■閑古鳥 一匹目
シューネ・レイス 2021年8月15日
経済という概念が崩壊したのは、社会をやる気のない人間にとっては僥倖だった。
食べるものを拘らなければ、無理に働くことはない。
守るものに拘らない限り、何を強いられることもない。
何もなかった人間が、無理に何かを得ようとする必要はない。
それでも、人一人が独りで暮らすと、食材が微妙に余ったりする日はある。
そんなわけで、今日もあまりものでスープを作っている。
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本日のスープ
刻んだクズ野菜とマカロニのミネストローネ
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シューネ・レイス 2021年8月15日
(垂れ流しの焚き火の音の裏で、鍋の煮える音がする。)……(シューネ・レイスという人間は、根本的に怠惰だった。)(最低限の生活スキルはあるものの、丁寧に頻繁にやるという気がない。料理なども「一人前をきっちり作る」ができない。他の人に作ってもらえれば一番良いが、貨幣という概念が崩壊した以上、そんな関係性を作りに行くのも億劫だった。)
シューネ・レイス 2021年8月15日
……7食は取れるな。丁度いいか。(大鍋に6割ほどの分量、「スープを雑に量産する」というスタイルで生活を確立していた。)
シューネ・レイス 2021年8月19日
……明日か……(冷凍したスープを温め直しながら、カレンダーを見つめる。残りは2食分。明日一食食べて、明日朝に最後の一食をスープジャーに詰めて、戦地に持ち込めば丁度。作り直す手間がなくてよかった。)
シューネ・レイス 2021年8月19日
……(懐から鏡を取り出し、自分の顔を見る。相変わらずの無表情だ。)……うん、スープもある。『私は平穏にある』。(それは自己暗示だった。)(シューネ・レイスは呪いの形で世界を歪める。言葉にした事は形になってしまう。だから、うっかり『不穏である』と自分を呪ってしまったら、それは形になってしまう。だから、予め自分を呪っておく。呪術を使うがゆえ、自分の呪い直しは日課になっていた。)
シューネ・レイス 2021年8月19日
(自分と関わる人間は、今の所ごく少数だ。強い関心があるわけでもない。だが、彼らが自分自身を憂い、呪い始めたならば、それは自分の平穏を害する。とても困る。)(最初から新宿島しかない世界なら、それはそれで良かった。でもこの世界は、多くのものが喪われている、らしい。実感はない。気がついたら新宿島にいた人間としては、よくわからない。けれど、怒りや悲しみを呪い直している人が多い以上、それは現実として顕現しているのだろう。それは、困る。)
シューネ・レイス 2021年8月19日
……ああ、やっぱり少し呪われてるかな……(懐鏡を閉じ、頭を振る。少し考えすぎた。自分にできることは、呪いだけだ。それ以上に手を伸ばせば、平穏から遠のく。)……一つずつ、一つずつだ……(自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、温まったスープを口にした)