オーバー・ザ・サイレントウォーター（作者 西灰三）

10

リプレイ

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「海の向こうがどうなってるのか、そういえば謎のままだったね」
「YOKOHAMAの方面がどうなってるかは確かに気になるよなぁ」
　引き上げたゴミ回収用ボートを前にして河津・或人（エンジェルナンバー・g00444）とネリリ・ラヴラン（★クソザコちゃーむ★・g04086）は工具や材料の準備をしている。彼らの背後では百鬼・運命（人間のカースブレイド・g03078）が新宿島で技術者のアドバイスを聞きながら引いてきた図面を広げて、どう改造するかの思案をしている。
「攻略旅団で出した案がこうして実行できるからには、ロシアみたいにディヴィジョンを見つけて攻略の足がかりにしたいね」
「ロシアって吸血鬼のディヴィジョンだろ。例えば鎌倉幕府に出くわしたらどうなってるか。……こっわ」
　アイテムポケットから出しそびれていた道具を取り出して或人は呟く。少なくとも歴史上に存在したものがそのままということは無いだろう。クロノヴェーダが介入している以上、そのままと言うのはまず無い。
「……探すのは良いのだけれど、前みたいに天使さん達まで出張ってこないかが不安だわ」
　少なくとも今現在は大天使にもアークデーモンに気づかれている気配はない。ただ神奈川方面に近づいた時にネリリの危惧するようなことが起きないとも限らない。
「……こちらの海は穏やかだね。向こうは分からないからある程度安定させたほうがいいかな。さあ始めようか」
　運命が工具を手に取ると共に或人とネリリも動き始める。修復加速の効果もあり彼らの作業はどんどんと進んでいく。もともとディアボロスは一般人よりも記憶力や計算力が高く超人並であり、ボートの現物がない状態でも元々の目的に合わせて寸法などを調整できる。
「これコンテストの裏方みたいでちょっとワクワクするな」
「コンテスト？」
「ほら琵琶湖でやってる手作りのグライダーで飛ぶやつ」
「ああ、あれか」
「アレって何？」
　コーキングガンで船体のヒビを埋めながら呟いた或人の言葉に運命が頷く。時逆以前の記憶が曖昧なネリリはなんとなく置いてかれたような気を持ちながらも、エンジン部分のオーバーホールを行い、使えないパーツを交換している。手分けして作業したからか、船の補修はあっという間に完了する。
「良し、水に浮かべよう。問題は無いはずだ」
　或人によって防水加工や塗装まで終えた船は運命の言う通り問題なく水に浮かび、ネリリのメンテナンスを経たエンジンも問題なく稼働し、それらの成果を試すようにレース場を軽く一周して帰ってくる。その軽快な動きにネリリが手のひらでひさしを作って声を上げる。
「いい感じね」
「じゃあ後は掃除だな。短い付き合いになるだろうけど、快適に乗るならな」
　掃除道具をアイテムポケットから取り出して或人は帰ってきた船に乗り掃除を始める。彼が船上を清めた時、いよいよディアボロス達は海の向こうへとこの船とともに旅立つ。その静かな海の向こうでは果たして何が待っているのだろうか。
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　ボートレース場から離れてしばらく。神奈川にはまだ時間のかかる洋上。今のところ特に何かはない。エンジン音と水を切る音しか聞こえないこの環境の内に、持ち込んでいる撮影機器のチェックなどをしてもいいだろう。しかし気をつけねばならない、この船がディヴィジョンに入った時、何が起きるかわからないのだから。




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「ふつうに繋がってればいいのだけど、もし他のとこに繋がったりしたら、時間も違うかもしれないんだよね？」
　船の上でコンパスと西の海を見比べながらネリリ・ラヴラン（★クソザコちゃーむ★・g04086）が呟いた。
「そりャそうだろ、この船の出発地点だって新宿島から見れば時間がズレてるわけだしな」
　手にしたカメラのレンズをネリリに向けてシャッターを切りながら龍園寺・トウヤ（Hopeless・g00207）は返す。彼ら二人は平穏結界を発動させており、向こうのディヴィジョンからなるべく気づかれないようにしている。全く安心というわけでもないがさりとて頼りにならないというわけでもない。
「で、神奈川方面か。歴史的にゃア鎌倉幕府が有名どこだが……他になんかあったかね」
「この船の修理中も同じ話してたね、鎌倉武士だったら怖いとか」
「そっちもあるか。平安みてェなノリで妖怪でも出てくるか？」
「どうなんだろう？　それならもう平安なんじゃないかな」
「……鎌倉大仏に引っ掛けて動く仏像だとか僧兵とかそういう勢力が攻めてくるってのも考えられンな」
「うーん、それは強そうだなあ。っと見張り見張り」
　そんな会話を交わしながら船は旧TOKYOエゼキエル戦争の領域を抜ける。ここから先は何が待ち受けているか分からない。ディアボロス達は緊張に身を引き締める。
「……陸地は見えないな」
　吸血ロマノフ王朝のヴァンパイアノーブル達は、吸血鬼を伴わなければディヴィジョンを越えられなかったらしい。
　それと同じく、現状の自分達も『神奈川県を領域とするディヴィジョン』へ入ることができていないのだろう。
　何枚も写真を撮りながらトウヤは警戒する。ファインダーの視界は狭く、その代わりにネリリが広い範囲を注視する。
「今の所何も出迎えている気配は無いけれど……？」
「どうした？」
　トウヤの問にネリリが答えるよりも早く、大きな音とそれに伴う衝撃が波となって船を大きく揺らした。トウヤが慌ててカメラを下ろすと、神奈川の陸地があるはずの方面から砲撃の煙が上がっているのが見えた。そして次の砲撃に合わせて写真を撮り、即座に身を屈める。
「もう少し優しく出迎えて欲しかったかな」
「まあまだ気付かれてないようだし、もう少し近づいてやろうぜ」





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　ディアボロス達は突然の砲撃に対応しながら、神奈川県があるべき海を往く。
　その動きを見てディアボロス達はいくつかの事に気づく。
　1つ目はこの砲撃はパラドクスではない事、2つ目はディアボロスを狙ったものではなくたまたま近くに着弾しただけのもの、そして3つ目は砲弾の形状を見る限り「近代から現代の兵器によるもの」だという事だ。
　今なら砲撃をしている者を近くにまで行って確かめることができるかもしれない、無論近づけば危険も近くなり、一撃でも受ければ船の大破は免れないだろう。それでも危険を冒さずに得られる情報は無いとディアボロス達は船を走らせる。

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　ディアボロス達が何者かに向けての砲撃を掻い潜りながらその中心に迫ろうとする、それらもパラドクスでは反撃できないのでこちらを狙ったものではない。
「一体何が標的なんだ？」
　そう船上のディアボロスが口にした瞬間、砲撃のものではない衝撃が波となって小さな船を大きく揺らす。
「なに！？」
　何が起きているのかをディアボロス達が確かめるよりも激しく海は揺れ、それは着弾のそれを大きく凌駕し水しぶきと共に大きく船を吹き飛ばす。ディアボロス達はびしょ濡れになりながらも何が現れたのかを確かめようとし、そして影を見た。
　７つの怪物の頭の塊に乗った女のアークデーモン、それが激しく険しい顔を神奈川の方角へと向け砲撃の元を睨みつける。砲撃は元々この悪魔が目的だったのか、とディアボロスが理解すると同時に砲撃が一斉にその異形へと放たれる。しかしパラドクスでない攻撃は、無論彼女に通用することはない。悪魔の方はその攻撃に対し、反撃の炎の吐息を７つの首から放ち返す。
「このまま戦闘に巻き込まれれば俺達はまだしも船が保たない！」
「どちらが勝つにしても危険なのは間違いねえ、敵として目をつけられる前にできるだけ情報を持って逃げたいが……」
　砲撃はともかくアークデーモンは果たしてこちらを大人しく逃してくれるだろうか。いずれにせよディアボロス達は厳しい状況での判断を迫られていた。








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「７つ頭の怪物に乗った女のアークデーモンだぁ？」
　呉守・晶（TSデーモン・g04119）はその姿を見てある名前を思い浮かべる。
（「伝承でそれっぽい特徴がある悪魔は……いや、まさかグラシャラボラス残党の大淫婦バビロニアが今此処にいるはずねぇしな」）
　しかし、彼女以外のディアボロスはその存在を考えるよりも別の事に意識を集中させている。海の彼方を焼いたアークデーモンを見上げたディアボロス達はその首の一つが自分達を乗せた船を睨んでいる事に冷や汗をかく。それは既に敵に気付かれており攻撃されていないのは優先順位が低いだけというただそれだけの理由なのが分かったからだ。
（「これは向こう側の勢力に接触するのは難しそうか」）
　砲撃をしているのが何者かは分からないが深追いすべきでは無いとハインツ・ゼーベック（好奇心は猫を殺す・g00405）は判断する。【平穏結界】の向こう側にいる相手には気付かれていないかもしれないが、だからといってやるべき事が変わることもない。
「敵の正体は――とにかく画像と映像を持ち帰ろう」
　河津・或人（エンジェルナンバー・g00444）は距離がある間にエンジンをかけつつ足止め用トラップも撒いていく、パラドクスと違い直接相手に作用するものではないから反撃は受けないだろう。おそらくジェネラル級と思われる相手には気休め程度だが。
（「生きて帰れるだろうか」）
　四千寺・凱（妖狐の鬼狩人・g04874）は再び炎を放ち砲撃の根本を攻撃したアークデーモンを見る、次は自分達の番だ。そう断言するほどに殺意が自分達に向いている。
「撤退する」
「逃さん」
　ハインツが船のエンジンを吹かし船を舳先を返して走らせる。しかしアークデーモンはそんな彼らを見逃すつもりは無いらしい。
「大天使ヘルヴィムより外海の守りを任された、この黙示録の大悪魔マスターテリオンから逃れられると思うな。ディアボロスは死ね」
「アイツはあっちのディヴィジョンを侵略しようとしているのではなく……！」
　晶がその答えを叫ぶよりも早くマスターテリオンから放たれた炎がディアボロス達を船ごと焼き尽くす。調査隊レベルでは全く太刀打ちのできる敵の強さではなく、なんとかここから生き残り帰還するためにディアボロスたちは痛みを堪えながら動き出す。
「――オン・アニチヤ・マリシエイ・ソワカ」
　凱が真言を唱え【光学迷彩】の効果をディアボロス達が受けやすくなるようにする、新たな残留効果の発生に合わせてディアボロス達は一旦マスターテリオンから知覚されにくくなる。
「その程度で出し抜けると思うな」
　マスターテリオンの言う通り僅かな時間しか稼ぐことはできないだろう。だがその僅かな時間を活かすために水面から首を出したディアボロス達の元に【パラドクス通信】の通信機が現れる。
「皆、無事か」
　通信機をよこしたのはハインツ、なんとかまだ生きているディアボロス達はそれぞれの無事を確認すると、この短い時間でどうすべきかを話し合う。
「ネットのトラップなら仕掛けてある、気休めだけど少しは邪魔になるはずだ」
「アイツは守りを任されていると言っていたから、ここを大きく離れる事はできないはずだ」
「ならば、狙いが一点ならぬように分散して逃げ、パラドクストレインの元で落ち合うでござる」
　かくてディアボロス達はマスターテリオンの元からの撤退を行う。途中途中で盛んに攻撃を受けつつ、同時に反撃を行うものの自分達の消耗の方が激しい。もっともTOKYOエゼキエル戦争の陸地が見えた時には追撃は収まっており、自分達が命からがら生き残れた事に安堵する。
「……命脈繋げられたようでござるな」
　海水で重くなった服を引きずりながら凱は同じような姿のディアボロスと合流する。
「マスターテリオン……あの強さからしてジェネラル級のアークデーモンがいた理由は、本人の言った通りなのか」
「ああ多分、俺が最初に予想していた事と逆。TOKYOエゼキエル戦争への侵略を防ごうとしていたので間違いないだろうな」
　或人と晶がTOKYOエゼキエル戦争でアークデーモンのマスターテリオンが隣接のディヴィジョンから守ってきていたのは間違いない。
「排斥力が弱まってからずっと守ってきたのだろうね。その土地を我々に奪われたのだから、ディアボロスは確実に憎悪の対象だろう。交渉の余地なぞ全く考えられないね」
　ハインツがそんな結論を出し、凱も頷いて続ける。
「戦力さえ整っていればマスターテリオンを討つ事は不可能ではあるまい、しかし彼奴はこのディヴィジョンの外界からの守りの要。其れを倒して道を拓くか否かはここで判断できまい」
　ここでこれ以上結論を出すのは無理だろうとディアボロス達はパラドクストレインに向かう。その途中で或人は海の方を振り返り呟いた。
「不確定なのは向こうだけじゃなく、俺達の判断もか。どうするか決めないとな」

最終結果:成功
完成日	2022年05月01日