序.
観月・遙 2021年9月12日
自動扉越しに本が見えた。
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観月・遙 2021年9月12日
(それもいいかも、と思った。足らぬ知識を補うのに、一々訊いて誰かに手間を掛けてしまうよりは。)
(近寄ったら、ひとりでに扉が開いた。呼びかけたが返事は無い。人の気配も感じない)
観月・遙 2021年9月12日
(立派な本棚に並ぶ本達は、多少の読み痕は見られるものの綺麗なものだ。おそらく試し読みできる売り物なのだろう。書架の掃除も行き渡っているようで、埃の積もった様子も無い)
(大事に管理されている――或いは、されていたのだろう)
観月・遙 2021年9月12日
(誰かの大事なものに触れるのは気が引ける。留まるのも申し訳なさを感じて、踵を返したとき、)
(大粒の雨が地面を叩き始めた。急激に、容赦ない勢いで。)……(そういえばこの時期、新宿島ではよく起こる現象だと何処かで聞いたような気がした)
観月・遙 2021年9月12日
(胸中で詫びて、この場で雨を凌ぐことにした。入口に一番近いソファへ遠慮がちに腰掛ける。)
……!(驚くべき座り心地の良さだった。もうちょっと深く座り直して、ふかふか感を多めに味わう。干したての座布団よりもすごい。こんなに心地いいので、もしかしたら貨幣経済下では有料サービスだったのかもしれないと思った)
観月・遙 2021年9月12日
(好奇心に圧され、自分の内で、先刻までの遠慮深さが薄れてしまったのを感じる。意思の弱い狐で誠に申し訳ない。ソファに背を預けきって未だ見ぬ此処の主に詫び直した。施設案内を見つけたので、よく読み込んでおく。)
(程なくして雨は上がり、其処を出た。その日は、それだけ)
観月・遙 2021年9月12日
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観月・遙 2021年9月12日
(固い地面から、小さな振動。)
観月・遙 2021年9月12日
(再度この場所を訪れた切っ掛け。
尤も、気に留める通行人はほぼ居ないくらいの微細な地震に過ぎない)
観月・遙 2021年9月12日
(それでもこの場所に足が向いたのは。
細い板を足掛かりにする本がこぼれ落ちてないか、とか。
あの柔らかい椅子は無事か、とか。
気になったからでもあるけれど……
要は、ひとたび愛着を覚えた場所に、理由を付けて来たかっただけなのかもしれない)
観月・遙 2021年9月12日
(十数日ぶりに訪れた其処に、地震の影響は見られなかった。
本を収める棚は、見た目より確りしているらしい)
(けれど、あの日無かった気配を感じる。
あの椅子を見下ろすと、複数の鼠が這っていた。
所々齧られたのだろう。座面に空いた穴からふわふわした綿が覗いている)
観月・遙 2021年9月12日
(新宿島が復讐者の保護下にあるとはいえ、ハウスキーパーと呼ばれる守護霊の恩恵が及ぶ範囲は限られている)
(……とはいえ、あれからほんの十数日、鼠が巣食うには早い。
何処ぞの狐と同じく、偶々心地良い場所を見つけたのか。
突如として行使された力が、却ってこういった生き物を追いやり、残留効果の届かぬ場の荒廃を早めるのか。それは解らない。)
観月・遙 2021年9月12日
(自動扉を開き、空を仰ぐ。
この島に漂う効果の残滓に波長を合わせ、件の守護霊を呼び寄せて)
(その力を行使した)
観月・遙 2021年9月12日
(ハウスキーパー、クリーニング。最近使い慣れてきた力の恩恵を受け、施設内は清潔さを取り戻す。住処の異変に、小さな獣たちの気配は遠く離れていった)
(そうして……この場を守りたいという思いを自覚する。
此処を維持管理するかわりに、寝床にしても、いいだろうか。
そんな思いが出来上がってしまっていた。)
観月・遙 2021年9月12日
(歴史を修正すれば、そんなことせずとも全て元通りになるのだろう。
勝手に居つく不法侵入の咎も、無かったことになるだろう。
だからこれは、ひとの場所を勝手に使うことに対して、自分の中だけでのケジメのようなものだ)
観月・遙 2021年9月12日
(と、いうわけで)
(ソファからはみ出た綿を指で戻す。破れた布を戻すよう撫でつけてみるが、指を離せばまた開く。裁縫の残留効果は無いらしい。)
(……とりあえず、縫い針を探そう。これも暫定・管理人の務め。なんて調子の良い思いを抱きながら、奥へ消えた)