《七曜の戦》の期間、決戦時空に全ディヴィジョンが集結する。
 幻想竜域キングアーサーの『竜域ダンジョン』での戦いを経て最終人類史に奪還された、世界各地の『秘境』もその例外ではない。

 ディアボロス達は、幻想竜域キングアーサー攻略旅団での提案を受け、それらの秘境から隣接ディヴィジョンの偵察を行うこととなる。
 普通に考えれば、『自分のディヴィジョン内にある他ディヴィジョンの領域』を放置する可能性は低い。
 周辺には、敵ディヴィジョンを警戒し、制圧するための部隊が配備されている可能性が高い。

 だが、数十、数百倍の敵がいたところで、撃破されても新宿島に漂着できるのがディアボロスだ。
 その性質を利用し、可能な限りの情報を得るべく、決死の強行偵察が敢行されるのだった。

 参考:《七曜の戦》秘境発強行偵察(幻想竜域キングアーサー攻略旅団)

【1】アイスランド/ラキ火山山頂(幻想竜域キングアーサー)




 アイスランド、ラキ火山。幻想竜域キングアーサーの領域であった時、ここには全ての竜域ダンジョンの中枢ともいうべき、重要なダンジョンが存在していた。
 そして、このダンジョンはディアボロスによって最初にディヴィジョンから奪還された土地でもある。

 火山の山頂部分のみという、奇妙な奪還をされているラキ火山が、決戦時空になる時刻、夜闇の中にあった。
 ここに限らず、ほぼ全ての秘境は時差のために夜となっている。
 強行偵察のため待機していたディアボロス達は、《七曜の戦》が開始した瞬間、ラキ火山の山頂と繋がるように山の下部分が現れるのを見た。そして、ディヴィジョン境界であった場所には、自分達と同じように、山頂部を包囲するように待機していたドラゴン勢力の姿がある。
「ダンジョン、確認できず!」
「やはりか。折角のクロノ・オブジェクトを無価値なただの山にしてしまうとは……」
 ディアボロス達は、攻め入って来たドラゴン達の嘆きの声を耳にする。
 本来、ラキ火山は全てのダンジョンを転移で繋ぐ重要な『中枢』だった。既に最終人類史への奪還と共に、そのダンジョンも完全に失われている。
 だが、この地にいるドラゴン勢力の側には、それを確認する手段は無かった。
「周辺にいたドラゴン勢力も、それを支援する者達だろう」
 ディアボロス達を包囲しているドラゴン勢力には、今回、決戦時空で再度ダンジョンを確保できることに一縷の望みを託した部分もあったのかもしれない。

 そんなドラゴン勢力の攻撃をかいくぐり、なんとか空に上がったディアボロスが見下ろす幻想竜域キングアーサーのアイスランドには、無人の荒野が広がっていた。
 史実において、アイスランドへの人類の入植が行われたのは『9世紀』。
 幻想竜域キングアーサーの時代から300年以上先の話だ。
 幻想竜域キングアーサーの文明や技術レベルは、魔術などがありつつ史実よりも進んでいるが、ディアボロス達が見た限り、この周囲に人家は存在していないようだった。

 だが、今回の偵察で少なくともアイスランドが幻想竜域キングアーサーの領域であることは確認できた。
 さらに西……グリーンランドや北米大陸がどうなっているのかは不明だが、いずれ橋頭堡として仕える可能性もあるのかも知れない。


【2】中華人民共和国/火焔山の一部(アルタン・ウルク)



 決戦時空になった瞬間、ディアボロスの待ち受ける陸地の周囲に広がっていた海が消える。
 そしてディヴィジョンとの境界にいたディアボロスは、暗い断崖の端に立っていた。
 眼前に広がるのは、蠢く漆黒の大地。その全てが、アルタン・ウルクだ。
 火焔山も、周囲の山々も、ディアボロス達がいる部分以外の大地は大きく抉れている。
「大地を、食ってるのか……!?」
 他のクロノヴェーダを喰らい、融合する。アルタン・ウルクの性質はクロノヴェーダに対してばかりでなく、周囲の全てに対して向けられている。その事実を、ディアボロス達は改めて認識させられる。

『シュゴォォォォォォォ……シュゴォォォォォォォ……』

 新たな喰らうべき獲物の存在に気付き、巨大なアルタン・ウルクが動き出す。
 アルタン・ウルクの力は、様々なクロノヴェーダと戦ってきたディアボロスにしてみても、非常に強力だ。戦争中のように残留効果がフルに発揮されているわけでもない。ディアボロス達は決死の抵抗を試みるが、飛翔するも叩き落され、次々とアルタン・ウルクの群れの中へと飲み込まれていく。
「アルタン・ウルク……こいつらは何をエネルギーにしているんだ?」
 守都・幸児と喩・嘉は、そう疑問を抱く。
 クロノヴェーダの強さには、『人間からの感情エネルギーの確保』が大きく影響している。
 個体の力量において他を圧倒するアルタン・ウルクの力は「何らかの感情エネルギーを超高効率で得ている」ことに由来するはずだ。
 ディアボロス達は、様々なクロノヴェーダの性質をこれまでに知って来た。
 信仰、畏怖、恐怖、堕落、戦乱、従属、圧政、蹂躙、海戦、復讐。
 アルタン・ウルクは、それらとはまた別の『感情』、あるいは『行為』をエネルギーとしている。彼らの求める感情エネルギーは何なのか? 彼らの支配する人間は『どうなった』のか?
 アルタン・ウルクの真相に迫るには、それを知る必要があるのかも知れなかった。

【3】北海道/倶多楽湖(不明)



 決戦時空への合流と共に、北海道倶多楽湖の周囲には北海道の大地が広がる。
 だが、倶多楽湖の各方面から、偵察に飛び立とうとしたディアボロス達が目にした光景は、最終人類史の北海道のものからは掛け離れていた。
 大地を埋め尽くすように広がる、無機質なビル街。
 そしてディヴィジョン境界部分でディアボロス達を待ち受けていたのは、『武器のような頭部』を持つクロノヴェーダ種族だ。中には服の上に、浅葱色の羽織を纏った者達もいる。
『消失領域との接続を確認。各隊士は芹澤局長に続き、該当領域へ突入せよ』
 スピーカーからの命令に従い、クロノヴェーダは一斉に動き出す。
「最終人類史より進んだ文明だと!?」
「インチキ極まりない……どういう歴史改竄したんですかね」
 激しい警報音と共に、『武器のような頭部』を持つクロノヴェーダが襲いかかって来る。
「あれが、北海道を支配するクロノヴェーダ!?」
 辛うじて飛び立つことの出来たアンゼリカ・レンブラント達も、地上やビルの上で待ち伏せていたクロノヴェーダからの銃撃に晒され、撃墜されていく。
「過剰戦力だったか。だが、クロノヴェーダではないだと? ……嫌な予感がするな。迅速に潰して土地を制圧しておけ」
 指揮官らしき、『日本刀と一体化した頭部』を持つ男の指示の元、クロノヴェーダ達の一斉攻撃が、残るディアボロス達へと飛来する。
 東京と同じく、単独でディヴィジョンとなっている北海道。
 この地が異常な状態になっていることを認識しつつ、ディアボロス達の偵察は終わった。


【4】ポーランド/ビャウォヴィエジャの森の一部(吸血ロマノフ王朝)



 ポーランドとベラルーシの国境付近に広がるビャウォヴィエジャの森。
 ヨーロッパ最後と言われる原生林の、ほんの一部だけが、竜域ダンジョンの攻略とともに最終人類史に奪還されていた。
 決戦時空でも当然時差はあるらしく、ディアボロス達は、周辺領域を支配する吸血ロマノフ王朝の部隊と交戦することになった。

「こいつら、しつこい……!」
 双海・忍は敵の執拗な攻撃に思わず唸った。飛翔の対策か、空を飛べるヴァンパイアノーブルにより上空も囲まれている。
 既にディアボロスの攻撃により、西ポーランド・モルドバ方面への攻撃は行えなくなっている。
 その鬱憤を晴らすかのように、ノーブルヴァンパイア達はディアボロスを葬りにかかる。
 彼らの様子は、ディアボロスに一切の情報を渡すまいとするかのようだった。

「既に攻略中のディヴィジョンでは情報を得にくい……こういう部分もありますか」
 これまで散々、追い込んで来ましたからね、と心中で思うレイラ・イグラーナ。

 広大な吸血ロマノフ王朝とはいえ、内政の中心たるモスクワが混乱し、首都サンクトペテルブルクが東西からの攻撃に晒されていた。そのような状況は、末端のヴァンパイアノーブル達にも危機感を与えているのかも知れなかった。


【5】イタリア/サトゥルニア温泉(断頭革命グランダルメ)



 海に浮かぶサトゥルニア温泉で転移を待っていたディアボロス達の前で、周囲の海が大地へと切り替わる。転移が完了し、秘境の外の様子を確認したディアボロスは、そこにいるべき敵の不在に首を傾げた。
「大陸軍、いないな」
「予測していない……ということはないですよね」
 ディアボロス達は首を傾げた。事前に警告されていた敵の攻撃が、ここでは起きなかったのだ。
 飛翔を発動させ、フィレンツェ方面を見に行こうとしたアンネリーゼ・ゾンマーフェルト達は、守備隊らしき者達の迎撃にあったが、それでも強い者には退く余裕すらあった。

「大陸軍に、余裕が無いのかもしれませんね」
 敵に見つからない範囲で周辺を見て回ったルイス・ゴールドバーグは、新宿島に帰るためのパラドクストレインを待ちつつ、そう結論する。
 数百kmを隔てたバーリ方面の海では、周辺を支配する断頭革命グランダルメと蹂躙戦記イスカンダルとの間で、海上戦が開始された頃だろう。
 以前にも、この付近は断頭革命グランダルメ攻略旅団による偵察が行われた地域だけあり、その時点から大きな変化は見られなかった。一般人の影響が薄いのは、自動人形が一般人の利用能力に欠けている部分も大きいのだろう。
 だが、これから数日後には、亜人から逃れられた避難民で溢れ返るのかも知れない。

 亜人にしてみれば、《七曜の戦》の期間に断頭革命グランダルメの住人を『蹂躙』し、さらにディヴィジョンへの編入で共和制ローマ時代になってから自陣の住人を『蹂躙』すれば二重に感情エネルギーを得られる。
 サトゥルニア温泉周辺は、南イタリアが蹂躙戦記イスカンダルの領土となれば、次の最前線付近になる。周辺の状況も、そして断頭革命グランダルメの戦略も、《七曜の戦》の後には大きく変化していくのだろう。


【6】イラン/ルート砂漠の一部(蹂躙戦記イスカンダル)



 イラン東部、ケルマーン州に位置する大砂漠。
 そのごく一部だけをディアボロス達は竜域ダンジョンの奪還時に得ていた。

 そこからの偵察に出ようとしたディアボロス達を出迎えたのは、亜人達の嘆きと罵声だ。
「湖が消えた、クソッ!」
「殺せ、奴らを殺せ!!」
 嘆きと怒りの混じった声をあげる亜人達の向こうには、拠点らしき建物を中心に、街が広がっているのが見える。その理由を、敵の拠点などを探ろうとしていたラウム・マルファスは理解した。
「……この土地……砂漠の中の水場扱いだったのカナ?」
 他のディヴィジョンの領域となり、失われた土地は、TOKYOエゼキエル戦争の新宿海のように『湖』になる。
 放っておけば、砂漠の中で自然消滅したかもしれないが、蹂躙戦記イスカンダルには魔法もある。水場として維持するのは難しくはなかったのだろう。
 位置的に考えれば、この場所は蹂躙戦記イスカンダルの亜人達が、さらに東に位置する蛇亀宇宙リグ・ヴェーダへ進出する上での中継地点の一つだったと思われる。それも今回のことで、使い物にならなくなるだろうが。
 ケイミア・アレーンが嘆息する。
「でも、それがなくなるのは私達のせいじゃないですよね」
「手出ししなかったら湖戻って来ますとでも伝えましょうか」
 ハーリス・アルアビドの言葉に苦笑するディアボロス達。
 そもそも論を言い出すと歴史を奪ったクロノヴェーダが悪いので、全く伝える気にはならない。
 そうする間にも、亜人達は次々と群がってくる。やがて周囲に広がる砂漠は、ディアボロス達を呑み込んでいくのだった。


【7】ベネズエラ/ギアナ高地の一部



 ギアナ高地の一部が隣接ディヴィジョンと繋がると共に、待ち受けていた敵が攻め入って来る。
 その姿は、あたかも海棲生物と人間が一体化したようなものだった。
「迷宮はねぇのか、ハズレか、クソッ」
「レアものは!? 『宝物』は無いの!?」
「いや待て、『宝物』の番人を倒せばドロップするのかもしれねぇ……!!」

 その言葉と共に、周囲に向いていたクロノヴェーダ達の意識が、ディアボロスの方を向く。
「折角『略奪』に出ずに居残ってんだ、確実に儲けてやらなけりゃなぁ!!」
「他のディヴィジョンの奴らに『アビスローバー』の力を見せてやらぁ!」
 クロノヴェーダは、躍起になってディアボロス達を攻撃にかかるアビスローバー達。
「『略奪』と『宝物』?」
 このディヴィジョンのクロノヴェーダ……アビスローバー達が求めるエネルギー源は、おそらくその2つに違いないだろう。布井・内子はそう認識しつつ、周辺の様子を目に焼き付けるのだった。

【8】インド/ラダック地方の渓谷(蛇亀宇宙リグ・ヴェーダ)



 ヒマラヤ山脈とカラコルム山脈に挟まれたラダック地方。その中の峡谷の一つけが最終人類史に奪還されていた。
「一般人は……いないでしょうね」
 ナディア・ベズヴィルドは周囲の様子にそう考える。
 元々、『秘境』と呼ばれるような土地だ。
 この場所に限らず、よほど大きな環境変化がなされていない限り、最終人類史はもちろん蛇亀宇宙リグ・ヴェーダ内においても、周囲の人口は皆無だろうことが予想された。
 だが同時に、この地域はリグ・ヴェーダの支配地域として、アルタン・ウルクの侵攻を防ぐ最前線に近いことも予想されていた。
「アルタン・ウルクを完全に防ぎ切るという、蛇亀宇宙リグ・ヴェーダの戦略。それが何なのか、だね」
 ハインツ・ゼーベックをはじめ、ここに集まったディアボロス達の、主な偵察の狙いはそれだ。確実に情報を得るため、ディアボロス達は峡谷の崖の中でも可能な限り高所に待機した。

 そして、その時は来た。
 ディヴィジョン境界で待機したディアボロス達は、待ち受けていたアーディティヤの攻撃を受けつつも山肌に沿って飛び、可能な限りの高度を取る。
 その先に、ディアボロス達は見た。
 遠く離れた山々の向こうで、大地は途切れ、『切り立った崖』のようになっている。
「『蛇亀宇宙』……まさか、このディヴィジョン……!?」
 アーディティヤからの攻撃を受けて消えゆく彼らの頭上、巨大な蛇が悠然と天にその姿を示していた。


【9】マダガスカル共和国/水晶鉱山(巨獣大陸ゴンドワナ)



 マダガスカル共和国内に存在する水晶鉱山の一つ。
 全てのディヴィジョンが決戦時空に集った状況でも、この場所は平和であった。
「巨獣達、ここが変化したことさえ気づいてないですよね多分」
「何なんだろうな、あいつら……」
 北の獣神王朝エジプトには全力で攻めて来ていた巨獣達だが、意思疎通も成り立っていないため、その実態は全くと言って良いほど分かっていない。
 鉱山を出たディアボロス達は、巨獣に見つからないよう、そのまま周辺の調査に乗り出す。だが、周辺は完全な自然地形で人の気配もない。それどころか、巨獣が《七曜の戦》に備えて何か動いているといった気配もなかった。

 埒が明かないと見たディアボロス達は飛んでいた50cmぐらいあるトンボ(らしき生物)を捕まえると水晶鉱山に戻り、【動物の友】を使って尋ねてみる。
「乱暴をしてしまって、ごめんなさいね。ちょっと質問して良いですか?」
『あなた達、何なの? あなた達みたいな生き物を見るの初めて!』
「え……一度もですか?」
『うん、無いけど』
 怪訝な顔をする雨ヶ屋・マヌエに、やはりトンボ(仮称)は否定を返す。
 まさかと思い、逆叉・オルカ達、一般人に関しての調査を望む者達も、同様に捕まえて来た他の生き物にも尋ねてみたが、返ってくるのは見たことがないという答えばかりだ。
 しばらく偵察と情報収集を行い、ディアボロス達は顔を見合わせ結論する。
「ひょっとして、このディヴィジョン……」
「人間どころかディアボロスになりうる知的生物が……」
「いない?」
 しばしの沈黙。全員がその意味と、仮にそれが正しかった場合の影響を考える。
「いや、そんなことがありうるのか? 巨獣もクロノヴェーダなんだぞ?」
 思わず否定的な言葉を口にしたのは西堂・千衛蔵だ。
 クロノヴェーダは各勢力ごとに、人間から獲得する感情エネルギーにより、時間を追うにつれて強くなり、強いジェネラル級も現れていく。
 ディアボロス達が、感情エネルギー獲得の妨害を行うこともしばしばだ。
 獣神王朝エジプトで交戦した巨獣達は強力な種族だった。だが、もし人類がいない、あるいはごく少数という予測が正しいのなら、いずれは確実に他勢力に追い越されることになる。
「それって、クロノヴェーダ同士の戦いでは詰んでるんじゃ?」
「幻想竜域キングアーサーに対して無抵抗な理由も、そこにあるのかなぁ?」
 レイリア・セードは、かつて他ディヴィジョンへの『降伏』を選んだ安倍晴明のことを思い出していた。クロノヴェーダ同士の戦いは、全くもって「公平な戦い」では無い。不利だと判断した勢力が、他ディヴィジョンへの合流を選ぶのは、あり得る事態なのだ。


【10】チリ共和国/イースター島の一部(冥海機ヤ・ウマト)



「敵出現を確認、ディアボロスだ! 抹殺しろ!」
「まあこうなるよなぁ!!」
 イースター島(正式名パスクア島)の偵察は、地理的観点から、偵察可能時間がかなり短いだろうと予測されていた。
 本来はチリ領であるイースター島は、ヤ・ウマトが支配する領域の中で、最も南米に近い島だ。
 つまり、この島は冥海機ヤ・ウマトにとって、対黄金海賊船エルドラードにおいての『最前線基地』である可能性が高い。偵察に参加したディアボロス達は、この島が軍事施設化されていることを予測していた。
「やはり、完全に軍事施設ですね……!」
 イルゼ・シュナイダーはただちに周囲の様子を観測する。冥海機が飛ばして来る敵弾に反撃を返す先には、軍事施設が広がっている。
 その施設内にある『他ディヴィジョンの領域』は警戒して然るべきだろう。
 周囲を囲む冥海機達がばらまくパラドクスの向こうに見える島の風景は、完全に軍事施設といった様子だ。最終人類史における観光地としての面影は無い。
「さすがに、モアイ像がクロノ・オブジェクト化してはいないようですが……」
「これは秘密兵器の一つや二つ、あってもおかしくなさそうな基地だな」
 加賀・硯とソラス・マルファスはそう思いつつ、周囲の光景を目に焼き付けていった。


【11】バミューダ諸島の小島(黄金海賊船エルドラード)



 バミューダ諸島は、大西洋に浮かぶ島々だ。
 本来であれば沢山の小島が密集しており、その一つを、ディアボロス達は竜域ダンジョンとして確保していた。
 決戦時空への転移と同時、そのバミューダ諸島の小島を囲うように待機していた船や、ごく近くにある別の島の上から、黄金海賊船エルドラードのクロノヴェーダ達が、ディアボロス達を攻撃して来る。

「少人数だ。さっさと片付けて、島を略奪しろ!」

 ディアボロス達は、決死の覚悟で敵の隙間をかいくぐる。
 アビスローバーの向こうに見えるのは『港』だった。
 並んでいる船の様子を専門家が見れば、大航海時代の水準のものだと判断できただろう。
 港では、クロノヴェーダ以外に粗末な衣服を着た人々が働いているのも見えた。
「あまり、良い扱いはされていないようだな……」
 ジェト・ネヘフはそう判断する。大航海時代で、海賊と現地民。あまり良い想像は出来なかった。

 北米大陸に近い領域とはいえ、何百kmと離れた位置だ。
 鳴神・雷羅らにも、一見して、他のクロノヴェーダとの交戦の痕跡などを見て取ることは出来ない。
 未知の北米大陸。そこにどのような勢力がいるのかは、今もって不明のままであった。


【12】鹿児島県/屋久島の一部(天正大戦国)



 屋久島の森林の一角と共に決戦時空に現れたディアボロス達は、即座に天魔武者や妖怪達に包囲されていた。
「妖怪達も随分と出回っていますね」
「かなりの規模の兵がいるようですね」
 平安鬼妖地獄変から天正大戦国に流れた妖怪や鬼は、既にこのディヴィジョンの戦力として受け入れられている様子だった。
 人間に『圧政』を敷くことでエネルギーを得る天魔武者と、人間に『忌み嫌われ』、『恐怖』を与えることでエネルギーを得る鬼や妖怪とは相性が悪くない。

 現在、この付近を支配する天正大戦国の島津軍は、冥海機ヤ・ウマトの沖縄本島を攻略中であることが既に判明している。
 どうやら屋久島は、冥海機を本土に近付けないための、天正大戦国の基地の一つのようだった。
 沖縄本島にはディアボロスが既に介入を開始していたが、《七曜の戦》の影響もあり、ここしばらくはそれも止めざるを得ない状況にある。
《七曜の戦》終了後には、状況は変化を見せているに違いない。
 もっとも、《七曜の戦》が終わってしまえば、次の奪還はディヴィジョン全域の奪還時となるだろう。両者が消耗しあっている状況で、ディアボロス達がすぐに手出しをする必要があるかは一考の余地はあるかもしれない。

「しかし、島津の軍勢はどうやって沖縄まで渡って来たのでしょう……っと!?」
 そう疑問視する野本・裕樹達への、その回答は海上に『立っている』天魔武者を見れば一目瞭然だった。他にも、海戦用の機体もいれば、脚部に『水蜘蛛』のようなパーツをつけている機体もいる。
「水上戦仕様カスタムというところですか。これだから魔導機械生命体は……」
「まあ忍者の天魔武者には、海ぐらい走って欲しいという気も……」
『千早城』のような大型クロノ・オブジェクトの存在を考えれば、大型船なども当然作れるのだろうが、完全に天魔武者の移動を妨害するのは困難なようだった。

【13】モルジブ/ヴァドゥー島(蛇亀宇宙リグ・ヴェーダ)



 パラドクストレインに乗り込み、待機地点であるヴァドゥー島に到着してみて、ディアボロス達が思ったことは一つ。
「これ……絶対、周囲に住人とかいないわね」
 深夜乃・勢の言葉に、人々の状況を調べようと考えていた者達は苦笑する。

 ヴァドゥー島は、海に浮かぶ一周徒歩で5分の小島である。
 モルジブにある様々な小島と同様、最終人類史では観光が主体。
 海上に浮かぶロッジなどが島の周囲に整備されていたりするのだが、そもそも、その島がリグ・ヴェーダ内には無いことになる。
 人が住んでいる場所まで飛んでいければ良いが、アーディティヤがそれを許してくれるかどうかが問題だ。
「まあ、厳しいかなぁ」
 その危惧は的中した。
 決戦時空に融合した瞬間、小島と共に現れたディアボロス達は一斉にバラバラの方角へ飛ぼうとし、他の島にたどり着く前に、海上で待ち受けていたアーディティヤの軍勢に撃墜されることとなったのだ。
 だが、落下していくラズロル・ロンドは、空を横切るように巨大な何かが存在しているのを目にする。
「……蛇の、胴体……?」
 天空に浮かぶ、巨大な蛇。それは見える角度こそ異なれど、遥かに離れたラダック地方での偵察に赴いた者達が目にしたのと同じものであった。


【14】ギリシャ/デロス島(蹂躙戦記イスカンダル)



 ギリシャ、デロス島。
 1kmほどしかないこの島は、本来の現代地球においては、古代ギリシャの遺物を遺した観光地となっている。

 決戦時空に合流し、蹂躙戦記イスカンダルの領域と隣接したデロス島から飛び立ったエイレーネ・エピケフィシア達は、亜人の攻撃に耐えながらアテネ方面へと飛ばんとする。
 ギリシャの首都アテネまではおよそ100kmほど。ディアボロスが全力で飛翔すれば10分程度の距離だ。とはいえ、敵に完全に包囲されている状況で、戦場を脱してそこへ到達するには、あまりにも遠い。

「あれは……神殿?」
 デロス島に近いミコノス島には、何がしかの神が祀られていたと思しきギリシャ風の神殿や、巨大な神像が立っているのが見えた。
 蹂躙戦記イスカンダルの他の地域とは、異なる土地、異なる時代の文明。
 にもかかわらず、それらの神殿や神像は、まだ破壊されてから長い年月は経過していないように見えた。
「倒したディヴィジョンにあった物を、そのまま取り込んだ?」
 クロエ・アルニティコスはそう考える。
 エルサレム等で既に確認されているが、ギリシャに関連したと思しきクロノ・オブジェクト『神像鎧』を、亜人は利用している。
 だとすれば、既にここにあったディヴィジョンは滅び、蹂躙戦記イスカンダルに併合されているのだろう。
 神像鎧の中から現れた光はディアボロス達に救いを求めた。が、それがクロノヴェーダだと思うと、頼みを聞くべきなのかどうか。
「まあ、それが亜人の戦力削減に繋がるなら、やっても損はしないでしょうね」
《七曜の戦》で、蹂躙戦記イスカンダルはイタリア半島に新たな領土を得る。
 蹂躙を広げる亜人達の勢いを落とすためにも、ディアボロス達が挑むバビロンでの戦いは、大きく影響して来るのだろう。


【15】南極/南極半島の一部(不明)



 南極半島の端。
【寒冷適応】を使い、ディヴィジョン境界で待機していたディアボロス達。
 彼らは決戦時空への転移により、海だった土地の向こうに動くもののない氷原が広がる光景を目の当たりにしていた。
 そう、動くものは全くなかったのである。
「ええ……クロノヴェーダは?」
 シル・ウィンディアは思わず白い息を吐く。
 最終人類史ですら、人類など元々観測や観光に来る者を除けば住んでいない土地とはいえ、この土地を支配しているクロノヴェーダの姿すら全くないというのは、どうなっているのか。

「無反応であるな」
【飛翔】も使い、周辺の調査を行ったシアン・キャンベル達は、見える範囲では、南極にクロノヴェーダの活動が見られないと結論づけるしかなかった。
「これ、適当に誰かいれば制圧扱いになるんですかね?」
「どうでございましょう。南極はディヴィジョンの領域にはなっているはずでございますし」
 零識・舞織や、超自然的な物を探していたエルマ・カナリーも首を傾げた。  現状の最終人類史には、竜域ダンジョンだった南極半島の一部、ごく僅かな面積を除いては、南極大陸が存在していない。つまり『南極の大地はいずれかのディヴィジョンに属している』。
 このまま誰かがこの竜域ダンジョンの領域で待機しておき、その上で奪取されたなら、クロノヴェーダの存在は確定的と言えるだろう。
「だとすれば、支配するクロノヴェーダはどこにいるんだろうね?」
 アリア・パーハーツは愉快そうに疑問を投げかける。
 疑問を抱きつつ、ディアボロス達は《七曜の戦》の戦いに挑むべく、パラドクストレインで新宿島へ戻るのであった。


【16】インドネシア/クリムトゥ山山頂(冥海機ヤ・ウマト)



 方角別に一斉に飛び立った【ヨアケの星】の面々をはじめ、ディアボロス達は待ち受けていた冥海機の攻撃に耐えつつ距離を稼ぐ。
 クリムトゥ山のあるフローレス島。その最高峰であるクリムトゥ山の頂上から、眩暈咲・クヴァーシィ達は山裾を滑るように飛ぶ。見下ろすインドネシアの島々は、軒並み軍事施設を備えている様子だった。
「若者は教育を受けて海兵として海へ出て、老いた者は冥海機のために軍需工場で働く……『よくある光景』ですね」
 だが今、島の軍港に艦影は無い。残っているのは民間用の小さな船ばかりだ。
「山頂を取る戦力以外は攻めに総動員かな」
 八百陣・葵漆はそう見て取る。
 ヤ・ウマトは一般人まで戦闘に動員する、総力戦体制ディヴィジョン。
 この方面にある艦は、いずれも《七曜の戦》で新たな領土を得るため、港を離れているのだろう。
《七曜の戦》においてクロノヴェーダは、あらかじめ攻め入る(攻め込んで来る)ディヴィジョンとの境界付近に待機しておくほうが良い。
「冥海機ヤ・ウマトもそれに倣っているか」
 決戦時空に転移する際、海の上がどうなるのかはよく分かっていなかった。
 そのため、東京湾の船は可能な限り陸地に引き上げていたが、冥海機ヤ・ウマトの動向からすると、領土の近くの海は領域扱いなのだろう。
 少なくともオーストラリア周辺の海は、冥海機ヤ・ウマトや黄金海賊船エルドラードの支配領域として決戦時空内では上書きされているのかもしれない。
「いや、それを知ったとして、利用できるタイミングがあるかな……」
 ディアボロス達はパラドクストレインを利用すれば、決戦時空においても短時間で世界各地に移動できる。そうでないクロノヴェーダにとって『移動』という要素は影響して来るものなのだろう。


【17】ブラジル/熱帯雨林の一部(黄金海賊船エルドラード)



 奪還したブラジルの熱帯雨林の一角は、時間が止まったように停止している。
 ディアボロス達は決戦時空へと転移する。
 周囲には黄金海賊船エルドラードの領域であろう南米の大地が広がっていた。
「流石に船はない、か」
 嵐柴・暁翔は周囲を見て言う。
 内陸部ということもあり、船などは見当たらない。どこぞのディヴィジョンのように、ディヴィジョン全土が船になっているという可能性は、否定しきれるものではないがおそらく違うだろう。
「水場が消えたと思ったら、敵が湧いて来やがったか!」
 野郎ども、片付けろ!!
 海賊らしき姿のクロノヴェーダの号令のもと、一斉にクロノヴェーダが襲い掛かる。反撃しつつ、必死で距離を稼ぐディアボロスの視線はクロノヴェーダよりも、その後ろにある建造物へと向けられていた。
「マヤ文明……? いや、ここブラジルだよね!?」
 一ノ瀬・綾音が反撃のパラドクスを飛ばしつつ叫ぶ。
 メキシコには、テオティワカン文明の遺跡として『ピラミッド』が存在していた、というのは最終人類史でも知られている。それとはまた形状がやや異なるようだが、ここは遠く離れた熱帯雨林だ。
 明らかな歴史改竄の産物だった。
「防衛拠点、という感じでもないが、一体……?」
 ジョルジョ・ストレッポーニは思わず疑問を口にする。
 なぜ、そんなものが遠く離れたブラジルのジャングルのド真ん中にあるのか。
 そのような疑問を解消する間もなく、ディアボロス達は襲来したクロノヴェーダにより、新宿島に叩き戻されるのだった。