【5/5】憧憬の積み木細工
十埼・竜 2022年5月5日
────かつて、そこは父の城だった。
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十埼・竜 2022年5月5日
古びたキーホルダーから、鍵をひとつ選ぶ。
差し込んで、錆びた鉄の扉を開く。
十埼・竜 2022年5月5日
真新しい家の匂いがした。
十埼・竜 2022年5月5日
足元をすり抜けちょろちょろ走り込んだモーラットが、更に奥の放送室の防音扉の、ヘタクソな首長竜の落書きを前足で引っ掻く。
これも、掠れながらもまだ残っている。……残してもらえるように、頼んだ。扉の表側を残して、放送室側だけを直してほしい……なんて注文には、ずいぶん眉をひそめられたけれど。
十埼・竜 2022年5月5日
古い鍵は合わない。
ぼくが、壊した。
十埼・竜 2022年5月5日
どうやって、父さんに、ここの鍵が変わったことを伝えよう。
……誰に託したらいいかな。
十埼・竜 2022年5月5日
新しい鍵を、見た目だけは古いままの扉が、あっさり受け入れる。
がぎゅ、と、独特の音を立てて扉が開く。
十埼・竜 2022年5月5日
綺麗に貼り直した壁紙。足音を吸い込むふかふかの床の上をモーラットが跳ねて、応接ブースのソファに飛び乗った。……意外とお客さん多いから、少しだけ広くしたんだっけ。
そのままモーラットが、塗料の匂いの抜けきらない放送室内の点検をはじめる。型番が上がって、前のよりも少しスリムになった電波送信機の匂いを嗅ぐ。機能のずいぶん増えた調整卓の上を闊歩する。マイクはトーク用と収録用と、スタンドも増やした。スピーカーも音域には妥協しないで選んだから、なかなかゴツいものが鎮座している。
十埼・竜 2022年5月5日
混沌のショッピングモールから拾い集めた、不良かげろうお墨付きの「歌える」中古品たち。……父さんだって最初はそうやって作ったんだから、寄せ集めで統一感のない光景は前からそうなんだけど。
だから、父さんのRadio-DINOは唯一無二だったし、
ぼくは、二度と同じ城は築けない。
十埼・竜 2022年5月5日
父さんはぼくを許すだろう。
リフォームなんてめんどくさがって絶対しないから、こんなのラッキーくらいに考える。
父さんはきっとぼくを許す。
十埼・竜 2022年5月5日
古い鍵束に、真新しい鍵はまだ馴染まない。
薄っぺらく白く、光を跳ね返す。
十埼・竜 2022年5月5日
……許さなければいいのにと、どこかで、思う。
十埼・竜 2022年5月5日
もぁぁ、モーラットが鳴く。
「…………気は済んだ? ノイ」
もぁぁ。
十埼・竜 2022年5月5日
「……それじゃ」
ノイズイーターに片手を当てた。
モーラットが、まるで定位置だと言わんばかりに調整卓の上に鎮座する。
十埼・竜 2022年5月5日
局長より、全クルーへ。
さあ。
十埼・竜 2022年5月5日
「Radio-DINOを、始めよう」
十埼・竜 2022年5月5日
────ぶぅん。
一斉に電源が入る。ランプが、緑色に目を覚ます。
機材たちが吐き出すばらばらなノイズが
新しい和音を、奏ではじめた。