第17試合:竜血戦 ~ 地
神居・メト 2022年4月27日
地を駆けゆく竜が去り、瓦礫の塔には二つが残る。
かたや隻腕の戦士、かたや翼の折れた竜。
勝星の行く末は既に彼方に委ねられ、されど二人は再び対峙する。
その胸中は、その結末は、如何に。
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竜城・陸 2022年4月29日
距離を詰められぬように、こちらも瓦礫の上を移動していく。
初速の加速にだけ羽搏きで得る推進力を利用し、あとは慣性に任せた、走るというよりは跳躍に似た動き。
当然、それは地を踏みしめて駆ける相手のそれよりも直線的なものとなり、ゆえに移動先も当然見切られやすいとは理解していて。
だから、相手の足がこちらへ向けば、それを妨害するようにまた、氷剣を投射して。
少しでも、接敵までの時間を引き延ばして、
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竜城・陸 2022年4月29日
――――引き延ばして、それに意味があるだろうか。
互いにただただリソースと時間を浪費するこの状況は、本当に正解だろうか?
否、「互いに」とは言いながらも、攻勢に回っている以上こちらの方がリソースの消費は大きいだろう。
時間は兎も角として、リソースについては確実に、消費“させられている”と言っていい。
彼女より先に離脱するのだけは、避けたいが――このままのペースで戦い続けて、本当にそれが避けられるか?
普段なら、別に問題にすることなどない話だ。
無尽の魔力を以て戦いに臨むことのできる、平時であれば。
けれど、“だからこそ”。
平時それを一切考慮せずに戦える身であるからこそ、今のこの“稼働限界を気にして戦わなければいけない”という状況に、恐らくは相手以上に焦りを感じている。
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竜城・陸 2022年4月29日
一か八か、相打ち覚悟で残ったリソースを切って大きな魔術を放つか。
いや、それで倒しきれるとも限らない――
――――思考の迷路に嵌まれば、足は鈍る。
気付けばお互いの距離は、先よりも少し詰まっていて。
リップ・ハップ 2022年4月29日
罠か? どこかの時点で誘い込まれたか?
僅か滞った逃げの足に逡巡する。
転進と妨害の積み重ね、放たれた続けた氷剣の斬れ味には進路を狭める意志が確かに籠っていた。
併せれば今踏み出すこの一歩が最善なのかを考えさせるには十分なものだ。
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リップ・ハップ 2022年4月29日
……その、はずなのだが。
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リップ・ハップ 2022年4月29日
(めんどくせ。)
結局引いたところで似た思考が浮かぶだけだと斬り捨てた。
距離が詰まるにつれ剣を回避する猶予も減っている。
この段に至れば如何に数が少なかろうと、氷剣は少女の身体に新たな赤い線を引いていて。
仮に罠があろうが踏み抜かなければならない。残るリソースの僅かさもまた、その決断を強く推していた。
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リップ・ハップ 2022年4月29日
「――ッ!!」
放つ拳。乗せる殺気は先の踵落としに匹敵するか。
一際強い踏み込みで瓦礫を塵に還し、彼女は陸に飛び掛かる。
竜城・陸 2022年4月29日
ち、と軽く漏れた舌打ちはこの距離なら彼女にも聞こえたろう。
平時は終始穏和なはずのこの男から漏れるそれは彼女にしてみれば珍しいものでもあり、そして余裕のなさの表れでもあると感じられたかもしれず。
思わずそれが表に出たことに、内心歯噛みする。
胸中を推察出来うる情報を相手に見せることほど、戦いにおいて致命的なことはない。
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竜城・陸 2022年4月29日
……とはいえ、それが透けていようといまいと。
肉薄されたこの一瞬、やることは決まっていた。
その拳を受けきれるだけの障壁を展開できる確信がない以上、そうするしかない、ともいうが――
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竜城・陸 2022年4月29日
彼女の拳が届こうかという、刹那。
ほんの僅か。
まさに瞬きほどの一瞬で。
先程と同じように、その姿は彼女の目の前から掻き消えて――
リップ・ハップ 2022年4月29日
(こッ――、)
空振る拳。掻き消える蒼。
何度も味わった攻防一体の転移。容易に状況をひっくり返す不可視の回廊。
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リップ・ハップ 2022年4月29日
――それを抜けた先。
彼が新たな視点から見る戦場の光景は、
「こだァっ!!」
一変しているだろう。
夜空の星々のように数多の紅が宙に散りばめられている。
これまでも何度も現れた、リソースを用いて作られた足場だ。
その数は絶えず少女の身体から零れだし、そして動き続けたことでこの空間に散った多量のリソースを元にした故のもの。削った命を以て研いだ最後の一手。
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リップ・ハップ 2022年4月29日
その配置に規則性はない。
リップ・ハップはそれを必要としない。如何なる不規則だろうと最適を描き切るだろう。
そして規則性が無い故にどこに有ってどこに無いのかの把握は困難を極める。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
つまり、新たな転移の先となる短剣の周囲にもあるかもしれない。
迂闊に飛べば障害物が身体を傷つけるかもしれない。体内に致命傷を作るかもしれない。これはそんな可能性の放散。
竜城・陸 2022年4月29日
「――……、」
それを見て、足を止めたのは。
いま、この障害物だらけの空間内を、それに妨げられずに移動する術を持たないことを理解しているからだった。
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竜城・陸 2022年4月29日
弾き散らして進むにせよ、負傷を織り込むにせよ。
いずれを選んでも相応以上のリソースを要求される。
そして、この足場を自在に使える相手を、それで引き離せる保証はない。
ゆえに。この場を動かない。動けない。
今の状態でそれを選ぶのは、先からの焦りをただ助長するだけの行為――或いはその先にある“最悪”に繋がる行為だと、正しく理解したから。
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竜城・陸 2022年4月29日
(――これは困ったな)
残った術は、再び肉薄しての一撃を狙ってくるであろう相手を、返す刃で仕留める……ということくらい。
けれどそれがどんなに分の悪い賭けであるかも、また正しく理解している。
一撃でも食らえばその時点で、リソースアウトの可能性が高く。
そうでなかったとしても、彼女の膂力を以ての一撃は、それだけでペインブロックの許容量を超えかねない。
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竜城・陸 2022年4月29日
……要するに。
返す刃を差し向けるには。
まず彼女の渾身を、完璧に近い形で防ぐ、或いは躱すのが大前提ということになるわけで――――
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竜城・陸 2022年4月29日
「…………」
右手に握った刃を確かめるように、手に力を籠める。
その間も、相手から視線は外さず――
リップ・ハップ 2022年4月29日
踏みしめられた足場が花弁を散らす花のように砕け落ちていく。
最早薄まったリソースは彼女の身体が生み出す力を完全に支えきることも叶わない。
削って、流して、そして作り出した縦横無尽。最後の疾駆。
踏んで、砕いて、進む様は力の奔流。
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リップ・ハップ 2022年4月29日
再び肉迫した彼に向け、握り続けた拳を――
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リップ・ハップ 2022年4月29日
・・・
紅い刃を振りぬいた。
宙で身体を支えた一握りのリソース。手の内に収め続けたひと絞り。
投擲を除けば徒手空拳による応戦のみに終始し、四肢の長さをイコールリーチと印象付けた上での最後の一押し。
即席の短刀でその虚に斬りかかる。
竜城・陸 2022年4月29日
「――……」
どうする。自問に、答えがまだ出ない。
突撃の軌道に魔術を置く?
――これだけの足場があれば容易に躱せてしまうものを?
肉薄された瞬間、避けえないタイミングであれば?
――いや、どちらにせよ発動前に自分が倒れれば意味がない。
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竜城・陸 2022年4月29日
……いや。答えなどとうに出ている。
結局のところ、問いの答えは全て一か所に帰結する。
“彼女の攻撃を一瞬でも止めなければ勝機はない”のだ。
けれどその解答を、成し得るだけの技芸を自分は持っていない。
剣の扱いをずっと学んではきた。けれど今の自身の腕前では、彼女の全力を逸らす程度が関の山であることは、先日の模擬戦で理解している。
そして、今この状況では、逸らす程度では駄目なのだ。
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竜城・陸 2022年4月29日
答えは、出ていて。
足りないものはわかっていて。
だけれど、それを補うことが、今の自分には――――
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竜城・陸 2022年4月29日
.
“仮にも僕なら、”
“剣くらいまともに扱ってほしいものだけど――”
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竜城・陸 2022年4月29日
「……あ、」
あった。
ひとつだけ。
以前、彼女と二度目に対峙したあの時。
あの時やらなかった――できなかったこと。
・・・・・・・・ ・・・・・
ここでだからこそ、できること。
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竜城・陸 2022年4月29日
剣を、構えて。
真っ向から、彼女を見据える。
余さずその動きを捉えるように、朝焼け色の瞳が硝子越し、それを見詰め続けて――――
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竜城・陸 2022年4月29日
距離が、近づく。
剣の間合いよりまだ遠い。
小さく、何かを唱える。
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竜城・陸 2022年4月29日
否、剣の間合いに入ってもまだ動かず、ただ、見ていた。
じっと、その動きを見続けて、
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竜城・陸 2022年4月29日
――――拳が、
否、
その拳が握り締めていた刃が、振るわれるその刹那、
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竜城・陸 2022年4月29日
その軌道に剣を滑り込ませていた。
あの時、鎌の刃を僅か逸らしたのと同じように。
違ったのは――
あの時とは打って変わって、彼女が振るった刃は。
剣の刃に受け流されて、その威の大部分を削がれていたこと。
同じように肩口に突き刺さりながら、そこで止まっていたこと。
振るわれた刃を捌くその動きは、達人――とまでに卓越したものでは、なかったけれど、しかし。
少なくとも、まるで長年それを修め続けてきた者であるかのように、無駄もなく、隙もなく、洗練されていて、
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竜城・陸 2022年4月29日
――――そして、肩口に刃が埋まったのと、同時。
・・・・・・
先に唱えていた遅延式の魔術が、起動して――
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竜城・陸 2022年4月29日
足元、直下と。
・・
“置いた”短剣に刻まれた刻印、その全てから。
生み出された氷の剣が、彼女の身体を目掛けて放たれた。
リップ・ハップ 2022年4月29日
果たして刃は陸に届いたものの。
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リップ・ハップ 2022年4月29日
それを数でも深度でも大いに上回る刃が彼女の身体に突き立っていた。
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リップ・ハップ 2022年4月29日
静寂。
碌に身体を動かすリソースすら最早無く、言葉も紡げないまま身体がリソースへと流れ溶けていく。
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リップ・ハップ 2022年4月29日
. リソース
或いは手にした得物が己の膂力に堪えきれない刃でなければ。
全身全霊を籠められる不壊の相方であったならば。
そんなたらればが浮かんでくる程には、必敗を悟っていながらも苦い終着点だった。
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リップ・ハップ 2022年4月29日
だがその苦さは自分に向けられたものだ。
消えゆく身体で陸の肩の上、最後に親指を立てる。
――ナイスファイト。
過日の模擬戦の時のように、彼女は彼の戦い様を、示した力を賛じた。
(、)
リップ・ハップ 2022年4月29日
それを最後に彼女の身体は、彼女のリソースによってこのVR空間に存在するものは消え果る。
チームメイトの手にある大鎌もまた、それを免れない。
(暴竜ちゃん、後任せた。最後まで居られなくて、ごめん――。)
試合終了を告げるアナウンスはついぞ耳にすること叶わず、リップ・ハップの第17試合は終了するのだった。
竜城・陸 2022年4月29日
その一部始終を、見守って、から。
「……今の賛辞は、僕が受け取るべきではないと思わないかい?」
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竜城・陸 2022年4月29日
独語のように呟いた声を聴くものがいれば、平時のそれよりなお起伏の少ない、穏やかで、柔らかな声音に違和を覚えることもあったであろう。
今ひとたび表に出ているそれは、竜城陸の中に在る魂の残滓。
かつて故郷に於いて“神”と成ってしまった少年の意識であり――
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竜城・陸 2022年4月29日
そして、竜城陸はその持つ権能を以てして。
リップ・ハップの振るった斬撃を、完璧に近い形で逸らしてみせた。
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竜城・陸 2022年4月29日
――VR空間内では、“権能”にあたる部分がほぼ機能しない。
それがゆえにこの空間内に於いて竜城陸はリソースなしに光を生み出すことも、氷を操ることも、水を従えることもできず。
あらゆるものを侵す停滞の領域を敷くことすら、容易ではないが――――
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竜城・陸 2022年4月29日
たったふたつだけ、働く権能がある。
周囲に干渉するのでなく、自身に起因する素養から結果を導き出す、“技術”の部分に与するもの。
そのうちのひとつが、“手で以て投げ放ったものはその標的を誤ることはない”――狙った軌道を逸れない投擲の技術であり。
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竜城・陸 2022年4月29日
そしてもう一つが。
“術者の望む限りあらゆる所業を成し遂げる”――“百芸”の権能である。
“神”である身に起因するために、その権能は光の権能を顕している場合にしか十全に働かない。
このため平時はこれを用いることがない――光の権能に因する浄化の領域がヒトも事物も焼き尽くしてしまうから――が。
・・・・・・ ・ ・・・ ・・・・・・・・・・・
この空間では、“光”の権能、浄化の領域が機能しない。
それゆえに、この場所でのみ。
竜城陸はその権能の許す限り、周囲に対する悪影響なしに、自身の技術に“百芸”の権能を上乗せすることができる。
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竜城・陸 2022年4月29日
剣を還して、両手を握り開きする。
目を閉じて、
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竜城・陸 2022年4月29日
開いて、
踵を返そうと――して、先程まで彼女のいたところを見遣る。
いつぞやのように、称賛の意を、彼女の目が、仕草が、語っていたのを思い出して。
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竜城・陸 2022年4月29日
「…………。」
浮かべたのは、渋面だった。
“勝った気がしない、なんて贅沢な”
頭の端で“僕”が言った――ような気がした。
うるさいな、と小さく呟いて、今度こそ踵を返す。
(無効票)
竜城・陸 2022年4月29日
リソースはもう残りわずか。
だけれど、まだ決着のアナウンスは流れていない。
まだできることがあるのならば、それを為すべきだ。
重たい身体を引きずって、瓦礫の続く先、次の戦場へと足を踏み出しかけて――――
竜城・陸 2022年4月29日
――――そこにたどり着かぬうちに、終結のアナウンスを耳にすることになるのは、
もう少し、先の話。
(離脱)