The Boogeymen are coming
ゼキ・レヴニ 12月30日15時
君はまどろみの中にいる。
冷たい泥のベッドに横たわって。
目の前に転がる髑髏の、ふたつの眼窩に見つめられて。
潮のにおいがする。
ここに海はない。しかし、君の身体からにおってくるのだ。
取り出されたばかりの赤ん坊が羊水を纏うように、肌にべたりと潮が纏わりついている。
遠くから湿った足音が近づいてくる。
ぎいぎいと金属が擦れ合うノイズとともに、ひとの形した怪物がやってくる。
とおくから、近くから、波が揺れるように声が聞こえてくる。
隙間風のような女の声、地の底から響くような男の声。
それらが絶え間なく打ち寄せ、遠のき、君の鼓膜に鋸を引く。
これは
おまえの それとも
恐怖か? おれの
悪夢か?
あれは
だれだ? おまえは
なんだ?
ぎ ぎぎ。
君の目の前で鉄のつま先が止まる。
“悪い子には████が来るぞ!”
木々のあいだを、子供らの声が吹き抜けた。
●模擬戦。置きレス進行。1名様まで、何かしらの『恐怖』を抱えている方ならどなたでも
ルール:
https://tw7.t-walker.jp/club/thread?thread_id=26479
●場所は現実ではない、誰かの夢と繋がったどこか。夢なので突然ネメシスっちゃうのも自由です
●ホラー風味かもしれません
●進行中の質問や連絡は屋上スレか手紙でどうぞ
●1ヶ月誰も来なかったらスレごと消します
4
ゼキ・レヴニ 12月30日15時
(君の前で立ち止まった「それ」は、金属片を貼り合わせて形作った不恰好なライフル銃のようなものを手にしていた。銃口にあたる先端は鋭く尖っていて、銃剣を取り付けたかたちに似ている。)
(ぎ、ぎ。)(「それ」が間接を軋ませながら銃を振り上げる。今すぐに動かなければ、躊躇なく振り下ろされる銃剣が、君の胸に深く突き刺さることだろう)
ジズ・ユルドゥルム 12月30日22時
(つめたい)
(さむい)
(いたい)
(死ぬ直前まで残る感覚は聴覚だとどこかで聞いた気がする。ほとんどその言葉通りに、寒さと痛みを享受するばかりのひどく混濁した頭も、関節の軋む高い音だけはどうにか拾い上げることができた。)
(働き始めた聴覚を呼び水にして、急速に頭が冴えていく。異様に重い身体感覚。何かがまとわりついた皮膚。冷たい空気。泥の臭いと、どこかで嗅いだような奇妙な生臭いにおいを感じる。)(瞼を痙攣させるようにして、苦労して目を開く。ぼやけた視界のむこうに、何か――人間のような何かと、自分に向けられた、刃のきらめきが見えた)
………っ!(血が逆流するような感覚とともに、半ば跳ね起きるようにして体を横に転がした。)
ゼキ・レヴニ 12月31日15時
(振り下ろされた銃剣が君の耳を掠めて泥に深く突き刺さる。「それ」の目が――消えかけの瓦斯灯のように明滅するふたつの光が、虚ろに君を見下ろす)
(ガスマスクの内側からシュウシュウと漏れる声は、周囲から押し寄せる声と混じり合って男か女かの判別も難しい)
おまえは
死人だ 骸だ
そうだろう 死人が
なにを
死人は 恐れる?
動くな
(君の周囲の泥から幾筋も影が染み出す。それらは祈るように合わさった黒い手となって伸び上がり、花開き、君の腕や足に縋り付く。地の底に引きずり込まんばかりの力で)
(「それ」は泥からゆっくりと刃を引き抜くと、再び君の胸に切先を定めた)
【先攻判定】
ジズ・ユルドゥルム 1月1日10時
(背中の半ばまである結った髪は湿って乱れ、何の武器も帯びていない麻布の服は泥で汚れている。片膝立ちになって目の前に立つ「何か」に対峙すると、裸足で触れる地面はひどく冷たかった。)
(ここはどこだ。あれは、なんだ。人間?獣?東の地の「神」なる者?)
(明滅する光から目を離さないまま、音や匂い、景色、周りの遺骸から状況を掴もうと試みる。)
(しかし結局、ここはもと居た「家」からは遠く離れた場所であり、目の前の「何か」は自分へ害意を向けていることしか分からない。)
死人?(短く浅い呼吸の合間に)私が死人?骸だと?(は、と張り詰めた息を吐く)
……違う。
そんなはずはない。
(手近な場所に転がっていた遺骸の傍らに、薪割りに使うと思しき刃こぼれした手斧が見えた。手探りで柄に指をかける)
私は、死人じゃない!!!
(怒声とともに、染み出す影を斧で薙ぎ払った)
【先攻判定】
ゼキ・レヴニ 1月1日22時
(斧で薙ぎ払われた影が、墨をぶち撒けるように弾け、霧散する)(叫び、うめき、断末魔を上げながら)
(君の手足に縋り付く影は消えた。今なら自由に動ける)
ジズ・ユルドゥルム 1月4日01時
【HP5】【攻撃】
(影たちの断末魔が聞こえる。理解できない現象に混乱しつつある頭を自制で抑え、視線は目の前の存在から逸らさない)
貴様は何者だ。私に何をした。ここは、どこだ。……答えろッ!!!
(立ち上がり、怒号を上げる。外傷は無いはずの片足の膝下が、骨でも砕けたかのようになぜか痛んだが、わずかに頬を歪めるだけにとどめた)
(この「何か」に弱った獲物と認識されてはいけないと、自分の勘が警鐘を鳴らしていた)
(明滅する昏い光を鋭く睨みつけたまま、じりじりと後退し、背後にあった枯れ木の林を背にする)
この……怪物が!!(後ろ手に隠していた手斧を、「怪物」の胸のあたり目掛けて思い切り投擲する)
(同時に即座に身を翻し、投擲の結果を見ることなく、林の中へ脱兎のごとく走り出した)
ゼキ・レヴニ 1月5日21時
【HP5】
(「それ」が怒号に動じる様子はない。それどころか生物らしい身体の揺らぎさえも一切ない)
(明滅する双眸と、ぼろのような黒い外套の裾が風にはためくほかは、まるで単色の静止画のようだ)
おれは
おまえの████だ おまえは
落ちてきた
ここは地獄だ
知っているだろう
(「それ」の声の一部がノイズにかき消される。)
(君が後じさり始めると、その”怪物”は停止/動作を繰り返す極めて機械的な動きで、一歩、二歩と空いた距離を詰めてきた。投擲された斧を、避けようともせず)
ゼキ・レヴニ 1月5日21時
【HP5】【反撃】
(君の背後ろからは斧が命中した音も、追跡の足音もしなかった)
(逃げ込んだ林は鬱蒼と茂り、空気は重く湿っている。足が見えない程濃く漂う白霧からは腐敗臭がして、ぬかるんだ地面には時折何かやわらかいものが転がっていた。注意して走らなければ足をとられてしまうだろう)
(枝葉に引っかかっていた何かが、ぼとりと君の目の前に落ちてくる)
(それは人間の腕だった。切り取られたふうではなく、爆発によって無造作に引きちぎられたかのような、生々しい断面を晒している)
(次の瞬間、林が蠢き出す。風に揺さぶられたのではなく、木々が意思を持ったように枝葉を震わせ、激しく畝りだしたのだ)
(木々に見えていたものは全て、先程見た影の手であった。幹のような腕部を関節のように曲げて撓り、四方八方から鞭のように君を打ち据えんとしてくる)
死人でなければ
――おまえは何だ?
(影の奥から、声が近づいてくる)
ジズ・ユルドゥルム 1月18日00時
(走りながら"怪物"の声を聴く。地獄。落ちてきた。違う、違う、違う、そんなはずはない。ぬかるんだ地面を踏む素足に土ではない何かの感触がよくよく伝わってきたが、それが何かを想像するより、否定を唱え続けることのほうに頭の中は忙しかった)
(いやだ。帰りたい。家でふたりが待っている。それに私は――約束をしたのに。
落ちる時は一緒だと。
もう遺していくのはいやだと。)
(誰と?)
(頭のなかにほんの一瞬よぎった奇妙な感覚は、上から落ちてきたものによってすぐに上書きされた)
ジズ・ユルドゥルム 1月18日00時
【HP5→4】
(不意打ちに落下してきた人間の腕は、身体を一瞬硬直させるには十分だった)
ぐっ……! (直後に蠢き始めたしなる枝、もとい手をかわそうと飛び退くものの、手の一本が身体を強かに打つ。背中の皮膚が大きく裂け、赤い血液が地面に飛び散る。そのまま、みっともなくぬかるみの中に倒れ込んだ。)
……は、……(すぐに体を起こそうとぬかるみに手をつく)
(その手の、すぐ横の地面と、「目」が合った。腐ったぶどうのように崩れかけた人間の目。)う………、
(ぬかるみの中に文字通り溶け込んでいるものたち目が、あたりに点在している。そのうち一対が、濁った瞳孔でこちらを見ていた)
ごほっ……!(有無を言わさず腹の中身がせり上がり、口から出ていく。)
ジズ・ユルドゥルム 1月18日00時
(肩で息をしながら、影の中から投げかけられる問いを聞く)
……私は……(答えられず声が詰まる。片手で腹部に触れ、すっかり平らになっていることを今一度確かめた。なぜ死人が来るべき場所にいるのか、自分が一番よくわかっていた)
(鼻と口から垂れた汁を乱雑にぬぐい、立ち上がって周囲を見れば、槍のような武器(銃剣)がいくつか泥から突き出していた。)
……死人でも生者でも関係ない。
私を死者の国に取り込みたくて仕方ないようだ。
だが私は、家に、帰る。家族を待たせているのでな。
地獄には、貴様ひとりで残るがいい。
(突き出た武器のうち1本を手にする。武器を見つけた。体は動く。なら、戦える。)
ゼキ・レヴニ 1月26日23時
(いましがた君の背中を打ち据えた影の群れが左右に割れ、「それ」のために道を開ける。ぐちゃ、ぐちゃと鋼の踵で腐った肉を踏み潰しながら、機械の怪物が姿を現す)
(あと10歩ほどの距離で君と対峙した「それ」が、油の切れた歯車が擦れ合うような不快な音を発して躯体を揺らした。君の口上を嗤っているのだ。影の群れも一緒になって、ねじれ、揺らぎ、君を取り囲んで嗤っている。地面から伸び空を覆うそれらは、檻の鉄格子のようでもあった)
待つものなど
いるものか 帰る場所など
あるものか!
ここが終着点だ
おまえの牢獄だ 囚われる理由は
知っているはずだ
(”ひとり?”)
(――注意しなければ聞き取れないほど小さく、心細げな子供の声が、「それ」の声と重なる)
――目を
逸らすな
(「それ」が君の足元を指差す)
ゼキ・レヴニ 1月26日23時
【HP5】【攻撃】
(その時、「地面」が一斉に蠢きだした。腐った肉の群れが、爛れた皮膚から粥のような臓物を溢しながら、君に向かって波のように押し寄せてくる)
(はじめ、その貌は兵士のようであった。それらが身につけていた鉄帽や軍服は、しかし重なり縺れるほどに肉の海に粘土のように混ざり合い、君に迫るごとに貌を変えてゆく)
(そうして捏ねられた肉人形は――赤子だろうか。家族だろうか。友人だろうか? いつか君が置いていった、誰かの貌に似るだろう)
「おいていかないで」「ここにいて」
(誰とも知れぬ声もまた四方から押し寄せる。肉人形が君の腕を、脚を捕らえたなら、中世の刑罰よろしく、四肢を裂かんばかりの力で引き合うだろう)
ジズ・ユルドゥルム 2月5日01時
(周囲の影が道を成し、怪物が姿を現すのを見た。蠢く影のもとで対峙しながら、その体躯が自分よりどの程度大きいか、人体と異なる構造かどうか、どの部位を狙うかをつぶさに測る。確実に、殺すために。)
それで人間の真似事のつもりか。もっと稽古することだな。
(嗤われているのだろう、と他人事のように思う。体の痛みにも取り囲む嘲笑にも、背筋が揺らぐことはない)
あるさ。待つ者も、帰る場所も。
貴様に…地獄で亡骸をもてあそぶばかりの金属の怪物に、
「家族」の何が分かる?
とらわれる理由が――あったとしても、(武器を握る指先が、白くなる)あるからこそ、私は――
(家に帰る、と言いかけて、そのまま息が止まる)(「ついさっき」聞いたばかりの幼い子供の声が、聞こえた気がした)
あ、(金属の指が指す先、声が聞こえた方向を、ためらいもせず振り向く。)
(産婦が赤子の泣き声に吸い寄せられるかのように。)
ジズ・ユルドゥルム 2月5日01時
【HP4】【反撃】
どうして、
(現れた肉人形は、子供だった。五歳くらいで、黒髪に浅黒い肌の、ふつうの男の子。ただひとつの部分をのぞいて)
(男の子には、貌がなかった。顔を知らない誰かをどうにか思い浮かべた時のように、その面貌には、顔と呼べるものがない)
(でも、どうしてか、その子が世界でいちばん大切な男の子だとわかる。それがどれほど異様でも、頭と体は、断固としてそう認識していた)
(棒立ちしていた数秒の間に、亡者達が殺到する。四肢の筋肉と関節が悲鳴を上げる音で、正気に引き戻された)
……違う!!(ありったけの膂力で手足を引き戻す。体勢を崩した周囲の肉人形を、銃身で打ち払った。顔のない男の子だけは、避けながら)
あの子がここにいるはずがない!!あの子は…あの子だけは…っ!!
そこを、どけ!!!
(背後に亡者たちの気配を感じながら、「怪物」の胴体の中心めがけて袈裟斬りに斬撃を放とうと、こじ開けた道を駆ける!)
ジズ・ユルドゥルム 2月5日02時
【HP4→3】
(追いすがる肉人形は背後からだけではない。地面から伸びた手が、駆ける足を掴む。そうして鈍くなった足は、怪物に刃を届かせるどころか、亡者たちを振り切ることすらできなかった)
(おいていかないでと伸びる手が、腕や脚に万力のような力で縋りつけば、腐敗臭のする地面にあっさりとうつ伏せに引き倒される)
(振り払う間もなく、引き合う亡者たちによって、左腕の筋肉がブチブチと断裂する嫌な音が鳴った)
……ッ
……!!(歯を食いしばって叫び声を押し殺す。残った腕cで体の下にあった銃剣を持ち、跳ね起きるようにして縋る肉人形達を斬り払う)
……私だって……
(汚泥に塗れてふらりと立ち上がる。半ば亡者のようだった)
私だって……おいていきたくない……(いまだ斬れずにいる男の子を、おびえるような目で見遣る)
(次いで、自分が斬り払った肉人形達を見た)
……かわいそうにな。あなた方だって、もっと、生きていたかったろう……
ジズ・ユルドゥルム 2月5日12時
【HP3】【攻撃】
(痛みと流血で頭が混濁しつつある中。先程から巡らせていた思考が、ひとつの結論にたどり着く。おそらく死んでいるのに動き回る自分。襲ってくる金属の怪物。亡骸の積まれた泥沼。動き出す亡者。これらはきっと――文明の地で興ったと聞く、獣頭の「神」の試練なのかもしれない、と)
(あの時。昏くなっていく意識の中で、確かに誓った。「1日だけ待ってくれ」「そのためならどんなことでもする」、と)
(もしもこの地獄が、獣頭の神が誓いに応え、与えてくれた試練なのだとしたら――それは、なんて、なんて――)
なんて……ありがたい……。
(ふらつく足元から青い炎が熾る。炎はまたたく間に全身をなめるが、燃え盛る青い炎の中に立つ人影は、微動だにしない)
(不意に炎がゆらぐ。未だ中の見通せない蒼炎の中から手が伸び、呼応するように、無数の青い炎の礫が「怪物」へ雨のごとく降り注いだ)
ジズ・ユルドゥルム 2月5日12時
【HP3】【攻撃】
ゼキ・レヴニ 2月10日23時
(「それ」は見ていた。毅然と立ち続ける君の姿を。力が入り、白く染まる指先を。貌のない子供に呼ばれたその一瞬、無防備に背を晒すさまを)
(「それ」は見ている。観察している。君が恐れるものを。抉るべき君の傷口を。何か――君の足を止め、心を挫き、此処に留め置くことの出来るものを)
家族か 銃撃で砲撃で
知っているぞ 毒瓦斯で銃剣で
おまえにとっての 戦車に轢かれ錯乱に呑まれ
「その子」だ みな死んだ
(二重に重なる声。「それ」が青い炎から伸びる腕と鏡写しのように腕を伸ばすと、貌のない子供の肉人形が腐肉の海から中空に引きずり出される。子供はその身を掴む見えない手から逃れようと叫びもがき、必死に父と母を呼んでいる)
誰のせいだ 誰がやった
おまえか おれか?
ゼキ・レヴニ 2月10日23時
【HP5】【反撃】
(見えない手が怪物の頭上へ子供を運ぶ。降り注ぐ青い炎の礫を防ぐ、傘がわりにしようというのだ)
(肉人形が何人か、「それ」の背に覆い被さるように取り付く。自ら盾になろうとしているようだ)
ありがたいか
この地獄が それはなんだ
おまえの繭か
(無数の影の手が燃え盛る蒼炎へと伸びる。眩いばかりのその光を包み隠し――いままさに「繭」から生まれ出んとする何かを、影の中で掻き消してしまおうと)
ゼキ・レヴニ 2月11日22時
【HP5→4】
(蒼炎に触れた影の手が燃え盛り、眩い炎のなかに掻き消える)
(蒼い礫が流星のごとく降り注ぎ、貌のない子供の肉体を粉々に爆ぜさせる。ぼだぼだと降り注ぐ肉片を浴び、自ら盾となった肉人形も砕け燃え落ちる中で、「それ」はゆっくりと天を見上げた。腐肉から迸るタールのように黒い血と燃え盛る礫に晒されながら、恵みの雨を享受しようとするかのように腕を広げる)
(その瞬間、ひときわ大きな礫が「それ」の左腕に命中し、その根本から完全に破壊した。腕があった場所から激しく散る火花が、怪物の頬に筋になって滴る黒い血を艶やかに照らす)
そうか
そうなのか おまえは…
殺せるのか
(微かな隙間風に似た独白は、きっと君の耳までは届かない)
ゼキ・レヴニ 2月11日22時
【HP4】【攻撃】
(礫が落ちた場所から炎が瞬く間に燃え広がり、肉塊の地面が豪炎の海と化す。濛々と立ち上る黒煙が空を暗黒に染め上げ、腐臭は肉の焦げるにおいに、蝿の羽音はあちこちで何かが爆ぜる音に成り代わる。まさに地獄の様相であった)
祈る繭よ
この地の底で
祈りはどこにも届かない
悪魔は地平より現れ
天使は空から堕ちてくる
「ほら」
(怪物が見上げる先、轟音が空を切り裂き、黒い雲を割って小型の戦闘機が堕ちてくる。狙いをつけるように機首を蒼い炎の中心へ向け、浮力に見放された鉄の翼を錐揉み状に回転させながら)
ジズ・ユルドゥルム 2月15日13時
(炎の中で、怪物の言葉を聞いていた。家族。みな死んだ。不可解さに僅かに眉間に皺を寄せる。あれは、なぜここにいる?あれは、何――いや、誰なんだ?)
(戦いの途中にも関わらず、場違いな過去の場面が頭の中に過る)
(夕日、荒地、やさしい彼の声
。……「『あなたの』、名前は?」)
(子が助けを求めて伸ばす手と対照的に、炎から伸びていた腕は徐々に下がっていった。お母さんと呼ぶ、かわいそうな声が聞こえる)
(ごめんな。私は、本当は、きみがどんなふうに私のことを呼ぶのかも、何一つ、知らないんだ)
(やがてその子が自分の放った炎礫によって肉片になり、ぼちゃぼちゃと泥濘に落ちて沈むまでを、止めるそぶりもなく見ていた。次いで同じ礫が、怪物の腕を捥ぎ取るところも)
(青い炎は身体をつたって右手に集まり、武器の形をなしていく。
鉄が冷めていくように炎が消え去ると、その下からは黒刃の斧槍と、獣頭神に仕えるが如き佇まいの女が現れる)
ジズ・ユルドゥルム 2月15日13時
……。誰のせいでなくとも、人は死ぬ。
(半ば自分へ話しかけるかのように、小さく言葉を零す)
その子を害すれば、私の足が止まると思ったか。
あれは私の内心にしか存在しない虚像。このままあの子に会えずに死ぬのかと、悪い未来を恐れる私の軟弱な心が作り出した虚像だ。
(妙なことだが、すでに一度この虚像を殺したことがある気すらしていた。熱した砂で撃ち抜いたことがあるかのような)
虚像がどうなろうと…家で待っている本物の息子には、何の、害もない。
(風に撫でられる砂原のようなざわざわした感情が湧き立ちかける。それをすぐさま自制で殺す)
(青い紅を引いた唇が、満ち足りた心を現すように穏やかな弧を描いた)祈りが届き、私は作り替わった。
ありがたいとも。
只人ならば一切抵抗の機会すらない絶対の「死」に、覆す機会が与えられたのだから。
地獄であろうと、踏み出す地面があれば歩き続けられる。歩き続ければ、やがて何処かへ辿り着く。
ジズ・ユルドゥルム 2月15日13時
【HP3】【反撃】
(燃え広がる炎が、獣頭神を象った装具に反射し、表面をゆらゆらと照らす。遠くから轟音が聞こえ、空飛ぶ金属の塊が、羽根を壊した猛禽のように落ちるのを視界に入れた)
(怪物の言葉に反論はしなかった。
この地はきっと、あらゆる存在から見放されている。生命からも、大地からも、神々からも。自分の祈りは、生きているうちに祈ったから、偶然届いたに過ぎないだろう)
お前は…(役に立たなくなった左腕をぶらつかせ、斧槍を肩に担ぐ。刃にふたたび青い炎が灯った)祈ったことが、あるというのか。
(轟音がすぐそばまで迫る。外敵へ襲い掛かる蛇が体を縮めるように、足を折り曲げ、身体を屈めた)
(地面を蹴る衝撃音とともに堕ちる金属塊へ体を捻り跳躍する。斧槍を振り抜き金属塊とぶつけながら斧刃を塊の一部へ引っ掛ける。
力比べに競り勝てば、落下の速度そのままに、青い炎の燃え移った金属の塊が怪物へ「投げ渡される」だろう)
ジズ・ユルドゥルム 2月15日16時
【HP3→2】
(それはただの金属ではなかった。接近するや否や、内部の座席から怨嗟とも歓喜ともつかない呻きとともに影の手が伸び、一緒に墜ちてくれとでも言いたげに体中を掴み引き寄せてくる。赤ん坊の手が、触れたものを無心に掴むようながむしゃらな力だ。)
…仕方のない、人達だ…!(影の手に宿る感情の強さを感じ取り、振り払う目論見も投げ渡す目論見も早々に捨て去る。少しでもましな状態で着地することへ頭を切り替えた)
(数秒後、金属塊は炎の海になった影の木々の中へ、風切り音とともに突っ込んだ。塊はあっという間に炎に飲み込まれ、元がなんだったのかもろくに分からないほど焼け焦げていく)
ジズ・ユルドゥルム 2月18日00時
【HP2】【攻撃】
(しばしの静寂の後。怪物の周囲の炎の奥から、人のようなものが歩いてくる。)
(炎の中から現れたのは、全身を炎に包まれた人間だった。焼け残った髪と装備、手にした斧槍から、怪物と対峙していた女と同じ背格好だとがかろうじて分かる。
そうして歩み出てくる燃け焦げた女は、一人ではなかった。同じ姿の者が、何人も炎から歩み出る。
それはさながら、クロノス級の時間侵略者が作り出した己の分体(アヴァタール級)。ただし、焼け焦げた亡骸を素材に無理やり作られた、出来損ないだ。)
(分体たちの炭化した四肢の動きはぎこちなく、しかし全員に明確な殺意がこもっていた。出来損ないの分体たちは斧槍を振り下ろし、あるいは刺突の型に構え、めいめいに怪物へと斬りかかり、)
(最後に斬りかかった分体の影から、顔から脚まで左半身が焼け爛れた女――本体が、斧槍を上段に構え怪物を一息に斬り下ろさんと襲い掛かった。)
ゼキ・レヴニ 2月28日01時
あのこどもは
虚像か 空想か
ならば おまえは
神に従う おまえの姿は
偶像か 鏡像か?
(怪物の虚ろな眼が、獣頭神の仮面の奥を見据える。自制を塗り込め、使命の炎で焼き固めたその鎧の奥を)
(「それ」は問いに答える。君が落ちゆく鉄の翼と力比べをする間にも、「それ」の声は脳内に響き続けるだろう)
死の前では誰もが祈る
臓物に塗れた十字を見るまでは
血反吐に溺れる聖句を聞くまでは
(怪物の右腕に引っ掛かっていたロザリオがずるりと滑って炎の中に落ちてゆく。破壊された肉人形が着用していたものか)
異人(まれびと)よ 神の僕よ
なぜ おまえの祈りだけが届く
なぜ おまえだけが救われる?
(なぜ。そう繰り返す声に、金属がひしゃげるような異音が――憎悪の感情が混じる。なぜ。繰り返す声に呼応するように、座席から伸びる影の手の力が増す。程なくして、金属の塊が地面と衝突し、爆発音が轟いた)
ゼキ・レヴニ 2月28日01時
【HP4】【反撃】
(静寂の後。燃え上がる木々と躯の炎を背に、分体たちのシルエットが黒々と滲み出る。運命を覆さんとする女の兵。焼け焦げ、土くれに還るまで動き続ける屍の戦士。――地獄には似合いの光景だ)
(陽炎とともに立ち上る殺意が、怪物の鉄の肌をじっとりと炙る)
(怪物が右腕をゆっくりと持ち上げると、地面から有刺鉄線が植物の蔓のように伸び上がった。鋼の指を指揮棒のように振るえばその動きに合わせて鉄の茨がしなり、分体たちの脆い腕や足に絡みつかんとする)
(だが、分体の妨害に手を割いていたせいか、意識を割けなかったせいか、影から躍り出た本体への反応が僅かに遅れる。斧槍が上段に構えられたほんの一瞬後、その刃に向かって鉄線が伸び――)
ゼキ・レヴニ 3月2日00時
【HP4→3】
(斧刃を絡み止めんとした鉄線はしかし、重い一撃の前ではか細い絹糸と変わりない。鉄線は容易く断ち切られ、斧刃が怪物の肩から腹までを一直線に切り裂く)
(深く切り裂かれた軍服の下には皮膚の色が覗いたが――そこからこぼれ落ちたのは血でも臓腑でもなく、何かの部品らしき錆びた金属片や、粘ついたどす黒い液体だった。歯車仕掛けの心臓が軋んだ音を立て、油と錆の臭いが君の鼻腔を突く)
ああ そうか やはり……
(怪物はぐらつきながらも右手を素早く伸ばし、斧刃の根本をがしりと掴んだ。鋼鉄の掌の握力はすさまじく、容易に引き抜く事はできない)
おなじじゃあないか
おれも おまえも
「亡骸をもてあそぶばかりの――…怪物」
…「怪物」「怪物」「怪物」「怪物」「怪物」
(先の君の言葉がこだまする)(波打つように、何度も、何度も)
ゼキ・レヴニ 3月2日00時
【HP3】【攻撃】
(鋼鉄の手が、斧槍の柄をぐいと引く。君が柄を離さなかったなら、ほぼ額を突き合わせる距離に引き寄せられ、鈍く光る怪物の眼が目前に迫るだろう)
(消えかけの灯が、黄金色の陽のなごりが、昏い瞳の中で揺れている)
おまえの息子が
夫が待つのは 母か妻か
それとも怪物か
(シュウ、と微かな音。怪物のガスマスクから、傷口から、煙のようなものが流れ出る。それは幻覚作用のある毒瓦斯だった。吸えばじわじわと肺が爛れ、同時に君の奥底に在る恐怖を増幅させる。吸い続ければ、錯乱や自傷行為を引き起こすだろう)
ジズ・ユルドゥルム 3月19日02時
【HP2】【反撃】
(斬り裂いた身体から出た黒い飛沫が、自分の傷に滲んだ血の上に飛び散り、赤と黒のまだらを作る。
「中身」を目にしても驚きはない。外面が人間に見えるだけの異物なのは両者ともだった)
(鋼鉄の右手が伸びてくるのが目に入った。掴まれれば容易く首をへし折れるだろうそれを回避しようと後ろに飛び退きかけるが、一瞬の遅れて柄を掴まれ、あっさりと引き寄せられる)
(硝煙で曇った陽光のような瞳が眼前に来る。今すぐに武器を手放して距離を取るべきだと思いながら、どうしてかそれが躊躇われた。
こんなに昏いはずがない。この瞳を覆った硝煙の中から、もっときれいな光を探し出さなければいけない。
この状況に不釣り合いな思いが次々と湧いてくる)
(殺し合いのさなかに、そんな暇があるはずはない。
使命とも感傷ともつかない感情は困惑を生み、固めた自制に罅割れを作って隙となり、怪物の狙いをおおいに助けた)
…! 毒の瘴気か…!
ジズ・ユルドゥルム 3月19日03時
【HP2→1】
(頭を混乱させていた感傷が急速に消えていく。斧槍を手放し、たたらを踏みながら数歩下がる)
(気管が焼ける感覚の後、すぐに猛烈な焦燥感と虚脱感がやってきた。
次に視界と聴覚が利かなくなった。目の前も見えず音がすべて遠く聞こえる。
身体を支えることもなくなり、両膝を地面について、地面にうずくまった)
違う…!「これ」は、もう終わったはずだ。
血が、たくさん流れて、それで……それで、…あの子の、泣き声が…!
(言葉にして錯乱に抗ったところで意味はなかった。もっと強固に己を制することができる者であれば、抗えたのかもしれない。
だが地面に這いつくばって焦燥にかられる姿に、強固さはどこにもなかった。)
まだ…まだ終わっていないのか?なら…
(周囲を手探りに探す。砕かれた分体の、斧槍の欠けた刃に手が触れ、それを取った)……こうするしか……
(刃の先を下腹に突き刺して)(刃を引き、横一筋に腹部を裂いた)
ジズ・ユルドゥルム 3月22日18時
(食いしばった歯の間から、呼気が漏れる音だけが聞こえる。それが数秒続いた後。ふいに身体が揺れた)ふ…、ふ、…はは…
なんだ。やっぱり、もう、中にあの子はいないじゃないか。(裂けた下腹を押さえ、よろめきながら立ち上がる)はは…なるほど…瘴気の見せた幻、か…
…わざわざ幻覚を見せるとはな…。私の祈りが届いたのが…そんなに憎らしいか。
矮小な我らに、祈りを受け取る側の考えなど…分かるはずもない。
私に分かるのは…(飛行機から伸びた手。そして、響いた声を思い出す。あの感情は――本当に、憎悪だけか?)この地で潰えた無数の祈り…願い。
そのすべてがきっと、尊いものだった。だが…祈りも、願いも、今は泥濘の中で朽ちている。
…そんなふうに埋もれてもいい祈りなど、ひとつもなかったはずなのに…。
お前が…鋼の肉体のせいで、祈りとともに朽ちることすらできないのなら…
ここで滅ぼしてやるのが、せめてもの情けということだけだ。
ジズ・ユルドゥルム 3月22日18時
【HP1】【攻撃】
ずいぶんと…喜んでいるようだ。(無機質な声から喜びなど読み取れない。当て推量だ)…仲間を見つけたのが、そんなに嬉しいか?
何に成り果てようと、関係ない。お前はここで朽ちて…私は、家に、帰る。(荒い息を無理やり整える。片手には金属片がひとつ。そのまま一歩足を踏み出す。二歩、三歩)
(女が接近するたびに、「怪物」の頭脳中枢に違和感が侵入してくるだろう。まるで記憶が、――「存在」そのものが書き換わるような強烈な違和感が)
朽ちる前に。今一度、祈り方を思い出せ。
(対象の歴史の改竄。存在を無かったことにすらし得る、歴史侵略者の力。過程を無視し結果を押し付ける力が、「怪物」を「ただの人間」に書き換えていく)
(効果は決して長くない。試みの結果を待たず、金属片に青い炎を纏わせ短剣を形作り急接近する。
露出した内部機構に向けてそれを突き立て、さらに内部に炎を流し込もうと、間合いに飛び込んだ)
ゼキ・レヴニ 4月2日00時
(君から奪った斧槍を横に投げ捨て、『怪物』は毒瓦斯に侵された君をじっと見下ろす)
終わってなどいない
それはいつまでも
おまえにつきまとう 目を閉じようと
開けていようと
逃れる術はない
(産声があがる。機関銃が吠える。誰かの笑い声。砲撃の轟音。誰かの泣き声。悲鳴。砂を撫でる風。岩肌を削る蹄……君のいつか聞いたそれと誰かが聞いたそれが、歪な二重奏のように混じりあい、押し寄せては遠ざかる。何度も、何度も)(『怪物』の足元に祈る格好で影の手が生え、鋼鉄の足に縋り付いては燃え尽きて崩れて落ちる。幾度も、幾度も)
朽ちはしない
滅びもしない
そう願われている限り 祈りそのものを
おまえは
打ち滅ぼせるのか
ゼキ・レヴニ 4月2日00時
(君が踏み出すと、『怪物』も迎撃のため腰を落とし、銃剣を構えたが――その時、ドクン、と景色が揺れた)
――なにを
(機械の体の動力が停止し、緩慢に『怪物』の長躯が傾ぐ。ついには信徒が祈るときそうするように、がくりと両膝をついた)
(存在が揺らぐ。巻き戻る。輪郭がぶれ始め、中身の機械が血と肉のかたちに収束する。傷口から溢れ出した赤が軍服を濡らし、激しい痛みに『怪物』がはじめて顔を歪めた)
……やめろ
やめろ やめろ やめろ やめろ
やめろ ヤめて や やめろ
やめて……やめろ! やメて やめ
やめてくれ
「やめてくれ!!」
(何重にも重なっていた『怪物』の声が徐々に削がれ、顔半分を覆っていたガスマスクがごとりと落ちる。最後には「人」の――死の恐怖に囚われた男の絶叫一つとなった)
ゼキ・レヴニ 4月2日00時
【HP3】【反撃】
(男の叫びが吹き散らしたかのように、一気に毒瓦斯が晴れ、影の森も薄れて消える。覗いた夕焼け空が、焦げた死体と砲弾痕だらけの大地を血のような赤に染めた)
(男が――鋼の亡霊から引きずり出された哀れな瀕死の兵士が、君を――獣面の『怪物』の姿を捉える。とたん、薄茶の目が恐怖に見開かれ)
う、あ゛……は……っ、
まだなのか、まだ……!
ヨ、ヨハン! どこに……ラナ!エド!!
――――、(こういう時、まっさきに出てくる名前があったはずだ。なのに乾いた喉はつっかえて何も出てこない)
あ、あ、あああクソッ、クソ、クソ、クソッタレがああッ
!!!!!
(半狂乱で腰の山刀を抜き、迫り来る『怪物』に向けて闇雲に突き出した)
ジズ・ユルドゥルム 4月2日19時
──あ、(ガスマスクが落ちるのを、恐怖にゆがんだ兵士の顔を見た。殺意をもって振り上げたはずの腕が、振り下ろすことに怯えたように硬直する。)
(そうして闇雲に突き出された山刀は、なんの防御もしようとしない無防備な胸に、あっけなく深々と突き刺さった。)
ごほっ、(口から溢れた血が、夕焼けに染まった地面に落ちる。
山刀を生やした胸から血が噴き出して、至近距離にいる兵士の顔に、びちゃりと飛び散った)
…はぁ、……げほ、……
(もはや武器もなく、立つ力もなく、自分を突き刺す腕に半ばもたれかかっている『怪物』の手が、兵士の方へ、のろのろと伸びる。)
(血塗れの冷えた指が、かたちを確かめるように、だいじにだいじに兵士の顔に触れた。
頭の中の違和感が急速に晴れていくのを感じる。目覚める直前の夢が、急に明晰になっていくように。)
ジズ・ユルドゥルム 4月2日19時
【HP1→0】【敗北】
(戦意が消えるのに呼応するように、獣頭神の装束が砂粒になって霧散していく。
消えた獣面の下から現れた顔は、兵士に向かって柔く微笑んでいた。
血と、泥と、疲労の色にまみれながら、夕焼けに似た色の目を細めている。髪はいつの間にか首のあたりまで短くなっていた。)
……ああ、…けほっ、…そうか。人間の、きみが…そこに…ちゃんと、いたんだな……、
(力を失った身体ごと、顔に触れた手がずり落ちていく。冷えた指が兵士の頬から唇に赤い線を引いた)
ゼキ・レヴニ 4月4日22時
………っ!!
…………?
(避けられることも叩き落される事もなく、あっけなく『怪物』の胸に刺さった山刀を驚きの目で見る。顔に降り掛かった血も刃から生身の右腕に伝う血も人間のように温かく、その事がさらに男の頭を混乱させた。刃をひねりとどめを刺すことも忘れて動きを止め)
(なんだこれは。どうしてこいつは……「いつも」ならこんな事は……)
(逡巡しているうちに伸びてきた指に、怯える獣のように身を強張らせる。血と泥に塗れた顔に触れたのは、つめたくしなやかな――女の指だった)
(その褐色の指先が、ガラス細工にでも触れるように、やさしく頬をなぞる。その時やっと、腕にかかる体重が軽い事に気付いた。困惑を浮かべた顔を上げ――消えゆく獣面の奥の、夕陽色の目と目が合う)
ゼキ・レヴニ 4月4日22時
(はっと息が詰まり、身体中の血が冷えていく。周りから音が消え、自分の脈拍だけが鼓膜を打つ。頭の中で絡まった紐が解けるように、事象と事象がつながっていく。失ったもの、失いたくないもの。恐れていたこと、恐れていること――目の前の、君)
………ジズ………、
(青ざめた唇の間から、掠れた声をやっと絞り出し)
なんで……お前さんが……、っ、
(腕に凭れる重みが増す。咄嗟に山刀の柄から手を放し、力尽きようとする体を支えた。抜け行く魂を、身体に残る温もりを、ここに留め置こうとでもするように、生身の片腕で掻き抱こうとして)
いやだ……またおれの…せいで……こんな、……ッ……、い、行かんでくれ……、
(声が、背が、小刻みに震える。夕陽が急速に沈んでゆく。祈りは届かない)
(君が意識を手放せばこの悪夢は終わる。兵士より少し先に、君に朝が訪れるだろう。――獣面の守護者が希った「家」ではない、最終人類史の朝が。)
ジズ・ユルドゥルム 4月5日15時
(すべての感覚が遠くなっていく中で、いつもより少し軟らかい腕と、伝わってくる手のあたたかさが心地よかった。あまり、痛みも感じなくなっていた)
(震える声と、自分を責める言葉が聞こえる。つい先刻、ここに来る前にも、同じ言葉を聞いた。二度と、誰にも言わせたくない言葉だった)
……いいんだ、ゼキ。君は、戦場で、必死に、生きようとしただけ……。
もう、ここに、怖い思いをさせるやつは、いない。私で、最後だ。
……痛かったろ。ごめんな、ごめん……。
(本当にそうなのかは、分からなかった。それでも、せめて、安心してほしかった。夕日が沈み、暗い夜をひとりで迎えるであろう彼に)
私は…身勝手な、願いのために、他人を、…君を、犠牲にしようとして…
君は、それを止めてくれた…。
だから……(声が出なくなっていく。だが、言わなければ。これだけは。絶対に。今度こそ…)
君のせいじゃ、ない。
ジズ・ユルドゥルム 4月5日15時
(言いたいことがたくさんあるのに、声が出ない。時間もない。
約束を破ってしまった。ひどい怪我もさせた。きちんと謝りたい。許しては、もらえないと思うけど。
ああ、それに。けっこう涙もろいのに、この人はこの先ずっと独りで泣くんだろうか。誰か隣で涙をぬぐってやる人は現れるだろうか。ちゃんとご飯を食べてほしい。つまみばっかりじゃなく栄養のあるご飯を。無茶な呑み方しないだろうか。前言っていたみたいにお酒に溺れないだろうか。これからも、楽しいお酒を飲んでほしい。この人は強いし、誰かを守ることができる人だ。けど、じゃあ、この人のことを、これからは誰が守るんだ。幸せになってほしい。笑っていてほしいんだ。
いつか一緒に行こうと言っていた、死ぬほど汚くて美味いか腹壊すか五分五分だって言ってた店、私がいなくても確かめに行ってほしい。道連れが必要なら、他の人と行ったっていい。
私じゃない誰かと。
私じゃない、誰かと……。)
ジズ・ユルドゥルム 4月5日15時
(わずかに胸を上下させて、数回細い呼吸をし、
やがてそれも止まった。
閉じた目じりに溜まった涙液が、一筋落ちて、)
(動くものは、戦場に誰もいなくなった。
生き残った兵士を除いては。)