔が、次々とラキアをロックオン。
　ガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャン――。
　ボクシングのカウンターという例もある。喩え1秒先の『未来予測』であろうと、戦闘に於いて瞬時の判断で行動を変える事は十分可能だろう。そして、敵が行動を変えなければ、未来も変わらない訳で……『未来予測』により、ディアボロスの行動のタイミングが変化すれば、敵も対応して行動を変化させる。
　畢竟――未来予測に基づいて回避を試みたとしても、更に敵が行動を変えて攻撃を命中させて来る事は、充分にあり得るのだ。
　尤も、そのような駆け引きはパラドクスに繋がる牽制なら通じる事もあろうが、パラドクス自体を回避する事は出来ない。反撃であれば、尚の事。
「……っ」
　悪魔の集中砲火に、ラキアは奥歯を噛み締め耐える。咄嗟に火線から体をズラして被弾を抑えようとしたが、流石に『アヴォイド』の発動は叶わなかった。
　肝心なのは、『如何に優位な状況でパラドクスを放てるか』――逆説連鎖戦に於いて、喩え、敵にダメージを与えられずとも『攻撃』には『反撃』が必ず付随する。パラドクス無くしてクロノヴェーダは損なえない。故に、牽制から即パラドクス攻撃は兎も角、逆は殴られ損の悪手となってしまうのだ。
（「即席の煙幕程度では、足止めにもならないか……」）
　一般法則破壊の厄介さに、顔を顰めるラキア。それでも、先制のパラドクスがアークデーモンに突き刺さったのは確かだ。何より、ここにいるディアボロスは、彼女だけではない。
　ドガアァッ！
　敵の注意がラキアに集中した好機を逃さず、広志の鉄パイプが相次いで2体の機身を叩きのめす。
「うわ、めっちゃいてぇ……」
　交錯する反撃に、大袈裟に痛がるその表情がふと剣呑を帯びる。
（「……許せねえ」）
　TOKYOエゼキエル戦争出身の広志だ。地元をクロノヴェーダから取り戻したいと強く思っているし、連中の非道には憤りを覚えている。
（「ここだって、きっと誰かの居場所だったんだ」）
　それが、今はアークデーモンの処刑場になってしまった……他人事であろうと、見過ごせない。
「やれやれ、ちっともアートじゃねぇな……」
　吐き捨てるように呟き、広志の鉄パイプが唸りを上げる。直感と幸運に任せて遮二無二得物を振り回しているようで――その動きは、確かにバウンサーならではのパラドクスだ。
「……フフッ」
　唇に微笑みを刷き、ラキアも又、負けじと炎弾を撃ち放つ。
　――――!!
　まずは、この階のトループス級を、2人で一掃してしまうとしよう。


（「リアル脱出ゲームなんて名ばかり……これがショーって、趣味悪すぎない？　 観客も、ホントに楽しんでるか怪しいよ」）
　まあ、今は一般人の救出を優先だ――白戸・もがり（葬送の虎落笛・g02018）は、注意深く首を巡らせる。
　アヴァタール級アークデーモンが待ち構えるのは、1階のロビー。だが、もがりも残留効果の『飛翔』を使い、8階の非常階段から侵入したので、この辺りはまだ上の階の方だ。
（「どんな罠があるか分からないけど……何であれ、センサー類とか、感圧板とか、スイッチ用の機巧がある筈」）
「あった！」
　パラドクス『天狗礫』を放てば、廊下の各所に埋め込まれたセンサーを、次々と破壊していく。
　感圧板の類はもっと目立たず、1度は毒液を噴霧されたが、『強運』にして吸い込まずに済んだ。それに、1度引っ掛かってしまえば、敵の『癖』も見えてくる。以降、感圧板系のスイッチも対処し易くなった。
　問題は……まだ一般人全員が、救出しきれていない方か。
（「確か、捕まってたのは5人……」）
　まだ、後1人、残っている……。
　――――!!
　悲鳴を、確かに聞いた。ハッと赤い眼を瞬いたもがりは、突き当りのドアへ駆け寄る。
　バキィッ！
　案の定、施錠されていたのを隠剣を振って叩き壊した。
「今の内に、こっち来て！」
　ドアを開けた時点で、部屋が異様に狭い。ぼんやりしがちなもがりにしては大声で叫び、1㎥のコンクリートの立方体を1つ、出現させる。
　『セルクラフト』は残留効果の1つであるが、出現させたコンクリートの壁自体は通常の物と変わらない。それでも、最後の1人が部屋の外に出る迄の時間稼ぎ、つっかえ棒にはなってくれた。
「あ、ありがとうございました……」
　聞けば、落とし穴で下の階に落とされ、廊下に出ようとした謎解きに失敗り、迫る壁のトラップで圧死しそうになっていた模様。
（「来た道を戻るようにすれば安全かな」）
　少なくとも、もがりが進んできたルート上の罠は、尽く破壊して来た。最後の1人を非常階段まで先導すれば、一般人の救出は完了だ。


　頭を使うのは苦手とばかり、殺人ロボット――トループス級の排除に向かう山田・菜々（正義の味方の味方・g02130）。
　ナイフを手に、いっそ無機質な廊下を往く足取りに淀みは無い。
　ウィーンウィーンウィーンウィーン――。
　前方に機体めいた影を複数認めるや、菜々は軽やかに床を蹴る。
　苦しみ、嘆き、悔いよ――黒のポニーテールがリズミカルに揺れる。その挙動は美しき舞いの如き。
「さすが、多彩な武装っすね。でも、当たらなければどうということは……痛っ！　痛いっす！」
　とは言え……逆説連鎖戦はパラドクスの交錯であり、基本攻撃も反撃も命中する。確率3％もの凄まじい幸運で『アヴォイド』が発動しない限り、『流れるように避け』ようがない。
　菜々が構えたナイフで敵3体に斬り掛れば、三方からの反撃も必定なのだ。
　だが、少々生傷が増えた所で、怯む菜々ではない。
「残念っすね。ここでみんなスクラップ行きっすよ」
　すれ違いざまに敵の回線を切り刻む勢いで、死の舞踏は続く――その一帯のトループス級が全滅するまで。


「クシュッ！」
　肩を震わせ、テラ・ウィンディア（炎玉の撃竜騎士・g05848）は小さくくしゃみする。
　残留効果『寒冷適応』のお陰で、最初の水泳も快適ではあったが、身体を冷やしてしまったかもしれない。
　身体を温めるには、運動するに限る。
「此奴ら……何だか天正の国の敵っぽいな。実は天魔武者じゃないか……？」
　そんな感想を呟いてしまう程、テラの前にひしめくトループス級はロボットのような外見だ。
　だが、『アシュタロスの使徒』という呼称の通り、連中はアークデーモン大同盟参加の手土産として提供されたジェネラル級アークデーモンの私兵だ。一口に悪魔と言っても、その姿は多岐に渡るのだろう。
　ガシャンガシャンガシャンガシャン――。
　嗚呼、恐ろしげな姿だ……デスゲームでは、こんな奴らに参加者は只々、諾々と殺されていく。
「おれも映画とかちょっと新宿で見たけど……怖くて、悔しかった。だから……お前達の死に抗ってやる！」
　得物を両手に、その小柄がふわりと浮いた。
　――星々よ……全てを繋ぐものよ……我が手に集いて力となり……我が前に立ちふさがりし者を粉砕せよ！！
　本来、星覇重撃破は纏った重力フィールドで飛翔を可能にし、重力波砲で薙ぎ払うパラドクスだ。残留効果『飛翔』を重ね、テラ自身、空中戦の心得もある。
　だが、ここは屋内だ。自在に飛び回れる程の高さも広さも無い。流石に『飛翔』する事で不利とはならないが、有利にもならない。
　活用出来るか否かが時と場合に拠るのは、どの残留効果も変わりない。
「……っ」
　手応えは、浅い――咄嗟に念動障壁を巡らせ、左右からの反撃に備えるテラ。如何せん、防御系の残留効果2は積まれていない。少なからずの衝撃に、身を強張らせて耐える。
　怖い、怖い……目尻に涙が滲む。だが、ここで勇気を振り絞れずして、誰がディアボロスか！
　――――!!
　廊下の端で、身構える。迫り来る先頭の2体目掛けて、極太の重力波砲をぶっ放す!!
「こんな怖くて悲劇しかないゲーム、おれが終わらせてやる！」
　少女の決意の叫びが、響き渡った。
●死への羽ばたき
「何だよ……何なんだよ！」
　研究施設1階ロビー――モニターの前で、声を荒げるアヴァタール級アークデーモン「死への羽ばたき・ニベル」。
「よくも、俺ちゃんの『ゲーム』を潰しやがったな。ディアボロスども！」
　最初の数台こそ監視カメラを壊されたが、ディアボロスの処刑阻止の光景は生中継で流れてしまった。コメントはすぐ禁止にしたが、「不評価」の数が増え続けている。
「こうなったら！」
　怒り心頭の面持ちで、ニベルはロビーの監視カメラを複数起動する。
　ディアボロス共は、直にやって来るだろう。奴らをブッ殺す所を生配信すれば、『ゲーム』が潰されたのだって全て帳消しだ！
「よお、お前ら！　まだ見てるよな？　こっからが本番だ。俺ちゃんの凄さ、しっかり目に焼き付けてくれよ！」


「なるほど、俺ちゃん……」
　カツリ、カツリ――。
　階段を使い、2階から悠々と下りて来たレイア・パーガトリー（竜胆・g01200）は、「へぇ、そうなんだー」とでも言いそうな表情。
「変わった一人称を用いることで印象付けて、配信者大戦国時代を生き残る作戦ね。参考に覚えておくわ……役に立つ時があるかどうかはわからないけど」
「てめぇ」
　挑発されたと思ったか、アークデーモンの表情が険悪となる。それでも、不意打ち紛いに仕掛けないのは、きっと『バエ』を気にする所為だ。
「心配しないでも、カメラは破壊しないわよ。精々、『負け生配信』を永遠にアーカイブされるといいわ」
　――他の自分が見たら、身もだえするようなやつをね！
　死への羽ばたき・ニベルの機先を制し、レイアは床を蹴って突進する。接敵の寸前、宙返りと共に、少女の小柄に違う長大な竜尾がブンッと風を切る。鱗に猛毒を滲ませて。
「当たれ――！」
　下から毒の尾を跳ね上げるレイア。ニベルをアッパーカットする勢いだ。
「アグッ！？」
　重い一撃に女悪魔は仰け反るも、バランスを取って踏み止まる。
「このっ！」
　パチリと指を鳴らせば、ロビー全体に出現した数多の魔方陣より、魔導機械が顕れる。
　――――！！
　四方八方から、魔弾が雨霰と迸る。悪戯に逃げようとすれば、更なる追撃が浴びせられるだろう。
（「……駄目、敵の意識が私に向いているなら、仲間が攻撃するチャンスだ」）
　だから、少女は、踏み止まる。
「……っ」
　……本当は、痛い。反撃の集中砲火は、急所への直撃だけは避ける体勢で凌いだが……こんな無茶をするならば、予め防御系の残留効果を積んでおいた方が良かっただろう。
「御覧の通り、へっちゃらよ。残念、処刑失敗ね！」
　それでも、強気を前面に押し出し、生配信に自身の音声が流れるよう、レイラは大きく声を張った。




　やや遅れて、研究施設に駆け付けたリオーネ・クア（ひつじの悪魔・g01176）は、1階へ急ぐ。
「ゲームは、人を楽しませるために生まれたものだ……」
　悪魔にだって『楽しみたい』という心情があるかもしれない。或いは、処刑を見世物として楽しむ、人の残酷さを引き出す作戦の一環なのかも知れない。
「俺は……このデスゲームを容認できない」
　時として、人は残酷になる一方で、優しくもなれると信じているから。
「ま、デスゲームは主催者が倒されるまでが1セットっすからね」
　同じく、1階へ急ぐ山田・菜々（正義の味方の味方・g02130）は、不敵な笑みを浮かべる。
「だから……覚悟するっすよ！」
　先陣を切ったディアボロスの奮闘を見て取るや、拳に雷撃を纏わせて飛び掛かる菜々。だが、本来は敵群を薙ぎ払う一撃だ。単体相手では、威力が散じてしまう。
　――――。
　すかさず、ニベルより湧くのは青い蝶を模る風の刃。蝶羽の刃と疾風は敵を刻み、毒の鱗粉は心身共に蝕む。
「こんな、もの……！」
　攻撃に対する反撃は、避けようもない。だからこそ、菜々は敢えて真正面からパラドクスを受ける。
「フフン……こ、こんなもんすか？　蚊がさしたようっすよ」
　喩え呼吸困難の青息吐息であろうと、顔を上げて平気を装う。
　――その実、希望が勝つ所を視聴者に見せ付けるべく、生配信の中断自体を阻止したかったが……『通信障害』は、「ディアボロスの望まない通信の送受信を不可能にする」残留効果だ。逆に「通信を止めさせない」という効果はない。残留効果の内容は説明の文章の通りであり、いっそ厳密とも言える。
　要は、敵に他にかまける余所見をさせなければ良い訳で。
「テメェッ！」
　どうやら、ニベルの心をへし折るというより、更に怒りの炎に油を注いだ模様。
　ブン――ッ！
　だが、ニベルが菜々を追撃するより速く、リオーネの魔骸連刃が唸りを上げる。
　バキィッ！
　女悪魔の顔を殴りつける勢いで、かつて喰らった黒の悪魔のそれに変じた拳を振った。
　――――。
　そのまま掴み掛らんとして、リオーネの視界を、青き蝶が塞ぐ。
「……っ」
　魔骸連刃が「敵を切り刻み解体」するパラドクスであれば、技能に基づく投げ技はクロノヴェーダには通じない。悪戯に反撃の手を増やすだけだ。
　クロノヴェーダは、パラドクスでなければ損なえない。牽制の搦め手を、如何に優勢にパラドクスへ繋げるかが肝心だろう。
「この程度で……」
　ニベルの放つ青き蝶が、リオーネを蝕む。だが、敵を鋭く睨み付ける青年の赤い双眸は、些かの翳りも無い。
「俺の怒りは、簡単に消えないよ」


　一般人は全員救出した。天魔武者にも似た殺人ロボ、もといアークデーモンも掃討した。
「後は姉ちゃん、残酷処刑ショーの主催者をぶっ倒すだけだな！」
　月見山・伊吹（太陽の恵み、日蝕の災禍・g04125）の姿が変わる――「死への羽ばたき・ニベル」と何処か似通う、アークデーモンのような姿に。
「なぁー、姉ちゃん。デスゲームの生配信を、俺様達に台無しにされて今どんな気持ちー？」
　明らかに煽る口振りに、ニベルは険悪な表情で睨め付ける。
　喩え、クロノス級と縁が在ったとして、分身には与り知らぬ事。伊吹に……或いは、彼女と憑依合体したアークデーモンに『姉』と呼ばれようとも、『アヴァタール級』のニベルの態度は、他のディアボロスを相手にする時と変わらない。
（「いいさ……ケリ付けるのは、本体と邂逅するまでお預けだ」）
　思い切りよく切り替えて、身構える伊吹。
　――日出る八咫烏よ、御魂を千代の暁の頂へ導き給え！
　あたかも金色の烏の如く炎の魔力を模り、すかさず、火炎放射さながらに高熱の魔力光線を放つ。
「……チッ」
　着実に積み上げられた残留効果2が功を奏したか。やや広域に威力を散じながら浴びせられた熱線に、舌打ちするニベル。
（「来る……！」）
　瞬間、アークデーモンの周囲に魔方陣が展開。召喚された魔導機械の集中砲火は、残留効果『未来予測』の暇すら許さない。
「い、つぅ……」
　攻防を優位にすべく、立ち回りの工夫はある程度試みられようが、パラドクス自体の回避は出来ない。より直截的な防御は残留効果の積み上げだが、現状、防御系の効果2は乏しい。
　だが、反撃を喰らいながらも、伊吹の強気の笑みは消えない。
「魔導機械の集中砲火……確かに、あんたの常套手段だ」
　ならばお互い、魔砲で鋼鉄を溶かす程の派手な撃ち合いしてやろうじゃないか！
「覚悟しろよ。これから、視聴者の脳裏に鮮烈に焼き付く、残酷ならぬ惨敗ショーを生配信させてやるぜ……デジタルタトゥーとか、黒歴史並みのな！」




　――ディアボロス達の攻撃は絶え間ない。立て続けにパラドクスを浴びせられ、ニベルは苛立ちも露に反撃を続ける。
「どいつもこいつも！　俺ちゃんのゲームを邪魔しやがって！」
「ふん、何がゲームだ。悪趣味が過ぎるな」
　冷ややかに吐き捨てるラキア・ムーン（月夜の残滓・g00195）。
「何時までも、そんな悪趣味ネタが流行るとは思わない事だな。つまり、此処で終わりだ」
　再誕の名を冠した突撃槍を構えるラキアだが、眉根を寄せる。
（「『未来』が……」）
　或いは、敵味方が睨み合いつつ、ジリジリと間合いを詰めていくような戦闘であれば、残留効果『未来予測』は役に立つだろう。だが、今回は睨み合いには程遠い、パラドクスの撃ち合いだ。トループス級にも厳しかったのだから、アヴァタール級相手なら尚の事、相当に難しい。
「攻めあぐねてるのかい、ご同輩」
　そんなラキアの背中に声を掛け、軽やかに前に出たのは九鬼・ライカ（傾奇武者・g08452）。
「だったら、アタシが派手にかましてやろうじゃない！」
　天正大戦国の戦乱の果て、新宿島に流れ着いた傾奇武者の目の前に広がる世界は――何処もクロノヴェーダに冒されていた。全く、粋じゃない。
「そのあとは、お任せするよ、アンタの良いように」
　だからこそ、ライラ自身は豪気に、破天荒に。どこまでも前を向いて、正面から突進する。
　己の出来る事を、己の出来る限り――時には限界を超えて。叡智を尽くした傾奇刀の一撃が、ニベルの露な腹部を穿つ。
　――――!!
　禍々しき蝶の魔方陣より迸る反撃の光線が、ライカを呑み込んだ瞬間――デーモンの翼を広げ、ラキアは床スレスレを翔ける。
「さあ、さよなら配信の時間だ。派手に戦った様を見て貰おうじゃないか！」
「ほざけ！」
　ニベルより青き風蝶が奔るも、突撃の速度は落とさない。致命傷は、槍の受け流しとライカが齎した肉体の堅固で凌いだ。
「ハハッ、乙女の柔肌に傷つけたんだ。それ相応の報いは受けてもらうよ」
「何を――!?」
　女悪魔は、不敵に笑むライカの肩越しに炎と風の二重螺旋を見る。
　廻り紡ぐは破壊者の槍――ラキアのパラドクス「Call:Breaker_Lance」は、全てを貫く巨大な槍を形成する。
　――――!!
　ライカの達人撃の軌道をなぞるように、ラキアの巨大槍がニベルの腹部を貫通する。
「あ……ぐ……」
　驚愕したように見開いた異色の双眸が、何かを探すように揺れる。そして、女悪魔の手がモバイルの端末に伸びる前に――その指先から、蝶が鱗粉を散らすように崩れ去った。

　斯くて、世田谷区の残酷処刑ショーが又1つ、阻止される。『狼魔侯・マルコシアス』の支配体制に一石を投じ、ディアボロス達は速やかに帰還した。

最終結果:成功
完成日	2023年03月25日