【夏フェス】orchestra
ル・タッタ 2023年9月3日
暗幕のかかった暗いステージの上で、ぽつんと一つ。
紙芝居の舞台のみが佇んでいました。
あなたたちは、見ているだけ。
聞いて、感じるだけ。
紙芝居『オオカミと七匹だった子ヤギ』
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ル・タッタ 2023年9月3日
「それに、足も真っ黒だぞ」
ル・タッタ 2023年9月3日
「俺たちは賢いんだ!おまえなんかに騙されるもんか!」
ル・タッタ 2023年9月3日
『そうだ、そうだ』
子ヤギたちは口々に言い放ち、オオカミを追い返すことができました。
ル・タッタ 2023年9月3日
────それから間もなく、玄関の戸を叩く声がしました。
ル・タッタ 2023年9月3日
「かわいいかわいいお前たち、お母さんが帰りましたよ」
ル・タッタ 2023年9月3日
「お母さんの……綺麗な声だ……!」
ル・タッタ 2023年9月3日
「真っ白な足も見えるぞ!」
ル・タッタ 2023年9月3日
「きっと、今度こそお母さんよ!」
ル・タッタ 2023年9月3日
「じゃあ大丈夫だよ~開けてあげようよ~」
ル・タッタ 2023年9月3日
「待てよ、一番に会うのは、俺だぞ」
ル・タッタ 2023年9月3日
わあい、わあいと喜ぶ子ヤギたち。その中で、一匹が言いました。
ル・タッタ 2023年9月3日
「待てよ!"あいことば"を聞くのを忘れてるぞ!」
ル・タッタ 2023年9月3日
『そうだった、そうだった』
『お母さん、"あいことば"はなあに?』
子ヤギたちが聞くと、扉の向こうの声は言いました。
ル・タッタ 2023年9月3日
「"そんなものはない"でしょう?」
ル・タッタ 2023年9月3日
「ああ、もう大丈夫。さっきオオカミは来たばかりで、"あいことば"も知ってるなら、お母さんだよ」
ル・タッタ 2023年9月3日
そうして子ヤギたちは、喜んでドアを開けました。
ル・タッタ 2023年9月3日
「なんてうまそうな子ヤギたちなんだ!!」
ル・タッタ 2023年9月3日
なんということでしょう。
恐ろしいオオカミが飛び込んできました。
仔ヤギたちはびっくりして、慌てて急いで必死に隠れました。
ル・タッタ 2023年9月3日
一匹目は、ここで大丈夫だろうとテーブルの下。
二匹目は、怒りを燃やして暖炉の中。
三匹目は、みんなのせいだと台所。
四匹目は、あまり動けずベッドの中。
五匹目は、お気に入りの戸棚の中。
六匹目は、食べるつもりの果物籠の中。
七匹目は、とっさに大きな時計の中。
ル・タッタ 2023年9月3日
「どこに隠れても無駄だぞ。みんな探して食ってやる」
オオカミは次から次へと子ヤギを見つけると、パクリパクリと呑み込んでしまいました。
ル・タッタ 2023年9月3日
「ふー、うまかった。もうお腹がいっぱいだ」
オオカミは、そう言って子ヤギたちの家を出ていきました。
ル・タッタ 2023年9月3日
────
ル・タッタ 2023年9月3日
やがて、お母さんヤギが家に帰ってきましたが、荒らされた家の中を見てさっと青ざめました。
お母さんヤギは必死に子どもたちの名前を呼びます。
ル・タッタ 2023年9月3日
「みんな、お母さんですよ」
「わたしの、かわいい子どもたち」
「どこに行ってしまったの」
けれど、いくら呼んでも返事はありませんでした。
ル・タッタ 2023年9月3日
それでも、お母さんヤギは諦めませんでした。
あの賢い子どもたちが、そう簡単に食べられてしまうわけがないと、探しに行くことにしました。
ル・タッタ 2023年9月3日
すると、草原の井戸の奥底に、大きくお腹を膨らませたオオカミがいることに気がつきました。
ル・タッタ 2023年9月3日
もう手遅れだと、もう駄目だと。
お母さんヤギは今度こそ諦めてしまいそうになりました。
ずる賢い狡猾なあのオオカミが、かわいいかわいい子どもたちを食べ、間抜けにも井戸に落ちて死んだことに。
この理不尽な世界に、納得することなんてできませんでした。
ル・タッタ 2023年9月3日
しかし、しかし────!
ああ、なんてこと!!
ル・タッタ 2023年9月3日
オオカミの亡骸のすぐ横には、どうしてか、まだ食べられていない子ヤギがいました。
今にも息絶えてしまいそうな状態で。
ル・タッタ 2023年9月3日
あの子だけは、絶対に、助けなければ。
お母さんヤギが助けに井戸に飛び込んだ、その瞬間でした。
ル・タッタ 2023年9月3日
ほんの僅かに、オオカミのお腹が動いたのです。
ル・タッタ 2023年9月3日
「嗚呼────嗚呼────!」
「神よ、私に選べと言うのですか────!!」
ル・タッタ 2023年9月3日
お母さんヤギは、迷いました。苦しみました。嘆きました。
きっと、一匹だけなら必ず助かるでしょう。
けれど、お腹の子ヤギたちは、何匹救えるかわかりません。
ル・タッタ 2023年9月3日
そもそも、一匹だって救えないかもしれません。
そしてその間に、横にいる子ヤギは死んでしまうかもしれません。
ル・タッタ 2023年9月3日
……もう、誰かを呼ぶ時間も、両方を選ぶ時間もありませんでした。
ル・タッタ 2023年9月3日
────
ル・タッタ 2023年9月3日
「お母さん、今日はとってもいい天気よ」
ル・タッタ 2023年9月3日
「ええ」
ル・タッタ 2023年9月3日
「お母さん、今日のご飯は何がいい?」
ル・タッタ 2023年9月3日
「なんでもいいわ」
ル・タッタ 2023年9月3日
あれから、お母さんはあまり笑わなくなりました。
でも、もう。
いいの。
ル・タッタ 2023年9月3日
今はもう、お母さんと私だけ。
ル・タッタ 2023年9月3日
高慢ちきなやつも。
怒りっぽいやつも。
妬んでばかりのやつも。
だらけてばかりのやつも。
欲しがりなやつも。
食い意地ばかりのやつも。
ル・タッタ 2023年9月3日
今のお母さんには、私以外、誰もいないのだから。
ル・タッタ 2023年9月3日
嗚呼、嗚呼──────!
なんて静かで、なんて平和な日々なんでしょう──────!
ル・タッタ 2023年9月3日
こうして、お母さんヤギと子ヤギは、二人きり。
穏やかな日々を過ごしていったのでした。
ル・タッタ 2023年9月3日
めでたし、めでたし。
ル・タッタ 2023年9月3日
(耳障りな音と共に、ステージには幕が下りていきました)
(ただ、その幕が下り、その姿が見えなくなるまで)
ル・タッタ 2023年9月3日
(読み手は、ずっと────)
(ずっと、可憐にお辞儀をして、見ていた人々を見送るのでした)
ル・タッタ 2023年9月3日
【ご退場の際は、隣の方とぶつからないよう、ご注意ください】