鐵顎圏

漂流

ゼキ・レヴニ 2023年1月22日
日々




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ゼキ・レヴニ 2023年1月22日
残留効果のおかげか、元々そういう性格だったのかは分からんが、たまに警戒した目を向けるぐらいで、ネイトは大人しくしていてくれている。
ただ、体を洗ってやった時にこの世の終わりかってぐらいに暴れたのは困った! 風呂が相当嫌いらしい。気持ちはわかるがね。
飯は動物医から聞いたあの粒々したやつをやってる。よく食ってるが、美味いのかねアレ。かじってみたけどすげえ味薄かったんだよな。
そのせいかわからんが、たまにおれの食ってるもんをじっと見詰めてる時がある。ホットドッグの味を覚えてる目だぜありゃ。
1

ゼキ・レヴニ 2023年1月27日
もう一匹我が家に増えた家族。お年玉こと、こまものちゃんは神出鬼没だ。
ケージん中にいたハズなのに、いつのまにかおれのポケットに入ってたり、頭の上で寝てたりする。心臓に悪いんでやめてほしい。
こいつもカリカリを食うんだが、たまにおれのコインを獲物を見る目で見てんだよな……まさか、食おうと……? いや、深く考えんのはやめよう。
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ゼキ・レヴニ 2023年4月20日
作ってやった義足を、ネイトはすっかり気に入ったようだ。
普通の肢と変わりなく……とまではいかねえが、犬の三肢と義足を上手に動かして、時には困っちまうぐらい元気に走り回ってる姿を見てると、なんとも言えねえ満ち足りた気分になる。

戦友の銃弾だらけの足を、砲撃で千切れた腕を捥ぎ、つめたい鉄を接ぎ。
“野戦病院”にとっ捕まって脳みそまで『治療』される前に戦場に送り返した時は、こんな気持ちにはならなかった。
どちらも生かす為だってのに……不思議なもんだ。
血を吸って成長した技術も、偶にゃ美味い実をつけるってとこか。

……さあて、んな事書いてる間に、我が家のサイボーグ犬と妹が散歩から帰ってきた。
ヘトヘトな彼女らの為に夕飯を用意したら、新しい義足の仕上げに取り掛かろう。
明日はもっと自由に駆け回れるように。
2

ゼキ・レヴニ 2023年8月16日
七曜の戦、2日目、深夜。
あと5日戦い抜かなきゃならねえってのに、メンテナンス作業がまるで進まない。もう何時間もこうして、工具やらコインやらを見つめて、灰皿を溢れさせてるだけだ。
パリで戦ったあのゾルダート……最初はただの帝国の敗残兵かと思ってたが、あの中の一人を殺しちまった時……奴がおれを見た。まるで生気を失っちまった眼。穴がぽっかり空いてるだけのような。
戦いの最中だってのに、目の前が一瞬で暗くなった。
0

ゼキ・レヴニ 2023年8月16日
――クソ。クソ、クソ。やっぱり”そうなっちまってた”か。あの、大馬鹿野郎。

事実から逃げ続けてたおれを、お前は罰しに来たのだろう。
それとも……救いに来たってのか?
……そうなら、それなら、おれは『やり直せる』のかい。
台無しにしちまったモンを、拾い上げられるのかい。
そんなら。おれはその為に生き残ったんだな。

腕の螺子をきつく締める。鉄の指を握っては開く。
いいぜ、なら。いつも通り、しぶとく意地汚く、生き延びてやるさ。
この命をあいつらに返せる、その日が来るまで。
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ゼキ・レヴニ 2023年8月21日
七日にわたる戦争が、今日終結した。
自覚はなかったが、四十を過ぎた身体には前線での七連勤は相当こたえたらしい。
夜通し祝杯をあげるのは流石に諦め、重い身体をベッドに投げ出すと、熱の抜けてゆく心地よい感覚とともに、復讐者達の活躍が眩いばかりに瞼の裏に浮かんでくる。

だが同時に、塹壕のなかの泥に塗れた顔が浮かぶ。
祖国を、家族を守るため兵士となった若者達。
戦場での華々しい活躍を夢見て志願した学生達。
戦場に寄る辺を求めた孤児達。
あいつらが夢見ていたのは、今日のような戦場だったろうか。

空に野に海に英雄達が舞い、突き立てる旗には揺るがぬ信念に彩られ、勝利という言葉が澱みなく響き渡る。
凱旋する戦士たちに、ひとびとは誇らしげに紙吹雪を降らせるだろう。
1

ゼキ・レヴニ 2023年8月21日
かつて若き戦友たちが抱いた、どこまでも青く、澄んだ夢。
砲撃の嵐に、鋼鉄の骨肉に引き裂かれた夢想。
その只中におれは居る。
どこまでも場違いに。

――ここにいるべきは、お前らなのにな。
天井にこぼした独り言を聞きつけたか、ネイトがやってきてベッドに登ると、こっちに背中を向けてうずくまった。
人類にとっての節目も関係なしとばかりに大欠伸なんかしていて、軽く吹き出してしまう。
そうだな、明日も続いてくしな。
ネイトの頭をなでてやり、目を瞑った。
1

ゼキ・レヴニ 4月12日02時
霧の河に鉄帽の列が流れていく。
地獄に向かって行進する。
隣で祈りの句を唱えている男は、あと5秒後に吹き飛んで死ぬ。

ほらな。

跳び超えようとした死体が足首をつかむ。
腹から下がなくなってるそいつが、家へ帰してくれと懇願する。
振り払って飛び込んだ砲弾穴に、手榴弾が転がってくる。

続きは分かってるさ。

ぐるぐる回る天井。うめき声、悲鳴、嘔吐。
鋸が生っちろい骨の上を往復するあいだ、目を見開いて耐える。
意識を失えば脳まで置き換えられると知っていたからだ。

で、次は?
まあ、知ってるけどな。

突撃の命令が下される。
おれは一個の機械となる。
心を鋼に、恐れを捨て、鉄の踵で友の骸を踏み付けて。
敵を撃ち、刺し、爆破し、焼き殺し、

最後には生き残った。
誰もいなくなった戦場で霧が蠢く。
夥しい数の手の形となったそれが鉄の脚に縋りつき、ずぶずぶと泥のなかに引き摺り込まれる。
家に帰してあげる、と誰かが囁くのが聞こえて、安心して身を任せ、
0

ゼキ・レヴニ 4月12日02時
生ぬるい泥が燃え上がった。
皮膚の内側から煮えるような痛みで飛び起きる。

慌てて部屋を見回し、ここが「野戦病院」でない事を認識して息を吐く。
何度も見た同じ夢、同じ展開。それなのに、寝巻きも巻かれた包帯も汗や滲出液でぐっしょりと濡れていて、その不快感に顔を顰めた。
雷霆に晒され爛れた膚は、この何十時間で急速に治ってきてはいるが、それでもまだ身体中がじくじくと痛む。痛むはずのない手や足までも――未だに幻肢痛が起こる事に、ひとり苦笑を漏らす。
おれはいつまでも、あの時に囚われたままだ。

もちろん、此度の王との戦いに誇りはあれど、後悔はない。誰もが覚悟を持ち次へ繋げる戦いを、戦友たちとともに全力で走り抜けた。
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ゼキ・レヴニ 4月12日02時
それなのに今こうして内省するのは、断片の王と対峙した時に無意識にとった、ネメシスの姿形のせいだろう。
死線を前におれは鋼の兵に戻った。
共に居てくれと願えば、きょうだい達は応えてくれた。
おれの夢に、おれの地獄に、また囚えてしまった。

すまねえと小さく呟けば、また腕がぎしりと痛んだ、気がした。
鎮痛薬を適当に掴んで口に放りこみ、手近な酒で流し込む。
夜はまだ長い。
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ゼキ・レヴニ 6月17日00時
空母から見上げる空は、海を映したように深く、青い。そこに一条、まっしろな雲が横切っていた。
むかし、青空にちかちかと光る翼を見つけては、よく賭けをしていたのを思い出す。
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ゼキ・レヴニ 6月17日00時
賭けに乗ってくる隊の仲間のひとりは、昼だって夜だっていつも空を見上げてた。星が好きで、おれにも星座を教えようとした。
縄張り争いしてる鳥みたいに互いを追いかけ回す二機を見上げて、あいつはこう零した。

「いいなあ、僕もあんな風に飛びたいもんだ」

「飛行機乗りは命が短えのは知ってるだろ。お前さんじゃ一ヶ月ももたねえよ」

「でも、こんな泥の中で死ぬよりかあっちの方がよっぽど良い。ひょっとしたら、近いって理由で直行できるかも知らんよ。天国ってやつに」

「ふはは、バカ言え。おれたちはみんなそろって生き延びる。そうじゃなけりゃそろってクソ地獄に行くんだろ。お前さんがいねえとさびしいぜ」

「はあ、そう言われちゃ仕方ない」

後ろに付かれた一機が、白煙を噴き上げながら木の葉みたいにひらひらと落ちていった。
また、おれの負けだ。
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ゼキ・レヴニ 8月3日23時
今日ようやく、はじめから予定してたパラドクス十種の開発が完了した。
一つ一つ、おれにゃ大切だから悩み過ぎたな。
揃うまでに、長いことかかっちまった。

……肉も血も詰まってねえ機械の手でいくら粘土を捏ねたって、あいつらの魂のほんの一部も写しとれた気はしねえが。
おれん中で生きてるあいつらの証を、爪痕として残すぐらいのことはできる。

でも、いつかあの世かどっかであいつらに会ったらどう言い訳すっかな。
「墓石みてえな英雄碑に名前を刻まれるより、飲み屋のテーブルに引っ掻かれてる方が、よっぽどおれたちらしいだろ」ってか?

………ぶん殴られちまうかなあ。
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ゼキ・レヴニ 8月18日22時
砂埃に塗れた風の歌は、
降るような星々の囁きは、
服従を強いられた人々の嘆き声は、
耳を塞げばいつでも聞こえてくる。
それも段々と新宿島の雑踏の中に遠くなって、愛しき冒険の日々は過ぎ去る。
きょう、人々はまた一歩、前へと進んだ。
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ゼキ・レヴニ 8月18日22時
取り戻した故郷の地。
山肌と蒼穹に挟まれた高き地。
あそこには夢が眠っている。
100年も昔に死んだ夢が。
いつかは墓を立ててやらねばならない。
おれひとりが見た夢想では無いのだから。

だが、まだ、おれは、夢が終わったと認めるのが怖いらしい。
あそこにはもう何もない。
そんな事はわかりきってるってのに、脚は動かない。
いや、脚が止まってしまいそうだからか。
あそこに立てば。
夢の果を見れば。
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ゼキ・レヴニ 10月27日23時
去り行く「家族」の背。
長く焦がれ、そして過ぎ去った、ただ一瞬。
彼らの姿を永遠に網膜に焼き付けたかった。
あのなつかしい声を耳朶に留めておきたかった。

つぎはぎの機械の奥に、おまえが見える。
ヨハン、おまえは。
おまえってやつは。
いつもそうだ。一人で抱え込んで、無理をする。
正反対で、似た者同士だよな。
……馬鹿野郎が。
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