私立MM学園

【イ】プロローグ

一恋・花束 2022年9月17日
◆1

「あったあった……けほっ、これが“遺産”?」
 旧校舎、地下倉庫にて。
 頭から埃にまみれた九九・九十九が手にしているのは、彼女が片手で持てるぐらいの、木製の小箱だった。

「……………………」
「……その表情的にはあってんね? “冷血卿”」
 冷血卿、と呼ばれた――くしゃ、とした癖のついた髪、瞳も、身にまとうドレスも、背に携えた翼も、全てが純白に包まれた――少女は、無言で頷いた。

「で、これが“箱庭型”の遺産ってやつ? どう使うの?」
 “遺産”は、その性質によって、いくつかに分類することができる。
 “箱庭型”とは文字通り、内部に【違う世界】を作り出すタイプの遺産群だ。

 例えば、農地を中に収めた遺産、【手のひら牧場(ハンドファーム)】は、その小さな箱の中で大量の作物を生産できる。
 例えば、大規模な戦闘に耐えうる、特殊な制限を入場者に課す、卍奪戦の舞台であったり。
 例えば……復讐者が集う、巨大な学園のバックアップだったり。

「……………………」
「本当に喋んないねー……沈黙卿に変えたら? 名前」
「それは」
 冷血卿が、口を開いた。
 途端に、室内の気温がずがんと下がった。
 気の所為ではない、遺産を漁っている最中、ぼたぼたとたれていた汗が一瞬で引いて、吐いた息はあっという間に白くなる。

「嫌ですの――ミユキはおっさんじゃないですの」
「わかったごめんウチが悪かったから喋らないで寒い冷たい凍る凍る凍る!」
「………………」
 冷血卿を名乗る彼女は、文字通り声を『聞いた』相手を凍らせる異能を持つ天使だ。
 ちなみに触れる、見る、もそれなりに危険を伴うので、本当ならあまり一緒にいるべきではないし、そもそも“派閥”も違うのだが。

 そろそろこっちからも仕掛ける時期である、という部分に関しては、意見が一致していて、『ちょっとなんかやってみるか』と相成ったわけだ。

「んで……これをどうするんですって?」
「……………………」
 冷血卿は、九十九の手から、箱を取り上げて、無造作に蓋を開いた。

「ん、んー……なんですこれ? あ、いや、答えなくていいです、考えます……なんか、温泉街、みたいな?」
 九十九の答えに、冷血卿は小さく頷いて。
 部屋の中央に鎮座する、広い面積を占める『それ』の前に移動した。
 ……面積のほとんどが青で、ぽつぽつと緑が混ざっているそれは、最終人類史――新宿島と、復讐者達が取り戻した世界の、精密なミニチュアなのだった。

「………………」
 箱をひっくり返すと、中身がぼちゃん、と青い海に落ちて、揺らいだ。
 やがて、ぷかー、と、ひょうたんのような形をした何かが浮かんでくる。

「………………」
「あー。なるほど、この島は“あっち”に行ったんですね?」
 肯定の頷きを見せた冷血卿は、満足気に、投下したその島を見下ろした。


 最終人類史、それは人類に残された文字通りの絶対防衛圏。
 正統な歴史の果てでありながら、不安定な存在。
 そう…………人々がもし、歩むべき人類史への道を大きく外れようとするならば。
 最終人類史はディヴィジョンと化し、人類は取り戻すべき『世界』を失う。
 いくらパズルのピースを集めても、嵌める盤がなければ意味がないように。

 ならば。
 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
 本来世界には存在しない異物を埋め込めば。

 最終人類史をディヴィジョンへ堕とし。
 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
 予備の自分たちを正統な歴史にねじ込むことができる。

「温泉島ユフィーン……またの名を、温泉迷宮バスロマン」
 冷血卿は、世界のガンと呼ぶべきその島の名前を告げた。

「もてなしの嵐にもがき、温泉に沈むが良いですの、最終人類史……あ」
 テンションが上って、つい語ってしまったのがまずかった。
 ちらり、と真横を見ると、九十九がガチガチに凍り付いて、目だけが『てめぇこのやろう』と抗議の視線を向けている。

「……………………」
 この場に温泉があれば、お湯をかけて溶かせるのになあ。
 と、冷血卿は、他人事のように想った。




0